比企谷八幡と黒い球体の部屋   作:副会長

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なんとかして……絶対家に帰してやるよ。…………俺と……葉山で

 

 

【いってくだちい】

 

 

【1:00:00】ピッ

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 次に目を覚ますと、目の前には何処かの住宅街のような風景が広がっていた。

 

 当たり前のように――夜。

 

 周囲に目を配ると、予想通り、他のメンバーも近くに居た。

 

「――比企谷」

 

 やはり葉山もいた。その後ろには当然のように相模。

 

「どうやら他の奴もみんな居るみたいだな」

「ああ。……それにしても、どうして銃を持って行けなんて言ったんだ?」

 

 葉山は俺に尋ねる。

 

 俺は、少し離れた場所で飄々と佇んでいる奴を見遣りながら言った。

 

「……あそこの中学生。見てみろ」

「ん? 中学生?」

「あの子がどうかしたの? 普通の子じゃん」

 

 ……そうか。相模には、奴が普通の中学生に見えるのか。

 俺からすれば、俺から見れば――アイツほど異常な奴はいないんだが。

 

「……アイツ、あの部屋に来てから一切動揺してない。服の下にあのスーツも着てるみたいだし、自分の身体が消える時も、まったく慌てず銃のチェックなんてしてやがった。……ここまで重なれば、アイツは何らかの事情を知ってるとみて、まず間違いないだろう」

「……なるほど。それで、銃を……」

「ああ。あいつが持っていったってだけなんだが、何かしらの意味があるのかもしれない」

「……ねぇ。そんなことより帰ろう。ここ、もう外なんでしょう?」

 

 俺と葉山の会話の色が怪しくなっていくにつれ、相模が不安そうにそう言った。

 

 確かにそうだ。此処は見知らぬ住宅街だけれど、辺りの景色は外――少なくとも日本の一般的な平穏な街並みだ。

 

 俺はてっきり某モンスターをハントするあのゲームのようにどっかファンタジーなフィールドにでも飛ばされるのかと思ったが(ってかあの状況でここまで妄想できる俺我ながら引くなぁ……)、少なくとも電車を乗り継げば、頑張れば帰れそうな感じすらする。

 

 ……何だ? ここまで色んな物を用意しておいて、何もさせることなくただで帰すのか? ……この状況を用意した奴は、一体何がしたい――

 

「一千万!!??」

「あ、声がデカいよぉ~。困るなぁ。内緒だって言ったのに」

 

 その時、突然眼鏡さんが絶叫する。眼鏡さんに何か吹き込んでいるのは――やはり、あの中坊。

 

「おいおい。なんだよ、一千万って」

「やっぱりテレビの企画らしい! しかも賞金付きの!」

「なんだ? どういうことだ?」

 

 眼鏡さんの叫びにチャラ男が真っ先に食いつき、ヤクザ風の男達が群がる。

 

 そして、中坊が仕方ないなぁと言った様子で説明を始めた。

 その顔は、俺から見れば虫唾が走る程に、子供のような笑顔だった。

 

 (よこしま)でしかない、無邪気な笑顔だった。

 

「――今、この地球には、一般人にはバレないように潜伏してる宇宙人たちがいるんだ。そして、それを僕たちが退治しに行く」

 

 ……? コイツは、何を言ってるんだ?

 

 そう思ったのは俺だけじゃなく、全員ポカンとしている。だが、中坊はそんな俺たちを見て、ニヤリと笑って、

 

「――っていう設定。プロデューサーはうちのお父さんなんだ。賞金が出るっていうから無理言って参加させてもらってる。コネってやつだね」

 

 その言葉に大人連中は納得したようだ。相模も「へぇ~。そうなんだ~」とか言ってる。いや、お前ちょろすぎだろ。さっきまでガタガタ震えてたお前はどこ行ったんだよ。

 

 だが、俺はそう簡単に納得できない。文言もふざけてるが、一番引っかかったのは、アイツのあの笑み。あれは完全に俺達を馬鹿にした笑いだ。それも『こいつら何も知らないで……くっくっくっ』って奴の笑いだ。中学ぐらいのぼっちにはこういう奴が多い。実際行動はできない癖に、心の中で上から目線で物を言う。ソースは俺。

 

 そして俺の他にも納得してない奴がいる――葉山だ。その理由は、勿論俺とは異なるんだろうが。

 

「なぁ。君、今テレビの企画って言ったか?」

「ん? ああ。そうだよ」

 

