比企谷八幡と黒い球体の部屋   作:副会長

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今日は、世界が変わる一日となる。


Side Crossover――①

 

 日本人にとって、我が国のトップの人間とは誰か――そう問われて、大多数はこう答えるだろう。

 

 内閣総理大臣――と。

 

 かつての天皇のように崇拝もされず、どこかの国王のように君臨も出来ず。

 独裁者でもなく、絶対者でもなく、ましてや支配者などでは有り得ない。

 

 むしろ批判の的であり、不平不満の対象であり、国民の大多数から嫌われるのが役割の存在。

 

 それでも――日本という国を背負い、日本という国を守り、日本という国に尽くす。

 

 行政権――日本という国の舵取りを命じられた総舵手である内閣、その首長たる国務大臣。

 

 それが――内閣総理大臣。日本の首相たる役職である。

 

 

 

 

 

 ここは永田町――首相官邸。

 

 内閣総理大臣の執務の拠点であり、日本という国の進み方を決める場所。

 日本の中枢ともいうべきこの場所に、今――多くの日本国民が押し寄せていた。

 

 圧倒的な――不満を爆発させて。

 

「おい! 出て来い総理! いつまでも引き籠ってねぇで、その汚ぇツラを見せやがれ!」

「誰の票のおかげでそんなデケェ家に住めてると思ってんだ! 説明責任を果たせ!」

「一刻も早く辞職しろ! さっさと辞めろ! 今回の一件をどう責任取るつもりだ!」

「どうせ国が絡んでんだろ! なにかもがお前たちが悪い!」

「対応が遅ぇんだよ! 先延ばしばっかり上手くなりやがって!」

「何が会見だ! 言い訳のカンペを作ってる暇があるなら、池袋に人員を派遣したらどうなんだ!!」

 

 早朝から人が増え始め、常設の警備隊だけでは抑えきれない程に膨れ上がったデモ隊に、やがて警察隊までもが派遣されるようになった。

 

 皮肉にも、池袋へと回される筈だった人員さえも呼び寄せることになった国民の怒りは、塀から離れた官邸まで届き、二人の男の心を痛めつけている。

 

 現在、官邸にはたった二人の大臣を残すのみであり、他の大臣はおろか清掃員すらもいなかった。

 

 だだっ広い空間に、大きな執務机が一つ。

 

 そこに座り、己の背中に投げつけられる罵倒の言葉を、じっと黙して受け止める男に――机を挟んで向かい合う男は告げる。

 

「――これが、国民の声ってヤツだな」

 

 屈強な体格と逆立つ黒髪、そしてサングラスを掛けた、独特の光沢のある黒い全身スーツの上からフォーマルな黒いスーツを纏った男。

 

 この日本という国において、最も強い軍事力を有する立場にいるこの男は、目の前に座る――この日本という国において、誰よりも日本という国を背負っている男に向かって言った。

 

 一見肥満体にも見える――が、その実は鎧のような筋肉で構成されている体躯。

 荒れた肌。醜悪な相貌。

 だが、その目だけは曇っておらず、明晰な印象を醸し出していた。

 

 この国で最も責任ある立場の男は言う。

 

「……正当な怒りだ。彼等の言う通り、我々は――“星人”を知っていたんだからな」

 

 黒い球体も知っていた。黒衣の戦士達も知っていた。

 昨晩のような地獄が世界中の各地で繰り広げられていたことも。

 

 そして――この日本でも、罪なき国民が、傀儡(キャラクター)として弄ばれていたことも。

 

 きっと、この国の誰よりも、彼らが最も知っていた。

 

「――せっかく築き上げた支持率が急降下してるみたいだな」

「覚悟の上だ。元々、そうなることも想定して、“あの組織"がこの時期に俺を総理に仕立てていたのは明白だ」

 

 誰だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()になどなりたくはない。

 任期は残っている。たとえ、どれだけ国民が怒りの声を上げ、解散総辞職を願おうとも、この総理の座を下されることはないだろう。

 

 だが、だからこそ――受け止めなければならない。

 

「……アイツの言葉じゃないが、こうなることは分かっていた。……分かっていた、が」

 

 屈強な男は、醜悪な男から目を逸らし、小さく言う。

 

「――気分のいいもんじゃ、ねぇな」

 

 国民の罵詈、罵声、罵倒の中、二人の男は――ただ、憂う。

 

「…………」

 

 戦い、戦い、戦い続けてきて――計画通りに、辿り着いた筈の場所(フェイズ)なのに。

 

 汚してきた両手、見過ごしてきた犠牲、守れなかった同胞、防げなかった悪事。

 

 ただただ口の中に広がるのは、どうしようもなく苦い――後悔の味だけ。

 

 

「――まだだ」

 

 

 醜悪な男は言う。

 

 立ち上がり――自分が守るべきものを見据えながら。

 

「俺達の戦いは終わっていない。俺達の罪はこれからだ。まだ計画はフェイズを一つ上ったに過ぎない。……むしろ、これからが本番だ」

 

 この国を背負い、この国を守ることを職務とした男は。

 

 この国を揺るがし、この国を滅ぼすことを任務とする男は。

 

 漆黒の光沢のあるスーツを脱ぎ捨て、何の防御力もない一張羅を着て、ネクタイで首を締めて、誰よりも過酷な立場に身を置くことを選んだ男は――告げる。

 

 新たな戦争の開戦を。そして、誰よりも汚い大人になることを。

 

「今日という日を以って、日本はこの世界で最も地獄に近い国となるだろう。……瞬く間に世界へと広がるだろうが、その起点となるのは我々だ。いずれ来る滅びの時に、我々は世界から呪われる――その全責任を、俺は背負おう」

 

 それが、“彼”に英雄という十字架を背負わせる、せめてもの贖罪だ。

 

 この世界で最も醜悪なる男は――内閣総理大臣は言った。

 

 そして、盟友たる屈強なる男は、彼とは別の意味でこの国の頂点に立つ男は――防衛大臣たる男は、言った。

 

「――彼のことは、俺に任せろ」

 

 一筋の電子線が、かの首相官邸の執務室に走る。

 

 その光は、この部屋にまるで当然のように鎮座していた、一つの黒い球体から照射されていた。

 

 内閣総理大臣が、防衛大臣が、その光を真っ直ぐに見詰めている。

 

 謎の光は、やがて一人の少年を召喚した。

 

 日本国の頂点に立つ二人の大人の前に、黒いジャンパーにブラックジーンズ、そして、その下に光沢のある機械的な全身スーツを纏った少年が立つ。

 

 少年は、目の前の大人が防衛大臣だと、内閣総理大臣だと理解する。

 

 そして――理解して尚、剣の切っ先のように冷たい目で、鋭い声で、日本のトップをこう問い詰めた。

 

「俺は――何をすればいい?」

 

 防衛大臣は言う。

 

「俺達の共犯者(なかま)になれ」

 

 内閣総理大臣は言う。

 

「歓迎しよう――桐ケ谷和人君」

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「さあ、会見の時間だ」

 

 

 

「国民へ伝えよう。星人という存在を。漆黒の戦争の存在を。そして、我らが英雄の存在を」

 

 

 

 

 

「今日は、世界が変わる一日となる」

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「「我々『寄生(パラサイト)星人』は、この事態に――何もしない。いつも通り、これまで通り、普通に過ごすのです。人間に混じり、人間に擬態し、人間のように振る舞い、人間のように暮らす。化けの皮が剥がれぬように、ひっそり、こっそり、静かに過ごすの――やり過ごすのよ」

「逃げてるだけじゃあ、隠れてるだけじゃあダメなんだ! 守るんだ! 守る為に……守る為に、戦うんだ!」

「ならば――あなたは捨てられるの?」

 

「人間を――棄てられるの?」

 

 

 

 

 

――ああ、儂は……幸せだ。

 

