比企谷八幡と黒い球体の部屋   作:副会長

167 / 192
俺達は――大人だからな。


Side会見(ミッション)――①

 

 対『星人』用特殊戦闘部隊――『GANTZ』。

 

 蛭間一郎内閣総理大臣が放った言葉は、記者会見場に――否、日本中にざわざわとした混乱を齎した。

 

 そんな中で、漆黒の近未来的なSFスーツを身に纏い、『GANTZ』メンバーとして紹介された四人の少年少女は。

 

 逆立つ金髪髪の大男は――不敵な笑みを浮かべて威風堂々と耳をほじり。

 水色髪の小さな少年は――穏やかな笑顔を浮かべつつも冷たい瞳のままで。

 艶やかな黒髪の美しき少女は――浴び慣れた眩光の中で笑みを浮かべず目を瞑り。

 

 そして――かつて鋼鉄の浮遊城にて魔王を討ち果たし、昨夜の池袋にて牛頭の怪物を撃ち破った英雄は。

 

「…………」

 

 自身の隣に座る防衛大臣を、細めた瞳で睥睨していた。

 

「あ、あの! 質問を! 質問の方をよろしいでしょうか!」

 

 そんな中で、一早く混乱から脱却した一人のジャーナリストが、突き動かされたように挙手をした。

 

「勿論です。どうぞ」

 

 司会を配置していない今会見に置いて、防衛大臣である小吉は自ら進行役を務めるべく、ジャーナリストに発言を許可する。

 ジャーナリストは、「で、では……」と立ち上がり、係員から手渡されたマイクを持つと、表情を引き締め、どもりのない声で、日本のトップに向けて問い掛けた。

 

「小町防衛大臣は、先程、昨夜の『池袋大虐殺事件』が、未確認生物によるものだと述べました。……確かに、電波ジャックされ全国に放映された映像には、まるでSFホラー映画のような怪物に変身する人間の姿が映し出されていました。ネット上でも様々な突飛な憶測が広がっていますが――」

 

 彼が言葉を続けていくにつれて、周りの記者やマスコミ達も徐々に混乱を鎮めていく。

 そして、各員が手元に持つメモに、ボイスレコーダーに、カメラに、力を込める。

 

 ジャーナリストは、小吉と一郎を真っ直ぐに見据えながら、鋭く、刃のような言葉で問い詰めた。

 

「――あれは、人間の変装や特殊メイクではなく、あくまで未確認生物によるものだった、と。これは政府の公式見解、公式発言と受け取ってよろしいですか?」

 

 その場にいる全ての人間が――いや、日本中が、世界中が、息を止めて注目する。

 

 蛭間内閣総理大臣は、一瞬の躊躇もなく、その質問にはっきりと答えた。

 

「――はい。昨夜、池袋を襲った怪物は、地球外から齎された災厄であり、生命体です。我々は、奴等のような地球外生命体を『星人』と呼称しています」

 

 再び、どよめく室内。

 その中で、別の記者が挙手し、発言の許可を得てすぐさま問う。

 

「地球外生命体――そう断じた根拠は?」

 

 蛭間総理は、自身に近づいてきた役人に耳打ちをすると、その役員は再び何処かへと消え、自分はマスコミに向かって「これから幾つかの映像をお見せします」と返した。

 

 途端――部屋の中の明かりが落とされ、蛭間達の背後に映像が照射される。

 

 それに伴い、和人達四名も着席する。

 和人は、隣に座る小吉にマイクに拾われない音量で囁いた。

 

「……大丈夫なのか?」

 

 小吉は、和人の方を見ずに――真っ直ぐにカメラを、その向こう側の世界を睨みながら返した。

 

「俺達は――大人だからな」

 

 その言葉に、和人は。

 

「…………」

 

 何も言わず、パイプ椅子に深く腰を掛けた。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「――まず映し出されるのは、今回の池袋大虐殺において回収された、怪物の細胞のDNAデータです。専門家による調査の結果、これらは地球上のどの生物とも根本から異なる、全く未知の構造であることが判明しました」

