名探偵・鬼方カヨコは見逃さない 〜陸八魔アル(非)殺人事件〜   作:アル飯

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8(終).お困りごとは便利屋68にお任せを

「……で、何だ? 事務所の戦車で人をはね飛ばした挙句になんの修理もせずに傷のついたまま持ち帰ったバカがいる、っつゥ訳か?」

 

 ──薄暗く古めかしい日本家屋。三代目ペッショーネファミリー組長、犬藤ワン吉は手を背中に縛られた三人のスケバンを前にどっかりとあぐらをかき、煙草をガラス製の灰皿へと擦り付けながら言う。

 

 部屋にはペッショーネファミリーの構成員が十数人ほど、序列順に部屋の隅で正座している。それぞれ武装しているようで、胸ポケットには拳銃が入っていると思われる膨らみが見て取れた。

 

 ワン吉に睨まれたスケバンのうちの一人が、冷や汗を垂らしながらも口を開いた。

 

「ハイ、ですがその……ちゃんと事故に見えるように工作してきましたので……死人に口なしとも言いますし、今頃は事件じゃなくて事故として取り扱われていることかと……」

 

 ──バン、とマグナムが発射される音が一発、事務所内に響く。片手では到底扱いきれないほどの威力を持つマグナムの弾が顔面に直撃したスケバンが一人、声も出せないままに床に倒れ伏した。

 

 倒れたスケバンの隣に座っていたスケバンが「ヒッ」と小さく喉を鳴らし、一歩後ずさった。

 

 ワン吉は銃口から立ち上る硝煙をフッと一息で吹き散らし、懐から二本目の煙草を取り出して咥えると、隣に座っていた一番ガタイの良い側近へ顎をしゃくる。

 

 隣に座る男は恭しく会釈し、使い古されたジッポーで煙草へ火をつけた。よく見ると、ワン吉の定位置であろう部屋の隅付近の畳は煙草のものと思われる焦げ付きがいくつか見てとれる。

 

「確定してない情報を俺に伝えんじゃねェ、ボケ。それでアレか? もし相手に息があったら、ヴァルキューレのボケどもも流石に捜査せざるを得なくなるよなァ……その尻拭いを俺たちにさせようと……? ……舐めてんじゃねェぞ、こンダラズがッ!」

 

 ブルドッグのように怒りに顔を歪ませたまま、ワン吉はスケバンの一人に向かって灰皿を投げつけた。まるで雪でも降っているかのように、部屋中に煙草の灰が舞う。幹部と思われる何人かが顔を顰めた。

 

「ひっ……す、すみませんでした! わ、私たちが浅はかでした!」

 

 銃弾でもさほどダメージがない彼女たちに灰皿が当たったところでどうということもないのだが、恐怖を与えるのには十分だった。気絶している一人を除いて、残るスケバンたちは必死に額を畳へと擦り付けながら必死に謝罪の言葉を叫ぶ。

 

「まぁまぁ、組長。下っ端のボケが勝手にやらかしたことですから……このアホどもは即刻放り出して自首させましょう。私らはこんな半グレども、一切知りませんから。……だよな?」

「い、いえしかし轢き逃げした挙句今更というのも……」

 

 スケバンの一人が涙目になりながら顔を上げる。恐らく参謀と思われる丸眼鏡の男は、そんな彼女の声を聞いてハァ、と深い深いため息をついた。

 

「分かってねェなお前。……一応お前も俺らの世界の人間だとはいえ、俺はまだ流儀の『り』の字も知らない可哀想なお前らにチャンスをやってんだ。いいか、俺らがお前らの身請け人になるか、それともヴァルキューレに身を預けるか、選ばせてやるって言ってんだ。その空っぽでクソしか詰まってない脳ミソでもそれぐらい分かるだろ……?」

 

 男はむんずと口答えをしたスケバンの前髪を掴むと、自身の顔を見せつけるように思い切り引っ張りあげ、どこから取り出したのか、拳大の石ころを彼女の口の中へ突っ込んだ。丸眼鏡の奥の顔は、よく見ると大きな火傷跡が残っている。

