「うぉぉおおおおおおおお!!!!」
俺は全速力で駆け抜ける。
キュインキュインという駆動音。まだスーツは健在だ。
目標は、目の前の化け物。
数メートル手前で踏み切り、俺はガンツソードを両手に持って、空中から思いっきり振り下ろすっ!!
が――
「ひゃっはー!!」
敵は俺の渾身の一撃を、両手で白羽取りのように受け止めた。
「……くっそがぁぁぁぁぁあああああ!!!!」
「ははははははははは!!! 随分と吠えるじゃないか! こんなに感情を露わにする子だとは思わなかったよ!」
化け物は知った風なことを言う。
なんなんだ、コイツ。まるで俺のことを知っているかのような口ぶりだ。
化け物は、首を物理的にろくろ首のように伸ばして、俺の眼前に顔を持ってくる。
「僕だよ。間藤だ。千手に脳髄を食われて取り込まれたんだよ」
間藤? 誰だ、ソイツは。
……だが、この粘りつくような口調、聞いたことが――――っ!!
コイツ、インテリか……ッ。死んでなかったのか。
「……随分と面白いことになってるな。……助けて欲しいのか?」
「ふふ。僕が助けて欲しいと思っているとは微塵も思っていなくて、万が一そう言っても助ける気なんてないくせに。でも、敢えて言わせてもらおう。お断りだ。僕は今、最高に愉しい気分なんだ」
「そうかよっ!じゃあ、お望み通りそいつと心中してくれ!!」
俺は渾身の力を込めて、剣を無理矢理振り下ろそうとする。
だが、ビクともしない。
化け物――間藤は、愉しそうに厭らしく嗤って言う。
「おいおい、僕は君たちの仲間だぜ」
「どう見ても裏切ってるだろうが」
「じゃあ言い方を変えよう。僕は人間だ。それでも殺すのかい?」
「どうでもいいやつを殺すことで大切な人を救えるなら、俺は躊躇いなく――――そいつを殺す」
俺の言葉に、間藤は満足そうに笑い――
「やっぱり君は面白い」
――ガンツソードを圧し折った。
「――な……ごふっッ!!」
ドガンッ!!と右脇腹に衝撃が襲う。
吹き飛ばされながら俺が見たのは――
(――――尾!?)
しなやかながら、太さが鞭なんてものの次元を越えている、そのハンマーのような尾を、俺の右脇腹に叩きつけたらしい。
俺の、ごっそりと、穴が開いている――右脇腹に。
「がぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
俺は、とにかく叫ぶ。
喉が潰れようと、醜態を晒そうと構わず、とにかく全力で。
そうすることで、少しでも痛みを紛らわす。
そして、俺は、直ぐに立ち上がる。
痛がっている余裕はない。苦しんでいる時間もない。
一刻も早く、コイツを殺すんだ。
こうしている一秒も、こんなことをしている一瞬も、陽乃さんを助けることが出来る可能性を奪っている。
陽乃さんの、命の時間が、浪費されている。
「ぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおお!!!!」
俺は、折れたガンツソードを、振り回す。
だが、それらは全て軽々と避けられ、代わりにカウンターで奴の弾丸のような拳を食らう。
「ゴホッ!」
「がはっ!!」
「あガっ!!!」
「ぐぁぁぁあああ!!!!」
段々と、痛みを感じずに、意識が朦朧としてきた。
それは、別にスーツの効果ではないだろう。
逆に、スーツは限界を知らせるアラートが鳴り響いている。
それでも、俺は、とにかく剣を振るう。
がむしゃらに。むちゃくちゃに。とにかくふるう。
「分かっているんだろう。君は僕に勝てない」
うるせぇ。それでも勝つんだよ。絶対に殺すんだ。
「仲間を殺されて、さぞ悔しいだろう。でも大丈夫だ。みんな殺すんだから。お前だけ仲間外れにしない」
別にそんなの気にしねぇよ。俺はぼっちだからな。仲間外れにされるのは慣れてる。
「大丈夫だ。お前は一人じゃない」
は? 何言ってやがんだ、この化け物は。
だから、俺はぼっちなんだ。ずっと一人でやってきたんだよ。
ずっとずっと、一人でやっていくんだよ。
『わたしも。八幡の支えになるよ。ずっと、傍にいるから』
ずっと、一人で……
『言ったでしょ。傍にいて支えるって。独りになんかしないよ』
ずっと……
『わたしも、必ず、君を守る』
ずっと……ずっと……
『八幡。わたし、絶対帰ってくる。アイツを倒して、全部終わらせて――そしたら、わたしに告白して』
『………………かって』
グサッ
「は~はははははっはっははっはは!! 終わりだ! 完全に貫い……た……あ…?」
……痛ぇ。めちゃくちゃ痛い。死にそうだ。
…………だが、まだだ。まだ、行ける。まだ、死んじゃいない。
突き刺さったのは、尾の“先端部分だけだ”。
「な、なにぃぃぃぃぃ~~~!?」
俺は、咄嗟に剣を投げ捨て、尾の一撃を受け止めることに成功した。
……そうだ。俺は、もう一人じゃなかった。ぼっちじゃなかった。
例え、どれだけ嫌われても。騙されても。裏切られたとしても。
それでも、その人のことをわかりたいと、知っていたいと。
その人のことを、あの人のことを、完全に、完璧に理解したい、なんて。
独善的で、独裁的で、傲慢で、無謀で、無茶で、無茶苦茶なことを思ってしまった。
望んでしまった。欲してしまった。
どうしようもなく、心の底から。
おそらく、この感情は、きっと捨てられない。
何度、否定されても。何度、裏切られても。
その度に、死ぬほど苦しみながら。その度に、死ぬほど悶えながら。
