比企谷八幡と黒い球体の部屋   作:副会長

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ああ、そうだ。俺はカッコ悪い。間違ってもヒーローなんかにゃなれはしない。

 

 

 

 気がついたら、何処かの部屋にいた。

 

 

 

 

 

 そこに居たのは、見た目も年齢もバラバラの数人の男達。

 

 

 そして、その中心に位置する――黒い球体。

 

 

 何が起こったのか、起こっているのか、さっぱり分からない。

 

 だが、あれだけの激痛もなくなり、怪我一つ見当たらないのに、なぜか助かったという気がまるでしなかった。

 

 ……怪我が、痛みがないだと?

 

 なんだそれは。有り得るのか、そんなことが?

 

 一体……何が……どうなってる?

 

「あれ? ……何だ? 一体、どうなっているんだ?」

「何? 何? どうなってるの? ……うち、確かに死んだはず……」

 

 横を見ると、葉山と相模もそこにいた。血痕ひとつない、綺麗な制服姿だ。

 

「……な、なに……なに? なんなの? なんなの?」

 

 次第に相模が顔を真っ青にし、ガタガタと震え始める。

 

 ……それは、そうだろう。

 死をあれだけ間近に感じて、何事もなかったかのように振る舞える奴なんていない。

 

 俺だってこんな意味不明な状況に陥っていなかったら、ガタガタと無様に震えているかもしれない。

 

 葉山が相模の肩を優しく支える。相模が葉山をうっとりとした表情で見上げるが、その葉山も決して普段通りというわけじゃない。顔色は相当に悪い。

 

「……何か、知っているか?」

「いや、俺も何が何だか……」

「――あの、君達……」

 

 葉山と俺が状況を把握しようとしていると、初めから部屋にいた数人の男の一人が声をかけてきた。

 

 年はそれほどいってない。二十代前半といったところの、真面目風な人だ。

 その男は眼鏡をくいっと直しながら、徐に再度、口を開き――

 

 

「君達も――死んだの?」

 

 

 ……こいつは今、何と言った?

 

「死んだって……どういうことですか!?」

「ここにいる他の人達も、君達のように死の直前に――いや、直後にと言った方がいいのかな? 連れて来られてきたんだよ。あの――黒い球体に」

 

 眼鏡の男は、そう言ってこの無機質な部屋の中心に座する、異様な真っ黒の球体に目を向ける。

 

 大きさはバランスボールよりも少し大きいくらいだろうか。だが、余りにも真っ黒で、模様どころか傷一つないそれは、この状況も相まってあまりにも不気味だ。

 それに……この男が話す内容も、訳が分からない。異次元過ぎて、ついていけない。

 

 ……落ち着け。一つ一つ整理するんだ。混乱するな。

 

 ということは、つまり――

 

「――皆さんは、その、死んだ記憶が……あるってことっすか? 少なくとも死んだと感じた後に、気が付いたらこの部屋にいたってことですか? 自分で来たとか、誰かに運ばれたとかの記憶はない、と」

「あぁ? なんで俺が! こんな何もねぇクソつまんねぇ場所に来なきゃいけねぇんだよっ!」

 

 俺の疑問に答えたのは、いかにもガラの悪い不良風のチャラ男だった。

 その威圧感に相模がひっと小さく悲鳴を上げる。かという俺も表には出さなかったが、実は完全に威圧されていた。思わずごめんなさいっとか言いそうになった。何なら喉元まで出かかってた。

 

 その男を眼鏡の真面目そうな人が宥めて、優しく俺の問いに答えてくれる。できた人だ。教師か何かをやっていたのかもしれない。

 

「君の言う通りだ。誘拐犯に拉致されてこの部屋に監禁されている――といった状況じゃない。さっきも言ったけど、僕達はこの黒い球体に転送されたんだ。信じられないだろうけど、この球体から君達が出てきたのを、僕達はこの眼で見ていたんだ」

 

 ……この球体から、人が出てくる。なんだそれは? イリュージョンですか?