 

「こっちは事故の跡のある車とお前らを一緒に海に沈めて証拠隠滅してもいい、って言ってんだよ」

「ふぁ……ふぁい! ふぁ、分かります! ふぁかりました、今すぐ自首してひはす! ふぁ、ふぁから命だけは……!」

 

 ガン、と硬い音が部屋中に響く。男のハンドガンで頭頂部を殴られたのだと気付く間もなくスケバンの一人は気絶した。

 

「分かってねェだろお前。命は助けてやるから自首しろって言ってんだ。同じことを何回も説明させるのは相手をナメてるからだ。違うか?」

「はい、そうです! おっしゃる通りです!」

 

 最後に残ったスケバンは涙を流しながら何度も首を縦に振る。今まで恐怖のあまり一言も発せていなかったのが功を奏したらしい。

 

「……決まりだな。俺らも海に沈めるような手間ァとりたくねェ」

 

 ここまでのやり取りを煙草をふかしつつつまらなさそうに見ていたワン吉だったが、灰を落とそうとして灰皿がないことに気付いたらしく、思い切り舌打ちをすると、スケバンに向かって手招きをする。

 

「おい、お前、ちょっとこっちにこい」

「は、ハイ! なんでしょうか!?」

 

 後ろ手に縛られている状態で、まるでミノムシのようにスケバンがワン吉の元へと這い寄る。舞ったタバコの灰が顔につき、頬が黒く汚れていく。

 

「お前は他の二人と違って余計なことを喋らなかったな。俺は賢いヤツは好きだ。雄弁は銀、沈黙は金と言うが、ベラベラ喋る舌には価値をつける意味もないと思ってる。……口開けてみろ」

「……ふぁい、ふぉうふぇふ──」

 

 ジュッ、と肉が焼ける音と共に、最後のスケバンが畳の上を転がった。

 

「前から金の灰皿が欲しいと思ってたところだ。……お前ら、コイツら叩き出して自首させろ」

 

 グゥだのガァだの意味の無い言葉を発しながら、しばらく悶えながら転がっていたスケバンだったが、気絶したのか側近と思われる男が二人、腕を持ち上げると途端に静かになった。

 

「はァ……バカは要らねぇ手間ばっかりかけさせる。全く、ヴァルキューレに嗅ぎつけられたらどうす──」

 

 ──ピンポン、という呼び鈴の音が部屋中に響いた。

 

「……おい、今何時だ?」

「夜の三時です」

 

 丸眼鏡が腕時計を覗いて答えるのとほぼ同時に、組員が各々胸ポケットから銃を取り出した。

 

「この中に宅配頼んだバカはいねェよな……ヴァルキューレ……にしては早すぎるな。アイツらがそんなに優秀なワケがねぇ」

 

 丸眼鏡が組員と玄関とを交互に指さした。

 無言のまま指さされた組員は頷くと、玄関の方へ歩いていき、扉に手をかける。

 

「……どちら様? 今の時間分かってんのか?」

 

 玄関の扉越しに話しかけるが、返事の代わりに再びピンポン、と呼び鈴の音が部屋に鳴り響く。組員は呼び鈴にも負けない大きさの舌打ちをした。

 

「おい、こっちが質問してんだ──」

 

 苛立ちをぶつけるように、男が玄関の扉を思い切り開いた──瞬間、全身を震わせるような衝撃と爆音が屋敷中に響き渡る。

 

「な──あッ!?」

 

 慌てて丸眼鏡たちは一斉に玄関に向かって駆けた。

 立ち上る煙でなにも見えなかったが、しばらくすると玄関の引き戸と男が内側へと吹き飛んでいるのが見て取れた。

 

「爆弾……ッ!? お前ら、敵襲だッ! このやり口、ヴァルキューレじゃねェぞ!」

 

