比企谷八幡と黒い球体の部屋   作:副会長

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――人を、斬り殺したことがあるな。

 Sideあやせ――とある路線の出口近くの吹き抜け空間

 

 

 

 しっかりと明確な理由がある暴力が化野(へんたい)を襲う。

 

 唐突な平手でもなく予想外な肘でもなく、涙目の美少女が二つの意味で己を守る為に繰り出した渾身のハイキックが、一分の躊躇も手加減もなく、近づいてきた化野の蟀谷(こめかみ)を目掛けて勢い良く放たれた。

 

 あやせとしては反射的な行動とはいえこれが間違った対処だとは欠片も考えていないし、むしろわたしの防衛本能グッジョブとか叫びたいくらいのファインプレイだと感じていて、そのまま敵を錐揉み回転させながら地面に叩きつけてやろうと、彼女としてもこれまでの人生の中でもトップクラスの出来のハイキックだったのだが――

 

「おっと」

「――!?」

 

 化野はその空気を切り裂くようなハイキックを仰け反ることで躱して――――そのままブリッジのような体勢になった。

 

 全裸で。

 

「!?!?!?!?!?!?!?!?!?」

「はっはー」

 

 さすがにここまでされるとあやせも顔を真っ赤にしてしまう。

 全裸ブリッジの化野を見下ろして「な……な……な……」と慄くように、一歩、二歩と距離を取る。物理的にも、精神的にも。

 

 だが、化野はそのままの体勢のまま、あやせに向かってにじり寄る。

 

「元気がいいなぁ。何かいいことでもあったのかい? あ、俺に出会えたことかな?」

「きゃぁぁぁああああああああ!!! 来ないで変態ぃぃぃぃいいいいいいい!!!」

 

 ストレートに叫んでみたあやせだった。

 

 だが、ここで顔を両手で覆い隠しながら逃げ出すような可愛げのある美少女では残念ながらあやせは既になく、その怒りやら羞恥やら屈辱やらを殺意ある殺害行動へと傾けることが出来るのが、今の新垣あやせという美少女だった。

 

「殺すッ!! ぶっ殺しますッ!!」

 

 これまたどストレートに叫んだあやせは、全裸ブリッジで局部を晒し上げるようにして向かってくる化野に向かって、飛び上るようにジャンプし、突き上げられている腹筋に向かって飛び蹴りを敢行した。

 

 あれほど堂々と晒されている弱点を狙うことはさすがに抵抗があったのか、それともガンツスーツ越しとはいえ触れたくもなかったのか(おそらく圧倒的に後者だが)、結果的に一番分かりやすい急所を避けたあやせだったが、だからといって手加減した攻撃を決行したわけでは勿論なかった。

 

 あやせはただ化野の上に着地するだけでは満足できなかったのか、そのまま右足を空中で振り上げ、そのまま化野に向かって全力で踵を落とす。

 

 落下の重力加速度に加え、スーツの筋力をふんだんに乗せた踵落としにより、変態の早急な殺害を試みるあやせ。

 

 だが化野は落下するあやせをブリッジの体勢で見遣りながら、にやと不敵な笑みを漏らし――ゴキ、ギキギキ、と、不気味な異音を漏らし――

 

「はっはー。はぁぁあああああ!!!」

 

 

――己の腹に、巨大な口を出現させた。

 

 

「なッ!?」

 

 突如、落下予定地だった全裸ブリッジ男が自慢気に突き上げていた腹筋が、大きな口に変わった。変貌した。

 

 化け物の口に、化けた――変化した。

 

 その口は鋭い牙が生え揃い、ガキンガキンと噛み合わせを確かめるように、歯を慣らすように――刃を慣らすように、素振りをするようにして、バガッ、と、口を開く。

 

 落下してくるあやせを、迎え入れるように、化け物の口を開く。

 

「っ!!」

 

 あやせはその狙いを悟るが――何も出来ない。

 この超人スーツでも、一度跳び上がった空中では、ただ重力によって落下することしかできない。

 

