――かもしれない話。
歩く。
「はぁ…はぁ……」
とにかく歩く。
「うッ、うぅ……はぁ」
歩き続ける。
「いっ、たい…」
止まらない血を流す左足を、引き摺ってでも歩く。
「はぁ…はぁ…」
前へ…とにかく、前へ…!
「い、きる…わた、しは…!」
浮かび上がる仲間たちの変わり果てた姿。
みんなだって死にたくなかったはずなのに…帰りたかった筈なのに……
「だっ、から…ぜったいしな、ないッ…!」
後ろから響いていた戦闘の音は、とっくの昔に聞こえなくなってしまった。
みんなが勝ったのなら喜べた。
…でも、きっと逆だろうから。
だから止まれない。
止まることは私が許さない。
もし止まってしまったら、みんなの命が…本当に無駄になってしまうから。
「ぽ…ぉたる、に…はやッ…! ゲホッゴフッ」
口から鮮血が溢れ、フラフラと感覚がおかしくなる。
必死に踏ん張ろうとしたが…多くの血を失った足に、力は入らなかった。
「だ…め…」
どしゃっ
無様に倒れた私は、そこから一歩も動けなくなってしまった。
…それもそのはず。
ここまで気力だけで進んできただけで、体はとっくに限界だったのだから。
「ごめ…ごめ、なさ…」
立ち上がることすらできず、ただ謝罪の言葉をただ繰り返した。
朦朧とする意識は、それが誰に対する言葉であるのかすら理解できない。
自分のことなのにわからないとか、笑っちゃうよね…
「ぁ…」
失意の中、目を閉じ――ようとした、まさにその時だった。
…?
なにか、くる?
重くなった瞼を持ち上げ、閉じられようとするそれに抗う。
足で地面を蹴る音じゃなかった。……ということは、あいつじゃない。
まず考えついたのはそこ。おかげで少し安心できた。
「…、ぇ?」
でも…? と、そこで音の異常性に気付く。
ここでは聞こえないはずの音――否、聞こえてはいけないはずの音だった。
それなのに、どうして? …まさか。
ふと思い付いてしまった可能性に、ぶるりと体が震える。
…ここは所謂、"動物系モンスター”が現れるダンジョン。
それに加えて、この付近のエリアに出没するのは、狼や熊といった陸上動物をベースにした姿を持つモンスターたちだったはず。
そのはずなのに…今聞こえてきたのは、"エンジンのような音”に加えて、"車が曲がる時とかに聞こえるタイヤの音”。
「……」
動物のダンジョンに、機械。
全くの正反対、絶対に相容れない存在が、何故かここにいて、尚且つ近づいている。
「ぁ…は、はは…」
みんな、ごめんね…
やっぱり、私が生き残る道はないみたい。
だって、ほら…聞こえるもの。
私の、死神の駆動音が……えっなにこいつ???
ワイやで!
ってワイつったってわからんか! 改速4W-やで!
ちな中身は限界バイト戦士のフリーターやで!
朝から新聞配達! 講義受けたあとに倉庫の棚卸し! 夜は寝ないで深夜コンビニ!
目ェガンギマリでまだまだいけるで! って叫んでたんやけどな…過労でポックリ逝ってもうたわ! ガッハッハ!
あかん死ぬぅ! お慈悲、お慈悲〜! 言うてたらなんでかこんな姿なっとったし…
でも改速4-Wとか懐いわほんま、何年前やったかねぇ…
って!! んなもんどうでもえぇねん!! ここどこやねん!?
バチクソメカメカしい研究所っぽいとこやけど…まさかワイここで作られたってことなんか?
えっ、ワイ制作物? モノなん???
