比企谷八幡と黒い球体の部屋   作:副会長

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Side八幡&陽乃――⑥

 

 上位幹部に、俺はなる。

 

 そんな主人公感溢れる決意の台詞を――目の前の美女は、ハニトーの残滓(のこりかす)(ねぶ)りながら、下らないものを侮蔑するように吐き捨てた。

 

「――はぁ? 無理でしょ」

 

 小指に付いた生クリームを、その真っ赤な舌を伸ばしながら掬い取る。

 けれど、その俺を見据える瞳は、そんな妖艶な仕草がマッチして――恐ろしく、冷たく見えた。

 

「……八幡くん。話、聞いてた? それとも聞いてた上で――そんな妄言を、宣ったのかなぁ?」

 

 それはまるで、かつてのとある魔王を彷彿とさせる雰囲気で――そして、今、俺の隣に座るかつての魔王が、かつてよりも遥かに恐ろしい雰囲気を身に纏い、放ちながら応える。

 

「はぁ? どういうことです? うちの八幡には無理だって言いたいんですか?」

「いやぁ、無理じゃない? 陽乃ちゃんなら、入る支部を選べば、もしかしたらいけるかもしれないけど――八幡くんじゃあ、ねぇ。分かってる? 終焉(カタストロフィ)まで、後たったの半年しかないんだよ」

 

 陽乃さんは身を乗り出して攻撃的な視線をぶつけるが、由比ヶ浜さんはそれに乗らず、そのまま席を立って「ハニトーお替りしてこよ~」と自販機にふらふらと行ってしまった。……まさかの三個目か。糖尿とか大丈夫なんだろうか。同い年の親父はマッ缶すら一日一本って母ちゃんに制限されてるんだが。

 

 本人が目の前に居ると考えただけで殺されかねないことを思いながら、俺は由比ヶ浜さんが席を立ったのを見遣ると、そのままパンダの方に視線を向けて言った。

 

「……で、どうだ? お前は、俺がトップ50にランクインするのは不可能だと思うか?」

「不可能とは言わない。――だが、非常に厳しいのは、由比ヶ浜結愛が言う通り、事実だ」

 

 パンダは黒真珠のような瞳に、俺を映しながら淡々と言った。

 

 そして、そんな真っ黒な世界に映し出された俺は――腐った表情で、そんな誰かを嘲笑っていた。

 

「――ハッ、だろうな」

 

 そもそもの話――果たして『部隊軍』の戦士が総勢で何人いるのかは知らないが、終焉(カタストロフィ)に向けての主力部隊として用意されている兵力だ。百やそこらじゃないだろう。

 

 さらに、その一人一人が、あのふざけたデスゲームに適応した適格者であり、頭角を現すことに成功した文句なしの怪物達だ。

 俺は運よくコネ入社に成功したが、本来の正しいルートを潜り抜けた戦士は『まんてんめにゅー』――100点クリア×10回、すなわち総額1000点に達した戦士であるらしい。俺なんかだと十回死んでも辿り着けるか怪しい数字だ。

 

 つまり――俺は前提として、大前提として、『部隊軍』の戦士達の中で飛び抜けて強いわけじゃない。むしろ下から数えた方が早い、ていうか俺より弱い戦士がいるのかって話だ。

 そんな俺が、選ばれしトップ50に――しかも、たった半年で『上位幹部』になろうなんて宣うんだ。そりゃあ、由比ヶ浜さんもハニトーを欲するってもんだ。イライラで糖分がいくらあっても足りないだろう。

 

「けど、不可能じゃない。可能性はゼロじゃない」

 

 例え正攻法が通じなくとも、正道を歩む資格がなかろうとも――可能性はゼロじゃない。

 俺が邪道のコネ入社でCIONに辿り着いたように――何事にも、裏道を通る裏ワザは存在する筈だ。

 

