比企谷八幡と黒い球体の部屋   作:副会長

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――絵に描いたような、英雄になればいい。

Side和人――とある駅の近くの大通り

 

 

 和人が目を覚ました時、既にあの二体の吸血鬼は――“始祖”と“懐刀”はいなかった。

 

 ぽつんと、ただ一人、その身体に一太刀も浴びせられることもなく――浴びせるまでもないといわんばかりに無傷で――和人は決闘を行った相手に見逃されていた。

 

 和人は、ゆっくりとうつ伏せから仰向けに体勢を変える。

 そこには真っ暗な夜空が広がっていて、何故か、“懐刀”に――狂死郎に叩き折られたあの黒い宝剣を思い出した。

 

 あの時から、あの“懐刀”の一撃を食らってから、正直、記憶が曖昧だった。

 だが、それでも、あれほどの力の差を見せつけられても尚、愚直に、愚かに、和人は己があの最強の剣士に向かって行ったことを覚えている。

 

 そして、自分が我武者羅に振るった剣の悉くが、あの最強にまるで届かなかったことも。

 

「……………………」

 

 和人は左腕で視界を覆い、ぎりっと歯が軋む程に噛み締めて、だんっ! と力一杯、路面を殴った。

 

 だが、既にスーツが死んでいる身では、只の桐ケ谷和人の腕力では、その地面に罅どころか傷一つ作ることが出来なかった。

 

「……弱い」

 

 俺は、弱い。

 

 和人は、そう、力無く呟いた。

 

 その時、いつまでも横たわったままの和人を叱咤するかのように、遠くから、化け物の雄叫びが轟いた。

 

 

「グォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」

 

 

 和人は、ゆっくりとその身を起こし、思い起こす。

 

「……あの、ミノタウロス、か」

 

 和人などまるで眼中にないと言わんばかりに、己の横を通り過ぎていった、暴れ牛のような牛頭の怪物。

 

「………………」

 

 身体に力を入れただけで軋む全身を無理矢理に動かして、歯を食い縛り、呻き声を堪えながら、ふらふらと和人は立ち上がる。

 

 そして、その声の方向――池袋駅東口へと続く道に向かって、歩き出した。

 

 新たなる戦場へと繋がる一本道。

 その道を、大剣を放り捨てて、ただ光剣の柄だけを腰に携えながら、一歩、一歩、フラフラと踏み出すようにして歩く。

 

 その時、そんな和人の進む先に、何かが落下した。

 

 ドズンと落ちたそれは、一つの大きな氷塊だった。

 

 唐突に、池袋の荒廃した街に落下してきたそれに対し、だが和人は、最早何のリアクションも示さなかった。

 既に、この池袋の戦争に置いては、醜悪な吸血鬼もどきから、ミノタウロスもどき、翼竜もどき、遂には本物の吸血鬼とまで相対したのだ。今更氷塊の一つや二つ、驚くに値しない。

 

 そんな氷のように冷たい思考を巡らせながら氷のように冷たい眼差しを氷塊に注いでいると、その氷塊がパリーンと勢いよく()()()破壊され、そこから全身ボロボロのスーツを纏い、額や口端から血を流している、金髪碧眼の欧米風の顔立ちの美男子が現れた。

 

 男のその顔を見た時、氷塊が落下してきたことには何の反応も示さなかった和人も、大きく目を見開いて一歩、足を下げて睨み付けた。

 

「……お前は……っ!?」

 

 その男は、昨夜のミッション終わり、そして、今日の夕方に明日奈と下校していた時、自分を、そして何よりも大切な明日奈を襲った、和人にとっては決してこのまま見逃すことが出来ない人物だった――吸血鬼だった。

 

 和人のその声に、頭を押さえて「っつ~、あのクソパンダ、絶対にいつかぶっ殺してやる……っ」と呟いていた氷川も「……ん?」と、和人のことに気付き、途端に凶悪な笑みを浮かべた。

 

「……ほう。生き残ってたのか、お前」

 

 そう言って、吸血鬼の鋭い牙を覗かせた氷川に、和人は反射的に腰の柄に手を伸ばそうとする。

 

「――ッ!」

「あ~、止めとけ。俺はこの戦争は途中参加だから、お前等のミッションのターゲットじゃねぇ筈だ。ほら、あれだ。地図みたいなの持ってんだろが。それで確認してみろよ」

 

