主人公に堕とされる事が確定している転生兄弟 作:癖に正直に生きよう
全力で走る。後ろから追ってくる彼女に捕まれば、俺は色々な意味で死ぬことになる。追いつかれたらマズイという確信だけが、俺の体を動かしている。
息が切れる。肺が痛い。足が棒のようだ。それでも、後ろを振り返ることもせずに走り続ける。
ふと、自身が持っている携帯電話を思い出す。即座にそれを取り出して、弟に電話をかけた。数回のコール音の後に、電話が繋がる。
「もしもし!!助けてくれ!!!!」
「あっ……兄貴…ちょっと…まって……」
……なんか息が荒い。でも、俺みたいに走ってる訳じゃなさそうだ。耳を澄ませると、電話口からは吐息と共にギシギシという音がしている。
「ひうっ……あっ、ちょっと…ほんとにとまって…」
これ喘ぎ声じゃないか????
「いま電話つながって─」
「もしもーし」
電話口から聞こえる声が変わる。聞き覚えのある声だ。具体的にいうと二作目の主人公の声。
嫌な予感がしてきた。
「貴方の妹さんは今忙しいから、用事は後にしてね。それじゃ、鬼ごっこ頑張って〜。………ほら、倒れてないで続きシよ?」
「ちょっ…僕ほんとにげんか─」
プツリと電話が切れる。
思わずスマホを投げ捨てて頭を抱える。なんでこんな事になってるんだ?助けを求めて連絡したはずなのに、なんで俺はあの百合カップルの特殊なプレイに付き合わされたんだよ!!!
「捕まえた」
唐突に背後から抱きしめられる。ブリキの人形のようなぎこちない動きで振り返ると、そこには、ハイライトが消え去った初代主人公の姿。
「そんなに逃げないでよ。私、傷ついちゃったなあ……」
ドロリと濁った瞳をそのままに、初代主人公がガッチリと俺を抱きしめてくる。咄嗟に逃げようとしたが、俺の手足は既に主人公が魔法で作り出した蔓で拘束されていた。
「やめっ、ちょっと、マジで止まれ!!俺は…俺は─」
「俺は攻略対象じゃない!!!!!!」
ゼエゼエと肩で息をしながら、上半身だけ起き上がる。今の俺は家のベットの中にいた。
夢だったのか…?にしてはリアルすぎるだろ。ていうかなんだあの展開。最初からクライマックスすぎる。
しかも、今の夢のせいで前世の記憶が戻ってきやがった。唐突に思い出したせいで、今世の記憶と混ざって気持ち悪い。
記憶を整理していると、音を立てて部屋の扉が開いた。そちらを向くと、銀髪が特徴的な美少女が立っている。
「どうかしたのですか、兄様」
聞き覚えのある声。先程の夢で聞いた声だ。確か……
「メス堕ちしてた声……」
「なんて言いました????」
死ぬほど困惑させてしまった。申し訳ない。
記憶を探る。この子は確か、俺の腹違いの妹……だったはずだ。名前は凛月。正室の人が産んだ子供だったかな。
「あー、いや。なんでもない。デカい声出して悪かった」
「本当ですか?」
流石に悪夢を見て叫び声を上げましたなんて恥ずかしすぎて言えない。
疑わしげに見てくる凛月を適当に言いくるめながら考える。本当にとんでもない悪夢を見たな…。凛月はメス堕ちしてるし俺はなんか危ない感じの状況になってたし…。
ここまで考えたところで、ふと思い出した。
夢の中の俺は、恐らくは凛月のことを『弟』と呼んでいた。しかし、どう見てもこの子は女の子だ。
「……本当に大丈夫ですか、兄様」
急に黙った俺を見て、凛月が心配そうに声をかけてくる。……聞いてみた方が早いか。
「なあ、お前って女の子だよな?」
「…そうに決まっているでしょう?」
そりゃそうだ。見た目からしてただの美少女だし。だとしたら…前世か…?
確かに、前世の俺には弟が1人いた。しかし、どう考えても目の前の美少女とは結びつかない。そもそも言葉遣いからして違う。
……でも、アイツの趣味ネカマだったよな……。名前も前世の弟と同じだし……。転生して見た目が変わってる説あるか?
