魔法少女のフリをしていた怪人に、俺はまんまと騙されていたらしい 作:豚タン
「サンチュって、自分はヘルシーな野菜だよ、みたいなツラしてますよね」
「『みたいな』っていうか、実際にそうだろ。胃に重たいサンチュなんて聞いたことないぞ」
「まぁ、それはそうなんですけど。なんて言うんですかね。焼肉に行った時に、それオンリーでは脂っこいお肉──カルビとかでも、サンチュと同じならパクパクいけちゃうじゃないですか」
「それはそうだな」
「でしょ?サンチュと一緒だと、本来の自分の胃の現界以上のお肉を食べれちゃう。だから結局サンチュを使った時と使ってない時を比べて、焼肉をした日の夜に体重計の上で発狂することになるのは、サンチュを使った時の方なんです」
「実体験?」
「実体験です」
(肉だけに)憎々しい顔をしながら、
「つまり私が言いたいのは、サンチュはヘルシーな味方のふりして実は、カロリーからの刺客ですよねって話です」
「……なるほど。それじゃあ、サンチュ食べるのやめれば良いじゃん」
「イヤです。美味しいですもん」
彼女は脂ギッシュなカルビを包んだサンチュを頬張り、幸せそうに笑った。なんとも奢りがいのある反応だった。
「この食べ放題、デザートもあるらしいからその分の余裕は取っとけよ」
「言われなくても」
大胆不敵に、唇を肉の脂で輝かせながら結月は笑う。
そして唐突だが、本当に唐突なことだが、彼女の正体は魔法少女である。まったく、恐ろしい怪人を倒すみんなのヒーロー魔法少女が、チェーンの焼肉食べ放題でタダ飯を食らっているとは誰も思わないだろう。
「ドリンクバー取ってくるよ。ご希望は?」
結月の側に置かれた空のコップと自分のコップを持ちながら、
「う〜ん。烏龍茶で」
「了解」
瀬盛野が結月の正体に気づいたのは、まぁ偶然だった。とある日の夜見てしまったのだ。魔法少女の姿が結月に変わるのを。
ただ、結月の正体に気づいたことを瀬盛野が本人に言うことはなかった。瀬盛野には、魔法少女としての結月を助けたいという思いは皆無だったから。なんせ瀬盛野は魔法少女とかそういう、ヒーロー染みたものが大嫌いなのだ。
『俺はヒーローになって、たくさんの人を救う』
そんな妄言を吐いた瀬盛野の父親は家族を捨てて蒸発した。
それをきっかけに母親はホストにハマり、腹違いの妹だけは母方の親戚に引き取られ、瀬盛野は一人ぼっちになった。だから瀬盛野は父親と、そしてヒーローが嫌いなのだ。
それでも、魔法少女として怪人を倒し民衆を守る結月が立派なことは、間違いないことだ。それくらいは、捻くれた瀬盛野でも認めている。故に、瀬盛野は魔法少女のことが嫌いではあるが、だからといって魔法少女の
つまるところ、瀬盛野は善にも悪にも振り切らない、そして何より能力のない凡人だったのだ。だから当初瀬盛野は、結月にとってただのアパートの隣人であり続けるつもりだった。
だが……
「身体中痛い。お腹も空いた。どうして私ばっかりが、こんな目に……クソ。嫌いだ。みんなみんな、全部、嫌いだ」
薄いボロアパートの壁越しに聞こえる、少女の啜り泣く声。シャワーも浴びて布団の中にも入って後は寝るだけだというのに、その声が耳障りで微睡みも中々やってこない。眠りに落ちることも出来ずに悶々としていると喉が渇いたので台所に行くと、今日の夕飯のカレーが入った鍋が見えた。
──………………いやいやいや
何かを思いつきかけたが、流石にないと思って首を振る。すると視界の端に、今日の朝に渡されて投げ捨てていた回覧板が映った。
──一人暮しの女子高生の部屋に、深夜に突然押しかける成人済みの大学生ねぇ。世間体は、悪いなんて話じゃないよなぁ
自虐的に笑いながら、瀬盛野はパジャマのまま、回覧板と鍋を抱えて部屋を出た。
そしてその日の夜空と今日の夜空は、そりゃあ当然違うのだろうが、でもあんまり変わらない。
「しっかし。カレーを不味く作れるなんていうのは、一周回って才能ですよね」
手渡した烏龍茶を飲みながら結月は小馬鹿にしたように笑う。およそ半年前に彼女が口にした瀬盛野特性ホワイトチョコにんにくカレーのことを貶すのが、彼女は大好きなのだ。
