ボスが――立ち上がる。
振り向き、扉の高さより遥かに大きなその巨体を、まるで暖簾を
圧巻、だった。
その迫力、殺気、そしてこうして目の前に対峙した時の恐怖感。
全てが、他の田中星人とは一線を画していた。
別格だった。
…………怖い。
ボスは、他の田中星人とは違い、外装を纏っていない。
始めっから鳥人モードだった。
だが、他の鳥人とは違い、明らかに猛獣だった。
鷹のような鋭い目。常時にらみつける状態だ。どんどん防御力が削られている気がするぜ。
そして、その明らかに猛者なことが伝わる筋骨隆々の体躯。
鳥というのは翼で空を飛ぶために鳩胸といわれるような物凄い胸筋をしていると聞いたことがあるが、コイツは全身が凄い。足も丸太のように太いし、その両腕も羽があるから翼なんだろうが――そういえば、今までの通常体は鳥人の癖に羽がなかったな――本当に飛べるんじゃねぇかって思えるほど逞しい。
そんな見るからにボスな個体が、ゆっくりと、こっちに近づいてくる。
周りを囲む田中星人たちも裕三くんコールを止め、この状況を静観しているかのように黙っている。
「――――っ!!!」
ボスが、俺の目の前に顔を近づけてきた。あとほんの少しで、その嘴とキスしちまうくらいの距離に。
相手が美少女だったら顔を真っ赤にさせて童貞丸出しなリアクションで失笑の一つでも掻っ攫うところだが、コイツ相手だと恐怖しか湧かない。
「グルルルル……」
まるでライオンか虎のように、喉を鳴らすボス。
その態度で、悠然と語っているようだった。
俺は、狩る側だと。散々好き勝手に同胞を殺しまっくった俺達に。思い知らせるように。
勘違いするな。思い上がるな。
お前達は、狩られる側の、弱者だ――と。
有無を言わさず、その威圧感だけで。
これが、ボスか。
……くそっ。ダメだ。限界だ。
膝が、全身が、ガタガタと無様に震え出す。
「はぁ……はぁ……」
息が荒れる。冷や汗が止まらない。
今まで必死に抑えていたが、もうダメだ。
明確に頭を過ぎってしまった。さっきから何度も脳裏に現れるその言葉を認識してしまった。
(死ぬ……殺される……っ!!)
まずい。まずい。まずい。
呑み込まれるな。恐怖に持っていかれるな!
この状況で動けなくなったら、それこそ終わりだ!
まだだっ……。
まだだ! まだだ! まだだ!!
膝よ、動け!
腕よ、銃を構えろ!
戦え! 比企谷八幡!!
「――――ッ!」
俺は、ボスを睨み返す。目つきの悪さには定評がある俺だ。にらみつけるならこっちだって得意技だ。
ボスにも、俺の敵意は伝わったのか。大きく口を開け、威嚇してきた。
「アアアアアァァァぁぁぁ!!!」
……呑まれるなっ!!!
俺は必死で恐怖心を抑え込み、闘争心を保つ。
……だが、それ止まり。
脳の機能の全てが、そのメンタル整理作業で手一杯で、作戦を練ることまで手が回らない。頭が回らない。
コイツ相手に無策で突っ込んでも勝ち目はない。
ましてや、残る三方全てを田中星人六体に囲まれているのだ。
……くそっ。何かないのか!
閃けよ! 起死回生の一手!!
いつも最低な
つくづく
こんな所で……死ぬわけにはいかねぇのに……。
「………………それしかない、か」
……ん? 今、中坊が何か言ったのか?
ぼそっと聞こえたそれを問い返そうと中坊の方を向こうとする前に、中坊が小声で話しかけてきた。
「とりあえず、そこの部屋に逃げ込もう。そうすれば出入口は一つだ。全部は無理でも、一、二体なら倒せるかも。……その後は、とりあえず窓から脱出しよう。今はそれしかない」
……確かに。そうすれば瞬間的にだが、一対一の状況を作れる。
すぐに雪崩れ込んでくるだろうが、そしたら窓から飛び降りて逃げればいい。
俺のスーツはまだ健在だ。二階から飛び降りるなんて中坊を抱えても楽勝だろう。
問題の解決にはならないが、先延しにはなる。
ゲームオーバーになるよりは遥かにマシな良案だ。
この状況でパニックにならず、ここまで思考できる中坊に感心する。
やはり越えてきた修羅場の差か。頼りになる。
「それで行こう」
俺は中坊の方を見ずに、ハンドサインで右側の部屋に突っ込むこととカウントダウンを告げた。
――3。
っ!
