比企谷八幡と黒い球体の部屋   作:副会長

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君は、自分よりも圧倒的な強者に対し、その貧弱な武器で、一体どのように立ち向かい――そして、どのように殺すのでしょう?

 Side渚――とある60階建てビルの通り

 

 

 合流を果たしたことにより、この60階通りの十字路において、二人の戦士と、二体の吸血鬼、二つの戦争が勃発することとなった。

 

 潮田渚と、東条英虎。

 獄炎の悪鬼――火口と、岩石の剛鬼――岩倉。

 

 だが、その四人の中の誰一人として、二対二のタッグマッチに持ち込もうという思惑を抱えている者などいなかった。

 

 結果として合流し、同じ地で決戦となっただけで、全員が全員、コイツだけは自分が殺す、倒すと決めた明確なターゲットがおり、早い話がソイツしか目に入っていなかった。

 

 それは、単独ではそのターゲットに勝てないと直感した、潮田渚も同じだった。

 始めは東条が此処にいると聞いた時は、東条はその場にいた全ての星人を倒していたという話を聞いていたので、あわよくば助けてもらおうという心積りはあったけれど、合流を果たすと彼も自分のターゲットに匹敵するであろう程の怪物と相対していたので、さすがに救援は頼めないと諦めた。

 

 ただ、東条が負けるとは、まったく思っていない。あの人なら、あんな怪物相手だろうと、必ずや勝利してみせるだろう。

 

 一対一ならば。

 

「…………」

 

 シュルと渚は右腰のガンツナイフを取り出し、逆手で構える。

 

 つまり、自分は此処から逃げるわけにはいかない。

 

 なんとか火口の注意を引きつけ、平達を逃がすことは出来たけれど、あんなことは二度も三度も上手くいかない。

 こんな怪物相手に背を向けて、早々生き残れるはずもない――自分はもう、この戦場から逃げられない。

 

 それに今、自分が逃げれば、火口は片手間に東条を襲うかもしれない。

 

 それはダメだ。それだけは阻止しなければ。

 

(だって、僕は――東条さんに、背中を預けてもらったんだから)

 

 あの人の戦いの邪魔はしない。

 

 だから――

 

(この怪物は――僕が殺すんだっ!)

 

 勝てないかもしれない。でも――殺す。

 

 いつもと同じだ。殺せば――勝ちだ。

 

「違うな。ガキの分際で、大人を嘗めんじゃねぇ」

 

 ボォォォォン!!!! と、火口が右と左――両の掌に、巨大な火の玉を作り出す。

 

「――っ!?」

 

 それは、この夜の世界でも不条理に輝く太陽のようで。

 

 人間が手も足も出ない、母なる大自然の猛威のようで。

 

「自然の摂理を教えてやる――ガキは大人に勝てねぇし、人間は化け物にも、炎にも勝てねぇ」

 

 お前じゃ俺には、確実に勝てねぇんだよ。

 

 火口は灼熱を両手に携えながら、そう、冷たく、告げる。

 

 

 

 

 

 そんな渚の戦いを、近くのビルから――神崎が隠れるアミューズメント施設の屋上から、見守るように見下ろす視線があった。

 

「――ふふ。クライマックスですね。渚君」

 

 闇夜に溶け込むその『死神』は、絶対の窮地に追い込まれる渚を見て、それでも笑みを崩さなかった。

 

「君は、自分よりも圧倒的な強者に対し、その貧弱な武器で、一体どのように立ち向かい――そして、どのように殺すのでしょう?」

 

 そして、『死神』が見守る中、遂に――激突が、始まる。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 二つの大きな火の玉が、余りにも小さな少年へと放たれて、轟音の号砲が響き渡るのと同時に、こちらの戦争も動き出す。

 