 葉山が中坊に食って掛かった。……大丈夫か? 確かにあいつの言ってることはおかしな点ばっかりだ――しかし。

 

「本当なのか? 俺達は死にかけたんだぞ。それに、こういうのは絶対に本人の同意が必要なはずだ。例えドッキリだとしても、些か以上に度が過ぎてる」

「それは、あれだ、催眠術ってやつだよ。それで、死んだ記憶を作られたんだ。一度死んだ奴が新たな命を与えられて、その代わりに宇宙人討伐を命じられるって“設定”だからね。同意云々はちゃんとしたよ、みんな。リアリティを出す為に一時的にその記憶は催眠術で消してあるけどね。ゲームが終わったら、ちゃんと元に戻るよ。ええと、他に質問はあるかい? イケメンさん?」

「…………………いや、ない」

 

 中坊は勝ち誇った顔に。葉山は悔しそうに顔を歪ます。

 葉山もあんな説明で納得したわけじゃないだろう。だが、気づいたのだ。無茶苦茶な状況は、無茶苦茶な理論で納得するしかないってことに。

 

 いかに嘘くさい理屈だろうと、それを確かめる方法がない以上、納得せざるを得ない。催眠術と言われたら、そうですかとしか言いようがない。

 確かホームズで、不可能な事を全て排除して残ったものは、例えどれだけ信じがたくとも真実である。とかそんな言葉があった。あんなカッコいい言葉がこんな形で牙を剥くなんてな。皮肉だぜ。まぁ、厳密に言えばちょっと違うか。

 

 だが、否定できないだけで、中坊の言ってることが真実とは限らない。いや、十中八九嘘だろう。

 

 何故なら、もしこれが本当に賞金の懸かったゲームだとするなら、こんな所でライバルを増やした所で、あの中坊に何の得もないからだ。

 それこそ『馬鹿め。何も知らずにのんきなもんだ。くっくっくっ』とさっさと一人でねぎ星人とやらを狩りに行ってるだろう。コイツはそういうタイプだ。

 

 このことをこの場で指摘してもいいのだが、さっきの葉山とのやりとりで分かる通り、あいつは口が回る。うまく躱されるだけだろう。

 

 それに、なぜか知らんが大人達は乗り気だ。

 怪しいと思わないものなのだろうか。

 それとも、右も左も分からないこの状況をテレビの番組の仕掛けという安全な状況だと思い込むことで、心を必死にを保とうとしているのか。大人なのにずいぶんと情けない。いや、そういうのが上手いのが、そういうのばかり上手くなってしまうのが大人なのか。

 

 人間というのは、それが物であれ人であれ状況であれ、理解できないということに多大なストレスを感じるものだ。

 そうであって欲しいという気持ちも、意識的にすれ無意識的にすれ働いているんだろう。

 

「つまり、そのねぎ星人“役”を捕まえれば……」

「賞金一千万ってことですね!」

「でも何処にいるんだよ、それ?」

「ああ。それはこれで」

 

 そう言って中坊はそのスーツの手首部分をスライドさせて、小さなモニタのようなものを取り出す。いや、ボタンやアナログスティック? のようなものもついているから、何かのコントローラなのか?

 

 そして、人混みの後ろからそれを覗く(俺はいつも人混みというものは最外部にいるからこの手のコツは知っている。嫌な特技だ)と、そのモニタには地図のようなものが表示されていた。ゲームにおけるマップという奴か。

 

「なんだ近いじゃん」

「じゃあ行きますか」

「あ、そうそう。一つ言い忘れてました」

 

 中坊が指を一本立てながら言う。そのニヤニヤとした顔からはうっかり忘れたという感じはなく、むしろ意図的に隠していたんだろう。

 

「このゲームには制限時間があります。一時間です。“このエリアに転送されてから一時間”ですので、こうしている今も刻々と時間が過ぎてます。急いだ方がいいですよ」

 

 その言葉で一同が一瞬シーンとなる。しかし、次の瞬間、大人達は一斉に駆け出した。

 

「マジかよ!」

「急がなきゃ!!」

「一千万! 一千万!!」

 

 ……うわぁ。醜い。そんな旨い話があるわけねぇだろ。

 こういう奴等がいるから犯罪ってなくなんねぇんだろうな。カモに困んねぇもん。

 

「おい! お前も来いよ! マップねぇと困んだろ!」

「っ! ……分かりましたから、引っ張らないでください」

 

