報復 作:ウォーハンマー趣味人
原作:ウォーハンマー:エイジ・オヴ・シグマー
タグ:R-15 warhammer Warhammer Age of Sigmar ウォーハンマー エイジ・オブ・シグマー 短編
作者が初めて公開する二次創作小説となります。
燃えている。
彼の視界のすべてを埋め尽くさんと炎が燃えている。
そこには部族の長である彼の築き上げ、受け継ぎ、守ろうとした全てがあった。
あったのだ、今夜までは。
視界を埋め尽くすのが炎なら聞こえるものは悲鳴と怒号、そして武器の音だけだった。
彼と彼らの仲間達、家族ともいえる者達は周囲で必死に生き抜こうとしている。
武器を振るう者、逃げ場を探す者、隠れ潜もうとする者、命乞いする者もいた。
だがそれは全て無駄に終わろうとしている、奴らは我らを滅ぼし全てを奪おうとしている。
そんな事は許しはしない。
この地は我らのもの、代々我らが守り暮らしてきた、あの森も、あの丘も、あの湖も我らのものだ。
腹に開いた傷口を抑えながら必死の思いで立ちあがる。
彼はこの地の戦士たちの長で、この地で最高の戦士だ、諦めはしない、負ける訳にはいかない。
彼が武器を手に立ち上がった事に目の前の敵は驚いたようだ、兜の奥で驚愕しているのを感じる。
我らが神よ、我に力を与え給え、眼前の敵を打ち破り我らが民を、家族を守る力を与え給え。
侵略者に手にした鎚を振り上げる、去れ侵略者ども、この地は我らの地だ。
/
手にした鎚を振り下ろし、目の前の敵の頭蓋を砕いた。
それはあっけなく潰れた、なんと他愛の無い事だ。
長の活躍に周囲の戦士達は歓声を上げ、戦意を取り戻して我先にと侵略者達に突撃していく。
侵略者の奇襲に味方は浮足立っていたが、落ち着いたなら我らの武威に敵が抗し得る筈もない。
敵は双尾の彗星の意匠を装備のそこかしこに刻んだ者たち、情弱なるシグマーの自由都市の軍勢。
高い壁と火薬式の武器で守っていれば自分達の身は安全だと思い込んだ、柵の中で暮らす家畜の如く者たち。
城壁の中で震えているだけなら可愛げがあるものを、奴らは何を勘違いしたかこの地を我らから取り戻すなどと叫び攻め寄せてきた。
この地は我らのものだ、代々我らが守り暮らしてきた、あの森も、あの丘も、あの湖も我らのものだ。
彼は思いを巡らしながらゆっくりと戦闘の音が未だ鳴る方へと進んでいく。
火をつけられた村の中心の広場にて、彼の戦士たちに囲まれた、僅かな数のシグマーに仕える兵士達が盾を構えて最期の抵抗を行おうとしている。
彼が到着した事に気づいた戦士達が最後の命令を望んでいるのを感じられた。
彼は戦士達の最前列へと進み、敵の残り少ない戦列を見た。
怯え絶望している者がいた、逃げ場を探す者も、最期の抵抗を行わんとする者もいた。
その中に一際立派な装備に身を包んだ戦士がいた、おそらく指揮官だろうと気づいた。
彼は嗜虐心が心の中で首をもたげるのを感じた。
我らが神よ、この生贄を受け取り給え、この男の絶望を受け取り給え。
鎚を構えながら敵の指揮官に身振りで挑戦の意思を示す。
敵の指揮官は迷うことなく応じた、成程良い戦士ではあるようだ。
彼の予想よりいくらか素早い足取りで敵は剣を突き込んできた。
鎧の隙間を狙う一撃だ、悪くない。
だが残念ながら彼にとってはその一撃は遅すぎた、簡単に籠手に鎧われた手で受け止めた。
敵は驚愕して武器を引こうとするがびくともしない、非力すぎる。
簡単すぎる敵に失望を覚えながら、彼はあえて鎚ではなく鎚を握った拳で敵を殴り飛ばした。
血を流しながら敵は倒れこむ、シグマーの兵達は悲鳴を上げ周囲の戦士達は歓声を挙げた。
もはや動く事も出来ない敵の指揮官に止めの一撃を見舞わんとして彼は気づいた、敵の指揮官は絶望していない。
「けだものめ、殺すがよい」血を流しながら敵の指揮官は弱弱しい声で言った。