 

 そんな面白い状態は想像出来ないけれど――だが、少なくともそんなトンデモ技術でもない限り、今の俺の状態の説明がつかない。

 

「…………確かに、人力の誘拐事件とかだったら、俺がこうして無傷なのはおかしい」

「そうだね。君達がどんな風に死んで――いや、死にかけたのかは知らないけれど、僕はスクーターでガードレールに突っ込んだ。しかし、この部屋で気づいたときは五体満足の体だった」

 

 例えあの状態の後、奇跡的に一命を取り留めたとしても、意識を失ったまま何か月も眠り続けていたという話だったとしても――目が覚めるのは病院のベッドの上の筈だ。少なくとも入学時の事故の時は、気がついたらちゃんとベッドの上だった。

 

「おい、比企谷!こんな話を信じるのか!?」

「…………少なくとも、筋は通ってる」

 

 ように、見える。

 

 まぁ、疑問点は山のようにあるが。

 まず第一に――

 

「――監禁されているわけではないというのなら、なんで皆さんはおとなしくここにいるんですか?」

 

 見るからにここは、何の変哲もないマンションの一室だ。

 ミステリー小説のような密室というわけでもあるまいし。さっきのチャラ男の言動からして、好き好んでこの部屋にいるわけでもなさそうだが。

 

 そんな俺の疑問に、やっぱり真面目そうな眼鏡さんが、苦笑気味に答えた。

 

「…………出られないんだよ」

「出られない?」

 

 俺はとりあえず窓に近づく。

 ごく普通のマンションの部屋の、ごく普通の窓だ。

 ガムテープで目張りなんかもされていない。取っ手のようなものを内側に捻るだけで開く一般的なタイプ……? ん? なんだこれ? 開かない? ――というより“触れない”? 取っ手を掴もうとしてもスルスルとすり抜ける。

 

「……なんだ? これは」

「もう! 何やってんのよ!」

 

 俺を押し退け、相模が開けようと試す。しかし、俺の時と同様にスルスルとすり抜けてしまう。

 

「何なのよ、これは!?」

「そう。開かないというより、触れないんだ。だから窓を破って脱出もできないし、勿論玄関だって開かない。出られたら君の言う通り、こんな所で大人しくしてないよ」

 

 教師風の人は言う。

 ……なるほど。いよいよオカルト染みてきた。

 

 だが、そういうものだと割り切って考えれば、色々と受け入れられることも増えてくる。荒唐無稽ではあるけれどな。

 逆に相模はどんどん現実(?)を直視できなくなっているようだ。元々決して良くなかった顔色を更に真っ青にして「うそ……こんなのうそよ……夢に決まってる……」としゃがみこみながらブツブツと呟いている。……無理もないか。こんな事態、俺だって夢であることに越したことはないと考えている。

 

 だが、ぼっちはあらゆる可能性を考えることに長けている。

 自らを守る為に常に最悪を考え、心の防御に備える。()()()()()()()()()()()()()()()()、あらゆる予防策は張るべきだ。考え得る可能性は、全て想定しておくに越したことはない。

 

「じゃあ、声は? 大声を出して隣に響かせれば、外側から開けてもらえるんじゃ?」

「それも試したけど、一切音沙汰なし。もしかしたら、こちらの声は届かないのかもね」

 

 だろうな。言ってみただけだ。

 こんな不思議技術を使ってまで閉じ込めているんだ。普通の技術でも出来る防音に対策が講じられていないはずがない。

 

 すると、何処かに行っていた葉山が戻ってきた。

 

「……確かに玄関は開かなかったよ。それと、他に出口のような所も見当たらなかった」

 

 なるほど、流石は葉山。情報を鵜呑みにせず、かといって相模のように現実逃避するわけでもなく、ちゃんと情報収集に励んでいたか。

 葉山は基本的に高スペックの男だ。雪ノ下や陽乃さんを除けば、葉山以上の能力を持つ人間を俺は知らない。

 こんな意味不明な状況の中で、こいつのような知り合いがいることは、唯一の救いなのかもしれない。

 

 しかし、だからと言って当てにしすぎるのもよくないだろう。

 

