比企谷八幡と黒い球体の部屋   作:副会長

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何やってんだ、葉山?

 

 

 時間は少し遡り、八幡がスーツに着替えているときのこと。

 

 

 

「……ん? ……なんだ、あれは?」

「え? なに? どこ?」

 

 空から何かが落下してくる。

 

 もう既に時刻は夜――空は暗く、闇が濃くて、何が落ちてきているのかは直前まで気づかなかった。

 

 そして、気づいた時には、それは地面に落下していた。

 

――ゴキャッ。

 

 およそ平和な日常において、決して耳にする機会のない音――――首の骨がへし折れる音だった。

 

「きゃぁ!」

「うわっ!!」

 

 善人葉山をもってしても、その身を気遣うことより、己の生理的嫌悪感が凌駕してしまう残酷な光景。

 

 しかし、そこは葉山隼人。

 なんとかその嫌悪感を押し戻し、その少年――というには、余りに奇妙な、その子供に駆け寄る。

 

「おい! 大丈夫か!」

 

 少年は口からなにやら見たことのない色の体液――おそらく唾液や血液だろう――を大量に吐きながらも懸命に立ち上がろうとする。――――首の骨は折れているが。

 

「お、おい! 動くな!」

「ネギ……あげます……ネギ……あげます……」

 

 しかし、葉山の声は届かない。

 恐怖で震えながら搾り出しているというのが丸わかりで心が篭っていないというのもあるが――いや、そんなことまるで関係ないのかもしれないが――この少年、否、このねぎ星人は今それどころじゃない。

 

 まさに、生命の危機なのだ。

 

「はは! おいおい生きてるぞ!」

「すげぇ! すっげぇ! 超イリュージョンじゃん!」

「追え追え!! ひゃははは!」

 

 葉山と相模が立っていたのはT字路の交差点。

 その葉山達から見て左側の道から、数人の男達がやってきた。

 

 それは、自分達と一緒にあの部屋にいて、あっという間に中坊の口車に乗り、意気揚々とネギ星人狩りに出ていた四人の大人達。

 

 彼等の顔は、彼等の瞳は、皆一様に輝いていた。

 野山を駆け回る小学生のように、心から楽しそうだった。

 

 賞金一千万の為なのか。それとも、自分より弱いものを追いつめることが快感なのか。

 呆然と立ち尽くす葉山達のことなど、視界にすら入っていないようだった。

 

 ねぎ星人は道をまっすぐ逃げる。首が折れて不安定な頭を両手で抑えながら、必死に。

 大人達はT字路をスピードを落とすことなく左に曲がり、ねぎ星人を追う。葉山と相模に目もくれずに。

 

 相模南は恐怖していた。

 ねぎ星人にではない。謎の宇宙人よりも、自分と同じ人間の大人達が怖かった。

 あんなに無邪気に、何の罪悪感も持たずに、命を嬉々として奪おうとする人間達に恐怖していた。

 

 同じ人間だからこそ、ついさっきまで同じ部屋にいた人達だからこそ、心の底から怖かった。

 

 葉山隼人は拳を握り締めていた。

 彼もまた気付いていた。彼等は、あの大人達は、異常だと。

 相模と同じく、葉山もまた、正体不明のねぎ星人の子供より、彼等の方がよっぽど危険に見えた。そもそもテレビの企画だとしたら、あのねぎ星人は子役かなにかじゃないのか。それがあんな見たこともない色の体液を撒き散らし、首が折れても走り続けるのか。

 

 訳が分からない。ただ一つ確かなのは――

 

――このままだと、間違いなくあのねぎ星人は彼等に殺される。

 

(……どうすればいい……俺は、一体どうするべきなんだ)

 

 あのねぎ星人は只者じゃない。どう考えても普通じゃない。

 助けるべきなのか。

 どうやって?

 彼等を説得するのか? 彼等を糾弾するのか?

 そもそも助けてどうなる? そもそもアレは一体何だ?

 ならば見捨てるのか? 殺されるぞ? 見殺しにするのか? そんなこと許されるのか?