 中坊もチャラ男に引っ張ってかれた。チャラ男に腕引かれた時、すげぇ顔したなアイツ。人を動かすのは好きだけど、動かされるのはめちゃくちゃ嫌いなんだろうな。プライド高そうだし。生きにくそうだなぁ。人の事言ねぇけど。

 

「………くだらん。儂は帰る」

 

 お。大人達全員があの話に食いついたってわけじゃなかったのか。おじさんとおじいさんの間くらいの年齢の……重役っぽい人。重役さんでいいか。重役さんは、文字通り偉い人なのかお金持ちなのか。そもそも話自体を信じていないのか。まったく興味なさそうに家路を急ぐ。場所分かるのか? まぁタクシー止めたり駅に行ったりと方法はいくらでもあるか。

 

「比企谷。俺達はどうする?」

 

 と、葉山が聞いてきた。気付けばこの場には俺と葉山と相模しか残っていない。

 っていうか何で俺に聞いてんの? いつの間に俺がリーダーポジションに? いや、そういうのは葉山の仕事だろう。

 でも、葉山はそれが当然みたいに聞いてきた。相模もなんか俺の意見を待っている。

 

「……葉山。お前、あんな説明に納得したわけじゃないよな」

「当たり前だ」

「じゃあ、俺達も帰ろうぜ。万が一これがテレビの企画でも、勝手に帰ろうとしたらスタッフが出てきて止めるだろうし、そうじゃなければ普通に帰れる」

「……ん。そうだな」

「そうね。あんな胡散臭いゲーム、付き合う義理ないし」

 

 そう言って、俺らも重役さんの後を追う形で家路を目指す。っていうか相模、お前さっき信じてなかったか? 葉山に合わせたのか? しれっとしやがって、女ってこわっ!

 

 相模は全力で葉山に甘える形で話しかける。「怖かった~♡」と一色もドン引きのレベルで猫撫で声を出す。鳥肌が凄い。相模、お前そんなキャラだっけ? なんか吹っ切れちゃったのかな? 今回の件でガチで葉山に惚れたとか。……死ぬほどどうでもいいな。

 

 葉山はそれに付き合いながらも肝心な部分はうまく受け流して踏み込ませない。流石は学校一モテる男。女子のアプローチを躱す技術は天下一品だな。うまく傷つかせず、かといって希望もみせない。……俺には一生縁のない技術だ。

 

 だが、そんなことより、俺の頭の中では嫌な予感が消えなかった。

 

『この地球には一般人にばれないように潜伏してる宇宙人たちがいるんだ。そして、それを僕たちが退治しに行く』

「……………」

 

 このまま、本当にすんなりと家に帰れるのか? あんなわけ分からんテクノロジーまで使って俺達を集めて、あんな手の込んだ品々まで用意して。何もせずに、はいさようなら。訳が分からない。いたずらにしては、葉山の言う通り度が過ぎてる。

 

『一度死んだ奴が新たな命を手に入れて、その代わりに宇宙人討伐を命じられる』

 

 かといって、中坊の言うことが本当かといえば、それも信じられない。本当に全部が催眠術なのか? あの死の恐怖も、あの無機質な部屋の不気味さも、そして今こうして歩いている感覚も――全てが夢の中の非現実だと、そう言うのか?

 

 だが、なら、どうする? 俺達は、俺は、一体どうすればいい? どのように行動すればいい? 大人達のように状況に流されてねぎ星人とやらを捕まえに行くか? それともいつも通りに空気を読まずにこのまま重役さんの後について行って帰宅を目指すか?

 

 ……くそっ、ヒントが少なすぎる。

 なら、せめて準備をするべきだ。これから、この訳の分からない状況から、更に続けて起こる可能性のある不測の事態に備えて。

 

 こうしている今、出来ることは……。

 

「………………」

「ん? どうした比企谷?」

「なによ。さっきから黙って。気持ち悪いわね」

 

 ずっと黙っていた俺に二人が問う。何気に相模に毒を吐かれた気がするが、雪ノ下のに比べればなんてことはない。ピリ辛みたいなもんだ。

 

「……悪い、葉山。相模を連れて先に行っててくれないか」

「ッ! どうした!? 何か気づいたことがあったのか!?」

「何なの! いったいどうしたっていうのよ!?」

 

 バッと振り向いた二人に、俺は神妙に顔を上げて――

 

「このスーツ、着てみたいんだ」

 

 僕はキメ顔でそう言った。

 だが、二人の反応は冷ややかだった。

 なんか哀れむような視線を向けられる。

 ……僕はもう二度とキメ顔なんてしない……また黒歴史が追加されちまったぜ。

 