 俺はもう勝手に期待しない。

 勝手に理想を押しつけて、勝手に裏切られた気になって、勝手に失望したりしたくない。

 

「………」

 

 考えるんだ。

 自分で、自分だけでも、この状況を打破する方法を――

 

 

 その時、黒い球体からレーザーのようなものが虚空に照射された。

 

 

「「「!」」」

 

 俺と葉山と相模が驚愕する。

 

 そのレーザーは徐々に競り上がっていき、“人間のシルエットを(かたど)っていく”。

 いや、シルエットなんかじゃない。はっきりとした質感が見て取れる。紛れもない、“人体”が何もない宙に出現していく。

 

「い、いやぁ!!」

 

 相模が悲鳴を上げる。それほどにショッキングな衝撃映像だ。気持ち悪い光景だ。

 

 だが、俺達以外の奴等は平然としている。疑問に思っていると、先程の教師風の男が言っていた言葉を思い出す。

 

『この球体から君達が出てきたのを、僕達はこの眼で見ていたんだ』

 

 …………まさか、これが? これが、黒い球体から人が出てくるという、イリュージョンの正体ってことか?

 

 教師風の男に目を向けると、苦笑しながら頷く。転送ってこういうことだったのか……。

 

 色々とオカルトじみたこの状況だが、これは群を抜けて異常だ。訳が分からない。

 

 やがて、レーザーの照射が終わると――そこには、その虚空には、中学生風の少年が現れていた。

 

 その少年は、目を瞑って、ただ平然と立っていた。

 俺と、葉山と、相模は、ただそいつを呆然と眺めていることしか出来なかった。

 

 こうして、この部屋の人口が――この部屋の住人が、また一人増えた。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 俺は今、部屋の隅にポツーンと立っている。どんな状況でもぼっちを貫く俺マジでぼっちの鏡。超一匹狼。

 葉山はしきりに怯える相模を励まそうと話しかけている。その御蔭か相模の顔色も少しはマシになってきた。相模のことは葉山に任せておけば大丈夫だろう。

 

 そして部屋の中心では、教師風の男が俺達にしたように、出現した白いパーカーの中学生に状況説明をしている。この説明したがりな様子を見ると本当に教師なのかもな。

 

「…………」

 

 だが、俺が不審に思うのは中学生の方だ。これだけおかしな状況なのに、一切戸惑う様子を見さない。教師風の男(あ~も、長い。眼鏡さんでいいや)が教える異次元な情報も表情一つ変えずに淡々と受け流している。冷めた十代なんてレベルじゃない。こいつ、間違いなく俺と同じぼっちだろうな……。

 

 一通り説明が終わると、中学生は俺と同じように壁際まで移動して観戦体勢に入った。一切動揺した様子はない。

 

 今、この部屋には、俺達の他には、眼鏡さんとチャラ男の他にも数人の男達(みんな俺より年上で少なくとも成人はしてる。年下は今現れた中学生っぽいやつだけだ。多分)がいて、そいつらも俺が来てから一言も喋ってはいないが、そいつらの顔には少なからず動揺が見える。

 大人でもそうなんだ。いくら冷めた十代(確定)だからって……ここまで落ち着いていられるものなのか? 俺の経験からすれば、中学生のぼっち(確定)なんざ、周りを見下して調子づいていても、不測の事態には人一倍弱いもんなんだが……ソースは俺。

 

「そうか! 分かったぞ!」

 

 眼鏡さんは立ち上がって、大声で言った。

 

「これはきっとテレビか何かの撮影ですよ! 催眠術とかで……そうだ! きっとそうですよ! 最近じゃあ一般の人にドッキリかけたりも多いじゃないですか! そう! きっとそうだ!」

 

 ……そうか? 例えテレビのドッキリだとして、こんな洒落じゃすまないようなドッキリをするだろうか? 下手すりゃ誘拐だとかで訴えられかねないぞ。

 

 この人は結構冷静な人だと思っていたんだが……俺達に必死に説明してたのも、俺は君達よりも優位にいる、情報通だぜっていう心境になって心の平静を保とうとしてたのか?一人で思考に耽るとゴチャゴチャになるタイプか、この人?