 

 騒めく記者達の反応を、冷たい眼差しで眺めながら和人は思う。

 

 ()()

 池袋大虐殺で殺されたオニ星人達の死体の殆どは、あの『始祖』の吸血鬼により捕食された。食べ残した肉片もあったかもしれないが、それらは黒い球体による証拠隠滅が働き、日本政府は奴等の死体の一欠片だって入手することは叶わなかった筈だ。

 

 よしんばそれらしいものを手に入れたのだとしても、それは黒い球体が回収するに値しないと判断した証拠物件である――故に、人間の死体それか、あるいは()()()()()死体(それ)である筈なのだ。そのDNAが特殊である筈がない。

 

「続いて、その未確認生物を地球外生命体と判断した理由についてですが……ここで一つ、皆さまの質問に先んじてお答えしたいことがあります。皆様も、先程の我々の話を聞いて、こう思ったのではないですか? どうして、未確認生物たる『星人』に対して、既に専用の特殊部隊が設立されているのかと」

 

 記者達が互いに見合うようにして騒めく。

 無論、彼等もプロだ。だからこそ、その点は確実に問うべき案件ではあった。だが、だからこそそれは、総理や大臣にとっては問い詰められたくない弱みであると踏んでいた――こんな会見を開く事態になった今、避けられる質問ではないけれど、されて嬉しい質問では間違ってもないだろうと。

 

 探られたくない腹である筈だ――痛くてたまらない腹である筈だと。

 これまで、今の今まで、こんな事態に至るまで、『星人』や『GANTZ』について何の発表もされてこなかったのが――その何よりの証拠である筈だと。

 

 だが、目の前の総理と長官は、まるで自らの腹を掻っ捌くような潔さで、四人の少年少女戦士達を召喚し、こうしてプレゼン資料まで万全に準備している――。

 

 記者達は戸惑いと共に眉を顰めながらも、一言一句聞き逃すまいと己の仕事に集中する。

 

 そんな彼らに、蛭間総理大臣は握ったマイクをまるで揺らさずに言った。

 

「答えは単純明快です。我々は――『星人』を知っていた」

 

 昨夜の悲劇が起こる前に、昨夜の惨劇が繰り広げられるより――ずっと前から。

 日本政府は、『星人』を――地球外未確認生命体を、確認していた。認知していたと。

 

 そう――日本の首相たる、内閣総理大臣は自供した。

 

 再び騒めく記者達――何も知らなかった、国民達。

 日本中の戦士達が、世界中の幹部達が、この地球に住まう星人達が、各々異なる心境で口を閉じる中。

 

 記者が挙手をするのを制するように、再び蛭間総理は口を開く。

 

「今からお見せする映像は、彼等『GANTZ』が、これまで『星人』と秘密裏に戦い続けてきた、その記録の一部です」

 

 蛭間総理が言葉を切ると、間髪入れずに映像が流れ始める。

 

 

 一瞬の砂嵐の後に映し出されたのは――真夜中の、千葉の幕張。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「――――――ッ」

 

 和人が、あやせが、渚が――その体を一瞬硬直させる。

 

 その瞬間、映像の中の幕張の象徴たる大型展示場から――巨大な恐竜が飛び出してきた。

 

 記者達が一斉に息を呑む。

 映像の中の、頭部と顎に刃を携えた奇妙なブラキオサウルスは、己を見上げる全ての敵を威圧するように――嘶く。

 

――『ギャァァァアアアアアアアアアアアア!!!!!』

 

 見たこともない怪物の、聞いたこともない咆哮。

 これが映像だと分かっていても、まるで映画のように現実離れしている映像だと思っていても――体の芯を恐怖が貫く。本能的な脅威が襲う。

 

 一人の女性記者が、己の商売道具たるメモ帳を潰れるように抱き締めた、その時。

 

――『……許すまじ』

 

 見たこともない怪物が、聞き慣れた言語を流暢に発した。

 

 その異様さに、記者達は、国民達は驚き、戸惑う。

 

