「なぁ」
「何?」
それは、目的地に行く道すがら、なんとなく発した言葉だった。
「お前さ、死ぬの怖くないの?」
俺達は今、散々時間がないとか喚いておきながら、のんびりと夜中の住宅地を散歩していた。
中坊のスーツが壊れていてダッシュ出来ないというのもあったが。
一番はやっぱり怖いのだ。死ぬのが。
葉山にはあんな大見得を切ったが、正直勝つ自信なんて殆どない。
今までの人生も負け続けてきた。負けることでは俺が最強なんてぬかしたこともあるくらいだ。
自分が勝つビジョンなど、皆目見当もつかなかった。
だから、非合理的だと知りつつも、こんな呑気なウォーキングで向かっている。
敵が移動してしまう可能性を考えると、中坊を抱えて――もしくは置き去りにして――スーツの力を発揮してダッシュするのが一番のはず、取るべき行動のはずだ。
だが、中坊は何も言わない。コイツの性格なら、とっくに皮肉の一つでも言ってきてもおかしくない筈なのに。
そんな後ろめたさもあってか、重苦しい沈黙を和らげようと俺らしくもない気遣いの結果、振った話題がそれだった。
いくら頭の中を占めていた事柄とはいえ、世間話には重すぎるテーマだ。俺の会話スキルがヤバすぎる。
中坊は、何も言わない。
かといって、不快な笑みで馬鹿にする、というわけでもない。
ただただ無表情だ。
冷たい感じではなく、ぼおとした感じの。考え事をしているような感じの。さっきからこんな感じなのだ。
シリアスさがない。かといってコメディさも皆無だ。
だからこそ、何を考えているのか分からなくて、こんな質問が口を飛び出してしまったのかもしれないが。
「死にたくないよ」
中坊はさらっと言った。今日の天気を答えたかのように、あっさりと。
だが、それは言葉の調子ほど軽い言葉ではなかった。
「僕は確かに刹那的な生き方をしていると自分でも思うけれど、それでも死にたがりの自殺志願者というわけじゃない」
死ぬのは嫌だ。
死ぬのだけは本当に嫌だ。
僕は死んでも、死にたくない。
中坊は、そう虚空を眺めながら呟いた。
「――こんな僕でも、希望が見えたんだ。持つことができたんだ。一生叶わないと思ってた、僕なんかには
だから 死にたくない――と。
生きたい――と。
そうはっきりと、重くもなければ軽くもない言葉で、はっきりと口にした。
言葉の内容と込められた温度がちぐはぐだったけれど、虚空を見たまま淡々と語っていたけれど。
それでも、それは――中坊の本心のような気がした。
中坊の、死にたくないという気持ちが、はっきりと伝わった。
「…………」
そんな奴を、これ以上ないくらい危険な所に放りこむのは抵抗をめちゃくちゃ覚えたけれど、俺にはコイツを説得する言葉など、持ち合わせていない。
こんなカッコいい奴に、何も言う資格なんかない。
いざという時は、俺が盾にでもなんでもなろう。
コイツの死にたくないという気持ちが伝わったときに、不覚にも、俺の中にもコイツを死なせたくないって気持ちも芽生えちまった。
「そっか。じゃあ、精々生きなきゃな」
「当然だよ。僕はアンタより先には死なないよ」
「なんだそれ? じゃあ俺が死んだら死ぬのかよ?」
中坊は俺の一歩前に躍り出し、振り向きながら言った。
「アンタは死なないさ。僕が守るもの」
その某有名アニメのセリフは、パクったのか? それとも確信犯か?
もしオマージュなのだとしたら、その表情は本家とは似ても似つかない。
不敵な笑みだった。このときばかりは、コイツの笑顔を見ても不快な気持ちにはならなかった。
むしろ、その笑顔で覚悟が決まった。
これ以上ない生還フラグだ。あのシンジくんと綾波もあのチート使徒に勝ったんだ。それに比べれば鳥人など恐るるに足らない。
「そっか。じゃあさっさと勝って、あのシーンを再現しながらエヴァごっこでもやるか」
「いや、いいよ。いい年して恥ずかしいし。そういうのは友達とやりなよ」
「おいおい、急に突き放すなよ。それに俺にそんな友達はいねぇよ。……言わせんなよ、そんなこと」
せっかく覚悟を決めたのに、さっそく死にたくなったじゃねぇか。
え? 材木座なら喜んでやるだろうって? 誰それ? どこの剣豪将軍?