 真っ暗な玄関先に一人立っている、小柄な少女の人影を目にした丸眼鏡は武器を玄関前へと向けた。

 

「てめェ、何モンだ!?」

「こ……こんばんは」

 

 状況にそぐわず、まるで本当に道ですれ違ったぐらいの調子で少女は挨拶をする。会釈すると同時にずり落ちそうになった帽子を慌てて手で押さえていた。

 

「あの、夜分遅くにすいません。……その……『責任者の方、いらっしゃいますか』?」

「……撃てッ!」

 

 少女の言葉に只事ならぬものを感じた丸眼鏡は、自身のハンドガンを乱射しながら組員に向かって叫ぶ。

 

 しばらくは呆気にとられた様子の組員たちも、丸眼鏡の言葉に我に返ったように各々の獲物を取り出すと、玄関口の少女へと乱射した。

 

 ハンドガンにショットガン、果てはスナイパーライフルまで、様々な種類の弾丸が少女に直撃するが、少女はまるで意に介する様子もなく、鬱陶しそうに弾丸の雨の中を、真っ直ぐ丸眼鏡の方へと歩いていく。

 

(……コイツ、化け物か!?)

 

 空いた口が塞がらないとはまさにこのことか。いくらキヴォトスの学生とはいえ、これだけの弾をしこたまぶち込まれてまともに立っていられる訳がない。

 

(組長、すみません!)

 

 あまりの異常事態に、丸眼鏡は迷わず懐から手榴弾を取り出し、慣れた手つきでピンを抜くと少女に向かって投げつける。

 

 ──瞬間、再び爆音と共に猛烈な炎の渦が玄関を覆い尽くした。キヴォトスでは許可されていない違法な焼夷グレネードだ。アレをまともに喰らえば、普通の学生ならまず立っていることは出来ない。

 

「何やってんだニャン三郎ッ! てめぇ、ここがどこか分かってンのかッ!?」

 

 奥の部屋から慌てたような組長の怒声が響く。丸眼鏡とて、組のアジトであることを忘れていた訳ではもちろんないが、それにしても異常な彼女の様子に多少の被害は覚悟の上でグレネードを投げたのだ。

 

「すみません組長! ……ですが、アイツ明らかにおかしかった……」

 

 ──丸眼鏡の声が途中で止まった。

 

「痛っ、ちょ、あの……話、聞いていただけないでしょうか……?」

 

 ──爆発によって引き起こされた煙の中から先程の少女の声が聞こえたからだ。

 

 流石に少しは応えたのか、腕から一筋血が流れ落ちている。だが、煙を吸い込んで咳き込んではいるものの、少女はそれすら何もなかったかのように、炎の渦の中にただ立ち尽くしていた。

 

「……てめェ、何者だ? どこの組から来た?」

「……いえあの、組の者ではなくてその……」

 

 丸眼鏡──ニャン三郎の問いかけとほぼ同時に、弾切れを起こした構成員の一人が少女に向かって飛びかかる。が、少女はそれすら何事もないかのように、無言で自身のショットガンを男の顔面に振り下ろすと、蹲った彼の腹に一発、強烈な蹴りを入れ、倒れ伏したところに至近距離からショットガンを撃ち放った。

 

「……あの、私は便利屋68、平社員の伊草ハルカ、です……」

「あァ? 便利屋だ?」

 

 ニャン三郎との話し合いに気を取られている隙を狙い、再び組員の一人が銃を構える。だが、それよりも早く少女は一気に部屋の中に土足のまま飛び込んだ。回し蹴りで組員の一人から銃を取り落とさせ、奪ったハンドガンをその組員の顔面にしこたま撃ち込んだ。

 

 ──そして、弾切れになったハンドガンをショットガンを構えている組員の顔面に投げつけて隙を作ると、その背後から迫る別の組員の顔面に自身のショットガンをフルスイングする。バキッ、と顔の骨の折れる良い音が部屋に響いた。

 