 

(こんなとき――アイツならどうする?)

 

 思い浮かべるは不気味に丸まった背中。寂しげな背中、けれど、とても、遠い背中。

 

(…………俺はもう、後悔したくない。……間違えたくない)

 

 葉山は一度、拳を解いて――より一層、強く拳を握り直す。

 

「……相模さん。比企谷の所へ行って、二人で先に逃げるんだ」

「……え? ちょ、ちょっと待って。葉山くん何するつもり!?」

 

 相模が狼狽しながら手を伸ばそうとするが、葉山はそんな相模を一瞥もすることなく走り出す。

 

「――彼らを追う!!」

 

 正しいかどうか分からない。軽率かもしれない。間違っているかもしれない。

 

(だけど……俺だって、何かを守りたいんだ。……他の誰でもない、自分の、この手で!)

 

 葉山隼人は、震える膝を懸命に動かしながら――誰かを追うように、走り出した。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 だが、そう簡単にうまくはいかない。

 

 どんなに立派な決心も、全て成果が出るとは限らない。

 

 世界は葉山のように、正しくない。

 

 だから、葉山の思う通りにはならない。

 

 

 

 葉山が連中に追いついた時には、連中はねぎ星人を囲み、銃を乱射していた。

 

 

 

「…………っ! ヤメロォォォォオオオオ!!!」

 

 

 ギュイーン。

 ギュイーン。

 ギュイーン。

 ギュイーン。

 

 

 ………何も、起こらない。

 

 

「なんやこれ、オモチャか?」

「時間差あるんすよ。ちょっと経ってから爆発するんす。まぁ、これ壁吹き飛ばしてましたんで、コイツ確実に死」

 

 バンッ!

 

 ねぎ星人の右腕が吹き飛んだ。

 

「ぎぃ~~~~!!!!」

 

 ねぎ星人の少年が奇声をあげ、苦しみ、のたうちまわる。

 

 しかし、これだけでは終わらない。

 

 バンッ バンッ バンッ

 

 続いて、左腕、両足が吹き飛び、最後に胴体に衝撃が走り民家のコンクリート塀に叩きつけられた。

 

 ダルマ状態のネギ星人。

 しかし、まだ死んではいない。

 ろくに身動きもとれず、荒い呼吸音を漏らしながらも、それでも逃げようと――生き延びようと、必死にもがいている。

 こんな状態で、生きている。間違いなく人間では――少なくとも地球人ではない。

 

 だが、このままでは死ぬ。間違いなく死ぬ。地球人じゃなくても――宇宙人でも死ぬ。

 

 そんな状態まで追い込んだのは、葉山と同じ地球人だ。

 

「やめろぉぉぉぉおおおおおおおお!!!」

 

 葉山はもう一度、叫ぶ。手遅れでも叫ぶ。

 信じられなかった。目の前の光景が、信じられなかった。

 

 葉山の目には、死にかけてる宇宙人が、ただの子供のように思えた。

 それを囲み、銃を乱射する大人達が、同じ人間なのか疑わしかった。

 

「何やってるんだ……お前ら……信じられない……こんなの……こんなのって……」

 

 葉山は呆然とした足取りで、集団に近づく。

 

 寒気が止まらない。本音を言うと、今すぐにでも大声をあげてこの場から立ち去りたかった。

 

 だが、この光景を否定する要素を、現実じゃないことを証明できるかもしれない要素を求めて、一歩ずつその悪夢へと近付く。

 

 ねぎ星人は手足のないその体で必死にもがく。

 そうだ。彼はまだ生きている。もしかしたら、まだ助かるかもしれない。

 葉山は近づく。

 

 

 そんなに甘くなかった。

 

 

 ヤクザの一人が、ネギ星人の頭に銃口を向ける。

 

 ギュイーン

 

 放った。

 

 呆然とする葉山に、そのヤクザは悪びれもせず、言う。

 

「文句あるか」

 

 葉山は立ち尽くす。言葉を失くす。

 ねぎ星人はあがく。もがく。生きようと。必死に生き延びようと。

 

