比企谷八幡と黒い球体の部屋   作:副会長

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僕の命は、僕のものだ。

 

 比企谷八幡は、残り一体の田中星人の前に立つ。

 

 田中星人はヘリコプターのホバリングのように、一定の高度――水面から2m程の高さ――をキープして飛翔している。

 そして、その能面のような笑顔の顔を一回転――360度回転させた。人体には不可能な動き。なまじ人体を模しているが故に、一瞬生理的嫌悪感が走る。

 

 顔が再び元の位置に戻った時――その表情は、怒りの面に変わっていた。

 

「カァ!!」

 

 口腔内に青白い光がチャージされる。既に何度も見た光景。しかし、その充填速度が先程よりも段違いに早い。

 

「っ!」

 

 八幡はとっさに右前方に転がるようにして回避する。チャージに伴う甲高い音も変化していた為に気付けたが、明らかに性能(パワー)が変わっていた。

 

 バッシャーン! と水飛沫(しぶき)が辺り一面に吹き荒れる。外れたビーム弾が水面を襲った際の副産物。

 

 八幡はそれをカーテンに距離を取る。

 すると、そのカーテンを田中星人が弾丸のようなスピードで突き破ってきた。

 

 飛行速度も先程までのそれとは段違いに速い。

 

 八幡はXガンを発射する。

 

「ガァ!!」

 

 しかし、田中星人は最小限の回避でスピードを落とさず突っ込んでくる。

 

「ッ! ちぃ!!」

 

 ギョーン

 ギョーン

 ギョーン

 ギョーン

 

 次は、当てることではなく、相手の回避の仕方を念頭に置き、距離を詰めさせない形で連射する。

 それでも、これは只の現状維持。時間稼ぎに過ぎない。それは八幡も分かっていた。

 

 しかし、突破口がない。

 敵が追い詰められると突然パワーアップする。

 ゲームではお決まりの展開だが、実際目の当たりすると、予想以上にテンパっている自分に気づいた。

 

「はぁ~~ふぅ~~」

 

 敵から目線を外さず、銃を撃つ手も休めず、八幡は深呼吸をする。

 呼吸はベストなパフォーマンスを発揮する為に非常に重要だとかなんとか、そんなことを漫画か何かで八幡は知っていた。

 だが、そんな理論的な裏付けとは別に、大きく深呼吸をするだけで大分落ち着きを取り戻した。

 

 敵は確かに強くなった。が、別に変身したってわけじゃない。動きが速くなっただけ。

 攻撃手段もビーム弾と肉弾戦のみ。

 こちらの対処も変わらない。肉弾戦にならない距離を取りつつ、ビーム弾の予備動作が始まったら当たらない位置に潜り込んで、銃を当てる。

 

 八幡がそう頭の中で結論付けた――その時、田中星人が川の中に潜り込んだ。

 

「なに!?」

 

 水の中から鈍く響くチャージ音。

 川はそこまで深くない。体も全て隠れきっていない。だが、突然の奇行に落ち着き始めたメンタルが乱れ、軽くパニックになってしまった。

 

 発射されるビーム弾。水中から発した分、水飛沫が大量に巻き上げられ、本命のビーム弾の正しい位置が把握できない。

 そこまで考えて、八幡はようやく体を回避運動の為に動かし始めた。

 正しい位置の把握など必要ない。とにかくこの水柱から逃れることが重要だ。

 

 だが、その行動は少し遅かった。ビーム弾の直撃こそ避けられたものの、巻き上がる水流に体をとられ、一瞬目の前が何も見えなくなる。

 

 体を起こした時、田中星人の顔が肉迫していた。

 

 スピードアップしたチャージは既に終了間近。

 ビーム弾が発射されるその瞬間――

 

 

――八幡の右拳が田中星人の頭部左側面にヒットした。

 

 

 スーツの力がふんだんに込められたその一撃により、田中星人は大きく吹き飛ぶ。

 

 その際、見当違いの方向に飛んだビーム弾は、この川を見下ろせる形で架けられた橋の手すり部分を吹き飛ばし、何人かの悲鳴――怪我人はなし――が上がったのだが、八幡にはそんなものは耳に入らなかった。

 

 八幡にとっては、今は逃すことの出来ない好機。

 