――『……貴様らを、滅ぼし尽くす……覚悟せよ』

 

 怪物が発する――怨念の言葉。

 

 燃え滾る憤怒を。禍々しい殺意を。

 

 映像越しに、間接的に――突き付けられた、一般人は。

 

「…………」

 

 何も言えず、ペンを動かすことも出来ず、ただ何かを呑み込むばかり。

 

 再び一瞬の砂嵐。

 映像は、先程の巨大な恐竜と――黒い少年の決闘へと移り変わる。

 

――『ぉぉぉぉおおおおおおお!!!!!』

 

 一般人の目には、それは何が起こっているのかすらまるで把握できないものだった。

 

 視認できない程の斬撃の嵐を、一人の奇妙な衣装を纏った少年が捌いている。

 甲高い音が断続的に響き続ける中、真っ黒な少年が雄叫びを上げて、一心不乱に戦っている。

 

――『剣を!! もう一本だ!!』

 

 剣を!! 俺に寄越せ!! ――少年は叫ぶ。真っ暗な闇に向かって手を伸ばし、力を求める。

 

 そして、その願いに応えるように――闇の中から、真っ黒な剣が飛来し、少年の手に収まった。

 

――『ぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおあああああああああ!!!!!!!!』

 

 少年が二刀を振るう。振るう。振るう。振るう。

 

 少年が吠える。少年が戦う。

 見上げるような恐竜と、見たこともない恐怖と、一心不乱に――死に物狂いで。

 

 そして――ザバンッッッ!!!! と。

 

 英雄の剣が、怪物の首を切り落とした。

 

 それはまるで昨夜の牛人との決闘と同じく――絵に描いたような、英雄譚の一頁。

 

 

 桐ケ谷和人という少年を、英雄へと祭り上げる――PV(プロモーションビデオ)のようだった。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「――――ッッ」

 

 小さく機械音が鳴る。

 そのことに、新垣あやせと潮田渚、そして東条英虎だけが気付いた。

 蛭間一郎と小町小吉は――それに気付かない振りをした。

 

 桐ケ谷和人は、ガンツスーツの駆動部が僅かに発光する程に――己が体を握り締めていた。

 唇を噛み締めて、息を吐きながら――己が隣に鎮座する男を睨み付けるのを必死に堪えていた。

 

(……これが……闘技場(コロッセオ)――なるほど、さぞかし楽しかったろうな……ッ)

 

 一昨日――訳が分からぬまま放り込まれた、幕張での恐竜達との戦争。

 ここにいる、東条英虎、潮田渚、新垣あやせ、そして桐ケ谷和人にとっての、初めての戦争。

 

 それが何故、こんなにも大迫力で、臨場感たっぷりの映像として残されているのか。

 

 答えは――殺意が湧く程に簡単だった。

 

――『君達が送り込まれるガンツミッション――あの様子は、とある世界の大富豪が集まるVIPルームに生中継されているんだ』

 

 娯楽の為にね――そんな水妖精族(ウンディーネ)の大人の言葉が、和人の殺意に薪を()べる。

 

 

 ザッ、という砂嵐を経て、再び映像が切り替わる。

 

 次に現れたのは、和人達が知らない戦争だった。

 

 

 

 場所は――何処だか分からない程に有り触れた、とある住宅街。

 

 ただ途切れがちな街灯の光のみが照らすその場所に、緑色の体色で、サーベルのように鋭く長い十本の爪を伸ばして吠える怪人がいた。

 

 

 

 再び走る一瞬の砂嵐。

 

 次に映し出された場所は、とある木造アパートだった。

 

 一斉に開く窓。

 そこから飛び出したのは、強い光沢が特徴的な、見るからに硬質な金属である身体を持つロボットのような正体不明。

 

 彼らは一人、また一人、一体、また一体と、ロケットのように空を飛んでいく。

 

 そして、その中の一体が、口腔内を青白く発光させた。

 

 

 

 果たして、どれだけ続いただろう。

 

