すでに、部屋にいる人数は総勢十二人の大所帯になっていた。
ここにいない八幡と陽乃を合わせて、十四人。
これが、おそらく今回の総メンバー。かつてない規模だ。
たまたま死者が多い一日だったのか。それとも――
葉山は壁に背をつけ思考に耽っていた。
それは、これまでただ状況に戸惑い、恐怖することしか出来なかった今までの葉山では見られなかった姿。
三回目ということで余裕が出来たのか。
普通に考えればこの部屋に毒され感覚が麻痺してきたともいえるが、少なくとも事情を知るメンバーからすれば頼り甲斐が出てきたと歓迎される変化なのかもしれない。
だが、そんな葉山を見つめている相模は、とても喜んでいるようには見えない、不安げな眼差しだった。
折本は達海を見ていた。
彼はすでにスーツを着込んでいた。普段着ばりに愛用しているらしい。
その目はひたすらに、黒い球体――ガンツに注がれている。
早くあの球が開き、武器が放出されないかと待ちわびるように。
明らかに、戦いを恐れていない。むしろ待ちわびているのがヒシヒシと伝わってくる。
これも見る人によっては頼もしさに映るだろう。
しかし、そんな達海を見る折本の目も、決して望んでいるようには見えなかった。
そんな彼らに、坊主が声を掛ける。
「君たちも、こちらに来て念仏を唱えなさい」
彼らは、坊主の言葉にそれぞれ異なった反応を見せた。。
折本は呆れ、相模は訝しみ、達海は鼻で笑う。
そして葉山は、壁から背を離し、坊主と相対した。
能面のような、無表情で。
「それは、なぜですか?」
葉山のような端正な顔が作り出す無表情は、それだけで相手を威圧する迫力があったが、坊主は動じなかった。
「唱えれば、極楽浄土へと送られる。唱えなければ、永遠に無間地獄を彷徨うこととなろう」
坊主は断言する。それは、この先に何が起こるかを知る彼らからしたらいっそ滑稽ですらあったが、葉山は表情筋を一切動かさず。
「それは違います」
一刀両断する。
坊主の眉が一瞬吊り上がる。葉山の声色は、後ろで念仏を唱えていた数人(決してこの部屋にいる全員が念仏を唱えているわけではない。葉山達を除いても)が念仏を止めてしまうくらいの迫力があった。
「これから僕たちが送られるのは、極楽浄土でも無間地獄でもない。
地獄のような戦場だ。
それを生き残れば、天国のような現実に還れる。
だから俺達がすべきことは、念仏を唱えて逃げることじゃない。
生きるための努力をして、戦うことだ」
その葉山の言葉を聞き、むしろ驚いたのは相模たちの方だった。
前回までの葉山は、はっきり言ってオドオドとした頼りない男だった。
実際、前回も初めにここの状況を説明したのは葉山だった。
しかし、ヤンキーたちどころか面識があった折本もそれなりの好関係を築いていた達海ですら説得させることが出来なかった。
だが、今の葉山の言葉は、前回よりもはるかに説得力が篭っていた。
……目の前の坊主がいなければ、ひょっとしたら全員の心を動かせたのかもしれない。
「……ふっ。この状況だからな。気が狂っても仕方がない」
坊主はそう言い、念仏を唱えていた集団の元に戻る。
「念仏を続けるぞ」
坊主がそう言うと、一人、また一人と念仏を再開した。
これは一重に葉山の言葉の力不足が要因、とは言えないだろう。
葉山はただの高校生だが、相手は法衣も来ている本職の坊主だ。それだけでも受け取り手が感じる説得力が違う。
それに、話の危険度――重みの問題もある。
念仏を唱えれば極楽浄土に行けると謳う坊主に対して、これから命懸けの戦争が始まるという葉山。
どちらも何の裏付けもない、言葉だけの情報。
それなら、人は安全で楽な方を選ぶ。それはもう本能だ。
だから、相模たちは葉山を責めなかった。
「……気にしないで、葉山くん」
「ああ。どうせ俺達だけでなんとかなんだろ」
葉山は二人の方を一度向いた後、再び念仏を唱える集団に向かって呟いた。
「……いや、もう一人も死なせたくない。絶対に。……最低でも、スーツだけでも着てもらう」
葉山は言う。氷のような無表情で。
「……葉山くん」