(どうしたらっ!? このままじゃあ――)

 

 あやせは表情を歪ませて思考し――そして、何かを閃く。

 

 重力に囚われ落下しながらも、そのスーツから未だ取り出していなかった、ガンツソードを抜刀した。

 

 そして、その切っ先を下に向け、その口ごと、化野を貫いて串刺しにしようとする。

 

「ッ!? うわッ! そいつはマズイッ!」

 

 化野はブリッジの体勢のまま、ぴょんと左に飛び去る。

 

「な、なんですか、それ!?」

 

 その異様な挙動に、ガキンッ! と、そのまま地面を突き刺すこととなったあやせは、驚愕と共にバッと目を向けると――

 

「――うっ!」

 

――両手両足を異常に伸ばし、四つん這いになった化野がいた。

 

「……身体を、変形させる能力?」

「当たってはいる。だけれど、それじゃあ花丸はあげらんねぇ――な、ジョーチャン!!」

「っ!?」

 

 四つん這いの化野は、ぐわっ! と、どこぞの麦わら帽子の船長のように、豪快に右腕を伸ばして襲い掛かってくる。

 

 だが、その際にゴキゴキゴキという異音が鳴り響いていたので、余りにもグロテスクで子供が泣き出しそうな光景だったが。

 

 あやせも例外ではなく、その音に不快そうに表情を歪め、思わず耳を塞ぎたくなったが、なんとか身体を動かし、ジャンプして躱そうとする――が。

 

「――っ! やぁッ!」

 

 先程のピンチが頭に過り、鞭のようなその腕を、ジャンプすることなく地に左足を付けて、右足による空気を切り裂くハイキックで弾き飛ばした。

 

「いい判断だッ! だが、まだまだ行くぜぃ!!」

 

 しかし化野は、その弾き飛ばされた右腕を、そのまま振り下ろすようにして叩きつける。

 

 あやせはその軌道では弾くことも出来ず、地を這うようにして右に跳ぶことでなんとか躱した。

 

「そんで次だッ!」

 

 化野は、そのまま躱された右腕を、あやせを追いかけるようにして左に低い軌道で振るい――

 

「――あ!」

 

――左腕も右腕と同様に伸ばして、鋏のように挟撃を敢行した。

 

 あやせは歯噛みする。

 これでは、もう躱すには上に跳ぶしかない。

 

 陽乃や和人ならばどちらも切り落とすといったことも出来るだろう。東条なら掴んで逆に本体を引っ張ってくるかもしれない。

 

 渚なら殺気で敵の動きを止めて、そして、八幡なら――きっと、相手の予想外を突いての攻撃で、怯ませると同時に敵を後手に回らせる。

 

 あやせはギンっ! と化野を睨み付けて、身体を起こすのと同時に、左右から迫りくる両腕を無視して――ガンツソードを化野本体に向かって投擲した。

 

「っ!!? そう、来るかよ!!」

 

 化野はあやせに向かって挟み込むように振るっていた両腕を、そのまま地面に叩きつける。

 

 そして、その反動を使って、くるくると前回転するように――宙に跳んだ。

 

 逆に化野を、身動きの取れない空中に追いやることに成功した。

 

(――よし、いける!!)

 

 あやせはそのまま、空中の化野に向かってXガンを向ける。

 

 が、化野は、にやりと醜悪な笑みを浮かべると、再びゴギ、ゴギギギと異音をたてて、その身体を変形させる――否。

 

 その身体は、徐々に小さく縮み、人間の原型を失くしていく。

 

 昆虫のような真っ赤の複眼、何本もの細い足、そして羽――

 

「――っっっ!!??」

 

 あやせは驚愕し、ゾッッ!! とするような恐怖を感じながらも、Xガンを連射する。

 

 敵はある程度の姿形を手に入れると、落下するのを止めて高速で空を飛び回り、やがて化野は、その姿を完全な蠅に変えた。

 