嘘やろぉ……―――というのはとっくの昔に経験済みです。
”ワイ"なんて一人称使ったのいつぶりでしょうかね…なんかもう、色々冷めてしまってからはずっとこの調子ですし。
それこそ最初は良かったんですけどねぇ。
わっくわくで走り回ってましたし。
今じゃ考えられませんね。
あっちもこっちもそっちもさっちも、あらかた全部探索し尽くしてしまいましたからねぇ…今じゃ床下の配線レベルで全部把握できちゃってます。
やっぱり人ってコミュニケーション取らないとおかしくなってくんですよ。
一応ここ人はいなくとも、Wのイニシャルズたちはいるんですけどね。
…まぁどいつもこいつも機能停止してやがるんで意味ないですが。
その割に埃被ってる区画がひとつもないのホント謎です。
って訳で、最近やっと見つけた出口までやって来ました。
近未来研究所から急にその辺の洞窟にクラスチェンジです。
割と至る所で水没してるんですけど、幸いにもこの体は防水仕様なので問題ナッシング。
Wのイニシャルズたちは、隠れ潜みながら力を蓄えていたー、とかそんな感じだった記憶がありますし、まぁそういうことなんでしょうね。知りませんけど。
どうせあいつら全員動いてないんですし、知ったこっちゃなくない? って話ですよ。
ワタシは暇なんだ、好きにさせてもらいます――おっ、よっしゃ、女の子拾った。
見るからにボロッボロですねぇこの子。
ポカンって顔するくらいには余裕あったみたいですが。
あ、でもガクンって気絶する時点でヤバそうですし、とっととお持ち帰りしちゃいましょう。
はいドナドナ〜、ゴテゴテして乗りづらいとは思いますが、堪忍してつかぁさいですよ〜。
はい、速攻で帰ってきた我が家。新天地? ねぇですよそんなもん。
ほらオメェら起きんかい!
ワタシの四肢タイヤだから治療とかできねぇんだよ! 分かったらとっとと起きろカス共が!
とりあえずその辺にいたスパナードWの頭部をバシバシシバく。
あの子死んじゃうでしょう!? はよ起きなさい言うてるじゃないですか!
ぁァアア!!! もう焦れったい…!
大きく助走をつけて――
起きろォッ!!
――突撃ィィィィッ!!
はいガキン!
吹っ飛んできましたね。ワザマエ!
おっ、しかもちゃんと動き出してんじゃないですか〜やればできるんですねぇ。
おぉっ!? しかもしかもぉー? 周りのイニシャルズたちまで起動させてくれてんじゃないですかぁ! これは仕事が早い!
あっという間に整列したWのイニシャルズたち。
そんなことさせてる時間あるんすか、ですって?
心配せずとも大丈夫ですとも。
いや、ね? なんかスター〇ォーズで見た事あるようなポッドに突っ込まれてたんですよ。
今も液体の中に浮かんでますし、時折動いてるっぽいんできっと大丈夫です。これで彼女の命は救われました。
やることはわかってますね? って再三言い聞かせてきましたし、完璧に仕事を果たしてくれるはずです。
女の子については時間が解決してくれるとして…目の前のイニシャルズたち、どうしましょうかねぇ。
ウーン。
見てるだけじゃなくて働け! とでも言ってみますかね。
言うだけならタダですし。
えぇー、おほんっ!
そこのあなた方、見ているだけでは時間の無駄です。
故に、己の成すべきことを成すのです!
どうか時間を有意義に、かつ正しく使いなさい!
……フッ、決まりましたね。
イニシャルズたちが続々と動き出してますよ。
あんだけ色々やったのにうんともすんとも言わなかったのが嘘のよう…もっとはよ動いて欲しかったですね(本音)
って、ととっ? えっ?
ちょっ引っ張らないで引っ張らないで……いや、あの、何処連れてく気で???
アッチョッ、ヤメ……すぅー、固定されちゃいました。しかも結構本格的に。
コードもめっちゃ繋がれちゃってますし、なーんかいやな予感…
なんか急に眠くなってきましたし…むぅ…? ……ぇっ!? なんでバラすn―――
……気持ちいい。
全身が温かいお湯に包まれて、体もじわじわと解きほぐされていくのを感じる。
まどろみの中で目を開け、小さく辺りを見回してみる。
見覚えがない場所…来たことないところかな。
あれは、ロボット? かっこいい。
忙しなく働くロボットたちを眺めていた私なんだけど、ふと、こんなことしてる場合じゃないという焦燥感に襲われた。
…でも、私にはそれがなんのことなのか分からなかった。
何か急いでることでもあったっけ?