ボスが、俺に噛みつこうとしてきた。
俺は反射的に――ハンドサインを出す為に左手に持ち換えていた――Xガンでブロックする。
「2!!」
もうハンドサインなんて言ってる場合じゃない。
周りの田中星人も親玉に手を出されたことで次々に怒りモードに変身している。何体かはビーム弾のチャージも始めている。
「1!!!」
俺は中坊の手を取り、向かって右の部屋に飛び込んだ。
その刹那、ビーム弾による爆発の衝撃波が追い風となり、強烈な勢いで空き部屋に突っ込む。その際に中坊の手を離してしまったが、手応え的にこの部屋の中にはなんとか入れたようだ。
だが、あれくらいではアイツらの一体たりとも死んでないだろう。
同士討ちを狙えるほど、奴らの外装の防御力は低くない。少なくないダメージはあると思うが。
タイマンのチャンスは一瞬。奴らがこの部屋を覗き込んだとき、射撃する。
逃すわけにはいかない。
俺は扉が吹き飛んで剥き出しになっている、この部屋唯一の出入り口にXガンを向ける。
中坊が、俺に向かって銃を向けていた。
「……な――」
「ゴメンね」
中坊は笑っていた。
泣きそうな顔で。
「アンタなら辿り着けるよ。カタストロフィまで」
バシュッ! ――という射撃音。
硬直した俺の体は、中坊が発射した
パリィン! と、そのまま窓を突き破る。
俺は、空中でグルグル巻きにされながら――あのアパートから
「―――――っ!!!」
俺は、そこまで思考して気付いた。
中坊の真意に。
アイツ、まさか――
「中ぅぅぅぅ坊ぉぉぉ!!!!」
俺は、ただがむしゃらに吠えながら、受け身も取らずに、落下した。
+++
『中ぅぅぅぅ坊ぉぉぉぉぉぉぉ!!!!』
その少年は、一人ぼっちになった空き部屋で、背後から聞こえてくるその叫び声に苦笑した。
最期の最後まで中坊とは。
……いや、待て。そういえば、彼に自分の名前を教えたか?
……教えてなかった気がする。よく考えれば自分も彼の名前を一度も呼んだことがない。名前も周りが呼んでいる「比企谷」という苗字しか知らない。(それにしても、呼ぶ人によって「ひきがや」だったり「ひきたに」だったりするから正しくは知らない)
「……ぷ。はっはっはっは。はははははははははは」
少年はお腹を抱えて笑う。
人生で一番シンパシーを感じ、強い“なにか”を結べたと感じた人物の正しい名前も知らないとは、つくづく“らしい”。
少年は、自分の人生の特異さに、笑いが止まらない。
少年は――異質だった。
性格も、能力も、考え方も、在り方も。
異質だった。
だが、それも始めは“個性”の範疇だった。
あの子変わってるわねぇ~で、済まされていた。
誰しも、始めはそうだ。
だがその内、幼稚園や保育園、小学校などのコミュニティに無理矢理に放り込まれて。
自分を殺し、個性を潰して、周りと合わせる術を身に付けることを強要される。
目立てば排除されるからだ。
出る杭は打たれる。そういう風に、コミュニティというものは出来ている。
少年も例外ではなかった。
だが、少年はそこでも異質だった。
少年は、沈まなかった。
何度打たれても、幾度となく弾かれても、変わらず異質であり続けた。
あの、見る者を不快にする笑みを、周囲に向け続けた。
それは別に、少年が意地になっていたとか、自身の正義を貫いたとか、そんないい話ではない。
ただ、少年が異質だった。それだけの話。
現にこの少年には、周りから晒される敵意も、浴びせられる暴言も、受け続けた暴力も。
何一つ、心に響いていなかったのだから。
全て、“そういうもの”だと、受け流していた。
別に恨みに思うことも、理不尽だと感じることも、トラウマとして抱え込むこともなく。
受け入れ、受け流した。単なる日常の1ページとして。
そんなある日、少年は気まぐれに反撃した。