「まず、もう一度確認したいんだが――戦士ランキングは、スコア制ではなく、アベレージ制で格付けされる。それは間違いないんだな?」

 

 そう――ランキングの評価基準が、これまでの『部屋』時代と同じく、加算式のスコア制であるならば、俺は『上位幹部』への道を早々に諦めざるを得なかった。

 

 スコア制であるならば、そもそもが点数を積み重ねる時間が圧倒的に足りなかったからだ。

 いくらCIONの歴史が浅いとはいえ、少なくとも俺が生まれる前からはこの秘密組織は存在している筈だ。それだけの期間で積み重ねられたスコアを、たった半年で上回れるとは、流石に思えない。

 それこそ、入隊条件と同じく百点クリアの数を競ったりしているのであれば、何回死んでも届きはしないだろう。

 

 だが――アベレージ制であるならば、平均スコア制度であるならば、話は別だ。

 

「その通りだ。『部隊』の戦士に求められるのは、有象無象の雑魚の殲滅ではなく、強大な脅威の撃破――ジャイアントキリングだ。故に、弱小星人を百体狩ることよりも、百点の星人を一体討伐することの方が遥かに評価される。故に――」

 

 戦士ランキングが評価項目として採用しているのは――アベレージ制度。

 つまりは、撃破星人の平均点数(アベレージスコア)だ。

 

「無論、これだけでは野球選手の打率や防御率のように、そもそも分母の数が少なければ良い値が出てしまうということになる。故に、こちらにも規定打席ならぬ、規定撃破数が存在する」

 

 十体――パンダはそう、新入戦士である俺達に最初のノルマを課した。

 たったの十体か、と俺は反射的に思ってしまったが、そもそもが求められている星人のランクが、倒すべき敵の強さの設定が、ミッションの難易度が、『部屋』時代とは違うのだ。

 

 求められているのは、1点2点の雑魚星人の処理じゃない。

 先程もパンダが言った通り、『部隊』の戦士に求められるは――巨人殺し(ジャイアントキリング)

 

 すなわち、これまでのミッションでいう――ボスクラスの対象の打倒。

 

 それを考えれば、十体という数は、決して少ない数じゃない。

 つまりは、ボスを十回撃破できなければ、そもそもが戦士ランキングに参加することすら出来ないというわけか――だが。

 

 半年で――十体。

 決して届かない――数では、ない。

 

 生存を絶望する、死を享受する、幸せを諦める――数字ではない。

 

「……そういえば、さっき由比ヶ浜さんが言っていたな。入る支部を選べば、陽乃さんなら可能性はあるって」

 

 俺は、提示された戦士ランキングへのノミネートへの壁に関する情報の精査をしながら、パンダに先程の由比ヶ浜さんの言葉に対する説明を求める。

 

 入る『支部』――入職する、『支部』。

 まるでトップ10に入り易い『支部』――『上位幹部』になり易い『支部』があるような口ぶりだったが……。

 

「それは――」

「――それは、あたしから説明するよー!」

 

 パンダが口を開き、その意外に怖い牙を見せたくらいの所で――その背後からハニトー(三個目)を持ってきた由比ヶ浜さんが二つの意味で割り込んだ。

 俺らに見せつけるようにテーブルの中央に置いたハニトーをもぐもぐと食べながら、由比ヶ浜さんはフォークの切っ先を俺に向かって突き付けながら説明を始める。

 

「そもそもの話――『上位幹部』っていうのは、『部隊』の戦士のトップ50じゃなくて、五つの『支部』が保有する部隊戦士の、それぞれのトップ10がなれる役職なんだよ。ここまではオーケー?」

 

 俺の腐った双眸を突き刺すように突き付けられる銀色のフォークから目を逸らさずに、俺は無言で頷いた。

 陽乃さんの舌打ちの音が隣から聞こえたが、俺はそちらにも何も言わずに思考する。

 