「あ、あの! 話っ、聞いていただけないでしょうか?」

「コイツ、舐めやがって……ッ!」

 

 あくまで話し合いに来たとでも言いたげな様子だが、十人ほどいた組員のうち、既に四人が気絶させられている。

 

 ニャン三郎が懐からもう一丁、マグナムを取り出して構える。実用性重視のハンドガンとは異なり、組長が使っているものと同様、取り回しを捨て威力だけを重視した趣味の品だ。

 

「……ッ!?」

 

 流石に直撃はマズいと判断したのか少女──ハルカは咄嗟に身を伏せる。ニャン三郎の放った弾は彼女の帽子に当たり、そのまま壁際へ帽子を吹き飛ばした。

 

(これなら、殺れる……ッ!)

 

 手応えを感じたニャン三郎はそのまま次弾を当てるために銃を下へ構える──が、そこには既にハルカはいない。

 

(どこへ行きやがっ──!?)

 

 突如として足元から伸びてきた手に顔面を掴まれる。縮地法の要領で、一気に距離を詰めたハルカの仕業だと気付くのに数秒を要した。

 

 ギリ、と万力のような力で顎の骨が締め上げられ、足が宙に浮く。暴れようとジタバタともがいてみるが、足が当たったところでハルカはビクともしない。

 

「て、てめェら何してんだ、撃て、撃てッ!」

 

 ニャン三郎が叫ぶと、呆気にとられていた部下たちが驚いたように再び二人に向かって銃を撃ち始める。──が、ハルカはニャン三郎を持ち上げた状態のまま、彼を盾に銃弾を防いでいる。

 

「がぁぁぁぁぁッ!? クソ、こンのクソアマッ!」

 

 あまりの痛みに絶叫するニャン三郎だったが、言い切ったところでバキン、という音が頭蓋骨内に響き、一気に力が抜けた。顎関節が折れたのだ。

 

 ハルカは野球選手もかくやといった様子で、軽々とニャン三郎を手下の方に向かって放り投げる。慌ててニャン三郎をキャッチした手下だったが──顔を上げると、ショットガンを振りかぶったハルカが目に映った。

 

 

 

 

「おいおいやってくれたなァ、お嬢ちゃん」

 

 数分後。屋敷の中には、元いた場所から一歩も動いていないワン吉とハルカだけが見つめ合っていた。

 

 辺りには気絶したスケバン三人と、気絶した組員が十人ほど、呻き声を上げながら転がっている。

 

「あ、あなたがここの責任者、ですか?」

「おうおう、責任者っつゥーと責任者だが……」

 

 言いながらワン吉は横目でチラリと転がったスケバンを見遣る。

 

「なぁ嬢ちゃん。どっかで見覚えがあると思ったら、アンタこの間みかじめ料もらいに行った事務所のとこの子か? あん時ゃうちのバカどもが迷惑かけたな」

「あ、いえそれは返り討ちにしたので全然大丈夫なんですけど……それよりも、アル様にあんなことをした償いをしてもらえれば、と思いまして……」

 

 ショットガンを突きつけるハルカを見て、ワン吉は不味そうに煙草を一口吸い込んだ。

 

「あぁ、あの事故に巻き込まれたのは嬢ちゃんとこの子だったのか……それは悪かった。やらかしたバカ共はウチでしっかりシメといたから、持って帰って煮るなり焼くなり、好きにしてくれるといい」

 

 言いながらワン吉は火のついたタバコを畳に押し付けて消火し、顎で気絶したスケバン三人を指した。

 

「……あぁ、もうやってしまったんですね」

 

 気絶した三人を見たハルカはハァ、とカヨコよろしく深いため息をつく。

 

「おう。事故に遭った姉ちゃんには本当に悪いと思ってる。入院費も出すし、ウチらで最大限世話はするよ。ここでヴァルキューレに目をつけられるのはお互いベストじゃないだろ? だからここは一旦穏便によ──」

「──ですが、責任者は貴方ですから」

 