 氷川は臨戦態勢を取ろうとする和人に対し、座り込んだまま面倒くさそうに手を振ると、そのまま両手を後ろに突き、空を――夜空を見上げるような体勢を取った。

 

「…………」

 

 和人は未だ氷川を睨み付けたまま、左手を光剣の柄に添えたままで、素早く右手でマップを取り出す。

 

 すると、既に赤点は殆どなく、目の前の氷川は当然のこと、この先にいる牛頭の怪物すら、ターゲットではないことが確認出来た。

 

「理解したか? 俺としても、そんなボロボロのお前と戦うつもりはない。万全の体勢で戦いてぇから、俺はあの時、お前を見逃したんだぜ」

「……だったら、どうしてあの時、ミッション外で俺達を襲ったりしたんだっ! 無関係の人間まで巻き込んで!!」

「ははは、悪かった。まさか外で装備を持ち歩かない程の初心者だとは思わなかったんだよ――だがまぁ、あれで学んだろ?」

 

 氷川はそう言って笑いながら立ち上がり、パンパンとズボンの埃を落としながら、和人に言う。

 

「一度殺しをやった人間が、平穏な日常なんて送れると思ってんな」

「――――ッ!」

 

 言葉に詰まる和人に対し、氷川は氷のように冷たい表情を向ける。

 

「テメェの運命を受け入れろ。……じゃねぇと、只々惨めに、死に行くだけだ」

 

 そして、何も言えない和人の方に、氷川はゆっくりと向かって歩いて行く。

 

「それに、だ。俺も確かに結構ボロボロだが――もう今日はおそらく擬態解除は使えないが、それでも――」

「――――ッッ!!」

 

 氷川は一気に距離を詰め、その細長い指を和人の首筋に添える。

 

「……こんな様じゃあ、俺とやってもただ死ぬだけだぜ。スーツが死んだ人間(おめえら)なんざ、吸血鬼(おれら)からしたら――只のドリンクバーだ。血液のな」

 

 氷川がさっと手を放すと、和人は勢いよく距離を取り、光剣を手に取ろうとする――が、ぐらりとふらつき、倒れかけ、何とか強く一歩を踏む込むことで堪えた。

 

 それを見て、氷川が表情を消し、神妙に問いかける。

 

「……そんな状態で、今度はあの邪鬼とやろうってのか? ……悪いことは言わねぇ。止めとけ」

「……邪鬼?」

 

 初めて聞く言葉に対しそう呟く和人に、氷川は「あのミノタウロスみてぇな化け物のことだ」と説明すると、その邪鬼が暴れる戦場の方向――池袋の東口の方向に目を向ける。

 

「邪鬼は異能(ちから)に呑み込まれ、人間はおろか吸血鬼ですらなくなった――成り下がった、堕ちた化け物だ。理性を失い、ただ異能(ちから)に振り回されるがまま暴れ狂う。こと戦闘力だけなら、まぁ最高幹部(おれら)には届かないにしても、この戦争を起こした黒金グループの幹部クラスはある」

 

 個体にもよるけどな。

 そう呟いて、氷川は再び和人の方を向いた。

 

「スーツが壊れて、ロクに真っ直ぐ歩けもしない今のテメーが行ったところで、瞬殺されるのがオチだ。さっきマップを見たんなら、あの化け物がテメーらのノルマ外だってことも分かっただろう。後はそこらへんで寝っ転がって、お仲間が残りのノルマをこなすのをしおらしく祈ってろ」

 

 煙草に火を点けながら笑みを浮かべて言う氷川を、和人は一瞥し、そして――そのまま、池袋駅の方に向かう。

 

「…………待てよ。話し聞いてたか?」

「ああ。だけど、関係ない。俺は行く」

「……なんだ? お前、誰かが傷つくのは黙って見てられない、とかほざくタイプか? 例え見ず知らずの人間でも、その命が失われようとしているのなら、この身に変えても僕は戦う、とか宣う輩か?」

 

 氷川は先程までの笑みを完全に消して、むしろ侮蔑するように、その名にふさわしい冷ややかな、極寒零度の視線を送る。

 