 ここは確かに、見逃せないポイントかもしれない。

 単純に強い戦士を評価するだけならば、わざわざ五つの支部で別々にランキングを作成せずに、全部隊戦士で合同で一つのランキングを作成し、その上位50人を選別すればいいだけの話だ。

 

 それをわざわざ『支部』毎に個別のランキングを作成し、その上位十人ずつを『上位幹部』としている理由は――各『支部』のパワーバランスを偏らないようにする為か。

 

「名目上は、そうだろうね。そもそもが、五つの支部は本部も含めて、上下関係にはない対等だっていう形をとってるんだよ。首脳会談は六角形のテーブルで行われるしね。名目上は!」

 

 嬉しそうに名目上という言葉を強調する由比ヶ浜さんだが、それはまあ、誰が聞いたってあくまで名目上だということは分かる。

 

 しかし、例え名目上だとしても、それは必要な制度なのだろう。

 本質的なピラミッドとしては本部が頂点なのは致し方無いとはいえ、各『支部』の中ですらヒエラルキーが出来てしまえば、生まれる必要のない確執が生じる。だが――。

 

(――そんなものは、どれだけ生むまいとしても生まれるものなのだろうがな……)

 

 教室という、わずか一部屋で形成される狭い世界ですらそうなのだ。

 ヒエラルキー。カースト。そんなものは、人が三人――いや、二人揃えば、自然と生じるものなのだ。

 

 俺のそんな思いを見透かすように、由比ヶ浜結愛は由比ヶ浜結衣が決して見せない色の笑顔で言う。

 

「まぁ、そうだよ。どれだけ対等だと言い張っても、五つの『支部』にはそれぞれのパワーバランスがある。それは『本部』が各『支部』に与えている『専門分野』に依るものもあるんだろうけど、そもそもの話――それぞれの支部が担当するエリアからして、それはしょうがないことだよね」

 

 専門分野――という話も気になったが、それはまた後で聞くことにして、俺はまず各『支部』が受け持つ『担当エリア』という単語について思考することにした。

 

 だがまぁ、これは読んで字の如しならぬ、聞いたそのままの意味だろう。

 そもそもが、各『支部』の名前が、そのまま大国の名前なのだ。

 

US(アメリカ)RU(ロシア)EU(ヨーロッパ)CN(中国)、そしてJP(日本)。日本を除けば、それぞれが世界の主要国とはいえ、当然ながら平等じゃないよね。この時点で、パワーバランスは生まれてる。ヒエラルキーも、カーストも生まれてる」

 

 平等じゃない、不平等が生まれている――由比ヶ浜さんは、そうハニトーにフォークを突き刺しながら言う。

 

 ……確かに、CION各『支部』に、それぞれ表世界の大国のパワーバランスがそのまま反映されるのであれば、それは確かにヒエラルキーも、カーストも生まれるのだろう。生まれるというより、既に存在しているのだろう。

 

 大きな話で言えば、先程のアベレージ制度ではないが――分母が違うのだ。

 CION本部が『支部』に、『部隊軍』に求めているのが『兵力』である以上、単純な話――数は、そのまま力になる。

 

 人口がそのまま、兵力に繋がる。

 

 星人が世界中に存在する以上、まさか各国に同じ数だけ『黒い球体の部屋』が用意され、同じ数だけの『戦士』を生み出しているというわけではないだろう。

 

 単純に考えれば、広い国土にはそれだけ多くの『黒い球体の部屋』が、人口の多い国にはそれだけ多くの『戦士(キャラクター)』が生み出されていると考える方が自然だ。平等というのなら、そちらの方が余程に平等だ。

 

 そんな平等から、当たり前のように不平等は生まれる。

 

 だが――しかしだ。それだと話は繋がらない。

 

「でも、それじゃあ、このオリエンテーションの意味がなくない? だって、それだと各『支部』が担当するエリアで生まれた戦士は、そのままその担当支部に入職しなくちゃいけないみたいじゃない」

 

