ミラがオーロ・ジャクソン号に乗船してから、あっという間に1年の月日が流れた。
新世界の過酷な海を越える中で、ミラの存在はロジャー海賊団にとって不可欠な大柱となっていた。
そんなある日。寄港した無人島の荒野で、ひとりの男がミラに向かって太い腕を突き付けた。
「ミラ……俺と勝負しろ!」
ダグラス・バレット。1年前よりも一回り巨大化し、凄まじい鬼気を纏った青年が決闘を申し込んで来たのだ。
「フン、いい面構えになったなバレット。受けて立つ」
ミラが『政宗』を地面に突き立て、素手で構える。
バレットはニヤリと不敵に笑うと、覇気を爆発させて飛びかかった!
ドゴォォォォンッ!!
能力や武器に頼らない、純粋な肉弾戦。1年前ならミラの圧倒的な地力で叩き伏せていたが、この1年で死線を潜り抜けてきたバレットの成長は凄まじかった。
「オラァァッ!!」「ぬぅッ!!」
拳と膝が交差する。互いに譲らぬ互角の肉弾戦は、数時間におよぶ大死闘となった。
やがてふたりは距離を取ると、全身の覇気と全身全霊の力を拳へと注ぎ込む。
「これで終わりだミラぁぁぁッ! 『最強の一撃(デー・ステェクステ・ストライク)』**――ッ!!」
バレットが漆黒の武装色と覇王色を纏わせた右拳を解き放つ!
対するミラも黄金の瞳をギラリと光らせ、両拳に高熱の黒炎と覇王色を圧縮させた。
「来いバレット! ――**『破滅の連拳(カタストロフィ・ストライク)』**――ッ!!」
ドガガガガガガガガガッ!!!
互いの拳が超高速でぶつかり合う、怒濤の連打勝負!
一撃一撃が地平線を揺らし、空を割り、激しい衝撃波が無人島の地表を削り取っていく。
百を超える連打の応酬の末――ミラの黒炎を纏った一打がバレットのガードを破り、その胸板を強烈に撃ち抜いた!
バガァァンッ!!
「……ガハッ……! ちくしょう……また負けか……ッ!」
大地に倒れ伏すバレット。ミラも肩を激しく上下させ、膝をつきながら不敵に笑った。
「……ハァ……ハァ……強くなったな、バレット。あやうく負けるところだった」
---
その凄まじい死闘を、特等席で見物していた男がいた。
ロジャーだ。愛刀『エース』を握りしめ、身震いするように身体を震わせている。その目は獲物を狙う野獣のようにギラギラと輝いていた。
「わっはっは! 素晴らしい連打だったぞ! ……よし、次は俺だミラ! 俺と勝負しろ!」
「おいおいロジャー、ミラはバレットと戦った直後だぞ! 少しは休ませてやれ!」
レイリーが即座に割り込み、ロジャーの頭を殴りつける。シャンクスとバギーも「そうだぞ船長!」「ミラさん死んじゃうよ!」と声を上げた。
ミラは地面に腰を下ろし、水筒の水を一気に飲み干すと、荒い息を整えた。
「……ふぅ。よし……流石にそのままやり合うのは無謀だな。ロジャー、少しだけ息を整えさせろ」
「わははは! おう、たっぷり休め! 万全のお前とやり合いてぇからな!」
ロジャーは素直に地べたに座り込み、ワクワクした様子でミラの体力が戻るのをじっと待った。
---
数十分後。呼吸を整え、体力をある程度回復させたミラが、静かに立ち上がって『政宗』を引き抜いた。
「待たせたな、ロジャー。……お前の全力を俺に見せてみろ!」
「わははは! そう来なくっちゃなぁ!!」
ズバァァァァンッ!!
ロジャーが凄まじい踏み込みで迫る。ミラは集中力を極限まで高め、数秒先の未来を見通す**『未来視』**を発動させてロジャーの攻撃軌道を捉えようとした。
――だが!
「な……ッ!?」
ミラの『未来視』の視界が、突如として真っ黒に遮断された。目の前にいるはずのロジャーの気配も、次に放たれる攻撃の未来も、何一つ捉えられなくなったのだ。
「(未来が見えん……!? 見聞色そのものを殺されたか……!?)」
これぞロジャーの真骨頂――相手の『見聞色』や『未来視』を完全に無力化する**『見聞殺し』**!
未来を見失ったミラの側面から、ロジャーの『エース』が迫る。ミラは咄嗟に感性だけで刀を滑らせるが、ロジャー自身もまた『未来視』を行使しており、ミラの反射的なガードの未来を完璧に回避して、無防備な胴体へと一閃を叩き込んだ。
ズドォォォォンッ!!