 自身の背中から渚が駆け出すのを感じ、東条がその口角を優しく上げたところを狙い澄ましたかのように、岩倉が火口の火の玉と遜色ない巨大さの岩の弾丸を放った。

 正確には、足元の地面を砕き、そこから数発の巨大な岩の弾丸を発射したのだ。

 

 それを見て、東条英虎は――獰猛に、笑う。

 

 獣のように笑う。虎のように笑う。

 

 先程の渚へと優しい笑みとは、がらりと色を――毛色を変えて。

 

 戦争を、殺し合いを、戦いを、強者を、強撃を――ケンカを、歓迎するように、笑う。

 

「らあぁ!!!」

 

 拳を振るう。岩を砕く。

 襲い掛かる岩石の砲撃の、その悉くを己の身体一つで突破する。

 

 そして、その弾丸の中を自ら突っ込んできた岩の巨人を見て、やはり笑う。

 

 歯を剥き出しにする笑顔で、猛獣のオーラを放ちながら、東条英虎は拳を握る。

 

 岩の巨人も、やはり笑っていた。

 

 ドゴッッッッッ!!! と、衝撃は、その両者の拳の激突地点を中心に伝播した。

 

 そして、東条と岩倉の戦争は、やはり壮絶な殴り合いで幕を開け――殴り合って、殴り合って、殴り合って――殴り合った末に、幕を閉じることになる。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 自らに迫る二つの巨大な火の玉に対し、渚がしたことは迷わずに逃避だった。

 

 一目散に、左に跳ぶ。

 

 間違っても二つの火の玉の間を潜り抜けて火口に特攻などしない。あの火球がどれほどの威力なのか皆目見当もつかない以上、スーツが全く意味を為さないことも十分にあり得る。未知の攻撃を食らわない――ガンツミッションにおける鉄則を、渚は忠実に守る行動を取った。

 

 だが、その逃げた先には、火口が更なる攻撃を仕掛けている。

 

 地を這うように、炎の(ロード)が渚の回避地点に向かって伸びていた。

 

「――ッ!?」

 

 読まれた――と心臓が跳ね上がった渚だったが、恐らくは右と左、そのどちらにも伸ばしていたのだろう。真ん中を突っ込んで来れば、そのまま迎え撃つだけだと判断して(おそらくはその場合では真っ向から打ち勝つことに微塵も疑いを持っていないのだろう)、回避先に手を打ったのだ。

 

 渚はそのまま炎の壁の前に手を突いて、腕のスーツの筋力を膨れ上がらせる。

 

「――ッ!! いっけぇ!!」

 

 そして、そのまま両腕の力で跳び上ってその火の道を躱す。

 生まれて初めての挙動だったけれど、力任せで無理矢理それっぽく、少なくとも回避することには成功した。

 

「はっ! なら次はこれだ!」

 

 だが、その派手な挙動は火口からもはっきりと見えていて、火口は次に、渚に向かって右手を突き出して、小さな火球弾を発射――連射する。

 

「――っっ!!?」

 

 一つ一つは先程まで火口が好んで使っていた火球弾と比べると格段に小さいが、小さい分速度が段違いだった。火球弾が大砲だとすると、これはまるでマシンガンのような。

 

 渚は着地と同時に、飛び込み前転のように転がり続けることで回避しようとするが――火口が続いて左手を向けて銃口とし、渚を追い続けることで、まるで掃射するように火球弾を撃ち続けていく。

 

(――っ! こ、このままじゃ――)

 

「ははっ! 終わりだァ!!」

 

 そして火口は更に右手を振るい、大砲の火の玉とマシンガンの火球弾の中間――バランスボール程の火の塊を複数個、渚に向かって放った。

 

 それは、まるで標的に引き寄せられるようにカーブし、渚に向かって襲い掛かる。

 

「――ッッ!!」

 

 完全に挟撃された渚は、目を見開き、歯を食い縛って――

 

(――――)

 

 そのまま、炎の海の中に沈んだ。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「――まずは、一匹だ……」

 