相模には、何も出来ない。
そんな葉山の思いとは裏腹に、彼らは無意味な念仏を唱え続ける。
とはいっても、彼らの中に仏教徒は坊主しかいない。ただナムアミダブツと平坦な調子でそれっぽく呟き続けるだけ。
そんな空っぽな信仰心を取り繕うだけで、行けるものなのだろうか。極楽浄土という場所は。
そんな簡単に行ける場所が、そんなに素晴らしい所なのだろうか。
だが、葉山の言葉は誰一人として届かなかった、というわけではない。
葉山達四人を、眼鏡のサラリーマン風の男、ミリタリー姿のオタク、そしてつなぎを着た仕事人風の男が、興味深そうに見ていた。
すると、葉山が再び動いた。
念仏を唱える集団を見下ろすように立つ。
そして、睨みつける坊主に、こう言い放つ。
「もうすぐ、その球体が歌い出す。ラジオ体操だ。
そしたら、その球体が左右後方に開き、そこから武器が現れる。
そして、順次エリアに飛ばされ、そこにいる敵――星人と戦い、勝てば再びここに戻ってくる。……負ければ死ぬ。今度こそ、本当に」
葉山が次々と言い放つ妄言に、坊主だけでなく、先程少し葉山に心を揺さぶられた念仏派たちすら敵意の篭った目で、葉山を見る。
「……くだら――」
あーた~~らし~~いあーさがき~~た~~きぼーのあーさーがー
坊主の言葉を遮るように、部屋に不気味なラジオ体操が響いた。
葉山に敵意を向けていた念仏派も呆気にとられ、他のメンバーも葉山への興味を濃くする。
唯一、坊主のみが葉山を睨みつけ続ける。
そんな坊主を、葉山は冷たい目で見下したまま、淡々と言い放つ。
「僕らは、少なくともあなたよりも、地獄というものを知っています」
――まだ、続けますか。
葉山の目は、言外にそう語っていた。
+++
【てめえ達の命はなくなりました。】
【新しい命をどう使おうと私の勝手です。】
【という理屈なわけだす。】
葉山と坊主の睨み合いの背後で、ガンツが次々と文字を浮かび上がらせる。
ぞろぞろと球体の前に人が集まり、皆好き勝手の感想を言い合う。
しかし、相模と折本の表情は晴れない。その文言が、文字通りの意味だと知っているから。
ただ一人、達海は爛々と目を輝かせ、口元を好戦的に歪めていた。
【てめえ達はこいつをヤッつけてくだちい】
《あばれんぼう星人》
《おこりんぼう星人》
「……二種類?」
相模が疑問を呈する。
相模がこれまで参加した二つのミッションのターゲットは一種類の星人だった。二種類の星人が提示されたのは初めてだ。
画像を見ると、どちらもそう変わらないように見えるが……
相模がそんな疑問を持っていると、メガネのサラリーマンが葉山に近づく。
相模はこの人を見ていて、ふと一回目に似た人がいたのを思い出す。あのテレビ番組説を誰よりも熱く唱え、最終的には相模はどう死んだかも知らない人。
だが、この男は少なくとも彼よりは状況認識力に長けているらしい。
葉山に向かって眼鏡を指で押し上げながら質問する。
「……これが、これから僕たちが戦わせられるという敵かい?」
「……ええ。そして――」
葉山は坊主から眼鏡に目線を移し、そして再びガンツに目を向ける。
ドンッ!!!と勢いよくガンツが三方向に開いた。
そして、そこに現れるのはSF風の兵器の数々。
それを見て、ミリタリーオタク風の男が腰を上げ、真っ先に飛びつく。Xショットガンを取り出し、構え、目をキラキラと輝かし、無邪気に笑う。
「……重い」
ガシャと自身の知識から弾丸を装填する真似事をする。その銃に弾丸はないが、それの威力を知る葉山は眉を潜ませた。
だが、特段注意することなく(引き金を引かなければ大丈夫だろう。と思った)、後ろの突出部分に向かう。
眼鏡はXガンを取り出し、興味深げに眺めていた。
葉山はそこに収納されている黒いスーツケースを取り出す。
「これです。これがこれから戦場に向かうにあたって最も重要になる。これを着ることが、最低限するべき、しなければならない準備です。全員これを着てください。アイツが着ているように」
葉山が達海を指差す。