「ぐあぁぁぁッ!?」
ミラが岩山へ吹き飛ばされ、激しい煙が上がる。
「ハァ……ハァ……こちらの未来視を『見聞殺し』で封じ、自分だけが『未来視』で先を見通す……! なんという理不尽な強さだ……ッ!」
岩山を砕いて立ち上がったミラは、全身に黒炎と覇王色を纏わせ、人獣型へと変貌した。
「だが……未来が見えずとも、この範囲攻撃ならどうだ! 『黒炎斬』!」
ミラが放った渾身の技。だが、未来を見通しているロジャーは、技が解き放たれる前にすでにその安地に立ち、不敵に笑っていた。
「見事だミラ! だが……俺の勝ちだ!」
一瞬の閃光。
未来視で退路を塞がれたミラは、ロジャーの極限の『神避』を正面から浴び、ついに地面へと倒れ伏したのだった。
---
「……負けたか」
大の字になって空を見上げるミラ。
そこへロジャーがやってきて、ニカッと笑いながら手を差し伸べた。
「わははは! 惜しかったなミラ! お前が未来視を使えるのは知ってたからな、見聞殺しを使わせてもらったぜ!」
「フン……言い訳はせん。同じ未来視の使い手でありながら、それを完封する技術まで持っているとはな……世界の頂点は、やはり途方もなく高い」
ミラはロジャーの手を取り、体を起こした。敗北の悔しさ以上に、さらなる強者への道が見えたことに、ミラの胸は熱く打ち震えていた。
ロジャーとバレットとの死闘を終えた日の夜。
無人島の海岸では、豪快な肉の匂いと酒の香りが漂い、いつも通りの賑やかな宴が開かれていた。
「わははは! 今日も酒がうまい! バレットもミラもいい戦いだったぞ!」
大盃を煽りながら大笑いするロジャー。
だが、その宴の喧噪から少し離れた静かな波打ち際に、ミラはポツンと座り込んでいた。
手元にあるのは一杯の酒と、愛刀『政宗』。
黄金の瞳で夜空に浮かぶ月を見つめながら、昼間浴びたロジャーのあの一撃――未来視すらも遮断されたあの異様な感覚を反芻していた。
「……気配を消すのとは違う。気配そのものを『絶つ』のではなく、『殺す』……か」
ポツリと呟いたミラの背後から、ザッザッと砂を踏む足音が近づいてくる。
「なんだミラ、一人酒か?」
酒瓶を片手に持ったロジャーだった。豪快に笑いながらミラの隣に腰を下ろし、波の音に耳を傾ける。
「……ロジャー。昼間のアレだ」
ミラは隠すことなく、単刀直入に問いかけた。
「『見聞殺し』……気配を制御して相手の未来視すら遮断するあの技術、どうやっている? 俺の未来視が完璧に黒く塗りつぶされた。あの感覚が頭から離れん」
ロジャーは酒をグッと口に含むと、ふっと不敵な笑みを浮かべた。
「わははは! さっそく聞いてくると思ったぜ。貪欲な奴だ」
ロジャーは持っていた酒瓶を置き、自分の胸元――心を指さした。
「見聞色ってのは、相手の『気配』や『呼吸』、そして『意志の波紋』を聞く力だろ? 未来視ってのも、その波紋が次にどう動くかを先読みする技術に過ぎねぇ」
「……あぁ」
「なら、話は簡単だ。『自分の気配や意志の波紋』を相手に読ませなきゃいい。気配を小さくするんじゃねぇ。覇王色の覇気で、己の気配の出力を完全に『コントロール』して押さえつけるんだよ」
ロジャーは手のひらの上に、黒紫の覇王色の雷霆を小さく芽生えさせた。
「覇王色は己の『気魄』そのものだ。それを極限まで研ぎ澄まし、波立たせずに静水のように平らかに保つ。己の感情も、攻撃の意図も、すべて覇王色の膜で包み込んで外へ漏らさなくする……それが『見聞殺し』の正体だ」
「感情と意図を……覇王色で包み込む……」
ミラは己の覇王色の脈動に意識を向けた。
普段は解き放つことばかりに意識がいっていた覇王色を、内側へ内側へと圧縮し、荒立つ波を鎮めるように制御してみる。
シュン……。
一瞬間、ミラの周囲の威圧感がスッと消え去り、まるでただの影になったかのような静寂が訪れた。
「……! ほう……」
ロジャーが驚いたように目を丸くする。
「わははは! おいおい、一回聞いただけで感覚を掴みかけてんじゃねぇよ! 相変わらず化け物じみた呑み込みの早さだな!」
「……いや、まだ入り口に立った程度だ。お前のように戦いの中で自然体で行使するには、かなりの修練がいるな」
ミラはふっと口元を緩め、酒を一口煽った。
ロジャーも大笑いしながらミラの肩を力強く叩く。
「焦るなミラ。世界の頂点は広い。お前なら遠からず、その領域も完全に自分のものにできるさ!」
「フン……言われずとも、次にやり合う時はその見聞殺しとやらを破って見せるさ」
「見聞殺しかいずれ俺も、使いこなしてみせる、見ていろ、ロジャー、ミラ、俺は何れ貴様らを超えてみせる」
月明かりの下、バレットは己に誓い、ふたりの覇王は静かに杯を交わし
秘めたる技術の極意に触れ、ミラとバレットの強さへの渇望はさらに深く研ぎ澄まされていた。