 陽乃さんの言う通りだ。

 表世界のパワーバランスがそのまま『支部』のパワーバランスに繋がるというのなら、表の世界でその支部の担当エリアに住んでいた戦士は、そのまま地元の支部に就職しなくちゃいけないということになる。

 

 無論、オーストラリアやアフリカ、南米といった『支部』の名にない国出身の戦士もいるだろうが、担当エリアというくらいだ、何れかの支部がその辺りの国々もエリアとして担当しているのだろう。

 

 何より――俺らは、日本人だ。日本の千葉県にて、死に、生き返り、戦士となった。

 地元就職が既定されているのならば、今、俺達が受けているこのオリエンテーション――入職する『支部』を選択するというオリエンテーションは、何の意味もなくなってしまう。

 

「入職する『支部』は、自由だって話じゃなかったのか?」

「もちろん自由だ。話が少し複雑になったな。確かに、各『支部』にはそれぞれパワーバランスが存在し、それに表世界のパワーバランスが密接に関係しているのは確かだが、それは単純に地産地消が既定であるという話ではない。その辺りも、もう少し複雑な事情が絡まっているのだ」

 

 その辺りのことは、各『支部』の『専門分野』を語るのと同じく、もう少し後に説明しよう――と、ハニトーを口に含んで喋れない由比ヶ浜さんに代わって、再びパンダが主導となって説明を再開する。

 

「まず、君達には就職する『支部』を己で選択する権利がある。日本人だからと言って、日本の『部屋』で戦士になったからとは言って、必ずしもJP支部を選択しなくてはならないというわけではない」

 

 だが、そういった地元就職の戦士が多いことは確かだ――と、パンダは言う。

 それが担当エリアの主要大国のパワーバランスが、そのまま支部のパワーバランスに繋がる理由の一端だとも。

 

「先程も言った通り、これから君達は就職する『支部』の『部隊』の一員となって、与えられた戦争(ミッション)に赴くことになるわけだが――当然ながら、請け負う戦争の殆どが、その担当エリアに棲息する星人の討伐となるわけだ」

 

 つまりは、自らが就職した支部の担当エリアが――そのまま担当戦場となる、というわけか。

 

 担当戦場――戦場となる、土地。国。

 

 つまり、地元就職ということは――故郷を職場に出来るということ。

 生まれ育った愛すべき地に隠れ潜む強大な星人を、この手で殺すことを――仕事に出来る。

 

「それが、地元支部に就職する大きなメリットとなるようだ。無論、一つの『部隊』で請け負うには荷が重い星人に対しては、『本部職員』が助っ人として駆り出されたり、他の支部の部隊に応援を要請したりすることもあるが」

 

 基本的には、地元の平和を守る為に戦うことが出来る――か。

 

 なるほど。そりゃあ、どうせ命を懸けるのならば、見ず知らずの外国よりも、生まれ育った故郷を守る為に戦いたいと思うに決まってる。知っている土地を、知っている人を、知っている文化を、知っている世界を守りたいと、そう思うに決まっている。そうなると、地元就職が増えるのは、ある意味で自明なのか。

 

「故に、明確にルールとして規制も強制もしてはいないが、どの支部も地元民が、地元国民が過半数を占めているのは確かだ。特に、JP支部はその傾向が強い。『上位幹部』が十人中九人もが日本人が占めているくらいだからな」

 

 それは日本人が特別愛国心に溢れているというよりは、やはり国民性の問題なのかもしれないな。

 

 自国でしか通じない言語を用いる海で囲まれた島国であり、近隣国とも外交問題が絶えない国。

 勿論、グローバルな人員も豊富に抱えているのだろうが、多くの一般人にとっては、海外就職というのは二の足を踏む国民ではないだろうか。まぁ、俺が外国に興味がないだけかもしれないが。

 

