比企谷八幡と黒い球体の部屋   作:副会長

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化物の、化物による、化物に相応しい物語ですから。


Side八幡――③

 

――私は、娘を殺したのです。

 

 

 

 美しき寄生獣は、背筋を伸ばして、凛とした声色で、そう胸を張って自供した。

 

 脳内では既に辿り着いていた真実だが、改めて犯人の口から聞かされると、冷たい憤怒と、強烈な嫌悪感が湧き起こってくる。

 

 妹殺しが、己が大罪を棚に上げて、娘殺しに怒りを覚えるというのも虫が良すぎる話だが――だからこそ。

 

 鏡を見ているかのような目の前の化物を、俺は絶対に許すことが出来ないだろう。

 

 化物は――雪ノ下陽光は。

 

 自分の胸に手を当て、大切な宝物を取り出すような、そんな人間のような表情で語る。

 

 己が殺した娘の物語を、我が事のように語る。

 

 母の顔で――語る。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「言い訳がましく、時系列に沿って、私が娘を殺すまでに至ったあらすじを語らせていただいきたいと思います。

 

「私が産んだ子供――厳冬様と奥様が産んだことになった、雪ノ下家の待望の第一子であるあの子は、雪ノ下陽光(ひかり)と名付けられました。

 

「彼女は文字通り、太陽のような女の子でした。

 

「お日様のように笑い、雪が吹き荒れる真冬のように殺伐としていた当時の雪ノ下家を、彼女は明るく照らしてくれました。

 

「愛される子供でした。愛さずにはいられない娘でした。

 

「お世辞にも味方が多いとは言えない、言葉を選ばずに言えば周りが敵だらけだった厳冬様と奥様。あの方らを快く思わない者達も、陽光の笑顔を見れば、思わず頬を綻ばせてしまう程に。

 

「化物から産まれたとは思えない――天に愛された子供でした。

 

「しかし――それでも、厳冬様達の敵が無くなったわけではありませんでした。

 

「その者達は、次にこう言ってきました――跡継ぎはどうするのかと。

 

「娘が生まれたばかりで気が早いとお思いかもしれませんが、ある程度の力を持った大きな家など、こんなものです。それに、厳冬様の御年も問題でした。

 

「雪ノ下家は、厳冬様が一代で、千葉県でも有数の名家へと伸し上げたのです。言うならば厳冬様は創始者で、創立者で、初代です。けれど、若い内から仕事一筋だった厳冬様は、陽光様を生んだこの時、既にかなりのご高齢でした。

 

「そんな状況で生まれた子は、天に愛された子とはいえ――女の子です。跡継ぎとして男の子が欲しかった重鎮達は、こぞってそのことを追求しました。まぁ、もし男の子が生まれていたのならば、我先にと教育係へと志願し、傀儡にするという目論見があったのでしょうが。

 

「ちなみに、陽光の教育係は私が――【私】の前代で初代の宿主の〔彼女〕が任命されることになりました。厳冬様と奥様が揃って推薦してくれました。

 

「母親と名乗ることを許してあげることは出来ない。ならば、せめて触れ合う機会を多く、少しでも母親らしいことする機会を、と。乳母も務めさせていただきました。

 

「このことも、厳冬様が第二子をお作りになろうとしなかった要因の一つだと思います。私から子供を取り上げてしまったということを負い目には思ってくれていたようですから。かといって奥様は旦那様に抱かれるつもりなどないし、表だって愛人を作れと言えるような世情では、その時は既になくなっていました。雪ノ下建設もこの時には、かなり知名度のある会社になっていましたから。下手にスキャンダルになって困るのは重鎮達も同じです。

 

「けれど、実際問題として、跡継ぎは用意しなくてはなりません。厳冬様も奥様も傑物では在らせられましたが、その分やり方は強引なことが多く、信頼し、信頼される部下には残念ながら恵まれてはいませんでした。一族経営に拘るつもりはなかったようですが、厳冬様の人生の結晶ともいえる雪ノ下建設を、安心して任せられるような人材がいなかったのも確かなのです。

 