「殺すとも、情弱なるシグマーに仕えるものよ、貴様の死と絶望は暗黒神の舌を僅かなりとはいえ楽しませるであろう」
彼の言葉に嘲笑の響きがある事に気づいたのであろう、怒りをその目に浮かべながら敵の指揮官はこちらを睨んだ。
「侵略者共!!暗黒神の下僕め!!我らは倒れるが必ずやシグマーの嵐が到来し、諸領域より渾沌の穢れは一掃されるであろう!!」
彼は大声で笑いだしてしまった、周囲の戦士達も大声で嘲笑い始めた。
「シグマーの嵐だと?そんなものがどこにある、今しも貴様らは死のうとしているのに臆病なシグマーは天空の己の城塞の奥で震えているだけではないか」
「貴様らは死に、シグマーと天空の領域も滅びる、その日を直に見せてやれんのが残念だ」
怒りと悔しさでもはや声も出せない敵の指揮官の前で彼は天空を仰ぎ叫んだ。
「臆病なシグマーよ、もし出来るというのなら我が前に現れ貴様の下僕を救ってみるがよい、貴様の嵐とやらを送り込んでみるが良い、その全てを打ち砕いて見せようぞ」
その時閃光が走った、轟音が鳴り響いた。
誰もが身を固くした、敵も味方も彼自身も。
どこか遠くで雷が鳴っている、空気に嵐の気配を感じる。
そんなまさか、これはただの自然現象だ、彼は努めて常識的に考えた。
周囲の戦士達は不安げに天を仰ぐ者、ひそひそと隣と喋る者、落ち着かげに身を揺する者もいた。
「落ち着け、嵐が来ただけだ」彼は自分自身も不安を抱いた事を忘れようと声を張り上げた。
ふと倒れ伏した敵の指揮官を見ると先程と違い嘲笑を浮かべていた、先程までの自分のように。
「どうした何を慌て怯えている、嵐が来ただけなのであろう?」
その嘲笑が気に障った、そこまで死にたいというのであらば今死なせてやろうではないか。
改めて武器を振り上げたその時、天から雷が落ちた。
そして奴らが来たのだ/我らは来たのだ。
天空の領域アズィルより我らはシグマーの雷に乗りこの地へと降り立った。
我らの鎧から、武器から天空の魔力がバチバチと音を立てながら青白く輝く。
周囲を見やる。
盾と鎚を構えた不動なるリベレイター達が彼の周りで盾の壁を築いている、大鎚を構えた大柄なアナイアレイター達がいる、翼あるプロセキューター達がいる、弓を構えたヴィジラー達がいる。
そして自分がいる、煌めく鎧に身を包み、右手に剣、ホワイトファングと鎚、イヴィルベインを構えたロード・セレスタントたるローカン・ホワイトウルフが。
目の前を見やる。
慌てふためく渾沌の下僕達、傷つき倒れた自由都市の戦士達。
為すべきことは全て分かっている、シグマーはその為に我らを此処へと遣わしたのだから。
「進め兄弟たちよ!!シグマーの御為に!!」
彼の号令一下リベレイター達が盾を構えたまま一糸乱れぬ動きで前進する。
その整然とした前進に慌てた敵の一部が破れかぶれに突撃してくるが盾に弾き飛ばされ、あるいは鎚で叩かれ地に伏しそのまま踏みにじられた。
天空に舞い上がったプロセキューター達がジャベリンを投げ放ち、盾を構えようとしていた敵の一団に死を見舞う。
アナイアレイター達が地を揺るがせながら前進し、鎚を振るって敵の前線を簡単に打ち砕いた。
慌てふためく敵の後列にヴィジラー達が矢を放ち、隊列を乱し混乱を助長する。
全てが完璧に機能している、彼に与えられ、彼に鍛え上げられた軍団の力に満足を覚えた。
その時リベレイターの盾の壁の一つが崩れた、数人のリベレイターが地に伏している、そのうちの何人かは致命傷を負っているかもしれない。
だが彼は慌てる事なくそちらを見る、そこには一際立派な装備に身を包んだ戦士がいた、おそらくこの渾沌の下僕共の指揮官だろう。
「おのれシグマーの狗どもか、面妖な呪いを使わねば戦えぬのか」
「我らは雷と共に来たる、雷は呪いに非ず、偉大なるシグマーの御業よ」