 ……それに、そもそもが担当エリアの問題として、地元民くらいは獲得しないと、他の支部に対して余りにも兵力差が生まれてしまうだろう、JP支部。明らかに他の支部と国力が違い過ぎる。

 

「確かに、それもまた理由の一つだ。説明したかもしれないが、五つの『支部』が抱える『部隊』は、終焉(カタストロフィ)に置いてCIONにとっての、つまりは地球側にとっての『主力』となる戦力だ。つまりは終焉時にとって、世界の希望を背負う存在ということになる」

 

 世界の終焉という未曽有の大混乱の中、何も知らないまま突如として終わりを迎えられることになる世界。

 そんな真っ黒な絶望に包まれる中、無垢でか弱き一般人達を導き、救いの手を差し伸べることになるCION。

 

 その主力部隊として、矢面に立つことになることになる、五つの『支部』――それには、当然。

 

「当然――これら『支部』の運営には、表世界での有力者達も関わっている。そう、表世界を動かす彼らは、知っているのだ。世界の終焉の日付を。そして、その終焉の後に、どんな戦争が待っているのかを」

 

 俺はその言葉に――特に何の驚きもしなかった。

 昨夜、既に我が出身国日本のトップが、黒い球体の手先だと把握していたからだろうか。

 むしろ、それくらいでなければ疑問を抱いていたくらいだ。

 

 つまりは、五つの『支部』のパワーバランスが、表世界のパワーバランスの影響を受けている――のではなく。

 

 五つの『支部』そのものが――表世界の大国の力の一部そのものということか。

 

「それもまた、ある意味でしょうがないことなのだろう。終焉(カタストロフィ)のその時、またはその後に置いて、世界の滅亡のその時、その後に置いて――『支部』は、『部隊』は、それぞれの大国の力そのものとなるわけなのだから」

 

 一部ではなく――そのもの。

 ありとあらゆるパワーバランスがリセットされる終焉(カタストロフィ)に置いて――唯一、リセットされない兵力であり、力。

 

 世界を救う力は、世界を救った後に置いて、滅亡した世界に置いて、新たなる格差を生む力となる。

 

 平等に滅ぼされた世界に置いて、新たなる不平等を生む――力となる。

 

「当然、己が国の戦力となる『軍隊』は、己が国の人間で構成されておくに越したことはない。終焉を齎す分かり易い共通敵を滅ぼした後、今度は地球人同士で勢力争いが再開されることになるのは自明なのだから。わざわざ、獅子身中の虫を忍ばせたくはないだろう」

 

 だからこそ――己が『支部』の『部隊軍』は、なるべく地元民で構成したいという思惑が働く訳か。

 しかし、名目上とは言え、CIONという組織の『支部』である以上、その『本部』が定めたルール上、来たいと言っている他国出身戦士を何の理由もなしに追い返すわけにもいかない――同じように、来たくないと言っている地元民を無理矢理に引き込むわけにもいかない。

 

「だからこその、この『オリエンテーション』だ。新入戦士達に、それぞれの各支部の特性や特徴を第三者(本部戦士)の立場から分かり易く説明し、本当に自分に合った職場を選び、新たなる戦場として欲しい」

 

 本当に進路相談室みたいなことを言い出したパンダに、ふと、本来ならば自分は高校三年生として、きっと今頃は受験生勝負の夏に向けて、総武高の進路相談室で同じようなことを言われていたのだろうと――笑みが零れる。

 

 まるで大学を選ぶかのように、戦場を選んでいる自分に――笑わずにはいられない。

 

「改めて言っておくが、他国支部に就職を希望する戦士も多く存在する。その思惑は様々だ。獅子身中の虫――スパイとして潜り込んでいる者もいるだろう。だが、少なからず、己の為に、己の為だけに、縁もゆかりもない『支部』を選択している戦士も、無論多い」

 

 終焉後のパワーバランス云々などではなく、一人の戦士として、己を高める選択として海外就職を選択する戦士もいる――と、パンダは、真っ直ぐにへらへらと笑う俺を見据える。