 ジャキ、と金属音を鳴らし、ハルカは再びワン吉に銃を突きつけた。ここまで動揺した様子を見せていなかったワン吉の目に初めて動揺の色が浮かぶ。

 

「ビジネスの世界では、従業員のやったことの責任は全て社長にある──アル様が教えてくださいました」

「おい、やめとけ。マフィアに喧嘩を売るってのがどんなことか、お嬢ちゃん分かってねぇぜ」

「そうですか。では、死んでくださ──ッ!?」

 

 ──パン、とハルカの背後で何かが弾ける音がした。

 

 と、同時に一瞬でハルカの全身がベタベタする粘着質な糸で覆われる。咄嗟にショットガンの引き金を引こうと指を動かそうとするが、つい先程までベタベタだった繊維は既に硬化しており、指一本動かすことが出来なかった。

 

「これは……ッ!?」

「あンなぁ、嬢ちゃんみたいな銃が効かないヤツ、何人かいるんだ。そういう奴に対抗する策をこっちが持ってないと思ったのか?」

 

 最近ミレニアムで出回ってる粘着グレネードだよ、と言いながら男は笑い、蹴りで身動きの取れなくなったハルカを床に転がす。

 

「はァ、ため息なんかつきやがって……ため息つきたいのはこっちだっつゥの。マジ舐めンなよ、お前」

 

 そのまま自身の懐から愛銃のマグナムを取り出すと、立て続けに三発、ハルカの顔面に撃ち込んだ。

 

「っ、あ……ガっ……! この……!」

 

 流石のハルカもまともに顔面に食らったのが効いたのか、額から血を流しながらワン吉を睨みつけていた。──が、脳震盪を起こしているのか、視点は定まらずフラフラと宙を彷徨っている。

 

「おぉ、マジで硬いな嬢ちゃん……こんなの見たことがねェ。本当は色々痛めつけて憂さ晴らししてやりてぇところだが、あいにく時間がなくてな」

 

 言いながら男はハルカの前髪を掴んで持ち上げると、彼女の顔に自身の顔をズイ、と近付けた。

 

「後で海に沈めてやるよ。……最後に言い残したいことはあるか?」

「……さい」

 

 ハルカの口から非常に小さい声が漏れる。ワン吉は勝ち誇ったような笑みを浮かべると、さらに自身の顔をハルカの顔に近付けた。

 

「あぁ? 聞こえねェよ! 最後の言葉ぐらいハッキリ喋ったらどうだ?」

「……だから、もう少し近付いてください、と言ってます」

 

 返ってきた言葉の奇妙さに、ワン吉は不思議そうに顔を顰めた。──瞬間

 

 ──ドン、という今日三度目の爆発音と共に、家中の窓ガラスが破裂した。

 

 

 

 

「爆発……ハルカちゃん!?」

「はぁ、はぁ……は、ハルカ……間に合わなかったか……」

 

 先刻の推理を披露したあと、ハルカが居ないことに気付いたカヨコが慌ててペッショーネファミリーのアジトに乗り込んだのと、大爆発が家の中で発生したのはほぼ同時だった。

 

 既に玄関から激しい争いのあった跡がある。カヨコは倒れ伏している組員の背中に土足で飛び乗り、爆心地──ハルカのいる場所へと飛び込んだ。

 

「ハルカッ!」

 

 家の奥には──ボロボロで立ち尽くしているハルカと、爆発に巻き込まれたらしい組長が寝転がっている。

 

「ハルカちゃん!? 酷い怪我だけど、大丈夫!?」

 

 慌ててムツキがハルカに向かって飛び込むが、ハルカはなんでもないといった様子で首を傾げる。

 

「はい、私は全然無事です」

 

 危ないところでしたが、緊急時に備えておいて良かったです、とハルカはボロボロになった服の下から丸見えになったお腹を指さした。

 

「そう、怪我してない──訳じゃないけど、大事ないなら良かった」

「もう、勝手に暴れちゃダメだって! 心配したんだから本当に! ……でも備えって一体なんなの?」

 