別にキレたわけじゃない。溜りに溜まった鬱憤をぶつけたとか、そんな平和な話じゃない。
変わらない日常に飽きを覚え、試しに反撃したらどうなるか、思いつくままに試しただけだ。
漫画で、攻撃力が高いと知ったので、折角なのでバットを使ってみた。
少年への攻撃が、ピタリと止んだ。
彼をいじめていた(と、本人達は思っていた)グループは、全員別の学校に転校した。
残されたクラスメイトで、少年と関わろうとするものはいなかった。
それから、少年も、学校に行かなくなった。
これもまた、別に仲間外れが辛かったとか、居心地が悪い空間から逃げ出したかったからというわけじゃ、残念ながらない。
何の刺激もなかったので、飽きた。それだけの話だ。
その頃から、だろうか。
少年が、とにかく刺激を求めるようになったのは。
日がな一日中、色んな所に出歩いた。
面白いものを求めて。退屈を忘れさせてくれる刺激を欲して。
だが、大抵のものは、少年の人並外れた才覚で極めてしまう。
そして大抵の人は、少年のスペックの高さに惹かれて一度は集まってくるが、直ぐに少年の異質な人間性に恐れを為して逃げ出してしまう。
少年は、人にも、ものにも、弾かれた。恐れられ、嫌われた。
常に、ひとりぼっち。
異質な少年は、そんな環境にも、何も感じない。
筈――だった。
死んだ理由は覚えていない。
気が付けば、あの部屋にいた。あの黒い球体の部屋に。
訳も分からず、ただ状況に流された。
だが、すぐに“それ”を受け入れた。そういうのは得意だった。
そして、みるみる内にその部屋に適応し、極めた。一回目の100点を取ったのは、確か五度目のミッションだったか。
その時には、既に少年は一人だった。五回のミッションの間に皆、死ぬか、解放された。
あれだけこの部屋の魔力に囚われた戦士達も、最後は逃げるように現実世界への帰還を選んだ。
星人ではなく、少年に恐れを抱いて。
少年は、迷わず二番を選び続けた。
それでも、退屈な“あっち”より、“こっち”の方が少しは面白かったから。
ある日、知る。
カタストロフィ。
詳細は不明だが、この言葉に対する見解は一致している。
その日、人類は滅亡する。
だが、中坊は受け流した。
その情報を、只の情報として処理して、受け入れて、受け流した。
だから、どうした?
きっと自分は、その日が来ても、そんな終焉が来ようとも何も変わらない。
受け入れて、受け止めて、受け流す。
生きれたら生き残るし、死ぬときは死ぬんだろう。
自分の感情は、“楽”しかない。
喜も怒も哀も存在しない。
楽しいか、つまらないかの二択だ。
今は、このガンツゲームがそれなりに楽しいから、とりあえずやってる。
飽きたら解放を選んで、また新しいゲームを探す。
ただ、その、繰り返し。
それが、僕、―――――の人生だ。
……あれ? 僕の名前、何だっけ?
最後に名前呼ばれたの、いつだっけ?
僕って。
いつから――独りなんだっけ?
そいつは、名もなき少年の人生において、異質だった。
誰よりも異質な少年が、初めて感じたシンパシー。
コイツは――同種かもしれない。
初対面で、そう感じた。
結果的に言えば、彼は少年と同種ではなかった。
仲間を助けて、命を奪うことに躊躇するくらいには、少年とは違い普通だった。
だが、同類と言っていいほどには、少年に近い人間性を持っていた。
彼は、少年が知る限り誰よりもスマートに1stミッションを生き残る。
それよりも、何よりも驚きだったのは。
彼は、少年を弾かなかった。
人一倍に少年の異質さを見抜き、それに恐怖しながらも、彼はそれを受け入れていた。
少年と会話し、少年に食って掛かり、少年から目を逸らさなかった。
名も無き少年は――歓喜した。
―――――――――面白い!!!