 

「いや、それは――」

 

 葉山が異を唱えようとする、その時、その“歌”は鳴り響いた。

 

 

 

あーた~~らし~~いあーさがき~~た~~きぼーのあーさーがー

 

 

 

――部屋のいる人間達が、一斉に口を閉じる。

 

 ……ラジオ体操? 一体、何処から流れてる?

 

 耳を澄ますと、その不気味な音色の音源は――あの黒い球体であることが分かった。

 違和感だらけな無機質なこの部屋(くうかん)でも、ひたすらに異彩を放つ、その奇妙な物体。

 

 自然と皆の視線が、そこに集まる。

 

「ほ、ほら、やっぱりドッキリだったんですよ。ネタバラシの音楽ですよ、きっと!」

 

 眼鏡さんの声には誰も反応しない。ここにいる大人の中で一番高学歴そうな見た目なのに、ここまで不測の事態に弱いのか、この人。いや、だからこそか……。

 

 まあいい。今はそれよりもこっちだ。

 

 音楽が鳴り止むと、黒い球体に文字が浮かんできた。

 

【てめえ達の命はなくなりました。】

【新しい命をどう使おうと私の勝手です。】

【という理屈なわけだす。】

 

 その文字を見て、相模が騒ぐ。

 

「命はなくな……やっぱりうち死んじゃったの!?」

 

 せっかく戻ってきた相模の顔色が、またみるみる青くなる。

 

「はぁ……落ち着けよ、お前」

「なによ!!」

 

 声を掛けた俺を鬼の形相で睨む相模。

 

「書いてあるだろう、新しい命って。つまり、俺達は一度死んでしまったのかもしれないが――どうやったかは知らないが――新しい命があるってことだ。自暴自棄になるのは、まだ早い」

「…………なんで? なんでアンタは……そんな冷静でいられるの?」

 

 相模が信じられないといった表情で俺を見る。いや、恐れるといった方がいいのかもしれない。

 その問いに俺は答えない。そんなの俺だって知りたい。だが、俺は死にました。はい、そうですかって受け入れられる程、俺は人間が出来てないし――それに。

 

 あの場所を、あんなまま、放置して死ぬ。そんなこと――

 

「――――出来るわけねぇだろ」

「へ? 何?」

「……なんでもない。それより続きがあるみたいだぞ」

 

 そう言って俺は相模の方を見ずに、球体を見る。葉山がこっちを見ていた気がするが、取り合っている暇はない。

 

 

【てめえ達はこいつをヤッつけてくだちい】

 

《ねぎ星人》

 

 

「なんだ、これ?」

「気色わるっ!」

「弱そうw」

「やっつけるって、ゲーム?」

「外に出られるのか!?」

 

 表示された情報により、これまで口を開かなかった男達もこぞって球体の前に集まり出した。

 

 人数は俺と葉山と相模を入れて9人。

 眼鏡さんとチャラ男。そしてガラの悪いヤクザ風の2人。おじいさんとおじさんの中間くらいの風格のある男。

 

 そして、俺達の後に来た中学生。

 

 こいつは一人何も喋らない。一応、みんなと同じように球体の前に来てはいるが、目はそこを向いていない。

 むしろ、それを見てる人達(おれら)を観察しているというか…

 

「!」

 

 今、目が合った。すぐに逸らされたが、この状況で人だかりの最後尾にいる俺に目を向ける理由などないは筈だ。……なんだ、こいつの違和感は?

 

 

 ドンッ!!!!

 

 

「「「「「「「「!!!!!」」」」」」」」

 

 その時――突然、球体の左右と後部が飛び出した。

 

 突き出たそこはラックになっており――中には、幾つもの“銃”だった。

 まるでSF映画に出てきそうなゴツイ長銃。他にもこちらもSFチックだが片手サイズの短銃も見受けられる。

 

「ウホッ、なにこれ重~。本物くせ~」

 

 チャラ男が長銃を構えテンションが上がっている。その様子からしてかなりの重量があるようだ。

 

「っ!! うわっ! ひ、人! 人がいる!!」

 

 眼鏡さんが突然悲鳴を上げて、尻餅をつく。ガタガタ震えながら球の中を指さす。

 

「うわっ」

「きゃあっ!」

「……なんだ。これは……」

 

 そこには、裸の男が体育座りで座っていた……いや、寝ているのか?

