比企谷八幡と黒い球体の部屋   作:副会長

162 / 192
幸せ――だったのかなぁ。


Side八幡――④

 黒い球体は――GANTZとは、何なのか。

 

 

 俺の目の前に座る美しき寄生獣は、そう言葉を紡ぎ、長い話で消費した水分を補給するかのように、紅茶で唇を湿らせた。

 

 ……黒い、球体。

 

 あの日、俺の日常の全てを狂わせた存在であり、終わらせた元凶であり、生命の恩人であり、地獄へ送り出す支配者でもある、謎の黒球。

 

 やはりコイツの物語にも、あの黒い球体は関わってくるのか……。

 

 

――【もう ひとりぼっちに されないといいね】

 

 

「………………………」

 

 そして、紅茶による休憩を終えた陽光は、再び真っ直ぐ俺を見据え、語り始めた。

 

「世界中の星人狩りを征服し、一つの黒色に()め上げた黒い球体――GANTZという名称を知らなかった当時の我々は、GANTZによって生み出される戦士達を、【黒衣の星人狩り】と呼称していました」

 

 今でも、あなた方のことをそう呼んでいる星人もいますね――と、美しき化物は微笑みながら言う。

 

「オニ星人の皆様は『ハンター』と呼んでいましたか。その呼称を用いる星人の方々も多いです。あの頃の黒衣は、星人への行動指針を対処から討伐へと急激に変更した当時の人間達は、我々星人からすれば、正しく狩人(ハンター)でしたから」

 

 我々は紛うことなき化物(モンスター)ですしね――と、恍けるように言う雪ノ下陽光は、雪ノ下陽光の化けの皮を被る貴婦人は、都築さんが俺の紅茶のお替りを淹れ終わるのを待つかのように間を空けた。

 

 その時、俺は自分のカップが空になっていることに初めて気付いた。

 俺は都築さんに会釈をしつつ、陽光から目を逸らさない。

 

 ……これだけ長く、重い話。重く、大きな――重大な裏話。

 

 一言一句聞き逃せない。組織に入った後でも、こんな話を――それも星人(ばけもの)サイドから聞ける機会など訪れないだろう。

 

 喉も渇く。戦争よりも疲れるくらいだ。

 だが、だからこそ、あの時と同じ集中力で――傾聴しろ。

 

 この化物から語られる情報は、これから向かう戦場で、これからも放り込まれ続ける戦争において、間違いなく重要な武器になる。

 

「そんな狩人達から身を守るべく、ある程度の知能とコミュニティを持つ星人達は、こぞって黒衣の組織に対抗する術を模索し始めました」

 

 再び化物が語り始めるのは、俺が知らないガンツの――創成期。

 突如として現れた漆黒の狩人達に、化物達がどのように対抗したのかという――前日譚。

 

「より徹底的に隠密に徹する者達。より活発に勢力を増強する者達。謎の黒衣の組織にコンタクトを取ろうと試みる者達。あるいは、そんな脅威の人間達を、人間達の脅威を鼻で笑い、いざとなったら返り討ちにしてやると豪語する者達――突如出現した黒色に対する星人(われわれ)の対応は、皮肉なことに十人十色でした」

 

 その化物の言葉に、俺は幾度となく巻き込まれたガンツミッションを思い出す。

 

 黒い球体の部屋に蒐集された死人達、新たな住人として部屋に招き入れられた来訪者達の、唐突に目の前に現れた黒い球体という異常に対する――人間達の対応も、正しくそうだった。

 現実を受け入れられずに発狂する者。

 自分の都合のいい妄想に没溺する者。

 あるいは、異常を受け止め、非常を受け入れ、戦うことを決意する者。

 

 十人十色――だが、この時に染まった色で、容赦なくその後の命運は決められる。

 

「そんな中、私は――私達寄生(パラサイト)星人は、一番を選択しました。より徹底的に、目立たず息を潜め、化けの皮を厚くすることを選んだのです」

 

 陽光が言った彼女達の選択は、意外でもない予想通りのものだった。

 コイツ等なら――否、目の前のこの女ならば、間違いなく一番を選択しただろう。

 