 和人は、氷川の方を振り向かないまま、歩みを止め、その心中を吐露した。

 

「……これは、戦争だ。ゲームでもなければ、遊びでもないんだ。……それに、俺達とお前等の戦争に、一般人は関係ない。……なら……出来る限り……救いたい」

「嘘だな」

 

 氷川は和人のその言葉をたった一言で否定した。

 何も言い返さない和人の背中に、氷川が冷たい刃のような言葉をぶつける。

 

「それだけじゃねぇだろ。お前は、そんな絵に描いたような英雄になれるタイプの男じゃねぇだろ。綺麗ごとで化粧すんなよ。お前はそんな潔癖症じゃねぇだろ。確かに、それも本心だろうさ。それがお前の正義なんだろうよ。けど、お前、そんな正義の為に――死ねるような男じゃねぇだろう?」

 

 氷川の言葉に、和人は何も言わない。背を向けたまま、ただ氷川の容赦ない言葉の刃を受け止める。

 そんな和人に向かって、氷川は尚も言葉をぶつけた。

 

「あるだろう? ある筈だ。お前が幽鬼みてぇに戦場に引き寄せられる理由が。十中八九死ぬと分かっている戦争に、何の合理性もない強制もされてないレギュレーションみてぇな殺し合いに、どうしようもなく引き付けられる理由が。何の理由もなく、ただ我武者羅にその剣を振るいたくて堪らない理由が」

 

 和人は何も言わない。ただ、強く、強く、拳を握る。

 

 氷川は冷たい目で、冷たい言葉を投げ掛ける。和人が必死に目を逸らしていることを、氷の(ことば)で暴き出す。

 

「さあ、言えよ、人間。格好つけて誤魔化すな。お前は、一体、何がしたいんだ?」

 

 和人は燃えるような瞳で、バッと氷川の方を振り返り、拳を握り締め、歯を食い縛りながら、吐き出すように叫び散らした。

 

 

「アイツに――最強に勝ちたいんだよ!!」

 

 

 和人は吠えた。

 

 そして氷川は、その言葉だけで全てを察した。

 

「分かってる!! こんなことが何にもならないくらい!! 綺麗ごとで誤魔化している愚行だってことくらい!! 無駄死にするだけだってくらい!! 分かってる!! 分かってるんだ!! 分かってるんだよ!! それでも、俺は……何もせずにはいられないんだ!! 剣を振るわずには……いられない……っっ!!」

 

 氷川は笑みを深める。

 

 ああ、こいつは同じだと。

 

 こいつもきっと、あの最強に全てを狂わされた。

 

 剣士という生き物だからこそ、あの“剣”を見せられたら、魅せられずにはいられない。

 

 取り憑かれるに、決まっている。

 

 あの剣の魅力に。あの剣の魔力に。

 

 いつか、自分もあんな剣を振るってみたいという誘惑に。

 

 そして、あの剣を超えて――最強になりたいという、どす黒い欲望に。

 

「分かってる!! 分かってる!! 分かってる!! 俺は帰らなくちゃいけないんだ!! 俺は死ぬ訳にはいかないんだよ!! なのに……なのに、なのに、なのに!! どうしようもなく溢れてくるんだ。……強くなりたい。強くなりたい。強くなりたい。強くなりたいっ!! アイツに勝ちたい……っ! あの剣を超えたいっっ!! このままで、終わってたまるかッ!!! 弱いままで、終わってたまるかよッ!!」

「なら、勝てばいい」

 

 和人は顔を上げる。

 氷川は再び、その凶悪な笑みを、目の前の和人(けんし)に向けていた。

 

「勝って、強くなればいい。そんで生き残って、死なずに帰ればいい。そうすれば全てがクリアできる。そうして――」

 

 氷川は、一段とその凶悪な笑みを深めて、(いざな)うように、こう言った。

 

「――絵に描いたような、英雄になればいい」

 

 呆気に取られる和人に、氷川は笑みを浮かべたままで言った。

 

英雄(それ)くらいにならきゃ、あの最強(ばけもの)には辿り着けない」

 

 氷川はそう言って、和人に向かって背中を向けた。

 

「お、おい――」

「……言っておくが――」

 

 氷川はもう一度、首だけ振り返り、和人に向かって――氷のように、冷酷に告げる。

 

