比企谷八幡と黒い球体の部屋   作:副会長

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お断りよ、正義の味方。


Side試験(ミッション)――②

 

 幾数度目かの爆発音が響き、建物を破壊する。

 

 窓ガラスや壁片を空中に撒き散らす破砕――だが、それらは遥か下の地面に落下するよりも先に、無数に降り注いできた電子線により捉えられる。

 そして、普段の戦士(キャラクター)や星人を転送する速度を通常とするのならば、まるで早送りのような早さで電子線による修復が行われる――逆再生が始まる。

 

 まるで何もなかったかのように、あるべき姿へ戻っていく。

 平和そのものの光景へ。何の変哲もない病院の廊下へ。

 

 雪ノ下陽乃は、つい今し方にも破壊を生み出した恐るべき黒槌を背負う刺客から姿を隠しながら、それをつぶさに観察していた。

 

(……なるほど。本当に無制限に修復するんだ。それも、損傷が生じるのと殆ど同時に復元がスタートするのか……これはDR(この)世界のルールというか、性質に近いのかしらね……加えて――)

 

 陽乃は肩で息をしながらも必死に呼吸音を押し殺し、自身が逃げ込んだ何処かの病室を――()()()()()病室を見渡しながら、心中で呟く。

 

(――ちゃんと、一般人(余計なもの)は消している。まさに、思う存分戦える空間……戦争(ミッション)の為の舞台(ゲームステージ)ってわけ)

 

 点きっ放しのテレビ、捲れた布団、開いたままの窓など、人がいた痕跡は至る所に存在するにも関わらず――人間だけがいない空間。人間だけを消し去ったかのような異空間。

 

 その余りの精巧さに、此処が複製された世界だと――偽物の世界だという事実に、改めて疑問と衝撃を覚えてしまう。

 

(……テレビは点いている――だけど、画面は変わらない。窓は開いている――だけど、カーテンは靡いたまま。……複製された世界というよりは、まるで時間が停まったみたいな世界ね)

 

 現実世界を軸に複製した世界――つまり、複製を実行したその瞬間を精巧に複製させ、別世界として確立させる技術。

 

(だからと言って、別に物理法則が通用しなくなったり、ライフラインが切断されたりしてるわけじゃない。靡いたまま停まっているカーテンも、こちらから触れて動かすことも出来るし、テレビもリモコンで消して画面を消して、また点けることも出来る)

 

 カーテンは一度触れれば不自然な形で停まることもない。

 テレビは点け直しても画面はフリーズしたままだが、別の局の番組にチャンネルを回すことも出来る(やはり停まっているが)。

 

(……とにかく、この空間のルールを理解しなくちゃ。基本的に複製時の状況を維持しようとするけれど、それが『損傷』と認められない限りは『修復』はされない。例えば、さっきのカーテンだと、靡いた状態に戻ろうとはせず、そのまま現実世界のような物理法則に従った――自然な状態に戻る)

 

 つまり、電子線が必要とされる程度レベルの『損傷』でなければ、『修復』は発動しないということか――陽乃はそんな仮定を頭に入れながら、病室の扉から背を離し、槍を構える。

 

 瞬間――扉が爆発と共に吹き飛び、陽乃はそのどさくさに紛れて廊下へと飛び出した。

 

「いい反応だねぇ~。一応、気配は消してたんだけどなぁ~。だけど~、逃げるだけじゃあ、合格はあげられないぞ~」

 

 にこにこと笑いながら凶悪な武器を振り回す結愛の声を背中に受けながらも、陽乃は冷静に全速力で廊下を走り、見つけた階段をすぐさまに駆け下りる。

 

(まともにやって勝てる相手じゃない。それは初めの真っ向勝負で分かった。――この人は、強い)

 

 恐らく、今のわたしよりも、ずっと――と、冷静に、沈着に、己と相手の力量さを見極めながら、陽乃は。

 

(……へらへら笑ってるけど、昨日の最強さん(黒金)みたいに精神的に突けるような弱点(すき)も見当たらない。……とにかく、何か作戦を考えないと)

 

 落ち着いて――心を凪がせて、背後から必殺に追われながら、必死に状況を逆転させる作戦を練る。

 明確に力量(レベル)差のある敵に、安全確実に勝利する方法を探る。

 

 その為に必要なのは――何よりも情報。

 初めて放り込まれたこの未知なる空間を、少しでも知ること。そこに勝機を見出すしかない。

 

