比企谷八幡と黒い球体の部屋   作:副会長

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――娘が、死んだ。



○○星人編 ――繋――
Side××××――①


 

 某国――某所。

 

 部屋の全容すら掴めない、どれ程の広さなのかも把握できない程に、真っ黒な闇の中。

 

 ぼんやりと淡い光を放つ六角形(ヘキサゴン)のテーブルの一辺に、一人の仮面の存在が着席していた。

 

 まるで騎士の甲冑のようだが、顔面部分はスクリーンとなっている近未来的なデザインの漆黒のマスク。そして、自らを闇と同化させて覆い隠しているかのような漆黒のマント。

 

 ただスクリーンの紫色のみが、真っ暗な室内で不気味な存在感を放っている中――マントの中から、やはり漆黒であるユニフォームと手袋によって隠された、男なのか女なのかも不明な細い手を伸ばし、その長い指を、パチンと小気味よく鳴らした。

 

 途端――六角形の残る五辺に、眩い電子線が照射される。

 

 仮面の男の右隣の辺には二本、残る四辺にはそれぞれ一本ずつの電子線。

 

 その電子線は、この真っ暗な会議室に、六人の人間を――六体の戦士(キャラクター)達を召喚した。

 

「――やはり、か。呼び出されるのは分かっていたが、事前にアポくらいは取って欲しいものだ。俺はこれでも一国の重鎮にいるんだがな……」

 

 仮面の男の左隣に召喚された、金髪白人の壮年の男は言う。

 

 すると、その更に左隣から、ガラの悪い女の声が届く。

 

「――ハッ。笑わせるな、アメリカさんよぉ。この趣味悪ぃ、真っ暗ルームに呼び出された時点で、お偉いさんじゃねぇ奴なんざいねぇんだよ。ここは、文字通り世界のトップが集まる会議室だぜ。国連なんざ鼻で笑えるくらいになぁ」

 

 金髪白人の隣の辺に現れたのは、文字通り召喚されて、即座に用意された椅子に座り込み、その美しい脚を淡く光る六角形のテーブルに叩き落した、雪のような肌と黒髪のボブカットの婦人。

 

「――そう言った意味合いで言えば、私だけは当て嵌まらないがね。本来、この場所に呼ばれるべき正当な代表者でも副官でもないのだから。だが、それでも私が呼び出されたということは、それだけ緊急の議題ということかな?」

 

 ガラの悪い婦人の更に左隣の辺、仮面の男の対辺に召喚されたのは、真っ黒な修道服を身に纏い、十字架を首から下げ、片手に聖書を持つ厳粛な神父。

 

「――恐らくは、彼等に関することだろう。海を隔てた大陸の我が国にも、既に混乱は伝わっている。こちらは分かりやすく、代表者と副官が揃って呼び出されているようだしな」

 

 神父の隣、金髪白人の対辺に召喚されたのは、未だ年若い、女と見紛うような艶やかな黒の長髪の美少年だった。

 

 眼光鋭い美少年は、自身と仮面の男に挟まれる辺に召喚された、二人の壮年の男に問うた。

 

「――心当たりはあるだろう。日出ずる国の代表者よ」

 

 年若い少年の言葉に、残る各支部の代表者達は、思い思いの表情で、だが眼光だけは鋭く真っ直ぐに、その二人の男達を見た。

 

 世界の代表者達の視線を集められた彼等は――鍛え上げられた肉体と顎鬚が特徴の背の高い男と、背が低く肥満体のように見える身体と決して端正とは言えない相貌の男は、何も言わずに、神妙に目を瞑り、口を閉じていた。

 

「……日が昇るその時までに、何か言い分を聞きたい所だな。彼が言う通り、我々はそれぞれ祖国の要職を担う身だ。一国の尻拭いに費やせる時間は少ない」

「言うねぇ、中国の。やっぱり君も日本のことは嫌いな口かな?」

 

 未だ成人すらしていないであろう少年の鋭い言葉を茶化すように、ガラの悪い婦人は言う。

 少年は婦人を睨み付けるが、女はそれを呑み込むような凶悪な笑みを浮かべて返した。

 

 思わず息を呑み掛ける少年は、だが、己が立場を思い出し、再び口を開こうとして――。

 

『――止めろ。下らない小競り合いをさせる為に、君達を呼び出したわけではない』

 