「次に会った時は、問答無用で殺させてもらう。斬らせてもらう。昼だろうと、夜だろうとだ。忘れるな、これを覚えとけ」

 

 酷薄な、極寒の夜のように冷たい――吸血鬼の笑みで宣言する。

 

「“懐刀(やつ)”を超え、最強の剣士になるのは――このオレ、氷川だ」

 

 和人はその言葉を受けて、宣戦布告を受けて、表情を剣士のそれに変え、光剣の柄を掴み取り――引き抜き、刀身を突きつけ、負けじと宣言する。

 

「いいや、違う。最強の剣士になるのは俺だ――桐ケ谷、和人だ」

 

 氷川は不敵に笑い、和人は睨眼で答える。そして氷川は、そのまま和人から遠ざかるように歩み去って行き、何処かへと消えた。

 

 和人は氷川が見えなくなるまで睨み付けると、氷川とは逆方向に、予定通り、池袋駅東口前へと向かう。

 

 一体の化物が荒れ狂う、戦場へと歩みを進める。

 

 

 それは、誰にも何にも強制されていない、ただ己の意思のみで向かう、最後の決戦。

 

 

 無力な一般人を救う為、一本の剣のみを携え、満身創痍の身体を引き擦り向かう、最後の戦場。

 

 

 まるで英雄の如きその姿は、ただ一人の、剣に取り憑かれた哀れな剣士の愚行。

 

 

 そして今、再び――桐ケ谷和人は、怪物に挑む。

 

 

 

 今宵、人々は、一人の英雄の誕生を目撃する。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 Side八幡――とある池袋の南の公園

 

 

「グルルルルルルルァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!!!」

 

 

 俺は顔を上げる。

 

 旋回を終えた翼竜は、この南池袋公園に、たった一人残されたぼっちの俺に向かって、嘶き声を轟かせながら一目散に突っ込んでくる。

 

 凄まじい、まさしく怪獣の如き巨体が、入学時に俺が撥ねられた雪ノ下家のリムジンとは比べ物にならない程の速度で突き進んで来る。リムジンというよりはダンプカーだな、最早。まぁ、ダンプカーはあんな鋭い嘴を持ってないだろうけど。

 

 さて、どうするか。

 

 BIMは既に――残り二つ。そして、小町と由比ヶ浜が近くに居ることが確定である以上、万が一を考えて烈火ガスは使えない。あれは広範囲攻撃用のBIMだから、中々使い辛いんだよな。屋内は論外だし、屋外だと風の影響とかも考えなきゃだし。それに、そもそも…………まぁ、とにかく、今は除いて考えよう。

 

 ガンツソードはどうだ? 折れてはいるが、伸ばせば突き刺すくらいのことは出来るか……? だが、100%の性能を引き出せないことは確かだろう。切れ味も悪そうだし。

 

 となると、信用して使えるのは、爆縮式のBIMと、Xガン、Yガン、そして何とか生き残っているスーツ、か。

 

「十分だな」

 

 俺は透明化を施して、余裕を持って奴の進路から外れた。

 

「グルルルルルルルルァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 翼竜は、そのまま俺がいた場所に突っ込んでいき、再び上空へと昇っていった。

 

 ……どうなんだ? これは、アイツが目で標的を認識しているということでいいのか?

 

 見た目は翼竜でも、あれはあくまで吸血鬼の成れの果て――人間の成れの果てだ。吸血鬼連中は人間の時よりも優れた感覚器官を持っているようだが、それでも人間時代の習性が抜けず、視覚を一番に頼っているような節があった。……あんな化け物でも、それは適応されるのか?

 

「……だが、いつまでもこれじゃあ不味いか」

 

 俺は再び透明化を解除する。もし、奴が視覚に頼ってターゲットを見つけているのだとして、俺を見失ってしまったら、翼竜が標的を変更して、小町や由比ヶ浜の方に向かって行ってしまうかもしれない。それはダメだ。

 

 ならば、と、俺はそこら辺に生えていた木を引っこ抜き、そして、そのまま上空の翼竜に向かって投げつける。

 

「――ふッ!」

 

 スーツの力によってそれなりの鋭さで襲い掛かったそれを、翼竜は直前で察知し、ギリギリで避けた。

 