「悪かったな。絶望的に料理が下手で」
「ふふ。まぁ、あのカレーがきっかけで瀬盛野さんと仲良くなれたんで、私は別に良いんですけどね」
「へぇ。俺と仲良くなれたのがそんなに嬉しいのか」
「えぇ。焼肉を奢ってくれる優しいお兄さんの胃袋を掴めて、私は幸運ですよ」
「優しいお兄さんってのは、扱いやすいチョロい男の言い換えか?」
「さぁ?」
白々しく結月は首をかしげる。ホント、生意気だ。
「まぁ、でも……本当に感謝してるんですよ。一人でご飯を食べるのは、ほんのちょっとだけ寂しかったですから」
「そうかい」
それなら、よかった。
▲▼▲
焼肉をたらふく食べ終わり店を出た後、隣り合うそれぞれの寝床への帰路を並んで歩く。焼肉屋の脂ぎった煙で汚れた肺に、夜の風が染みた。
大通りを曲がって、アパートに繋がる路地に入ると、ふと目の前に奇妙な雰囲気をした3人組が見えた。
白衣の裾をたなびかせ、耳元に派手なピアスを輝かせる長身の女。
まだ彼岸も過ぎていないというのに、真冬に着るようなダッフルコートを纏う天パの男。
少年とも少女ともつかない体格の、顔が影に覆われて見えないほどに深くフードを被った性別不明。
向こうからやってくる、あからさまにマトモじゃない集団。時計の針を確認すると夜の10時が示されている。この時間になるともう変なヤツも繰り出してくるか、と瀬盛野がげんなりしていると、突如隣を歩く結月の足が止まった。
「結月?」
振り返ると、視界に映る彼女は、冷や汗を垂らして青ざめた顔をしていた。
その様子は、サンタクロースがいないことを察する寸前のような、大切な宝物が偽物になる瞬間の幼子を連想させた。そして幼子は、宝物を失うのを、どうにか防ごうとする。その悪足掻きが、無駄なものと知りながら。
「お、お兄さん。さ、先に一人で帰っててください」
「ん?あの3人組、結月の知り合いなのか?」
「は、はい」
本当だろうか。真っ当な知り合いと会って、こんな反応をするだろうか?
「いやいや。私と彼女は知り合いなどではありませんよ。そしてアナタも、どうかここにいてください」
歩いてくる白衣の女は突然口を開くと、そう言って瀬盛野を引き止めた。
いよいよ、瀬盛野は何がなんだか分からなくなる。結月と女達の関係性も、全く不明瞭だ。
「っ!お願いします!この人は巻き込まないでください」
「……最初に、彼に何も知らせずにコチラに引きずり込んだのはソッチでしょうに。どの口が、と言ったところですね。それにどっちにしろ無理ですよ。彼はもう保護対象ですから」
結月の懇願を、白衣を着た女がすげなく断る。女の声は、感情を感じさせない、ロボットのようなものだった。
「お、お前達なんなんだよ!?」
思わず、瀬盛野は叫んでいた。この状況に対する不可解は勿論、異様な結月の狼狽が、彼の庇護欲を駆り立てたのだ。
「ヒーローですよ、怪人から人々を守る。今日も、仕事をしに来たんです」
「へぇ!それじゃあさっさと出勤しろよ!俺達みたいな一般人に構ってないでさぁ!」
女の意識を怯える結月から自分に向けるために、あえて挑発的な物言いをする。その裏で、瀬盛野は自身の疑問を抽出していた。
──ヒーロー!?だったら、
「一般人…………あぁ、まずはそこからですか」
女は、ボケた老人を憐れむような目で瀬盛野を見る。でもそれは別に良い。なんせ瀬盛野は、あえて結月の正体が魔法少女だと気づいていないフリをしているのだから。だが、続く女の言葉は、瀬盛野の予想だにしないものだった。
「アナタの隣にいるソレは、人間じゃないんですよ」
「は?お前、何言って……」
一般人どころではない。それこそ、魔法少女でもない。
人間じゃない──人でなし。
「まぁ、突然言われても信じられませんよね。というワケで、百聞は一見にしかず、
その瞬間、女の傍らに控えていたフードを被った性別不明の姿が消え、そして一つ瞬きの後、視界の端で、丸いナニカが宙を舞った。
「…………え?」
それは、何なのだろうか?
いや、考えるまでもなく、見れば分かる。
それは頭だ?────誰の?
それは一体、誰の頭なんだろう?