 それでも、もう何も変わらない。彼の運命は決まってしまった。

 

 ねぎ星人は最後に、葉山を見つめた。必死に懇願するように。

 

「ポピキュチュチヨニ……」

 

 それは、彼の母星の言語だったのだろうか。

 

 

 その真偽を確かめる間もなく、ねぎ星人の少年は破裂した。

 

 

 その破片は、近くにいた葉山にも飛散する。

 

「うわっ!」

 

 葉山はそれを目をつぶって身を仰け反らしながら受けた。汚いものでも浴びるかのように。

 そんな自分を嫌悪した。

 

 

 

 何も出来なかった。“また”、見ているだけしかできなかった。

 

 

 

「……そうだ。人間じゃなかった!このガンのレントゲンに写ってた骨、人間じゃなかった!!そうだよ!コイツ人間じゃない!!」

「ンなもん、もうどっちでもええやろ」

「釣りと同じだ……そうだ……」

「あ~あ。ノリで変なもん殺しちまったなぁ~」

 

 四人がそれぞれ好き勝手なことを言う。

 葉山の脳はそれをまっすぐに受け止めることが出来なくなっていた。

 

「なぁ……これ本当にテレビなのかよ……」

 

 葉山は思ってもいないことを言う。

 だが、今はもうそうあってくれとさえ思っていた。ここで、テレビ局の人間がドッキリ大成功の立札を持って現れても笑って許すだろう。戸部あたりに明日話せる笑い話になるかもしれない。

 このどうしようもない罪悪感と無力感が、少しは薄れるかもしれない。

 

「なんだコイツ……泣いてやがる……変なの」

 

 チャラ男が言う通り、葉山は泣いていた。

 ねぎ星人の体液でドロドロなっているので少し分かりづらいが、確かに涙を流していた。

 死んでしまったねぎ星人に対しての同情か、それとも自身を襲うどうしようもない後悔故か。

 

「なぁ……テレビっていうなら、触って確かめてみてくれないか」

 

 これはあまり葉山らしくない物言いだ。死体を凌辱するととらえかねない。

 だが、今の葉山隼人はどうしようもなく怒っていた。自身がこれほど苦しんでいるのに、テレビの企画という免罪符――現実逃避で、一種の達成感すら得ているコイツラに、せめて罪悪感を持たせたかった。

 

「……いいけど……」

 

 眼鏡がネギ星人の死体に手を伸ばす。

 持ち上げたのは、作り物というにはあまりにリアル――グロテスクな内臓だった。手触り、質感、そして圧倒的な血の匂い。

 

「ゔっぉおぇぇぇええ!!」

 

 眼鏡は嘔吐する。その物凄い生理的嫌悪感に。

 

「うゔ……うおぇええ!」

 

 葉山も限界だった。襲い続ける嘔吐感に耐えられない。

 その溢れ出す吐瀉物を必死で手で抑えながら、再び涙を流す。

 

「ちくしょう……助けられなかった……死んだ……俺の目の前で…くそっ…かわいそうに…」

 

 葉山はポロポロと涙を流しながら懺悔する。目の前の助けを求めた命を見殺しにしてしまったことに。

 

 

「ふざけんな。偽善者が」

 

 

 チャラ男はそんな葉山を見て、吐き捨てる。

 

「俺は見た。この銃のレントゲンでな……こ、こいつは人間じゃなかった」

 

 俺は悪くない。そう言いたげ――そう必死に思い込もうとしているようだった。

 

「ンなことどうでもいい言うとるやろ」

「なんだ。まだ終わんないのか」

 

 逆にこの2人は罪悪感など、微塵も感じていない。

 この子が宇宙人だろうと、人間の子供だろうとどうでもいいとでも言いたげだ。

 

「あ」

 

 その時、チャラ男が気づいた。

 

 

 少し離れた民家、そのテラスから子供がこちらを見ている。

 

 

「ヤバい、見られた!」

 