 それは、本物の蠅と比べると目を張るような巨大さで、それがまた気持ち悪さと恐怖を引き起こすのだが、それでも少し前のすらりとしたスタイルの高身長の人間だった頃と比べると、有り得ない程に小さいサイズだった。ちょうどバスケットボール程の大きさ――人間の頭と同じくらいのサイズか。

 

(――身体を変形ではなく、変身させる能力ってことですか。人間以外の生物にもなれる……なんて能力)

 

 あやせは頭上を飛び回る巨大な蠅を睨み付けながら、苦々しく歯噛みする。

 

 が――必死にXガンを握り締めて、心を落ち着かせようとなんとか試みる。

 

(――そう。例え、姿形が変わったとしても、星人には変わりないはず。この銃の攻撃は、確かに当たったはずです)

 

 確かに、心に焦りと怯えがあり、途中から高速で空中を移動し始めた化野に対し、大半の攻撃は外してしまったが、数発――最低でも一、二発は、確実にヒットした手応えはあった。

 

 あやせは襲い掛かる蠅の突撃を躱しながら(――そろそろのはず!)と、Xガンのタイムラグをカウントして――

 

 

――ボン、と鈍い音と共に、蠅の身体が一か所、膨れ上がった。

 

 

「……え?」

 

 続いて再びボン、と、くぐもった音と共に、また別の箇所が膨れ上がり、そして萎む。

 

 破裂することも、爆発することもなく、蠅は――化野は、五体満足で空を自由に飛び回っていた。

 

(銃が、効かない……っ?)

 

 あやせは呆然と立ち尽くし、手に持つXガンに視線を落とす。

 

「っ! きゃぁッ!!」

 

 そして、あやせが動きを止めたのを狙い澄ますように、蠅があやせの顔に襲い掛かる。

 

 あやせは必死に顔を振り、手で振り払いながら、そのまま蠅からなんとか距離を取った。

 

(っ!? ダメ、落ち着なさいわたし! ……銃が効かなくても、倒す方法がないわけじゃない。だって、どんな攻撃も効かないんだったら、初めのハイキックだって避けなくてよかったし、剣にだってあんな風に反応しなくてもよかったはずなんだからっ!)

 

 そうだ。少なくとも化野は、あやせが剣を取り出した時、それはマズイと声に出して反応し、即座に迎撃から回避へと行動を変更させていた。初めのハイキックを避けたのは挑発なのかもしれないけれど(だとしたらこれ以上なく効果的だった。方法は最低だったが)、少なくとも剣の攻撃は効くのだと考えていい――とあやせは思考する。

 

 蠅の攻撃を避けながら、あやせはちらりと、先程自分が投擲したガンツソードに向ける。

 

 ガンツソードは大きな一本の柱に突き刺さっていた。

 あの時は思い付きに任せた咄嗟の行動で、もうこれで使い捨てるような心持ちで投げた剣だけれど、こうなるとどうしても回収の必要が出てくる。

 

「っ! くっ! あぁ、もう!」

 

 あやせは旋回しながら時折突っ込んでくる蠅を迎撃しようとハイキックを繰り出すが、こちらを小馬鹿にするような飛び方で躱される。

 

 この蠅は、本物の蠅と同じように、サイズは多少(?)大きくても、やはり攻撃は非常に当て辛い。

 

(……けどその分、攻撃力自体はそれほど大きくない。致命的じゃない。少なくとも一発食らったら終わりなんていうものじゃない)

 

 この分ならば、多少狙い撃たれるのも覚悟で一目散に剣を回収すべく動くべきか――そんなことをあやせが考えていると、その思考に囚われ動きが鈍ったのか、蠅を耳元にまで接近を許してしまった。

 

「っ! しま――」

 

 

――ゾワリ、と、全身を貫くような悪寒が走った。

 

 

「っっっ!!??」

 

 あやせは身体を抱きすくめ、一気に両膝を折ってしゃがみ込んだ。

 黒い長髪が縦に伸びる程の勢いで、過剰とも言える程に回避したあやせは、あの一瞬で身体中を駆け巡った恐怖と嫌悪に、自分でも動揺する。

 