急に矛先を向けられた達海はぎょっとしたが、葉山の鋭い目線に込められた意味をちゃんと受け取り、上に着ていた制服を上半身だけ脱ぎ、ガンツスーツを着ていることをアピールする。
「……コスプレ?」
ボンバーさんの呟きに達海は顔を赤くしそっぽを向く。
そんな達海を気にも留めず、葉山は全員に向けて言った。
「これを着ると着ないとでは生き残る可能性が劇的に変わります。生き残りたい人は着てください」
そう言う葉山の前に、再び眼鏡が出て質問をする。
先程よりも、ぐっと真に迫る質問を。
「君はずいぶんここに詳しいな……。何なんだ、君は?」
その眼鏡の質問に、葉山は淡々と無感情で答える。
「俺は……いや、俺達はこの夜を何度か経験しているんです。だから、あなた達よりは少しは事情が分かる。ですから、俺達の言う通りにしてください」
「惑わされるな! 愚か者共がぁ!!」
坊主が、これまでの葉山の説得を吹き飛ばすべく、文字通り喝を入れる。
その大声により部屋中の注目を集めると、ビシッと葉山を目も見ずに指差して声量を落とさずに言い切る。
「奴こそが、このためしの場における煩悩の象徴だ!!奴の甘言に乗せられ、この期に及んで生にしがみつこうとする亡者を地獄に引き摺り下すのだ!!惑わさるな!!」
そして坊主は両手を広げ、選挙演説を披露する政治家のごとく謳い上げる。
「この悪魔に騙され!その命を奪う兵器を手にしたら!救済されることなく無間地獄に落とされる!!強靭な精神でその誘惑を退け!念仏を唱え続ければ!必ずや極楽浄土への道は拓ける!!さぁ!!念仏を唱えよ!!祈りを捧げろ!!今、この瞬間!道は決まるのだ!!」
それはここにいる誰よりも、自身に向かって言い聞かせているようだった。
相模も折本も恐怖を感じ、自身の体を抱きしめた。
達海も額に汗を一滴たらりと流した。
そして、その鬼気迫る演説には少なくとも、彼らの迷いを棚上げにするくらいの迫力はあったらしい。
先程までの念仏組は、再び腰を下しナムアミダブツを唱え始めた。
そこに坊主も座り、数珠を手に南無阿弥陀仏を心なしか先程よりも力強く唱える。
それを、葉山隼人は氷のような瞳で眺めていた。
「……相模さん。折本さん。2人は先にスーツに着替えてきてくれないか?大丈夫。他の人達は見張っているから。もう、いつ転送が始まるか分からない」
すでにガンツは開き、必要なプロセスは終了している。
後はガンツがエリアに転送するだけ。
相模と折本は頷いてそそくさとスーツケースを手に取り――
――いまだに帰って来ない二人がいる廊下へと踏み込んだ。
「……で、どうするつもりだ?」
「ん?何がだ?」
女子二人が廊下へ行った後、達海は葉山に耳打ちする。
「とぼけんな。何かアイツらに見られたらまずいことでもするんだろう?」
「……別に、そこまでまずいことはしないさ」
「でも、言葉で分からない奴は、ちょっと荒っぽい手段も仕方ないよな。」
+++
相模と折本が廊下に出ると、切れ切れの艶やかな吐息とピチャピチャという水音が奥から響いていた。
相模と折本は2人で「「?」」と顔を見合わせると、ゆっくりと奥を覗き込んだ。
すると――
「……ぁ……ぅん……はぁ……ん……」
「……はぁ……はぁ……っ…ん………」
そこには、この短時間であっという間にディープなキスをマスターした陽乃と、それに不器用ながらも必死に応える八幡がいた。
ぶっちゃけ濡れ場だ。
「…………………」
「…………………」
絶句する二人。
だが、八幡と陽乃の放つピンク色の雰囲気から、思春期真っ盛りの女子高生達は目を逸らすことは出来なかった。
キスにのめり込むために閉じられた瞳は、八幡の元々整った顔立ちを映えさせた。
そして、頬を赤く染め、桜色に上気したうなじを覗かせる陽乃は、これ以上ないくらい扇情的だった。
そんな二人がお互いを求め合いながら熱中するその行為を、相模と折本は卑猥な行いではなく、むしろとても美しいものに思えて、思わず時を忘れて魅入ってしまった。
だが、この廊下に視界を遮る障子などはない。
相模と折本のどちらかが思わず身を乗り出し、フローリングが軋む。
それに反応し、八幡が閉じていたその目を開いた。