少年は、記憶にある限り生まれて初めて心を震わせた。
今までに会った覚えのない人種だった。
あんなに一人と会話をしたのも、きっと生まれて初めてだった。
腐ったあの目。あの目は孤独を知っている目だ。そして、それを受け入れている目。
弾かれた経緯は違うだろうし、その乗り越え方も、得た教訓も、最終的に出した結論も、やはり違うのだろう。
決して、同種ではない。
だが、紛れもない同類だ。
彼は、今まで出会った人とは、違うのかもしれない。
少年は、久方ぶりに、次のミッションを心待ちにした。
結果的に、少年はそのミッションで、ガンツゲームで初めて死に掛ける。
確かに田中星人はそれなりに強いが、今までにもっと強い敵と何度も戦ってきた。それと比べれば雑魚といって差し支えない程度の強敵だ。
ミッション前に受けたXガンの攻撃。
相手がステルス看破能力を持っていたこと。
ツイてない。
だが、それも少年らしかった。別に未曾有のピンチでもなんでもないところで躓く所などが特に。
死にたいという願望はなかった。
だが、生きたいと思えるほど、“希望”もなかった。
だから、少年は死を受け入れてた。
『こんなとこで、つまんなく死ぬな』
今まで、散々弾かれた。逃げ出された。切り離された。迫害された。線引きをされた。
きっと――初めてだった。
死ぬな、と言われたのは。
存在を受け入れられたのは。
彼は、少年を守るべく、たった一人で星人に立ち向かい、勝利した。
そして、座り込んだ少年に手を差し伸ばす。
少年にとって、記憶にある限り、初めて感じた人の温かみ。
他者との繋がりを、恐らく初めて感じた瞬間だった。
生きたい。
そう、思った。
ないと思っていた。少なくとも、自分には一生
自分の前に現れるものではないと、諦めていた。
希望は、あった。遂に見つけたんだ。
生まれてから十五年間で、きっと初めて感じる感情。
同時に、ずっと、気づかないふりをしていたものが溢れ出してくる。
ああ、そっか、僕は、ずっと――
(寂しかったんだ……)
独りぼっちが、すっと――
(嫌だったんだ……)
ずっと――ずっと――
(友達が……欲しかったんだ……)
彼なら、もしかしたら、僕の友達になってくれるかもしれない。
こんな僕を。異質で、鬼な、人でなしのこの僕を。
そう考えたら、生きたくなった。
希望が溢れてきた。
アイツとなら、カタストロフィを乗り越えられるかも。
ああ。
「死にたくないなぁ……」
中坊は、笑う。
力の無い、苦笑を浮かべる。
彼は、田中星人の集団に生身で単身突っ込みながら、自身の人生を振り返って、思った。
人生、何があるか分からない。
まさか、この僕が、誰かを守って死ぬなんて。
自分が一番信じられない。
荒れ狂う田中星人。
飛び交うビーム弾。
轟くボスの咆哮。
それらを、中坊は積み重ねた経験と生まれ持った異質な
Xガンを連射する。
計算し、想定した現象を引き起こすポイントに、確実にヒットさせていく。
効果が出るまで――およそ一秒。
中坊は、力無く、苦笑する。
生きる希望が芽生えて、一時間も経たない内に死ぬなんて、あまりにも“らしい”。
誰かを守って死ぬなんて、とんでもなく“らしくない”。
だけど、中坊の顔は、どことなく晴れやかだった。
「バイバイ。ヒーロー」
中坊は、呟くように自分の唯一の“
別れの言葉を託したい人に、死ぬ前に巡り合えたことに、らしくもなく――感謝しながら。
(ありがとう……ガンツ。そして、さようなら……僕のともだ――
アパートが崩れ落ちた。
+++
「くそっ! ……クソッ、ちくしょう!!」
俺は巻きついた捕獲網を引きちぎろうと、スーツの力を最大限に引き出して力を込める。
流石に星人用。並大抵の固さじゃない。スーツの力をマックスにしても、少しずつしかダメージを与えられない。
だが、そんなペースじゃダメだ。
こうしている今も、中坊は一人でアイツらと戦っている。
スーツも無しで、一人で、全部を背負って。
「ふざけるな……ふざけんなよっ!」
アイツは強い。
だがあの数を相手に、しかもボスまでいるんだ。
それに、俺を外に出したってことは、俺が居たら止められると思ったからだ。
つまりは、それだけ危険な策だということ。
もしくは俺を巻き込まない為に……? いや、アイツに限って……だが……。
くそっ! 今はそれより、この拘束だ!