 

「お前達のように、死にたくないから少しでも己が価値を上げる――つまりはランキング入りを目指して、上位幹部になりやすいという理由で支部を選定する戦士もいる」

 

 ここでようやく、その話に繋がるらしい。

 ランキング入りがし易い支部――その解説に。

 俺の将来に繋がる話に。

 

「当然ながら、いくら平等にという名目の上でも、不平等は生じる。これまでの説明通り、各支部は出来得る限り地元民を己が支部に引き込みたいという思惑があるからだ。つまり、各エリアの人口は各支部の戦士数に相似し――分母が大きくなる」

 

 つまり単純に考えれば、CN(中国)支部は、JP(日本)支部の十倍以上の兵力を抱えているわけだ。

 しかし、それでも――平等を生もうとしたルールは、どちらにも平等に施行される。

 

「しかし、上位幹部の椅子は、どの支部も定数――十人だ。つまり――」

「単純計算で考えれば、CN(中国)で上位幹部になるのは、JP(日本)の十倍厳しいということ。逆に考えれば――」

 

 JP(日本)で『上位幹部』となるのは、CN(中国)の十倍簡単だということだ。

 言葉で説明されれば本当に単純な話だった。強豪校でレギュラーになるよりも、弱小校でレギュラーになる方が簡単だというのと同じ理屈だ。

 

 勿論、実際はそう簡単な話でもないのだろう。

 その弱小校のレギュラーが実は強豪校に負けず劣らずの実力を持っているかもしれないし、そもそも何年も練習を重ねた上級生に、コネ入部の新入生がレギュラーを奪える保証など、例え弱小校でもあるわけがない。それだって十分に茨の道だ。

 

 だが、確かに――『上位幹部』になり易い支部、なり難い支部が存在することは分かった。

 それに、あくまでそれは『上位幹部』就任に限った話であって、支部としてのランクとして考えれば、CN支部はJP支部の十倍の人数がいるのだから、部隊としての十倍規模が大きいという話にもなる――つまりは、こういうことだ。

 

 例え上位幹部になるのが厳しくとも強い『部隊』に入るか、それとも『部隊』としては弱くとも上位幹部になり易い部隊に入るか。

 

 それは確かに、進路選択に置いて考慮すべき問題ではあるだろう。

 俺が求めるのは、あくまで生存率の向上であって、上位幹部就任はその可能性を上げる手段でしかない。

 前提として、部隊として弱ければ、それは肝心な終焉(カタストロフィ)に置いての危険性に大きく関わってくる。

 

「他にも考慮すべき点はある。その地に住まう星人についてだ」

 

 パンダは熟考に入ろうとした俺を遮るように、更なる注意点を告げる。

 

 その地に住まう星人――棲息する化物。

 つまりは、その支部に就職した際――戦うことになる、標的(ターゲット)となる存在。

 

「基本的にそのエリアの星人は、そのエリアの『部屋』や『部隊』の戦士が請け負うことになる。つまり、より強い星人が住まうエリアの支部は、それだけ厳しい戦いに身を投じることになるというわけだ」

 

 しかし、そもそも部隊に辿り着く戦士というのは、多かれ少なかれ強敵を求める者が多い為、その辺りはむしろ歓迎される要素であることも多いのだが――と、パンダは言うが、俺は少なくともそんなバトルジャンキーではない。むしろ、敵なんて弱いに越したことはないと思っている。

 

 だが、俺はアベレージ制度を駆使して、半年で『上位幹部』入りを目論んでいる身の上だ。

 あんまりにも弱い星人ばかりが相手でスコアを稼げませんでした――では話にならない。

 かといって、強すぎる星人ばかりが犇めく激戦区に身を投じて、終焉にすら辿り着けませんでしたでは本末転倒だ。

 

「………………」

 