(ある一定レベルの『損傷』に対して『修復』が発動すると仮定する――なら、次に考えるべきことは、それは無機物に対してだけなのか、それとも有機物にも発動するのか。つまりは、建物やらだけじゃなく、此処にいる人間――『戦士(キャラクター)』にも、それは発動するのかどうなのか)

 

 もしそうならば、正しく対『星人』用の戦場(フィールド)としてこれ以上ない最高の――最強の空間だ。

 

 ダメージを負う度に、天から降り注ぐ電子線によって五体満足に修復される。

 それはいうならば常時回復魔法が施されているような状態――どれほど恐ろしい怪物相手でも、まるで恐怖を覚えない楽しい楽しい戦争(ゲーム)が楽しめるだろう。

 

(――けど、この世界にそんな美味い話があるものなの?)

 

 もしそんな奇跡の戦場(ゲームフィールド)を用意出来るのだとしたら、CIONはこんなに躍起になって強い戦士集めなどしなくてもいい筈だ。あんな不合理なやり方で死人蒐集などしなくても、今いる強い戦士だけで十分に事足りている筈だ――今も背後から黒槌を担いで追ってきているだろう彼女のような戦士が、恐らく既に何人もいるのだろうから。

 

(だけど、これは切実な問題よね。対星人とか考えるより、文字通りの直近の死活問題)

 

 この世界の自動修復機能が『戦士』に対しても有効なのかどうか――つまり、この戦いにおいて、あの爆発するハンマーをこの身でまともに受けても、それを無かったことにしてくれるのかどうか。

 

「残念だけど、そんな美味い話はないよー。この世界の『修復』は、あくまで現実世界に対する『隠蔽工作』の為だからねー。ちゃんとミッションをクリアすれば『転送』で元通りになる『戦士』は対象外なんだよ」

 

 だから、ちゃんと怖がらなくちゃダメだよ――と、少し後ろで爆発音と共に、そんな声が聞こえてくる。

 

「……ご丁寧にどうも」

 

 陽乃は駆け込んだ先程とは別の病室の壁際で、そんなことを呟いた。

 

(……こっちが必死にDR世界について頭を働かせるのもお見通しってわけね。……でも、『隠蔽工作』か……。つまり、こっちの世界に『損傷』を残すと、後々面倒なことになるってこと?)

 

 あくまでDR世界は、ミッションの為のインスタントな異世界で、ミッションが終わる度にきちんと丁寧に消去する。

 そして、その時に――『損傷』が残っていると……どうなる?

 

(……DR世界の『損傷』が、そのまま現実世界の方にも現れる? 普段の『部屋』のミッションみたいに? だからこそ、損傷が生じる度に逐一『修復』して回っているの?)

 

 だが、だとすれば、このDR世界を消す前に、一斉に損傷を修復すればいい――損傷が生じる度に修復するよりも、最後に纏めて修復(なお)した方が余程効率的だ。

 

(出来るだけ『軸』とした現実世界と同じ状況を保つ必要がある? そっちの方がDR(この)世界を維持するのに労力(コスト)が掛からないとか? ……駄目ね。余りにも情報が少な過ぎる)

 

 それ以上、この方面に思考を進めても成果は少ないと判断し、陽乃は別の方向に思考を進めようとしたが――その思考を、廊下の向こうから聞こえる間延びした声に遮られた。

 

「おーい、陽乃ちゃーん。作戦を立てるのもいいけど、いい加減にしないとタイムアップになっちゃうよー」

「……そう。それはごめんなさい。だけど、そういうのは最初に言っておいてくれないかしら? いくらなんでも不公平(アンフェア)じゃない?」

 

 陽乃は、明確に自分の居場所に向かって放たれた声に、姿は現さず、黒槍の柄を強く握り締めながらそう答える。

 その返答に対し、結愛は「いやぁ、ごめんごめん。なんか流れで始まっちゃったからさー」と悪びれもせずに言った。

 

 一度――唾を呑み込んだ後。

 陽乃は、「タイムアップって言ったわね。この入隊試験(ミッション)の制限時間は何分なのかしら? いつものミッションみたいに一時間?」と、こうなったら結愛との会話の中から情報を引き出して突破口を見つけようと(相当に難易度が高いことは覚悟の上で)試みる――が、結愛の言葉に、その思考は一瞬で手放しかけてしまった。

 

「――10分だよ」

「…………え?」

 

 思わず反射的に聞き返してしまった陽乃。

 そんな陽乃の動揺をどう受け取ったのか、相変わらずの間延びした言葉で結愛は言う。

 

「この『入隊試験』の制限時間は10分だよ。陽乃ちゃんが大分逃げ回ったから――」

 

――後、3分くらいかな?