俺は目から涙が零れないように、上を向いて歩く。
そんなふざけたやり取りをしている間に、目的地に到着していた。
目の前には、木造二階建ての、はっきり言ってしまえばオンボロのアパート。
雨漏りとか100%してそうな、超家賃低そうな物件に、今回のボスキャラは隠れ潜んでいる。
それは、あくまで確率論でしかない。このマップではボスとその他のモブキャラの区別はつかない。同じ大きさの青い点だ。
だから複数体が固まっているこの場所が明らかに怪しいというだけで、もしかしたら葉山達が向かっている三点の中のどれかがボスの可能性も、もちろんある。
もしそうだとしたら、俺達は道化もいいとこだが、その時はその時だ。
ここの群体を即座に屠り、残りの方に向かう。
その為に、いつまでもここで建物を眺めていても仕方がない。
俺はマップを仕舞い、右手にXガン、左手にYガンを構える。
中坊も漆黒の剣を肩にかけ、戦闘準備完了といった感じだ。
「よし、行くぞ」
「了解」
俺達は、ボス部屋としては余りに不似合な生活感溢れるアパートの中に踏み込んだ。
「……ねぇ。ところでそれ何?」
「え? ガンツソードだけど?」
「いや、初耳なんだけど? え? 何、刀とかあったの?」
「え、あるよ。むしろ、ベテランはこっちを使うよ? 銃と違ってタイムラグないし、攻撃力は抜群だし、伸びるし。まぁ、僕はステルスで背後から銃撃派だったからあんま使わなかったけど」
「何それ聞いてない。おい、そういうの早く言えよ。めちゃカッコいいじゃん」
「扱いは難しいから初心者にはおすすめしないけどね。……ってか重い。生身じゃ無理だ。銃にしよう」
「なら何で出したんだよ……ってかそこから出し入れしてんの!? このスーツにまだそんな驚きの機能が!? え、手品!?」
+++
そんな緊張感の無いやり取りをしながら足を踏み入れたその場所は、特に何の変哲もないアパートだった。
電気は点いている。だが、人の気配を感じない。
俺達は刑事ドラマのワンシーンのように扉の両側にそれぞれ寄りかかり、ハンドサインで合図を出してゆっくりと扉を開け、中を覗きこむ。
何もない。誰もいない。
それを、一階の全ての部屋で繰り返す。
このアパートの間取りと、マップの点の配置は一致していた。
つまり、一つの部屋に一体ずついると、この間取りを見た時そう思ったが、全ての部屋がもぬけの殻だった。
だが、俺らはマップの誤表示を疑うよりも、より現実味のある推論に気いていた。
ニ階だ。
どっかの感性豊かなデザイナー作の物件でもない限り、こんな築年数が古そうなアパートだとほぼ確実に上階も同じ間取りだろう。
この上に、星人はいる。
俺は中坊にハンドサインで――言うほど本格的なものではない。ただ、声を出さずに身振り手振りで意思を伝えているだけだ――上に行くと伝える。中坊も頷く。
流石にこの期に及んでふざけたりはしない。
紛れもなく、正念場だ。
階段を昇りきり、二階に上がる。
予想通り、二階も同じ間取りだった。
廊下の右側に三部屋、左側に三部屋。そして、真正面の奥に一部屋。計七部屋。
それぞれ一体ずつ田中星人が潜んでいる。その中にボスが一体紛れ込んでいるってわけか。はは、笑えないロシアンルーレットだ。
廊下には一体も出てきていない。これはチャンスだ。七体を一斉に相手にするより、一体一体潰していく方が遥かに勝率は高いだろう。
まぁ、あのガンツ部屋みたいに完全防音というわけではないだろうから、全員を各個撃破は無理だろうが、先んじて一体でも数は減らしておくべきだ。
そう考えて、一番近いドアに向かって先程と同じように刑事風アタックを仕掛けようと中坊に合図を出そうとすると、後ろにいた筈の中坊が顔を強張らせて後ずさる――つまり、どんどん奥に来ている。
「おい。どうした?」
俺が声を潜めて話しかけると、中坊は目線を変えずに指だけで問題の方向を示した。
「――――っ!!!」
俺は危うく漏れそうになった悲鳴を必死で押し殺す。
そこにいたのは、手の平サイズの不気味な鳥だった。
体の半分を占める頭部と、その頭部の大半を占める大きさの気味の悪いギョロ目。
そして、そのミニチュアサイズの体には不釣り合いなほど巨大な嘴。
違和感しか湧かない二足歩行。
はっきり言って、気持ち悪い。
そして、それらが床を真っ黒に染めるほどの大群で――俺達の退路を塞いでいた。
カァー カァー カァー
まるで下手糞なカラスの物真似のような鳴き声で、恐怖の合唱を披露する。
「…………っ!」
何だ? どうすれば正解だ?