 河川敷に吹き飛んだ田中星人が行動を再開する前に、田中星人の体に馬乗りになり、左手で田中星人の顔をコンクリートの地面に押し付け固定。

 そして、ビーム弾を撃つべくチャージを開始したその口腔内にXガンを突っ込み。

 

 発射した。

 

「……悪いな。俺の勝ちだ」

 

 八幡は、その腐った目で冷やかに見つめながら冷酷に告げる。

 

 ビーム弾のチャージはそのまま進行中。だが、八幡の今のメンタルは一切動揺していない。

 

 田中星人の決死の一撃が放たれた――が、八幡はそれをあっさりと背筋を伸ばすように回避した。

 

 その一秒後――田中星人の頭部が吹き飛ぶ。その中身ごと。

 

 こうして、比企谷八幡と田中星人の対決は、誰が見ても明らかな形で勝敗が決した。

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 葉山達は、全員残らず絶句していた。

 

 星人との戦い。

 言葉の意味すら分からなかった達海と折本は勿論のこと、言葉では知っていたが、それを体感としては知らなかった相模も同様。

 

 そして、星人というものの恐ろしさを体感し、その強大さをここにいる誰よりも知っていた葉山すらも、いや葉山だからこそ、さっきまで行われていた戦闘が理解できなかった。

 

 戦いの渦中にいた、バトルを行っていたのが八幡だということも、葉山の混乱に一役買っていた。

 

 八幡は自分と同じで、前回からの参加者。つまりスタート地点は一緒だった筈だ。

 

 いつのまに、ここまでの差が出来た?

 

 自分は未だに、星人を前にすると恐怖で動けなくなる。

 今だって、この距離で見るだけでも怖かったし、指先が震える程に恐ろしかった。

 

 だが、八幡は自分が見ている間だけで二体の星人の撃退に成功していた。

 それも、一体は完全に独力で。

 

 マップで見た時には四体いたから、残る二体もあの二人が倒したのだろう。

 

 葉山は八幡との間に再び距離が開いたことを感じた。

 

 そして、その八幡の強さに嫉妬した。

 

 

 

 相模は、葉山とは別の意味で八幡との距離を感じた。

 

 前回のミッション時、相模の命を救ったのは八幡だ。それは相模も自覚していた。

 

 あの文化祭の時、相模は八幡を憎んだ。そして、その後の体育祭。

 二つの行事を終えて、相模は八幡をどうでもいい奴というポジションに落ち着かせることに成功した。

 

 いけ好かない奴。嫌な奴。どうでもいい奴。

 決してプラスではない。若干のマイナス感情を抱く程度。相模にとって八幡はそんな奴だった。

 

 それが、あのねぎ星人のミッションを経て、少し変わった。

 若干のマイナスが、若干のプラスに変わる程度には。

 

 決して好きではないけれど、この命懸けの状況を共に乗り越えるのに協力し合うくらいには、信用してもいいかな。信頼、してもいいかもしれない。

 そんなことを思うくらいには、八幡のことを、見直し始めていた。

 

 だが、さっきの戦闘を見て、思ってしまった。

 何故か、先程の、あの部屋での虐殺を演じた中坊を思い出した。

 

 怖い。

 

 八幡は、明らかに自分とは違うと思ってしまった。

 

 コイツは、本当に自分の同級生なのだろうか。

 つい先日まで、自分と同じ只の高校生だったのだろうか。

 

 相模には、信じられなかった。

 

 

 

 折本も同様のことを感じていた。

 

 初めて見る、星人との戦闘。

 こんなことを、自分もやらなくてはいけないのか。

 

 そのことにも恐怖を覚えるが、信じられないが、それ以上に信じられないのは、八幡だった。

 

 これが、あの比企谷八幡か?

 あの自分の記憶の片隅にかろうじてぶら下がっていた、あのどもりながら自分に告白してきた少年なのか?