 散発的に流れる映像は、見たこともない未確認生物を収めた記録映像は、いつしか記者達の、そして国民達の思考を停止させていく。

 

 

 寺院の中から飛び出してくる大仏。

 

 

 ビルの屋上から屋上を跳び渡っていく悪魔のような天使。

 

 

 どれもがまるで現実感のない映像で、誰かがやはり映画だと、よく出来た合成だと、鼻で笑おうとして、ネットに書き込もうとして――だけど。

 

 記者達の視線が、カメラの視点が、四人の少年少女に向けられる。

 その顔は、露骨に歪んではいないけれど、涙を流したり目を伏せたりしているわけではないけれど。

 だからこそ、放たれる、漏れ出す、溢れ出す、迸る――殺意のような、何かが。

 

 この世の物とは思えない荒唐無稽な証拠映像の信憑性を、如実に、現実に、証明しているように思えて。

 

 彼らはただ、その映像を流れるままに受け止めることしか出来なかった。

 

 

 

 やがて映像は――昨日の戦争を映し出した。

 

 それは池袋――ではなく、その前哨戦として行われた六本木での黒騎士との戦争。

 

 

 まず、映し出されたのは――東条英虎だった。

 

――『さぁ。ケンカしよーぜ』

 

 漆黒のスーツを身に纏いながらも、その男は己が身一つで。

 

 見上げる程の巨大な騎士を、握り拳で圧倒する。

 

 

 次に、映し出されたのは――潮田渚だった。

 

――『――それでも、()らなくちゃ、()られる』

 

 大人と比べても遥かに小さい体躯の少年が、巨人が如き騎士に向かって一目散に駆けていく。

 

 その手に持つは、一本のナイフと、二つの金属塊。

 

 瞳から殺意を迸らせ、少年はその金属塊を、黒騎士に向かって投げつける。

 

 

 次に、映し出されたのは――新垣あやせだった。

 

――『ぶち殺すんですよ――あの怪物を』

 

 無骨な漆黒のショットガンを連射しながら、少女は怪物の身体を削り取る。

 

 返り血を浴び、その血を真っ黒な手で拭うが、それが却って少女の美しい顔を血で彩るが。

 

 普段のカメラの前では決して見せない細めた瞳で怪物を睥睨する女戦士は、それに委細構うことなく、ただ銃口を瀕死の怪物へと向ける。

 

 

 最後に、映し出されたのは――やはり、桐ケ谷和人だった。

 

――『うぉおおおおおおおおおおおお!!!!』

 

 黒い衣を纏った少年がその手に携えるのは、当然のように漆黒に輝く剣だった。

 

 巨場に跨る二頭の黒騎士。

 怪物が振るう巨大な斧に、怪物が振り下ろす巨大な蹄に、黒い英雄は恐れることなく立ち向かっていく。

 

 剣を振るい、闇を祓う。

 

 黒い剣は、必ずや、怪物の首を一刀両断に斬り飛ばしてくれると。

 

 

 

 そして、和人のガンツソードがゆびわ星人の首を斬り落とした所で、その映像は幕を下ろした。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 ブツンッと、砂嵐ではなく真っ黒な画面に切り替わった所で、室内に明かりが点いた――まるで映画が終わったかのようだった。

 

 非日常から――日常へと回帰する、あの感覚。

 だが、流されたのは、紛れもなく現実の映像だ。

 

 これまで、黒い球体によって誘われ戦士(キャラクター)とされた傀儡(おもちゃ)達が、必死に仮初の生命を繋ぐ為に戦い続けた、記録映像だ。

 

 恐らくはこれまでずっと腐った権力者達を楽しませてきた、生配信されていたであろう戦争(デスゲーム)映像を切り繋ぎ、編集した――特殊部隊『GANTZ』のPV(プロモーションビデオ)だ。

 

(――実際、よく出来ている)

 

