オリジナル主人公・オリジナルキャラクターを中心に、独自の遺物や未踏領域を描いています。原作未読の方にも分かるよう、用語や世界観は作中で説明していきます。
独自設定・独自解釈に加え、物語が進むにつれて残酷描写や身体変異などが含まれます。あらかじめご了承ください。
南海の孤島、その中央には、底の見えない巨大な縦穴が開いている。
名は《アビス》。どれほど深いのか、底に何があるのか、すべてを知って帰った者はいない。
穴を囲むように築かれた街がオースだった。
この街では、奈落へ潜って謎を持ち帰る者を探窟家と呼ぶ。彼らが目指すのは、奇妙な原生生物の肉や未知の地図だけではない。アビスに存在した何者かが残した、現在の技術では作ることのできない道具――《遺物》である。
傷を瞬時に塞ぐ物。尽きることなく熱を発する物。使い方どころか、何のために作られたのかさえ分からない物。小さな遺物一つで、街や国の暮らしが変わることもある。
その一方で、アビスは持ち帰ろうとする人間へ代償を求める。
下へ進むだけならいい。だが、いったん潜った者が上へ戻ろうとすると、吐き気や目眩、全身の出血、感覚の喪失といった異常が起きる。深く潜るほど重くなるその現象は《アビスの呪い》、現れる症状は上昇負荷と呼ばれていた。
それでも、人は潜る。
オースで最も高いものは、いつも奈落の底から運ばれてくるからだ。
それが持ち帰った人の命より高くなることも、珍しくはなかった。
「二百四十万!」
張り上げられた声が、半円形の競売場へ響いた。
客席を埋める商人たちが一斉に振り返る。番号札を掲げていたのは、北方の毛皮を肩に掛けた太った男だった。熱気で顔を赤くし、今にも椅子から立ち上がりそうになっている。
「二百四十万、入りました! ほかにはございませんか!」
競売人が銀色の槌を振り上げた。
舞台の中央には、子供の頭ほどの透明な球体が置かれている。内部では白い光が細い帯となり、一定の速さで回り続けていた。
暫定二級遺物《朝継ぎ》。光を浴びせた植物の成長を早めるとされる遺物だ。
遺物は、有用性や希少性、危険性によって等級を付けられる。数字が小さくなるほど価値は高く、二級ともなれば一つの国が大金を投じても不思議ではない。
本当に説明どおりの働きをするなら、痩せた土地を抱える国には金貨の山より価値がある。
もっとも、七日間の鑑定中に発芽した種は三つだけ。そのうち二つは、芽を出した直後に根まで白く変色して枯れていた。
競売場二階の監視席で、ティセ・カルナは鑑定記録の端を爪で押さえた。
その結果は、壇上の競売人から説明されていない。
「二百五十万」
今度は細い声が上がった。
客席前方に座った老女が、表情を変えずに札を掲げていた。その背後には武装した護衛が四人。胸元の紋章からして、西方の都市国家に雇われた代理人だろう。
太った商人が舌打ちし、再び札を上げた。
「二百六十!」
「二百八十万」
老女が即座に重ねる。
場内がどよめいた。
ティセの隣で、組合職員が嬉しそうに息を吐いた。
「さすが二級ですね。今回の潜った連中は運がいい」
「三人死んでいます」
「え?」
「これを持ち帰った探窟隊です。六人で潜って、帰還したのは三人。そのうち一人は上昇負荷で視力を失っています」
「……知っていますよ。言葉の綾です」
職員は気まずそうに書類へ目を落とした。
ティセもそれ以上は言わなかった。
遺物の値段に、持ち帰られなかった者の名前は含まれない。競売記録へ記載されるのは落札額、等級、性質、買い手だけだ。
「三百万!」
槌が鳴った。
拍手と歓声が起こる。落札した老女はわずかに顎を引き、護衛の一人が契約台へ向かった。
ティセは記録へ金額を書き込む。
三百万。オースの一般的な家庭なら、何十年も暮らせる額だった。