 空気を鎮めるように、仮面の存在が口を開いた。

 

 否、口を開いたかどうかは定かではない。

 頭部を完全に覆い尽すヘルメットのようなマスクは、顔を完全に紫紺色のスクリーンで隠していたし、聞こえた声も、まるでボイスチェンジャーで加工したかのような、機械仕掛けの声色だった。

 

 だが、世界の代表者達は、それに何の疑問も持つことなく、静かに自らの支部に与えられた席に座る。

 各辺に二席用意されたそれは、文字通り世界の代表者として用意された席であり、この仮面の存在と向かい合うことを許された証でもある。

 

 本来その席に座る立場にない神父の男も仮面の男が「君も座り給え」と促されたことで静かに着席する。彼も、ここに座ることは初めてではない。こうして緊急時に代表の代行者となるのは、転送招集の可能な戦士(キャラクター)である自分の役目だからだ。

 

 そう言った意味で言えば、JP(日本)支部のみが正式な代表者と副官で招集されたのも不思議ではない。彼等のみは元々、代表者・副官ともに戦士(キャラクター)なのだから。

 

 だが、CN(中国)支部の副官の少年が言ったことも間違いではないのだろう。流石に地球の反対側である神父の祖国には詳しい情報は入ってはいないが、この組織のEU(ヨーロッパ)支部としては、当然ながら詳細なる情報が入ってきている。

 

 それは、勿論その他の支部も、そしてその代表たる彼等も同じこと。

 US(アメリカ)支部も、RU(ロシア)支部も、今回の緊急会議の議題が何なのかは想像がついている。

 

 そして、それを裏付けるように、仮面の存在は再び加工された音声を発した。

 

『――今回の議題は、日本の池袋で発生した、オニ星人による一般人大量虐殺。そして、それによる星人存在の表世界への暴露だ』

 

 各国首脳代行達は、一様に口を開かない。

 

 脳内でどんな思考が渦巻いているかは分からず、またそれを他国に悟らせるような愚昧は、ここにはいない。

 それぞれが、それぞれの仮面の表情で、仮面の存在の言葉の続きを待つ。

 

『想定外の時期だったが、想定内の事態だ。いずれこうなることは分かっていた。故に、昨夜のうちにJPの二人のみを個別で呼び出し、この事態への対処方法を決定した。他支部の君達には申し訳ないが、故に今回のこの会合は、会議というよりは報告会になる』

 

 だが、続く仮面の男の言葉には、JPの二人の代表者を除く他のメンバーの仮面が僅かに崩れる。JPの二人は、未だ無表情を貫いていた。

 

「……おいおい、そりゃあないんじゃないかねぇ。それじゃあ、この《六角形(ヘキサゴン)》の意味がないじゃないのさ」

「……その二人が貴方がたの盟友なのは知っているが、あまり露骨な特別扱いは、組織全体に亀裂を生むぞ。もう少し、ご自身の力というものを自覚してもらいたい」

 

 はっきりと言葉として遺憾の意を表したのは、RU支部の副官の婦人と、CN支部の副官の青年。

 それに対し仮面の存在は、淡く光るテーブルに両肘をついてマスクの前で手を組む姿勢を崩さぬまま、彼等の方に向くことすらせずに、こう機械的に続ける。

 

『重ねて謝罪する。今回は事態収束へのスピードを優先した。何の草案もないままにヘキサゴンに臨んだ場合、時間がかかり過ぎると判断したのだ。君達の国では未だそこまで至っていないのかもしれないが、既に日本では大混乱に陥っている。一刻も早い対処が必要だった』

 

 仮面の存在は有無を言わせない口調で、全体に向かって言い募る。

 

『君達の仕事は、この《CION》という組織を、自身の支部、ひいては自国に利するように方向性を誘導することだろう。それについては一向に構わない。だが、今回に限っては、各国に益した落とし所を模索している時間的猶予はないと判断した』

「……それは理解したが、我々にも立場というものがある」

「そうだ。貴方にそこまで言われたのならば、我々も妥協せざるを得ないが、それでも譲れない一線はあることを理解して頂きたい」

 

 USの副官の白人と、CNの副官の少年がそう苦言を呈すと――ハッ、と。

 