 この状況は決してただ事ではない。この距離、この暗さだと、凄惨な殺人現場としか見えないだろう。

 

「おい!警察を呼んでくれ!!」

 

 葉山はその子に叫ぶ。そんな葉山をヤクザの一人が睨みつける。

 

「てめぇ……何言ってんだ……」

 

 しかし、葉山は見向きもしない。

 例え、自身も警察で取り調べを受けることになろうとも、コイツラは何らかの裁きを受けるべきだと思っていた。

 

 だが――

 

 

「ママ~。斉藤さんの家、壁が壊れてる~」

 

 

 

 

「…………はぁ?」

 

 

 

 葉山もチャラ男と同じ気持ちだった。

 

 いや、確かに壁も壊れている。ここにねぎ星人を追いつめるまでに、誰かが銃を乱射したのだろう。そりゃあ、木端微塵に砕けてはいる。

 

 

 だが、違うだろう。

 

 

 そんな些事よりも、もっと目を引く、もっと目を背けられない、惨事があるだろう。目に入るだろう。入れざるを得ないだろう。

 

「あら、ほんと。大変ねぇ」

 

 お母さんらしき人が出てきた。子供ならまだしも、大人なら。

 

「あのーー!!すいませーーん!!!」

 

 葉山は大声で呼びかける。大きく手を振り、注意を引く。

 

「留守なのかしら。何かあったのかしら……」

 

 しかし、お母さんはそのまま子供を連れて家の中に入る。

 

 残された彼らの中には、なんともいえない重苦しい空気が漂っていた。

 

「はは……ははは……」

「何がおかしいんや……」

「いやさ……まるで…俺たちのこと…見えてない…みたいな……」

 

 チャラ男が自棄になったかのように言う。これまでヤクザには下手くそな敬語でへつらっていたにも関わらず、それすらも判別できないようだった。

 

「やっぱさ……俺たち、あの時」

 

 

 

「死んでたんじゃねぇの」

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 その時、彼らの背後に一人の男が現れた。

 いや、男というよりは、大人――ねぎ星人の大人バージョン。父親だった。

 

 

 彼は、その右手に持っていたスーパーの袋――その名の通り、ねぎが大量に入った袋――を落とし、彼らをかき分け、自分の息子の亡骸を抱え上げる。

 

「フ・オ・オ・オ!!!!!」

 

 ネギ星人父は、文字通りの血の涙を流す。

 その圧倒的な迫力――殺気は息子の比ではない。

 

 先程まで優越感すら感じながらねぎ星人子を虐殺していた彼らも、恐怖でガタガタと無様に震えあがっていた。

 

 しかし、そんな中、彼だけは動じない。今まで、このような修羅場をいくつも(くぐ)ってきたのだろうか。

 

 ヤクザの一人が、怒りの形相のネギ星人父の胸倉を掴み上げ――彼も地球人と同じような服装を身に付けていた――吠える。

 

「てんめぇ、何ガンくれてんだぁ、コルァ!!!」

 

 それに対し、ねぎ星人父も吠える。

 

「ウォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオ!!!!!」

 

 それは、どちらかと言うと、威嚇に近かった。

 獰猛な獣の雄叫び。

 

 眼鏡も、チャラ男も、葉山も心の底から恐怖した。

 明確に死を想起させた。

 

 だが、ヤクザは動じない。

 先手必勝とばかりに、ねぎ星人父の顎めがけてヘッドバッドする。

 

 2mはある巨漢のねぎ星人父に向かって放たれた勇猛な一撃は、彼自身の額を割ることしか出来なかった。

 

「コイツっ……コンクリかっ……」

 

 ヤクザ1がふらつく。

 

 その時、ヤクザ2が銃を取り出し、ねぎ星人父に向かって構えた。

 

「いまや!撃てぇ!」

 

 その声に反応し、眼鏡、チャラ男、そしてヤクザ1が銃を構える。

 ……葉山だけは、銃を取り出したものの、この期に及んで、銃口を向けることが出来なかったが。

 

 しかし、その行為も徒労に終わる。

 