さっきから、ヤバい戦闘の音が響いてる、このままじゃ――
俺が拘束を引き千切った――その時。
何か、聞こえた気がした。
「―――――中坊?」
次の瞬間、アパートが一気に崩れ落ちた。
ぺしゃんこになった。二階建ての木造アパートが、ただの木材の集落になった。
いくら戦闘が激しくても、建物がボロくても、こんな一気には崩れない。
だと、したら―――。
「中坊ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおお!!!」
何も、聞こえない。何の、応答もない。
何も、誰も――
「!!」
空高く、一匹の巨鳥が飛び出してきた。
ボスだ。
……中坊が、あれだけやったのに、まだ死ななかったのか――
「化物がっ…………!」
俺は空高く飛ぶボスを睨むが、そんなもの何のダメージにもならない。
コントローラーに表示される時間を見る。
……残り二分を切っている。
中坊を救出して、ボスを倒す――不可能だ。
「……………くそっ!」
……いや、待てよ。中坊はこう言っていた。
ミッション中、どんな大怪我をしても、
そうだ! まだ、中坊を助けられる可能性は残っているッ!
ボスは良く見れば、決して猛スピードで飛翔しているわけじゃない。
なにやら息苦しそうに、フラフラと旋回している。
田中星人の通常個体は、あのロボットのような外装の外に出ると、まるで窒息したかのように息絶えていた。
……もしかしたら、ボスが咥えていたあのチューブ――あれは俺達でいう所の酸素ボンベのようなもので、それが壊れて呼吸出来ないのか?
目立った外傷はないが、中坊の捨身の攻撃は、ボスをも瀕死に追いやったんだ。
……あれなら、放っておいても直ぐに死ぬのかもしれない。
だが、時間はもう一分ちょっとしかない。
今すぐ――息の根を止める。
そして、あの状態のボスなら、俺でも十分殺せる!
俺は、ガンツソードを取り出す。
そして、それを槍投げの要領で、空中のボスに向かって――
「いけぇ!!」
――投擲した。
その投剣は、一直線にボスに向かって飛翔し――
「ギェェェェエエエエエエエエ!!!!!!!」
――胴体を、深々と貫いた。
ボスは落下する。
その巨体故の重力加速度をふんだんに乗せて、コンクリートの地面に激突した。
俺は、ボスの死体が落ちた方向へ、呟く。
「……どうだ。中坊の勝ちだ」
転送が始まる。
俺は、瓦礫の山となった、アパートに目を向ける。
その下にいる、今回のミッションの一番の立役者に向かって、呟く。
「…………帰ってこいよ。中坊っ!」
こんなとこで、……カッコよく死ぬな。
+++
……また、帰ってきた。帰ってこられた。この部屋に。
「お前……」
「比企谷!」
達海と、折本。
「ヒキタニ……」
「…………」
相模と……葉山。
葉山は、両手をついて項垂れている。死んでるかのように、顔に表情がない。
相模はそんな葉山に寄り添っている。
「……あの子供と、おばあさんは?」
俺は、この中では一番気丈そうな達海に問いかける。
しかし、俺の言葉に葉山がピクリと肩を震わし――
「……っ……うぅ……ぁぁ……」
嗚咽を、洩らし始めた。
……それで、全て伝わった。
相模が俺を、今はそっとしてあげて、と言いたげな目でこちらを見る。
言われなくても、今の葉山を責めたてるようなことはしない。出来ない。
達海も、折本も、葉山を何とも言えない表情で見ている。
俺も、葉山に視線を移す。
……これが、葉山か? あの、葉山隼人なのか。
……俺は、思い違いをしていたのかもしれない。
俺は、こんな状況だからこそ、リーダーが必要だと判断した。
みんなが信頼し、命を預けるに値するリーダーが。
そして、葉山ならそれになれると思った。
葉山のカリスマと能力なら、可能だろうと。
だが、逆だったのかもしれない。
葉山のような男にとっては、この場所は地獄だ。
責任感が強く、無駄に潔癖症で、優しい葉山には。
葉山も、まだ高校生のガキなんだ。俺と同じ。
……荷が、重かったか。
「ねぇ。あの中学生は?」
折本が俺に尋ねる。
その言葉に、達海と相模も俺に目を向ける。
俺は、その言葉には答えず、ガンツの前に――黒い球体の前に立つ。
そこ表示されているのは、制限時間のカウントダウン。あと10秒。
……来い。来てくれ、頼む。
生きて……生きていてくれ。
――あと、5秒。
……まだ俺には、俺達には、お前が必要なんだ。
――あと、3秒。
…………お前が居なければ、これからどうすればいい?