 

――こんなにも幸せに逝ける。こんなにも、満たされて死ねる。……お前の、御蔭だ。

 

 

 

――だから、もういい。

 

 

 

「………………………………っ!!? お、お義母さん!!」

「うぇぇえええええええええええええん!!」

 

 

 

 

――幸せになれ。

 

 

――人を愛して、愛する人と、幸せになれ。

 

 

 

 

(………………………………終わっ……た)

 

 

 

 

 

「…………陽、乃……陽……光……待っ……て……ろ……俺が……俺が……絶対――ッ」

「あ……な、た……大丈夫……大丈夫よ陽乃…………あなたは……あなただけは――ッ」

「逃げましょう」

 

 

 

 まだだ――まだ、やり直せる。やり過ごせる。

 

 

 

 …………………………あぁ。

 

 

 冷たい。

 

 

 

 

「人間ごっこはしめぇだ――寄生星人。……いつまでも、偽物に縋ってんじゃねぇ。お前が逃げているのは――」

 

 

 

――只の欺瞞だ。化物め。

 

 

 

 

 

――――。

 

 

 

――お前――――なんかに――――ッッ。

 

 

 

 

 

「なぁ――黒い球体を、見たことがあるか?」

 

 

 …………黒い……球体?

 

 

 

 

「……目的? 随分と曖昧な言葉ね? 具体的にお願い出来るかしら?」

「おいおい、化物の癖に言葉で遊ぶなよ。ちょっと流暢に喋れるからって――人間気取りか?」

 

 

 

「お前という化物が、この地球ほしで生きる目的は何だ? お前という化物が、この地球で求めるものとは何だ?」

 

 

「さぁ、答えろよ化物。お前程に賢い化け物が、この地球で、何が目的で、何を目指して――どんな欲望を叶える為に、そんなに一生懸命になってるんだ?」

 

 

 

 

――――私、は…………。

 

 

 

『私』……は…………【私】は――――――ッッ!!」ッッ!!

 

 

 

 欲を覚えた。望まずにはいられなかった。

 

 

 触れられないと分かっているのに。届かないと分かっているのに。

 

 

 きっと自分には相応しくなくて、例えこの向こう側に行けたとしても、この手は全てを壊してしまう。この身は温かさで溶けてしまうだろう。

 

 

 支離滅裂で、荒唐無稽で、論理も因果も破綻していて、ただただ無様な戯言でしかない。

 

 

 あぁ、醜い。醜い。醜い。醜い。醜い。

 

 

 なんと化物で、なんという化物だ。

 

 

 

 そう――【彼女】は、化物だった。

 

 

 ただ、それだけの話だった。

 

 

 

 

 

「あなたのことが――嫌いだ――ッ――『私』は――――ッッ」

 

「――なら、生き残って、俺を殺してみろ」

 

 

 

「あぁ、ウザッてぇ」

 

「下等種族共が――調子に乗ってんじゃねぇぞッッ!!!」

 

 

 

「――逃げてください」

 

「託されたんです。アナタを守れ――と。アナタの夢を守れと」

 

「――アナタにはもう、守るべきものがある筈です」

 

 

「――守る為に、生きてください」

 

 

 

「ありがとうな。人間を、好きになってくれて」

 

「お前達と、出会えてよかった」

 

 

 

 

 

「舐めやがってェェェェエエエエエエエエ!!!! 下等種族がァァァァぁあああアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」

 

 

 

「――あなた。まだ、戦うの? あなたの味方はもういない。もう戦わなくてもいいんじゃない?」

「僕は――俺は、死ねない。あの人に、俺は生きろと命じられた」

 

 

「……あ~、負けたわ。完敗だぜ」

 

 

 

 

――死にたく、ない。

 

 

――死にたく、ない。

 

 

 

――死に、たく……ない。

 

 

 

 

――「………死にたくない」

 

 

 

 

 まだ――まだ。

 

 

 

 

 

――「…………一緒に………居たい」

 

 

 

 

 

――………………ごめんなさい。

 

 

 

 

 

「――もっど、欲じいぃ」

 

「あぁ……ワタシは、全てが――欲しいぃ」

 

 

「ご安心を。その細胞一つに至るまで、人類の発展にすると活用すると誓いましょう」

 

 

 

(…………いや…………元々、【私】の……身体じゃ……なかった……わね)

 

 無理矢理、奪い取った身体だった。殺し、盗った、身体だった。

 

(…………見捨てられた………いいえ………見放された……のかしら)

 

 

 

「さらば。哀れな化物よ」

 

 

 

 

「――っ!! ………分かっているの? ………分かっているのですか。……あなたが……今……腕に抱いているのが……どんな……存在なのか」

「分かってる。抱き締めて、何が悪いの?」

 

 

「俺はお前達がこの世で最も大切だ。他のどんな人間を、例え家族をも見殺しにしようと、お前達を守りたいんだ」

 

 

「それでも、私を愛してる?」

「この世界中で、誰よりも」

 

 

「――娘の最大の親孝行は、親より長生きすることです」

 

 

 

「ッッ!! ン~~~~~~~~~!!!! エクスタスィィイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!!」

 

 

 

「ああ、肝に銘じる――もう俺は、お前の傍から離れない」

 

「…………そう。なら――あなた達の、寄生(パラサイト)星人の長として……最期の命令を送ります」

 

 

 

「私と共に死になさい」

 

 

 

「決まっている――愛の力だ」

 

「愛する女の為なら――男は何だって出来るのさ。そんなことも分からないなら――天才ってのも、大したことないな」

 

 

 

「ワタクシは! 全ての星人(バケモノ)を超えてみせる! 人間として!!」

 

 

「ワタクシこそが!! 人間だッッ!!!」

 

 

 

「……死ねッ! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねシネェェェェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!!!!」

 

 

 

「上を向いて、敵を見据えて、最後の瞬間まで戦いなさい。それが、上に立つ者の務め――それが、女の、意地というものでしょう」

 

 

 

「さよなら――地獄で会わないことを祈ります」

「ご安心を――私は地獄へ逝きません」

 

 

 

「地獄へ落ちるのは、あなた達――【化物】だけです」

 

 

 

「あなたは――どこまで化物なんですかッッ!!!!」

「ギャハ。……その言葉、そっくりそのままお返ししましょう――化物」

 

 

 

「ワタクシは……絶対に化物には屈さない」

 

 

「人間は――負けない」

 

 

 

「YAHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!! レアキャラぶっ殺したぜぇええええええええええええええ!!!!!!!」

 

 

「ヒャッハァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアア!!!! 化物ぶっころぉぉぉおおおおおおおおおおお!!!!! ざまぁぁぁぁぁぁああああああああああああアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

 

「ヒャーーーーーーーーハハハハハッハハハハハハッハハハハハハッハハ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうですか。【私】は化物です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――お母さん」

 

 

「私を、殺してくれないかな」

 

 

 

 じゃなきゃ、私、死んじゃうよ。

 

 

 

 

 

「――雪乃。この子の名前。きっと可愛い、女の子だから」

 

 

 

 

 

「…………誰か……」

 

 

「……………たすけて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――いただきます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ごちそうさまでした」

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 偶々手に取ったその本は、分厚い日記帳だった。

 

 表紙にタイトルはない。一見は何の変哲もない只の本。

 やけにしっかりした作りで、装丁までしてあった。周りにある意識高そうな本と何ら見分けが付かない。だからこそ、森の中に隠すような感じでこっそりと混ぜておいたのかもしれない。誰が、かは知らないが。

 

 まぁ、他人の日記を読んだ言い訳にはならないな――だが、とても忘れることは出来ないような日記(ものがたり)だった。

 

「…………」

 

 俺は、その日記を元にあった場所に戻す。そして、そのまま室内をもう一度見渡した。

 