「そんな中、厳冬様は明言しました。陽光の夫――その方に、この雪ノ下建設を譲り渡すと。万が一、陽光が結婚するよりも先に厳冬(じぶん)が倒れたら、陽光と奥様の二人をその間、会社のトップに据えると。

 

「その宣言は轟々に幹部達の批判を浴びました。当時は今よりも遥かに女性の立場が低かったですから。女の下になどつけるかと、その場で堂々と罵声を放った者もいました。

 

「当然、奥様に処分されましたが。奥様の敵が多かった理由にはこの気性もあったのです。あの方は男顔負けの能力を持ちながら、男のプライドなどというものにまるで関与しないお人でした。その分、女性からの信頼は篤かったのですが。

 

「しかし、いくら声高に批判しようとも、当時の雪ノ下家のトップはあくまで厳冬様。全ての決定権をあの方が握っていた、いわゆるワンマン経営でした。重鎮達は、大きくなった会社のそれぞれの部門の長に過ぎません。なので、王が白といったら、それは白になるのです。

 

「それでも、彼等は諦めません。既に高齢の王――そして、その王に明確な跡継ぎがいない、次代の王の座が空白なこの状況を、指を咥えて見ているような者達なら、その会議の椅子に座ることなど出来なかったことでしょう。

 

「彼等が次に行ったのは、まだ保育園にも上がっていない陽光に、許嫁を贈ることでした。

 

「自分の息子を差し出すのは勿論、中にはまだ妻は妊娠していないが男子を身籠った際にはぜひという者や、果ては自分そのものをプレゼンする男までいました。中々のカオスでしたよ。

 

「激昂しましたが。ええ、厳冬様が。あの時程、厳冬様がお怒りになった時はありませんでしたね。流石は一代で雪ノ下建設を築き上げた一国一城の主です。まさしく戦国大名が如き覇気でした。

 

「何を隠そう、陽光の一番の心酔者は厳冬様でした。そりゃあもう猫可愛がりでしたね。初孫を愛でるお爺ちゃんのように。事実、歳だけを見ればその方が自然ではありましたから。

 

「結果、許嫁の話は保留になり、文句があるならば陽光自身に気に入られろ! 儂からはその手の事に関して一切の強要はせん! というか陽光は嫁には出さん! 一生儂が面倒を――とまで言って、奥様のエルボーが厳冬様の腹に打ち込まれました。要はそれほどに厳冬様は拗らせていたのです。いつの時代も雪ノ下家の男というのはどうしようもないですね。

 

「何はともあれ、そこからは幼女の陽光におべっかを使いまくる醜いおっさん達の戦いが始まるのですが、幸か不幸か、陽光はそんなものには一切興味を示さない、打算の笑顔を的確に見抜く、優れた感覚を持っていました。これも天に授かった才能なのかもしれませんね。

 

「そして、そんな騒動から間もなくして、雪ノ下陽光への英才教育が始まりました。

 

「あんなことを言っていたものの、厳冬様はご自分のことをよくお分かりになっていました。

 

「自分は、そう長くはないだろうと。

 

「かなりの確率で、雪ノ下建設の跡継ぎが確定する前に——つまりは、陽光が結婚するよりも前に、自分は天に召されると。そして、そうなった際の青写真を、厳冬様は実行する気満々でした。

 

「奥様と――そして陽光の二人で、会社を支えてもらうという未来図を。

 

「厳冬様は、己の妻の――奥様の能力を誰よりもご存知でした。良き夫婦にはなれなかったお二人ですが、仕事の面では、誰よりもお互いのことを理解し、信頼し合っているパートナーでしたから。

 

「そして、自分の娘の――陽光の才能も、あの方は誰よりも理解しておいででした。あの子は、いずれは儂など遥かに及ばぬ傑物になる。まさしく天に愛された子だと。よく楽しそうに笑っていました。まぁ、親馬鹿も多分に入っていたとは思いますが――それでも、それは事実でした。

 

「事実とする為に、陽光は幼き頃から徹底的な英才教育を施されました――私が施しました。

 

「当時は、学もない身請け同然でやってきた[彼女(わたし)]などに教育係が務まる筈がないと文句を言ってきた者もいましたが、先程も言った通り、幼い陽光にあることないことを吹き込んで傀儡にしたいという意図が透けて見えるようだったので、完膚なきまでに叩きのめしました。

