「さっき坊主さんが言ってた羅鼎院って、確か東京の寺院だよ。文京区だったかな?」
「マジですか……千葉じゃないんですね」
陽乃さんは俺の隣を歩きながら思い出したように言った。
俺の知り合い率が高いからてっきり千葉限定で行われてるのかと思ったが、意外に場所を選んでないんだな。
言葉に方言持ちがいないから、首都圏の人間だけとかか? ヤダ、それってもう半分近く千葉民が選ばれてるってことは千葉≒首都じゃない? 違うか? 違うな。
そういえば、今までのミッションの場所はどこにでもありそうな住宅街だったから気にも留めなかったが、もしかしたら中には県外もあったのかもな。考えてみればエリアに選ばれた場所なんか、ガンツに繋がる可能性のある貴重な情報だ。突き詰めれば、エリアに選ばれやすい場所――つまり、星人が生息しやすい場所の特定も出来るかもしれない。くそっ、迂闊だった。
俺と陽乃さんが葉山達の所に行くと、そこには相模の他に達海と折本、そしてインテリがいた。
「なぁ、葉山」
「なんだ?」
俺は葉山に問いかけると、葉山はこちらを向かずに、どこか一点を見上げている。
俺はそれを訝しんだが、指摘せずに質問をぶつける。
「俺達は今回のターゲットの画像を見てないんだが、どんな奴なんだ?」
俺がそう言うと葉山は言葉で答えず、見上げていた一点を指さした。
そこにあるのは、大きな門を守るようにそびえ立つ、10m近い大きさの仁王像のような仏像。
……おい、まさか――
「これだ。それと右側の像の画像もあった。この二体が、今回のターゲットらしい」
――絶句する俺に構わず、俺の嫌な想像通りの言葉を葉山は言った。
……おいおい、マジかよ。
もうガンツのやることに驚くことはないって思ってたが、まさか仏像がターゲットとは……。
こんなデカい奴が暴れたら手がつけらんねぇぞ。いきなりボスなのか?
「ねぇ、これが君たちの言う星人なのかい?」
インテリが俺達の問いかける。
「い、いやでも……今までこんなに大きい奴いなかったし……」
折本がそうあってくれと言わんばかりに涙目で言う。
……でも、ガンツのミッションで俺達の希望が通った試しなんかない。
「いや、これで間違いない」
俺の言葉に、その場にいる全員の注目が俺に集まった。
みんなに見えるようにマップを見せつける。
そこには、七つの赤い点のすぐそばに、二つの青い点。
この馬鹿でかい仏像が、紛れもなくターゲットであることを示していた。
「……青い点が、ターゲットってことかい?」
「ええ。この青い点を全部倒さないといけません」
「倒せなかったら?」
「まだそんな事態に陥ったことはないから明確なことは言えませんが……分かるでしょ」
「………………」
案の定、インテリさんは察しがついたようで、それ以上質問を重ねてはこなかった。
そう。ただでさえこんな不親切設定ばかりのゲームなんだ。
100円入れたらコンティニューできるようになってるなんてことはないだろう。
「どうする、葉山?」
さっきマップを使ってたコイツは、この仏像がターゲットって確信があったはずだ。
だからさっきの俺の質問にも、迷わずこの仏像を指さして答えたんだ。
それに、俺はエリア全体を拡大したから、コイツがほんの序の口だということも知った。
思わず震える。陽乃さんに不安を与えないように必死にポーカーフェイスを気取っているが、今にも泣きそうだ。
……なんだ。この星人の数は。
この寺ん中は、まさしく化け物の巣窟だ。
田中星人も多かったが、今回はそれ以上。だから、これだけの人数をガンツは集めたのか?