 記者達や国民達が観ていたであろう自分達の頭上の辺りに照射されていた映像(それ)ではなく、まるでバラエティ番組でテレビカメラを向けられている演者がVTRを眺めるように、カメラの死角であり自分達の見える場所に置かれたモニタから先程の『PV』を観ていた和人はそう思った。

 

 この『PV』の主目的は、未確認地球外生命体『星人』と、対星人用特殊部隊『GANTZ』の“宣伝”にある。

 星人という怪物がこの世界に存在していること、そして、その星人と戦い続けてきたGANTZという部隊がいること、それを国民に理解してもらう為の教材ビデオだ。

 

 そして、この映像は全国中継している。それも、昨夜の池袋大虐殺とは違い、明確に、公的に、公式に電波に乗せて発信している。

 

 故に、星人との戦闘シーンは厳選しなくてはならない。

 つまりは、人間が過剰に破壊されるシーン――ましては、戦士が敗北、殺害されるシーンなど以ての外だ。

 

 単純に刺激が強すぎるということもあるが、何より――実は設立したての新設部隊『GANTZ』の信用問題に真っ直ぐに繋がるからだ。

 

 英雄になって欲しい――菊岡誠二郎は、蛭間一郎は、小町小吉は、大人達は桐ケ谷和人にそう言った。

 厚顔無恥にも、傲岸不遜にも、傍若無人にも、そう恥ずかしげもなく頭を下げた。

 

 つまり彼等は、計画外にも終焉の日(カタストロフィ)より遥か半年も前に世間に露呈してしまった『星人』、『星人との戦争(ガンツミッション)』――その混乱を、その恐怖を、昔ながらの最も分かり易い方法で切り抜けようとしているのだ。

 

 魔王に征服されかけた世界に置いて、辺境の村の若者を、異世界から召喚した何も知らない少年を、勇者として祭り上げるように。

 神の怒りという名の伝染病を鎮める為に、村で一番の若い処女を、何の罪もない麗しき少女を、生贄として捧げ奉るように。

 

 たった一人の戦士に、希望という名の使命を、期待という名の重圧を。

 たった一人の英雄に――その、全てを、背負わせるのだ。

 

 全国民の恐怖を。全国民の混乱を。全国民の平和を。全国民の笑顔を。

 

 

 桐ケ谷和人という少年に――『GANTZ』という部隊に、押し付けようとしているのだ。

 

 

 だからこその、教材VTRにして、PV(プロモーションビデオ)

 星人という存在の不気味な恐怖はアピールしながらも、戦士達の――特に和人の活躍は華々しく映し出す。

 

 それでいて、ここにいる四人以外の戦士は、その負傷映像すら流さないように編集されている。未だ存命である筈の比企谷八幡、湯河由香、そして死亡歴があるとはいえ復活している霧ヶ峰霧緒や葉山隼人まで、その姿は徹底的に隠されていた。

 

 昨夜、存在も容姿も既に流出している雪ノ下陽乃は、対仏像星人編で活躍の映像が紹介されていたが、それでもほんの僅かだった。

 あくまで蛭間と小吉は――『本部』は、ここにいる四人を中心に宣伝(プロモーション)していくつもりのようだが――。

 

(……その辺りはいい。納得はしていないが、この後に理由(わけ)は話すと言われているから、それを信用するしかない)

 

 確かに比企谷八幡は、万人に受け入れられる性質とは思えない。

 だからといって、ここにいる四人が揃って英雄の器かと面と向かって言われれば何も言えないが、例え国のトップの要請とはいえ、こんな会見の席に大人しく座るような奴だとは、あの戦士は思えない。

 

 葉山隼人、霧ヶ峰霧緒は復活したばかりで人となりも分からないし、池袋大虐殺に参戦してもいない。

 湯河由香に至っては未だ中学生だ。渚も中学生だが、彼女は見るからに非戦闘員だと分かってしまう。この後に来るであろう、記者からの質問という名の詰問に余計な口実を与えるだけだろう。

 