 

「仮にも私は星人です。化物です。人間に擬態する為に、ありとあらゆる知識は身に着けていました――厳冬様や奥様もこれには不思議がっていましたが、それでもあのお二人は学歴や身分よりも能力を重視する方達であり、普段の仕事ぶりから私の能力の高さは見抜いておいででしたので、深くは追及されませんでした。

 

「こうして、陽光は両親よりも――厳冬様や奥様よりも、教育係の私と接する時間が最も長くなりました。私は、誰よりも、陽光の傍にいました。

 

「まるで、母親のように。いつも傍で寄り添いました。笑い合って、時に叱って、喧嘩なんかもしながら、最後には仲直りをしました。

 

「……不思議な時間でした。陽光と接する度に、あの子を観察する度に、彼女は人間なのだと再確認していきました。

 

「よく笑って、転んだだけなのに大声で泣いて、両親が構ってくれないと拗ねて不機嫌になって、与えた課題を習得して私が誉めると本当に嬉しそうに喜びました。

 

「見れば、見るほど、人間でした。化物の――【私】の子供なのに。

 

「……不思議な時間で、不思議な気持ちでした。……気持ち? あれは、気持ちだったのでしょうか。何かの――感情だったのでしょうか。

 

「……分かりません。分かりませんでした。感情というものを、知識としては学び、完璧に模倣できるようになった筈なのに。私には、最後の最期まで、感情というものの正体が分からなかった。

 

「私は陽光に多くのことを教えました。同年代の子供達が何年も先になってから学ぶような勉学知識は勿論、武道等の習い事や、果ては帝王学のようなものまで。彼女は本当に優秀で、教えた先からすぐさま身に着けるので、教えることもどんどんディープになっていきました。

 

「そんな、他の人間達には理解できないようなことを、両親にも内緒で、私とだけで共有する――そんなことが、陽光はとても好きなようでした。陽光は、両親が与える課題はあっという間にクリアして、残った時間を使って私にあれを教えてこれを教えてと強請(ねだ)るのです。そして、私はそれをこっそり教えるのです。厳冬様にも、奥様にも内緒で。中にはあの方々から陽光にはまだ早いと釘を刺されているようなことも。

 

「そして、授業の最後に、陽光は私にこう言うのです。二人だけの秘密ね、と。小指を絡めて、約束をするのです。

 

「……やはり、不思議な時間で、不思議な気持ちでした。今でもあの頃の記憶は、殊更鮮明に思い出せます。

 

「あの子は優秀な生徒で、娘でしたが、私の方は劣等生でした。駄目な……母親でした。

 

「きっと私は、私が教えていたこと以上に、彼女から、陽光から、娘から……教わっていたのだと思います。

 

「あの子という人間から――生命から、私という化物は、何かを、何かとても大切なものを、教えてもらっていたのだと、そう思います。

 

「……それでも、今になっても、こんな事態(こと)になるに至っても……まるで分かりません。その答えを、出すことが出来ません。

 

「いつ死んでも悔いはないですが……これだけは、心残りです。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「――さて。ここまで聞くと、これだけ聞くと、まるで化物が我が子の純粋無垢さによって改心し、化物の心を改めて人の心に目覚め、そして人間を目指すことになる……そんな物語のように進むかのようにも思えますが、残念ながら、そんな幸せな結末は訪れません。

 

「ハッピーエンドは訪れません。この物語はバッドエンドです。どうしようもなく後味が悪く、胸糞が悪い、そんな最低な結末で幕を閉じます。

 

「化物の、化物による、化物に相応しい物語ですから。

 

「私は娘の教育係をこなしながら、並行して、寄生(パラサイト)星人の集会にも顔を出していました。

 

「人間の母のように娘の子育てをしながら、しっかりと裏では、裏の顔では、裏の本性では、化物の勢力管理に勤しんでいたのです。

 

「どちらも私――というよりは、やっぱり()()()()()私なのでしょうね。所詮、化物ですから、私は。

 

「その甲斐あってか、寄生(パラサイト)星人の寄り合いは、徐々に組織としての形を手に入れていきました。

 