渾沌の指揮官は鎚と盾を構える、兜から垣間見えるその瞳は憎悪と暴力への渇望にギラギラと輝いている。
その瞳を見てローカンはふと思い出した。
彼が天に迎え入れられる前、まだ人間であった頃に彼の故郷を、大切なものを奪い去っていった敵もそのような瞳をしていた。
憎悪
欲望
狂気
渇望
そのような瞳をした者たちが定命の諸領域に何をもたらしたか、シグマーの万神殿がいかに崩れ去ったか。
今の彼はそれを知っている、そしてそれを正す為に彼はこの地へと来たのだ、ストームキャスト・エターナルとして。
「来い、渾沌の下僕よ、我らは貴様らにより行われた過ちを正しに来た。」
「過ちだと?シグマーの下僕、侵略者め!我らが地より去れ!」
渾沌の指揮官は鎚を構えて走り寄る、それは素早く力強い動きであった、定命の戦士どころかストームキャスト・エターナルの戦士でさえ耐えられない、それほどの一撃だった。
だが同時にその一撃は怒りによってあまりに直線的過ぎた。
ルーカンは鎚の軌跡を読み切り身をそらすと、その皮一枚先を鎚が通り過ぎた。
渾沌の指揮官は振り下ろしている鎚の軌道を変え、横薙ぎに薙ぐ。
だがそれも予想の内である、ルーカンは先手を打ってイヴィルベインを繰り出し、鎚を持つ敵の手をしたたかに打ち据えた。
敵の手から鎚が落ち、驚愕に見開いた敵の眼がすぐそこに見える。
一瞬の躊躇の後、敵は左手に構えた盾を投げつけてきた。
苦し紛れの攻撃をこれも身をかわそうとしたルーカンの眼に、予想を超えた速さで飛び掛かってくる敵の指揮官が見えた。
辛うじて盾を躱したが、敵は素早く飛び掛かり武器を持つ両方の手首を抑え動きを封じに来た。
渾沌の加護を受けた不浄の剛力は天空の魔力により強化されたルーカンとほぼ同等であり、両者は互いに動きを封じられてしまう事となった。
敵の狙いがわからず逡巡したルーカンの腹に何かが刺しこまれた。
血と同時に力が抜けていくのを感じる。
ルーカンは敵を見るや驚愕した、敵の腹に汚らしい乱杭歯が並んだ大きな口が開いていたのだ。
更にその奥から飛び出した触手の先は鋭くとがった刃がついておりそれがルーカンの腹を突き刺している。
刃が更に深く刺しこまれる。
同時に敵は力を込めて彼を上から抑え込もうとしている。
周囲の同胞が将の危機を救わんと近寄ろうとしたがそれは敵の手勢に制止されているのが見えた。
血に倒れた自由都市の戦士が涙を流しながらこちらを見ている、驚愕と悲嘆にくれた顔でこちらを見ている。
敵の指揮官の眼は喜悦に満ちている、暴力と名声への渇望が彼の眼に見える。
怒号、炎、武器の振るわれる音。
ルーカンの目に映るものが、耳に届くものが彼の記憶を刺激する。
かつてあったもの、奪われたもの、奴らに奪われたもの。
もう永遠に還らないもの、だが奪い返せるものは存在する。
ルーカンの眼から、傷から青く光る雷が迸る。
汚らわしき触手はあっけなく炭化して崩れ去った、そのまま雷は傷を焼き血を止める。
そのまま力を籠め、ルーカンは立ち上がった、力を取り戻した事に敵が驚愕しているのを感じる。
「何度でも言おう、我らは過ちを正しに来た」
「貴様らが奪ったものを取り戻す、この地は我らのものだ、代々我らが守り暮らしてきた、あの森も、あの丘も、あの湖も我らのものだ」
「なっ!?貴様まさか……」
驚愕した敵の顔面に鎧われた頭突きが突き刺さり、その顔面を無残にも潰す、
力の緩んだ手を振り切り、立ち上がったルーカンは素早くスノーファングを振るい敵の両手を切り落とす。
悲鳴を上げる敵の頭上から、振りかぶられたイヴィルベインがその汚れた生を永遠に終わらせた。
ルーカンは敵が息絶えたことを確認すると周囲を見渡し大音声で宣言した。
「我はルーカン・ホワイトウルフ、シグマーにより遣わされし嵐の前触れ、この地の渾沌の下僕共の頭を討ち取ったなり。」