 

 結愛のそんな言葉の後に、これまで何も表示されていなかったガンツスーツのモニタに、残り時間が「0:03:03」と表示される。

 

 残り時間――3分3秒。

 

(――コイツ……ッ)

 

 陽乃は確信する――確信犯の犯行だと確信する。

 制限時間が10分だったのは本当だろう。だが、それをここまで聞かれるまで黙っていたのは、間違いなく(わざ)とだ。

 もし聞かれなかったら最後まで黙っていたのだろう――いや、こうして余裕のない状況に陥った状態であえて暴露して、どう動くのかを審査しようとしているのか――試験官として。

 

(やってくれるじゃない……ッ)

 

 陽乃は不敵に笑って見せる。

 こうなった以上、ゆっくりと情報を探っていく時間はない。

 

 今の手持ちの情報で、手持ちの武器で、迅速に作戦を立てて焦らずに実行に移す必要がある。

 

(……かくれんぼも鬼ごっこもおしまいね。場所は割れてるみたいだし……真正面から真っ向勝負とまではいかなくても、面と向かって対峙して、そこから――)

 

 陽乃が残り時間を知らされると共に「……そう。随分とケチなのね。もうちょっとサービスしてくれてもいいんじゃないの?」と言葉を返しながらも、覚悟を固め、武器を確認して、己が隠れている病室の扉を開けようとした――瞬間。

 

 再び、結愛の言葉が、陽乃の動きをピタッと止める。

 

「何言ってるのさー。戦争(ガンツミッション)でもないのに、こうしてDRを使ってるだけでも出血大サービスなんだよぉ――文字通りのね。だから我が儘言っちゃダメだよー」

「……文字通りの? どういう意味? それだけコストが掛かるということかしら?」

「そうだよー。高級品だよー。何せ――」

 

――こうしてる今も、『生体電池』がガリガリ消費されてるからね。

 

 と、あっけらかんと放たれた言葉に、陽乃は思わず考える。

 生体電池――その言葉が、無性に引っかかって勝手に脳が思考する。

 止められない。こうしている今も、残り僅かの制限時間が削られているのに。

 

 結愛は、そんな陽乃の姿が見えているかのように、にこにこと笑顔で言葉を紡ぎ、陽乃の身体を硬直させていく。

 

「このDR空間はね、『部屋』でのミッションの時に使う『周波数調整』よりも遥かに『生体エネルギー』を消費するんだよ。簡単に言うと、超コスパ悪いの。だから、普通は『部隊』のミッションでも、相当ヤバい星人(ヤツ)相手しか使わないんだー。便利だけど、ガンツは不具合起こすと後が面倒くさいからねー」

「……不具合?」

 

 生体電池。ガンツ。

 その二つのキーワードで、陽乃が思い至ったのは、黒い球体の中にいる、あの名も知らぬ――人間だった。

 

 生気もなく、呼吸器を着けて、まるで部品のように黒い球体と一体化していた、人形のようなあの男。

 

(……今まであんまり深く考えないようにしていたけど……やっぱり、あれは本物の人間? ガンツを操作している存在なのかとも思ってたけど……『生体電池』っていう言葉からすると、むしろ――)

 

 ガンツを裏で操っている黒幕が――CIONが、紛れもなく非人道的組織であるということは、とっくの前から理解していた。

 死人を強制的に蘇生させ、脳内に爆弾を埋め込んで首輪とし、星人(バケモノ)との戦場に放り込んで有無も言わさずに戦争をやらせる集団が人道的である筈がない。

 

 そんな組織の狂気的な一面が、また一つ露わになっただけだ。

 人間を、生命を――戦士(キャラクター)にするか、部品(パーツ)にするかの違いだけだ、と陽乃は生理的恐怖心が湧くのを強制的に押し留める。

 

 だから、今、無理矢理にでも考えるべきことは――そのガンツに起きるという、不具合についてだ。

 

(DR世界はガンツの『生体電池』の消費が激しい。つまりは、電池(バッテリー)不足によって起こる不具合……それは――)

「――それはね」

 