こんなのは全く予想していなかった。
何をすることも出来ず、何も行動に移せず、ただパニックで急激に上がった心拍数を落ち着かせることに専念する――それが悪手だということは、重々承知だが。
そして、それは事態を更に悪化させる結果を生む。
背後から、ドアが開く音が、聞こえた。
「裕三君?」
それは初めて聞く言葉だったが、声で分かった。
田中星人だ。
「裕三君」「裕三君」「裕三君」「裕三君」「裕三君」
次々と、続々と、前から後ろから田中星人が姿を現す。
その数六体。完全に囲まれた。
……最悪だ。
この不気味カラスは、こいつらの
俺はゆっくりと前を向く。中坊も続く。
まだ、一部屋開いていない。
正面奥の部屋。
今の所、6体全てが田中星人――これまでと同じ、不気味な外装を纏ったスタイルの通常体で、大きさも変わらない。
人は見かけによらないが、それは星人にも当てはまるのか?
田中星人には、どうなんだ? こいつらは、他の田中星人と違うのか?
俺達を囲む田中星人達は、まだ裕三君(誰だよ……)コールを続けていて攻撃してくる様子はない。顔も笑顔モードのままだ。
どうする? やるか?
残る一体がボスだろうと通常種だろうと、七体より六体の方がマシな筈だ。今の内に仕掛けるか?
いや、囲まれているこの状況ならどっちにしろ勝ち目はない。
なら、一か八か中坊を抱えて脱出を試み――
キィ――と。
正面奥の扉が、開いた。
そこから、部屋の主の姿が確認できる。
巨体な、鳥人だった。
外装は身に付けていない。
ただ、後姿からも十分に分かる筋肉量。大きな翼。
……間違いない。
アイツが、ボスだ。
+++
「この近くみたい!」
「手分けして探そう!」
葉山達はマップの赤い点の反応を頼りに住宅地の奥に来ていた。
だが、変わらず青い点も、三体、近くにある。
にも関わらず、葉山が出した指示は
それは、敵と遭遇した場合、一対一で戦わなければならないことを意味する。
あの葉山がそこに気づかない筈がないのだが、それに気づかないほど今の葉山は危うかった。
葉山には、人を惹きつける才能はある。
だが、人の上に立つ、人を引っ張る才能があるかと言われれば、そこには疑問符を付けざるを得ない。
それでも八幡が葉山を、はっきり言えば疎ましく思っていても一目置いているのは、資質はあるからだ。
葉山の掲げる理想論。それは机上の空論だが、それを貫く覚悟と、リスクを抱える決断をする勇気を持てれば、それは最高のリーダーともなりうる。
誰もが着いていきたくなる、理想のリーダー。
葉山はそれになりうる資質がある。
あとは、葉山の方にそれに応える覚悟、
八幡はそう考えた。
それは、一種の憧れであり、嫉妬。
自分とは真逆の立ち位置ゆえに感じる劣等感。それが多分に含まれている。
葉山が同様の嫉妬を感じているように。
隣の芝生は青く見えるのだ。
だが、それは真実を見誤っていることと同義。
八幡らしくない、幻想の押し付け。
確かに、葉山は人を惹きつけるスターだ。
八幡の言う通り、理想のリーダーになる器を持っているのだろう。
だが、それを使いこなせるかどうかは、また別の話だ。
才能を持て余す。そんなことは世の中には溢れている。
葉山はまだ、正義のヒーローの才能を持て余していた。
葉山の出した指示で、それぞれ手分けして子供を探そうとする葉山達。
その作戦は悪手だったが――落ち着いてマップを操作すれば、拡大して子供の所在の詳しい場所も分かる。手分けをするメリットはないのだ――幸運にも、その作戦は実行されなかった。
いや、決して幸運ではなかった、のかもしれない。
何故なら、動き出そうとしたその瞬間。
空から、田中星人が現れたのだから。
三体、同時に。
+++
ここは、住宅街の道路。
細長く東西に延びた道は、四方の内、南北は塀でふさがれている。
残る二方向を塞ぐように、田中星人が着地する。
この時点で大ピンチだ。少なくとも全員の頭は真っ白になっている。
そんなパニック状態の四人の集団のど真ん中に。
残る一体の田中星人が着地した。
「……え?」
「うそっ!」
「何!?」
彼等が困惑してるのもまるっきり無視して、田中星人は至近距離でチャージを始める。
先程、橋の上でまるで映画のように他人事として眺めていた殺人ビーム弾の発射への準備が着々と進行する。