 ヤクザ1の頭を、ねぎ星人父が片手で握りつぶさんとばかりに持ち上げたのだ。

 

 軽く180cm以上あり、体格からしてこちらも十分巨漢と呼ばれるにふさわしいヤクザ1。

 そんな男を軽々と持ち上げるねぎ星人父。その持ち上げる左手は、刃のように五指の爪が伸びていた。

 

「待て……撃つな……お前ら撃つな……」

 

 ヤクザ1は周りに言う。

 刺激したら、間違いなく殺される。

 

「悪かった……俺が悪かった!!」

 

 ヤクザ1は謝罪する。命乞いといった方が正確か。

 ここにきて、ようやく悟った。思い知った。

 

 コイツは、自分より強い。自分は、コイツより弱い。

 

 自分は狩られる側で、コイツは狩る側。

 

 自分は、コイツに殺される。

 

「バベギョニチュニダモ!!ヴォ!ゾンダゴゲーニバ!!」

「うあああああ!!!ぐあああああ!!!」

 

 ヤクザ1の顔面から、血が流れ出す。

 脳が圧迫され何らかの機能異常をきたしているのか、それとも純粋に死への恐怖故か、小便も垂れ流してした。

 

 そんな光景を見せつけられ、チャラ男の精神は限界だった。

 自分よりも強いヤクザ1が、手も足も出ずに殺されようとしている。

 

 次は自分の番かもしれない。

 なら。それなら。

 

 今の内に、()るしかない。

 

 チャラ男は手に持つ長銃を振り上げる。

 

「死っねっ!」

 

 ギュイーン

 

 

 その攻撃は、ねぎ星人父が盾にしたヤクザ1に命中した。

 

 

「な……」

「あ……あ……」

「撃ちやがったな、てめぇ……」

「あ……やべ……」

「よくも!よくも撃ちやがったなてめぇ!!」

「す、すいません!すいません!!」

 

 いまさら、言葉による謝罪など、何の意味があるのか。

 

 こうしている今にも、ガンのタイムラグは終わりを告げる。

 

「俺には効かねぇ!俺は、生き残る!!」

 

 根拠のない宣言も空しく。

 

「うぉぉおおおおああああああ!!!!」

 

 ヤクザ1の胴体は破裂し、真っ二つになった。

 

 内臓、肉片、体液。

 そういったヤクザ1の人体を形作っていた――あまりにも生々しい物体が撒き散らされる。

 

 ねぎ星人父は、もはや上半身のみとなったヤクザ1の醜態を見ても一向に怒りを治める気配を見せず、血の涙を流しながら、その人外の強靭な握力を駆使し、ヤクザ1の頭蓋を握り潰した。

 

 グギャッ!

 

 脳が情報として認識するのを本能的に拒否するような残酷な破砕音と共に、下半身に続いて上半身も地面にポトリと落ちる。

 

 もはやねぎ星人父の手の中には、潰れた脳と脊髄の一部しか残っていなかった。

 

 人間として――いや、生物としても、これ以上――いや、これ以下とない無残で醜悪な末期(まつご)

 

「……わぁ……わぁー!!ワァーーー!!!!!ああああぁぁぁぁーー!!!!」

 

 チャラ男が絶叫する。いや、錯乱――狂乱か。

 長銃を問答無用で乱射する。

 

 ヤクザ2もなりふり構っていられず攻撃する。

 下手に刺激するな、なんて悠長に構えていれば安全なラインなど、とっくの昔に越えていた。

 

 眼鏡さんは「アハハハハハハ。知ってるよ。すぐスタッフが出てくるんだろう。放送いつかな?生徒たちに自慢しなきゃ。はははははははははは」と壊れた笑いを発しながら、銃を連射している。

 

 葉山は――何もできない。していない。ただ棒立ちし、銃すら構えず。

 

「あ……あ……」

 

 ガタガタと無様に震え、涙を垂れ流しながら――

 