「………なあ、凛月。お前、前世の記憶ってあったりする?」
「…兄様も転生者なのですか?」
『兄様も』ということは、凛月は確実に転生者っぽいな。
驚いた顔をしている凛月に、さらに質問を重ねていく。
「もしかして、前世の性別男だったりする?」
「…そうですが」
「…………兄貴、いた?」
「…なぜ知っているのですか」
凛月の目にはっきりと警戒が浮かぶ。警戒して質問に答えてくれなくなったらまずいし、次で確定させよう。
「じゃあ…お前の兄貴って、仕事しすぎてぶっ倒れて死んだクソバカ野郎だったりする?」
凛月が大きく目を見開いた。
「なんで、知って…まさか」
頭を抱える。確定してしまった。
俺は全力のキメ顔で目の前の弟にこう言った。
「どうやら俺たちは、前世からのブラザーのようだな」
「〜〜〜〜っ兄貴!」
涙目の凛月が俺に飛び込んでくる。両手を開いて再会のハグをしようとして…そのままの勢いで顔面をぶん殴られた。どうして……。
「なんでっ、なんで相談してくれなかったんだよ!倒れる前に頼ってくれれば良かっただろ!なんで…なんで…」
100パーセント俺が悪かった。マジでごめん。
ボロボロと涙をこぼしながら俺をボコボコと殴りつけている凛月を見て、流石に罪悪感に襲われる。居た堪れない気持ち。
でも一回殴るのやめてほしいな。だんだん殴る力強くなってるから。効果音が『ボコボコ』から『ドカッ』とか『バキッ』って感じの鋭いやつになってってるから。
「ごめん…ちょっと感情が抑えられなくて…」
「ひや、へんへんひひよ。わふいのはおれだから」*1
「ほんとにごめん……!」
結局、凛月の拳は俺の両頬を腫らして、俺の両肩に三箇所ほど青あざを作ってようやく止まった。
適当に頬を魔法で治す。
「いや、全然気にしてないよ??聖書にも『右の頬を打たれたら左の頬も差し出しなさい』って書いてあるし。でもそれはそれとして『やられたらやり返す』って言葉も大事だと思うんだよね俺」
「ほんとにすいませんでした…!」
さて、冗談はこの辺りにして、真面目な会話をしよう。
「それで、凛月はこの世界についてなんか知ってる?」
「えっと、兄貴は『花影と月明かり』ってゲーム覚えてる?」
「あー、覚えてはいる。お前がやってた奴だろ?確か恋愛ゲーだったよな。戦闘ありの」
「そう!!戦闘も楽しいし何より主人公がすごく可愛いの!!」
「で、その主人公に憧れてネカマを始めたと」
「そうそう…なんで知ってんの!?」
いやだって、あのゲームをクリアしたって話をしてくれた次の日に、急にチャットありのゲームを女アバターで初めて、女のフリしてマルチプレイしてたら…まあ、察するよな。しかもアバターの見た目も主人公そっくりにしてたし。
「まあそんな事はどうでもいいんだけど」
「僕の尊厳がどうでもいいで切り捨てられた…」
「あのゲームってどんな設定だったんだ?流石に世界観とかストーリーとかは知らないぞ」
「ああ、その辺は僕が覚えてるよ!
めっちゃ簡単に説明すると、この世界は『御子』っていう特殊な力を持った人間がいて、その中でも強い力を持ってるのが主人公。で、色々あって、大昔に封印されたラスボスが復活して人類滅ぼしにくるんだ。」
「その色々が気になるんだけど…」
「気にしたところで復活は止められないよ?あ、あと主人公の力が無いと確定でラスボスに世界滅ぼされるよ」
「終わってるだろこの世界」
クソカスすぎる。なんでも今の年代的に、既にラスボス復活の条件は揃ってしまっているらしい。後は時間が経てば勝手に復活してしまうのだとか。
「これが一作目の内容だよ」
「おい待て言い方的に二作目があるのか??」
「あるよ。まあストーリー的にはバッドエンド引いても世界が滅ぶタイプの奴じゃ無いから大丈夫だよ。精々ゾンビが大量発生するくらい。」
『くらい』じゃねえだろバカか?マジで終わっている。
ゾンビパニックと世界滅亡が短期間で訪れる可能性のあるこの世界に絶望した。
「まあ、多分僕たちはストーリーに関わらないだろうから大丈夫だよ。だってゲームの舞台はここからだいぶ離れた学校だし」
楽観的な弟を見ながら、夢の内容を思い返す。
俺は二作目の存在を知らなかった。なのにも関わらず、夢には声だけとはいえ二作目の主人公が出てきていた。ただの夢と切って捨てるのは簡単だが、なんだか嫌な予感がする。
「…本当に大丈夫だよな…?」
「兄貴は心配症だなあ」
カラカラ笑う弟の言葉がフラグになったのか。
それとも、夢でとある世界の未来を見たのになんの行動も起こさなかったのが悪かったのか。
何が悪かったかはわからない。しかし、俺たちの楽観的な思考は、数日も経たないうちに砕かれる事になった。
初投稿です。
書き溜めというものも無いので不定期投稿になります。
ゆるして。