 体毛というものが一切なく、髪の毛すら一本も生えていない。

 呼吸はしているのか、病院なんかで見られる酸素マスクのようなものをつけ、時折シュコーというウォーズマンのあれのような音がする。いや、コーホーとはまた違う音だが。

 

 だが、その様子は一切生気というものを感じさせない。まるで――

 

「い、いや、作り物っしょ。これ。全然動かないし、人形だよ、人形」

「へっ……人形? ……そっかぁ。よくできてるなぁ」

 

 ……そう。人形のようだ。だが、そうなのか? こんな球体の中に人形を入れておく意味が分からない。……ここに連れて来られて明確に意味が分かったことなどないんだが。

 

 俺は後部に開いた部分を見ようと移動する。そこには幾つかのケースのようなものがあった。

 

 それを一つ取り出す。

 

 そこには――

 

 

【ぼっち(笑)】

 

 

 ……俺か? い、いや待て。ぼっちというならあの中学生も……。

 

 なんて俺が躊躇していると、その中学生が【厨房】というケースをさっさと持って行った。……じゃあ、やっぱこれ俺のか……。

 

「ん? 比企谷、どうした?」

 

 すると、近くに葉山が寄ってきた。

 

「あ、ああ。どうやら、このケース一人一人に専用の奴があるらしい。…………本名では書かれていないみたいだが」

 

 俺の説明を聞いて、葉山の背中にいた相模が俺のケースに目を向ける。そして、その書かれた文字を見るとぷっと馬鹿にしたように笑った。……くそっ、覚えてろよ。

 

 すると、全員がわらわらとこっちに向かってきた。俺はもう自分の物は取ったので反対に広い部分に出る。常に多数の逆の少数に属する。ぼっち(笑)の面目躍如といった所か! ははは!

 

 そして、そんな時にさらっと俺は球体の中の男の脈をとる。

 

「――!」

 

 ……あった。だが、驚くほど体温を感じない。

 なんだ? こいつは生きてるのか? 死んでるのか? そもそも人間なのか? 人形なのか?

 

 人間だとすれば、文字を出したり、武器を出してたりするのもコイツ――ひいては俺達をここに転送したのもコイツということになるが……この状態だと、何も聞けない。どうやっても反応を示しそうにないしな。

 

 俺は一旦球男(長いので短縮)の事は置いておき、このケースの中身を見る。

 

「……服、か?」

 

 そこには、黒い服のようなものが入っていた。所々に機械のようなものが付いていて、新時代的というか、銃なんかの世界観と同じくSFチックな代物だった。

 まぁ服ならば一人一人個別に用意されているのも納得だが……いや、待て。そもそも全員同じものが支給されているのか?

 

「葉山、お前のは――」

 

 と、葉山の方を向こうとしたとき、目の前にケースを抱えた相模がいた。

 

 ケースに書かれていた文字は【うちぃ~】。

 

「……ふっ」

「あ、笑った! 今、笑ったっしょ、アンタ!」

「い、いや笑ってねぇって」

 

 いや、笑ったけど。いや、笑うでしょこれ。確かにこの面子だと、その名前は相模のだろう。相模以外はみんな男だし。男でうちぃ~はない。

 顔を赤くした相模が俺から遠ざかる時、俺はふと思った。

 

 ……そういえば女は相模だけだな。これは偶然なのか? それとも何らかのルール? だとしたら何故相模だけ……。

 

 ……まぁ、今はいいか。

 

「そういえば、相模。おまえは中身なんだったんだ?」

「これから開けるところよ!!」

 

 相模は乱暴にケースを開く。その中身は、俺と同じようなデザインのスーツだった。

 

「は? なにこれ? 全身タイツ?」

「さぁ、分からん」

「何よ! 使えないなぁ~」

 