「…………え? 何? アンタそういう趣味があったの? コスプレマニア?」

「違う。決して個人的嗜好の為に着用を試みるわけじゃない」

「じゃあ、いったいどうして?」

 

 侮蔑するような目の相模に反論していると、葉山が真面目な顔で問いかける。

 

「……この色々不可解な状況については、あの中坊のテレビの企画と催眠術って説明で、荒っぽいが説明はつかなくもない。まぁ、俺も信じちゃいないがな」

 

 俺の言葉に葉山は暗い面持ちになるが、構わず俺は続ける。

 

「だが、それだとアイツが、このスーツを着てた説明にはならない」

 

 葉山と相模が目を剥く。

 

「勿論、このスーツにどんな意味があるかなんてわからない。だが、何かあるんじゃないかと俺は踏んでる。マップ機能だけならあのコントローラだけで事足りる筈だ。……いいか。忘れちゃならないことだからもう一度言うが、俺達は一度死んで、よく分かんないが生き返った。そんな訳分からん状況が、普通である筈がない。どんな危険が潜んでるのか分からないんだ。対策になりそうなことはなんだって手当たり次第にすべきだ」

 

 俺の言葉に相模は俯く。せっかく帰ることができる希望が見えて、少し明るくなっていた所に、俺のこの言葉はまさしく水を差すものだったんだろう。

 

 だが、これは紛れもない、俺の本音だ。

 

 俺はずっとぼっち――孤立無援で生きてきた。

 その為には、あらゆる危険性を予測し、その対策を立て、危機を避ける。このノウハウは必要不可欠だった。

 俺の深読みのし過ぎなのかもしれない。もしかしたら本当にテレビの企画で、今頃お茶の間でメンドクサイ奴だと笑いものにされていて、帰ったら小町にこれだからごみぃちゃんはと小言を言われるのかもしれない。

 

 それならそれでいい。俺が笑いものになって、笑い話で済むなら、そんなハッピーエンドはない。

 

 だから、俺は無駄だと思えても、石橋を叩く。叩いて、叩いて、ゲラゲラ笑われても叩き続ける。

 

 生き残る為なら、プライドも好感度もクソくらえだ。

 これが、最善だ。

 

「――分かった。だが、お前を置いてはいかない。お前が着替え終わるまで待つよ」

「はあ?」

 

 俺の話を聞いて、しばらく黙った葉山の第一声はそれだった。

 

「待て。そんなことをして、お前に何のメリットがある?」

「比企谷は、何らかの危険性を、それを着ることで突破できると考えて着るんだろう。なら、その危険な事態(こと)に遭遇した時、そのスーツを着ている比企谷が傍にいた方が、俺達の生き残る可能性が上がるじゃないか」

「………………」

 

 まぁ、その理屈は間違っていない。あくまで可能性の話だがな。

 俺は相模に目を向ける。

 すると相模はそっぽを向きながら答える。

 

「葉山くんがそう言うなら、仕方ないから待ってあげるわよ」

 

 もう完全にツンデレキャラのセリフだった。覚醒したのか相模。まぁ、デレる相手は葉山オンリーなんですがね。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 どこかのガレージに潜入し、着替えを始める。

 公衆トイレかコンビニでトイレを借りようかと思ったが、住宅街だからか右を向いても左を向いても一軒家しかない。諦めて一階がガレージ二階以上が住居となっているお宅のに潜入し着替えをすることにした。

 状況は完全に不審者だ。作業は普段の着替えの三倍スピードで行わなければ。

 一応これはスーツっぽいのでズボンを脱ぎパンツ一丁になる。上はそのままだが、知らない他人の――ガレージとはいえ敷地内でパンツ一丁になるのは物凄い背徳感だ。心臓がバクバク荒ぶる。急いでスーツを着なければ。

 

「っ!? なん……だと……」

 

 きっつ……。まさかこれ……全裸にならないと着れないのか。

 だがパンツ一丁でも相当心理的に抵抗があったのに、下半身全裸とか本格的に言い訳がつかない。

 もし家族でディナーとかでこの家の者がこのガレージに降りてきたらすぐさま110番される。雪ノ下が良く毒舌で使うが、本当にお世話になったら洒落にならない。

 

 だが……ここまできて後戻りは出来ない。

 あんなキメ顔で決めた以上、きつくて入りませんでしたじゃ、余りに居た堪れない。

 

