比企谷八幡と黒い球体の部屋   作:副会長

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 千手の絶望は、終わらない。


彼は、戦い抜いたその先で、ついにその悲願を果たす。

 俺は剣の柄を両手で持ち、刀身を水平に構えて、上から振り下ろした千手の斬撃を受け止めた。

 

 だが――

 

 ズシッと、重圧が圧し掛かる。陽乃さんが斬り落としたらしく、一本に減った剣。だが、その一本の腕の力でも、その重さは少しも衰えない。――むしろ、どんどんその圧力を増していく。

 

「――がぁっぅ……っ!」

 

 その度に、俺の全身を電撃のような痛みが襲う。

 

 スーツはまだ稼働している。降りかかる重量が増すたびに、スーツによる筋力強化もそれに合わせるように強くなる。おそらく、まだ外部からの攻撃になら、それなりに防御力を発揮するんだろう。

 

 だが、それは二つの怪我に圧倒的な負担となり、激痛という形になって現れる。

 

 ちくしょう……痛ぇ……全然肉体を凌駕してねぇじゃねぇか……仕事しろよ精神……。

 

 ダメなんだよ。耐え抜くんじゃダメなんだ。膠着状態なんて陥っている暇はない。

 

 陽乃さんは腹部を貫かれたんだ。

 

 俺が、間に合わなかったせいで。

 

 一刻も早く倒さないと。一刻も早く殺さないと。

 

 一刻も早く。

 

 あの部屋へ。

 

「ぐぉぉおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

 

 俺は全身に力を込める。

 

 意識を刈り取られるような強烈な痛みが走る。目の前の景色が真っ白に染まる。

 

 だが、気絶するわけにはいかない。

 

 耐えろっ。そして殺せ!!!

 

 

 

 ガ、ギンッ!!

 

 

 

 ……うそ、だろ。

 

 普通、こういう場面だと、相手を吹っ飛ばして、死に物狂いの一撃で、相手を殺すんじゃないのか。

 

 そうやって、奇跡の大逆転ってなるのが定石だろうがよ。

 

 俺の、全力を振り絞った、起死回生の行動は。

 

 俺の決死の一撃は。

 

 不発だった。相手に堪えられた。膠着状態を、崩せなかった。

 

 ……はっ。なんだよ、それ。こんな摩訶不思議な状況の癖に、こんな所ばっかりリアルなのかよ。確かに俺は、そんな器じゃねぇのかもしれないけど――

 

 

 こんな時くらい、ご都合主義を起こしてくれてもいいだろう。

 

 

 好きな人を助ける時くらい、主人公でもいいじゃねぇか。

 

 

 俺は、全てを懸けた一撃を受け切られ、重心が浮いてしまう。

 

 そして逆に、千手の体重移動に押し切られ、倒される。

 

 体が重力に引っ張られる。腰が落ちる。背中から倒れ込む。

 

 

――ギリッ

 

 

 俺は、千手の無表情の顔を憎悪の篭った目で、睨み据える。

 

 ……俺は、大切な女性(ひと)の仇を討つことすらできないのか。

 

 俺には、結局、何も、救えないのか。

 

 千手は、俺の胴体を突き刺そうと、剣を――

 

 

 

 

 

――っ!!千手は、突然跳び上がった。

 

 何かを避けるように。

 

 俺は、崩れゆく中、目を向ける。

 

 

 Yガンの捕獲ネットが、千手に向かって放たれていた。

 

 

 俺は、尻から情けなく地面に倒れ込む。だが、視線は捕獲ネットの行く末に夢中だ。

 残念ながらその捕獲ネットの軌道上からはすでに千手は外れていた。やはりこれを感じて、千手は俺への一撃を諦め宙に跳び上がったのだろう。

 

 

 だが、捕獲ネットも、その軌道を変え、宙へと逃げた千手を追いかける。

 

 

「――な」

 

 俺は、それに驚きを隠せなかった。

 Yガンにこんな機能があるなんて知らなかった。

 

「きょーーー!!」

 

 千手は、結局それによって捕えられ、捕獲ネットの三つの支点が地面に突き刺さり、固定する。

 

 

「――やっぱり、二つあるトリガーの1つはロックオン機能だったか」

 