「私は手に入れられる限りを尽くして情報を集め、徹底期に分析しました。その結果、件の黒衣の組織は、黒い球体の戦士達は、人様に迷惑を掛けるような、人間達に脅威を覚えさせるような、悪く言えば悪目立ちした連中を優先して狩っていることに気付きました」

 

 ……それは、俺も何となく感じていたことだった。

 

 黒い球体――ガンツの、ミッションの対象となる星人の選択基準。

 それを俺は、何となくガンツ自身の脅威となる星人を優先的に狩っているのでは、と、そう思っていた。

 

 自分の身を守る為に、俺らという戦士(おもちゃ)を派遣するのだと――まぁ、オニ星人とかはともかく、ねぎ星人とかはガンツの脅威となりうるかと言われれば疑問符が付くから、あくまで何となくの推測ではあったんだが。

 

 それでも、俺らが転送された時には既に都会のど真ん中で暴れていたゆびわ星人に対しガンツの秘密にかなりの所まで迫っていたオニ星人よりも先に討伐指令が下したことや、それこそ池袋を地獄に変えたオニ星人を連続ミッションとしてまで早急に対処しようとしたことを考えると、中らずとも遠からず――なのか。

 

 そんな俺の思考をさておいて、陽光は「――ならば」と言って、考察を先へと進めた。

 

「ならば――と。私達は人様に迷惑を掛けず、そっと息を止めていようと決意しました。黒衣が罪なき一般人を守る為に立ち上がるというのなら、その逆鱗に触れぬようにじっとしていようと」

 

 まるで痴漢冤罪から身を守るがごとく――人間に対し、降伏するがごとく。

 両手を上げてアピールするかのような、そんな無抵抗宣言だった。

 

「私達は、多くは望みません。人間に対する勝利も、地球に置ける自由も、何も望みません。少なくとも私は、私という個体は、ただ寿命を全うしたいだけでした」

 

 身が果てるまで、生存したいだけでした――と、寄生獣は言う。

 

「寄生星人が、唯一可能な、生き永らえる、不老不死の方法――衰えた身体から、健康な身体に移り住むという方法を、私はこの時、生涯、選択するつもりはありませんでした」

 

 その化物は、美しい新品の身体で、己が娘の口から綺麗な言葉を口にする。

 

 美しい言葉は、化物が口にするだけで――途端に黒く、醜く変貌する。

 

「最初の住処である〔彼女〕の、最初の私の犠牲者である〔彼女〕の身体で、天寿を全うしようと。私にこれだけの“生”を提供してくれた彼女に、せめてもの恩返しをと。……化物が言う綺麗事は、中々に滑稽で悍ましいでしょう? でも、当時の私は、それを半ば本気で目論んでいたのですよ」

 

 化物の悍ましい綺麗事は、俺の胸の中に渦巻くドロドロとした黒い殺意に薪を()べていく。

 

 俺の指が引き金を引かなかったのは――ただ、その名前が、刹那早く、俺の耳に届いたからだ。

 

「もう誰も殺さない。もう殺人を犯さない。そう思ったのは、そう願ったのは、そう誓ったのは……あの子――陽光の娘を……あの娘が、我が娘が生んだ、初めての命……そう――」

 

 寄生獣は、この世で最も美しい笑顔で、その名前を優しく紡いだ。

 

 

 

「――陽乃を、この手で抱いた時でした」

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「陽光は――あれだけ小さかった生命は、悍ましい化物の私が生んだにも関わらず、誰よりも美しくすくすくと育ちました。

 

「そして、遂に――人生の伴侶を得たのです。

 

「雪ノ下陽光――十八才。いつのまにか、私が、というより私の宿主となった“彼女”の身体が、陽光を生んだ年齢を追い越す程に成長した少女は、我が子は、純白のドレスに身を包むこととなりました。

 

「美しかった――本当に、美しく、綺麗で……かわいかった。

 