 火口は渚が沈んだ燃え盛る火の海を見て、両手を下しながらそう呟いた。

 

 これで一歩、革命への障害を落とした。

 

 火口は、失った片目を押さえ、垂れ流れる血を拭いながら、これまでの道のりを回顧する。

 

 

 

 

 

 火口は、かつて人間だった頃、街の裏側で暗躍する金貸しを営んでいた。

 

 それは人の裏側を見ては利用し、肉体的にも精神的にも追い詰められた人間達の命のギリギリを弄ぶ職業だった。

 望んでそうなったわけでは、もちろんない。こんな職業を夢見て志す人間などいないだろう。

 

 闇金(ここ)に金を借りに来る人間と同じ――他にどうすることも出来ないから、火口はこの事務所の扉を叩いたのだ。

 

 自分でも、どうしてここまで落ちぶれたのかは分からない。幼少期――少年期、自分は他の子どもよりも、優れた能力を持っていたように思う。

 この大きな体躯もそうだ。少なくとも子供時代は、身体が大きいというだけで他の子達から一目置かれるヒーローだった。成長が早い分、勉強の方も苦労した覚えはない。

 

 ただ、そうだ。自分は他の子よりも、喧嘩は多い子供だった。

 

 しかし、誰彼構わず暴力を振るっていたわけではないとは断言する。自分が拳を振るうのは、いつだって他の誰かを貶めている者達に対してだけだった。

 同級生を虐める同級生。友達を脅す上級生。子供達に理不尽を強いる大人。

 

 悪。

 幼い火口が、幼いながらも純真で、真っ直ぐな正義感に基づいた正義を、ただ執行していただけだった。

 

 けれど――中学、高校へと進むにつれ、火口は“不良”と呼ばれるようになった。

 周りの同い年の子供達と比べ、一回りも二回りも大きな体躯。許せない者を見過ぎて険しくなった顔つきと目つき。そして、理不尽を理不尽のままにしておけず、振るい続けたその拳。

 

 いつの間にか、間違っているのは、恐れられていたのは――悪なのは、火口(じぶん)となっていた。

 

 許せなかった。自分は何も間違ってなどいない。

 何度も何度もそんな火口に向かって、暴力は止めろと、優しく真面目に生きろと言ってくる親や教師や警官達に向かって、火口はそう言って暴れ続けた。

 

 いつしか火口の拳は、自分の周り全てに振るわれるようになった。

 

 そして世界は、火口を拒絶した。弾き、拒絶し、仲間外れにした。

 

 火口は孤独となり、腐ったこの世の暗部へと堕ちていった。

 

 

 

 そこは、世界の濁りを凝縮したかのような場所だった。

 

 どいつもこいつも一人の例外なくクズ野郎しかいない――自分も含めて。

 

 そんな場所で営む金貸し業は、当然のように、生と死の境を行ったり来たりする職業だった。

 恨みを買うことはもちろんの事、殺意を抱かれ、命を狙われることなど日常茶飯事だった。何故なら、金貸しとは相手の命を握る職業なのだから。

 

 金は命より重い。そんなふざけた格言が、どんな法律よりも幅を利かす、クズの街だった。

 

 そんな場所で必要となるのは、相手の(かね)を握るということを、その相手(クズ)に承服させるだけの圧倒的な力だった。

 理不尽を強いる為の、圧倒的な暴力(りふじん)――かつて、火口少年が悪だと断じ、決して許せなかったクズ野郎に、火口自身が成り下がっていた。

 

 心が死んでいく毎日だった。だが、それでも生きるために誰かを殺し続けた。

 

 この世界はクソだ――それが、火口が事務所で煙草をふかしながら、ふと呟く口癖になっていた。

 

 

――ああ、そうだな。この世界はクソだ。クソッタレだ。

 

 

 その男は、事務所の扉を蹴り破りながら、入るや否やそう口にしていた。

 