 君達が、昨夜に体験したみたいなことだよ――と。

 結愛は――少し離れた場所を、陽乃が隠れる病室を真っ直ぐに見詰めながら言った。

 

 陽乃はそれに気付かず、その扉の向こう側で絶句する。

 

(……昨夜――池袋の、オニ星人戦)

 

 確かにあの戦争は、これまでにないイレギュラーなものだった。

 八幡曰く、あの日は連戦だったらしいし――何より、隠蔽工作が上手くいっていなかった。

 

 戦士も、星人も、全く隠しきることは出来なかった。

 それはてっきりガンツによる隠蔽工作が行われる前に、オニ星人が隠しきれない規模で一般人を襲い、隠しようもない程に周知されたからだと思っていた――が。

 

(――違うの?)

「違わないよ。昨日に関しては、陽乃ちゃんの考えている通り、オニ星人による作戦勝ち」

 

 陽乃は思わず頭を掻く。苛立たしさを隠しきれずに表情を歪める。

 結愛は、そんな陽乃を煽るように語り続ける。

 

「でもね、ガンツの不具合で起こる現象もあんな感じだよ。まず一番先に、隠蔽工作が上手くいかなくなる。次に戦場からの回収が出来なくなって、次に戦場へと転送が出来なくなる。そんな感じで、どんどん正常に機能しなくなるの」

 

 どれだけ作戦を練ることに頭を使おうとしても、結愛の声は脳内に響くように届き続ける――それが、平時ならば聞き逃すことなど有り得てはならないような重大な情報であるから猶更だ。

 

 そして、陽乃の優秀な頭脳は瞬く間に得た情報を分析してしまう。

 ガンツによる不具合――機能消失。

 

 隠蔽工作不備、回収不備、転送不備――それで止まれば、まだいい。

 だが、ガンツの不具合に――その先があるとすれば? 

 

 ガンツによる――恩恵。

 その全てが、失われるとしたら?

 

(……100点メニューの『蘇生』は勿論、ミッションの後の戦士の『修復』も行われなくなるかもしれない。……いえ、そもそも、わたし達は――わたし達、戦士(キャラクター)は……そもそも、死人だ)

 

 戦士は、そもそも――死人だ。

 不慮の事故にしろ、不測の殺人にしろ、死んで、殺されてから始まっている――終わってから、始まっている。

 

 そう――大前提として、()()()()()()()()()()()()()()

 こうして生きていることこそが、ガンツによる恩恵の賜物なのだ。

 

 その全てが、失われるとしたら?

 

「――――ッッ!」

 

 陽乃が反射的に自らを抱き締める――結愛は、狙い澄ましたかのように、言った。

 

「それでね。DR世界を展開中に、もしガンツが不具合を起こしたら、現実世界に『損傷(ダメージ)』が持ち越されるんだよ」

 

 余りにも、あっさりと告げられた、その真相に。

 

「……え?」

 

 陽乃は呆然とする。

 そんな陽乃を、結愛は「ん? 何を驚いてるの? ちゃんと既に辿り着いていたことでしょ?」と、態とらしく、首を傾げて言う。

 

(……いや、ちょっと待って。確かに、DR世界のそんな危険性は思考してた。……なのに、どうして……)

 

 バクバクと、心臓の音がやけにうるさく聞こえる。

 

 死人である自分の存在が消失する可能性を思考した直後に明かされたが故に、必要以上に動揺しているのだろうか――いや、それもあるだろうが、それだけでは説明出来ない程に、心拍数の上昇が収まらない。

 

 どんどん思考が進む。

 DR(この)世界での『損傷』が、現実に引き継がれる。

 

 だとすれば――どういうことになる?

 

「陽乃ちゃんの言う通りだよ。いや、考えてた通りだよ。逐一修復するよりも、最後に纏めて一気に修復した方が効率的だよね。普段はそうしてるの。だけど、今回に限っては、いつまでこの世界が持つか分からないから、念の為にこういう設定にしてるんだ。いつ不具合が起きても、最小限の『損傷』で済むように」

「……いつまで持つか、分からない?」

「そ。たぶん10分は持つと思うんだけどねー。でも、何せガンツミッションじゃない、只の入隊試験だから。限界寸前の『生体電池(バッテリー)』しか貸してもらえなかったの。そういうわけで、さ――」

 

――もしかしたら、10分持たずに壊れちゃうかもね、このDR空間(せかい)

 

 その言葉と共に――黒槌が真横に振るわれる。

 

 数部屋分あった障害物が、爆発と共に一気に消失し、結愛と陽乃の目が合った。

 

(――っっ!? 『修復』の……速度が……!?)