 

 俺は、その聞き覚えのある声の方向に目を向ける。

 

「……はや――」

 

 俺は、二の句が継げなかった。

 

 

 そこに居たのは、俺と陽乃さんの以外のたった一人の生き残り――――葉山隼人だった。

 

 

 そう、確かに葉山隼人だった。だが、アイツは俺たち以上にボロボロだった。

 

 左腕は肩のあたりから無くなり、顔面はまさしく蒼白、足取りはフラフラと不安定。

 

 本当に今にでも死んでしまいそうな有様だった。なんで生きているのか不思議なくらいだった。

 

 だが、葉山はそれでも柔らかく笑う。そして言う。

 

「何をしてるんだ、比企谷」

 

 そう言って葉山は、残った右腕に持ったYガンで俺の背後――陽乃さんを指した。

 

「君にはやるべきことがあるだろう」

 

 俺は、その言葉を聞いた瞬間、体が動いた。

 

 小さく荒い苦しそうな呼吸をする陽乃さんを抱きかかえ、距離をとる。

 

 最後に顔だけで振り向いて、葉山を見る。

 

 葉山はこちらを見ていなかった。

 

 だが、相変わらず口元は柔らかく笑っていた。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 八幡は、陽乃と共に遠ざかっていく。

 

 葉山は、そんな八幡を口元を緩ませながら見送った。

 

 やっと、八幡にピンチを押し付けてもらうことが出来た。

 

 彼に、背中を見せることが出来た。

 

 今までは、彼を傷つけ、背負わせ、助けてもらってばかりだった。

 

 苦境の中に置き去りにされる、彼の背中から逃げ去るばかりだった。置き去りにして、逃げるばかりだった。

 

(――ようやく、俺は、君を助けることが出来たかな)

 

 葉山は、そんな不思議な感情の中で、Yガンのトリガーを引く。

 

「きょーーー!!!きょーーー!!!」

 

 千手は絶叫する。その頭部は、徐々に上方に送られ、姿が消えていく。

 

 

 終わった。

 

 ついに。ついに。

 

 葉山は、消えゆく千手を、疲れ切った目で見つめながら、そんなことを思う。

 

 たくさんの人が死んだ。たくさんのものを失った。

 

 いいことなんて一つもなかった。得たことなんて一個もなかった。

 

 戦争は何も生まない。争いは大切なものを奪っていく。

 

 そんな当たり前のことを痛感させられた戦いが、やっと終わった。

 

 達成感なんて微塵もない。あるのは、暗く、空しい、徒労感のみ。

 

 こんなことが、いつまで続くんだろう。

 

 疲弊し、崩壊し、それでも自分を支え続けてくれた人の為に、欠片を強引に繋ぎ合せて、今こうして、葉山は何とか立っている。

 

 何とか立ち上がっている。何とか立っていられる。

 

 スッと、銃を下ろす。

 

 顔を俯かせ、目を瞑り、葉山はあの部屋に転送されるのを待つ。

 

 

 

 ボトッ。

 

 何かが、落下した音が聞こえた。

 

 

 

 葉山は、ゆっくりと顔を上げる。

 

 千手の、頭部がなくなっていた。

 

 だが、それは転送されたからではないことは明らかだった。

 

 Yガンの転送時に発生する天からの一筋の光は――――“千手の足元に転がっている”頭部に繋がっていて。

 

 その頭部を失った千手の体から――――なにかが、出てくる。

 

 それは、これまでの仏像のような硬質感は一切無く、ネチャネチャとした粘液のようなものを纏った光沢のある異形の物体だった。

 首の切断面からズルズルと、這い出るように、抜け出すように現れる。

 

 それが半分ほど出てきたところで、千手の体は腰を曲げ、角度をつけた。

 

 だが、それは葉山の方には向いていない。

 

 葉山は疑問を持つが、そんな葉山に構わず千手の体は、その異形の物体を、異形の化け物を、何もない虚空へと目がけて――――発射した。

 

(ッ!?)