 火口は気だるげに、けれど反射的に銃口をその男に向け――その瞬間、目を見開いた。

 

 男は、自分と同様にサングラスを――目つきを隠すサングラスをしながらも、楽しそうに口元を緩めていた。

 逆さ帽に、Tシャツの上に革ジャン、下は血だらけのジーパンで、いかにもクズだという恰好だった。

 

 自分と同じ――人間のような気がした。

 

 その男は、火口(じぶん)を見て、更にその笑みを深めて『お前が火口って奴か?』と言うと、銃口を向けられたまま、来客用ソファーにふんぞり返っている火口の元へ、悠然と歩みを進める。

 

 

――なぁ、ふざけてると思わねぇか。どう考えても歪み切ってるのに、それでもムカつく澄ました顔で問題なく動いてるこの世界が。

 

――なぁ、殺してぇと思わねぇか。そんな世界で、さも正しく正義ぶってる人間共を。一人残らずぶっ殺してぇと思わねぇか。

 

 

 その男は言う。

 

 今は確かに自分達は世界の底辺で、この腐った世界の濁りきった底辺で、沈んでるのがお似合いの弾かれた嫌われ者だけれど。

 

 

――……なぁ、強くなりてぇと思わねぇか。こんな理不尽を、どんな理不尽でもぶっ飛ばして、どいつもこいつも見返して、今度は俺達が、この世界を否定してやりてぇと思わねぇか。

 

 

 男は、自分に銃を向け続ける火口に向かって手を差し出す。

 ボロボロの手だった。今まで、何人もの人間を殴り続けてきた手だった――自分と同じように、理不尽と戦い続けてきた者の手だった。

 

 火口という男は、確かに悪に堕ちた――いや、元々、悪だったのかもしれない。

 

 どんな大義名分を掲げようとも、選んだ手段は暴力で、しかも判断基準は己の正義感でしかなく、結果として多くの人間を傷つけ、貶め、殺してきたのだから。

 そして、そんな自分の中の正義感すら、大人になった今では曲げてしまって、ただ淡々と、日々を生き抜くために、かつて己が忌み嫌った悪の行為に身を落としていたのだから。

 

 きっと、目の前の男も、負けず劣らずの、下らない人生を送ってきたクズ野郎なのだろう。

 

 ただ一つ、己と異なるのは――こいつはまだ、諦めていないということだった。

 

 自分が思い描く理想の世界を作ることを――否、そんな大それたことではない。

 

 ただ、己が世界に屈することを、良しとしないことを。誰よりも傲慢に我を通すことを。

 気に入らないという理由で、世界を否定することを、この男はまだ、諦めていない。

 

 それは只の現実逃避で、只の荒唐無稽で、只の愚かな、救いようのない足掻きだけれど――悪に堕ちた者に相応しい悪足掻きだけれど。

 

 それでも火口は、銃を落とし、その男の手を取っていた。

 

 だってそれは、ずっと、火口の心に燻っていたものだから。

 消えずに燃えていた、火種そのものだったから。

 

 こんなのは紛れもない逆ギレで、間違っても正義じゃなくて、いい年こいて抜けきれない反抗期で、どうしようもなく愚かな八つ当たりだけれど。

 

 それでも――

 

 

 

――なぁ、俺と一緒に、この世界に革命を起こさねぇか? 一緒に、この下らねぇ世界をぶっ壊そうぜ!