 妖艶さの中に苛烈さを滲ませながら、RUの副官の美女が長い脚に注目を集めるかのように――六角形のテーブルに再び強く叩きつける。

 

「――アタシは、自国の利益だの、世界の平和だのはどうでもいい。けどまぁ、いいたいことは、コイツ等と一緒さ。アンタ等が勝手に決めたその結論とやらが、()()()()に不利益を齎すかどうか、アタシが聞きたいのはそこだけさね」

 

 ロシアの氷河が如き鋭い視線を、妖艶なる美女は仮面の存在に向ける。

 

 だが、仮面の存在は動じない。彼女の方を向きもせず、まるで全てが機械であるかのように。

 

『――当然、そこは留意している。その為の、この緊急報告会だ』

 

 仮面の存在は、再びマントから腕を出し、軽快に指を鳴らす。

 

 その瞬間――仮面の存在の隣の席に用意されていたモニタが点灯し、虹と羽を組み合わせたマークを浮かべる。

 

『これから、JPと私とで作り上げた草案(プラン)を説明する。もし、そのプランが著しく自国に不利益を被ると判断した場合は、修正案を提示して欲しい。だが――」

 

 仮面の存在は、最後まで機械的な口調を崩さずに、こう言った。

 

『――本日、日本時刻で18時00分に、我らがCIONを代表して、JPの代表者と副官である彼等が一般市民に向けて公共の電波にて説明会見を行う。故に、それまでが制限時間(タイムリミット)だということを忘れるな』

 

 その仮面の存在の言い分に、CNが、RUが、EUが、USが口を開こうとした、その瞬間を制するように、仮面の存在は言う。

 

『――これは、既に《天子様》も了承された、決定事項だ』

 

 そう、言って。

 

 仮面の存在は、虹と羽を組み合わせたマークを浮かび上がらせる、モニタを示した。

 

【――遅れてすまない。じゃあ、会議(ヘキサゴン)を始めようか】

 

 こうして、世界を動かす会議が、真っ黒な闇の中で静かに始まった。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 

 

 某国――某所。

 

 部屋の全容すら掴めない、どれ程の広さなのかも把握できない程に、真っ黒な闇の中。

 

 ぼんやりと淡い光を放つ長方形(スクエア)のノートPCモニタの明かりに照らされるように、一人の濁眼の社畜が着席していた。

 

 まるで風邪の病人のように、額部分には清潔なデザインの純白の冷えピタ。そして、PCの周りには自らを闇に呑み込まれんとばかりに覚醒させるような不健康な色の栄養ドリンクの数々。その中に紛れ込む警戒色の缶コーヒー。そして兵糧(食パン)

 

 ただ時折漏れる「ふへへ」という笑い声のみが、真っ暗な室内で不気味な存在感を放つ中――暗闇の中から、スクッと立ち上がった何者かが、細い手を伸ばし、その長い指で、バンッと勢いよくカーテンを開け放った!

 

「ぐっどもーにん」

「ぎゃぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」

 

 突如、真っ暗な室内に強烈な日光という名の暴虐的な刺激が差し込み、それを五徹明けの瀕死の身体に叩き込まれて絶叫する社畜。

 

 そのまま椅子の背凭れをきしませ、やがてキャスターが宙に浮き、そして背中から床に転がしておいた書類の海にダイブする。

 

 なふぁっ、とかいう聞いたこともない悲鳴を漏らしながら、社畜は自らの五日間の成果の中をクロールし、一枚(ビリ)、二枚(ビリッ)と勤労の結晶を紙屑へと変えていく。

 

「……楽しい?」

「なわけあるかぁぁぁあああああッッッッッ!!!!」

 

 社畜に大自然の力でダイレクトアタックを決めた眼鏡の女性は、ボサボサの髪を掻き毟りながら、奇行を続ける自らの夫を冷めた目で見詰める。

 

 愛する妻の()(がた)すぎる愛に、夫は涙ながらに立ち上がって、書類の束を両手で引き裂くことで喜びを表現した。

 

「ちっげーよっ!! 只の徹夜明けのおかしなテンションだよッ!」

「誰に向かって何を言ってるの?」

「わっかんねーよッ! あぁぁぁぁぁもぉぉおおおおおおお!!! 働きたくねぇぇぇぇええええええええええ!!!」

 