 

 その光沢のある化け物は、筋張った体の先端から大きな口を作り出す。牙が生え揃い、目も鼻もなく口だけがあるその顔は、その巨口を大きく開き、虚空を“食いちぎる”。

 

「ぎゃぁぁぁぁああああああああああああああ!!!!」

 

 バチバチバチバチという火花が散るような音と共に、彼は姿を強引に晒された。

 

(――か、彼は!?)

 

 その男は、あの部屋に居て、途中まで確かに自分たちと共に戦っていた男だった。

 眼鏡をかけて、あの部屋にいた時から八幡たちに鋭い質問をぶつけていた、八幡命名――インテリ。

 

 彼は八幡がこの透明化機能を使っているのを目撃してから、やり方を模索し、それを発見した後は、これで終盤までやり過ごし、最後においしい所を掻っ攫うつもりだった。ずっとエリアの端でじっとしていたので、八幡も気づかなかったのだろう。

 

 それは一つの戦い方ではある。

 千手に八幡の透明化がばれた時は焦ったが、いつまでも自分に気づいた様子がないので、奴は自身に向けられる敵意に敏感なのであって、害意を向けなければ透明化は有効なのではないかと考えた。

 

 だが、自身の首を食いちぎられようとされている今、それは間違いだったと悟る。

 

 自分はただ、泳がされていただけだった。

 

 ブチンッ!!と、首と胴体が荒々しく引き裂かれる。

 

 葉山は、思わず眉を顰める。

 

 だが、あろうことか、その化け物は――――インテリの頭部を丸呑みした。

 

「――っぷ!!」

 

 葉山は、猛烈な嘔吐感に口を押える。

 

 バリバリバリと、何かを砕く音。頭蓋骨の咀嚼音だろうか。

 

 やがてプッとスイカの種を吐き出すような所作で、骨を吐き出す。

 そして、口元を醜悪に染め、化け物の顔に目と鼻と耳が顕れる――――まるで、人間のようなそれが。

 

「―――ふ。ふふ。はははっはははははっはっはは!!!!!」

 

 そして、笑う――――人間のように。人間の言葉で。人間の嗤い声で。

 

「いやぁ、凄い。なるほど。いや、彼らは――というより彼――今や僕かな?――とにかくコイツは、脳髄を摂取することにより、そいつの知識や何やらを取り込むことが出来るらしい。いや~、実に面白く興味深い」

 

 葉山は、何も言わない。

 

「さぁて、君らは残り何人だい?あの女は死ぬとして、彼はまだ戦えるのかな?そして、君は死ぬよね。そんな体で僕に勝てるはずもない」

 

 葉山は、何も言わない。

 

 何の声も上げない。

 

「というより、戦えないかな?この通り、僕は取り込まれた。こいつを殺すということは、僕を殺すということ。それは君の所信証明とは矛盾するよ?」

 

 葉山は何も言わない。

 

 何の声も上げない。

 

 表情すら表さない。

 

 

 ただ、ゆっくりと、右腕を上げる。

 

 

 残された、たった一本の腕を――――Yガンを携えた、その腕を。

 

 

 それを見て、化け物は嬉しそうに笑う。

 

「この偽善者が」

 

 化け物は、一歩近づく。

 

 葉山の足は、無意識に一歩下がってしまう。

 

 それを見て、化け物はなお、楽しそうに嗤う。

 

「なんだよ。めちゃくちゃビビッているじゃん」

 

 葉山の足は、ガタガタと震えていた。

 

「みんな死んだ。あの女も死ぬ。あの男も死ぬ。お前も死ぬ。みんな死ぬ。全員死ぬ。――そんなお前に、何が救える?そんなお前じゃ、何も救えねぇよ」

 

 葉山は、ガタガタと震え、足を竦ませ、心の底から恐怖し。

 

 それでも、笑う。

 

 

「何度でも、送ってやる」

 

 

 彼はもう、揺るがない。

 

 

 化け物は、より一層醜悪な笑みを深め、跳び箱を跳ぶかのような軽快な動きで飛び掛かる。

 

 葉山は、不敵な笑いで睨み据えながら、躊躇なくYガンを発射する。

 

「ひゃっほぉぉぉぉぉおおおおおおお!!!!」

 

「うぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおお!!!!」

 

 

 

 葉山隼人は、比企谷八幡になれただろうか。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 八幡は陽乃を物陰へと運び、慎重に下ろす。

