爆豪♀「デク、てめェヒーローなんかやめてモデルになれ」緑谷♀「!?」 作:ギャウルギュラ
撮影が終わってからしばらくの期間が過ぎた頃、商店街のアパレルショップの店頭に例のポスターが貼り出され、同時に店舗の公式サイトや公式SNSにも写真データが正式に掲載された。
あたしはわざわざそんなものを確認しに商店街まで足を運んだりはしなかったが、デク本人は母親から教えられてスマホでサイトを確認したらしく、翌日に感想を尋ねると、自分の写真がネットに載っているのは随分恥ずかかしかったとだけ言っていた。撮影の時と同じで自分自身の容姿に対する関心は一向に芽生えなかったらしく、モデルとして写真が掲載されたことをクラスメイトに自慢する様子もなければ、自分からその話題を振る気も全くないようだった。
それならそれで、誰にも気づかれることなく静かに期間が過ぎ去って終わればいい。
あたしとしては、心底そう願っていた。
だが、世の中というものはあたしの思い通りに都合よく回ってはくれないらしい。
「なぁ! これって緑谷じゃないか!?」
昼休みの喧騒の中、1人の男子生徒がスマホの画面を凝視しながら大声を上げた。
その叫び声につられるようにして、周囲にいた男女数人がワラワラと集まり、スマホの画面を覗き込み始めた。何を見ているのかをわざわざ確認する必要なんざなかったし、漏れ聞こえてきた店舗の名前から例の広告写真であることは一瞬で理解できた。
「マジだ! 髪型ちゃんとセットすると、めちゃくちゃすげぇじゃん!」
「これ本当に緑谷なのか!? 普通にめちゃくちゃ可愛いじゃん!」
「普段と同じ制服着てるのに、全体の印象が全然違うな!」
うるせぇぞ雑魚どもが。
聞いているだけで反吐が出そうなくらい腹が立ってきた。
今さら何を抜かしてやがるんだ。
ボサボサの髪を整えればそうなることも、背筋を伸ばして顔がハッキリ見えるようにすれば見映えが良くなることも、そんなもん撮影が行われるより何年も前から分かりきっていた事実だろうが。
少なくともあたしには、生まれた時から分かりきっていたことだった。
「え、あ……うん。プロのヘアメイクの人が綺麗にしてくれたから……」
輪の中心に引っ張り出されたデクは相変わらず自分の価値にピンと来ていないらしく、自分が凄いのではなくスタッフの腕が良かっただけなのだと控えめに説明していた。
確かにあの日のヘアメイクの技術は素材を殺さないという意味で上手かった。だが元々の素材が良く無ければ、どれだけプロが塗りたくったところで限界が存在するわけで、そんな当たり前の事実すら理解していないデクの謙虚さにも少し腹が立つ。
「でもさ、元々の顔が良くないとプロが手入れしたってこうはならなくない?」
「そうそう! 緑谷って、よく見るとめちゃくちゃ顔整ってるんだな!」
だから今さら気づいてんじゃねぇと言ってんだよ。
こいつの顔立ちの良さは昔から──
そこまで思考が進んだところで、あたしはあやうく口から飛び出しそうになった暴言を間一髪で飲み込んだ。
わざわざあたしの口から雑魚どもに説明してやる必要なんざ微塵もない。
こいつらが何年間もデクと同じ教室で過ごしておきながら今の今まで気づかなかったのは、こいつらの目が腐った節穴だったというだけの話であり、あたしには何の関係もないことだ。
「そういえば爆豪って、前から知ってたんだっけ?」
急に会話の矛先がこちらへ向けられ、あたしは不機嫌極まりなく眉間を寄せた。
「何がだ死ね」
「緑谷がモデル向きだってことだよ。前に爆豪が緑谷にモデルになれって怒鳴ってたって話、男子の間で噂になってただろ?」
一体誰がそんな噂を広めやがったんだ。
あの日昇降口に残っていた間抜けな男子どもだろうが、随分と余計な口を叩いてくれたらしい。
「見りゃ一秒で分かること言っただけだろうが!」
面倒くささの極みだったので、それだけ短く吐き捨てた。
そこで会話が終われば良かったのだ。
「じゃあさ爆豪って、昔から緑谷のこと可愛いと思ってたってこと?」
「殺すぞてめェら!!」
教室全体からドッと大きな笑い声が巻き起こった。
一体何がおかしいんだ。