「……げ」
「……あ」
「……う」
「……ん?比企谷くん?」
三人の間に気まずい空気が流れる。
陽乃は少しの間余韻に呆けていたが、直ぐに脳が運行を再開し、折本と相模の存在に気づいた。
そして、頬をこれまで以上に急速に赤くする。その範囲は額、首筋と頭部全体に広がった。
それを確認する前に、折本と相模はダッシュで部屋に戻った。
バタンッ!と勢いよく扉を閉める。
「うぉ! びっくりしたぁ~。 え?何?お前ら着替えてないじゃん。 ……っていうか顔赤くね?どうしたんだよ」
「はぁ……はぁ……い、いや、別に何も?ね、ねぇ」
「う、うん!何も!何もなかったなんでもないよ、うん!」
「? ……そうか」
明らかに様子がおかしかったが、達海は別段この二人に興味があるわけではない。
ただタイミングが悪いと思っただけだ。せっかくの葉山の心遣いが不意になった、と。
「あ、あれ?葉山くんは?」
相模が葉山の所在を尋ねたので、達海は顎でそちらを指し示す。
すると、その別室から葉山が現れた。スーツを着た姿で。
そして葉山は、相模たちが戻っていることにも気づかず、念仏を唱えている集団に向かって歩いて行く。
彼らが葉山を訝しんだ様子で見上げると、そこで葉山は―――――
+++
……今日、この日。俺の人生に新たなる黒歴史が誕生した。
ファーストキスを同級生に目撃されるってそれ何てイジメ?しかもその内一人は過去フラれた相手とかイタすぎる。帰って布団に包まってアァー!!ってやりたいレベル。
……まぁいい。俺はいい。黒歴史が今更一つ二つ増えた所で、大して変わらん。時折ベッドに向かって吠えて、発作的な何かに苦しむだけだ。
だが、今まで黒歴史とは
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~」
「……雪ノ下さん。そろそろ立ってください。ね?」
陽乃さんはorzな体勢で唸っている。顔は見えないが、こちらから見える綺麗なうなじは真っ赤に染まったままだ。
ヤバい。超可愛い。
今まで他人にこんな弱みを見せたことはなかったのだろう。陽乃さんは相当精神的にきているようだ。
……けれど、いつまでもこうしているわけにはいかない。
さっき折本と相模はスーツを持っていた。おそらく着替える為に廊下に出てきたんだ。なら、もうガンツは開いてる。いつ転送されてもおかしくない。
最低でも、陽乃さんにスーツを着てもらわないと。
「雪ノ下さ―― ?」
「…………」
陽乃さんを動かそうと呼び掛けようとしたら、なぜか俺を見上げて頬を膨らませていた。
ヤバいヤバい陽乃さんみたいな普段隙がない完璧超人お姉さんが見せる子供っぽい姿のギャップ破壊力で俺の理性の化け物がKO寸前DAZE☆ひゃっ―――――ハッ! 危ない危ない。危うく俺の鋼の理性が崩壊して真理に到達する所だったぜ。いや、何リック兄弟だよ。
とにかく、なぜか陽乃さんの機嫌が悪い。
膨れる陽乃さんはとんでもなく可愛いが、今は一刻を争う。急いで陽乃さんを動かさないと。
「あの、雪ノ下――」
「陽乃」
「……え?」
「だから……陽乃って呼んで。……八幡くん」
がはぁ!!
こ、これが二次元の世界なら間違いなく吐血していたぜ……。なんだ、この破壊力は……。ここが
上目遣い+ギャップ+年上の甘え声+濡れた目+名前呼び+照れ+染めた頬+……
と、止まらねぇ。何連鎖だよ。ぷよぷよだったら確実にゲームオーバーだよ。というか何この人デレ過ぎでしょ。十分前とは別人じゃん。まぁ可愛いけどさ。何度でも言うけどめちゃくちゃ可愛いけどさ。
拗ねる+照れるの二大萌えポイントだけでも凄まじいのに……陽乃さんレベルの絶世の美女がやると特に。
……こんな人とキスしてたんだよな。俺。
……と、とにかく今は行動だ。あんまり考えすぎると死ぬる。
俺は照れ隠しの意味も兼ねて、陽乃さんの細い腕を掴んで力づくで立たせる。
「きゃ……もう。強引なんだから♡」
「~~~~~と、とにかく、スーツ着てください、スーツ!!」
くそ!この人段々余裕取り戻してる!いつもの陽乃さんのペースだ!