 ここは雪ノ下邸のとある一室――雪ノ下陽光(ひかり)の執務室。

 

 陽乃さんが殺された場所――殺害現場。

 

 雪ノ下陽光の長い過去語りが終わった後、俺はこの場所を訪れていた。

 

「…………」

 

 分厚い装丁の日記帳をなぞる。

 

 もうすぐ、午後六時となる。

 

 陽乃さんは雪ノ下と共に、池袋の病院に由比ヶ浜の見舞いへと行くとメールがあった。

 午後六時までにこちらに帰って来るのは難しそうだが、奴等がその時刻ぴったりに迎えにくるとは限らないし、最悪、別々に本部に向かうことになっても構わないだろう。

 考え得る中で高い可能性としては、何処かのガンツによって何処かの部屋に招集されるか、あるいは本部まで直接転送されるという方法を取るだろうしな。わざわざパンダがロケットエンジンで迎えに来たりはしないだろう。それもちょっと見てみたい気もするが。

 

「…………」

 

 終わってみれば、結果として、この会談は最高の形に終わったといっていいだろう。

 

 

――『――どうか、よい戦争を。黒い球体に、よろしくお伝えくださいませ』

 

 

 ……こっぴどく負けはしたが、そんなことはいつも通りに過ぎない。

 奴の言う通り、俺は千葉を離れるにあたって、後顧の憂いを失くすことに成功した。

 

 

――『ご安心を。あなたの守りたかった日常は、私達が代わりに守ります。雪乃も。由比ヶ浜結衣という少女も。この千葉は、あなたの愛した千葉は、これからは私達が守りましょう』

 

 

 雪ノ下と由比ヶ浜の身を脅かす可能性を持つ化物を排除する筈が、そいつ等を味方にして彼女達の身の周りを守る戦力を手に入れることが出来た。

 

 奴等は化物だ。星人だ。信用し過ぎるのも問題だが、奴等が黒い球体を束ねる組織――通称CIONと繋がっていることは、間違いない。

 

「……これが、portable GANTZ」

 

 portable GANTZ――通称P:GANTZ。

 

 執務机の上。

 そこに、僅かに宙に浮いているように見える、手の平サイズの黒い球体が、異様な不気味さを放ちながら悠然と存在している。

 

 あの『部屋』の球体のように人が中に入れるだけのサイズはないが、この質感、この異質感は、見間違える筈がない。あのガンツと同様の技術で作られたものだ。

 

 雪ノ下陽光の話では、千手のミッションが終わった後、CIONの手の者が同盟の証と言って送って来たものらしい――陽乃さんが死んだ直後に、まさかそんな取引が、こんな場所で行われていたとはな。

 

 通常のGANTZのように武器を出したり、メモリーを記録したりすることは出来ないが――転送だけは出来るらしい。

 

 いうならばこれはどこでもドアのようなもので、CIONはいつでもこの家に、連絡要員を送ることが可能なのだとか。

 

 それはいつでもCIONはこの家に、寄生(パラサイト)星人の本拠地に戦闘要員も送ることが出来るということで、そんな関係のどこが同盟なのだと思うのだが、奴等の言い分としては他の星人が雪ノ下邸(ここ)を襲撃しようとした時、我々が戦力を送って撃退してやると、そういうことらしいのだ。

 

 まるで米軍基地を配置された日本のようだ、と、俺は思った。

 同盟という名の、隷属関係。はっきりとした上下関係が見て取れる。力の差がはっきりしている。

 

 だからこそ、これは寄生(パラサイト)星人がCIONと繋がっている何よりの証拠で、雪ノ下陽光を始めとする寄生(パラサイト)星人達の話の裏付けの、確かな証拠の一つ言える。勿論、全ての話が事実だという裏付けにはならない――が。

 

 ……今は、信じるしかないだろう。

 少なくとも奴等が、これから俺等が向かう本部と懇意にあることは確かである以上、ここで寄生(パラサイト)星人と事を構えるのは得策ではない。

 

 ならば――俺は、雪ノ下陽光を、寄生(パラサイト)星人を信じて、預けるしかないだろう。託すしかないだろう。

 

 俺は、彼女達を、放り出したのだから。

 

 元々俺に、とやかく口を出す権利だと、もうないのだ。

 

「…………」

 

 引き寄せられるように、その背表紙を見つめてしまう。

 

 これは、[彼女]の日記であり、【彼女】の日記だった。つまりは『彼女(かのじょたち)』の日記だった。

 

 それは――とある化物の日記であり、とある化物の日記でもあり、とある化物の日記でもあった。

 

 それは、ひとりぼっちの化物の独白で。

 

 それは、感情を持って生まれた化物の慟哭で。

 

 それは、人間を志した、人間に憧れた、化物達の――人生で。

 

 それは、脈々と受け継がれていく――繋がっていく、[彼女]の、【彼女】の――『彼女』の物語だった。

 

「…………」

 

 これは、俺が知らなかった物語――本来、俺は知ることはなかった筈の物語。

 

 化物と人間の、人間と化物の物語。

 

 昼の世界と、夜の世界。

 表の世界と、裏の世界。

 

 俺が知らなかった世界の、俺が知らなかった過去の物語。

 

 当然ながら、俺が知らなかっただけで、星人はずっと前からいて、人間はずっと戦い続けてきた。

 

 俺がその世界を知ったのはほんの半年前で、俺が歩んできた物語など、この広大な地球の、この壮大な歴史の中の、ほんの一頁にも満たない、ほんの数行すら埋められない程度の、浅い物語なのだろう。

 

 一人一人の人間に、一体一体の星人に、一つ一つの物語がある。

 

 俺は、それを知らなくてはならない。

 一つでも多く知らなくてはならない――全ての物語は繋がっている。

 

 あの狭い部屋から飛び出し、より深い闇の中へと飛び込むのならば。

 より世界の深い場所へと潜るのならば。より物語の、根源に近い場所へと臨むのならば。

 

 今こそ――千葉から巣立つ時だ。世界へ羽搏はばたく時だ。

 

 これから俺は、この人間と星人の、黒い球体の物語の、主要キャスト共に会いに行く。

 

 そこは、より恐ろしい闇の中で、より悍ましい化物の巣窟で、今よりも遥かに救いようのない地獄なのだろう。

 

 これまでの地獄が、天国に感じてしまう程の、地獄なのだろう。

 

「――――だが、もう……後戻りは出来ない」

 

 俺は雪ノ下雪乃を切り捨てた。由比ヶ浜結衣を切り捨てた。比企谷小町を、この手に掛けた。

 

 もう俺に帰る場所などない。千葉にはもう、未練はない。

 

 俺は――幸せにならなくちゃいけない。

 

 その為に、俺は――強くなる。

 

「……終焉(カタストロフィ)まで、後――半年」

 

 時間は余りにも少ない。だが、やるしかない。

 全ては、終わりの日(クライマックス)を、生き抜く為に。

 

 半年で主要キャラにまで上り詰めてやるよ。

 例え地獄に堕ちてでも――地獄から、更なる地獄に堕ちてでも。

 

 死んでも、幸せになってみせる。

 

「……幸せにならなくちゃ、俺は死ねない」

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「…………」

 

 都築は、机の上の黒い球体を腐りきった瞳で睨め付けながらそう呟く八幡を、ただ黙って見ていた。

 

 この執務室からは、雪ノ下家の庭が良く見える。

 先程まで八幡達がいたパラソルには、未だ陽光と豪雪が残り、なにやら言葉を交わしているように見えた。

 

 そして、そこから離れた、とある場所。

 雪ノ下邸の一階にある応接間がよく見える中庭。

 

 そこには、二人の美少年がいた。

 まるで双子のように瓜二つ。まるでクローンのように同一。

 