敵味方共に誰もが一瞬動きを止める、事実を受け止めるとストームキャストと自由都市の戦士たちの生き残りは歓声を挙げる。
一方、自分たちの指揮者が討ち取られたことを知った渾沌の軍は明らかに士気を動揺させた。
末端の兵は武器すら捨てて逃げ出す者が出てきた、一人が逃げ出すとまた一人、また一人と逃亡者が出てくる。
高位の戦士に指揮されなおも抵抗を続けようとしている者達もいたが、勢いづいたストームキャスト達が崩れた隊列を見逃すはずもなく切り崩し、打ち倒していく。
そしてついには敵の士気は崩壊した、兵たちは我先にと逃亡し始め、逃げ場が無い事を悟っている僅かな兵はせめてもの道連れにとストームキャストの戦列に切り込み、反撃にて死んでいった。
我らはこの地の戦いに勝利したのだ、ルーカンは小さな、だが大きな意味のあるこの勝利を自分がもたらせた事を天に座すシグマーへと感謝した。
ふとルーカンは殺気を感じ、振り向くとこちらに飛び掛かろうとしていた一人の戦士がこちらを見ていた。
気づかれた戦士は素早く踵を返して逃げ去ろうとする、生き残りが居たことに気づいたストームキャストの何人かが彼女を追って走り出す。
彼女はまだ燃え残っていた厩に飛び込むと、素早く馬にまたがり、せかして走り出させる。
その勢いは驚くべきもので、追いかけたストームキャストが吹き飛ばされる程だった。
矢の届かぬ距離まで逃げ去った彼女が振り返りこちらを睨む、否、ルーカンだけを睨んでいる。
悲嘆、怒り、憎悪を感じる、何故かルーカンはその戦士をどこかで見た事があるように感じた。
戦士は馬を翻し走り去っていく、何人かのプロセキューターが追っていくが彼女は逃げ切るだろう、そうルーカンには思えた、あの戦士の事を何も知らぬのに。
逃げ去った戦士一人の事など将である自分が気に留める事ではない。
ルーカンは自身が指揮するストームキャスト達の方へと向かう、残敵の掃討は終わり、渾沌の信仰へのシンボルなどもすべて打ち倒されていた。
自分を待っていたストームキャストの前に立った彼は改めて勝鬨を挙げた。
「我らの勝利である!シグマーを称えよ!!」
武器を掲げ、ストームキャスト達も叫ぶ。
「シグマーを称えよ!!」
勝利の勝鬨は重なり、大きくなり、地も震わすほどに感じられた、ルーカンは自分達がこの地の渾沌の支配を揺るがせるという事を確信させるほどに力強く感じられたのだ。
彼の副官、ナイト・ヴェクシラーのヴィクター・グリムゲイズがルーカンり声を掛けてきた。
「閣下、あちらを」
促す先には生き延びていた自由都市の戦士達が集まり手当てを受けていた。
彼らに近寄ると、戦士達は傷ついた身でありながら姿勢を正し、平伏する者すらいた。
「楽にせよ戦士達よ、貴公らはシグマーの御名のもとに勇敢に戦い負傷したのだ、その様に畏まる必要はない」
「閣下……偉大なる御方、シグマーが御身を遣わして下さったことを感謝いたします」
そう彼に言ったのは一際立派な鎧に身を包んだ、おそらくこの自由都市の戦士達の指揮官であろう。
「手当てが済み次第貴公は本隊に連絡を取れ、増援を送らせてこの地に砦を築き防衛を固めよ、我らは準備を整え次第進軍する」
「まだ進軍なさるというのですか?戦いは終わったばかりでありませんか」
「終わってなどいない、この諸領域のすべてが取り戻されるまで我らの戦いに終わりはない」
彼とてこの地に留まりたかった、渾沌に汚されてはいるがこの地は彼の故郷で彼の治めていた地、先祖が、同胞が眠っている地なのだから。
だがルーカン・ホワイトウルフはその思いを振り切った。
今の彼はシグマーの剣、渾沌を討つべくして鍛え上げられたストームキャストなのだから。
/
三日寝ずに駆けとおした、四日目の朝に馬は倒れ動かなくなった、そこから彼女は自分の足で駆け出した。
二日寝ずに歩き、ようやく目的地である砦に辿り着いた。