 そして、あやせはそのまま一気に、折った膝を前方にダッシュする力に変えて、柱に突き刺さったガンツソードの回収に向かう。

 

(な、なに、今の!? ……まるで、身体の中に入り込まれるような……体の中まで隅々まで犯されるような……っ)

 

 訳が分からない――けれど、確かに感じた身の危険に、あの蠅は自分の想像よりも遥かに危険な存在なのではないかと、嫌な予感を感じる――嫌な、確信を覚える。

 

 もうなりふり構わず一刻でも早くこの戦いを終わらせて、あの蠅を駆除しなければ。

 

 あやせはそう考えて、ガンツソードに向かって遮二無二に走った。

 

 そして無事に辿り着き、一息にガンツソードを抜き取る。

 

「よし! これで――」

 

 あやせは思わず笑顔を浮かべて振り向いた。

 

 素早いあの蠅を、自分の拙い剣捌きで斬ることが出来るのか(確かどこかの剣豪の逸話で蠅を箸で掴むみたいなエピソードがあったような、とあやせは思い返す。つまり蠅は、それぐらい捉えるのが難しいということだろう)は分からない――というよりはっきり言ってノープランだったが、とにかく対抗手段を手に入れた、取り戻したことであやせは少し舞い上がってしまった。

 

 が――

 

「……え?」

 

 いざ意気込んで振り返ると、蠅は何処にもいなかった。

 てっきり自分を追い回しているのだと思ったが、あやせの視界の中の何処にもいない。

 

 ふと、あやせは上を見上げる。

 

 あれだけ空を飛び回っていたし、ここは吹き抜けのような構造になっていて上に空間が開けているので、思わず真っ先に上を確認してしまったあやせだが、これは大当たりだった。

 

 そこに、化野はいた。

 

 だが、奴は既に蠅の姿ではなく、次なる変身が間もなく完了する所だったが。

 

 上空で――あやせの真上で、化野が次に変身した、その姿は。

 

「……うそ」

 

 あやせは思わず後ずさり、柱に背中がぶつかる。

 

 逃げられない。そう――既に、あやせは逃げられない。

 

 

「パォォォォォォオオオオオオオオオオオン!!!!!」

 

 

 その身体に――巨体に相応しい、大きな鳴き声を上げて。

 

 象――この地球上の陸地で、最も大きなその巨躯が、あやせに向かって真っ直ぐに落下してきているのだから。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 Side和人――とある駅の近くの大通り

 

 

 和人と剣崎は至近距離から睨み合う――その間に二本の剣を挟んで、鍔迫り合いを演じながら。

 何やら重要そうなことを滔々と語ってくれた――自ら堂々と幹部だと名乗った目の前の男に、和人は笑みを浮かべて、こう挑発した。

 

「ペラペラと情報を漏らしていいのか?」

「構わねぇよ。どうせ、お前は此処で死ぬんだからな」

「以後、お見知りおきをって言ったのは、お前だ――ろうッ!!」

 

 和人は強引に剣を振り抜き、無理矢理力づくで、坊主頭――剣崎から距離を取る。

 剣崎はそのままひょいと後ろに跳んで軽々と着地し、正眼に剣を――その日本刀のような刀を構えた。

 

 和人も黒の宝剣の切っ先を剣崎に向けて、左足を一歩下げて対峙する。

 そして、剣崎の隙の無い構えを見て、目を細くし思考した。

 

(……綺麗な構えだ。おそらく我流じゃない。誰かにちゃんとした師事を受けているのか……?)