 だが、雪ノ下陽乃はどうか。

 彼女は女性だが、明らかに女傑である。常人離れしたカリスマ性、華、そして器の持ち主でもある。

 この場にいてくれれば、桐ケ谷和人(おのれ)などよりも遥かに頼もしい戦士として視聴者に、国民に安心を届ける記者会見とすることが出来るだろう。

 和人同様に既に正体も割れている。世間の注目を集める英雄(アイドル)として偶像化させるならば、彼女以上の適任はいないようにも思える。この場に呼ばない理由が見つからない。

 

(確かにあの人も比企谷と同じく、総理大臣に招集されたからといって大人しく連行されるような人には思えないが……同じくらい、面白がりそうな気もする)

 

 案外、八幡が行かないならわたしも行かない、くらいの理由なのかもしれないが――そこまで考えて、和人は小さく頭を振る。これ以上、ここにいない人物達のことを考えても仕方ない。

 

 既に記者会見は始まっている。記者会見という名の、紛れもないミッションが。

 日本という国の行く末を左右するという意味では、これまでで最も過酷な戦いだ。

 

 そして、その成否は――その勝敗は、この桐ケ谷和人にかかっている。

 

「…………」

 

 和人はちらりと横を向く。

 小吉ではなく、あやせ、渚、東条達と目を合わせる。

 

 出会ってまだほんの二日――だが、共に死地を、戦地を駆け抜けた戦友達。

 新たに出会った頼れる仲間にして、和人が守らなくてはならない隊員達の存在を、共に椅子を並べ、肩を並べてこの場に居てくれる存在を確認して、和人は覚悟を固める。

 

(――――俺が、やるしかないんだ)

 

 そして、和人が一度瞑目し、力強く目を開いた瞬間、蛭間総理が再びマイクを握った。

 

「――今、皆様にご覧頂いたのは、我々がこれまで確認した『星人』、そして『星人』と戦い続けてきた、彼等『GANTZ』の戦闘記録です」

 

 醜悪な容姿の総理大臣は、その眼光を鋭く光らせて再び己に注目を集めた。

 記者達は総理の力強い声色に我を取り戻し、己が手の中の記録媒体を確かめて、男の言葉の一言一句に傾聴する。

 

「先程の映像にもあった通り、一言に『星人』と申しましても、多種多様な外見、性質、特徴を有しています。見上げる程に巨大な『星人』もいれば、視認が難しい程に矮小な『星人』もいる。しかし、『星人』にはある共通点がある。それを基準に、我々は『星人』を判別し、発見し――排除してきました」

 

 ここにきて、“排除”という強いワードを総理が用いたことで、記者会見場に再び強い緊張が満ちる。

 蛭間総理は再び役員を呼びつけると、今度はプロジェクタではなく、テレビモニタのようなものを運ばせて、そこに映像を表示させた。

 

 先程のPVでこれを用いなかったのは、あれが文字通りの作品であり、視聴者たる国民にアピールする意味合いがあったからだ。ここでスクリーンではなくモニタを使うのは、これが作品ではなく資料――プレゼン資料であるからだろう。

 

 案の定、表示されたのは映像ではなく画像――複数の波形図が表示されたデータだった。

 

「――これは、昨夜の池袋に置いて確認された怪物、通称『オニ星人』から発せられていた『波動』のグラフです。これは、NASA(アメリカ航空宇宙局)により開発された測定器によって記録されたものであり、これまでに発見された全ての星人から記録されています」

 

 蛭間総理は『オニ星人』だけでなく、『ゆびわ星人』、『かっぺ星人』、『チビ星人』、『あばれんぼう星人・おこりんぼう星人』、『田中星人』、『ねぎ星人』などの画像、そしてそれらに付属されるグラフを表示する。

 

「――我々は、これを『星人波動』と呼称しています」

 

 間髪入れずに一人の記者が手を挙げ、質問する。

 

「その『星人波動』とは、どのようなものなのでしょうか?」

 

 蛭間総理は、モニタ画面が再び『オニ星人』の波動のみを表示するのを確認すると、まるで講義のように説明を始めた。

 

「NASAの見解によりますと――『宇宙放射線』により発生するものだと考えられています」

 