 お揃いの白いパーカーを纏った、黒髪童顔の二人は、片方はパーカーのポケットに両手を入れ不敵に笑い、片方はそんな彼の後ろに続いて嬉しそうに微笑んでいた。

 

「…………」

 

 都築はそこまで見て、そのまま彼等を意識から外した。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 自分達から視線が外れたことを確認した彼等は、一度執務室の窓に目を向けた後、再び目を合わせて微笑み合う。

 

「――さて。この辺でいいかな」

 

 ポケットに両手を突っ込んでいた美少年――霧ヶ峰霧緒は、己と同一容姿の存在に対し、まるで心拍数を乱すことなく、旧友と再会したかのような口ぶりで告げる。

 

「ようやく二人っきりで話が出来るね。――(けい)くん、って呼ばせてもらってもいいかな」

「勿論だよ、“僕”。……ううん、こうして生き返ってくれた以上、もう僕が“僕”を名乗る必要もないね。霧緒くんと呼ばせてもらうよ。僕のことも――ぜひ継と呼んで欲しい」

 

 かつてとある庭師が手入れをしていた樹の下で、二人の同一容姿の少年達は語らう。

 

 霧ヶ峰霧緒。

 そして、八幡から偽中坊と呼ばれていた、中坊の化けの皮を被っていた化物――名を、朧月継(おぼろづきけい)と言った。

 

「君にも僕に聞きたいことは沢山あるだろうけど――そうだね。それでも、まずは君の仕事から済まそうか」

「……仕事?」

「誤魔化さなくていい。言付かっているんだろう? 僕がこうして生き返った時用の伝言(メッセージ)を。《彼女》から。もしくは、《彼》から」

「っ!?」

 

 霧ヶ峰の言葉に、継は瞠目する。

 

 そして、呆然といった様相で問い返した。

 

「……お、思い、出したの……? 《彼女》のことを……?」

 

 有り得ない。それだけは有り得ないと、継は《彼》に聞いていた。

 

 霧ヶ峰に施されたのは、通常のGANTZが行う記憶操作のように、記憶(データ)を奥深くに閉じ込めて幾重にも防護(プロテクト)を重ね掛けるといった形式のそれとは()()()()()()()()

 

 彼が一度、()()()()()()()()()()()()()()――()()()()()()()()、他の記憶に関しては通常通りの記憶操作が行われたが、こと《彼女》に関してのみは、それとはセキュリティレベルが段違いの特別処置が施されたのだ。

 

 いうならば、記憶移動――記憶強奪。

 

 霧ヶ峰霧緒という少年の頭の中にあった《彼女》に関する記憶(メモリー)を、彼の中に面影(バックアップデータ)すら残さずに、全てを《彼女》は抜き取った。

 

 霧ヶ峰少年の中に《彼女》は存在しないし、存在しなかったことになっている――筈だ。

 

 故に、通常のGANTZの記憶操作のように、何かのきっかけでプロテクトが罅割れ、記憶が蘇るといったことは起きない――筈だ。

 何故なら、霧ヶ峰の中に、蘇るような《彼女》の記憶は、封じ込まれている《彼女》の記憶は、面影(バックアップ)すらも存在しないのだから――なのに。

 

 継の驚愕を見て、霧ヶ峰霧緒は穏やかに微笑みながら、樹の幹に背を預けながら言う。

 

「……全てを思い出したわけじゃない。僕の中にあった、《彼女》の残滓を、それっぽい残りカスを集めて――残像を蘇らせただけさ。今も、瞼を瞑っても、《彼女》の朧気な背中しか思い出せない」

 

 そう言って、木陰の中で、涼やかな風に揺られる木の葉の音の中で、目を瞑りながら、霧ヶ峰霧緒は思いを馳せた。

 

 蜃気楼のような残像の少女の残滓に。

 

 面影すら残っていない、朧気な金色の後ろ姿に。

 

「………………」

 

 そんな姿を、継はただ無言で見詰めていた。

 

 彼と――《彼女》は。

 

 霧ヶ峰霧緒と、【■■■■■】。

 

 継が憧れ、継が見蕩れた、この二人の規格外は。

 

 かつてどのようにして繋がり、そして今、どのように繋がっているのだろうか。

 

「……………」

 

 しばし静かな時間が流れたが、やがてゆっくりと目を開けた霧ヶ峰が、微笑みながら継に問いかけた。

 

「ごめん。似合わずにセンチメンタルになっちゃったね。君は職務を果たすといい。あの美魔女なボスには言えないような――()()()を築いているんだろう。君からか、それとも『向こう』から作った繋がりなのかは知らないけれどね」

「……本当に、君って奴は」

 

 最早、この少年に対して驚くのは止めにしよう。

 この半年でほんの少しは近づけたと思っていた昨日までの自分が本当に恥ずかしい。

 

 それに、この少年に驚かされるのは嫌いじゃない。ただ憧れが強まるばかりだ。

 ほんの一言の言葉を交わす度に、この“鬼”に魅せられていく自分を感じる。

 

 あの《彼女》とは――また違う。

 惹かれるものは、魅せられるものは、徹底的に引き摺り込まれてしまうような――魔性。

 

(あの人外も、この鬼の魔性に……取り込まれたのかな?)

 

 そして、きっと――それは、この鬼も。

 

「――そうだね。それじゃあ……僕も、お仕事をしよう」

 

 もっとこの人間を見ていたい。もっとこの人間の傍にいたい。

 この人間が、どこまでいくのか。この鬼が、どこまで世界を揺るがすのか。

 

 霧ヶ峰霧緒という男の物語を、誰よりも傍で見ていたい。

 朧月継は、確かな決意と共に、この美しい鬼を、この恐ろしい人間を。

 

「伝言を、預かっているんだ」

 

 地獄の底の地獄へと、誘う言葉を真っ直ぐに告げる。

 

「今日、君はCIONの本部へと呼ばれる。――その時、真っ先に、何よりも優先して、この場所へと向かって欲しい。これを持っていれば、君はその場所に転送される」

 

 朧月継は、霧ヶ峰霧緒に向かって――P:GANTZを差し出す。

 

 そして、彼に向かって、()の者から預かったメッセージを、そのまま預かった通りに告げる。

 

「『君の帰還を待っていた。あの日、預かったものを、君に返そう――」

 

 

 

――Cosmopolitan Integration OrganizatioN(世界主義統合機構)

 

 

――CEO(最高経営責任者)

 

 

 

――虹ヶ崎虹鳴(にじがさきこうめい)

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 そして、場所は戻って、雪ノ下邸――玄関先。

 

 テーブルを挟むようにして、パラソルの下に夫婦が向かい合う。

 

 雪ノ下陽光(ひかり)。雪ノ下豪雪。

 都築がいない為に陽光自ら紅茶を二人分継ぎ足したのを皮切りに――重苦しい夫婦喧嘩が始まった。

 

「――どういうつもりだ?」

 

 雪ノ下豪雪が切り出した。

 その瞳はまさしく極寒で、受け継いだ名に相応しい、豪雪のような冷たく重々しい眼差し。

 だが、雪ノ下陽光は夫のそんな眼差しを飄々と受け流しながら、「どういう、とは?」と、微塵も動じることなく問い返す。

 

「此度の会談は、当初の予定以上の成果があった。考え得る限り最高の結果といっていい。陽乃を生き返らせることが出来た上に、霧ヶ峰霧緒も蘇らせ、そして比企谷八幡の信用も手に入れた」

「……CIONからの面目も保ち、娘の安全も確保できた。一体、何が不満だというの?」

 

 豪雪の言葉に、陽光が問う。

 これ以上、一体何を求めているのかと。

 

「――確かに、寄生星人(われわれ)にとって、霧ヶ峰霧緒の蘇生は急務だった。CIONからの直々の厳命だったからな。寄生星人(われわれ)は、何としても成し遂げなければならなかった……その為に」

 

