比企谷八幡と黒い球体の部屋   作:副会長

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今回は本当に短いです。ごめんなさい。

久しぶりにランキングに入って嬉しかったです! これからも頑張ります!



比企谷八幡は――。だから、雪ノ下陽乃は――。

 陽乃が再び外に姿を現した時、千手は真っ直ぐ陽乃を見ていた。

 

 やはり、あの程度の目くらましはコイツに通用しなかった。いずれ向こうから攻撃を仕掛けてきただろう。

 

 陽乃は一度剣を虚空に大きく鋭く振るう。感触を確かめるように。そして己を鼓舞するように。

 

 ピンと空気が張り詰める。

 最初に動いたのは――千手だった。

 

 閃光が瞬く。暗闇を切り裂く一筋の光が、陽乃の胴体に向かって走る。

 陽乃は最小限の動きでそれを躱した。確かにこの攻撃(レーザー)はまさしく光速だが、銃弾と同じだ。軌道は直線で出所もはっきりしている。慣れれば避けれないものではない。

 

 もちろん、雪ノ下陽乃ならば、という前置詞が付くが。

 

 だが、決して余裕というわけではない。いくら陽乃が只者ではなくとも、陽乃自身は平和な地で健やかに過ごしてきたただの女学生だ。軍隊で戦場を闊歩してきた経験があるわけでもない。ガンツミッションすら初めてなのだ。こんな神業を何度も無事に成功できる確証はない。

 

 よって陽乃は、一刻も早く距離を詰めようと全力で特攻する。

 

 陽乃が警戒するのは、単純なレーザーではなくレーザーの鞭。あの光速のレーザーが、点ではなく線で襲ってきたら、さすがの陽乃でも対処は難しい。

 

 しかし、陽乃には勝算があった。これも八幡に教えてもらった情報の一つ。

 

『……アイツのレーザーは、そこまで精度がよくないみたいです』

 

 八幡があれだけ光速のレーザーを避けられたのも、それが理由。

 レーザーの鞭も、少なくとも効果音がヒュン!というぐらいには速いのに、八幡は避けきっていた。

 

 それは、レーザーの精度――特に、高速で移動する物体への精度があまり良くないからだ。

 普通の人間の移動速度くらいなら鞭で捉えられるかもしれないが、スーツでの全力移動となると、かなりぶれる。そもそもレーザーは元となるレーザーを射出し、それを動かす。その元のレーザーがぶれているのだから、そこから動かす鞭がなかなか当たらないのも道理だ。

 

 八幡は、あれだけの極限状態でここまでの分析を重ねていた。

 彼に言うと『ぼっちは他人の粗探しが得意なんです』なんて言って悪ぶるのだろう。

 

 だが、そんな彼がまさしく命懸けで手に入れた情報――――無駄にはしない。

 

 そして陽乃は自身の剣が届く距離――接近戦へと突入する。

 

 確かに陽乃は剣が伸ばせるが、伸ばす分当たるまでにラグがある。その間にレーザーで撃たれたら、避ける術がない。

 

 だからこそ、一閃で殺せるこの距離まで接近したのだ。

 

 だが、陽乃の剣が届くということは――千手の剣も届くということ。

 

 ビュッ!!という風切り音と共に、千手の二刀が同時に襲う。陽乃は、ガンツソードで受け止める。

 

 キィンという甲高い音が響く。ついに、両者の剣が交錯した。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 俺は、折本の傷口にあてがったおかげで血だらけの制服を、今度は自分の傷口をふさぐのに使っていた。

 

 ……あの傷跡。おそらく折本も、アイツのレーザーにやられたんだろうな……。

 

 奇しくも俺も腹をやられたが、折本とは違い脇腹だったので、ぐるりと巻くようにして、傷口をふさぐ。まさしく傷口をふさぐだけなので、出血を止める効果は薄いだろうが、やらないよりマシだろう。

 

 千手を倒すまで保ってくれればいい。

 

 そしてズボンを脱ぎ、ベルトで肩口の傷口を締め上げる。

 

「……くっ」

 

 ……痛ぇ。だが、それぐらいきつく結んだ方がいい――ってなんかの漫画で読んだな。たしか、テニスボールみたいな球状のものがあった方がいいんだっけ?よく思い出せない。

 

 まぁ、所詮応急処置だ。というよりその場しのぎだ。その場――この場だけ凌げればいい。

 