 考慮すべき点は、引くべきボーダーラインは多い。

 どこまでリスクを冒し、どこまでメリットを求めるか――その匙加減が、文字通り明日からの俺の命運を左右する。

 

 ……まったく。

 大学に関しては、俺の成績で受かりそうな範囲で、興味のある学部を消去法で選ぶ程度しか考えてなかったってのに。

 

 俺は頭をガシガシ掻きながら「……この進路選択の期限は――」と問おうとすると、すかさず由比ヶ浜さんが「そんなの、今、ここでに決まってんじゃん」と、生クリームが付いた口で冷たい言葉を発して両断する。

 

「私達はね、君の優柔不断な決心を待つ程、暇じゃないの。君一人に掛けられる時間なんて、精々がこのハニトータイムくらいなんだよ」

「………………」

「分かってる? 今、君はその程度の価値しかない戦士なんだよ」

 

 だから――と、由比ヶ浜結愛は、何も無くなった皿の上にフォークを突き刺し。

 

 真っ直ぐに俺を見据えて、決断を迫った。

 

「今、ここで決めて」

「……………」

 

 由比ヶ浜さんは、そのまま五つの小さな黒球を転がす――その黒球は、五つのモニタを虚空に映し出した。

 

 小さなテーブルの上を埋め尽くすようなそれらの向こう側から、由比ヶ浜さんは淡々と告げる。

 

「それは五つの『支部』の情報を簡易的に纏めた、いわゆる一つのパンフレットみたいなものだね。詳細な担当エリア、保有戦士数、担当エリアの主要国、棲息星人、上位幹部のアベレージスコア、主な星人撃破実績――等々。進路選択する上で必要な情報はそれなりに揃ってると思うよ。流石にオープンキャンパスはさせてあげられないけど。まだうだうだ言う気かな?」

「……いえ、十分です。ありがとうございます」

「そ。じゃあ、あたしはもう一個ハニトーお替りするから。それが食べ終わるまでに決めておいてね」

 

 由比ヶ浜さんはモニタの裏で立ち上がり、そのまま俺らに背を向ける。再び自販機へと向かったらしい。

 俺はそれを見送らずに、陽乃さんと目を合わせて、それぞれモニタへと目を走らせることにした。

 

 そして思考の海へと飛び込む間際、やはり同じようにモニタの向こう側に消えたパンダの渋い声が届いた。

 

「質問は随時、受け付ける。存分に悩み給え、若人。この選択が、この就職活動が、文字通り君達の命運を、未来を左右することになるだろうからな」

 

 なるほど、質問か。

 では、早速だがこの―――研究テーマというものに関して、意識高く説明を求めることにしよう。

 

 これについては散々引っ張られた挙句、結局何も聞かされてないんだが。

 さっき言ってた、本部が各『支部』に求めた、専門分野という奴だよな、これ。

 

 ……ていうか、初めからこの資料を出した上でオリエンテーションをして欲しかったと思わなくもない。

 由比ヶ浜さん、ひょっとしてガチで忘れてたのだろうか。それが気不味くてハニトー取りに行ったんじゃねぇだろうな、おい。……まぁ、無駄な話ではなかったからよしとするが。

 

「いい質問だ」

 

 パンダはそう前置いて、俺の質問に答えていく。

 ……自分らが説明し忘れたのは華麗になかったことにするらしい。これだから大人は。

 

「その通りだ。『支部』最大の特徴として挙げられるのが、その『専門分野』だ。それぞれの研究テーマに沿った『開発室』が置かれ、その分野に置いては他の支部を圧倒する、それぞれの色が――それぞれの特色が、各支部には存在する」

 

 個人的には、自分に合った色の特色を持つ支部にこそ、就職することをお勧めしたい――と、パンダは言う。

 

 そして、それぞれの支部の専門分野を、パンダは一つ一つ丁寧に説明した。

 

 その特色とは――。

 

 US(アメリカ)支部――【兵器開発】。

 