 俺達は、陽乃(むすめ)黒い球体の部屋(地獄)に送ったのだから。

 

「…………」

 

 豪雪の言葉に、陽光は何も言わない。

 ただ、湯気を上げる程に熱かった紅茶が――凍り付いただけだった。

 

「…………」

 

 そして、豪雪も陽光に何も言うことなく、話を先に進める。

 

「――確かに、霧ヶ峰霧緒も蘇生した。それもカタストロフィよりも半年も前に。陽乃も還ってきた。結果としてみれば、何も問題はない。むしろ出来過ぎなくらいのように思える」

「……分からないわね。アナタの言いたいことが。だとすれば、結局は何が面白くないというの? はっきり言って。夫婦の間に隠し事はなしよ」

 

 額を長い指で支えながら、みるみる内に冷たさを増していく視線と言葉で、夫を問い詰める陽光の言葉を、豪雪は端的に両断した。

 

「――比企谷八幡だ」

 

 陽光は、その言葉に俯いていた顔を上げ――夫を見詰めた。

 豪雪は、腕を組みながらも鋭い眼差しで――妻を見据えた。

 

「……お前は随分と奴を評価しているようだ。些か、行き過ぎと感じる程に」

「……今更、何を言っているの? 彼については、CIONの方からも重要視するように言われているでしょう?」

「それはあくまで、()()()()()()()()()()()()()()()()()として、だ」

 

 豪雪は尚も問い詰める。

 いつもは雪原のように物言わぬ男が、まるで熱くなっているかのように。

 

「霧ヶ峰霧緒を、そして陽乃を生き返らせるために、確かに比企谷八幡は重要人物だった。だが、その前提から、俺は疑問を抱いていた」

 

 雪の冷たさに――炎のような苛烈さを滲ませ、言う。

 

「そもそもの話――比企谷八幡という男がいなければ、霧ヶ峰霧緒も、そして陽乃も死ななかったのではないか、とな」

 

 夫は言った。雪ノ下家の、当主は言った。

 今も自分達の住処の何処かにいるであろう同盟相手について。

 

 奴は、奴こそは――我らが娘の仇なのではないか、と。

 

「………………」

 

 その言葉に、陽光は何も言わずに先を促す。

 

「霧ヶ峰霧緒が()()()()田中星人に殺された。これはあのCIONの奴等も予想だにしていない緊急事態だった」

 

 豪雪は言う。平坦な口調で。淡々と機械的に。

 

「そして――陽乃。たとえ千手観音の端末が紛れ込んでいたとはいえ、あの陽乃が仏像星人如きを相手に殺されるとは……俺にはとても思えなかった。それとも、いつの間にか俺も親馬鹿になれる程に、人間らしくなれていたのか?」

 

 これは陽光ですら見たことのない、陽光以外のことで感情を見せる夫の姿で――いや。

 

(……それでもきっと、私のことね)

 

 あの時――陽乃が帰ってこなかった夜。

 

 陽光がどれほど己を呪ったかを知っているから。この夫は、誰よりも傍で見ていたから。

 

「――あの二人だけではない。……チビ星人の暴走も、間違いなく奴が発端だ。あれによって……雪乃がどうなったか。お前も理解しているだろう」

「……あれに関しては、彼だけを責めることは出来ないわ。CIONとの関係悪化を恐れて、結局は何も出来なかった……私達にも、責任はあるでしょう」

 

 結果として雪乃は死ななかったが、死んでもおかしくない――死なない方がおかしかった程の事件だった。雪乃以外のJ組生徒は誰一人として助からなかったのだから。

 

 既に雪乃の同級生が、そして姉がガンツの戦士になってしまう程の状況だったのだ。

 ああいった事態も想定しておくべきだったし、最低限、雪乃の傍に護衛の一体でも配置しておくべきだった。

 

「――だが、そもそもの発端は、比企谷八幡だ」

 

 豪雪はそう断ずる。

 そもそもの原因は奴だと。全ての原因は奴だと。

 

「全ては、比企谷八幡が黒い球体の部屋へと招かれてから動き出している」

 

 霧ヶ峰霧緒が死に、雪ノ下陽乃が死んだ。

 日常の総武高が襲撃され、雪ノ下雪乃が壊された。

 そしてオニ星人が表世界を襲撃し、二つの世界の垣根が破壊されようとしている。

 

「……これは、偶然か?」

 

 全ては比企谷八幡が画策したこと――とは思えない。

 

 だが、全ては比企谷八幡が引き起こしたこと――そう思える程に、彼はあらゆる事態を悪化させている。

 

 彼が戦えば戦う程、藻掻けば藻掻く程、悪足掻けば悪足掻く程――世界は着実に終焉へと向かっているように思えてならない。

 

「……本当に、荒唐無稽ですね。まるで全ての罪を彼に被せたいかのように、強引なこじつけです」

 

 でも――それも、きっと少なからず当たっているのでしょうね。

 

 陽光は、黒色に侵食されていく美しい空を見上げながら、呟くように言った。

 

「……いるんですよ。残念ながら、確実に。……ただ、願っているだけなのに。ただ、望んでいるだけなのに。ただ、欲しているだけなのに。ただ、手を伸ばしているだけなのに」

 

 憧れただけなのに。綺麗になりたかっただけなのに。

 暖かくなりたかっただけなのに。寒いのが嫌だっただけなのに。

 

 幸せに――なりたかっただけなのに。

 

 本物が――欲しかっただけなのに。

 

 なのに――なのに――なのに。

 

 …………どうして。

 

「…………どうして、こうなっちゃったのかなぁ」

 

 陽光は、そう呟いて――苦笑しながら、夫に笑いかける。

 

「……こうなっちゃう、人もいるのよ」

 

 ただ――純粋な、願いだけを抱えて。

 

 戦って、戦って、戦って。

 戦って戦って戦って戦って戦って。

 

 それでも――世界はそんな奮闘を嘲笑うかのように。

 

 幸せを遠ざけて、ただ絶望だけを押し付ける。

 

「神様とかいうものに嫌われて、世界とかいうのにも嫌われている。だけど、理不尽にはとことん愛されている。そんな生命が、この世界にはいるのよ」

 

 陽光は笑う。儚げに笑う。雪の結晶のように、美しく――悲しく。

 

 豪雪は、ただそれを受け止める。

 そんな夫に、妻は優しく言った。

 

「……確かに、彼は周りを不幸に落としたかもしれない。彼はいくら頑張ろうと、戦おうと報われない嫌われ者なのかもしれない。……でもね。彼は私と違う所があるの」

 

 彼は――化物な私とは、違うの。

 

 陽光は、空を眺めながら言った。漆黒に塗り潰されまいと、堪えるように現れた月を見ながら言った。

 

「彼は――人間よ」

 

〔彼女〕が憧れ、【彼女】が憧れ――そして『彼女』が、愛した。

 

「彼こそが――人間よ。私は、そう思うわ」

 

 陽光は、そして――美しく、笑った。

 

「何より――娘達が好きになった男の子ですもの。信じてあげたいでしょう?」

 

 それは豪雪が、この世で最も愛する笑顔で。

 

「…………そうか」

 

 この世で最も弱い、豪雪最大の弱点だった。

 

「――母は、強いな」

 

 いつか、こんな風に――俺も父親になれるだろうか。

 

 こんな風に、人間のように、なれるのだろうか。

 

(…………父親、か)

 

 豪雪は――雪ノ下陽光程に人間ではない。

 

 陽乃を、雪乃を愛してはいるが――それでもいざという時はきっと、迷わず陽光を選ぶだろう。娘を見殺し、妻を助けることを、躊躇なく選択するだろう。

 

 豪雪に芽生えている僅かな感情の全ては、陽光に関するものだ。陽光が起点のものだ。陽光を源泉とするものだ。

 