「お相手は、豪雪君。すらりと大きく、がっしりと逞しい青年へと成長した彼は、やはり同い年の十八才。というより、それよりもずっと前から相思相愛で、彼が十八になるのを一日千秋の思いで待っていたのですけれどね、陽光が。本当に、下手をすれば日本の法律を変えかねないほどのべた惚れで。よっぽどしつこく送られてくる見合い写真が嫌だったのか、それほどまでに豪雪君が愛おしかったのか……両方ですかね。

 

「結婚式は、小さな、けれどとても綺麗で可愛い教会で行われました。なんでも陽光と豪雪君が小さい頃に探検して見つけた思い出の場所で、二人はそこで初めて結婚の約束をしたそうです。

 

「式に呼ばれたのは、厳冬様に奥様、そしてあのシングルファザー君に、私を含めた小さい頃から陽光達を見守り育ててきた使用人達と、彼女達の本当に親しい友人達ほんの数名。

 

「そして、二人の幼い頃の約束を見届けていた優しげな老牧師が見守る中、二人の結婚式は静謐に行われました。

 

「ヴァージンロードを陽光と共に歩いたのは、この時には殆ど一日中寝たきりになっていた厳冬様でした。

 

「ですが、流石は厳冬様というべきでしょうか。それとも、流石は――父親と、いうべきなのでしょうかね。

 

「見事なものでした。ヴァージンロードを陽光と共に歩く御姿、そして、豪雪君に陽光を託し、深々と頭を下げたその様は、まさしく、偉大な父親でした。

 

「そして、二人の誓いのキスを見届けて、教会の椅子に腰かけたまま――厳冬様は、穏やかにその生涯を終えました。

 

「幸せそうに、眠るように。その生涯に悔いなしと誇るように。隣に座っていた私に、陽光を生んでくれてありがとうと、言い遺して。

 

「――そして、その一年後。二人が十九才の時、陽乃が生まれました。

 

「私が生んだ娘が、新たな生命を生んだのです。繋いだのです。種を。生命を。そして――想いを。

 

「その時の感情は、やはり言葉に出来ませんでした。ただ、何かが溢れそうだった。それが何かは分からず、ただただ渦巻くばかりだったけれど。

 

「陽乃、という名前は、私が付けました。あの子が、陽光が、私に付けて欲しいと、そう言ってくれたのです。

 

「この子に名前を、素敵な名前を――そう言って、生まれたばかり娘を、娘が生んだばかりの生命を、我が孫を、手渡された時。

 

「ずっしり、と。

 

「この手に、あの手に、その重さを感じた時――あの子は、陽乃は……笑ったのです。

 

「気のせいだったのかもしれません。錯覚だったのかもしれません。生まれたばかりの赤子はただ泣き喚くばかりで……でも、私には、それが笑い声に聞こえたのです。

 

「繋がる生命。繋がる想い。それが、繁栄。それが……生きるということ。

 

「この地に住まう、この海に住まう、この空に住まう――この宇宙に住まう、全ての生命が持っている本能。想い。それが――これが、生きるということ。

 

「その時、陽光が、奥様が、本当に驚いたという顔をした後――柔らかく、笑いました。

 

「――あなたが泣いているところを、初めて見た、と。

 

「…………あぁ。やはり、この時、私は死んだのでしょう。いえ、元々生きてはいなかった。それにようやく気付いたのです。

 

「何度でも言いますが、私達――寄生星人は、繁殖力がありません。生存力がありません。次代に生命を残せず、想いを託せず、種を繋ぐことが……出来ない。

 

「誰にも繋がらず、未来に繋げられない――欠陥種族なのです。

 

「初めから生きておらず、死んでいる生命なのです。

 

「それと比べて――いや比べることすら、烏滸がましい。

 

「人間の、生命の、何と美しいことか。

 

「化物の、私達の、何と浅ましく、醜いことか。

 

「人間はこんなにも強い。そして寄生星人(わたしたち)は、弱く、弱く、本当に何とも弱弱しい。

 

「こんなにも美しい繋がり――その中に傲慢に割り込むことでしか、生き真似をすることしか……出来ないなんて。

 

寄生星人(わたしたち)がしていることは、只の模倣に過ぎない。生き真似に過ぎない。それの何と愚かで滑稽なことか。

 