ハウスのローンは月々で返してるし、口座にも入ってるから問題ないとして。
武器…もつい最近新調したばっかりだし。
ポーションとか非常食の類もしっかり常備してある。
うーん…思い付かない。
でもダンジョンって危ないから、こういう油断って基本的に見逃せないんだよね。普通に死に直結するし。
面倒を見てくれた先達パーティが壊滅し、変わり果てた姿で帰ってきたこともあった。
すっごく悲しんだし、沢山泣いてしまったんだけど…はっきり言うと、この業界では別に珍しくもない話。
ダンジョンというのは、人類に恵を与えるだけじゃない。
自身も人類に牙を剥き、隙あらばと捕食しようとしてくる。眷属としてモンスターを生み出したり、トラップを仕掛けたりしてね。
だからもう一度しっかり思い出してるんだけど…
いや、ちょっと待って……
さっきも思ったけど、ここ…どこ?
急に汗がぶわぁっと吹き出してくる。
来たことがない場所、見たことがないロボットたち…現代の科学力ではまだ届かないであろう設備の数々。
そんなものがある時点で、
っ、逃げないと…はやく逃げなきゃ…!
液体をゴボゴボと泡立てながら、目の前のガラスの壁をガンガンと叩く。
開いて! 開いて…!
いくら叩いても、強固なガラスはうんともすんとも言わない。
ロボットたちも、私を気にかける様子はない。
いつもの感じだと、油断してるならこれ幸いってじっくり考え込むんだけど、パニックに陥った今の私の思考はといえば…まさに真逆。
必死に逃げ出そうともがくだけ。
一応、思いついた理由はある。
獲物が逃げ出そうとしているというのに、知らんぷりを決め込むモンスターたち。
その姿から思いついたのは、気にかける必要
放っておけば勝手にエサになるとか、そんな感じなんじゃ…そう思ってしまった。
お願い、お願いだから…ッ、いたい…
だから必死に逃げようとした。…でも、体がついて来れなかった。
痛みに叩くのをやめて見れば、手が真っ赤に染まってしまっていた。
……? ……ううっ、内出血が酷い。これ以上叩くのは危ないかも…なにか、別の方法を考えないと。
――この時、一瞬だけ抱いた
さっきも見たけど、もう一度辺りを見回す。
どこかに脱出の手がかりは……奥でなにかやってる?
暗がりの奥で、激しい火花のようなものが散っている。
灯りが暗くて何をやっているのかは見えないんだけど…一瞬だけ、大きな――というよりは巨大な――シルエットが見えた気がする。
んっ、くぅ、ここからじゃよく見えない…
仕方ないと目を離した瞬間、暗がりに包まれていた区画に光が灯る。
――なに、あれ…
私の目に飛び込んできたのは、まるで生物と機械が融合したかのような姿を持つ、巨大な機動兵器だった。
こうなる直前のことを思い返すと…どうにもいやな予感がしてならない。
それにあれは、どう見ても普通じゃない。
これまで戦ってきた
あれでまだ起動してないなんて信じられない。というか、信じたくない。
アレがもし動き出してしまえば…人類なんて軽く滅ぼされちゃう。
確信を持って言える。
あの兵器は、それほどのモノなのだと。
さっきまで見えていた火花が消えて、その姿を現したということは…あの兵器、もう完成しちゃったってことかな…
これみよがしにクレーンに吊り下げられてる巨大な鍵っぽいのもあるし、本当に今すぐ動き出したっておかしくない。
というかめちゃくちゃあからさまに運ばれてきてる…
ゆっくりと巨大兵器の胸部に設けられた穴へと近付けられたソレが今……挿された。
キーが挿さったってことは…………あれ? 動かな――いっ!?
ギュっと閉じた目を開けた私は、次の瞬間恐怖に包まれることとなった。
未だ沈黙を保つ巨大兵器を背に、何故か一斉に私を見つめるロボットたち。
爛々と光を放つカメラアイは、ただただ私の姿を映している。
恐怖のあまり、はくはくと息を吐き出すことしかできなくなった私は、その場にうずくまって顔を隠した。
けど、そんなことをしたところで、何かが変わるなんてことはなくて…
重い駆動音を鳴らすロボットたちが私へと近づいてきて、私を囲む何かに付けられた装置を操作する。
今それするってことは……だ、だめ、やめて…
いやいやと首を横に振る私。
けれども、ガラスの壁の中を満たしていた液体は、無慈悲にも足元から流れ出していき…ついには、ガラスの壁までもが丸ごととっぱらわれてしまった。
…あれだけ出たがってた癖に、行かないで!と手を伸ばした私。…結果無意味だったけど。
あとに残ったものは、遮るものが何もなくなった、無数の無機質な目線。
ロボットたちの瞳には、一欠片の感情すら見られない。
宿っているのは、冷たい演算の結果のみ。
…そんな合理の結晶のような機械たちが、ただ見ているだけなんてありえない。
やめっ、…離してっ!