 だが、きっと陽光は――何よりも、娘のことを優先するだろう。

 己の生命を失うことになったとしても。嬉々として、娘の為に死ぬだろう。

 

 陽光が娘の為に死んだその時、豪雪は――娘の為に死ぬことが出来るだろうか。

 

「…………」

 

 きっと、娘を殺すのだろうと、豪雪は思った。

 愛するモノを殺されたら、きっと子供だって殺してしまう。

 

(……もし、俺が父親ならば――)

 

 陽乃が帰ってこなかったあの日――比企谷八幡を、きっと殺していたのだろう。

 娘を殺されて、相手を殺そうとしない父親など――この世には存在しないだろうから。

 

「……俺は、父親失格なのだろうな」

 

 そう呟きながら、今度は豪雪が空を見上げた。

 陽光が「……あなた、何を――」と何かを言いかけた時――豪雪の、表情が固まった。

 

 普段から氷のように無表情である豪雪だが、陽光だけはその表情の変化を感じ取れた。

 

 そして、夫の視線の先に陽光が目を向けると――そこには。

 

 

 

 二筋の電子線が――執務室から庭へと伸びていた。

 

 

 

 そして――鳴り響く。

 

 あの――地獄へと誘う歌が。

 

 

 

 

 

あーた~~らし~~いあーさがき~~た~~きぼーのあーさーがー

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「――――な」

 

 俺は、喉から空気が掠れ出るのを自覚した。

 意味が分からない。だが、この歌だけは、例えどれだけ耳を塞ごうと聞き逃す筈がない。

 

「――何なんだ、これは……ッッ!!」

 

 俺は思わず都築さんを睨み付ける。

 ここは雪ノ下邸――寄生(パラサイト)星人の本拠地。奴等の何かしらの罠である可能性が過ぎったからだ。

 

 だが、都築さんの浮かべていた表情は困惑だった。

 本性では表情というか感情が乏しい彼だったが、それでも目の前に起こる事態が想定外であることは確かなようだった。

 

(……だとすれば……これは――)

 

 俺は、改めてそれを睨み付ける。

 

 執務室の机に置かれているP:GANTZ――やはり、ここからラジオ体操は流れ、そして電子線は伸びている。

 

(……普段ならば、この電子線は新しい戦士の召喚……そしてこの歌はミッションの開始を知らせる音楽……だが、ここはあの『黒い球体の部屋』じゃない。この執務室が別の黒い球体の部屋だという可能性は皆無じゃないが、電子線は部屋の外へと伸びている――)

 

 俺は窓の外へと目を向ける。

 

 光が照射されているのは、雪ノ下邸の敷地内――門から、あのパラソルまでの間の広いスペースに、二筋。

 

「……何が起きてる? ……何が起こるんだよ、クソ」

 

 意味が分からない。

 今まで連続ミッションや、部屋の外でのミッションじゃない戦闘はあったが――部屋の外で始まるミッションなんてのは初めてだ。何を考えているんだ、ガンツ。

 

 時刻はもう六時になる。

 あのパンダの言うことが本当なら、ガンツの組織は今から大事な会見を始める筈だろう。

 まさか、これはガンツにとっても想定外の何かなのか。

 

 ……とにかく、今は準備だ。

 ガンツスーツは着ている。ソードもある。銃はXガンとYガンのみでBIMもない。

 ……心許ないが、最低限の装備はある。

 

 残る問題は、これがミッションなのか、そしてミッションならば標的(ターゲット)は何なのかということだ。

 

 ……まさか、転送されてくるのは、戦士ではなく星人(ターゲット)

 ガンツが送り込んでくる星人を、ここで倒せということなのか?

 

 徐々に電子線が、送り込んできた正体不明を形どってくる。

 ……遠目だが、シルエットは人間のように思える。それも――ガンツスーツを着た二人組。片方は男で、片方は女。

 

 ……やはり新しい戦士なのか。

 だとすれば、標的(ターゲット)は一体――――?

 

 

「――――ッッッ!!!???」

 

 

 ……は?

 

 ……何だこれ、どういうことだ?

 

 

 

 

 

「…………何なんだよ。それ」

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 時計の針が進む。

 

 時刻は――午後五時五十九分。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 来良総合医科大学病院――屋上。

 

 時刻――まもなく、午後六時。

 

(……もう、そんな時間か)

 

 雪ノ下陽乃は、手首に巻いた腕時計にて時間を確認する。

 

 結局、陽乃は表世界の最後の一日を、ずっと屋上で体育座りをしながら過ごしていた。

 

(……このわたしが、まるで教室に居場所の無い、いじめられっ子みたいね)

 

 自嘲的な笑みが漏れる。

 あの雪ノ下陽乃が、こんな笑みを浮かべる日が来るとは、自分でも思いもしなかった。

 

(……流石に、雪乃ちゃんは帰ったかな?)

 

 そう思いながら、ゆっくりと陽乃は立ち上がる。

 妹に会わせる顔はないけれど、それでも、パンダに言われるまでもなく、午後六時のCIONの会見を見逃すことなどあってはならない。

 

(といっても、それは全国民共通の思いでしょう。不特定多数が観るテレビなら、間違いなくチャンネルはあの会見の筈)

 

 携帯端末を握り潰した陽乃には、この屋上にて一人で鑑賞するということは出来ない。

 だが、ここは病院だ。待合室などでテレビは幾らでもあるだろう。

 

 陽乃は自身に再び透明化を施す。

 取り敢えずまた屋上から飛び降りて、適当な場所で会見を――と、思った所で。

 

 

 ドスンッッ――と、屋上に何かが落下した。

 

 

「――っ!?」

 

 思わず反射的に体を硬直させる。

 まるで隕石か何かが直撃したかのような衝撃。

 

 あのパンダがロケットのように帰ってきたのか――そう咄嗟に思考したが、次の瞬間には、その事実を認識した瞬間には、そのような思考は吹き飛んだ。

 

(……あれほどの衝撃なのに――)

 

 

――この病院は一切揺らいでいない――ッ!?

 

 

 体感的にも凄まじい威力だった。

 建物全体が揺れるどころか、屋上が崩壊する光景を幻視してしまった程だ。

 

 だが、現実には、屋上には罅一つ入っておらず、何のパニックも起こっていない――まるで、何も起こっていないかのように。

 

 けれど、それは違うと、陽乃だけは気付いている。

 

 何かは確実に落下した。

 それは隕石ではなくても、何かが隕石のように――襲来したのだ。

 

 陽乃の目の前に、突如として襲来した正体不明がいた。

 

 自分と屋上の出入り口の間に墜落したそれは、身の丈以上に巨大な、正しく隕石のような――ハンマーを担いでいる。

 

 そして、そのハンマーと同じくらい、光沢のある――漆黒の全身スーツを纏っている。

 

(…………あれは――あの人は――)

 

 陽乃は凝視する。

 見覚えのあるスーツを身に纏う、見覚えのある人物を。

 

 黒槌を担ぐ黒衣は――妹の親友にそっくりな笑顔を向けて、その独特な挨拶を陽乃に放った。

 

 

「――やっはろー! 雪ノ下陽乃ちゃんだよね?」

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 時計の針が、また進む。

 

 

 時刻は――午後六時。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 眩いフラッシュが一斉に焚かれた。

 

 永田町――首相官邸。

 

 時刻が日本時間午後六時を示すのと同時に、溢れんばかりのマスメディアが集められた一室に、二人の男が姿を現した。

 

 いかにも記者会見というような、横長の折り畳み机とパイプ椅子。

 六脚用意されたその椅子の、奥の二つの椅子に、男達は一礼の後に座った。

 

『――時刻は午後六時。早朝の声明で予告されていた定刻通りに、会見は始まるようです。……当初の情報ではあくまで政府関係者による会見とだけ伝えられていましたが……』

『……会見場所として官邸を使用するといった段階から予想はしていましたが……やはり、総理自らマイクを持つようですね』

『……そして、総理と共に現れたのは、現職の防衛大臣――』

 