彼女は自分の村と夫である戦士、部族の破滅をかすれる声で伝えると気を失った。
彼女が目を覚ますとそこは冷たい鉄の床の上だった、黒光りする鉄の板が四方に張られ小さな窓から入る光だけが光源の部屋だった。
近くには干し肉の盛られた皿と水差しが置かれている。
飢えと渇きは限界だったが彼女は別のものに意識を捉われていた。
力あるものが存在する、すぐ近くに。
そちらを見ると玉座が存在していた、そこに座すのは巨大なものだった。
単に体が大きいというわけではない、強大な力と意思がその体に詰め込まれていて、その強大さが無視できない程、外にも伝わるほどのものなのだ。
「まずは飲み、喰い、それから告げよ」
低い声だった、地の底から響くようで、他者をその声だけで屈服させ得るのではないかと感じる程に力を感じる声だった。
「いえ、主様、どうか告げさせてください、我らの村は滅びました、部族の戦士達も、そして……七代様も」
そう告げながら彼女は夫の愛用の武器にして身分の証たる遺品の鎚を差し出した、あの混乱の中でこれだけは回収できたのだ・
七代とはすなわち彼女の夫にして部族の長、そして目の前の渾沌の大君主の七代目の子孫である。
「誰によって討たれた、我が不肖の子孫は」
「ストームキャストと名乗りました、シグマーの狗めにございます」
「そうか」
あまりに素っ気ない言葉に彼女は当惑した。
子孫を失った悲しみも、敵に対する怒りも、逃げてきた自分に対する軽蔑も感じさせない。
まるで鉄の塊が言葉を発するかのような平淡でなんの感情も感じさせぬ態度だった。
「立て」
彼の言葉に弾かれた様に立ち上がる。
彼は玉座の後ろにある扉に向かい歩いていく、急いで彼女は後に続く。
彼の歩幅は大きく、ゆっくりと歩いているのに小走りでないと付いていけない程だった。
鋼鉄の一枚板で鍛造され、渾沌の神々や英雄の彫り込まれた扉を彼は自ら明けると、そこはバルコニーになっていてそこに彼は歩んでいく。
付き従った彼女がバルコニーから下を見下ろすとそこにある光景に驚愕した。
完全武装の渾沌の戦士の隊列が微動だにせず並んでいる、その数は数百人はいるだろう。
渾沌の力を秘めた馬に跨った精鋭である渾沌の騎士も百騎以上存在する。
黒馬に引かれた戦車も居た、渾沌の神々に制約を立てた邪誓の部族の戦士達は千を超える程だろう、驚くべきことに渾沌へ従属する巨人すらもいた。
それらの視線が大君主一人に向けられる、自身に向けられたものでもないというのに彼女は身を固くした。
「告げる、我が支配せし地に侵入者がいる、シグマーの走狗どもが侵入してきた」
シグマー、渾沌の敵にして我らが憎悪せし神、臆病で卑怯、自身の信望者すら守れぬ非力な神。
眼下の戦士達から怒りと戦意が立ち上るのを感じる。
「すでに奴らによりいくつもの村が焼かれ、砦が陥落した」
その言葉で彼女は自身が思ったより長く眠っていたのだと理解させられた
「奴らは死体に集まる虫の如く来たり、この薄汚い侵略に対し我は告げる」
「滅ぼせ」
簡潔な一言に渾沌の戦士達は簡潔に応じる、言葉を発する琴なく部隊毎整然と進軍していく。
これまで見た事もないほどの大軍勢の進軍に彼女は心を震わせた。
そして大君主に振り向くと平伏して願い出た。
「主様、どうか私にもこの軍勢の一部として加わる栄誉をお与えください、夫の敵を討ちシグマーの狗どもと戦う機会をお与えください」
「立て」
彼の言葉に立ち上がる、彼の視線が自分と合う、その強大で冷徹な視線から目を逸らしたくなるのを必死に耐えた。
「許す、まずは喰い、飲め、そしてその鎚は貴様に与える故その鎚で敵を討て」
「ありがたき幸せにございます、我が主様」
主に続き歩みながら彼女は必ず夫の、部族の敵を討つと渾沌の神々に誓った。
シグマーの下僕共よ、必ずや報復は為されるであろうと知るが良い。