暴れる私を、瞬時に取り抑えるロボットたち。
嫌、嫌嫌嫌嫌! アッ、がっ……
抵抗虚しく首裏へと
――禁断機関VV-8
⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎Xが世界各地のダンジョン
水に起因するとある”文明"へと根を下ろし、太古の昔より研究による復活を待ち望んできた存在。
時間を意のままに操るという恐るべき能力を有する、世界をZEROへと導く現代に蘇りし、禁断の永久機関…
そして、そのVV-8を再建造する形で復活させたここ――”Dの機関オール・フォー・ワン"は、元を辿れば"ジ・アンサー”と呼ばれる何者かが建設した研究施設を祖としている。
完全に禁断の力へと染まりきり、D2フィールドへ生まれ変わった今では、ダンジョンコアたる
動物系ダンジョンにしては近未来過ぎると思ってたけど、そういうことだったんだ…
もうこの時点で情報量が多すぎてパンク寸前…けど、どうしても無視できない情報がひとつあって……衝撃に頭がガンと殴られた。
私がここに連れてこられたのは…他でもない、VV-8がそう望んだからだという。
私を生体ユニット兼、自身の
主の望みを叶えるために、Wのイニシャルズたちは、私を
新たに与えられたコードは、
ヴィヴィという名前を口にした途端に、元の名前を思い出せなくさせられてしまい、今ではもうそう名乗る他ない。
身体も、名前すらも別物にされちゃうなんて…もう私、自信もって私だって言えなくなっちゃったよ…
抵抗する気力すら湧かず、脱力した状態でVV-8への前へと連れてこさせられた。
彼らが私に何をさせようとしているのかは、さっきので理解させられたし、3分の2くらい自暴自棄になっているのもあってか、かなりすんなりと腕が上がる。
なにかに縛られるかのように、私の意思を離れて動き続ける体。
どうにかしなきゃって抵抗はしたんだけど、どうにも権限とかが向こうにあるみたいで…何やっても体に言うことを聞かせることはできなかったよ…
イニシャルズたちは、私の体を通してVV-8の起動シークエンスを順々に追い、次々と完了させていった。
ついには始動キーとのリンクまでもが確立され、残すところは火を入れるという最後の工程のみ。
どうせ今度も勝手にやるんでしょ…そう諦めていたのに、どうにも様子がおかしい。
イニシャルズたちが、一向に私の体を操ってこないのだ。
リンクしたキーを回す。
たったそれだけで、禁断の永久機関が蘇るというのに。
…私には、イニシャルズたちのことがわからなくなった。
でももっとわからないのは、VV-8のことかもしれない。
確かに、”禁断機動"はかなり強力な力で、自在に使いこなせればそれこそ敵無しなのかもしれない。
それでも、わざわざそうしなくたって、VV-8は時を操る力を自前で持っている。
私のような得体の知れない人間を取り込むリスクを考えれば、吊り合っている気がしない。
私でさえそう思っているというのに、VV-8はわざわざ私を連れ帰り、全身改造というコストを支払ってまで重要な存在へと仕立てあげた。
本当に意味がわからない…
仮にもダンジョン探索を通して、人類を守る立場だった身としては、このままずっとうやむやになってくれたらそれが一番。…でも後が怖過ぎる。
VV-8を起動したら、人類はおろか…世界すら危ない。
かといってそれを拒めば、今度は私の命が危険に晒される。
世界を取るか、自分の命を取るか……まさに、究極の2択。
けれど、一度明確に死にかけ、その恐怖を強く実感させられた私にとっては…聞くまでもない選択肢だった。
「ッ!」
――データリンクを通じて、始動キーを強く握り締める。
もう嫌だった。
痛くて、寒くて、苦しくて…大切なものがどうしようもなく流れ落ちていく…そんな絶望は……もう、嫌だった。
――力を込め、手組を回す。
薄情だとか、恩知らずだろうとか言われるんだろうけど…
――手応えを感じ、そこで一度手を止める。
それでも、私は………もう…!
「死にたく、ないっ!! 」
――ひと思いに回し切るッ!
VV-8の炉心へと火が入り、永遠の絶望製造マシーンが今……動き出す。
『
……地獄行き、確定かな。