「しかし、中々苦労しましたよ。どの子も皆、こちらの言うことを中々聞こうとしない駄々っ子でした。娘のカリスマ性を羨ましくも思いましたが、けれど、それと同時に、私達寄生(パラサイト)星人が地球という星に飛来してからそれなりの月日が経ち、合理的にしか物事を計れなかった我が同胞達が、上から目線で従えられるのは嫌だという、いわば我が儘のようなものを覚え始めたのは――そんな感情を、徐々にですが覚え始めていたのは、何やら娘の成長を見守るに似た感覚を覚えました。

 

「そして、そんな中で、そんな同胞達の中で、一際目立つ個体がいました。

 

「その子は私に特別反抗的であったわけではなく、むしろ、特別私に懐いてくれた個体でした。

 

「男か女か、雄か雌か――そもそも寄生(パラサイト)星人自体にそんな雌雄があるのかさえ不明ですが――分からないような見た目でしたが、後に取った証言によると、この時寄生していた宿主の身体は男性体であったそうです。

 

「身長は当時の“宿主(わたし)”と同じくらいで、年齢も同じくらい。髪色はくすんだ灰色で、顔立ちは先程言ったように中性的で、体つきも細々と痩せ細っていました。

 

「元々そんな身体の宿主を乗っ取ったのか、それとも寄生(パラサイト)星人としての“食事”が上手く行っていなかったのか――とにかく彼は、私にとても懐いてくれました。組織作りに積極的に協力してくれて、私の話にも熱心に耳を傾けてくれました。

 

「私に付いて来れば安定して食事が出来るという下心があったのかもしれませんが、それでも寄り合いには出席率100%で参加してくれて、いつも私の後ろをついて回るようになりました。

 

「彼は、寄生(パラサイト)星人の典型のように、無感情で無表情で無感動ではありましたが、私に付いて回るにつれ、徐々に人間の文化も覚えていくようになりました。

 

「表の時間でお互いに休みを貰うと、プライベートで食事に行ったりするようにもなりました。……勿論、人間風の食事ですよ。彼は余程お腹を空かしていたのか、人間の食事もそれはもう貪るように食べていました。

 

「彼は頭も悪くありませんでしたし――何より強かった。貧弱な寄生星人(わたしたち)の中では屈指の戦闘能力を誇っていました。だからこそ、私が頭脳で、彼は武力を担当するようになり――私は彼を側近として、副官のようなポジションとして、手元に置くことに決めました。

 

「貴重な戦力を確保することに成功した私の化物組織作りは、概ね順調だったと言えるでしょう。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「しかし、同時期。雪ノ下家の――正確には雪ノ下建設の方では、何やら波乱が起きていました。

 

「私が貴重で有望な新人を獲得したように、雪ノ下建設の方にも、入社して僅か五年で、一般入社の平社員から怒涛の勢いで実績を積み重ね、上層部も無視出来ない程に出世街道を駆け上がる、若手有望株が頭角を現し始めていたのです。

 

「その正体は、何を隠そう、あの奥様の想い人で、奥様との間に子供を作った間男――かのシングルファザー君でした。

 

「彼は、奥様の妊娠が発覚した次の日――雪ノ下本家の、正しく私達が今いるこの屋敷に出向き、門の前でそれはもう見事な土下座を敢行をしました。ちょうどあの辺りですね。ほら、あそこですよ、あそこ。

 

「夫がいる身の女性の純潔を奪い、あろうことか子供を孕ませた――当時、地元の有力者の妻に対してのそんな所業は、一族を纏めて路頭に迷わされて当然の行いでした。

 

「しかし厳冬様は、そんな彼を無罪放免で許し、子供を取り上げるどころか彼に渡すと確約し、奥様との密会も許され、あろうことか養育費まで差し上げる始末。普通なら有難過ぎて裏を疑うレベルです。え? なに? 俺、死ぬの? って感じで。

 

「ですが、良くも悪くも真っ直ぐだった彼は、その厳冬様の寛大というにも広過ぎる心の処置に――まぁ、実際は奥様の“女”に全く興味を持っていなかったからなのですが――震える程に感動し、雪ノ下厳冬という男に惚れ抜いたそうです。勿論、人間的にですが。只のロリコン娘馬鹿なんですけどね。こうして文字にするとヤバいですね、あの方。