それでも、きっと捨てられない。
気持ち悪くて、浅ましい。
俺は、自分の腹に突き刺さっている奴の尾を、掴み、引き抜こうとする。
スーツは、再び音を立てて、駆動する。
でも、それでも俺は、諦められない。
俺みたいな腐った村人Aが、あの人のような光輝く女王に、こんな望みを抱くことを、人は身の程知らずと嘲笑うのだろう。
それでいい。
勘違い野郎のナル谷君にふさわしいじゃねぇか。
「うぉぉぉぉおおおおおおあああ!!!!」
「な、な、ど、どこからこんな力がッ!?」
俺は、ただ失いたくなかったんだ。
知っていたから。散々聞かされてきたから。
――大事な物は、替えが利かないと。
――かけがえのないものは、失ったら二度と手に入らないと。
だから、信念を曲げた。
嘘をついた。偽りに縋ってしまった。
そして、雪ノ下雪乃に、見限られてしまった。
あの場所を、掛け替えのない場所を、失ってしまった。
そして、その穴を埋めるように、俺は陽乃さんに狂った。
溺れて、酔って、のめり込んで、魅せられた。
弱っていたところに優しくされて、勘違いしているだけかもしれない。
奉仕部を失った、その代用品かもしれない。
命の危機に陥っているがための、生存本能の昂ぶりなのかもしれない。
ミッションを終えて、穏やかな日常に戻ったら、冷静になって間違いに気づくかもしれない。
考え得る色々な否定要素を当て嵌めてみる。
普段から重用する、勘違い防止機能だ。これのおかげで俺はいくつもの黒歴史を回避してきた。
そして、導き出した結論は――――――その時は、その時、考えよう、だ。
馬鹿な奴だと笑うがいい。愚かな奴だと呆れるがいい。
それでも今は、この気持ちを守り抜いていきたいんだ。生きたいんだ。
大事なのは、クオリティだ。
偽物の贋作だろうと、本物以上のクオリティだったら――
――それはもう、『本物』だろう。
「がぁぁぁぁあああああああああ!!!!」
俺は、間藤の尾を持って、全力で投げ飛ばす。
「うわぁぁぁあああああああああ!!!!」
吹き飛ぶ間藤。
俺は、間髪入れずに、足元の折れたガンツソードを手に取る。
妥協だと思うか。逃げだと思うか。
偽物は所詮偽物だと思うか。
贋作はどこまで行っても贋作だと思うか。
そんなものは欺瞞だと、そう思うか。
かもな。
でも――
それでも――
「これで……終わりだぁぁぁぁぁ!!!!!!」
俺は、ガンツソードを振り下ろす。
そして、圧し折れたガンツソードは――――元の長さ以上に大きくその刀身を伸ばす。
「ば、馬鹿なぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
間藤は、そして千手は――――その躰を真っ二つに切り裂かれた。
――失ったものの代わりに手に入れたものが、元のそれよりも劣るなんて、誰が決めた。
俺は、もう一度――――今度こそ手に入れてみせる。
雪ノ下陽乃と、『本物』を。
+++
「はぁ……はぁ……はぁ……」
俺は腹から吹き出す血を片手で押さえながら走る。
走るって言っても、体中激痛で、意識も気を緩めれば今すぐにでも手放してしまいそうなほどに朦朧で、もはや感覚が完全に麻痺っている。ふらふらとふらついている状態だ。
それでも、俺は行かなきゃならない。
あの人の所へ。
雪ノ下陽乃の元へ。
俺は、どうにか転送される前に、陽乃さんの元へとたどり着けた。
陽乃さんは、俺が最後に見た状態のまま、微動だにしていないようだった。
「……陽乃さん。……俺、勝ったよ。……もうすぐ転送されるはず。……あの部屋に――いつも通りの日常に、還れるんだ」
俺は、陽乃さんの傍らで跪き、陽乃さんの肩を揺すって言葉を投げかける。
「……だから、起きてくれよ、陽乃さん!!目を覚ましてくれるだけでいいんだ!!言葉はいらない!!陽乃さん!!生きてるって証をくれよ!俺を安心させてくれッ!!」
俺は陽乃さんの手を両手で包み込み、祈る。
「…………頼む……陽乃さん……目を、覚ましてくれ……っ!」
頼む。間に合っていてくれ。生きていてくれ。
今だけでいい。この転送の瞬間だけでも、生きていてくれ。
もう、失いたくないんだ。
――俺の脚が、ゆっくりと転送され始める。
俺は、自分の瞳から、涙がこぼれ落ちるのを、感じた。
その雫は、陽乃さんの瞼の上に落ちる。
「………………はる、の…………さんっ」
その瞼が、ゆっくりと、開いた。
「――っ!!は、陽乃さん!!陽乃さん!!」
陽乃さんは、ゆっくりと、重そうに瞼を開き、俺に気づく。
「陽乃さん!!俺、勝ちました!!勝ちましたよ!!帰れるんです!!還れるです!!戻れるんですよ!!――――生きて、いけるんですよッ、陽乃さん!!」
俺の体が、徐々に消えていく。
俺は、そんなことには構わず、陽乃さんにはしゃいだ子供のように呼びかける。
陽乃さんは、母親のような慈愛の篭った目で俺を見つめる。
ついに、転送が俺の上半身にまで及ぶ。
「……陽乃さんも、じきにあの部屋に転送されます。その時には、怪我も治っているはずですから」
俺は、陽乃さんを安心させるように、強く言う。
陽乃さんは、穏やかな表情で――
「……八幡。……雪乃ちゃんのこと、お願いね」
「――――――え」
俺は、その言葉の意味が、よく分からなかった。
「は、はr
そして、俺は、その言葉の真意を問いかける前に、完全に転送された。
次回、千手編最終回。