 

 

――小町小吉防衛大臣です。

 

 

 

 ニュースキャスターは、二人の男達が椅子に腰掛けるまでに、そう視聴者に情報を届けた。

 

 鍛え上げられた肉体と顎鬚が特徴の背の高い男は――防衛大臣は言う。

 

「――それでは、定刻となりましたので、これより、昨夜、東京都豊島区池袋駅周辺にて発生した、未確認生物による一般人大量殺人事件、通称『池袋大虐殺事件』に関する、政府の見解を発表する会見を行いたいと思います」

 

 

 Cosmopolitan Integration OrganizatioN(世界主義統合機構)  

 

 JP(日本)支部 副代表 

 

 JP支部戦士(キャラクター)ランキング 1位(最上位幹部)

 

 防衛大臣

 

 小町小吉

 

 

「……それでは、会見を始めるに置きまして、まずはこの残された空席に座るべき――四人の英雄を皆様にご紹介したいと思います」

 

 

 Cosmopolitan Integration OrganizatioN(世界主義統合機構)

 

 JP(日本)支部 代表

 

 戦士(キャラクター)ランキング 枠外

 

 内閣総理大臣

 

 蛭間一郎

 

 

『――な!? 何でしょうか!? 蛭間総理の言葉と共に、突如として室内に……四筋の光が現れました!?』

 

 半ばパニックに陥るマスコミ達。

 だが、職業病か、それともプロ意識か、全員が意味も分からずに、その意味の分からない光景を記録に残そうとカメラを回し、フラッシュを焚いていく。

 

 そして、何処かの番組の誰かのコメンテーターが言った。

 

『……あれは? まさか、昨夜の池袋大虐殺の終結時にも現れた……天から降り注いだ、あの光線?』

 

 

 四本の電子線は、総理大臣と防衛大臣と並ぶ四つの空席に――四人の戦士を召喚する。

 

 一様に不可思議な漆黒の全身スーツを身に纏う――年端もいかぬ四人の少年少女達。

 

 

 逆立つ金髪の大男。

 

 水色髪の小さな少年。

 

 艶やかな黒髪の美しき少女。

 

 そして――昨夜、日本全国民が目撃した、あの地獄の大虐殺を終結させた英雄。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 とあるフードにロイド眼鏡のオニと、悪魔のような山羊の頭の被り物のオニは観ていた。

 

「……どう見る? 篤」

「……随分と、思い切った決断をしたものだ」

 

 

 

 

 

 とある戦闘の天才の氷鬼と、哀れな残灰の白鬼は観ていた。

 

「――ほう」

「…………」

 

 

 

 

 

 とある孤独だった座敷童と、そんな座敷童に寄り添う眼鏡の少年は観ていた。

 

 巨大な街の巨大な街頭モニターで、四人の黒衣が続々と姿を現すその様子を。

 

「……平太」

「……そうだね。やっぱり、思った通りだ」

 

 噎せ返るような人の海の中、平太は詩希をギュッと抱き締めて言う。

 

「――鴨桜(オウヨウ)さんに、伝えないと……ッ」

 

 そして平太は、人混みから外れた路地の前でモニターを見上げる化物に目を遣る。

 

 

 

 

 

 とある元人間で妖怪で吸血鬼で式神な化物と、迷子の駅員の少女は観ていた。

 

 暗い路地裏から突如として現れ、百目鬼の背後に立つ少女に、彼は振り向くことなく言う。

「――如月か? 何の用だ?」

「……晴明さんから、伝言です」

 

 駅員帽を被ってナップザックを背負う小学生ほどの少女が、百目鬼の横に立ち、巨大な街頭モニターを眺めながら言った。

 

「――『なんか超ダルいから代わりに会見観といて。後で概要ヨロ♪』……だ、そうです」

「…………あんのクソ(あるじ)……ッ」

 

 ひっ――と、少し前方から眼鏡の少年の悲鳴が聞こえた。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 そして――その会見は、日本だけでなく世界中に流されていた。

 

 

 

 

 

 ロシアのツンドラ地帯に聳える基地の中で、黒髪ボブカットのガラの悪い女と、無色透明な少年は観ていた。

 

「――ハッ。さぁて、世界はどう滅茶苦茶になるかねぇ」

「……………………」

 

 

 

 

 

 バチカンの教会奥の密室で、聖書と十字架を握り締める神父と、純白の修道女と漆黒の修道女、そして白髪白髭の老人は観ていた。

 

「へぇ、大胆ね。優柔不断のジャパニーズのくせに」

「……彼等も、深慮の末の決断でしょう」

 

 正反対の色の修道女の後ろで、神父は十字を切り、祈る。

 

「…………神よ」

 

 老人は、全てを見渡す位置に座り。

 

「………………」

 

 まるで、眠るように――目を瞑る。

 

 

 

 

 

 広大な都の中心に位置する塔の一室で、険しい顔の黒髪の美青年と、笑顔を張り付けた純黒のスーツに緋色のネクタイの男は観ていた。

 

「……愚かな」

「ふふ、そうかね。君にはそう見えるかね。そう思えるかね」

 

 笑顔の男は、血の色のネクタイを更に深く己に締めて――笑う。

 

「――実に、面白い」

 

 

 

 

 

 ワシントンD.C.のペンシルベニア通り1600番地にある官邸のオーバルオフィスにて、金髪オールバックの屈強な男と、カールがかった金髪にビジネススーツのふくよかな男は言う。

 

「はっはっはっ、見るがいいデイヴス! 我が親友イチローが楽しいことをやっている!」

「……他人事ではありません。これから世界が変わるのです。あなたは世界で一番忙しい男となるのですよ」

「何を言う!」

 

 ふくよかな男は、その部屋の執務椅子にふんぞり返り――窓の外の合衆国に視線を移して言った。

 

「そんなものは――この椅子に座った者の当然の税金だ」

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 そして――某国、某所。

 

 真っ暗な部屋の中、淡く光る六角形のテーブルの一辺に、ただ一人。

 

 テーブルに肘を着き、細い指を組むフルフェイスマスクにマント姿の存在は、虚空に浮かび上がるモニターで観ていた。

 

 そして、出入り口の無いその部屋の仮面の男の背後に、一筋の電子線が照射される。

 

「……お前も来たのか」

 

 加工されていない生まれ持った肉声を漏らす仮面の存在。

 

 一切振り向くことはせず、ただモニターを見ながら続ける。

 

「――ようやくだ。……ようやく、ここまで来た」

 

 謎の人影は、仮面の存在の前に回り、その膝に座る。

 

 仮面の存在はそれに構うことなくモニターを見続け、そっとその髪を撫でた。

 

「――もうすぐだ。……もうすぐ、『あそこ』まで行ける」

 

 仮面の男は、次々と黒衣の戦士達が召喚されていくのを眺めていた。

 

 紫紺色のスクリーン越しに届くその光景が、仮面の存在にはどのように映っているのか、それは本人にしか分からない。

 

 謎の人影は、そんな彼の胸に凭れ掛かり。

 

「…………」

 

 何も言わず。

 

 まるで映画を観るかのように。

 

 

 それを、観ていた。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 同刻――来良総合医科大学病院屋上。

 

 巨大な黒槌を担ぐ桃色の髪の美女は、文字通りの無邪気な笑顔で――雪ノ下陽乃を観ていた。

 

「…………確かに、わたしは雪ノ下陽乃だけど……あなたはどなた? 殺し屋かしら?」

「ちがうよー。あたしは正義の味方だよー」

 

 ぶんぶんと黒槌を振り回す。それによる風切り音だけで殺されそうに感じる陽乃は、汗を流しながら不敵に言う。

 