チャージ音はどんどん甲高くなり、口腔の青白い発光は勢いを増す。
その田中星人を、達海は腰からタックルの要領で押し倒す。
決死の行為の甲斐あって、放たれたビーム弾は向かいの民家の屋根を掠め取る程度の被害で済んだ。
とりあえず、メンバーには怪我はない。
だが、まだ田中星人を倒したわけではない。
達海の腕の中で田中星人は激しく抵抗する。達海は必死で食らいついて離れない。
そこに、左右に陣取っていた田中星人二体が加勢に来た。
「ッ!」
達海は腕の中の田中星人を締め付ける力を強める。
「ガァアアアア!!」
だが、まだ死なない。
他の二体の田中星人は、達海を囲むように着地し、達海をタコ殴りにする。そして、同時にチャージを開始した。
「あぁ! あぁぁぁぁ! 達海くん! 達海くん!!」
折本が絶叫する。
「お願い! 達海くんを! 達海くんを助けて!!」
折本が涙ながらに葉山に懇願する。
だが、動けない。
葉山は動けなかった。膝が震え、歯をかき鳴らし、顔を青褪める。
目の前にいる星人が怖かった。
今まさに命が奪われようとしているこの光景が恐ろしかった。
頭の中に“ねぎ星人”のあの咆哮が響く。
葉山は、あの時のトラウマを克服していなかった。
相模も同様。初めて間近で見る殺し合いに、足が竦む。
だが、葉山程の大きなトラウマを抱えているわけではない。
相模は震える手で、Xガンを達海を囲む田中星人に向かって構えた。
自分なりにだが、覚悟はしていた。いつか、このような場面に直面することになるのだと。
100点を取らなければ、解放されない。
その高すぎる壁に、目の前が真っ暗になった。絶対に無理だと思った。
だが、八幡は言った。もし相模が死んだら、自分か葉山が生き返らせてくれると。
あの言葉は励ましで言ってくれているのだと、相模にも分かっていたけれど、その言葉の意味すら分からないほど、相模は馬鹿じゃない。
それはつまり、自分が解放されない限り、二人も解放されないということだ。
なら、自分は100点を取らなきゃいけない。あの二人の足手纏いになるのだけは嫌だった。
相模は震える指を、必死に動かし、引き金を引――
――だが、遅かった。
相模のXガンが発射される前に、左右の田中星人のビーム弾が発射される。
至近距離で直撃を受けた達海。
両サイドから衝撃を食らった達海は、真っ直ぐ目の前の塀に直撃する。
「がぁぁぁあああ!!!!」
――だが、それでも腕の中の田中星人は離さなかった。
背中から塀にぶつかりそれはクッションにもならなかったが、むしろソイツの分の体重の衝撃も余分に喰らうことになったが、それでも離さなかった。
そして、攻撃を喰らっているその間も、抱き締める力は緩めなかった。
遂に、腕の中の田中星人の頭部が割れ、中身が飛び出す。
「ガァ……グァ……」
中身の鳥人は、苦しそうな息遣いで逃走を開始する。
このままでも鳥人は窒息死するのだが、そんなことを知らない達海は執念で追跡する――いや、もしかすると知っていたとしても、この時の達海は忘れていたのかもしれない。それぐらい、今の達海は目の前の敵を倒すことで頭がいっぱいだった。
「待てごらぁぁぁああ!!!」
スーツの力でたっぷりの威力が乗った拳が鳥人の右頬に直撃する。
鳥人は十メートル程も吹き飛び――動かなくなった。
「……はっ。見たか」
達海はそれを確認した後、急激に体から力が抜けるのを感じた。
それは、一仕事終えてほっとしたから――だけではなかった。
スーツの機械部分からボコッと液体が漏れた。キュイィィィーンという音と共に、先程から膨れ上がっていた筋肉が萎み、機械部分の青い発光もなくなる。
それを見て、葉山が我を取り戻す。
「逃げろ! そのスーツは壊れたんだ!! 直撃を喰らったら死ぬぞ!!」
その言葉に、達海と折本の顔が強張る。
間髪入れずに、残る田中星人二体のビームのチャージが始まった。
「うっ……」
「達海くん!?」
達海は逃げようとしたが、体に力が入らず、地面に倒れこむ。
ダメージは思ったより深刻だった。
このままでは、達海は死ぬ。生身と変わらない今の状態でビーム弾を喰らえば、確実に死ぬ。
助けなければ。
葉山は動かない足に必死で命令を送る。
(動け動け動け動け動け動け!!)