 ……やるしかない。俺はそうキメ顔で覚悟を固めた。

 

 男を見せろ、比企谷八幡! いや決して下半身的な意味じゃない。

 

 そして、俺はまずブレザーを脱ぎ、腰に巻いて、せめてものバリケードを作りながらパンツを下した。小学校時代のプールの授業を思い出したが、人様のガレージでこんなことやってる奴は確実に変態だ。そういえば小学校のプールの授業の後髪を拭いていた女子がタオルを落としたから拾ってあげたらそれだけで変態呼ばわりされたことがあったな……。あれは理不尽だった。

 

 そんな黒歴史を回想しながらも無事下半身は穿けた。どうやら裸になればピッタリ穿けるらしい。なんだその仕様。もう少しゆとり持たせろよ。こちとらゆとり世代だぞ。……うん、関係ないな。我ながらつまらない。

 そして上半身も裸になっていく。こうなったらスピード勝負だ。隠す暇があったら、少しでも手を動かす。最悪上半身なら、服が濡れちゃってとか、苦しいけどなんとか言い訳できる……か? まあ、テンションで押し通してダッシュで逃げればいい。

 

「ねぇ! ちょっといつまで着替えてんの! なんか変なことにな――」

 

 相模、乱入。俺、半裸。

 ……おいおい、間違ってるだろう。学園ラブコメ的に逆っしょ、逆。需要ないよ~。葉山とですらないんだから、海老名さん的にも需要ないよ~。いや、そんな展開俺も望まないけど。断じてお断りだけど。

 

「……な、な、な何してんのよ!! こんな時に、ばっかじゃないの! 変態!」

 

 いや、俺着替えるって言ったよね。勝手に覗いたのお前だよね。

 それとお前のツンデレキャラ化はスルーでいいかな。もう突っ込まないよ、めんどくさいし。

 

 まあ半裸を相模に見られたところで恥ずかしくもなんともないので、落ち着いて残りの行程を済ませて、ガレージを出る。

 すると、出口のすぐ脇に顔を赤くした相模が居て、こっちをキッと睨んできた。……まぁ可愛くなくもない。

 

「…………変態」

「しつこいぞ。そもそもお前が勝手に覗いたんだろうが。それに男の半裸くらいプールとかでいくらでも見るだろう」

「うっさい! そういう問題じゃないの!」

 

 ツンデレさがみんと話していても仕方ないので、直ぐに本題に入る。

 

「で、何があったんだ。……葉山はどうした?」

 

 そう。辺りを見渡してもいるのは相模だけ。葉山がいない。

 これがグループ活動とかだったら、他の奴らが俺を置いて行って、そんでたまたま俺と二人っきりにされた女子が泣き出し、次の日学級裁判が開かれる所なんだが。被告人は俺。それは違うよ! とキメ顔でダンガンロンパする状況。ってか今日の俺キメ顔好きだな。

 

 まぁそれは置いておき、葉山は相模を置いて一人で帰ったりはすまい。何か理由があるはずだ。

 

 相模は困惑を隠しきれない表情で言う。

 

「……それがね――」

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 相模が言うには、いきなり空から降ってきたらしい。

 

 宇宙人の子供が。

 

 ……いや、俺も何言ってんだコイツ。って思ったさ。ストレス許容値超えちゃったのかな~? なんて思ったが、紛れもない事実らしい。

 

 その子供は、あの部屋の球体に出てたねぎ星人の画像そのままだったそうなのだ。

 ねぎ星人は頭から落下し、人間なら間違いなく首が折れているの間違いなしの勢いだったらしいのだが、ピンピン、とまではいかずともそのまま立ち上がり、再び“逃走”を開始した。

 

「……逃げた? 何かから追われてたのか?」

「……うん。……あの部屋にいた大人達。ヤクザみたいな人達とか、あのチャラい男とか。……あの真面目そうな眼鏡の人まで」

「……なるほど」

 

 テレビの企画に熱中してるってわけか。あんな大人達がいずれは上司になるとか、マジ就職とかするもんじゃねぇな。やっぱり専業主夫が一番――

 

――って、なんか相模が俺の制服の裾を握ってきた。あ、俺は今、あのスーツの上から制服着てます。中坊みたいに。いや、いくら夜で周りに人がいないっていっても、あんな全身タイツ状態で外をうろつけるほどメンタル強くないんで。

 

 っていやいやそうじゃなくて、なんで相模が俺の裾を!?