 宇宙放射線とは、地球外の宇宙空間を飛び交う高エネルギーの粒子の流れのことである。

 太陽系外から超新星爆発などによって加速されて飛来する「銀河宇宙線」、太陽風や太陽フレア粒子などにより発生する「太陽宇宙線」など、大気のない宇宙空間にも放射線は存在し、宇宙飛行士にとっては宇宙空間での長期滞在時のリスク評価項目として研究されている。

 

 そして、とある実験時に、NASAは不思議な隕石を発見した。

 

 只の隕石では有り得ない、まるで生体のように宇宙放射線を吸収している不可思議な物体。

 その謎の物体はそのまま大気圏を抜けて地球内へと飛来し――その瞬間、見たこともない謎の『波動』を発生させた。

 

「この謎の『波動』を記録した謎の物体は――実は謎の生体であり、世界で初めて発見された『星人』でした。これ以上は国際的な極秘情報の為に明かすことは出来ませんが、その後の研究により『星人波動』は大量の宇宙放射線を浴びた生物が、地球の大気を浴びることによって発生する現象であることが確認されました」

 

 長期宇宙滞在した宇宙飛行士にも、この『星人波動』は観測されたそうだ。

 だが地球人は暫くするとこの『星人波動』は消失し、発生されなくなる。

 

 しかし『星人』であるならば、数年単位で地球に滞在していようと、微弱になる場合はあっても、この『星人波動』が全く発生しなくなる『星人』は、これまで確認されていないらしい。

 

「――これが、我々が未確認危険生物を地球外生命体と断ずる根拠であり、我々が『擬態』している星人を発見し、秘密裏に排除することの出来た理由でもあります」

 

 この総理の言葉の後、記者達は本領発揮とばかりに矢継ぎ早に質問を投げ掛けてくる。

 やれ「その『星人波動』は周囲に害を齎すものなのか」、やれ「その測定技術を民間に提供しなかったのは何故か」、やれ「それは本当に保障された精度を持つのか」、やれ「そもそも全ての宇宙人――『星人』が地球人を害する存在なのか、その線引きは誰が行っているのか」。

 

 その質問を問うのは最もだと思うものもあれば、それは本当に今この場で問うべきものなのかと首を傾げざるを得ない揚げ足取りのような質問もあった。

 だが、示せる根拠があるべき時は堂々とそれを突き付け、相手を納得させることが出来るだけの根拠を示せない質問の時はそれとなく具体例を避けて躱す――正しくそれらを仕事とする大人達の頂点に立つ存在は、日本のトップに上り詰めた政治家である内閣総理大臣は、それら全てを如才なく捌いていく。

 

 和人は、真実を事前に明かされたものからすれば茶番にしか見えないその光景を、茶番にしか聞こえないそのやり取りを、目を閉じて耳を塞ぎたい衝動を堪えながら耐える。

 

(……『星人波動』? NASAのお墨付き? ……随分と、それらしく作り込んだもんだな?)

 

 ()()

 そんなものは()()()()()()()()()で、()()()で、()()()()()()で――()()だ。

 

 真実は――もっと単純で、残酷だ。

 

「………………」

 

 桐ケ谷和人は聞かされていた。

 

 この会見が始まる前、文字通り計画の中心を担うことになった英雄に――小町小吉と、蛭間一郎は明かしていた。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

「星人を判別する方法――それは『()()()()()()()()()()()。黒い球体――GANTZ。星人判別は、この世界であの生体コンピュータだけが可能な作業だ」

 

 小吉はそう言った。

 宇宙放射線による『星人波動』は、世間を納得させる為だけの、それっぽいフィクションだと。

 

「今回の会見で世界に明かすのは、あくまで【星人】と【黒衣の戦士】だけだ。【CION】は勿論のこと、【黒い球体(GANTZ)】の存在を明かすことは出来ない。『星人波動』は、あくまでガンツのことを説明せずに、【ガンツミッション】をこれからも行うことを世間に納得してもらう為の理由付けだ」