……だが、やるしかない。
俺が死んでも、陽乃さんは必ず帰す。
その為には、ターゲットを一掃する必要がある。
この数だ。間違いなく鍵は時間だ。
グズグズしている暇はない。
葉山はしばし考えた後、俺の方を向いて、言った。
「俺は、とりあえずこの扉を開けるべきだと思う。コイツと戦うにしても、ココはあまりにもエリア外に近い。この巨体と戦うには、絶対に不利だ」
……俺は驚いた。葉山がここまで具体的な作戦を思いつくなんて。
筋は通っている。いい作戦だ。
それに敵はむしろこの中に多いんだ。なら、なんか知らんがコイツが動かない内に開けるのがいいだろう。
「それで行こう」
俺は頷き、陽乃さんを見る。彼女も頷いてくれた。
葉山も全員の了解を得たようで、扉に向かう。
巨大な木製の扉は案の定、
特別な道具で開閉しているのか、人の背では届かない位置にある。
……仕方ない。
「「
俺と達海が被った。
達海がこっちを見て照れくさそうに笑う。やめろ。海老名シャワーが噴くだろうが。
相模は大丈夫なの?って顔で見てくるが、構うことなくXガンを構える。
あ、そうだ。
「陽乃さん。これ陽乃さんの銃です」
「あ、ホント?ありがとう♪ねぇねぇ、どうやって撃つの?」
俺は陽乃さんに銃の使い方を簡単にレクチャーする。
さすが陽乃さんというべきか、一発で覚えたようだ。
「じゃあ、とりあえず俺とあの扉撃ってみますか?」
「やるやる!」
一緒に射撃とかハワイで親父に教わったんだとか言いたくなるな。
っていうかあのお父さんハワイで息子に何教えてんだよ。危な過ぎでしょ。
そして、俺と陽乃さん、それと達海で(←空気嫁)閂のある場所を目掛けて数発発射する。
そして少しの静けさの後、扉が吹き飛んだ。
「! ……凄いね。でもホントにタイムラグがあるんだ」
「ええ。実際の戦闘ではこれも視野に入れないと――」
「大丈夫。間隔は把握したから」
何この人ハイスペック過ぎでしょ。逆に俺が守られちゃうんじゃないの?
そして扉が破壊される轟音で、帰るに帰れなくなった他の連中がわらわらと集まってきた。
彼らに向かって葉山は大きな声で言い放つ。
その姿は、まさしくリーダーだった。……目が凍ってなければ満点なんだがな。
「聞いてくれ!俺達は今から、戦争をしに行く!全員が生き残る為に!誰一人死なせない!スーツは俺達の体を超人にしてくれるし、この銃は2つのトリガーを引くと少しのタイムラグの後、これだけの破壊力を発揮する!」
そう言って葉山は扉を後ろ手に指さす。
ミリタリーオタクがニヤリと醜悪に笑った。うわぁ、嬉しそう。好きそうだもんな、こういうの。
「だが、それでも今まで何人も死んだ!もう誰も死なせたくない!制限時間は一時か『ギュイーン!!』――な!!」
何!?
葉山の演説中に突然銃の発射音が響いた。
全員の目が、音の発信源に向かう。
「フヒ」
ミリタリーオタクが左側の仏像に向かって銃を向けていた。
コイツッ……!!俺達の話を盗み聞きしてやがったな!!
「そろそろかな。そろそろかな」
ミリタリーが狂気の篭った目で仏像を見ている。
ヤバい。このままだと――
「お前ら!!全員で扉を開けろ!!中に逃げろ!!」
俺は一気に駆け出し、扉を押す。
少し遅れて陽乃さん。そして、葉山、達海らスーツ組が続く。
いそげ……いそげッ!
バンッ! という音とともに仏像の左腕が消し飛び――
「ぬぁぁぁああああ!!!」
仏像が唸りを上げて、俺達に襲い掛かってきた。
+++
「はははははは!凄い!ホントに吹き飛んだよ!本物だよコレ!」
案の定、真っ先にターゲットになったはミリタリーだった。
狂ったように歓喜するミリタリーを、仏像は大きく足を振り上げ踏み潰そうとする。
「――! クッ!」
すると葉山が扉を押していた集団から抜け出し、ミリタリーに向かって駆け出す。
「ははh…………ぁぁ……あああああああああ!!!」
すると、迫りくる恐怖によりこれがTVゲームでないことをようやく察したのか、ミリタリーは腰を抜かし涙や鼻水を流して泣き叫ぶ。
ズドン!!という地響きがするほどの踏みつけ。だが、その足の下にはミリタリーはおらず、葉山が間一髪で助け出していた。
扉の方はこれだけスーツ組がいながら少しずつしか開かない。クソッ!一体何キロあんだよ!!