 なんか震えてるし、瞳ウルウルしてるし、やべっいけない何かに目覚めそうだ。いやいや、俺には戸塚という心に決めた人が――

 

「なんかね……怖かったの……」

「え? ……そりゃあ、宇宙人なんてみたら普通は怖いだろう。てかまだ本物の宇宙人と決まったわけじゃ――」

「そうじゃ、なくて……」

 

 相模はそう言うと、口を濁し、ポツリポツリと言い始めた。

 

「……うちが怖かったのは……宇宙人の方じゃないの。それを追っかけてた人達……あの人達の目が……なんていうか――輝いてた。子供みたいに、無邪気に、子供を殺そうとしてた」

 

 うちには、追われてる宇宙人が只の子供に見えて、それを追っかけてる大人達の方がよっぽど化け物に見えた。

 

 相模はそう言った。

 

 俺はその現場を見たわけじゃないから確かなことは言えないが、それは恐らく本質を正しく突いているのだと感じた。

 

 相模がそう感じたのだ。人一倍正義感が強いあいつなら、なおさら。

 

「………じゃあ、葉山はそいつらを止めに行ったのか?」

「……うん。比企谷と一緒に先に帰れって」

 

 先に帰れ……か。そう言われると帰りづらいって分かってんのかね。あいつは。

 案の定、相模の表情は晴れない。少なくとも、家に帰れるとはしゃいでいたさっきまでの笑顔はない。

 

 それに、俺もなんとなく気になる。

 

 葉山のことだけじゃなく、さっき相模が挙げたメンバーに、あの“中坊がいなかったこと”が。あいつだけ別行動してんのか?

 

 ……まぁ、今はあいつより葉山、相模のことだ。

 葉山のことは気がかりだが、相模のことも心配だ。ここまで怯えている相模を、その連中の元に連れて行くのが得策だと思えない。

 

 さて、どうする?

 

「……相模。とりあえず、帰ってみるか」

「え? はぁ!? 何言ってるの!? 葉山くん見捨てるの!?」

「そうじゃない。……いや、結果的にそうなるかもしれない可能性があるのは否定しない」

「……何それ。意味わかんない。アンタ、最低だとは思ってたけど、ここまでクズだったなんて」

 

 相模の手が俺の裾から離れる。目線は完全に敵意に満ちている。はっ、縮んでもない距離がまた広がったな。別にどうでもいいが。

 

「まあ聞け。俺らがこれから葉山を追っかけた所で、何が出来る? 相手は完全にテレビの企画っていう大義名分を得て、殺人ゲームに熱中してる狂人集団だぞ。少なくとも、俺はそんな奴らを説得できるほど口は回らないし、力づくでヤクザ連中を止められるほど喧嘩も強くない」

「……………」

「だったら逃げるしかない。……その宇宙人の子供はかわいそうだが、俺は見ず知らずの宇宙人の子供を助ける為に命張れるほど、いい奴じゃない。葉山と違ってな。だから逃げる」

「……葉山くんを置いて? そんなこと――」

「しねぇよ」

「え?」

 

 俺が吐き捨てるようにそう言うと、相模はぽかんと呆気に取られた。

 

「……宇宙人の子供は見捨てても、知り合いのクラスメイトを置いて逃げるほど腐ってねぇよ。だが、今のままだと葉山はおそらく言うことを聞いてくれない。あいつは変な所で意地を張るからな。……それに、気になることがある」

「気になること?」

「ああ。これを見てくれ」

 

 俺はスーツの手首部分にあるモニタを取り出す。そこにはここ周辺のアバウトな地図。そして、赤い点が九個。青い点が二個ある。

 

「なにこれ? 赤い点と青い点がある」

「……おそらく、赤い点は俺達の座標だ。ほら、ここに赤い点が二つ固まってる。たぶん俺達だ。そして、ここに四人と、その少し後方に一つ。おそらく、あいつらと葉山だ。そして、その集団のかなり後方に一つ。……おそらく、あの中坊だろうな。なんで集団から離れてるのかは知らんが」

「じゃあ、この四人に追われてる青い点は、あのねぎ星人? ……だけど、その中学生の更に後ろにもう一個青い点があるけど?」

「……もしかしたら、ねぎ星人は一体じゃないのかもな」

「ッ! ……どうするの、このままじゃこの子も!」

「……葉山を助けに戻る際、助けられるようならこいつも助ける。……それよりも、今はこれを見てくれ」

 

 俺は一つの赤い点を指さす。

 