 CN(中国)支部――【戦士改造】。

 

 RU(ロシア)支部――【部隊育成】。

 

 EU(ヨーロッパ)支部――【神秘継承】。

 

 JP(日本)支部――【星人研究】。

 

 

「…………………………」

 

 

 俺は、これまでの人生で、最も深く、深く集中して、資料を読み込んだ。

 きっと、受験生として、勝負の夏として今日を迎えても、恐らくは――これほど死に物狂いにはならなかっただろう。

 

 由比ヶ浜結愛が三個目のハニトーを食べ終えたのは、それからきっちり、一時間が経った頃だった。

 パンダがそれぞれの支部の研究テーマについて語った後は、誰も何も発さなかった。

 カチャカチャと、由比ヶ浜さんがハニトーを黙々と食べる音以外は、俺も、陽乃さんも、只管にそれぞれの支部のパンフレットの情報を貪食することに集中していた。

 

 そして、カチャ――と。

 由比ヶ浜さんが何もなくなった、三枚重ねられた皿の上にフォークを乗せて。

 

 口元の生クリームを拭き――真っ直ぐと、一切の笑みもなく、俺に向かってその綺麗な目を向けて、問うた。

 

「それで――答えは?」

 

 俺は、一度――陽乃さんと、目を合わせた。

 陽乃さんは、一度瞑目すると、頷き、そして――潤んだ瞳で、笑みを返した。

 

 俺は、それを受けて――再び由比ヶ浜さんに相向かって。

 目の前に並ぶ五つのから、一つの黒球を選び――掴んで。

 

 手を伸ばして、由比ヶ浜さんとパンダに示すようにし、再びテーブルに置いた。

 

 

「俺は――この『支部』に、入隊する」

 

 

 その言葉を、発した瞬間。

 

 俺が選んだ小さな黒球から、慣れ親しんだ電子線が照射された。

 

「――そっか。じゃあ、さっそく初出勤だね」

「君の新たなる門出となる初陣だ。出来る限り華々しく飾るといい」

 

 そして、俺の横から。

 陽乃さんが俺の耳元で、そっと囁く。

 

「――帰ってきたら、朝の続きをしようね」

 

 俺はそんな陽乃さんの言葉に「……そりゃあ、死ぬわけにはいかないですね」と返して、言う。

 

 帰るべき場所である彼女に。その決意を告げる言葉を。

 

「いってきます」

「いってらっしゃい」

 

 彼女にただいまを言う為に。彼女からおかえりと言ってもらう為に。

 

 俺は、新たなる戦場で、初仕事となる戦争へと向かった。

 

 

 

 

 

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 あれから、どれだけ戦い、どれだけ殺しただろう。



「知ってる場所だ」


 見たことのない場所で。見たことのない連中と共に。

 俺は見たこともない化物を前にして、そう呟いた。


 そこは――戦場だった。

 それは――戦争だった。


 やることは変わらない。ずっと知っていることだった。

 真っ黒なスーツを着て、真っ黒な武器を振るい、真っ黒な殺意を以て――戦う。


「知ってる――光景だ」


 何も変わらない。

 世界は変わらず、現実も変わらない。


 俺の物語は――終わらない。

 どんな場所だろうと、どんな地獄だろうと、黒い球体からは――逃げられない。


「――知ってる、絶望だな」


 慣れ親しんだ黒い感情と共に、俺は今日も、化物を殺す。

 彼女にただいまと言う為に。彼女におかえりなさいと言ってもらう為に。

 俺は今日も――戦争をする。


 そして、彼女にいってきますと言い、彼女にいってらっしゃいと言ってもらって。

 きっと俺は――明日も戦争をするのだろう。


 これがきっと、大人になるということだと、俺は知った。


 俺は化物を殺す。


 十八になった夏の日に、俺はそう知った。


 いってらっしゃい。
 いってきます。


 俺は戦争に向かう。

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