 

 

 

――このふざけた革命宣言に、心震わされた時点で、火口の心は燃えていた。

 

 これは、火口がまだ人間だった頃、吸血鬼の力が目覚めていない、ただのゴロツキだった頃の物語――その序章。

 

 後にこの時に出会った男――黒金と共に、全ての理不尽を覆す力が覚醒し、彼等はこの日に宣言した、革命を起こすに余りある力を手に入れる。

 

 この世の全てを、この世界全てを敵に回す、気に食わない理不尽を覆す圧倒的に理不尽な、その選ばれし異能(ちから)を。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 正しくないことなど、火口は自分で誰よりも理解出来ている。

 

 これは只の幼稚な、復讐ですらない八つ当たりなのだと理解している。

 

(だが、()()()()()()()()()()()()

 

 それでもこの革命は、この戦争は、火口にとっては野望を超えた悲願だった。

 

(――こんな所で、止まるわけにはいかねぇんだよ)

 

 ドゴォォォオン!!! という轟音が、少し離れた場所で響いた。

 

 それは、東条英虎と、同胞の幹部――岩倉の戦争の音。

 

(次は岩倉が遊んでるハンターを()るか。岩倉(アイツ)はごちゃごちゃ言うだろうが、さっさと済ませるのに越したことはない。――その次は、この片目を潰した野郎だ。必ず見つけ出して炭にしてやる)

 

 そして、火口が岩倉達の方に参戦しようとした時――

 

 

――ブウウウウウウウン、という、機械音が聞こえた。

 

 

(――ん?)

 

 そして、火口がそちらを向くと――

 

「――なッ!?」

 

 小さなプロペラの付いた金属塊が、火口に向かって飛んで来ていた。

 

(さっきのあの爆弾の一種か!?)

 

 火口はそのまま少し大きめの火球弾をその金属塊に向かって放つ。

 

 ドガァァン!!! と強大な衝撃と共に、爆弾は火口の少し前で爆発した。

 

(っ!? だが、どういうことだ! あの火の海で奴が生きているはずが――)

 

 その時、その火の玉の右側――火口が走らせた火の壁が、少し揺らめいた。

 

「――ッ!?」

 

 だが、火口にはそれが〝何も見えなかった”。

 

 ただ炎を纏った透明な何かが、こちらに向かって突っ込んで来ている。

 

「な、なんだ――ッ!!?」

 

 そして混乱も冷めぬまま、その虚空から新たな金属塊が現われ――放われ、自身に向かって投擲される。

 

 それは球形の――クラッカー式のBIM。

 衝撃によって爆発するそのBIMを、火口は反射的に腕で叩き落そうとした。

 

「しま――ッ!!?」

 

 そして、爆発。

 

 ガンツスーツを吹き飛ばす威力を持つそのBIMは、火口の右腕を軽々と吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 時は少し遡る。

 

 左右から火球弾の挟撃を食らった渚は、咄嗟にそのBIMを発動した。

 

(――お願いッ!!)

 

 それはバリア式のBIM。四方を電磁の壁で覆うそのBIMは、何とか渚の身体を守ってくれた――が。

 

(た、たすか――――ってない!? 火が……火が壁の中に入ってくる!?)

 

 バリア式BIMは、衝撃を持つ物理攻撃は防げても、衝撃を持たない炎自体は防げない。

 火球弾の衝撃は防いでも、火の海の火はそのまま渚に襲い掛かってくる。

 

(だ、ダメだ!? このままじゃあ、すぐにスーツが――どうする!?)

 

 渚は火の海の中で考える。

 そして、頭の中を過ったのは、昨日の、あの恐竜達との戦争。

 

 あの最終決戦の戦場に現れた、血と肉片で己の身体を染め上げた、透明の――

 

「――ッ!」

 

 そして、渚は作戦を決行した。

 

 

 

 まず渚が行ったのは、ホーミング式BIMによる威嚇だった。

 

 正確には、その爆風によって火の海を掻き乱すこと。

 

 恐らく透明になっても、八幡が血や肉片を纏っていたように、現実的な影響は無視できない。せっかく透明になっても、火の海にどでかい穴が開いてしまっては、直ぐにバレてしまう。

 

 ホーミング式BIMなら、分かりやすく火口の目の前に現れ、速度もそれほど早くない為、炎で叩き落そうとするだろう。

 

 そして、その爆風に乗じて、渚は火口への突撃を試みた。

 