「なら、どうしてわたしを殺そうとするのかしら?」

「あはは。殺す気ならとっくに殺してるよー」

 

 桃色の髪の美女は、どこかの誰かにそっくりの笑顔で――黒槌を大きく振り上げる。

 

「あたしは只の試験官だよ。裏口入学は簡単じゃないってこと。さぁ、陽乃ちゃん! 行っくよ――!!」

 

 そして、鋭く、振り下ろす。

 

 瞬間――地面が爆発した。

 

「あたし達の仲間になりたくば――まずはあたしを倒してから行け!!」

 

 

 Cosmopolitan Integration OrganizatioN(世界主義統合機構)

 

 本部職員

 

 戦士ランキング 枠外

 

 由比ヶ浜結愛(ゆあ)

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 同刻――雪ノ下邸。

 

 二筋の電子線が、二人の黒衣を召喚する。

 

 片方は男。片方は女。

 

 男は抜身の黒刀を、女は細身の黒弓を手に持ち。

 

 二人並んで、女は無表情で、男は笑みを浮かべながら。

 

 

 たった二人で化物の巣へ、寄生(パラサイト)星人の本拠地へと襲来する。

 

 

「…………何で――」

 

 掠れた声で言った。

 

 比企谷八幡は、その存在を知っていた。

 

 へらへらと笑う男も、一切の表情を浮かべない女も、見覚えがあった。

 

 比企谷八幡は、生まれたその瞬間から、その存在を知っていた。

 

 何故なら、彼は、彼女は――。

 

 

「おぉい!! 八幡!! 出て来いヤァ!!!」

 

 

 男が刀を振るう。

 

 剣閃は雪ノ下邸の広大な敷地内に――黒火のアーチを描き出す。

 

 黒い火を背負う黒衣達は、揃ってとある一点を見詰める。

 

 瞬間――執務室の窓ガラスが粉砕された。

 

「――ッッ!!!」

 

 八幡の頬を黒い矢が擦過する。

 

 開く傷。流れる血。

 

 だが、八幡は矢を射られるまでもなく――その視線に射竦められていた。

 

 女の眼鏡の奥から除く冷たい瞳に。男の濁りきった眼光を放つ眼に。

 

「……聞こえなかったの? 降りてきなさい、八幡」

 

 八幡は、まるで怒られることを恐れる子供のように、情けない声を漏らす。

 

 

「…………母ちゃん」

 

 

 女は鏃のように鋭い視線で――己が息子を射抜く。

 

 

 Cosmopolitan Integration OrganizatioN(世界主義統合機構)

 

 本部職員

 

 戦士(キャラクター)ランキング 枠外

 

 比企谷雨音(あお)

 

 

 そして、黒刀を、まるで不良がバットを見せつけるかのように己の肩に当てる男は、へらへらと笑いながら――己が息子を嘲笑する。

 

「どうした? なに? ビビってんの、お前?」

 

 

 Cosmopolitan Integration OrganizatioN(世界主義統合機構)

 

 CEO直轄部隊 リーダー

 

 戦士(キャラクター)ランキング 枠外

 

 比企谷晴空(はると)

 

 

「…………親父……ッッ」

 

 八幡は、口端からも血を流す程に――食い縛る。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 同刻――首相官邸。

 

 突如として虚空から出現した四人の人間に――四人の黒衣に。

 

 思わず沈黙する百戦錬磨のマスメディア達。

 そして、彼等が我に返るよりも早く。

 

 小町小吉防衛大臣は、マイクを握り、彼等に向かって――自分達に向けられたカメラを通じて、固唾を呑んで見る者達に向かって。

 

 国民に向かって――世界に向けて、言う。

 

 宣言する。

 

「彼等は、地球外生命体、通称『星人』に対して設立された、対『星人』用特殊部隊のメンバーであり、昨日の池袋大虐殺事件に置いて多大な功績を残した――戦士であり、」

 

 英雄です。

 

 蛭間一郎内閣総理大臣は、発表した。

 

 

「部隊名は――」

 

 

 

 GANTZ

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 同刻――千葉。

 

 黒火に囲まれた雪ノ下邸の敷地内で、親子は向かい合っていた。

 

 比企谷八幡の目の前に、実父と実母が立ち塞がる。

 

 真っ黒な――黒衣を身に纏って。

 

「……親――」

 

 瞬間――ぶん殴られた。

 

 瞬間移動で、ぶん殴られた。

 

「カッ――」

 

 雪ノ下陽光と雪ノ下豪雪の間を吹き飛び、パラソルを薙ぎ倒し、雪ノ下邸の壁に叩き付けられる八幡。

 

 比企谷晴空は、ゆっくりと歩きながら、ニタニタと笑いながら言う。

 

「久しぶりだなぁ、クソ息子。ちょっと見ない間にまた一段と腐りやがって。誰に似たんだ? あぁ?」

 

 黒刀を真っ黒に発火させ、ガラガラと切っ先を引き摺りながら――黒火の道を作りながら、笑う。

 

「驚いたぜ。お前が『こっち側』に来たと知った時は。まぁ、どうでもいいから放置してたが、随分と楽しい第二生を謳歌してたみてぇじゃねぇか。父ちゃんは嬉しいぞ」

 

 八幡は自分のスーツが悲鳴を上げているのが分かった。

 

 スーツを着ていなければ、間違いなく死んでいた――殺されていた。

 

 実の親父に――殺されかけた。

 

 殺意の篭った、拳だった。

 

「…………」

 

 八幡は晴空の向こうの雨音を見る。

 

 実の母親は、息子を見ていた――冷たい、瞳で。

 

 殺意の篭った、瞳だった。

 

「――でもまぁ、流石にオイタが過ぎたなぁ、テメェ」

 

 比企谷晴空は、真っ黒に燃える切っ先を向ける。

 

 壁に叩き付けられ、未だ立ち上がれない息子に――たっぷりの。

 

 殺意の篭った――怒りだった。

 

 

 

「小町をぶっ殺しておいて、なに幸せになろうとしてんだ? アァ?」

 

 

 

 笑顔を消して、憤怒に歪めて、実の息子に――晴空は告げる。

 

「…………親父」

 

 どうして――と、八幡が、口を開く前に、母は言う。

 

「――決まっているでしょう」

 

 そして、父は、言った。

 

 

「テメーをぶっ殺す為だ。八幡」

 

 

 そして、執務室の机の上の、小さな黒球は、虚空に映像を浮かび上がらせる。

 

 

 死んだ双眸。一房のアホ毛。

 とある人物の画像が――指名手配犯の手配書のように。

 

 

 

【てめえ達はこいつをヤッつけてくだちい】

 

 

《八幡星人》

 

 

 

「―――――な!?」

 

 雪ノ下陽光は、比企谷晴空の手に持つP:GANTZから照射された同様の映像を見て絶句する。

 

「………………」

 

 八幡は、何も言わずに、まるで死人のような眼で、それを見ていた。

 

 晴空は、P:GANTZを背後の雨音に投げ渡しながら――いつもの不快な笑みを浮かべて言った。

 

「さぁ、八幡。どうせ仇を討たれて死にてぇんだろ。好きなだけ殺してやるよ」

 

 

 戦争開始(ミッションスタート)だ――息子。

 

 

「せめて(オレ)の手で殺してやる。あの世の小町に――死んで詫びろッッ!!!」

 

 晴空は笑顔を消して激昂する。

 

 娘を殺された父親の殺意が、妹を殺した兄に向かって黒火と共に振り下ろされた。

 




比企谷八幡と黒い球体の部屋―繋― 八幡星人編
 
戦争(ミッション)――開始(スタート)





※途中のダイジェストでお送りしている日記(ものがたり)は、『比企谷八幡と黒い球体―外―』にて『寄生星人編』として投稿しました。興味がある方はぜひ、読んでいただけたら嬉しいです。

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