「これって……」

「ああ。序盤でさっさと帰宅を決め込んだあのおじさんだろ。………だけど、この住宅街のある部分を大きく囲むこの長方形……怪しいと思わないか?」

「どういうこと?」

「………俺は、この長方形内がこのゲームのエリア内で、そこから出れないんじゃないか――そう思うんだ。少なくとも、このゲームが終わるまでは」

「え!? でも、そんなの……」

「なくはないだろう。そもそも、これだけ大掛かりな準備をしておいて、帰りたい人はご自由にどうぞなんて親切設計になってると思う方がどうかしてる。あんな強引な手段で参加させられてるんだからな。……これを見ると、あのおっさんはもうすぐエリアの外に出る。とりあえず、それを確認してからでも、葉山の救出に向かうのは遅くないんじゃねぇか。外に逃げられるのと、時間内エリア内を逃げ回るのとじゃあ、取るべき対策もまるで違ってくるだろう」

「……そうね。でも! それを確認したら、すぐに葉山くんを助けにいくよ! 逃げないでよ!」

「ああ。分かってる」

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 そして、俺達は重役さんの元に駆け出した。

 

 ……とりあえず、ここまではいい。帰れないというのは俺の真面目な推測だ。それを確認するのは決して無駄にならない。

 

 それに、万が一帰れるとしたら、まず相模を逃がすことが出来る。

 ……おそらく、今あっちでは相模には見るに堪えない光景が広がってるだろう。それは、あのゴツイ銃から容易に想像できる。葉山も苦しんでいるだろうが、相模を逃がすことが出来るなら、まずはそれに越したことはない。

 

 それに、あの葉山だ。あいつ程の奴が、そんな簡単に死ぬ筈がない。

 あいつは俺とは反対の男だ。それゆえお互いを理解し合うことはできない。

 

 だが、俺と真逆故に、あいつはヒーローになれる。

 あの甘っちょろい思想を実現させることが出来れば、だが。しかし、その資格――素質さえ、持たない俺なんかよりは遥かに可能性がある。

 

 そして、こんなイレギュラーな状況には、そんなヒーローが必要だ。

 

 俺はモニタを見ながら重役さんの居場所をナビゲートしつつ、そんなことを考えていた。

 

 すると――

 

「ッ! ……反応が消えた?」

「え!? 何どういうこと!?」

 

 赤い点の反応が一つ消えた。エリアの端まで近づいた所で、突然それは消滅した。

 

「……行ってみよう」

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 

 俺は赤い点が消滅した地点にダッシュで向かう。だが、だんだんそれに近いていくと――

 

 ピンポロパンポン ピンポロパンポン

 

「……ん? なんだこれ? どっかにケータイでも落ちてんのか?」

「ウチのスマホじゃ……ってない!? うわーあの部屋かな?」

 

 ちなみに俺のスマホは鞄の底だ。滅多に電話なんぞかかってこないからな! あ、俺の鞄もあの部屋だ……。

 

「って、そんな場合じゃない。なんかだんだん音が大きくなってないか?」

「ウチもそんな感じする。……ん? 何あれ? ……え………きゃぁああああ!!」

 

 相模が絶叫する。

 その方向に目を向けると、そこにあったのは――

 

――死体だった。

 

 正真正銘、首が丸ごと吹っ飛んだ、人間の死体だった。

 

「……ッッッ! 何だ……あれ?」

 

 あの服装からして、重役顔のおっさんに間違いない。

 

 でも、一体、誰が、何が、どうして――って無理だ。名探偵の少年じゃあるまいし、冷静じゃいられねぇ。

 体中から嫌な汗が噴き出す。体温が一気に下がった感じだ。ヤバい、寒い、怖ぇ!

 

 相模が蹲って嘔吐している。そりゃそうだ。人間の死体――しかも、あんなグロい死体なんか見たことないに決まってる。生理的に、本能的に、忌避感を抱いて当然だ。

 

「うぇ……ね、ねぇ! ねぇ! 何あれ!? なんで? 何なの? なんで死んでるの!?」

「分かんねぇよ……とりあえず、なんか被せて……移動させるか」

 

 相模の取り乱しようを見て、少し冷静になってきた。

 とりあえず、あのままじゃかわいそうだ。少しでも人目のつかない場所に。そう思って上着を被せようとするが、これはこれ以上、こんな死体(もの)を直視していたくなかったが故の行動なのかもしれない。

 

 でも、あれ? 死体って勝手に動かしていいのか? 警察が来るまでそのままにした方が――そんなことを考えてると、再びあの音楽が聞こえる。

 

 ピンポロパンポン ピンポロパンポン

 

 くっ。この変な音楽、ドンドン強くなってくる。どっかから聞こえてくるというより、むしろ脳の中に直接響いているかのよ――

 

――脳?