 

 明らかに、遅くなっている。

 由比ヶ浜結愛の登場時の墜落後は、正しく瞬きの間に見違えるように――見違うことすら出来ない程の早さで『修復』されていたのに。

 

 今では、まるで通常の戦士の召喚時のように、ゆっくりと『修復』されている。

 

「当然、『修復』にも『生体電池(バッテリー)』は使われているからね――これで、またタイムリミットは縮まっちゃったかな?」

「……あな、たっ――!?」

 

 陽乃は、結愛を睨み付ける。

 

 そして結愛は、二人を遮る壁が『修復』されきる瞬間、陽乃の妹の親友にそっくりな笑顔で、言った。

 

「そうそう。このDR世界に人間は確かにいないけど、ちゃんと現実世界のこの場所には一般人が――人間が、居るからね」

 

 雪ノ下陽乃の実妹と、その親友であり、自分にとっての姪でもある少女達の――命運について。

 

 

「突然、自分達がいる病院が倒壊していたら――ただでさえ弱り切ってるあの子達はどうなっちゃうのかな?」

 

 

 瞬間――雪ノ下陽乃は、『部隊』の戦士に、上級戦士に。

 

 真っ黒な戦士、由比ヶ浜結愛に向かって――頭を真っ白にして、絶叫する。

 

「あなた――悪魔なのっ!?」

 

 そして、完全に壁が『修復』される。

 結愛は見えなくなった陽乃に向かって、見たことのない笑顔で返す。

 

「違うよ。あたしは正義の味方だよ」

 

 正義の味方は、破壊を振り撒く黒槌を担ぎながら言う。

 

「そもそも、今のあなたに妹ちゃんとあたしの天使の姪っ子を心配する資格あるの~? ちゃんと今日、あの状態のあの子達を、きちんと見捨ててきたんでしょ~。今更、お姉ちゃんぶるのよくないな~。滑稽だよ~」

 

 正義の味方は、笑顔で少女の心を抉るように言う。

 

「それに、今の陽乃ちゃんにそんな余裕ないよね~。言っておくけど、タイムリミットまでにあたしが納得できるくらいの“資質”を見せてくれない時は、不合格――記憶消去で『部屋』に強制送還だからね~。勿論、0点からやり直し。文字通りの0からのリスタートだよ」

 

 正義の味方は――言う。

 

 自身の姪と、姪の親友を、切り捨て、見捨てた――悪を。

 

 断罪するように――笑顔で。

 

 悪魔のような、笑顔で。

 

「あ、ちなみに言っておくと、『記憶操作』じゃなくて、『記憶消去』だから。脱落者に施すアレじゃなくて、解放者に施すアレだから。ガンツに関する記憶を、一切合切キレ~に忘れて、一般人になるってアレ。ま、陽乃ちゃんはなれないんだけどね。『部屋』からは出られないんだけどね。まぁ、つまりね――」

 

 

――比企谷八幡くんのことも、きれいさっぱり忘れちゃうってことだね!

 

 

「……………………………」

 

 限られた、残り時間の、貴重な数秒。

 

 静寂が――その廊下を満たし。

 

「…………」

 

 由比ヶ浜結愛は、一度笑顔を消して――再び笑みを纏う。

 

 悪魔の笑みを、浮かべて、言う。

 

「そうなると~、雪乃ちゃんや結衣ちゃんにとってはチャンスが生まれるわけで、叔母さんとしてはハッピーかな。これまでのヒッキーくんはあたしとしてはイマイチくんなんだけど、まぁ、腐ってもはるるんとあおのんの子供なわけだしね。だから、別に頑張んなくてもいいよ。命だけは助けてくださいっていうなら、喜んで歓迎しちゃう!」

「そうね。なら、喜んでこう言わせてもらうわ」

 

 扉が荒々しく開かれる――途端、溢れ出すのは、()()()()()()()

 

 甲高い破砕音が何処からか響く中、雪ノ下陽乃はこう吐き捨てる。

 

「お断りよ、正義の味方」

 

 雪ノ下陽乃の入隊試験。

 

 残り時間は――後、30秒。

 




追い詰められた魔王は、己を追い詰める正義の味方を打倒すべく、30秒での奇跡(ジャイアントキリング)に挑む。

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