だが、動かない。動けない。
チャージ音がどんどん甲高くなる。
その時、折本が達海を庇うように立ち塞がった。
「ッ! バカっ……逃げろ、折本!」
「嫌!」
強気な物言いとは裏腹に、明らかに折本は怯えていた。
震えていた。泣いていた。
それでも、彼女は逃げない。
「何してんだよ……死ぬぞ!!」
「うるさい!」
折本は震える声を、精一杯に張り上げて叫んだ。
「私だって……負けたままじゃ嫌なの! ……これ以上、みじめになりたくない!!」
それは、誰に向けての対抗心だったのか。
あの時比べられた雪ノ下や由比ヶ浜か、それとも――
どちらにしろ、葉山があの時見下した少女は、もういない。
恐怖と必死に戦い、仲間を守ろうとする彼女は。
とても、魅力的な少女だった。
だが、無情にも田中星人のチャージは止まらない。
折本が目を瞑る。
吹き飛んだのは、田中星人だった。
いや、正確には田中星人がいた場所周辺の塀だった。
先程間一髪で間に合わなかった相模のXガン。今回は発射前に間に合い、攻撃を止めることができた。避けられてしまったが。
二体の田中星人はしばし空中から4人を見ていたが、やがて方向を転換し、何処かへ飛び去っていった。
+++
葉山はそれを呆然と見送り、マップを取り出す。
マップを見ていると、ツカツカと誰かが近づき。
バチンッ! とビンタされた。
葉山がゆっくりと目を向けると、そこには涙で目を充血させた折本。
「はぁ……はぁ……何してんの?」
葉山は何も言わず、ただ黙って折本の鋭い眼光を受け止めた。
達海も、相模も、黙って状況を静観する。
「……さっきさぁ、葉山くん言っていたよね? 比企谷と中学生に、散々カッコいいこと言ってたよね? その結果があれ?」
折本は涙を流しながら、充血した瞳で葉山を睨み据える。
「ガタガタ震えて! 達海くんが死にそうなのに何もしないで! ふざけないでよ! 星人を倒すって言ってたの葉山くんじゃん!」
折本の叫びを、葉山は無表情で受け止める。
その態度が気に食わなかったのか、折本は吐き捨てるように絶叫した。
「ふざけないでよ!! 結局、口だけじゃない!! これなら比企谷の方がずっとカッコいいよ!!」
それまで無表情だった葉山の顔が、はっきりと苦渋に染まった。
唇を噛み締め、俯きながら、先程とは別の感情で震える。
「…………すまないっ」
葉山は、そのまま走り出した。
+++
「……何、それ。……ダサっ」
折本は駆けだして行った葉山の方を見ながら、軽蔑するように悪態を吐いた。
「……いや、違う」
だが、その言葉に達海が反論する。
「あの方角はあの二体が飛んで行った方角だ。……倒しに向かったんだろうさ」
「……ハッ。何それ、ウケる。どうせビビッて終わりじゃない?」
折本の中で、葉山の評価はドン底に落ちたようだ。
達海はそんな折本から相模へ目線を移す。
「なぁ、お前。葉山に惚れてんだろう」
「へ?」
当然のキラーパスに、相模は頬を染め、呆けた反応をする。
「え? ……正気? 面食いって言っても限度があると思うけど」
先日までの自分を見事に棚に上げた発言の折本だったが、相模は何も言わずに目線を逸らす。
達海は、そんな相模を見て。
「心配なら、行ってやれ」
「え?」
「俺はスーツが壊れてるから追いつけないし、折本はどうせ行かないだろう」
「当たり前。なんであんな奴の為に命懸けなきゃなんないの?」
「……今のアイツじゃ危険だ。なんていうか、危うい」