彼女は《朝継ぎ》の横へ、小さな三角印を付けた。追加観察が必要であることを示す、自分だけの印だ。
「続きまして、本日最後の特別出品です!」
競売人の声に合わせ、舞台袖から黒い箱が運び込まれてくる。
観客の視線がそちらへ集まった。
そのとき、ティセは一階最後列に座る男へ目を留めた。
正確には、男は座っていなかった。
客席の後ろ、係員用の通路にしゃがみ込み、廃棄箱の中を漁っていた。
「あれは誰です」
ティセが尋ねると、隣の職員が身を乗り出した。
「また来たのか、あいつ」
「知っているんですか」
「黒笛の探窟家ですよ。競売へ出せない品を引き取りたいと言って、月に一度は顔を出すんです。害はありません。見た目は、まあ……あれですけど」
男の外套は、深層の泥が染み込んだような灰黒色だった。短く切った髪も同じように黒い。背中には、しゃがんだ身体より大きな背負い袋がある。継ぎ布だらけの袋には無数の小箱、筒、紐、布包みが結び付けられ、動くたびにかすかな音を立てていた。
正規の競売場には、あまりに似つかわしくない姿だった。
男は廃棄箱から、欠けた陶器の匙を拾い上げた。光へ透かし、指先で二度叩く。何も起こらない。それでも捨て直さず、腰の小袋へ収めた。
次に拾ったのは、錆びた輪だった。穴の開いた布。表面が濁った小瓶。どれも鑑定済みの札が付いている。
四級以下。作用不明。再現性なし。換金価値なし。
早い話が、ガラクタだった。
「競売を見に来たわけではないんですね」
「あいつに払える額じゃありませんから。深層帰りのくせに、金になる遺物はさっさと組合へ渡してしまう。変わりに、誰も欲しがらない物ばかり抱えて帰るんです」
「探窟家として合理的ではありません」
「だから《屑拾い》なんて呼ばれてるんでしょう」
ティセは男の動きを追った。
確かに、やっていることは無意味に見える。しかし男は適当に品を袋へ放り込んでいるのではなかった。一つ拾うたび、鑑定札を読み、割れや汚れを確かめ、ほかの品へぶつからないよう包み直している。
床に落ちていた小さな留め具まで拾い、元の箱へ戻した。
高額な遺物が並ぶ舞台には、一度も目を向けていない。
「それでは、開封いたします!」
競売人が黒い箱の留め金へ手を掛けた。
場内の照明が落とされる。
箱の中から取り出されたのは、細長い銀色の板だった。人の腕ほどの長さがあり、表面を幾何学的な溝が覆っている。
「深界四層から持ち帰られました、等級未確定遺物《遠見板》! この板へ風景を映すと、壁や岩の向こう側まで透かして見せると報告されています!」
アビスの内部は、環境と深度によって幾つもの《層》に分けられている。第四層は地上から数千メートルも下にあり、到達することより、そこから生きて戻ることの方が難しい領域だった。
競売人が板を客席へ向ける。
溝の一部へ青い光が走り、壁の輪郭らしき像が空中へ浮かんだ。
歓声が上がる。
ティセは目を細めた。
光が走った瞬間、廃棄箱の中で何かが動いた。
しゃがんでいた男も顔を上げた。
初めて、二人の視線が交わった。
男の目は暗い灰色だった。
驚いてはいない。
彼はすぐに廃棄箱へ右手を突っ込んだ。
「待て」
低い声が響いた。
競売人には届かなかったのか、それとも無視したのか。《遠見板》をさらに高く掲げる。
青い光が二度目の明滅を見せた。
廃棄箱の底から、湿った音がした。
次の瞬間、係員の一人が短い悲鳴を上げた。
「痛っ――」
左手の甲に、黒い針のようなものが突き刺さっていた。
係員が反射的に払おうとする。
「触るな!」
男の声が飛ぶ。
遅かった。
黒い針が係員の皮膚へ沈んだ。手首から肘へ向かい、細い筋が皮膚の下を走る。
係員の指が不自然に開いた。
腕が跳ね上がり、自分の顔を殴る。
「な、なんだこいつ!」
周囲の係員が後ずさった。