 

 信じられない。信じたくない。

 

――比企谷は君たちが思っている程度の奴じゃない

 

 葉山の言葉が脳裏を過ぎる。

 

 ちらっと横目で葉山を見るが――その葉山は、唇を噛み締めながら、何かを噛み締めているようだった。

 

 それはきっと、今、自分の口の中に広がっているのと同じ――苦い、味で。

 

 折本は、目を伏せながら、ギュッと橋の欄干を握り締めた。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「ほら。もう立てんだろ」

「あ、うん」

 

 戦闘終了後。

 未だに座り込んでいた中坊に手を差し出して、引き上げる。

 

 ……さて。ここからどうするか。

 

 さっきはあんなことを言っちまったが、スーツが壊れた中坊をこれ以上戦場に連れて行くわけにもいかない。

 

 つまり、残りは全部俺がやらないといけない。

 

 

 残り時間は、あと32分。およそ半分。

 ここまで倒したのは、最初のを合わせて5体。それも中坊と2人で。

 

 マップを開く。あの巨大な青点は健在だ。ここには少なくとも5体以上は固まっているだろうな。

 他にも3体がエリア内にバラバラの位置にいる。各個撃破するにも相当な時間が掛かる。

 

 ……絶体絶命、だな。

 

 だけど、だからといって、このままタイムアップを座して待つって選択肢はない。

 

 雪ノ下に見限られたままで、由比ヶ浜を泣かせたままで。

 

 これ以上――死んでたまるか。

 

「中坊。お前はそこでおとなしくしてろ」

「え? あ、ちょ――」

 

 中坊が何か言ってるが、取り合ってる時間はない。

 

 俺は、階段を上り、橋の上へと移動する。

 すると。

 

 そこには、葉山達がいた。相模や折本、達海もいる。

 

 全員、あの部屋で中坊に向けたような視線を、俺に向けていた。

 

 ……ちょうどいいか。

 

「葉山。コイツらのことは頼む」

「何処に行くんだ」

 

 通り過ぎようとする俺の行く手を葉山が遮る。

 ……邪魔だ。今はお前の()()に付き合ってる時間はない。

 

「お前には関係ない」

「関係ないわけあるか! 今のこの状況で!!」

「今のこの状況だから言ってるんだ」

 

 思わず苛立ちが混じる俺の声に、女子二人が悲鳴を上げる。

 だが、葉山は動じない。

 それが何故か更に癇に障り、俺も言葉を連ねてしまう。時間がないのに。

 

「残り時間は半分。だが、敵は腐るほどいる。ボスも残ってる。中坊のスーツも壊れた。なら――俺がやるしかねぇだろ」

 

 こんなことを言っても葉山には半分も理解できないだろう。

 残りタイムを見る方法は俺もさっき気づいた技術だから教えてないし、スーツが壊れることも、ボスの存在も知らない筈だ。

 

 だが、俺の様子で切羽詰まっていることくらいは伝わるだろう。

 葉山は由比ヶ浜並みに、空気を読むことには長けている。

 

 頼むから、今も空気を読んでくれ。

 

「……お前は、そのボスとやらを倒しにいくのか」

「ああ」

「……一人で?」

「……ああ」

 

 ……やめろ。それ以上、言うな。

 

「俺も行く」

 

 俺は、頭が沸騰したのかと思うくらい、腹が立った。

 コイツは、何にも分かっていないッ……。

 

 さっきの戦いを見てなかったのか? どうしてそういう考えになる?

 

 俺が思わずがなり散らそうとした、その時。

 

 

「出来んの? アンタに?」

 

 

 ちょうど階段を上ってきた中坊が、今まで聞いたことのないような、冷やかな声でいった。

 思わず振り返ると、表情も氷のように冷たい。

 

「……な」

「前回あれだけビビッておいて、ボスとまともに戦えるのかって聞いてるんだ」

 

 中坊はその極寒の表情と氷の言葉の刃を向けながら、葉山に向かって一直線に早歩きで突き進んでくる。

 葉山は、さっきまでの威勢はどこへやら、顔には出してないが、態度には少なからずの怯えがあった。

 

「アンタ達、少なくともぼっちさんが星人とタイマンになった時にはもういたよね。そして、それをバカみたいな表情でただ見てたアンタ達が、ボスに立ち向かえる? 足手纏いにならないって言える?」

「…………」

「中坊、もういい」

「だがッ!」

 

 中坊に完全にねじ伏せられたと思った葉山だが、まだ何か言うらしい。

 こいつ……。

 

「彼一人に、任せるわけには!」

「だから、アンタが行っても足手まといだって言ってんだ、ビビりイケメン」

「ッッ!!」

 

 葉山が表情を苦渋に歪ませる。

 

 引き下がるか、と思った次の瞬間――中坊が言った。

 

「それに、誰も一人で行かせるなんて言ってない」

 

 ……ん?