 千手を倒せば、五体満足――綺麗な体で、あの部屋に帰れるんだから。あの世界に還れるんだから。

 

 ……中坊に初めてそれを聞かされた時は、自分たちの体がいくらでも代わりがある作り物だって言われたみたいで、妙に空しかったのを覚えてるが、もうそんなのどうだっていい。

 

 生きてれば、それでいい。

 

 生きて帰れる。それだけで十分だ。

 例え体が作り物の代用品でも。この意思が――この記憶があの球体にバックアップしてある、ただのデータだとしても。

 

 生きていれば、それでいい。

 

 あの人がいれば、それでいい。

 

 ……傷口は処置した。さぁ、動け。俺の体。

 

「――ッ!! ~~~ッ!!」

 

 ――痛ってぇ……っ。

 体に力を入れただけで、神経が傷口を経由するだけで、ここまで痛むのか。……そりゃあ、そうか。銃で撃たれたのと変わんないからな。

 

 けど、そんなことは関係ない。バトル漫画よろしく精神力でカバーだ。精神が肉体を凌駕するあのご都合主義を実現させてみせろ。

 

 ……今、動かないで、いつ動くんだ、俺の体ッ!

 

 

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 何度か剣を交錯する、膠着状態。お互い敵を切り裂こうと全力で剣を振るうが、それでも相手の体には届かない。

 陽乃は見事に千手の二刀にガンツソード一本で対抗しているが、それでもやはり決定打に欠ける。

 そして、その決定打を何種類も保有しているのが、千手なのだ。

 

 千手は水瓶を傾ける。

 

「――ッ!!」

 

 陽乃は咄嗟に下がり、それを避ける。

 

 そして、その隙を狙って千手の剣が鋭く襲う!!

 

 

 ズバッ!!

 

 

 剣が、それを持った腕ごと吹き飛んだ。

 

 

「きょーーー!! きょーー!!」

 

 “千手が”悲鳴を上げる。陽乃は不敵に微笑む。

 

「私に読み合いで勝とうなんて、千年早いよ、千手観音」

 

 陽乃はすぐさま剣を失った右側――陽乃から見て左サイドに剣を振るおうとするが、千手が間髪入れずにレーザーを振り回す。

 それはまさしく悶えるのに合わせて振り回しているようで狙いはめちゃくちゃだが、陽乃が攻撃を諦め少し下がる程度には、勢いはあるものだった。

 

(――八幡の言う通り、再生しない。……八幡がどうにかしてくれたのかな? さすが♪)

 

 陽乃は一度下がった後、間髪入れずに再び突っ込む。

 千手は思った以上に混乱している。再生できる分、痛みには弱いのか?

 

 とにかくチャンスだ。これを見逃す雪ノ下陽乃ではない。

 

 苦し紛れのレーザーが再び陽乃を襲う。陽乃はそれを仰け反るように体を傾けることで躱す。

 

 千手には知能がある。

 それがどの程度のものかは分からないが、少なくとも戦況をある程度読めるくらいの知能はある、と陽乃は踏んだ。

 

 だから千手も分かっている。右側の剣を失った以上、こちら側を狙われるであろうことは。

 

 だからこそ、先程から右手側のレーザーを多用する。

 

 それが戦略的に考えた末の行動なのか。それとも本能的に弱点から遠ざけようとしているのかは分からない。

 

 だが、そんな分かりやすい動揺を、陽乃が逃すわけがない。

 

 陽乃に弱みを見せたら最後、徹底的に壊れるまで追い詰められる。

 

 それは星人といえど、千手観音といえど、逃れられない宿命だった。

 

「悪いけど――」

 

 千手の持つ右側の小さな灯籠は、千手の心の焦りを示しているかのように、散発的にレーザーを射出する。

 

 だが、それは陽乃を捕えるには至らない。陽乃にはまるで弾道予測線が見えているかのごとく、それを最小限の動きで回避し、接近する。

 

 そして、それは更なる焦りを生み、狙いがみるみる粗くなる。

 

 陽乃は、極限まで恐怖感を煽るように、歩幅、雰囲気、そして接近スピード。それらを完璧にコントロールする。

 

 これが、かつて八幡をして魔王と畏れた、雪ノ下陽乃。

 

 誰よりも強く、誰よりも美しく、そして、誰よりも恐ろしい少女だった。

 