 

 和人はこれまで数多の剣士と斬り合いを演じてきているが、その大半がVRMMOの世界――つまりはゲームの世界だ。

 

 実を言うと、剣道を途中でドロップアウトした和人は、ちゃんとした剣術――流派のようなものを相手にした経験は、殆どない。全中ベスト8とはいえ、年下の中学生女子(いもうと)に負けてしまうような有様だった。

 

 マンガやアニメなどでは、流派は決まった動き(パターン)があって動き読みやすく、それが弱点になる――といった展開になりやすいが、普通に考えて、長い年月をかけて研鑽し、動きに無駄を失くして効率化させ、あらゆる状況に対して最適な動きを導き出した“技術”を、自分よりも強い剣士から師事を受けて、人生の少なくない時間を剣を振ることに費やしてきた、努力をしてきた人間の剣術が、ただ己の勘とセンスだけで剣を振ってきた人間のそれよりも、劣ることなど本来は有り得ない。普通に強いに決まっている。

 

 それこそ、その現実を覆せるのは、まさしく天賦の才を持った――生まれ持った、本物の剣士だけ。

 

 積み上げた努力を越えるのは、いつの時代も才能と決まっている。

 

 問題は――その才能が、本物の剣士の才が、桐ケ谷和人に備わっているかということ。

 

 VR(バーチャル)の英雄ではなく、キリトとしてではなく、桐ケ谷和人としての英雄の素質が――今、試される。

 

「さて、覚悟は整ったか?」

「……何の覚悟だ?」

「へっ。そりゃあもちろん――」

 

 剣崎は、チャキッ、と日本刀を顔横に水平に構え、切っ先を和人に向けて、凶悪な笑みを浮かべ――

 

「――死ぬ覚悟だ」

 

 ダッ! と、一直線に駆け出した。

 

 小細工無しの突き。それは、純粋で単純な剣技であるが故に、剣崎の剣士としての技量が透けて見える程に冴え渡っていた。

 

「ッ!」

 

 和人は思わず見惚れかける。自分に向かって真っ直ぐに伸びる銀閃が美しいと、目を奪われてしまう。

 

 だが、和人はその陶酔感を強引に押し込めると、無理矢理に両手に脳から信号を送る。

 

 ギィィィン!! と、鈴が鳴るような音が響く。

 

 剣崎の真っ直ぐな突きを、和人は立てた剣で滑らせるように受け流した。

 

「――ほう!」

「くっ!」

 

 キィン! と、両者の距離が再び少し開く。

 和人は半回転して体勢を整えると、すぐさま一歩後ろに足を引き――そして、剣崎に向かって突っ込んだ。

 

(受け身に回ったらマズイ! こっちから攻めて、ペースを作る!)

 

 だが、その時――スルッ、と。

 滑らかに、滑るように、あるべき場所に置かれたかのように――和人の首元に刃が迫っていた。

 

「――ッ!」

 

 和人はそれを間一髪で弾く。

 

 攻勢に出られない。剣崎の洗練された剣術が、和人の最大の武器である反応速度を一瞬遅らせる。鈍らせる。

 

 だが、それでも和人は、間一髪を繰り返しながらも、懸命に剣崎に向かって足を進め、剣を振るい、必死に主導権を手繰り寄せようとした。

 

 剣崎はそれを余裕を持って弾き、時折狙い澄ましたように的確な一撃を放つ――が、それでも自身の刃が血に塗れないことに、和人が自分の太刀を浴びないことに、ますますその笑みを深めていく。

 

「ハンター達は、あの黒い球体が元は普通の一般人の中から招集するらしいな。だからか、戦士によって手応えがまちまちなんだわ。ただ泣き叫んで命乞いをしてくる奴もいれば、お前みたいにたった一人でこっちの仲間を何十人と屠る野郎もいる」

 

 和人はその言葉に何も言わず、ただ歯噛みする。

 こっちは一発一撃を受けるのも綱渡りの連続なのに、こいつはまだ口を開く余裕があるのか――

 

 和人はそれに焦りと――ある種の強烈な怒りを覚えながら、片手で振るう宝剣に更なる力を込める。

 

 ガギンッ! とお互いの強烈な一閃が衝突し、反発する。

 その僅かなタイムラグを利用して、再び剣崎は言葉を続けた。

 