 

「アンタ達より、僕の方が100倍役に立つ」

 

 ちょちょちょちょ。

 

「待て待て待て! お前スーツおしゃかになってんだろ! 連れて行けるわけねぇだろうか!?」

「おいおい、何言ってんの? アンタの為に命を懸けるとでも? どんだけ自分のことを特別な人間だと思ってるんだよ、恥ずかしい~」

「……はぁ!? だって、おま――」

 

 お茶らけたような振る舞いをする中坊は、そこで表情を突如として引き締めて、仰け反りながら俺の方を見下ろすように言った。

 

「星人を全員倒さないと僕たち“全員”がゲームオーバーなんだよ。まだミッション二回目の“新人”に――自分の命運を黙って託せるとでも」

「っ!」

 

 瞠目する俺に、中坊は向き直り、一言一言を突き刺すように、捻じ込むように言う。

 

 

「誰かに責任放り投げて、あとは高みの見物なんて冗談じゃない。僕の命は、僕のものだ。誰にも責任を押し付けるつもりは、ない」

 

 その言葉に、俺も、葉山も、何も言えなかった。

 

 中坊は、ここにいる誰よりも年下だが、ここにいる誰よりも、この場にいるべき覚悟を持っていた。

 

「……好きにしろ」

「当たり前だよ♪」

 

 俺は中坊と共に歩き出す。

 

 葉山は手を伸ばし、何か言いかけたが、そのまま腕を下し、顔を俯かせた。

 

「……葉山」

 

 俺は葉山に声を掛ける。

 葉山は顔を上げ、俺を力の無い目で見る。

 

「俺らがボスを倒す。お前はお前の出来ることをしろ」

 

 それだけ言って、俺は歩みを再開する。

 

 ああ言えば、葉山はどう動くか、俺にはなんとなく分かっていた。

 そうするように誘導した。

 

 俺は、今回葉山に戦闘を強要するつもりはなかった。

 明らかに怖がっているアイツを無理矢理戦わせても勝ち目はないと思ったし、アイツには戦う気の無い奴らを守る役割を担ってもらおうと思っていた。

 

 それが適材適所だと。

 

 だが、中坊の言葉で気付いた。

 

 俺は何様だったんだ? 俺は全員の命運を背負える程の器か?

 

 答えは否だ。前も言ったが、俺はヒーローじゃない。ヒーローなんかにはなれない。

 自分の身を守るのに、精一杯の男だ。

 

 それに、奉仕部でこの半年間散々やってきたじゃねぇか。

 飢えた人に魚を与えるのではなく、魚の取り方を教える。

 

 何もさせずに、俺が全ての星人を殺す。

 そんなこと出来るわけがない。仮に、そんなことを続けて――

 

――俺が死んだ後、アイツらはどうなる?

 

 戦闘経験0のままじゃ、そのまま雑魚星人にあっさり殺されて、あっという間にゲームオーバーだ。

 そもそもこのゲームが、敵を倒さない限り抜け出せない仕組みだ。生き残るだけではずっと点数は貯まらない。ずっと解放されない。そういうシステムになってるんだ。

 

 いつかは、やらなくてはいけない。

 

 恐怖に勝たなくてはいけない。

 トラウマを乗り越えなきゃいけない。

 

 もちろん、死ぬリスク、殺されるリスクは、当然ある。

 

 その時は背負おう。その重荷を。けしかけた責任を。

 

 誰しもが、中坊のように自身の命の責任を背負える奴ばかりじゃない。

 いや、もしかしたら背負っているのかもしれない。

 だがそれでも、俺がまるっきり無責任かといえば、そうではない。

 

 葉山が死んだら、相模が、折本が、達海が死んだら。

 

 その原因の一端は、俺にある。

 だから、俺はその罪を背負うべきだ。一生。

 

 ……この考え方は、自意識過剰で傲慢なのかもしれないけれど。

 

 そもそもこんな考えは、このままじゃクリアできそうにないから、葉山達を使()()ことへの、只の自己擁護なのかもな。

 

「何、難しい顔してんの?」

 

 中坊が首を傾げてこちらを下から覗きこむ。

 

「別に……」

 

 だが、これも全部俺の憶測だ。

 

 俺の言葉で葉山がどう動くか?