「この時、私は、きっと化物として死んだのでしょう。寄生星人として、どうしようもなく死んでしまったのでしょう。

 

「それでも私は化物で、所詮――寄生獣でした。

 

「何かに寄生し、誰かを奪わなければ、その生き真似すら許されない。

 

「だから私は、この時、決めました。

 

「せめて、人間らしく生きようと。

 

「私は化物です。どうしようもなく化物で、救いようもない化物だけれど――それでも“彼女”は、少なくとも私よりも……ずっと、人間だった。

 

「美しかった。たくさんの繋がりを求めて、きっと手に入れることが出来ていた。そんな可能性と、未来を秘めた――生命だった。

 

「それを――私が奪い、私が食らい、私が破壊した。

 

「こんな私という化物の原罪に、私はこの時、愚かにも初めて思い至ったのです。

 

「私は、この地に生まれ落ちたその時から――化物なのだと。

 

「――私は、この日以降、人を食らうことを止めました。

 

「寄生星人の根源に刻まれた本能に逆らい、無様な人間ごっこを始めたのです。

 

「せめて奪った彼女の分も人間をしなければ――そんなことを、思っていたのでしょうか。分かりません。

 

「たとえごっこだとしても、模倣だとしても、仮初で張りぼてだとしても、偽物で欺瞞だとしても、人間のように美しく……――そんなことを、思っていたのでしょうか。分かりません。……分かりません。

 

「そんなことをしても、どんなことをしても、私が奪った彼女への贖罪になどならないし、私が化物であることは変わりません。……そんなこと、分かっていた……筈なのですがね。………全く、分かりません。

 

「それでも私は、断食を続けました。断罪を求めていたのでしょうか。……全く愚かで、分かりません。理解出来ません。

 

「結論を言いますと、案の定、私の断食は長くは続きませんでした。やはり所詮、化物は化物ということです。

 

「あろうことか、この僅か三年後、私は人を喰いました。

 

「人を殺し、その生命が持っていた、かけがえのない繋がりの悉くを断ち切りました。

 

「……ええ。私が最後に食べた人間。私が最後に食らった生命。……もう、お分かりでしょうね。

 

「――もう一度、言いましょう。何度でも、言いましょう。

 

 

「私は、娘を……殺したのです……っ。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 これまで、まるで大魔王のように。

 

 一部の隙も見せず、鉄壁の仮面を纏い、まさしく大人で有り続けた――化物が。

 

 本能的に敵わない存在だと認めてしまうような、何をしても届かないと感じさせるような、そんな雰囲気を放ち続けていた――怪物が。

 

 突如として、空を見上げながら――迷子の子供のように、心細い声で呟いた。

 

 

「幸せ――だったのかなぁ」

 

 

 その姿が、何故か。

 

 俺がよく知る少女に――俺が壊した少女に、重なって。

 

 思わず瞠目し、手を伸ばしかけた。

 

(……雪ノ、下……?)

 

 俺が血迷っている間にも、目の前の化物は語り続ける。

 

 まるで迷子の少女のような声で。

 

 そんな自分を――嘲笑(あざけわら)うように。

 

「……分かりません。分かりません。よく、分かりません。……分かりたくて、分かりたくてたまらないのに。……分かったところで――」

 

 どうしようもないのに――俺は、何かを言い掛けた口を閉じて、誰にも見られないようにズボンを握り締めた。

 

「陽光と豪雪君が結婚し、厳冬様が逝去なされた後――厳冬様が床に伏せた後は陽光と二人で社長業務を代行していた奥様が正式に会長となり、かねてからの宣言通り、厳冬様の実質的な遺言の通りに、陽光の伴侶となった豪雪君が正式に社長となりました」

 

 化物は語った。

 その口調は努めて平淡であろうとしていたが、どこか思い出話を聞かせるようでもあった。

 

「豪雪君は婿養子として雪ノ下姓を継いだこともあり、しつこく息づく抵抗勢力による反抗や混乱は少なからず生まれましたが、そこは力づくで捻じ伏せました。陽光も影ながら、かは……ともかく。豪雪君を公私共に支え、雪ノ下建設はより盤石な体制を手に入れました」

