比企谷八幡と黒い球体の部屋   作:副会長

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八幡の初ソロミッションも佳境です。


その時、比企谷八幡は殺せなかった。

 

 

 

「――がっ、はぁッ!!」

 

 俺は背中から落下し、とんでもない衝撃が俺の体を貫いた――――が、それでも俺は生きていた。

 

 しばらく呼吸が出来なくて、涙が出るほどむせたけれど、俺はまだ死んでなかった。

 

 ……どういうことだ?

 

「!?」

 

 俺は頭上を見上げる。

 この殺気。

 まだアイツは去っていない。

 

 ……とにかく、今はやり過ごさないとな。

 俺は透明化を発動しながら、その場を後にした。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 俺は今、どこかの民家の塀の陰に隠れている。

 一般人に俺の姿は見えないが、アイツに見つかって戦闘になったら巻き込むかもなので、電気のついていない民家を選んだが……そんなことより。

 

「…………っ……ぁぁ」

 

 痛ぇ。バッキリと圧し折れた左腕が痛ぇ。どんどん痛みが増してきている。アドレナリンが切れてきたのか。

 

 アドレナリン。

 多分そうなんだろう、カラクリは。

 

 スーツの力は、今もまだ継続している。少なくとも腕以外の防御力と身体強化は。

 

 だが、腕自体に対する効果はとっくに切れていた。あのスーツを引き千切られた時に。

 

 それでもアドレナリンのおかげか、あの時までXガンとかの重さの違いを感じられなかったんだ。しかし、腕力自体は元に戻っていたから、さすがにガンツソードはいつも通り振り回せず、ボロが出た。

 

 くそっ。ぬかった。

 顔とか、いつも剥き出しな部分にも防御力が働いていたから、てっきり大丈夫なもんかと。面倒くさい設計にしてんじゃねぇよ、ガンツ。

 

 …………さらに、もう一つ。絶望的なお知らせだ。

 さっき地面に落ちた時にどうやらXガンを落としたらしい。Xショットガンもアイツに奪われ、もうこちらにはYガンしか残っていない。

 

 ……どうする。どんどん冷静になるにつれて、状況が悪化していく。

 左腕の痛みは増す一方だし、こんな状態じゃ満足に動けない。

 

 けど、諦めるわけにはいかない。

 葉山の奴は、左腕を失くしても、それでも千手に立ち向かった。折れたくらいなんだ。まだ繋がってる分マシじゃねぇか。

 

 アイツを殺して、あの部屋に戻れば、元通り。それまでの辛抱だ。

 

 マップを確認する。……アイツは、そう遠くない位置にいる。やはりまだ俺を倒したとは思ってないか。だが、こちらの正確な位置も掴んではいないようだ。ただ、単純に見失ったのか。それとも透明化が有効なのか。

 

 ……まずは、添え木になるものを。治療という意味では気休めにもならないだろうが、プラプラしている状態のままだと、すごく邪魔だ。かといって、斬り落とす勇気なんて俺にはない。その痛みでショック死なんて笑い話にもならないしな。

 

 残り時間は、後10分。

 

 余裕はない。

 俺の今のこの状況で、真正面から立ち向かって勝てるとは思えない。

 

 チャンスは、不意討ち一回分。

 

 ……この一回に、全てを懸けて――――絶対に、勝つ。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 すとっ、と軽やかに着地し、チビ星人のボスは、チカチカと不安定に瞬く街灯のみが夜道を照らす路地裏に降り立った。

 

 ここに来たのは、彼の完全な勘だ。だが、不思議とまだあの人間がどこか遠くに逃げてしまったとは思えなかった。

 

 八幡が、彼の殺気を感じていたように。

 

 彼もまた、八幡の殺気を感じていたから。

 

 アイツは、あんな状態に追い込まれていても、必ず自分を殺しにくる。そう確信していた。

 

 だから彼は、前後左右、全方向に警戒を怠らなかった。

 

 故に、捉えた。どこか遠くから響くキュインキュインという駆動音を。

 

 しかし、その音が聞こえる方向には、何もない。ただ、暗い闇が広がっているだけ。

 

 音だけが聞こえた。かすかな駆動音のみが夜道に響く。街灯の光は何の姿も露わにしない。

 

 だがそれは、まるで弾丸のごとく急速に接近し――

 

「!!」

 

 ドガンッッ!! と、まるで大砲のような衝撃と共に、チビ星人の小さな体躯に直撃した。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 俺の渾身の体当たりは、ボスにこれ以上なくクリーンヒットした。

 

 このかくれんぼは、マップというチートがある俺が完全に有利だった。

 つまり、先攻権は俺にあった。

 

 そこで、俺はどうするか?