「そして、そんな熟練者の中でも、やっぱりランクはある――そんで、上位ランカーの殆どが、実はあのヘンテコな銃じゃなくて、真っ黒な伸びる剣を愛用してるんだな。……まぁ、お前のその剣は、また別みたいだけど――なッ!」

「ッ!!」

 

 剣崎が一際鋭く振った一閃により、大きく弾かれた和人は、思わずズザザザッ! と距離を取らされる。

 

 だが、再びギンッ! と剣崎を強く見据えると、雄叫びを上げながら身を低くして駆け出していった。

 

「ぉぉぉぉぉおおおおおおお!!!!」

「だが、それはあくまで剣“が”一番使えるからであって、剣“を”一番使えるわけじゃねぇ――剣士じゃねぇ。まぁ、お前等は“星人(おれたち)”を狩れればそれでいいんだろうし? 剣士になる必要なんて皆無なんだろうから、一番使える武器を使うのは当然だ。そんな奴等は剣なんて只の武器で、使いやすい装備としか思ってないんだろうが……お前は違うな、英雄君」

 

 ガキィン!! と甲高い音を響かせて――再び両者は、鍔迫り合いの様相を見せ、至近距離で睨み合う。

 

「――お前は剣士だ。いや、剣士で在ろうとしている」

「…………」

「いいな、その目だ。剣に取り憑かれている者の目。剣に捕らわれ――囚われている者の目だ。昔剣道かじってましたってレベルじゃあ、ここまで致命的に“堕ちない”。………お前、さては――」

 

 剣崎は和人に顔をじっと近づけ、吸血鬼の牙を見せながら、囁くように言った。

 

 

「――人を、斬り殺したことがあるな」

 

 

 瞬間、和人は目を見開いて、次の瞬間――氷のような、無表情に変わった。

 

「――お前……もう黙れ」

「ッ!!」

 

 和人はギィンッ! と剣崎を身体ごと押すと、そのまま高速に一回転し、遠心力を乗せた鋭い剣閃を放つ。

 

 その攻撃は剣崎に防がれるが、剣崎は身体ごとふらりと後ろによろめいてしまう。

 

 和人はグッと地面を踏み抜いて、そのまま一足で剣崎の懐に――

 

「――らっ!!」

 

 だが、剣崎は自身右側に飛び込んでくる和人を狙い、掬い上げるように片手で剣を振り抜く。

 

「!?」

 

 だが、和人は右手で持っていた剣を左手に持ち替え、それを防ぎ――――右手で自身の腰に備え付けていた、光剣の柄を手に取った。

 

「ッッッ!!」

 

 剣崎に向かって、至近距離から薄紫の刀身が襲い掛かる。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおああああああああああああ!!!」

 

 剣崎は雄叫びを上げながら、右手に持っていた剣を手放し、なりふり構わず身体を落とし、転げ回ることで九死に一生を得た。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 剣崎は地面に膝と手を突き、荒い息を吐きながら生を実感するが、和人はシャキンッ! と、ガンツソードを取り出し、己に目を向けさせる。

 

 そして和人は、冷たい表情のまま、顔に黒い影を差したまま、己を見上げる剣崎に告げた。

 

「――逆に聞こうか。……お前こそ、剣士なんだろう? 剣士だったら、へらへら笑いながらごちゃごちゃ言わずに――」

 

 既に、光剣は刀身を仕舞って、再び腰に柄が吊るされている。

 

 そして、左手にガンツソードを携えながら、右手に持つその漆黒の宝剣の切っ先を、地面に跪く剣崎に向けながら、言う。

 

 

「――(これ)で、語れ」

 

 

 和人は思う――ああ、その通りだと。

 

 自分は人殺しで、剣に取り憑かれていて、それ故に、どうしようもなく剣士に憧れている。

 

 何度乗り越えたと思っても、受け入れられたと思い込んでも、きっとこんな風に図星を突かれれば、容易く頭の中は真っ白になってしまうのだろう。

 

 それでいいのかもしれない。そうでなくてはいけないのだろう。

 