 

「――斬り落とすよ」

 

 

 陽乃は、ニヤリと笑う。

 

 それは、千手観音にはどう映ったのだろう。星人である千手に、人間ではない千手に、それはどう映ったのだろう。

 

 ただ、その一瞬、あれほど乱発していたレーザーが止まり。

 

 次の一瞬、灯籠を持つ彼の一本の右手が、本体から切り離されて宙を舞った。

 

「きょーーーーー!!!!!!」

 

 千手は絶叫する。

 

 陽乃は、それを雑音と切り捨てて完全にシャットアウトし、酷く冷静な心拍数のまま、弱点となった千手の右サイドから、胴体を一刀両断しようとした。

 

 それは、この場における100点満点の正解。理想的なまでの詰め(チェックメイト)

 

 よって、その一瞬後には、千手は絶命し、全ては終わる

 

 

 

――――はずだった。

 

 

 

「きょーーーー!!!」

 

 だが、千手は苦し紛れに一番下の左手に持った水瓶の中身を全てぶちまけようとした。

 

 優秀な陽乃の視野は、痛恨にもそれを捉える。

 

 その時、陽乃の脳を過ぎったのは、あの八幡が敗北するきっかけになった、この水瓶の中身の酸の威力。

 

 そのリフレインが終わる頃には、陽乃の一閃のターゲットは、反射的にその水瓶に移っていた。

 

 陽乃の一撃は、見事その水瓶を一刀両断し、酸は見当違いの方向に振り撒かれた。陽乃にはもちろん一滴もかかっていない。

 

――だが、陽乃のガンツソードは、ドロドロに溶けていた。

 

(――ッ!! しま――)

 

 痛恨。まさしく痛恨。

 

 さすがの陽乃も、脳内が一瞬パニックに陥る。

 

 だが、それを一瞬で抑え込み、流れるような動作で左腰のXガンに手をかけたのは、さすが陽乃といったところか。

 

 

 しかし、その一瞬が、命運――まさしく命の運命を分けた。

 

 

 陽乃がXガンを向けた時には、すでに終わっていた。

 

 千手の、健在の一刀が、陽乃の胴体の真ん中を貫いて。

 

 そして、ゆっくりと引き抜かれた。

 

 

 

 

 

【失いたくない。わたしのものだ。誰にも渡さない。神様にだって、奪わせやしない】

 

 

 

 

 

【たとえ、雪乃ちゃんに、一生恨まれることになろうとも】

 

 

 

 

 

(――――罰が、当たったのかな?)

 

 

 陽乃の体から力が抜けていき、ゆっくりと重力に負けて、仰向けに倒れていく。

 

 

(――散々、雪乃ちゃんを苦しめて。……やっと雪乃ちゃんが手に入れた大事なものまで、後から、横取り、しようと、したから)

 

 

 ドスッ と地面に落ちる。 倒れ伏せる陽乃に向けて、陽乃の血で真っ赤に塗れた宝剣が構えられる。

 

 

(――……でも、しょうがないよね。こんなわたし、死んで当然だよ。……だって、この期に及んで)

 

 

 千手は陽乃を見下ろしていたが、念のため止めを刺しておこうとばかりに、無造作に剣を振り上げる。

 

 

 

(――まだ……それでも…………八幡を、渡したくないなんて)

 

 

 

「……救えないなぁ」

 

 

 ビュッ!!

 

 

 キィン!!

 

 

 

 

 

「――例え、あなたがあなたを救わなくても、俺が勝手に救いますよ」

 

 

 

 霞んできた陽乃の視界が、パァッと広がった気がした。

 

 陽乃の目に、大きな黒い背中が映る。

 

 頭頂部に特徴的な毛がひょこっと一房飛び出していて。

 

 筋肉質ではないが、やたらと頼もしい後ろ姿。

 

 そして、不敵な、だけどとても愛おしいその声。

 

 

「……八、幡」

 

 

 比企谷八幡。

 

 

 陽乃が、文字通り死んでも渡したくない、大事なもの。

 

 八幡は、陽乃の命を完全に断ち切ろうとした千手の斬撃を、ガンツソードで受け止めた。

 

 陽乃を連れ去ろうとする死神の鎌を、拒絶するがごとく。

 




大事なシーンなので、ここできちんと区切りたいと思いました。
次回からは、またそれなりの文字数でお送りします。
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