 一番に思いついたのは、透明化で姿を消しての遠距離射撃。

 

 だが、アイツは始めの俺の遠距離射撃に事前に気づいた。

 ただの偶然だったのかもしれない。それでも、一度失敗している方法をとるのは、どうしても躊躇われた。

 

 次いで、アイツのいる場所が暗い路地裏というのも厄介だった。

 ガンツの銃は発光して目立つ。アイツの反射神経は並みじゃない。躱されたら終わりだ。

 

 そこで俺が選んだのが、スーツの力を存分に発揮しての、全身全霊の体当たり。

 

 アイツは俺が大怪我を負っていることも知っていて、その上俺たちの言語を扱うほどに知能が高い。

 

 そして、なまじ知能が高い故に、固定観念に囚われる。

 

 左腕がポッキリと折れている人間が、まさか肉弾戦など仕掛けてこないだろう、と。

 

《ああ。認めよう。完全に裏をかかれた。まさかこんな手でくるとは思いもよらなかった》

 

 はっ。そうかい。そりゃあよかったよ。

 

《だが、裏をかくことに躍起になり過ぎたな。本質を見誤っては元も子もない》

 

 ……そうだな。この化け物め。

 

 

《いくら裏をかこうが、渾身の一撃を叩き込もうが、今のお前に、肉弾戦で俺を倒すことなど出来ない》

 

 

 ……まさか、吹き飛ばすことも出来ないとはな。

 

 チビ星人は、俺の体当たりを受け切った。数m引きずったが、それでもコイツはビクともしなかった。

 

《終わりだ》

 

 ボスは冷たくそう俺にテレパシーを送ると、俺の圧し折れている左腕に向かって、全力の膝蹴りを食らわせた。

 

 視界が真っ白になる程の激痛が、体中を駆け巡る。

 

「~~~~~~~~~ぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 俺は民家に叩きつけられる。おいおい二次被害はガンツはカバーしてくれねぇんだぞ。この家の方に申し訳ないと思わねぇのか。

 

《楽には殺さない。同胞の分も、苦しんで死ね》

 

 アイツが近づいてくる。

 俺を殺そうと、壊そうと、近寄ってくる。

 

 

 だが、もう遅い。

 

 

 俺は、ニヤリと口元を歪ます。

 

「……ロックオンは、完了した」

 

 俺は、右手に持ったYガンを必死に突き出し、発射する。

 顔を前にすら向けられず、出鱈目にどうにかこうにか放っただけという攻撃だ。

 

 闇夜を切り裂く光のネットが滑空する。

 その決して高速ではない弾丸を、ボスは当然のように容易く躱した。

 

 だが、無駄だ。

 

 先程も言った通り、ロックオンは完了した。

 

「!!」

 

 ネットはターゲットに向かってその軌道を変え、追跡する。

 ボスは必死に躱し、天高くジャンプするが、それでも光のネットは、どこまでもターゲットを追い詰めた。

 

 さっきの膝蹴りは効いたぜ。だが、どれだけ警戒心が強く、反射神経に優れたお前でも、あの至近距離で、そして攻撃を放つ瞬間は、逆に無防備だ。

 

 情け容赦ないお前が、骨折した左腕という分かりやす過ぎる弱点を狙うのは分かっていた。

 

 だから俺は、右腕にYガンを隠し持ち、あの瞬間、お前をロックオンすることが出来たんだ。

 

 そして光のネットは、ついにボスを捕える。

 

 地面に固定すべく一直線に落下し、捕獲ネットの先端が、舗装された地面を貫き、完全に固定した。

 

 俺はゆっくりと立ち上がる。

 

 目の前には、光の縄に蝕まれ、憤怒の表情で俺を睨み据えるボス。

 

 その瞳からは、燃え盛るような冷たい殺意が放たれていた。

 

 それを真正面から受け止ながら、俺はボスを見下ろすように至近距離に近づいて、告げる。

 

「俺の勝ちだ」

《ふざけるな。こんなので勝ったつもりか》

 

 ボスは、そう吠えながら身じろぎするが、ネットはビクともしない。

 

 それでも、ボスは俺に呪詛を振り撒き続ける。

 

 

《ふざけるな!!絶対に殺す!!殺してやる!!お前も!!お前の同胞たちも!!一人残らず!!破壊してやる!!!》

 

 

 その言葉のナイフは、おそらくは粉砕骨折で粉々であろう左腕よりも、はるかに鋭い痛みを俺の心中に刻んだ。

 

 ……そうだ。

 俺は、それだけのことを、コイツにした。

 

 それだけは、忘れてはならない。

 

 この傷は、この痛みは、俺が生涯背負っていくべき所業(つみ)だ。

 

「……そうか。なら、それを遺言に死んでいけ」

 