「危うい……」
「止めるか、加勢するかはアンタの自由だ。だが、このまま一人にしたら――」
達海は表情を引き締めて、重く鋭い口調で言った。
「――ほぼ間違いなく、葉山は死ぬぞ」
相模は、その言葉にぐっと閉口して。
「…………」
しばらく黙考し、やがて顔を上げて、駆けだして行った葉山の後を追った。
+++
マップを見て、葉山が気付いたこと。
それは、あの二体は、決して逃げたわけではないということ。
アイツらは、ただ標的を変えただけ。
葉山らから――――あの子供へと。
葉山は走る。
あの子の祖母は助けられなかった。そして、今の今まであの子を助けることを後回しにした。
何もかもさっぱり分からない場所にいきなり連れてこられて。
信頼できる唯一の人が目の前でこれ以上ないくらい残酷に死んで。
たった六歳の子供は、一体どれだけ怖かったことだろう。
男の子の反応があったのは、一軒家のガレージだった。
恐らく、ずっとここで小さく震えていたのだ。
この夜が、夢であることを祈って。
目が覚めたら、おばあちゃんが運転する車の助手席に乗っていて、窓の外を見たらお母さんが待つ我が家に着いている。そんな光景が広がっていると信じて。
葉山がそのガレージを目にした時。
青白い発光と、トラックが突っ込んだが如き破壊音。
そして、男の子の悲鳴が轟いた。
「…………ぁぁぁぁぁぁ」
葉山がガレージを覗き込む。
そこにいたのは、返り血を大量に浴び、不気味さを増した二体の田中星人。ボロボロの軽自動車。
あちらこちらに肉片が飛び散り、男の子は原型すら留めていなかった。
プチン――と。
その時、葉山の何かが切れた。
「……お前らぁぁぁぁぁあああああああああああアアアアアアアアア!!!!!」
+++
相模が合流した時、そこはまさに惨事だった。
葉山は田中星人と臆せずに戦っていた。
いや、それは戦っているといえるのか。
葉山隼人は、暴れていた。
涙を垂れ流し、雄叫びをあげながら、がむしゃらに田中星人に突っ込んでいた。
回避など頭にない。
相手が殴ってこようと、後ろからもう一体がビームをチャージし始めようと、お構いなしに目の前の一体を殴り続けた。
泣きながら。喚きながら。
ただただ、殴った。殴り続けた。激情の赴くままに。
葉山の左拳が、マウントポジションを取った田中星人の喉元に突き刺さる。
カウンター気味に、田中星人が殴る。葉山は動じない。
田中星人の中身が飛び出す。
その鳥人の頭部に、葉山の右拳が突き刺さるのと、葉山のスーツが壊れるのはほぼ同時だった。
鳥人は頭部の残骸のみが外装から飛び出した形で絶命する。
もう一体の田中星人は、隙だらけの葉山に襲いかかろうとしたとき、既に相模のXガンの攻撃を受けていた。
葉山は、そちらには目も向けなかった。
最後の田中星人も、中身ごと破裂する。肉片と体液をスプリンクラーのように撒き散らす。
むせ返るような悪臭を放つそれらを、至近距離にいた葉山も相模も全身に浴びるが、二人ともまったく反応を見せない。
葉山は田中星人の死体に馬乗りになりながら、田中星人の血液の雨が降る天を仰ぐ。
相模は、それを黙って見つめる。
「う……っ……うぅっ……ぁぁ……ぁ……」
やがて、葉山は再び泣く。
俯き、声を押し殺し、嗚咽を漏らす。
相模は、そんな葉山にゆっくりと近付き。
背中から、優しく抱き締めた。
その一分後、葉山隼人と相模南は、あの部屋に転送された。
苦悩の中、葉山隼人は絶叫する。