 無茶言うな。っていうかお前カリカリしすぎてツンデレキャラみたいになってるぞ。こいつが俺にデレるところなんて想像できないが。

 

「比企谷」

「あ、葉山くん♡」

 

 デレたよ。葉山にだけど。

 さっきまでずっと慰めてもらってたから、好感度急上昇したんだろうな。吊り橋効果ってやつか? いや、コイツは葉山にはずっとデレてるみたいなものか。

 

「このケースの中身って……」

「ああ。俺と相模はなんか良く分からんスーツみたいなものだった。たぶん全員のサイズに合わしたものが、それぞれ支給されてるんだと思う」

「はぁ? なんで、うちらのサイズなんて分かんの?」

「忘れたのか。俺達はあの球体から出てきたんだぞ。サイズくらい把握してるだろう」

 

 しかし、その場合は、このスーツを作った奴は“俺達が死ぬのが分かっていた”ってことになる。もしくは、そいつの仲間が殺した……とか。深読みしすぎか? まぁ考え過ぎて損ってことはないだろう。

 

「何それ? キモッ!」

 

 ……俺が言われたってわけじゃないのは分かるが、どんどんツンデレキャラっぽくなるなこいつ。

 だが、体のサイズを勝手に知られたってのは、確かに女子にとっては嫌悪感でしかないよな。

 

「葉山。お前は?」

「……ああ。確かにスーツのようなものが入ってる」

 

 葉山は既にケースを開けていた。

 

 そのケースには【イケメン☆】と書かれている。

 

 ……コイツ、これを迷わず自分のだと判断したのか。確かに、この中で一番のイケメンは葉山だし、当たりなんだろうが……なんだろう。葉山だからナルシストとも言えない。雪ノ下が初対面の時に『私、可愛いから』って淡々と言ったのを思い出した。

 

 だが、となると、次の問題は――これを着るか? 着ないか?

 

 他の連中を見ると、とうにスーツに対する興味はなくなったようで、Wヤクザとおじさんは既に別の話をしている。大人は対応が早いな。必ずしもそれが正しいとは限らないが。

 眼鏡さんとチャラ男は銃の方に興味津々のようだ。眼鏡さんは短銃(二種類あるうちの丸っこい方の銃)を、チャラ男は長銃を弄くっている。……あまり得体のしれないものを弄らない方がいいと思うが。曲りなりにも銃の形をしているんだし。

 

 そして、中坊は……? いない?

 姿が見えない中坊の行方を捜していると、ガチャと部屋に中坊が入ってきた。何処に行っていたのだろうか?

 

「……!」

 

 よく見ると奴は、転送された時に身に付けていた私服の下に、このスーツを着ているようだった。

 ……何故、こんな怪しいものを、迷いなく着用することが出来る? 

 

 ……やはり、あいつは――

 

 

「――う、うわぁぁぁぁ~~~~ッッ!!」

 

 

 その時、突然悲鳴が轟く。

 

「ッッ!?」

 

 俺達は一斉にそちらを向く。

 

 

 男の頭部が、消失していた。

 

 

「ひぃ!」

「な、なんだ!?」

 

 どうやらWヤクザの内の一人らしい。男の腕が自身の頭の部分に手を振り回す。しかし、空を切るばかりだ。頭部がなくても動いているその光景はホラーそのものだった。

 

 そして、肩、腰、終いには爪先の全てまでもが消えていく。そう、中坊がこの部屋に現れた時の、逆再生のように。

 

「……消え、た?」

「な、なんだよ、なにがどうなってるんだ!?」

 

 そうしている間に、もう一人のヤクザ、おじさんと、部屋の住人達が次々に消えていく。

 

「うわぁぁぁぁぁあああああ!!! いやだぁぁぁぁあああ!!」

 

 そして、眼鏡さんも。このままいくと全員消えるだろう。

 

 間違いなく、俺達も。……どうする? どうすればいい? こんな時、どうすればいい。

 

 こんな状況で、訳の分からない異常な状況で、何を、どうすれば正しいんだ?