 

「そして彼は元の職場にその足で辞表を提出し、そのまま次の日には雪ノ下建設の面接を受けていました。子供が出来たって言っているのに何をしているのやら。

 

「けれど何がどう間違ったか採用されてしまった彼は、そのまま雪ノ下建設の社員となりました。

 

「彼が奥様の浮気相手であり、想い人であるということは、本当にトップクラスの一部の幹部達と雪ノ下本家の使用人達しか知りません。そして当然、雪ノ下建設の幹部達は、彼のことをよく思ってはいませんでした。厳冬様が微塵も恨んでいない以上、奥様のご寵愛を受ける彼は、ある意味で雪ノ下建設の次期トップの最有力候補ですから。

 

「そして、彼は奥様の想い人であるだけあって、とても優秀でした。優しく誠実で、真面目過ぎる程に真面目。端整な顔立ちと細かい心配りで人間としても社員としても優れ秀でていた彼は、瞬く間に周囲の信頼と尊敬を獲得していきました。

 

「厳冬様と奥様、そして社員の信頼が篤く、能力も優秀。

 

「そして、彼には陽光と同時期に――同じ部屋で生まれた、奥様の血を引く、陽光の幼馴染の男の子がいました。

 

「彼の息子の名は――豪雪(ごうせつ)。大恩ある厳冬様にあやかってそう名付けられた件の少年は、父親に似て言葉数は少ないけれど、とても誠実で真面目な好少年に育っていきました。

 

「私の英才教育によって身に付けた周囲の子達と隔絶した能力と、生まれ持った卓越した天性のカリスマ性により、どうしても周りのお友達から、そして先生方からすら、特別視されて浮いてしまった陽光にとっても、豪雪少年は、周りがどれだけ変わっても変わらない態度で陽光(じぶん)の傍に居てくれる、どれだけ陽光(おのれ)が高みに上っても必死に追い縋って付いてきてくれる、そんな掛け替えのない幼馴染でした。

 

「奥様も、そして周りの大人達も――厳冬様は渋い顔をしていましたが――そんな微笑ましい少年少女は、いつかきっと素敵な夫婦になるだろうと、温かく見守っていました。

 

「――が。

 

「そんな状況に、不満を、不安を、怒りを、嫉妬を、焦りを、そして恐怖を。

 

「抱き、()ぎらせ、拗らせ――爆発させる。

 

「そんな愚かな者達も、当然のように現れました。

 

「人間とは、美しくも醜く、強くも弱く、そして――時に、化物のように愚かしい一面を覗かせるのです。

 

「それは――あなたの方が、よく知っていますよね。比企谷さん。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「事件が起きたのは、吸い込む空気がとても冷たく、朝靄が立ち込める冬の日でした。

 

「陽光もそれなりに大きくなり、教育係としての仕事をする時以外は元の一使用人として働くことになっていた私は、その日も陽が昇り切らない内から庭の掃除をしていました。

 

「起きているのは同じように庭に出て草木の手入れをしている庭師以外は誰もいない、静かな、いつも通りの朝。

 

「そんな時、いつもは早起きと言っても常識の範囲内で早起きの陽光が、運動着の格好でこっそりと外に出てきました。

 

「私と鉢合わせてしまったことに気まずげな顔をした彼女でしたが、私が無表情で理由を問い詰めると、何でもクラスメイトのなんとかさんという方の飼い犬が行方不明だというのです。

 

「そして昨日の下校時に、いつも早朝に犬の散歩をする近所のなになにさんというマダムから、散歩の途中で休憩として立ち寄って他の犬の散歩マダム達と立ち話をするほにゃらら公園に、近所の野良犬達がマダム達の持ち歩く高級ドッグフードを目当てに集まるということを聞いたそうで。マダム達はその犬達にドッグフードを分け与えるのが日課の楽しみなのであったとかなんとか。今のご時世だと色々とアレな行動ですが……。

 

