比企谷八幡と黒い球体の部屋   作:副会長

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……平和だねぇ


Side東条――①

 

 乾いた風が、乾いた大地を更に痛めつけるように吹き抜ける――荒野のような砂漠。

 

 そんな場所で、見るからに荒くれ者といった柄の悪い男達が、小高い丘の上から獲物を冷たい眼差しで見下ろしていた。

 

「……あれが、今回の獲物か」

「ええ。尋常じゃなく強えってもっぱらの噂っす」

 

 ここは、銃と鋼鉄が支配する世界――仮想世界――GGO。

 

 ガンゲイル・オンライン。

 

 血生臭く、鉄臭い空気が充満するその世界に、特に目を引かない、この世界では有り触れた、男だらけのむさ苦しい集団が(たむろ)していた。

 

「……タコだな」

「……タコっすね」

「……タコ以外の何物でもねぇっすね」

 

 人数はおよそ十人程だろうか。

 現実世界のプレイヤーの性根の曲がり具合が伝わってきそうな程に、揃いも揃って個性を出そうとして却って個性を失っているかのようなチャラい装いの輩達。

 

 だが、だからこそ、彼等の目には一切の怯えも恐怖もなく、眼下の怪物を歪んだ表情で嘲笑っていた。

 

「どうします?」

「コイツ、めっちゃレベル高いって噂だよぉ~」

 

 中でも、その他のモブキャラとは一線を画すように、集団から飛び出て先頭の男の横に立つ二人の男は――大きな体にガスマスクの男と、異様に軽装なロングヘアの男は、伺いを立てるように自らのリーダーに向かって語り掛ける。

 

「……ハッ。決まってんだろ」

 

 つい最近この世界でも見つけたヨーグルト風味ドリンクを飲み干し、その空容器を投げ捨てながら(そのままエフェクトとなって消えた)、男だらけの集団を率いる男は吐き捨て。

 

 フード付きの外套に色付きゴーグル、そして重課金(リアルマネー)で購入した大きなロケットランチャーを構えながら。

 

 キャラクター名――〈first〉は、その豪快な号砲を打ち放った。

 

「この神崎(はじめ)に! 倒せねぇ敵はねぇ! 行くぞテメぇらぁぁぁああああああ!」

 

 仮想世界(ネットゲーム)で元気よく現実世界の名前(リアルネーム)を叫びながら、神崎一と愉快な仲間たち(スコードロン名は【神崎一派】)は、雄叫びと共に怪物に向かって一斉に丘を駆け下りていく。

 

 ドゴーンッッ、というロケットランチャーの轟音と共に、タコの怪物の怒りの咆哮が響き渡る中、誰よりも早く飛び出していったガスマスクの男(キャラクター名は〈キャッスルマウンテン〉)と対照的に、集団でただ一人、一切微動だにすることなく丘の上で佇み続ける軽装の男は、真っ赤な空を見上げながら――笑う。

 

「……平和だねぇ」

 

 血と硝煙が支配する仮想世界で、男達の絶叫が響き渡る中、少年は呟いた。

 

 日時は――池袋大虐殺から一夜明けた、平日の午前中。

 

 爽やかな笑みと共にロングヘアを掻き上げる男――キャラクター名〈Natsu〉。

 現実世界の名前(リアルネーム)を夏目慎太郎というこの男は、仲間達が愉快に宙を舞いながら絶叫する姿を尻目に、一人さっさとログアウトするのであった。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 喧嘩最強――県下最凶。

 

 不良率――驚異の120%。偏差値――色んな意味で測定不能。

 

 今時珍しい、ヤンキー高校を絵に描いたように荒れ狂うこの学校は――県立石矢魔高校学校。

 

「ひゃっはー!」

「ヒャッハー!」

「アァン? コラ」

「やんのかコラゴラ」

 

 毎日気持ちいい程に窓ガラスが割れ、壁という壁にスプレーが吹きかけられ、朝礼よりも早く殴り合いにより一日が始まるという――天下の不良高校と呼ばれる、全国随一のクズの巣窟である。

 

 そんな石矢魔高校の、一・二年校舎の、とある一室。

 

 今日も愉快に不良達の気勢やら奇声やらが響き渡る校内において、不気味なまでに静けさに満ちたその部屋に――十人程の男子高校生達が横たわっていた。

 

 ただ一人、ロングヘアを掻き上げながら、窓ガラスを開けて爽やかな風を浴びる端正な顔立ちの少年が微笑む中で――もさり、と。

 

 まるで墓の中からゾンビが目覚めたかのように、その十人程の男達が、無言で、無表情で、上半身のみを起き上がらせ、全員が揃って身に着けていた円環状の機械――アミュスフィアを、静かに外して、静かに置いて、ゆっくりと立ち上がり、元気よく発狂した。

 