あぁ。そんなことすら、見れば分かる。
「結月!!」
脳みそのたっぷり詰まったそれが、地面の上で一回跳ねた後に転がった。同時に、瀬盛野の中で悍ましく醜いものが膨らんで身体の外に溢れこぼれてしまうような気がした。溢れたらもう何もかもを台無しにして、人間ですらなくなってしまうような何かが。
「う、…………あ、うううう、あぁ!」
意味をなさない呻きと共に、その開いた喉の奥からそれが現れようとした時……
メリッ、という音ともに、結月の転がる頭と残されたそれ以外の四体、それぞれの断面から悍ましい朱の色の、触手のようなものが溢れ出た。勢い良く流れ出るそれは空中で合流し、頭を身体の方に引きずり込むように、触手は身体の方の断面の奥に消えていく。
やがて頭と身体は、両断されたことが嘘だったかのようにピタリとくっつき、そして目を見開いたまま固まっていた結月の表情が動いた。
「お、お兄さ!わ、私は…………」
結月は顔を真っ青にして、目尻に水滴まで溜めて、瀬盛野の方を見る。泣き出す寸前の幼子の顔。
「ねぇ、瀬盛野さんとやら」
もはやまともに言葉も紡げない結月を無視して、白衣の女は瀬盛野に語りかける。
「アナタは、首をはねられても死なない、言語を解すヒト形を、人間と呼びますか?呼びませんよねぇ」
「…………」
瀬盛野は何も言えない。確かに先ほどの結月は、人間と定義していいものではなかった。
「理外のバケモノ共。その呼称は、宇宙人、地底人、
──怪人
「そこの女は、人類の味方であるヒーローのフリをした、怪人からの刺客なんです。つまりね、ずっと騙されてたんですよ、アナタ」
「…………」
白衣の女の、期待に満ちた視線が瀬盛野に突き刺さる。
同時に結月の、大声で泣き出す寸前の荒い息遣いも聞こえる。
──まったく、まったく、まったく…………
彼女らは、瀬盛野がきっと結月に罵詈雑言を放つと思っているのだろう。
その事実を察して、瀬盛野は歯を食いしばった。
──俺を、ナメるんじゃねぇ!!
「…………どうでもいいんだよ」
「はい?」
「コイツが魔法少女だろうと人間じゃなかろうと怪人だろうと、何だっていいんだよ!!」
半年前の瀬盛野は気づいた。
事実として、結月が民衆を怪人から守っていたことを。それは、結月が何者だろうと決してブレない。
瀬盛野は知っている。
結月という少女は料理が上手で、食いしん坊で、美味しいものを食べている時の笑顔がとびきり可愛いことを。
瀬盛野は感じてしまった。
一度首を両断された結月の身体の内側から悍ましい触手が生え、生き返った時、白衣の女に言われずとも、結月が人間とは相容れないバケモノなのだと本能的に察した時、それでも
だけどそれを結月本人の前で言うのは恥ずかしいから、それとは違う、本音に少しペテンを混ぜた口上を、瀬盛野は語る。
「おあいにく様、俺はヒーローが嫌いなんだよ!だから、ヒーローと敵対する怪人は人並み以上に好きだ!なんでよぉ、仲の良い女の子が怪人で、俺は嬉しいくらいなんだよ!」
「…………はぁ」
仕方なさそうに、白衣の女はため息を吐く。しかしそれは、瀬盛野が何を言うか予想していたかのような、見透かしていたかのような反応だった。
「やっぱり、アナタはそう答えますか。仕方ありません。保護対象から、拘束対象に格下げです。滝。偽魔法少女の方を無力化するのは骨が折れるでしょうから、先にそちらの眷属候補の意識を落としなさい」
「…………了解」
結月の首が落とされた時と同じように、再度瀬盛野の仕方からフードを被った性別不明の姿が消える。
次の瞬間、瀬盛野の世界は暗転した。
▲▼▲
「さぁ、我がラボへようこそ!No.532くん!!」
目覚めた瀬盛野を出迎えたのは、最悪の初対面を果たした白衣の女だった。
しかし、いくらなんでも様子がおかしい。今の彼女は、あのロボットのような鉄面皮とは真逆も真逆、花の咲くような笑顔をしている。
この、なんとも言えない不愉快な気持ち。言うなればそう、頼れるバイトリーダーが、プライベートで一人でコンカフェに入って行くのを見てしまった時のような……
「突然だけど、キミにはこれから私のモルモット兼ヒーロー側の使い捨て可能用員として働いてもらうよ!」
「…………はぁ!?」
何の因果か瀬盛野は、彼が忌み嫌っていたヒーロー側に就職することになった。
結月……たぶん今作のヒロイン。作者に勝手につけられたアダ名は「サンチュちゃん」。
瀬盛野の作ったカレーの不味さに悶絶し、以降彼の部屋に定期的に夕飯を作りに行っている。焼肉はそれのお礼。
瀬盛野に振る舞う手作り料理に、あまりよろしくない隠し味を入れている。