 ああ。俺の目は今、いつも以上に腐ってんだろうな。

 

 そう思いながら、俺はコイツを送ろうと、右腕のYガンを突きつけ――

 

 

 

――――右腕が、なかった。

 

 

 

「――――な」

 

 意味が、分からない。

 

 俺の目の前には、確かにもう身動きは取れないけれど、それでも生きて、健在のボスの姿。

 

 だが、俺の右腕は消え――――転送されている。

 

 いつもの、ミッションの終わりのように。

 

 俺の頭の中に、一つの仮説が浮かぶ。

 

 だが、俺はそれを必死で振り払う。馬鹿な。そんなはずはない。それは。違う。あってはならない。

 

 目の前のボスは、俺の突然の奇行に呆気にとられているが、やがて表情を憤激に歪めて、消えゆく俺の脳内にテレパシーを刻む。

 

 

《逃がさない》

 

 

 俺の体の消失は、右腕から肩、首、そして顔へと及ぶ。

 

 そんな中、完全に消えゆくその瞬間まで、ボスの呪詛は続いた。

 

 

《必ず殺す》

 

《どこに逃げようと》

 

《どこに消えようと》

 

《必ず見つけ出し》

 

《そして破壊する》

 

《お前も》

 

《お前の同胞も》

 

《必ず殺す》

 

《一人残らず》

 

 

《お前が俺の同胞に》

 

《そうしたように》

 

《今度は俺が》

 

 

 

《お前に、復讐する》

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 気が付いたら、そこはいつもの部屋だった。

 

 送り出された時と同じように、俺と、黒い球体。

 

 一人と一個だけの、あの2LDK。

 

 ガンツの表面には、すでに【それぢは ちいてんを はじぬる】の文字。

 

 そして、続いて表示されたのは――

 

 

『まけ犬』-50点

 

 Total 0点

 またはぢめからやって下ちい

 

 

 ……まけ犬。

 つまり、やっぱり。

 俺が、あんな場面でガンツに転送されたのは。

 

 ミッションをクリアしたからじゃなくて、その逆。

 

 今まで、ずっと恐れていて、想像するのすら怖かった。

 

 ……タイムアップ。

 

 制限時間の一時間を、俺はオーバーしちまったのか。

 

 だからこその、強制終了。強制退却。

 

 ……そして、そのペナルティは、ポイント全損。0点。一からのやり直し。

 命とかとはまた別の、強制コンティニュー、か。

 

 ……ははっ。まぁ、下手すりゃその場で頭が吹き飛ばされるかもとか考えてたんだ。それに比べれば随分と優しいペナルティだ。

 

 ……だがな。だけど、だ。

 

「……あと5秒くらい、待てなかったのかよ、ガンツ……ッ」

 

 もう詰んでただろ。どう見ても俺の勝ちだったろ。

 あとトリガー1つ。1秒もかからない動作で、俺の勝ちは決まってた。

 

 なのに……どうして……っ。

 

「………………いや、違うな」

 

 あの時の呪詛。死の間際の、あのボスの遺言。

 

 あれで、ビビったんだ。もう一度改めて、俺の罪の重さを突きつけられて、躊躇した。

 

 受け入れると、受け止めると、誓ったはずなのに。

 

 あの一瞬で、俺は負けたんだ。

 

 ……本当に、口ばっか。言葉ばっかだ、俺は。

 

「……ごめん。陽乃さん。……ゴメン」

 

 俺は、弱い。

 

 だからこそ、俺は、また遠ざかった。

 

 陽乃さんを生き返らせる。

 

 陽乃さんを取り戻す。

 

 その日から、その時から。

 

 俺は、また、大きく遠のいた。

 

 

 0点。

 

 

 この、黒い球体に囚われた、あの日から。

 

 

 死ぬような思いで積み重ねた、色々なものを失って手に入れた。

 

 汗と涙なんてものじゃない。血と命の結晶だった、俺の50点は。

 

 あの一瞬の躊躇で、あの一瞬の敗北で、幻のように消え去った。

 

 がっくりと、膝をつく。

 

 気が付くと、俺はスーツのまま転送されていた。

 

 そんなことすらどうでもいいと思えるほど、俺は目の前の現実に打ちのめされていた。

 

 俺は誓った。

 

 陽乃さんを、葉山を、相模を、達海を、折本を、そして中坊を。

 

 必ずこの手で、生き返らせると。

 

 だが、それは一人も蘇らせることも叶わずに、強制的に振り出しに戻された。

 

 

 俺に、本当にみんなを生き返らせることが――そんなことが、本当に出来るのか?

 

 

 その言葉が、グルグルと、俺の胸中に渦巻き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日、目覚めた時刻は、完全に遅刻だった。

 




 次回、舞台はついに……

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