「「「「勝てるかぁぁああああ、あんな化物(もん)ッッッ!!!!!!」」」」

 

 バキッ、ドガッ、バリっ、へぶらぁっ――と、静寂に包まれていた教室が、一斉に馬鹿共の八つ当たりの被害やら悲鳴やらの効果音で溢れ返る。

 

 そんな中で、一人だけ黒板でも机でも窓ガラスでもなく、近くにいた自分の舎弟をむしゃくしゃしたからという理由だけで何の反省もなく殴り飛ばしたのは、くすんだ金色に染め上げた短髪に、左耳と左口端を繋ぐピアス、そして顔に大きく残った切り傷が特徴の男。

 

 今現在、この天下の不良高校において、二年生ながら最大勢力を率いる男――神崎一である。

 

 石矢魔高校統一に最も近いとされる男は今、ゲームのモンスターにボコボコに打ちのめされた鬱憤を、これ以上なく大人げない方法で晴らしていた。

 

「クソがッッ!! なんだよあのタコはよぉぉおおお!!! 男だったらいちいち隠れてねぇで真正面からぶつかってこいやぁぁあああ!! そんなに砂が好きかっ! 大好物かッ! タコだったらタコらしく墨の一つでも吐いたらどうなんだああん!!」

「いやでも神崎さん。アイツ墨の代わりに最後に破壊光線みたいの吐いてましたぜ。えらくカッコいいヤツ」

「なにそれ俺見てねぇんだどぉおおお!!?」

「ぐえええええええ!! いやだってそん時にはもう神崎さん既に死んでたから――」

「テメェェええええええええ!! なんで俺より長く生き残ってんだぁぁああああ!! 誰の金でその素敵王冠買ってやったと思ってんだぁあああああ!!!」

「ぎゃああああああああああああああ!!!」

 

 パリーン、と、何の罪もない、ただ神崎よりもゲームが上手かったという理由で窓を突き破ってスカイダイブする羽目になった名もなきモブキャラの悲鳴が(物理的距離によって)少しずつ儚く遠ざかっていく中で、そんな神崎の背中をドン引きしながら見つめていた神崎一派の舎弟達は「……おい」という神崎の低い呟きに肩を震わせ、ゆっくりと振り返ってきたその表情によって続いて膝を震わせた。

 

「……他に、この俺様よりも長生きした不届き者はいるか? 正直に手を挙げろ今なら怒らないから」

(絶対に嘘だッ! っていうかもう無茶苦茶キレてるしッ!)

 

 イベントモンスターの理不尽な強さに楽しくキレていたのは、舎弟達(かれら)にとっては既に過去のことだった。

 今はただ、この現実(リアル)の喧嘩は強いけど仮想世界では滅茶苦茶ザコだった自分達の大将の逆鱗にいかに触れないかという、楽しくないにも程がある、ある意味デスゲームな時間を如何にして乗り切るかが全てだった。

 

「誰も名乗り出なかった場合、とりあえず十秒に一人その窓から飛び降りてもらおっかな」

(理不尽ッ! 圧倒的理不尽ッ!)

 

 神崎一の自分暴君です発言に、舎弟達は全力のおべっかで応える。

 

「な、なに言ってんすか神崎さん。神崎さんよりも長生きした奴なんて、さっきのアイツだけに決まってんじゃないっすか。ははは」

「そ、そうっすよ。俺たちは神崎さんを守る為に全力で戦ったんすから。へへへ」

「実際に装備だって、俺たちは神崎さんの足元にも及ばねえっすよ。ひひひ」

 

 嘘だ。

 実を言うと、この中の実に半数が神崎よりも長く生き残っていた。

 

 まあ、さっきの窓ダイブ君が言っていたタコモンスターの切り札である破壊光線によって彼等は残らず全滅したし、その破壊光線が放たれたのは神崎――〈first〉が死亡した直後ではあったので、ほぼログアウト時間は変わらなかったのだが、それでも神崎がログアウトした時ここにいる半数以上のメンバーのHPは半分以上残っていたのは確かだった。

 

 ぶっちゃけ――〈first〉くんは弱かった。

 なんせ身動きが制限されるようなとにかく派手でデカい武器を携えて、真っ向から何の策もなく怪物に向かって走り出していくのだ。

 

 舎弟達は、神崎は自分があっさり負けると露骨に機嫌が悪くなる為、頑張って盾になろうとはするのだが、それにもやはり限界がある。

 それに今回のイベントモンスターは、とんでもなく強いという情報と共に、その分撃破報酬もとんでもねえという噂が聞こえていたので、こっそり〈first〉くんを囮に本気でクリアを狙った連中も、半分くらいはいた。

 

 その結果が、今の暴君タイムである。

 仮想世界ではっちゃけたツケが、こうして現実世界で回ってきたというわけだ。

 

「――いいか。俺が、(いえ)の金を使ってまで、てめーらに素敵王冠を与えてやった理由は、ただ一つ。テメェらを俺の盾に使う為だ」

(ナチュラルに酷ぇ……)

「その役目を果たせなかった報いは当然、現実世界のテメェらの命で支払ってもらう」

(けじめとかいうレベルじゃねぇ! 牛〇くんも真っ青の鬼取り立てなんですけど!)