すると、恐れていた事態。
もう一体の方の仏像も、己を囲っていた柵を蹴り飛ばし、ついに動き出した。
今まで傍観者だった他の奴らも、慌てて扉を開ける作業に加わる。
「早く!早くしろよ!!!」
「なんだよアレ!!」
「も、もう少し……!」
そして扉は完全に開き、雪崩れ込むように一斉に寺院に飛び込む。
だが、間髪入れずに左側の仏像がこちらに狙いをつけ、襲い掛かってきた。
「!! みんな!!急いで走れ!追ってくるぞ!!」
俺の指示に、皆少しでも遠くへと寺院の奥へと進んでいく。
俺も続こうとしたが、俺の視界の先――仏像の後ろ――で一人の人影を見た。
「ひ……ひぃ……うわぁぁぁぁぁあああああ!!!!」
リーマンだった。扉組に参加していなかったのか――それとも動き出した仏像を見て、足が竦んで動けなかったのか――アイツは左側にいた仏像よりもさらに外側にいた。
そして、何を血迷ったのか。
大声で叫びながらエリア“外”に向かって逃げ出した。
「!! 馬鹿野郎!!」
俺は気がついたら仏像に向かって駆け出していた。
すると仏像は俺に気づいたのか、両手で一つの拳を握り、スマブラのDKのようにそのまま力任せに振り下ろす。
「八幡!!」
陽乃さんの悲鳴。
だが、俺の経験値をナメないで欲しい。
俺は攻撃の瞬間に飛び込み前転の要領で仏像の股下を潜り、そのまま寺院の外に躍り出た。
「俺は大丈夫です!!陽乃さんは少しでも遠くに逃げてください!!」
俺は大声でそう叫ぶと、左方向に目線を走らせる。
リーマンはもたつきながらもエリア外に向かって泣きながら逃走している。
葉山の話を聞いてなかったのか!?
それとも恐怖で頭から吹き飛んだのか!?
――――敵は一体じゃないんだぞ!!
案の定、もう一体の仏像のターゲットはミリタリーからリーマンに移っていた。
葉山は攻撃を避けるとそのままミリタリーを担ぎ、視界から消えていたのだ。巨体故に、自身の背後などが死角になる。今の葉山はそれくらいの判断力はある。
葉山は銃を仏像に向け、タゲを再び自分に向けようとするが――
「――葉山!!お前は中の人達を頼む!アイツは俺がなんとかする!!」
俺と葉山が抜けると、あの中にまともな戦闘経験者は達海しかいない。
だが、今のアイツに全体を指揮するなんて不可能だ。
だから、葉山には一刻も早くあっちに向かってもらわなければならない。
葉山は一瞬考えたが、すぐに銃を下した。
「分かった。任せたぞ!」
「そっちもな!!」
俺はリーマンを追う仏像の背中を追いかけた。
「ぁぁぁぁ。なんだよ、これ!?なんなんだよ!!変な音が鳴ってるし。仏像は追いかけてくるし。もういやだ……。訳が分からない……」
全面的に同意。
リーマンはぶつぶつ呟きながら、ふらふらと歩く。
そのおかげかなんとか追いつきそうだが、俺が追いつけるってことはあの仏像も追いつけるってことだ。
……くそ。何やってんだ俺は。命懸けで守るのは、自分の命と自分よりも大事な命だけって決めたはずだろ。
でも気がついたら体が動いてた。
あの日、由比ヶ浜のサブレを助けた時と同じように。
……ここまで来たら、もう引き返す方が面倒だ。
やることは一つだ。さっさとやって済ませよう。そして、陽乃さんの元へ。
俺はリーマンをかばうようにリーマンの前に立ち、仏像との間に割り込む。そして真正面から向き合う。
よし。何とか間に合った。
「へ?君――うわっ!」
俺はリーマンを葉山がボンバーさんにしていたように担ぎ上げる。
いちいち口で説得するのも面倒だ。
それにコイツに死なれると葉山がどう暴走するか分からない。