 社畜は濁りきった瞳のまま頭を両手で押えて、そのまま再び書類の海に沈み込む。

 眼鏡の女性は、そんな夫の奇行に溜め息一つだけを返して、くぁと欠伸をしつつ、窓の外を見た。

 

「……今、何時だ?」

「……八時」

「何だよ、真夜中じゃねぇか。後、十二時間は働けるぜ」

「しっかりして。一周してまた八時になるわよ」

 

 不気味な手つきで再びノートPCに向かおうとする夫を、平坦な口調で諫める妻。

 

 夫の頭をグイッと押し退けて、ずれていた眼鏡を直しながら妻はデータをチェックする。

 

「それよりも、ちゃんと寝ぼけずに処理したんでしょうね。今日も家に帰れなかったらあなたを殺すわよ」

「これが瀕死の夫に残りを全て押し付けて自分だけ寝落ちした嫁の言葉かゾクゾクするな。……ちゃんとやったよ。まぁ、変なテンションになっていくつか破り捨てたが、バックアップはとってある。これでやっと愛する娘に会えるさ」

「息子は?」

「やめろ。アイツの目を見たらただでさえ赤信号のHPが底を尽きる」

「鏡を見なさい。顔を洗う前に、ちゃんと目の前が真っ白になるから」

 

 ケッと言いながら、不貞腐れたように背を向けて立ち上がり、恐らくはタオルを取りにロッカーに向かった夫に、妻は優しい微笑みを向けて、倒れていた椅子を起こして座り、夫の飲み掛けの練乳入り缶コーヒーを呷り、データの最終チェックを行う。

 

 ここに来て、元からふざけていた仕事量が更に殺人的になってきたことに、妻はいい加減辟易してきたが、自分の――正確には夫の――仕事量が増えてきたということは、それだけ“事”が佳境に向かってきているということだ、と、眼鏡の奥の眦を鋭くする。

 

 天井を見上げ、これからこの組織が向かう先、自分達――家族が向かう先、そして地球が向かう先に思いを馳せかけて、ほふっと息を吐く。

 

 グッと腕を伸ばして、背中のストレッチをする。

 何はともあれ――休暇だ。暦上では目前と迫った“終焉”よりも、今はこの後の家族団欒が先だ。

 

 ここの所、本当に碌に家に帰れていなかった。

 帰れても着替えの補充と睡眠だけで、子供達と殆ど顔を合わせていない。

 

 やっと心を癒すことが出来る。今でさえこんな有様なのだから、これから先はもっと仕事も過酷を極めるだろう。もしかしたら、正式な任務として再び現場に出ることも増えるかもしれない。

 

「………………」

 

 会える時に――会ってあげたい。

 もう子供達も母親に甘える歳でもないだろうが――いや。

 

(……甘えたいのは、もしかして私の方なのかな)

 

 そんなことを思っていると――ふと、タオルを取りに行った筈の夫が、いつまで経っても部屋から出て行っていないことに気付いた。

 目を向けると、夫は安っぽいタオルを首に掛けて、隈が濃すぎて落ち窪んで見える濁りきった眼で、優しげに、けれどどこか悪戯っぽく、伸びをする妻を厭らしい目つきで眺めていた。

 

「……何よ」

「いやぁ――」

 

 欲求不満(さびしい)なら、一緒にシャワーでも浴びてスッキリするか? と、徹夜明けのテンションで自殺紛いのセクハラをした夫に向かって、妻がそこら辺に転がっていたZ型の巨大な銃を向けるのと同時に社畜がジャンピング土下座を敢行した、その時。

 

 部屋の自動ドアが開いた。そこには、黒い衣を纏ったジャイアントパンダがいた。

 

「――あら? 珍しいお客さんね。どうしたの?」

「おおッ! 救いの神よ! いや、救いのパンダよ! いいところに来た、俺を助け――ん?」

 

 来客の登場にもZ型の巨銃を下さない妻に戦慄しながらも、恥も外聞もなしにパンダに助けを求めた夫は、けれど、こんな状況に一切ツッコミを入れない旧知のパンダの様子に疑問を抱く。

 

 どうした――と、濁り眼の男が、眼鏡の女が尋ねる前に、ジャイアントパンダは、重い声で告げた。

 

「……君達の――」

 

 

――娘が、死んだ。

 




世界の最も黒い場所で――再び、物語が動き出す。

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