 

 拳を鳴らしながら素敵な笑顔で近づいてくる神崎に、引き攣った笑みを浮かべながら一歩下がる舎弟達の中で――ザッ、と、前に出る巨漢が一人。

 

 体の大きさだけならば、神崎よりも夏目よりもデカい、身長206cmの大男。

 がっしりとした体躯、顔に走る二本傷――そして、頭に揺れる二房の三つ編み。

 

「城山さん!(今日も三つ編みだ……)」

「ダメっす、城山さん!(いかつい顔なのに今日もリボン付きの三つ編みだ……)」

 

 城山と呼ばれた男は、まっすぐに神崎の前に躍り出て――そして、勢いよく頭を下げる。

 

「自分はッ! 神崎さんを守る立場にありながら、不覚にも神崎さんを目の前で見殺しにしてしまいましたッ!」

(あー、そういえば〈キャッスルマウンテン〉さん、〈first〉くんが地面からの突き上げ攻撃で死んだとき絶叫してたな。っていうかダサいな〈キャッスルマウンテン〉)

(『神崎さぁぁぁあああん!!!』ってリアルネームを絶叫してたな。しかしダサいな〈キャッスルマウンテン〉)

 

 ただし〈キャッスルマウンテン〉の名誉の為に補足しておくと、彼は自分の手柄目当てではなく、全身全霊を懸けて〈first〉を守る為に戦った。ただ、件のタコモンスターが、そんな彼を避けるように、後ろの〈first〉を狙い討っただけである。その直後、〈first〉くんの後を追うように〈キャッスルマウンテン〉はタコモンスターに向かって涙と共に特攻した。そしてあっさりと死んだ。

 

「城山……よくぞ言った」

「神崎さん……」

「俺は……そんなお前を――」

 

 そんな、ただ一人、まっすぐ正直に名乗り出て、自らの責務を果たせなかったことを心の底から悔いる忠臣に、己の右腕に対し、神崎一は――ゆっくりと片足を振り上げた。

 

「――ヨーグルッチの刑に処すッッ!!」

「…………っ!?」

(ヨーグルッチの刑って何だぁぁぁぁああああ!!?)

 

 振り上げた片足を、いつの間にか放っていたヨーグルッチという謎飲料の紙パックを相手の額に叩きつけるように勢いよく振り下ろし、全身をヨーグルッチ塗れにするという恐怖の踵落としを叩き込まれた城山は、その2m越えの巨体を教室のど真ん中に倒れこませた。

 

 息を呑む他の舎弟達に、神崎は笑顔のまま「今なら正直に名乗った奴はヨーグルッチの刑(これ)で済ませてやる。黙って逃げようとする奴はスカイダイブだ」と言い、ドカッと当たり前のように教室に用意されている専用ソファーに座り込む。

 

「――好きな方を選びな」

(帰りてぇぇぇええええええええ!!!)

 

 登校直後に一狩りに失敗した男子高校生達は、早くも学校からのエスケープの方法を心の中で模索していた。

 

(神崎君も、普通のゲームは下手じゃないんだから、変に見栄を張んなきゃいいのになぁ)

 

 夏目はそんなことを思いながら、神崎一と愉快な仲間たちのいつも通りの騒々しい日常を眺める。

 

 そう――いつも通り。

 

 天下の不良高校――石矢魔高校は、まるで変わらない愉快な朝を迎えていた。

 

 夏目はスマホを取り出し、窓からの風を感じながら手慣れた手つきで操作する。

 ネットニュースアプリから呼び出したページは――『池袋大虐殺』の記事。

 

「……………………」

 

 表情から笑みを消した夏目は、再び教室の馬鹿騒ぎに目を向ける。

 

 日本が、いや世界が大きく揺れ動く最中で、この教室は何も変わらない。

 少なくとも、この石矢魔高校は、どの教室もこんな光景が繰り広げられているだろう。

 

(……馬鹿ってのも、案外、強い武器なのかもねぇ)

 

 スマホをスリープモードにし、夏目が再び表情に笑みを浮かべた――その時。

 

 窓の外――校門の方から、どよめきが届いた。

 

 釣られるように、夏目が眼下を見下ろすと。

 

 

「久しぶりの学校だぜ」

 

 

 そこに――“最強”が登校していた。

 

 




罅割れた世界でも揺るがないクズの巣窟に、今、最強が帰還する。

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