 言いながらムツキはハルカのお腹をしげしげと眺める。相当なダメージがあったのか、ハルカにしては珍しく内出血で真っ青になっている。

 

「自爆用に爆弾をお腹に抱えていたんです。身動きを封じられたのですが、それのお陰で何とか助かりました」

「自爆して相手の方がダメージ受けてるって……まぁハルカちゃんらしいか……」

 

 アハハ、と力なくムツキは笑う。およそハルカにしかなし得ない芸当だろう。

 

「ごめんなさい、また私勝手に暴走してしまいました……一人で片付けるつもりだったのに、お二人に迷惑がかかることになってしまって……」

「ホントだよもー! ……でもハルカちゃん、カヨコちゃんの推理を最後まで聞かずに、よく犯人がペッショーネだって分かったね?」

 

 さっき確認した時、確かに戦車に傷跡が残ってたから犯人なのは間違いないけどさ〜、とムツキはボヤいた。

 

「あぁ、それは……」

 

 先程の話の途中で気付いたんです、とハルカはカヨコを見つめて言う。

 

「……多分私と同じ結論だろうね。教えてあげて、ハルカ」

 

 カヨコの言葉に無言で頷くと、玄関に落ちていた帽子を拾い上げ、ハルカは口を開く。

 

「アル様が仮に外で事故にあって、荷物の中から鍵が見つかったとして、風呂場にアル様を運ぶためにはアル様が便利屋の人間だってことと、便利屋の事務所がどこにあるのか、を知ってる人間でなければそんなことは出来ませんから」

「それを知っている可能性があるのは、直接事務所に来たことのある人間だけ……大家さんは足を骨折しているから、そこまでの作業は無理だね」

 

 カヨコの補足に、ハルカは嬉しそうに頷いた。

 

「まぁ、確かにそうだね。でも事務所の前で事故にあったのなら、少なくともこのオフィスの人間だ、ってことぐらいは分かると思うよ? それに私たちが便利屋なの、思っている以上にブラックマーケットでは有名だと思うよ〜? ペッショーネ以外に私たちを知ってる人間が起こした事故かもしれないじゃん?」

 

 ムツキが二人の顔を順番に見つめて言う。実際、それなりに腕の立つ便利屋の所業はブラックマーケットではそこそこ知れ渡っていた。

 

「だとしても、新事務所にはまだ看板も立てていないですから、あのビルのどの部屋が便利屋のオフィスなのか犯人は分からないハズです。……一度オフィスまで来たことのあるペッショーネの連中を除いては」

 

 む、確かに〜とムツキは唇を尖らせた。

 

「さて、話をしているところ悪いけど、早く逃げないと。そろそろヴァルキューレも来るハズだよ」

「あぁ、そうだったそうだった! ……じゃ、これ置いておかないと!」

 

 言いながらムツキは懐から一枚の紙を取り出し、ボロボロになった組長の胸ポケットへと差し込む。

 

「……あの、ムツキ室長。これは?」

「あぁそれ? アルちゃんの名刺!」

 

 実にあっけらかんとしたムツキの返答に、カヨコは頭を抱える。

 

「もう、私たちの犯行ですって宣伝してどうするの……」

「ダイジョーブダイジョーブ! マフィアが世間体気にしてヴァルキューレに被害届出すわけないし!」

 

 何より、とムツキはイタズラっぽく笑う。

 

「こうした方が面白いでしょ? 報復って分からせる為には、誰がやったのか分かるようにしとかないとだからね!」

「……ハァ、まぁいいか……。行こうハルカ。さっさとズラかるよ」

「は、ハイ! 行きましょう!」

 

 三人はそのままアジトを飛び出し、夜のブラックマーケットに消えていく。

 

 ほとんどのものが黒くコゲつき、静まり返った事務所の中には不自然なほど真っ白の「陸八魔アル」と書かれた名刺だけが残されていた。

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