 

 例え、政治家の発言の粗探しが生業のマスコミがこぞって裏取りを始めようとも、『星人波動測定機』は決して民間には発表しないし(そもそもそんなものは存在していない)、当然ながらNASAとの裏交渉はCIONとして既に行っている。

 細かい祖語は生まれるだろうが、その時は政治家の得意技である都合の悪いことは聞かなかったことにする時間稼ぎを行えばいい。

 

 あくまで――半年だ。

 半年後の、終焉の日(カタストロフィ)――その日まで、仮初の平和を保てればいい。

 

 その日まで、仮初の英雄であればいい。

 

「……なら」

 

 桐ケ谷和人は、小町小吉に、蛭間一郎に、こう問うた。

 

「星人波動が嘘なんだとしたら、どうしてお前らは、星人が宇宙人だって、そう納得できるんだ?」

 

 蛭間総理大臣と顔を見合わせて、小町小吉防衛長官は、何も知らない英雄(こうはい)に、こう言った。

 

「行ったことがあるからさ。奴等の故郷である――たくさんの文明惑星にな」

 

 宇宙は広いんだ――そう言いながら、小吉は和人の頭を撫でた。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 お前も、いつか分かる時が来る――そう、小町小吉は言っていた。

 

「………………」

 

 小吉の言葉の、全てを正直に受け止めた訳ではない。

 これまでずっと自分達を騙し、そして今も騙し続けているであろう組織の幹部である総理大臣と防衛大臣を、全面的に信用することなど出来るわけがない。

 

 だが、あの言葉――別の惑星に行ったことがあるという、あの言葉は。

 

(……簡単に、信じられる話じゃない。単にこっちを子供扱いしてはぐらかしたと考えるのが妥当――だが)

 

 騙すならばもっとそれらしい嘘を吐くのでは――現に、今、国民に対してそうしているように。

 

 あの言葉を聞いてから、会見が始まってもずっと、それを心の片隅で考え続けている――が。

 

(……今、考えてもしょうがない、か)

 

 大人達に言いたいこと、聞きたいことは山程ある。

 

 だが、今は――言葉をぶつけるべきは、言葉を届けるべきは、奴等にではない。

 

「――では、総理。質問の方をよろしいでしょうか」

 

 気が付けば、随分と時間が過ぎ――この会見が始まって、もうすぐ一時間が経とうとしていた。

 そろそろ閉会ムードが漂い始める中、ぐしゃぐしゃのメモ帳を握り締める女性記者が、真っ直ぐに腕を伸ばして挙手をしていた。

 

「どうぞ」

 

 小吉が発言を促す。

 

 女性記者はスッと立ち上がって、その美しい背筋を伸ばし、凛とした声色で――総理大臣に問い掛ける。

 

「――『星人』という、未確認地球外生命体の存在がいることは、漠然とですが理解しました。そんな存在に対し、特殊部隊を設立していたという対応も。……どうしてこれまで公開しなかったのかということに関しても、そう簡単に明らかに出来る事実ではないということで、完全にではありませんが、理解できます。……ですが、これだけは、どうしても……納得が出来ません、総理」

 

 ぐしゃぐしゃのメモ帳を更に強く握り締め――瞳を険しく細めながら。

 

 女性記者は、蛭間総理大臣と真っ直ぐに目を合わせながら――そして、その横に座る四人の少年少女を見遣って、言う。

 

「そんな強大で未知なる怪物と戦う特殊部隊員が、どうして……彼らのような、()()()()()()()()()()()()()()()()()()――その理由について、納得できるだけの説明をお願いしたい」

 

 その、女性記者の、切なる声に。

 

 蛭間総理大臣の、マイクを握る右手に、初めて強い力が込められた。

 




何故、怪物に立ち向かい、世界を救う英雄に――少年少女(こどもたち)が選ばれるのか。

何故、世界の命運を、その小さな身体で背負わなくてはならないのか。

一人の女性記者が、今、その是非を大人達に問い質す。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。