誰を……頼りにすればいい。
――あと、2秒。
誰に……背中を預ければいいんだよ。……頼む。
――あと、1秒。
中……坊……。
チーン
【それぢは ちいてんを はじぬる】
「…………」
俺は、膝をつき、俯く。
中坊は、帰って、こなかった。
+++
「採点……?」
「え、何? どういうこと?」
達海と折本が困惑の声を上げる。
……まぁ、いいか。すぐに分かる。
『うちぃ~』5点
Total 5点
あと95点でおわり
「…………」
「5点?」
「あと95点で終わりって、何?」
……相模も、倒したのか。
だが、相模の表情は晴れない。
葉山の傍から、離れようとしない。
『びっちw』0点
うるちい
もぉ~ちょっと静かにしてもらえませんかねぇ~
「……え? 何これ? 私?」
「他にいねぇだろ。ピッタリじゃねぇか」
「はぁ!? だ、誰がビッチ!? 私はまだ処――って何言わせんの!!?」
「聞いてねぇし。誰も信じないから、つまんないアピールするな。すげぇあざといんだよ」
「ちょ、ちょっと待って! 私は本当に――」
達海と折本が何かうるさい。
ってか折本。そのくだり色んな人が既にやってるからな。由比ヶ浜とか相模とか。
『タッツミー』5点
Total 5点
あと95点でおわり
「……5点か」
「……え、何? もしかして、0点って私だけ?」
達海は5点……。初めてのミッションで星人を倒したのか。
『イケメン☆』5点
Total 5点
あと95点でおわり
葉山も5点。
おそらく田中星人は1体5点なんだろう。前回のねぎ星人父が3点だったから、やはり前回は相当レベルが低かったんだな。
葉山は一向に顔を上げようとしない。
ひたすら、フローリングに両手両膝をつき、項垂れている。……一体、コイツに何があったんだ。
そんな葉山を余所に、黒い球体は再び別の文字列を浮かび上がらせる。
『ぼっち(笑)』23点
Total 23点
あと77点でおわり
「23点っ……!」
「え? 何コレ……比企谷……どんだけ……」
達海と、折本。相模が呆気に取られた表情で見る。
……別に俺が凄かったわけじゃない。この点数は、全部アイツと共同で獲得したものだ。
アイツと二人で、稼いだ点数だ。
……だが、アイツは、もう。
「え、あ?」
相模が送られる。
これで、今日のミッションは終了か。
「え!? 何、どうなってんの!?」
「まだ、なんかあんのか!?」
二人がパニックになっている。
そっか。コイツらは知らないんだったな。
「大丈夫だ。たぶん、自宅に転送される。少なくとも前回、俺はそうだった」
「ホント!? 家に帰れるの!?」
俺は、喜色を表情に滲ませた二人に対し――上げて落とすように言う。
「……ああ。だが、また近いうちに、ココに強制的に連れて来られる。100点を集めない限り、今日みたいなことの繰り返しだ」
その言葉に、二人は露骨に表情を固まらせた。
「……え?」
「……近い内っていつだ?」
「分からない。俺達は前回は3日前だった。毎回ランダムらしい」
「……な、何それ!? またこんなことやらなきゃいけないの!?」
「やらなきゃいけない。ガンツからは逃げられない。何処にいようが転送されて嫌でも連れてこられる。――解放される方法は1つ。100点を取ること。それだけだ」
折本は泣きそうな顔になった。
達海は折本ほどショックを受けていない……ように見える。実際はどうかは分からないが。
「あと、これだけは守ってくれ。現実に帰っても、今日のことは誰にも話すな。頭が爆発するぞ」
達海と折本は分かりやすく二人とも顔を青褪めさせた。
その後一言も話すことなく、静かに転送されていった。
そして、部屋に残ったのは、俺と葉山。
「葉山……」
返事は、ない。
一言も言葉を交わすことなく、葉山は転送された。
そして、部屋にはただ一人、俺だけが残される。もはや定番だ。
俺は、スーツを脱いで、制服に着替える。
最悪着替えの途中で転送されても自室だからいいや、という感じだ。
幸いスーツが着替え終わる前に転送、とはならなかった。……気を遣ってくれたのか? まさかな。
俺は、ガンツの前に立つ。
「ガンツ。メモリーを見せてくれ」
黒い球体の表面に無数の写真が表示される。
ガンツの苛酷なミッションに勇敢に挑みつつも、命を落とした戦士達が羅列される。
その右下に、中坊の顔写真があった。
中坊が死んだ。
俺を助ける為に。俺のせいで。
……ちくしょう。ちくしょう! ちくしょう!!