 それは葉山が決めることだ。

 

 俺の誘導通り星人と戦うのか? それとも――

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「星人と戦おうと思う」

 

 葉山隼人はそう宣言した。

 

「え!? 何言ってるの、葉山くん!?」

「……正気か、葉山?」

「……………」

 

 対して、残る三人の反応は芳しくない。

 それも当然だ。ついさっき、異次元としか思えないレベルの死闘を目撃したばかりなのだ。怖気づくなという方が無理な話だろう。

 

「それって、比企谷たちの後を追うってこと?」

「いや、違う。悔しいが、今の俺達じゃあ彼の言う通りボスを前にしても震え上がって足手纏いになるだけだ。……だが、このマップを見る限り、何体も固まっている巨大な青点の他にも、バラバラで行動している奴らが、三体いる。比企谷は時間がないとしきりに言っていた。いくら彼らでも、ボスを相手にした後でエリア内にバラバラに散らばる個体を撃破していく時間なんてない筈だ。……だから、せめてこっちは俺達が処理しよう」

 

 葉山が滔々と話す中、折本が一歩前に出て、葉山に言う。

 

「……ふざけないで。そんなの無理に決まってんじゃん。まったくウケないよ」

 

 達海の、相模の目が折本に集まる。

 葉山もまっすぐに見据える中、折本は俯くように、地面に向かって吐き捨てるように言った。

 

「……いきなりこんなわけわかんないことに巻き込まれて……なにが何だか分かんないのに……その上、あんなビーム出したり空飛んだりするやつらと戦う? 倒す? どうやって!? そんなのできるわけないじゃん!!」

 

 そう叫ぶ折本の目には、いつの間にか涙が溢れていた。

 

「……折本」

「……折本さん」

 

 達海が、相模が、そんな折本を痛ましげに見詰める中――葉山は。

 

「……分かってる。嫌がる人を無理矢理に連れていく気はないよ」

 

 それでも、葉山は――やめるつもりはなかった。

 彼女は知らない。ガンツがどれだけ理不尽か。このままミッションをクリアできずにタイムアップなんてなったら、どんなペナルティがあるか分からない。その危険性は葉山も十分察していた。

 

「……折本さんは安全な所に隠れてて。……達海、折本さんと一緒に居てやってくれないか?」

 

 達海は、目を瞑り黙考する。そして、目を開き、葉山に言う。

 

「いや、葉山。俺はお前についていく」

「……達海くん」

 

 折本が目を見開き、達海の名前を呟きながら見上げるが、そのまま沈み込むように俯いていく。

 葉山も、達海に苦言を呈した。

 

「何言ってるんだ、達海!? お前は折本さんと安全な所に――」

「安全な所って何処だ? アイツらは飛べる。それに数もたくさんいるんだろ。この制限されたエリアじゃあ、何処にいたってアイツらと遭遇するリスクがある。その時に、俺とコイツだけじゃあ黙って殺されるだけだ。それなら、お前と一緒に迎え討つ。そっちの方がまだ生き残る可能性は高い。逃げるより、攻める方が性に合ってるしな」

 

 達海の言うことは、間違っていない。それなりに筋は通っている。

 だが、葉山は達海の表情を見て、幾ばくかの不安を覚えた。

 

 達海の表情は、まるでここ大一番の試合に挑む時のように輝いている。有体に言って、わくわくしていた。

 

 あれだけの死闘を目の当たりにして、恐怖ではなく、興奮を覚える。

 それは良い言い方をすれば大物、器が大きいと評されなくもないが、悪い言い方をすれば、現状を正しく見えていない、愚か者といった表現もできるだろう。

 

 その両者の差は、紙一重。

 

 果たして、達海はどっちか。

 

「……分かった。だが、いざというときは」

「分かってる。女子供を見捨てるほど、腐ってねぇさ」

 

 葉山は、分かっているのか分かっていないのか微妙な――葉山は、自分が死にそうになった時もちゃんと逃げろという意味も込めていたが、そっちは伝わったかは微妙だった――達海の返答に、いまいちすっきりしなかったが、それとは別の意味で達海の言葉に引っかかった。

 

 女子供――子供。

 

 すると、相模が真面目な顔で葉山の服――スーツの上に着ている総武高制服の上着――を引っ張り、振り向かせる。

 

「なら、早く行こう。あの子の近くに、一体、近づいてる」

 




そして、比企谷八幡は田中星人と対決する。

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