「しかし、聡明で規格外だとはいえ、まだまだ好奇心盛りの女の子であった当時の陽光は、一緒に下校していた豪雪少年と一緒に、次の日の朝に行ってみることにしたとか。陽光は元々動物が好きな子でしたから。どちらかというと猫派でしたが、誰のせいか悪戯好きに育ったあの子は、両親に隠れて何かをするというのが堪らなく楽しかったようで。まぁ、豪雪少年と一緒の秘密を共有したかったのでしょう。クラスメイトの飼い犬云々は口実でしょうね。興味のない対象に対してはかなりドライ&クールでしたから、あの子。一体、誰に似たのやら。

 

「私は露骨に溜め息を吐いて見せましたが、結局は朝食までにはきちんと帰ってきて身だしなみも整えておくようにと言うだけで、庭の掃除に戻りました。あの子は私の腰に抱き付き、だからあなたは大好きよ! と言って、そのまま生け垣を乗り越えて屋敷を抜け出していきました――そして、私はストーキングを開始しました。

 

「え? 当たり前じゃないですか? 黙って行かせる筈がないでしょう? 私はあの子の教育係の任を請け負っていたのですから。もしあの子に何かあったらどうしてくれるのですか。

 

「――まぁ、結果として、それは正解でした。

 

「あの子が雪ノ下家の前で眠たげにしながら待っていた豪雪君と合流し、その件の公園へと向かっていた、その道中で――早朝ジョギングを装ってフード付きトレーナーを身に着けてながら走っていた何某を、()()は路地裏に引き擦り込んで殺しました。

 

「そのジョギングマンのパーカーの腹ポケットには、サバイバルナイフが忍ばされていました。

 

「私は、偶々一緒に居てくれた庭師と共に、頭部を“裂かせ”、殺す前に彼を脅して聞き出しました。

 

「案の定、謎のジョギングマンを送り込んだのは、あの会議の椅子に座る重鎮の一人でした。

 

「陽光と豪雪君を秘密裏に殺し、そして豪雪君を使って陽光を誑かして屋敷外に連れ出したとかなんとか言って、その死の責任を奥様の想い人(シングルファザーくん)に擦り付ける所存だったようです。

 

「まぁちんけな策ですが。そもそも件の犬の散歩マダムも、飼い犬が行方不明というクラスメイトも、その男の手回しだったようで。そう考えれば焦った頭で中々頑張ったと言えるでしょう。

 

「どうしてそこまで調べられたのかと言えば、まぁ、頑張ってくれたのですよ。()()()が。

 

「正確には、()()()()()()()が。流石に一晩でとはいきませんでしたが。

 

「彼には庭師の身体に続いて、そのジョギングマンの身体に移ってもらい、そのまま例の幹部を、そして祖奴(そやつ)が率いるグループを、内側から壊滅してもらいました。

 

「その際に、多くの()()を、雪ノ下建設に潜り込ませることが出来ました。企業のパワーバランスを崩さないように同胞達を紛れ込ませるのは中々にことでしたが、それでも数年の月日を掛けて、どうにか私は寄生星人達の居場所を手に入れることが出来ました。

 

「勿論、私には雪ノ下建設を乗っ取ろうというつもりはありませんでした。ただ、私が把握し、コントロール出来る範囲内の場所に、我々の表向きの居場所を用意したかったのです。

 

「どうせ私達は乗っ取りを繰り返さなければ、宿主の身体の寿命に合わせて死にます。つまりは、人間と同じような期間しか生きられません。

 

「ならば、その間を、普通に化けの皮を被って、人の皮を被って人間面して生き延びても、構わないじゃあないですか。人間(あなた)達にしたらゾッとしない気持ち悪い話かもですが、そのくらいはどうか許してください。

 

「誰にも迷惑が掛からないように、ひっそりと、暮らしていきたかっただけなのですよ――少なくとも、彼と、私は。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「そして、そんな風に日々はあっという間に過ぎていきました。

 

「ある程度の地盤作りを終えたら、副官君には再び庭師の職を手に入れてもらい、穏やかな日常を手に入れました。

 

「化物が穏やかな日常を送るというのも、まるで悪夢のような話ではございますが、ご安心を。夢というのは往々にして醒めるものです。それが例え、悪夢であっても。

 

「その頃には、人間の文化も凄まじい進歩を遂げていっていて、ある程度の社会的地位を手に入れた私は、表の立場と裏の立場を使って、数々の情報を手に入れられるようになりました。

 

「化物として満ち足りていた生活を送っていた私は、その中でとある不思議な噂話を耳にします。

 

「裏の世界で、真っ暗な世界で、まことしやかに囁かれるそれは、月日を重ねるごとに、化物達を震わせていきました。

 

 

 

「話は変わりますが、比企谷さんは“星人狩り”と呼ばれる者達のことは知っていますか?