なんかごちゃごちゃ言ってるが、完全にシャットアウト。
仏像の動きに全神経を集中する。
アイツは距離がある程度近づくと、一歩一歩踏みしめるように歩く。
アイツが一歩ずつ足を踏み出す度に地面が大きく揺れる。
まるでゴジラだ。そうじゃなくてもウルトラマンの怪獣くらいは威圧感があるな。
肩のリーマンがもはや人語を発していない。うっせぇ。くそ、ポイ捨てしてやろうかな。
リーマンを左肩に背負っているので使えるのは右手――Xガンのみ。
だが、動きは前回の田中星人より遅いし、的もデカい。この巨体に威圧されずに平常心を保てばいけるはずだ。
俺達を踏みつぶそうと足を上げた瞬間、軸足を狙う。さっきの踏みつけの時、足を上げきった後一瞬の溜めがあった。タイムラグを考えても振り下ろす前に間に合うはず。万が一に備えて撃った瞬間に足が上がって空いたスペースを駆け抜ければいける。
そうだ。出来る。俺なら、出来る。
巨体が近づくにつれてどうしても本能的な恐怖が増し、心拍数も上がる。
それを俺は過去の修羅場を乗り切ったことを根拠に己を鼓舞して必死に抑え込む。なんか肩のリーマンは息してなくて泡をぶくぶく吹いてきた気もするけど生きてさえいればまたいいことあるさ頑張れ社畜マン(棒読み)。
ついに仏像は俺の目の前まで接近し、視界がほとんど仏像でいっぱいになる。
先程から脳内に流れる着信音のようなメロディ。おそらくこれ以上下がったらいつエリア外と判定されてもおかしくない。これ以上は下がれない。
前に逃げる。やってみせる。
目の前の壁のような仏像の足が上がる。
いm――
俺が撃とうとした瞬間、開けた視界の一部に、漆黒のスーツの美女がこちらに銃を向けているのが見えた。
俺はそれに目を奪われ、痛恨にもXガンを発射するのを忘れてしまう。
だが、俺達に仏像の巨足が振り下ろされることはなかった。
仏像の軸足が、Yガンの捕獲ネットによって文字通り足を掬われ、仏像の巨体が柔道の足技を喰らったかのように尻餅をつく体勢で転倒する。
俺はそれに巻き込まれないように弧を描くような軌道で、その人の元へ向かう。
「陽乃さん」
「もう、お姉さんを置いていくなんて非道いじゃない」
「…………なんで?」
「言ったでしょ。傍にいて支えるって。独りになんかしないよ」
陽乃さんはそう言ってYガンの先端を顎につけてウインクした。
……まったく、この人には敵わない。
「そ~れ~で~。お姉さんを置いて一人で突っ走っちゃたことに言い訳はあるかな~」
「ととととととりあえず、アイツなんとかしましょうアイツ!ほ、ほら!なんか立ち上がりましたよ!」
俺は陽乃さんが再び
いや、マジで怖いんだって。雪ノ下もそうだけど、顔立ちが綺麗だからこそ笑ってない笑みが怖すぐる。怖いよ。あと怖い。
背中で感じる殺気はすぐには消えなかったけれど、「はぁ」という溜め息の後は、キリッとした陽乃さんに戻った。なんか溜め息が深くなってる気がする。ヤバい、愛想尽かされるペースが早過ぎる。
え?リーマン?なんか気絶してたけどさっき目が覚めてまた「ひぃぃ~~」とか言いながら走ってったよ。まぁ、エリア内はそれなりに広いし、中に向かって走ってったから途中で頭も冷めるだろう。あんな奴をずっとエスコートするほど俺も暇じゃない。
っていうか、ぶっちゃっけ修羅場だ。
今からあのデカブツと命懸けで戦うんだからな。
でも、なんでだろうな。
「さて、やろうか八幡。一緒にアレを倒そう。二人初めての共同作業だよ♪」
「……そうですね。ちゃっちゃと終わらせましょうか」
負ける気が、まるでしない。
次回は、あの二人のイケメンタッグ。