男は廃棄箱を横倒しにした。
中身が床へ散らばる。
欠けた器や錆びた金具の間を、髪の毛ほど細い黒い生物が何十匹も這っていた。身体の前半に透明な脚が並び、後ろ半分は中空の針になっている。
光へ引かれるように、すべてが舞台上の《遠見板》へ頭を向けた。
「ハリワタリだ」
監視席の後方にいた年配の探窟家がつぶやいた。
ティセも図鑑で見たことがあった。
深界一層の小型獣へ寄生する原生生物。神経へ潜り込み、宿主を自分たちの巣へ移動させる。通常は人間を襲うほど大きくない。
だが、床を這う個体は記録の倍以上ある。
アビスの内部には、《力場》と呼ばれる目に見えない流れが満ちている。遺物を動かし、上昇負荷にも関わると考えられているものだ。
ハリワタリは、遺物へ集められた微弱な力場を餌にして成長したのだ。
「遺物を箱へ戻して!」
ティセは監視席から立ち上がった。
場内の護衛たちは、まだ状況を理解していない。客を出口へ誘導する者、《遠見板》を守ろうと舞台へ集まる者、武器を抜く者が入り乱れた。
「殺すな!」
廃棄箱の男が叫ぶ。
「そいつの腹に卵がある! 潰せば散るぞ!」
寄生された係員へ、槍を持った警備役が踏み込んでいた。
係員の首が横へ折れ曲がる。口が大きく開き、喉の奥から数本の黒い針が覗いた。
警備役が槍を突き出す。
男はその間へ入った。
素手で槍の柄をつかみ、穂先の軌道を床へそらす。石床へ火花が散った。
「邪魔をするな!」
「説明を聞け」
男が柄を引く。
警備役の身体が簡単に浮いた。
投げ飛ばすのではなく、肩で受け止め、そのまま客席の長椅子へ座らせる。乱暴に見えて、警備役はどこも打っていなかった。
寄生された係員が男へ飛び掛かった。
速い。
人間なら筋を痛めることを恐れて出せない速度だった。両手の爪が剥がれ、その下から黒い針が伸びている。
男は半歩だけ前へ出た。
一撃目を首を傾けて避け、二撃目の手首を取る。肘を返し、背中へ回る。係員の身体を床へ押し付けながら、首の付け根を親指で強く押した。
係員の両脚が痙攣する。
「袋。青い札の付いたやつをよこせ」
男が言った。
近くにいた職員は動かない。
「右から三つ目。早く」
ティセは階段を駆け下りた。
散らばった品を飛び越え、廃棄箱の横へ膝をつく。青い鑑定札が付いた布袋を見つけ、男へ投げた。
受け取った男は、片手で袋を裂いた。
中から出てきたのは、白く濁った薄い石板だった。鑑定札には《保冷作用・極微弱》とある。
男は石板を係員の首へ押し当てた。
「何をしているんです」
「こいつらは熱い方へ潜る。出口だけ冷やせば、入った穴から出てくる」
「その程度の冷却では――」
「人間にはな」
男は係員の襟を裂いた。
首筋に、針で開けたような小さな穴がある。その周囲へ白い石板を当て続ける。
係員の皮膚の下で、黒い筋が動きを止めた。
数秒後、穴から細い頭が覗く。
「瓶」
今度はティセもすぐに動いた。
床へ転がっていた濁った小瓶を拾い、蓋を外して差し出す。
男は係員の肩を叩いた。刺激されたハリワタリが一匹、また一匹と穴から這い出してくる。透明な脚が空気をかき、白い石板から離れようと身をよじる。
男は指先でつまみ、小瓶へ落とした。
三匹。
四匹。
五匹目は途中で向きを変え、男の指へ針を突き立てようとした。
彼は指をわずかにひねり、針の根元を爪で挟んだ。迷いのない動きだった。
「全部で六匹だ」
「なぜ分かるんです」
「腕に入ったとき、筋が六つ見えた」
「あの一瞬で?」
男は答えなかった。
最後の一匹を瓶へ落とし、布切れを丸めて口へ詰める。
係員の身体から力が抜けた。呼吸はある。
「医務室へ。穴を焼くなよ。中に卵が残っていたら熱で孵る」
ティセが周囲を見回す。
床には、まだ数十匹のハリワタリがいる。