 

 陽乃は、まだ何とか生きているものの、呼吸がどんどん荒く、小さくなっていく。

 

「陽乃さん!陽乃さん!!」

 

 八幡は、彼女の手を握り大声で呼びかけることしか出来ない。

 

 こんなことをしている場合ではないのは、彼はよく分かっている。

 

 同じように腹部を貫かれた折本に、彼は何も有効な治療が出来なかったのだから。

 

 なら八幡のすべきことは、陽乃を戦いに巻き込まない場所に避難させた今、すぐにでも葉山の元へと戻り、共に千手を倒すことだ。

 

 だが、彼はそれが出来なかった。

 

 怖いのだ。恐ろしくてたまらないのだ。

 

 目を離した隙に、この陽乃の消えかかっている命の灯火が、完全に消えてしまうのではないか。

 

 もう二度と、目を覚まさないのではないか。

 

 また、自分は、失ってしまうのではないか。

 

 

(――また、なのか)

 

 

『もう、無理して来なくていいわ……』

 

 

(――――また、俺は失うのか)

 

 

『ゴメンね。――アンタなら辿り着けるよ。カタストロフィまで』

 

 

(――――――大切なものを――――俺は、また、何も出来ずに……ッ)

 

 

「陽乃さんッ!!!死なないでくれ!!!往かないでくれ!!!――――俺を……俺をッ!!」

 

 

 

「…………はち、まん」

 

 

 

 八幡は、その声に、顔をバッと跳ね上げ、凝視する。

 

 陽乃は、絞り出すように、微かな声を、八幡に届ける。

 

 

「………………かって」

 

 

 八幡は、大声で叫ぼうと口を大きく開き――――閉じた。

 

「……………………わかったッ」

 

 そう言い、八幡は、陽乃の手をギュッと両手で握りしめ、立ち上がる。

 

 そして、陽乃の目を、至近距離で真っ直ぐ見据えて。

 

 陽乃の頭を、優しく抱きしめる。

 

「……すぐ、戻る。最高の告白をするから、なんて答えるか考えておいてくれ」

 

 八幡は、陽乃が柔らかく微笑んだのを感じると。

 

 そのまま、ダッシュで戦場へと向かった。

 

 振り返らず、振り向かず、一目散に。

 

 再び、戻る為に。

 

 一緒に、帰る為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「葉山ぁ!!」

 

 八幡が戻ると、そこには――

 

 

――見たこともない、異形の怪物と

 

 

――その怪物に吊し上げられた、ボロボロの葉山がいた。

 

 

 かつての端正な顔は見る影もなく、ボコボコに腫れ上がってしまっている。

 

 左腕だけではなく、右腕も引き千切られていた。

 

 八幡は、その姿を見て、意識が真っ白になり、足が止まりかける。

 

 化け物は八幡に気が付くと、醜悪に歪んだ笑いを作り、その丸太のような腕を振りかぶる。

 

「――ッ!やめ」

 

 八幡は、止まりかけた足に再び力を込めて、速度を上げた。

 

 そんな時、葉山の顔が目に留まる。

 

 彼は、やはり笑っていた。

 

 目線で、八幡に語りかける。

 

 八幡は、そんな葉山に――

 

 

 グチャッと水風船が割れるような音が響く。

 

 

 化け物は、頭部を失った葉山の体を投げ捨て、八幡に向き直る。

 

「さぁ。最後の一人だ。やはり、君が残ったね」

 

 なぜ千手が最後の一体なのに、代わりに見知らぬ化け物がいるのかなんてどうでもいい。

 

 なぜ星人が喋っているのかなんて、心の底からどうでもいい。

 

 どうでもいい。

 

 どうでもいい。

 

 どうでもいい。

 

 八幡は、ドス黒い底冷えするような殺意を、化け物に放つ。

 

「殺してやる!!」

 

「やってみろよ」

 

 大事なのは、コイツを殺すこと。

 

 そして帰ること。

 

 それだけだ。

 

 

 

 

 

 こうして、正真正銘、最後の戦いの火蓋は切られる。

 

 

 残り時間は――――あと5分。

 




 葉山隼人――――脱落。

 次回、千手観音編、クライマックスです。
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