 

 気持ち、これまでよりも早口であるように感じた。

 貴婦人の笑みが、殊更に強調されている。目線もまっすぐ俺を射抜き続けている。

 

「私は数人の同僚と共に、陽光豪雪夫妻家の使用人を続け、陽乃が生まれた後は、やはりお世話係のようなものをしていました。陽乃がある程度大きくなったら、私の時みたいにあなたに教育係をさせても面白いかもね、なんてことを、よく陽光は話していました。私は陽光や奥様の愚痴聞きというか、お茶友達のようなこともしていましたので」

 

 時折、何かが覗き込んでくる。

 それを追い出すように、ひた隠すように、化物の仮面を被り直す。

 

 崩れ始めて、継ぎ接ぎだらけで、必死に繕おうとしている――使い古された、その仮面を。

 

「兎にも角にも、色々と波乱や苦難はあったようでしたが、それでも雪ノ下家は、とても穏やかで、とても暖かく、とても温かい――繋がりに満ちた、美しい家族で在り続けていきました……」

 

 そして――『雪ノ下陽光』は、遂に、口を閉じた。

 笑みを作ろうとして、仮面を被ろうとして――それでも、言葉が、出て来ない。

 

 完璧な化物であろうとした、人間の化けの皮を被り続けた、その女は。

 

 一筋の汗を流し――そして。

 

 一筋の、涙を流した。

 

「……そして、それは……陽乃の誕生から、三年後の、ことでした」

 

 化物は、自分が涙を流していることには気付いていないかのように、再び語り始める。

 

 その顔は――美しい、人形のような笑顔で。

 

 人を、模したような、形で。

 

「陽光の子宮に、再び新しい生命が宿ったとの知らせが舞い込んだ時――幸福は絶頂となり」

 

 俺は、きっとこれが。

 

「そして――絶望は、本当に唐突に、その全てを破壊しました」

 

 この化物の――『雪ノ下陽光』の。

 

 本当の顔なのだと思った。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「懺悔しましょう。嘘を吐きました」

 

 彼女は語る。

 

「懺悔しましょう。私は予感していました」

 

 化物は語る。

 

「懺悔……させてください。気付いていた。私は――気付いていたのです」

 

 人間のような顔で。

 

「いずれこうなることを。こうなってしまうかもしれないということを」

 

 化物のような禍々しさで。

 

「私が化物であるせいで。私が化物で、化物な、化物だから」

 

 ■ ■ のように――涙を流しながら。

 

「これはバッドエンドの物語です。化物の、化物による、化物の為の物語」

 

 何処かの誰かのように、救いようのない愚かさを滲ませて。

 

「私の傲慢な自己満足の命乞いの為に語る、気味が悪く、後味の最悪な、私という化物の物語です」

 

 それは、余りにも痛ましく、余りにも浅ましく、余りにも聞くに堪えない自白劇。

 

「…………」

 

 俺は、そんな彼女の涙に濡れた――何処かの誰かにそっくりな瞳を。

 

「…………」

 

 ただ、見ていた。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 そして――長い、長い、絶望の物語が語られた。

 

 とある一体の寄生虫が、恐ろしく美しい寄生獣となり、ありふれた人間の家族に迷い込んだことから始まった物語。

 

 化物としては余りにも美しく、獣としては余りにも賢く、人間としては余りにも醜かった、小さな生命の物語。

 

 

 極寒の世界でしか生きられないのに、温かい陽だまりに手を伸ばした、雪の結晶の物語。

 

 

 その全てを、比企谷八幡が最後まで聞き届け終えた時。

 

 

 

 時計の針は――午後六時に迫ろうとしていた。

 

 

 




そして、美しき寄生獣は語る。

化物の化物による化物の為の物語を。温かい陽だまりに手を伸ばした雪の結晶の物語を。


比企谷八幡は、そんな■■を――ただ、見ていた。









活動報告にてお知らせがございます。

目を通していただけたら嬉しいです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。