客たちの避難は終わっていない。《遠見板》は青く発光を続け、虫たちは次々と舞台へ集まり始めていた。
「光を止めて!」
ティセが競売人へ叫ぶ。
「止め方が分からない!」
「鑑定もせず起動したんですか!」
「起動したのは鑑定官だ!」
責任を押し付け合っている場合ではなかった。
舞台へ達した一匹が《遠見板》の溝へ潜り込む。
青い光が黒く濁った。
空中に浮かんでいた壁の像が歪み、客席全体を映し出す。透けた人体の骨と内臓が、青白い輪郭になって並んだ。
悲鳴が上がった。
ハリワタリの群れが一斉に向きを変える。
舞台ではない。
映し出された人間の像へ反応し、客席へ散った。
「伏せろ!」
男が床の廃棄箱を蹴り上げた。
木箱が回転しながら群れの前へ落ちる。何匹かがぶつかり、飛ぶ方向を変えた。
男は競売場を横切った。
背負い袋を置こうともしない。何十キロあるか分からない荷物を背負ったまま、長椅子の背を踏み、客の頭上を跳ぶ。
一匹を指ではじき、二匹目を外套で巻き取る。三匹目が老女の護衛へ迫ると、護衛の肩をつかんで身体ごと位置を入れ替え、自分の袖へ針を突き立てさせた。
針は布を貫いたが、皮膚へ届く前に止まった。
袖の下に、黒い金属のようなものが見えた。
ティセが確認するより早く、男は袖を振った。虫が床へ叩き付けられる。
「入口の幕を閉じろ! 客は壁際へ!」
命令を受ける理由などないはずなのに、護衛たちは従った。
声が大きいからではない。
男だけが、何をすべきか分かっていた。
ティセは壇上へ駆け上がった。《遠見板》の鑑定票を引き寄せ、停止方法を探す。
「裏面、中央の溝を隠せ!」
男の声が飛んだ。
「なぜあなたが知っているんです!」
「今見えた!」
ティセは板を裏返した。
幾何学模様の中、中央の溝だけがほかより強く光っている。厚手の鑑定布を押し当てると、青い像が揺れた。
光は消えない。
「完全に覆え!」
「これ以上は布が――」
目の前へ灰黒色の外套が飛んできた。
男が脱ぎ捨てたものだった。
ティセは受け取り、《遠見板》へ巻き付ける。
光が閉じ込められた。
空中の人体像が消える。
行き場を失ったハリワタリが、床の上でばらばらに動き始めた。
「今だ。瓶へ集めろ。潰すな」
ようやく警備役たちも動いた。
冷却材を床へ並べ、虫を一か所へ誘導する。ティセも採取用の長い針を取り出し、一匹ずつ容器へ落とした。
最後の一匹を収容するまで、十分とかからなかった。
終わってみれば、死者はいなかった。
寄生された係員一名。避難中に転んだ客が二名。護衛に踏まれた競売人が一名。
高額遺物にも損傷はない。
男は何事もなかったように、床へ片膝をついていた。
散らばった廃棄品を拾っている。
踏まれて粉々になった器の破片を一つずつ集め、布の上へ並べていた。
「それはもう使えません」
ティセは《遠見板》を係員へ預け、男の前に立った。
「元から使えない」
男は顔を上げなかった。
「では、なぜ拾うんです」
「俺が落としたからだ」
「あなたが箱を倒さなければ、被害は広がっていました」
「それでも落としたのは俺だ」
男は欠片を拾い切ると、布を丁寧に畳んだ。
その横には、ハリワタリの巣にされていた遺物が転がっている。赤黒い、穴だらけの球体だった。
ティセは手袋を着け、鑑定針で表面をなぞった。
「微弱な力場を内部へ集める性質があります。虫はそれを餌にしていたようですね」
「ああ」
「どうして気付いたんです」
「捨て箱の中で、これだけ温かかった」
「先ほど使った冷却板も、鑑定上はほとんど効果がありません」
「ハリワタリは人間より小さい」
「それは聞きました」
男がようやくティセを見た。
間近で見ると、若かった。二十代半ばほどだろう。ただし頬や鼻筋には、古い裂傷の跡が幾つもある。深層の陽を知らない場所で過ごした者特有の、薄い顔色をしていた。