だけどさっきのキスの後だと破壊力が段違いだよ!!
俺はなるべく陽乃さんを見ないようにして、廊下を進む。
すると、陽乃さんもふざけるのを止めたのか、真面目なトーンで話してきた。
「スーツって、隼人が言ってたやつ?」
「葉山がどこまで説明したのか分かりませんが、とにかくスーツを着ないことには話になりません。それにたぶんもういつ転送されてもおかしくないはず――」
俺は、陽乃さんに説明しながら扉を開ける。
そこでは――
――――葉山が、大の男二人を宙吊りにしていた。
「……ちょ!アンタ!」
「やめてよ、葉山くん!!」
葉山の暴挙を折本と相模が止めようとする。
それを達海が止めた。
……なるほど。そう言うことか。にしても――
「――隼人、ずいぶん吹っ切れたみたいね」
陽乃さんが面白そうに呟く。
……確かに、今までの葉山じゃ考えられない行動だ。
だが、確かに合理的だ。
葉山に吊るされているラッパーさんとボンバーさんは、必死にもがいて葉山を蹴り飛ばし、思いっ切り膝蹴りを食らわせたりしてるが――
「がぁああ!!」
「こ、コイツ……岩かよッ!」
――当然、効かない。
「……へぇ~。あれがスーツの力か」
「ええ。あれがないと、まったく戦力になりません」
さすが陽乃さん。この状況で冷静に分析を欠かさない。
葉山は二人を静かに下すと、冷たい目で見下して、言った。
「これが、スーツの力です。着てください」
葉山には、決して脅しているなどというつもりはないだろう。
だが、彼らからしたら、葉山のやり方は恐怖政治そのものだ。
「着てください」
「ヒぃ!」
ボンバーさんが後ずさる。完全に怯えている。
だが、それでいい。その方が、着ないという選択よりはるかにましだ。
以前の葉山なら、こんなやり方はしなかっただろう。
みんな仲良く。話せば分かる。輪を乱したくない。
そんな理想論を語っていた葉山なら、こんなやり方は無意識に避けた、いや思いつきすらしなかったはずだ。
考え方が変わったのか、それとも許容範囲が広がったのか。
……どっちにしろ、この環境に適応したのだろう。
男たちは葉山から逃げるようにしてスーツを取りに行く。
他に取りに行くのは眼鏡くらいか。つなぎとミリタリーは銃の方に興味が行ってる。もう一人のサラリーマンはブツブツと念仏を唱え続けてる。完全に逃避体勢だ。
坊主は葉山の親の仇のように睨んでいる。
そして、格闘家は――
「ほわたぁ!」
……葉山に向かって蹴りを放っている。もうやらせておこう。
「陽乃さん。俺達も」
「うん」
とりあえずスーツを着よう。
俺は白人格闘家に引いてる折本と、葉山を心配そうに見ている相模に声を掛ける。
「……お前ら。早く着替えた方がいいんじゃないのか?」
すると、二人は我に返り。
「そうだった!早く着替えよ!」
「あ、ちょ――」
折本は相模の腕を引っ張って、再び廊下へ。
相模は葉山を後ろ髪が引かれるように見ていたが、やがて廊下に消えていった。
そして俺達はスーツを取ると、俺は陽乃さんを廊下へ送る。
「それじゃ、着方は二人に教わってください」
「えぇ~。八幡は~?」
「……いや、この服全裸にならないと着れないんすよ」
「……別に、八幡くんならいいよ~。お姉さんの裸、見たい?見たい?」
…………いつもの悪魔ネタもそんなに頬を染めてたら、可愛いだけですよ、陽乃さん。
「はいはい。ホントに時間ないんですから。早く着替えて来てください」
「……もぉ。つれないな~」
そう言って、陽乃さんはようやく行ってくれた。
……さて、俺も着替えるか。
前回は転送されて二秒で敵と遭遇したしな。あ、そう言えば今回の敵の画像見てねぇ。
「……リア充がっ」
ボンバーさんがこちらを見て苦々しく吐き捨てた。
……まさか俺の人生でそんなことを言われる日が来るとはな。ホント、人生何が起こるか分かんねぇな。ここ最近は特に。
リア充爆発しろ。――――ボンバーさん。心の叫び