顔立ちの造形が整っていると客観的に判断することと、可愛いと思っているだのなんだのという気持ち悪りぇ感情の話は完全に別物だろうが。こいつらはすぐにくだらねぇ恋愛脳の方向へ話をすり替えようとしやがる。
「いやでも、そんなブチギレることなくない?」
「だってわざわざモデルになれってアドバイスするくらいだしなぁ!」
「しかも爆豪、緑谷の睫毛の長さとか肌の質まで完璧に把握してたらしいぞ!」
「誰だそれ言った奴はァ!!」
さらに大きな爆笑が教室に響き渡る。
右手を爆発させて全員の顔面を黒こげにして黙らせてやろうかと本気で怒りが頂点に達した瞬間、ふと輪の端にいるデクとバッチリ目が合った。
こいつだけが、周りの連中と一緒に笑っていなかった。
普段のデクなら、周囲からからかわれてパニックになっているあたしを見て申し訳なさそうに困り顔をするか、一緒になって慌てて否定するところだったが、今日のデクは妙に静かな瞳でこちらをじっと見つめ、頭の中で何かを深く考えていた。
何だその目は。
心底気に食わない。
それでも今ここで追い詰めて問い詰めれば、また周りの雑魚どもに余計な冷やかしの材料を与えることになりそうだったので、あたしは周囲を鋭く睨みつけるだけで口を閉ざした。
大体、こいつらはたった1枚の写真を見ただけで何を今更騒ぎ立てているのだ。
デクの目が無駄にデカいことなんざ幼稚園のチビだった頃から何一つ変わっていないし、睫毛が長いのも今になって急に生えてきたわけでもあるまい。泣きじゃくれば目元が真っ赤になって余計にパーツが強調されることも、笑う時は撮影で作っていた引き攣った顔よりもっと口元が崩れて幼くなることも、湿気の多い日には癖毛が普段以上にどうしようもなく散らかることも、全部何年も前から何一つ変わっていない事実だ。
生まれた頃から何年間こいつの顔を見続けてきたと思っているんだ。
写真1枚見せられただけで今更発見したような知った風な顔をして、『緑谷ってよく見ると可愛いんだな』じゃねぇよ。
何も知らねぇくせに知ったような口を利くんじゃねぇ。
そこまで思考が加熱したところで、あたし自身の中に得体の知れない強い違和感が生まれた。
何であたしは、こんな雑魚ども相手に本気で張り合っているんだ。
デクの顔の価値を誰がいつ知ろうが、あたしの人生には何の関係もないことだし、誰よりも早く気づいていたからといって何か表彰されるわけでもない。そもそも顔立ちの良さなんざ見れば分かると言い続けてきた以上、他の連中がようやくあたしの言葉の正しさに気づいたのなら、それであたしの審美眼が正しかったことまで証明されたようなものだ。
あたしが誇らしくなる理由はあっても、怒る理由なんざどこにも存在しないはずだった。
なのに実際には、今更デクの価値を発見したような顔をされることが、死ぬほど反吐が出るほど気に食わない。
「爆豪、マジで顔が怖すぎるぞ……」
「うるせぇ失せろ」
それ以上雑魚どもと喋る気にもなれず、あたしは自分の席へ戻り、ドカリと腰を下ろした。
午後の授業が始まっても、昼休みに自分が何を考えて苛立っていたのかが、喉の奥に引っかかった魚の骨のように残り続けた。
幼馴染だから、昔から誰よりも知っている。
その事実自体は別に何のおかしなことでもない。
だが、他の奴らが誰も知らない頃からあたしだけが知っていたという事実に対して、優越感のような歪んだ感情を抱く理由がどこにあるのかと問われると、そこはあたし自身にも全く理解が追いつかなかった。
放課後になり、鞄を引っ掴んで教室を出ようとしたところで、出口の扉の脇に立っていたデクと再び目が合った。
あたしが出てくるのを待っていたらしい。
昼休みからずっとあたしへ向けられていたあの妙な視線を思い出し、胸の奥で嫌な予感が跳ね上がる。
「かっちゃん……ちょっとだけ、話したいことがあるんだ」
やっぱり来やがった。
こいつがこれからあたしに向かって何を聞こうとしているのかまでは分からなかったが、少なくとも今日の昼休みの出来事を、何も考えずにスルーしたわけではないことだけは、その真剣な目を見れば嫌でも理解できてしまった。