 

「恐竜と戦ったことのある比企谷さんならご理解いただけるかもしれませんが、星人というのは、突如として現れた災厄というものではないのですよ。

 

「正しく太古の昔から、それこそ人間が生まれるよりも早く、地球に降り立ち、地球に住み――地球に棲みついている星人もいるのです。

 

「故に人間達は、今よりもずっと昔から、地球を征服せんとする悪い宇宙人と戦い続けていました。

 

「それが、星人狩りと呼ばれる特殊な技能を持つ戦士達です。

 

「比企谷さんも聞いたことがありませんか? 妖怪を退治する陰陽師の逸話を。悪魔を祓うエクソシストの活躍を。竜を殺す英雄の伝説を。

 

「彼等は皆、化物として語られる星人と戦い、それがお伽話や物語として世に出回った方達です。彼等は平和な世界を守るべく、人知れずに戦うことを使命としているので、後世に伝わっているのはほんの一部ですが。

 

「兎にも角にも、私がお伝えしたいのは、彼等はお伽話や物語ではなく、きちんと実在していた英雄だということです。勿論、英雄譚が表の世界に出回るにあたって大胆に脚色こそされているのでしょうが――彼等は、()()()()()()()()、確かに実在していたのです。

 

「陰陽師も、エクソシストも、竜殺し(ドラゴンスレイヤー)も――その秘伝の奥義や伝説の剣を受け継いできた者達は、確かに存在していました。そして、夜が明るくなった現代においても、それでも照らしきれない闇の中で、誰も知らない裏の世界で、日夜、邪悪な怪物たる星人から、平和な人間達の世界を守る為に戦い続けていました。

 

「そして、そんな彼等の戦いは、ある日、突然、終わりを告げました。

 

「他ならぬ、同じ人間達の手によって。

 

 

 

「話を戻しましょう。化物として、満ち足りた穏やかな日常を送っていた私は、ある日、まことしやかに語られる不思議な噂話を耳にします。

 

「それは、月日を重ねる毎に――化物達を震わせる程に、巨大な恐怖となっていきました。

 

「世界各地に存在する“星人狩り”――それが、次々と、()()()()()によって吸収され、または壊滅させられているというのです。我々化物にとっては吉報ではありましたが、それは、この地球に人間が生まれてから現代に至るまで、一度だって有り得なかった異常事態でもありました。

 

「一部の馬鹿な星人は喜んでいましたが、ある程度の知能がある者達は、これに対してまず違和感と、嫌な予感を覚えました。得てして都合が良すぎる展開は、それ以上の不都合の予兆であるものです。

 

「そして、それは――これ以上ない形で的中することになります。

 

「星人狩りの壊滅が進むにつれて、新たなる噂話が、その存在感を増していきました。

 

 

「それは――黒い球体の部屋と、その部屋に集められる、黒衣の戦士達について。

 

 

「能力、戦闘方法、武器、歴史――ありとあらゆる色が異なる数多存在した星人狩りを、全て塗り潰す黒色で飲み込んでいく彼等は。

 

「現代に至って拮抗状態に陥っていた、あるいは落ち着いていた、人間と星人の関係を大きく揺れ動かしていきました。

 

「やがて、恐らくはこの地球に住まう――この地球に棲み付く全ての星人達が、同じ疑問と恐怖を抱くのに、そう時間はかかりませんでした。

 

 

「あの黒い球体は――GANTZとは、何なのかと。

 

 




化物は語る。化物の、化物による、化物に相応しい物語を。

そして、星人達は、化物達は――黒い球体を、GANTZという黒を知る。

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