 

「や、やだ……怖い……葉山くん! 何、これ? どうなってるの!?」

「くっ……比企谷っ、俺達は一体どうすればいい!?」

「…………――!」

 

 その時、俺は見た。

 

 あの不気味な中坊が、消えていくとき、銃を手に取り――――笑っている所を。

 

「…………」

 

 銃 

 

  スーツ 

 

死んだ人間達 

 

      新しい命 

 

 ヤッつける 

 

   星人 

 

「比企谷!」

「……葉山。なんでもいい、あの銃を持って行った方がいいかもしれない」

「!? ……どうしてだ?」

「……なんとなく。只の勘だが」

「……分かった」

「ああ。あとス――」

 

 スーツも。と言おうとしたとき、葉山が消え始めた。その手には短銃の一種。どうやら間に合ったようだ。

 

「っっ!!! 葉山くん!! 葉山くん! いやだ、置いて行かないで!!」

「相模、落ち着け!」

「これが落ち着いていられるわけないでしょう!? ねぇ! 教えて! うちらどうなるの!? 助かるの!? それとも死んじゃうの!?」

 

 相模が泣き喚きながら、俺の胸倉を掴む。

 

 俺が今、人が消えるなんて状況である程度落ち着いていられるのは、なんとかなるという確信があるからだ。

 勿論、消えた後どうなるかなんてのは皆目見当がつかないが、それでもこれだけのお膳立ての後、すぐさま殺されるというのはない――と思う。

 

 そう――“思う”。

 これは只の推測で、言うならばそんな気がするという程度の薄弱な裏付けしかない。

 それを、こんな状態の相模に、一から説明しても納得するとは思えないし、第一している暇なんかない。

 

 そう考える間にレーザーが相模の頭頂部に照射され始める。

 

「っ!? いやぁぁあああ!! 消える!! 消えちゃう!! 助けて! 助けてヒキタニ!!」

 

 なりふり構わず、俺なんかに助けを求める相模。

 これだけの異常空間。頼れる葉山もいない今、こいつの精神は崩壊寸前なんだろう。

 

 だが、俺は葉山のようなヒーローじゃない。問題を解決することなんかできない。いつだって俺が出来るのは、ただの先延ばしだけだ。

 

 俺は相模の肩を掴み、言い聞かせる。

 

「聞け、相模。俺達は何処かに送られる。此処に送られてきたときのように。この球体は、俺達に何かをさせたくて集めた。そして、何処かに送るんだ」

 

 相模に疑問を挟ませない為に、断定口調で、決めつけて言う。

 あやふやでぺらっぺらの、中身ゼロの只の推論を、最もらしく言い聞かせる。

 

「どんな場所だかは分からない。だが、そこには葉山がいる。あいつはお前を見捨てない。必ず助ける。絶対にだ」

 

 そして、全てを葉山に丸投げする。間違っても、俺がお前を助けるなんてカッコいいことは言わない。言えない。それは葉山(ヒーロー)の役目だ。

 

 相模は呆気に取られていたが、顔が消える瞬間、確かに笑った。呆れるように。

 

「カッコ悪い」

 

 そして、相模の頭部は消失した。ああ、そうだ。俺はカッコ悪い。間違ってもヒーローなんかにゃなれはしない。

 我が身を犠牲に人を救う。これまで奉仕部の依頼をいくつかそういった方法で解消してきたが、それはそれが俺の考えうる方法の中で一番効率的だったからだ。断じて自己犠牲なんかじゃない。俺はそんないいやつじゃないし、カッコいい男でもない。

 

 だから、今回も一番効率的な手段を選ぶ。俺が考えうる中で、最善を尽くす。

 

 相模の体はもう膝の辺りまでしかない。

 

 気が付けば、部屋の中には俺だけ。またぼっちだ。こんな怪しい球体にまで存在を忘れられるとかステルスヒッキー有効過ぎでしょ。

 

 まぁ、そんな冗談を言ってる場合じゃない。今、すべきことは消えた後の為に万全を備えることだ。

 

 

 そして俺は、短銃を一つ手に取り―――――忘れないようにスーツの入ったケースを手に取った。

 




そして、彼と彼と彼女はその部屋の住人となる。

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