 既にその身体に炎を纏ってしまっている。これがスーツにどれほどのダメージなのかは分からないが、一刻も早く決着を付けなければならない。

 

 そして、火口の目がこちらを向いた時――クラッカー式を投げつける。

 

 炎を纏ってしまっている以上、冷静になられればこちらの正体がバレる。だからこそ、ホーミング式BIMの混乱が治まらない内に、次なる混乱の材料を――燃料を投下し、投擲する。

 

 そしてこの距離なら、炎で破壊するよりも、反射的に身体が動く。

 

 案の定、火口は右腕でそれを叩き落そうとした。

 

「しま――ッ!!?」

 

 ドゴォォォオン!! と、火口の右腕が吹き飛び、火口は絶叫を上げる。

 

「ぐぁぁぁぁぁあああああああああ!!!」

 

 渚は、持っていたナイフを構えて、火口に向かって突っ込んでいく。

 

(今だ――ッ!)

 

 そのまま右腕を失った火口の右側を交錯するように――そのナイフで脇腹を切り裂いた。

 

「がぁぁぁぁあああああああああああああ!!!!」

 

 再び絶叫を上げる火口。だが、渚は――

 

(――浅いッ!?)

 

 殺せた手応えがなかった。千載一遇のチャンスを――掴めなかった。

 渚はそのまま振り返り、もう一撃与えようと試みるも――

 

「この、ガキがぁッ!!」

 

 火口は既にこちらに向き直り、その“両腕”を振りかぶっていた。

 健在の左腕は炎の鎧を纏い、右腕を失った肩口からも――轟々と炎が禍々しい怪物の腕を作り出している。

 

(――お、鬼っ!?)

 

 その様は、まさしく怒り狂う鬼。

 

 足元からも炎を迸らせ、悪鬼は渚に向かって襲い掛かろうとする。

 

 渚は表情を一瞬悲愴に染め、けれど、そのまま唇を噛み締め、ナイフを構え直す。

 

(――逃げちゃ、ダメだ!!)

 

 そして、そのまま激突し――

 

 

――渚のナイフが、火口の胴体を切り裂いた。

 

 

(――え……?)

 

 今度は脇腹ではなく、胴体の中心に切っ先が入った一閃。

 

 だが、先程のそれよりも、遥かに軽い――情けない手応え。

 

 そして、火口の身体が――ぼわっと炎に変わった。

 

(ッッ!? 炎の、分身!?)

 

 勢い余った渚の身体は、火口が足元に作っていた炎の海に飛び込んでいく。

 

 そして、その火の海の中から、渚の背後から――新たな火口(オニ)が復活を果たした。

 

「終わりだ、ガキ」

 

 両腕を広げ、その長い爪で、渚のスーツの制御部を狙う火口に対し――

 

(――――っっ!)

 

 今度こそ、渚は強く、その目を瞑って――

 

 

 

「――渚ぁ!!」

 

 

 

 その声は、突然、火の海の外から聞こえた。

 

 

――そして、渚を襲いかけていた火口の身体が、巨大な岩塊によって吹き飛ばされる。

 

 

「ごぁぁぁぁあああああああああああああああああああ!!!!」

 

 強制的に火の海から打ち上げられた火口。

 

 渚は一瞬、岩塊が打ち込まれ、穴が開いた火の海のそこから――こちらに向けて、その力強い笑みを浮かべていた東条を見た。

 

(――東条さん!!)

 

 渚は、自身も激しい死闘を繰り広げている中、こちらを助けてくれた東条に表情を歓喜で歪ませ、そして、何も言わずにそのまま火口の追撃に向かう。

 

(――ありがとうございますっ!!)