 

 あのおっさんの死体は首から上がない――つまり、頭がない。

 

 そもそも、俺はエリア内から出れないと仮定していた。

 見えない壁みたいなのがあってそこから先には進めないようになっている(こんな状況だからそんなのも可能だろうと思っていた)とか、何かそういう仕掛けになっているものだと思っていたが――

 

 もしかしたら、もっとえげつなくて、もっととんでもなく――容赦ないものだったとしたら?

 

 外に出ようとした途端、頭を問答無用で弾け飛ばすような――

 

「ッ! 相模!! ここから、一刻も早く離れるぞ!!」

「え!? 何? で、でも――」

「いいから、早く!!」

 

 俺は相模の腕を引いて一目散に駆け出した。

 

 エリアの中に向かって進めば進むほど、脳内の音は小さくなり、やがて止んだ。

 

 ……なるほど。………そういうことか。

 

「……相模。どうやら、しばらく帰れそうもない」

「え? 何? さっきからどうしたの? ちゃんと説明して!」

「………なぁ。今、頭の中で変な音は鳴ってるか?」

「え? ……ううん。さっきまでは鳴ってたけど、今は聞こえない」

「それは、おそらく警報だ。それ以上行くと、死に(ころし)ますよっていうな」

「死っ……ってことは……」

 

 俺は、努めて抑揚のない言葉で言った。

 

「ああ。俺達の頭には爆弾か何かが埋め込まれている」

 

 その言葉に、相模は顔を一瞬で真っ青にした。

 

「ばく……だん……」

「爆弾かどうかは分からない。だが、このエリア外に出ようとすると、頭を吹き飛ばされる。……あのおじさんのように、な」

 

 相模は震えている。

 今日一日で、コイツにはどれだけの負担がかかっているだろう。午前中――少なくともついさっきの放課後までは、いつもと変わらない日常だったのに。

 

 だが、もうこれで確定した。死人が出たんだ。テレビの企画ですなんて妄言は通らない。

 

 あの中坊をとっ捕まえて、知ってることを吐かせるんだ。

 

「相模、行くぞ。葉山にこの事を伝えるんだ。」

「あ、あの……ちょっと、待って……」

 

 相模の膝はガクガクと震えていた。

 恐怖心を抑え込めないんだろう。

 

 今までは訳が分からない状況に対する漠然とした恐怖だったが、明確に死を、死体を見てしまったことにより、よりリアリティのある恐怖を感じているのかもしれない。

 

 俺は相模の前で屈む。

 

「え?」

「乗れよ。今は一刻を争うんだ。葉山を助けたいだろう。早くしろ。それとも、此処に置いて行かれたいか?」

「う、ううん! 乗る! 乗るから置いて行かないで!」

 

 今のは少し意地が悪かったか。でも、こうでも言わないと、俺なんかに背負われたくないだろうからな。

 

 俺は相模を背負い、モニタで葉山の位置を探り、そこを一目散に目指して駆ける。

 

 にしても軽い。重さを感じない。相模がスリムだとしてもこれは……。

 もしかして、このスーツの意味って……。

 

「ねぇ……比企谷……」

 

 背中の相模が震えながら言う。ってか、こいつ今ちゃんと俺の名前を……。

 

「どうしよう……凄く……怖い……ッ」

 

 相模は、俺の制服の背中をギュッと握り締めた。

 

「………」

 

 俺は――

 

「……なんとかして――」

「………え?」

「なんとかして……絶対家に帰してやるよ。…………俺と……葉山で」

 

 ……くそっ。こんなの俺のキャラじゃない。葉山の仕事だろう、こういうのは。

 

「……ぷっ。カッコつけるならちゃんとカッコつけなよ。最後ので台無し」

「うっせ。……俺だけじゃ信じられなくても、葉山もいるなら信じられるだろう」

「………うん。信じてあげる。……葉山くんに免じて」

 

 心無しか、相模の震えが治まった気がする。すげぇな。葉山効果絶大だな。特効薬過ぎる。

 

「……ねぇ」

「……なんだ」

「……………ありがと」

 




唐突に少年少女は戦場に送り込まれる。

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