「なら、もう分かるだろ」
「理屈は分かります。あの状況で実行できることとは別です」
ティセが言うと、男はわずかに眉を寄せた。
褒められたことが理解できなかったような顔だった。
「あなた、名前は」
「ロウ」
「笛を確認します」
ロウは首元へ手を入れ、紐を引き出した。
煤けた黒い笛が現れる。
周囲に残っていた職員たちの空気が変わった。
探窟家は、首から下げた笛の色で階級を示す。見習いの赤笛から始まり、経験を積むごとに青笛、月笛、黒笛へ上がっていく。そのさらに上にいる白笛は、伝説として名を知られる者ばかりだった。
黒笛は、深界四層へ到達し、そこから戻ってくる実力を認められた熟練者の証だ。その肩書だけなら、ロウがこの場にいる誰よりアビスを知っていても不思議ではない。
「《屑拾いのロウ》」
ティセが呼ぶと、彼の眉がさらに寄った。
「その呼び方は嫌いだ」
「皆がそう呼んでいます」
「皆が間違ってる」
ロウは黒笛を服の中へ戻し、赤黒い球体を拾い上げた。
「それも持っていくつもりですか」
「空になった」
「危険性の検査が先です」
「じゃあ、終わったらくれ」
「作用のある遺物だと分かった以上、競売へ回される可能性があります」
「いくらになる」
「追加鑑定次第ですが、寄生生物の捕獲や力場の収集へ応用できれば――」
「違う」
ロウは廃棄箱を起こしながら言った。
「踏まれたやつだ」
彼が尋ねているのは、布へ包んだ破片の値段だった。
ティセは鑑定札を確認した。
「換金価値なし。廃棄予定です」
「なら、もらう」
「壊れています」
「だから置いていけない」
ロウはそれだけ言うと、破片の包みを背負い袋の奥へ収めた。
助けた係員の様子を一度だけ確認し、出口へ歩き出す。
競売場の責任者が呼び止めた。
「待て! 損害の確認と事情聴取が――」
「虫の巣は一層北壁の群生地にある。持ち込んだ荷運び獣も調べろ。ほかにも卵が付いてるかもしれない」
「そうではなく、お前が箱を――」
「請求書は組合へ回せ」
ロウは振り返らなかった。
大きな背負い袋が出口の幕へ引っ掛かる。彼は少し身体を横へ向け、慣れた様子ですり抜けていった。
ティセはその背中が見えなくなるまで立っていた。
「なんなんです、あの男は」
遅れて降りてきた組合職員が、青ざめた顔でつぶやく。
「高級遺物には見向きもしないで、あんなゴミを……。黒笛は変人ばかりだ」
ティセは答えなかった。
床へ残された鑑定札を拾う。
四級以下。
作用不明。
換金価値なし。
その判定自体は間違っていない。
だが、つい先ほど人命を救ったのは、三百万で落札された《朝継ぎ》でも、等級未確定の《遠見板》でもなかった。
値段の付かなかった冷却板と、濁った小瓶だった。
そして、それらの使い道を見抜いた男。
ティセは監視席へ戻った。
机には、新しい書類が一通置かれていた。彼女が席を離れている間に届けられたらしい。
封には探窟家組合の印章がある。
開くと、最初の行にロウ・エルガの名が記されていた。
その下には、未申告遺物の一覧。
番号は八十二まで続いている。
最下部に押された赤い文字を、ティセは声に出さず読んだ。
――全点の確認、および必要と判断した場合の即時押収を命ずる。
ティセは書類越しに、男が消えた出口を見た。
競売場にはまだ、収容されたハリワタリが瓶の内側を引っかく音が残っている。
危険なのは遺物ではない。
あの男だ。
第1話をお読みいただき、ありがとうございます。
今回は、ガラクタと呼ばれる遺物ばかりを集める黒笛探窟家ロウと、彼を警戒する鑑定士ティセの出会いを描きました。
次回、遺物の押収命令を受けたティセがロウと正面から対決します。彼が背負う八十二個の遺物には、何が隠されているのでしょうか。
感想などいただけると嬉しいです。