「グ、ッルルァァァ!? ルァァァァァァァァッッ!!!」

 

 ちっ。田中星人のようにはいかないか。

 それでも、ターゲットを俺に戻すだけのヘイト値を稼げただけでも成功だ。

 

 しかし、これで俺は透明化も使えないわけか。まぁ元々透明化は、あんな風に理性を失い本能で行動する奴にはいまいち効果は薄い。精々が詰めの時に一瞬の混乱を作るくらいだ。

 

「――でも、これは使えるな」

 

 俺は、奴が再びこちらに突っ込んでくるのを確認して、もう一本、木を引っこ抜く。ごめんなさい何とか自治体。でも、これだけ既に池袋の街を破壊されてるんだから、この自然(?)破壊も吸血鬼のせいになるだろう。八幡気にしない。

 

 どうにも俺の手持ち武器だと――今回に限った話じゃないが――ああいう巨体系の敵に対してスケールに欠ける。

 

 決め技にならなくてもいい。とにかく、今は有効打を与えることだ。

 

「来い、化物」

「グルルルルルルァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

 こちらに向かってその鋭く巨大な嘴を突き刺すかのように、真っ直ぐ突っ込んでくる翼竜を見て思う。

 

 ……なんか、コイツこればっかりだな。空を飛べるっていうのが、コイツの一番の武器なのは分かるが、それにしてもワンパターンだ。飛び道具はないのか……? それとも本能に従って襲い掛かっているだけなのか。

 

 まぁ、いいか。知性もなければ理性もない、まさしく獣のような星人と戦ったこともないわけじゃない。っていうか結構ある。

 

 千手や黒金、そして昨日の親ブラキオなんかと比べれば、コイツの攻撃は――

 

「――遅え」

「ッッッ!!! ――グルァッッ!!」

 

 俺は突撃の瞬間、一歩横に出て突撃を避けながら、そのまま翼竜の首筋に“木”の槌を振り下ろした。

 

 翼竜はそのまま地に叩きつけられ、ズザザザザザザザッッと地面を滑る。

 空を飛ぶ系の敵は、地に堕とすのが定番(セオリー)だよな。

 

「ぐ……るぉぉぉぉおおお!!」

 

 翼竜は呻きながらも立ち上がろうとする。っていうか、腹から出てるうじゃうじゃの腕で体勢を立て直すの気持ち悪ッ!

 

 だが、折角地面に落としたのに、そんなことをむざむざとさせる訳がない。

 俺は地に堕ちた翼竜に向かって、間髪入れずにYガンを発射した。

 

「ぐ、ルォォっ!?」

 

 光る捕獲ネットはそのままぐるりと翼竜の身体に巻きつき、そしてそのネットの端を地面に固定しようとする。

 俺はその隙にXガンも抜いて攻撃を畳みかけようとする――が。

 

「グ――ルォォォオオオオオオオオオオッ!!!」

 

 さすがに本能で恐怖を感じたのか、翼竜は腹の腕で突っ張るようにして強引に身体を宙に浮かし、その巨大な翼で強烈に一振りし、揚力を手に入れる。

 

「――ッ!!」

 

 翼竜はYガンネットが地面に固定されるよりも前に、空に逃げることに成功した。

 

 だが――俺は、完全に届かなくなる前に、翼竜に向かって駆け出し、跳んで――翼竜の身体に巻き付いたYガンネットに掴みかかった。

 

「……一々、空に逃がす訳、ねぇだろ」

 

 空を飛べるってのがコイツのアドバンテージなら、俺も空まで食らいつくまでだ。

 

 こいつが俺の手の届くところに来るのを待ってのカウンターだけじゃあ、殺すまでどれだけ時間がかかるか分からない。

 お前なんかに長々と構っている時間はない。

 

 陽乃さんは、こうしている今も黒金と一対一で戦ってるんだ。早くお前を殺して、俺は加勢に向かわなくちゃいけないんだよ。

 

 だから――

 

「――空中戦。付き合ってやるよ、邪鬼」

 

 お前の得意分野(テリトリー)で戦ってやる。

 

 

 そして、その上で、最短時間でお前を殺す。

 




剣に取り憑かれた少年は、最強の輝きに魅せられ、何の強制力もない最後の戦場へと向かう。

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