 

 あの強者への、自分より遥か高みの強さへの、憧れをより一層強くして。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 火口は、まるで陸へ打ち上げられた魚のように、火の海の外で倒れ伏せていた。

 

 片腕を失い、脇腹から血を流して悶え苦しむその化け物に――

 

「………………」

「――うぐっぁ!!」

 

 渚は、無言で、無表情で跨った。

 

「……あなたは、おそらくは繋がった炎の間しか移動できない。だからあの時、逆上しながらも、足元で火の海と自分を繋げることを忘れなかった……違いますか?」

 

 上に乗る渚を、まさしく鬼のような目で睨みつけてくる火口の視線を、殺意を受けても、渚は冷たい顔を崩さない。無表情を崩さない。

 

 ただ静かに、殺気を研ぎ澄まし、見据え続ける。

 

「そして、あなたは只の実体のない炎の塊というわけじゃない。あの炎の分身は、火の中を移動する能力を応用しただけ……だって、実体がないなら烏間さんに片目を撃ち抜かれないし、右腕も失わないはず。つまり、人間としての“部品”も、ちゃんとあるってことですよね」

 

 静かに、冷たく、淡々と言い放つ。

 自身も炎を纏いながら、キュインキュインとスーツが悲鳴を上げる中で。

 

 穏やかな――『死神』の笑顔で、その箇所を、とんと指さす。

 

「例えば――心臓も」

 

 その笑顔に――その殺気に、火口は、思わず炎を沈めた。

 

 殺意が沈下し、沈火した。

 

 十四才の少年の殺気に、歴戦の火口が、敗北を認めかけた。

 

「――っっ!!! ふ、ふざけるな!! ふざけるな!!! 俺の炎は消えない!! こんな所で、俺達の革命が終わってたまるか!! こんな所で、こんなところでぇぇえええええええ!!!!」

 

 火口は、その全身を発火させ、噴火させ、その炎で全てを燃やそうとする。

 目から、口から火を噴き出し、その全身のありとあらゆるものを燃やし、己の殺意を、闘志を、爆発させ、燃やし尽くそうと――

 

「さようなら」

 

 ザクッッ!!! と、渚はガンツナイフを火口の心臓に突き刺した。

 

 両手でしっかりと持って、大きく振りかぶり、全体重をかけて、全力で――ナイフを差し出した。

 

 火口の態度と、最後の行動から、己の行動に確信を持って。

 

 実の所、渚はまだ火口が奥の手を隠しているかもしれないという可能性を精査していた。

 

 だから問答無用で殺さずに、相手に跨るという危険性を冒して、至近距離で火口の反応を――()()を見ながら言葉をぶつけていた。

 

 徹底的に、可能性を殺し尽くす為に。

 

 渚は、火口という吸血鬼を徹底的に殺し尽くした。

 

 その上で、最後は冷静(クール)に。

 

 震えを押し殺し、感情を押し殺し、全ての気持ちを――刃から消して。

 

 落ち着いて――表情も殺して。

 

 何も思わずに、何の思いも込めずに、悪鬼を殺した。

 

「――――ぁぁぁぁぁ」

 

 火口は燃え尽きるように死んでいき、断末魔はその炎の中に消えた。

 

 渚は、ゆっくりと身体の力を抜き、炎が徐々に静まっていくと、そのまますくりと立ち上がった。

 

「…………」

 

 念の為、脳を潰すべくXガンで頭を撃った。

 

 そして悲鳴を上げるスーツに応えて、炎が燃えていない地面で何度も何度も転がり、火を落とす。

 

 バンと火口の頭が吹き飛ぶ中、渚は既にそちらには目も向けず、ただ自身の消火活動に勤しんでいた。

 

 

 

 

 

 そして、その様を見ていた『死神』は――

 

「――素晴らしい。やはり、彼ですかね」

 

 ふふふふふふ、と『死神』は楽しそうに、本当に楽しそうに微笑んでいた。

 

 そして、そのままアミューズメント施設の中へと、その姿を眩ました。

 




獄炎の悪鬼、幼蛇の死神が暗殺に貫かれ――池袋にて燃え尽きる。

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