 だって、自分は人を殺しているのだから。

 

 乗り越えることなど許されない。受け入れることなどしてはいけない。それは只、自分の悲劇に酔っているだけだ――殺された人間の方が、遥かに悲劇であることから目を逸らして。

 

 だから和人は剣を振るうのだ。

 

 自分が人斬りであることを忘れない為にか、それとも剣を振っている時だけは何もかもを忘れて剣士であることに全てを注ぐことが出来るからなのかは、分からないが。

 

 一つ言えることは、きっと自分は、もう二度と、剣を手放すことは出来ないということ。

 

 自分にとっての罪の象徴であり、栄華の象徴でもある剣――剣士という在り方。

 

 どうしようもなく剣に縋り、全てを注ぎ、己を委ね、その魅力に取り憑かれてしまった愚かな男。

 

 最早、それは剣を振っているのか、それとも自分こそ剣に振り回され――操られているのか、判別できない有様で、在り様だ。

 

 まぁ――それならそれで、剣士というものの一つの在り方というものだろう。

 

 和人は、自嘲するように、口角を吊り上げた。

 

「は、はは、ははははははははははは!!!」

 

 剣崎は、哄笑しながら立ち上がる。

 

「――ああ、そうだな。俺としたことが愚かしい程に無粋だった。悪い悪い、俺が悪かった。久しぶりに美味(うま)そうな剣士に出会えて、どうしようもなくテンションが上がっちまったんだ」

 

 剣崎は立ち上がりながら、ゴキ、ゴキキ、ゴキゴキと異音をたてながら、その額から二本一対の角を出現させる。そして、その吸血鬼の牙も、みるみる鋭く大きくなっていった。

 

 和人はそれを見て、ちらりと辺りを見渡す。

 

 夥しいほどの怪物の屍。これを作り上げたのは、剣崎の言う通り、全て自分だ。自分の所業だ。自分の――剣が、これだけの死体を積み上げた。

 

 だが、最早何の忌避感もない。既に何の罪悪感も感じない。

 

 怪物の返り血を浴びて赤く染まることも、肉を裂いて命を断ち切る感触も、既に身体が、剣が覚え込んでしまった。

 

 それは人として、慣れてはいけないものだったのだろう。自分は何かを失い、決定的に歯車がずれてしまった。

 

「…………」

 

 和人は、ギュッと、強く両手の二刀を握り締める。

 

 それでも剣士で在り続けることが出来るのならば、自分はいくらでも血に染まろう。肉を裂き、命を断ち切ろう。

 

 この戦場で生き抜くには、一つでも多くの命を救うには――一つでも多く、敵の命を奪わなくてはならない。

 

 それが、黒い球体が自分達に求める、この化け物達との戦争なのだから。

 

 辿り着きたい場所がある。帰りを待ってくれている人がいる。

 

 その為に少年は、剣士は――英雄は、血に濡れることを覚悟した。

 

 あの世界に――彼女の元に、帰る為に。

 

 無数の屍を積み上げる修羅の道――その地獄への道を、桐ケ谷和人は己の剣で切り開くことを決意した。

 

 そして、剣崎が擬態を解除し、化け物としてのその本性を現す。

 

「お望み通り、これから先は言葉はいらない――思う存分、剣で語り合うとしよう」

 

 既に先程剣崎が手放した剣は、灰となって何処かへと流されていった。

 

 剣崎が両手で構えるのは、自分の掌から取り出した、新たなる一振りの日本刀。

 

 それを構える剣崎は、二本の角を生やし――そして瞳を黄金色に輝かせ、鋭い牙を覗かせながら、剣を水平に顔横に構え、その切っ先を和人に向けていた。

 

「決闘だ。悪いが、全力(チート)を尽くして行かせてもらう」

 

 和人はその言葉に、鋭く二刀を振るうことで答えた。

 




新垣あやせは妖鬼に翻弄され、桐ケ谷和人は剣鬼と刃を交わし合う。

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