俺は、また守れなかった。救えなかった。
どれだけ繰り返せば気が済むんだ、俺は。
中坊という、最強の味方を失って、俺達はこれからどうなるんだ。
葉山も、まるで魂が抜け落ちたかのようだった。あれじゃあ、次回の戦いにまともに参加できるかも怪しい。
……こんな調子で、俺達は、次のミッションを勝ち抜けるのか?
結果的には、今回も生き残った。
だが、その代わりに、失ったものも、大きい。
数々の問題を抱え、様々な傷跡を残し、俺達は、再び日常へと帰還する。
その日は朝まで眠れず、そのまま不眠不休で登校する羽目になった。
少年は、ようやく手に入れたそれを守る為、自らの命を手放した。
次章予告
中坊という最強の戦士を失い、勝利の歓喜を感じる間もなく、不安と喪失感の中で日常へと帰還する比企谷八幡。
彼を待っていたのは――更なる、喪失。
守りたかった場所、取り戻したかったもの、今までやってきたこと――その全てを、失って。
失意の中、再び送られた『黒い球体の部屋』。
そこで比企谷八幡を待っていたのは、新たな出会い、そして最強の敵だった。
「もう、無理して来なくていいわ……」
「……俺は君が思っているほど、いい奴じゃない」
「……やめろよ。……もう……やめて、くれよぉ……」
「僕らは、少なくともあなたよりも、地獄というものを知っています」
「惑わされるな! 愚か者共がぁ!!」
「言ったでしょ。傍にいて支えるって。独りになんかしないよ」
「コイツは、俺の獲物だっ……!」
「いいよ。君がどうしようもない子って言うのは、もう分かってるからね」
「だからアンタは、今も昔も、何も救えないのよ」
「――わたしたちは、逃げちゃダメなのよ」
「……馬鹿野郎。逃げろって言っただろ」
「どいつもこいつも比企谷比企谷うっせぇんだよ!!!」
「俺は、もうダメなんだよ。自分でも分かるくらい壊れてる。――もう、取り返しがつかないくらいに」
「――好きなんだから。気づいてたでしょ?」
「……チート過ぎんだろ」
「――わたしを死なせたくないなら、ここでじっとしてて」
「アイツを倒して、全部終わらせて――――そしたら」
「わたしに告白して」
「……救えないなぁ」
「――例え、あなたがあなたを救わなくても、俺が勝手に救いますよ」
「何をしてるんだ、比企谷」
「君にはやるべきことがあるだろう」
「僕は人間だ。それでも殺すのかい?」
「やっぱり君は面白い」
「この偽善者が」
「どうでもいいやつを殺すことで大切な人を救えるなら、俺は躊躇いなく――――そいつを殺す」
「さぁ。最後の一人だ。やはり、君が残ったね」
「大丈夫だ。お前は一人じゃない」
「殺してやる!!」
「やってみろよ」
「分かっているんだろう。君は僕に勝てない」
「…………はち、まん」
「………………かって」
俺は、もう一度――――今度こそ手に入れてみせる。
×××××と、『本物』を。
「……俺を――」
「一人ぼっちに、しないでくれ」
【比企谷八幡と黒い球体の部屋】――あばれんぼう星人・おこりんぼう星人編――
――to be continued