「グァアアアァァァァァァァ!!!!」

「い、いやだっ!やめろっ!!いやだあああああぁぁぁぁ!!!」

「ハハハハハハハハ!!!イタイ!!すごいリアル!!ははははははははは!!」

 

――彼らが壊され、千切られ、殺されるのを見ていた。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 気がつくと、そこは血の海だった。

 

 葉山の体感的には、ほんの数秒。

 

 自分以外は(みな)殺された。虐殺された。惨殺された。

 

 ねぎ星人父の目が、自分に向く。

 

 もはや危機感すら感じない。完全に現実感が麻痺している。

 

 ねぎ星人父は、先程の大量殺人で威力が十分に証明されたその鋭い爪で葉山に襲いかかる。

 

 

 バンッバンッバンッバンッバンッ

 

 

 五発の銃声。それで葉山の意識は再び現実に帰還する。

 

「――はっ!」

 

 五発の銃弾は全弾ねぎ星人父に命中した。

 

 ねぎ星人父が倒れこむ。

 

 撃ったのはヤクザ2。その職業柄持ち歩いていた使い慣れたリボルバー銃で、イタチの最後っ屁を喰らわした。

 ニヤリと笑い、再び血の海の中に倒れ込む。そして、二度と呼吸をすることはなかった。

 

 

 そして、地獄の光景の中に佇むのは、葉山隼人ただ一人。

 

 

 攻撃も、防御も、逃走も、援護も。

 

 何一つ行わなかった。

 涙を流し、体を震わせ、小動物のように目の前の惨劇にただただ怯えていた臆病者のみが、こうして生命活動を続けていた。

 

「……いやだ……もう……いやだ……」

 

 葉山の心にあるのは、ただ一つ。

 

 圧倒的理不尽な現状への不満。

 

 生き残った喜びも、助けてもらった感謝も、何もしなかった罪悪感も、何もできなかった無力感も。

 

 今このときは、微塵も感じていなかった。

 

 あるのは、どうして自分がこんな目にという不満。

 

 

 

 そんな葉山の目の前に、ねぎ星人父が立ち上がった。

 

 

 

「……あ……あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

 

 恐怖がぶり返す。

 

 理不尽は、まだ終わらない。

 

 

「……すまなかった……ほんとうに……あなたの気持ちはわかる……だけど」

 

 一歩ずつ、ゆっくりと近付いてくるねぎ星人父に、葉山は諭すように問いかける。

 

 言葉が通じる相手ではないことは、十分知らしめられているはずなのに。

 

「ズゴヌアバッ!グァヌネリッ!!アゴァオァケリッ!!!」

 

 しかし、そんな薄っぺらい同情で、彼の怒りは収まらない。

 

 子供を殺された――――血の涙を流すほどの激情は、葉山の命乞いが多分に含まれた謝罪などで減るようなものではない。

 

「俺は……殺し合ったりとか……傷つけ合ったりとか……嫌なんだ……そういうのは……」

 

 

 それは、葉山がこれまで繰り返し主張してきたことだ。

 

 争いは嫌だ。犯人捜しはしたくない。話せば分かる。現状維持が一番だ。

 

 葉山はそうやって、自分の周りの世界を守ってきた。波風を立てず、平和に、穏便に。

 

 それに伴う痛みは、自分と真逆の“彼”に全て背負わせて。

 

 それを見て、上から目線で同情してきた。かわいそうだと、哀れんだ。

 

 

「アグッァァッァ!!グゴキャラデシ!!!」

 

 ねぎ星人父の怒りはまったく収まらない。むしろ、悪化すらしている。

 

 葉山隼人では、この状況は変えられない。何もできない。

 

「くそッ!!なんでこんな目に!!俺が……どうして俺が!!死にたくない!!ちくしょう!!死にたくない!!」

 

 葉山は銃を構える。

 

 自分の命が危ない。このままじゃ殺される。だから――

 

 

――“しょうがない”。“これは正当防衛だ”。

 

 

 葉山は瞬時に自身を守る言い訳を構築し、容易く前言を撤回し、“敵を殺す”べく短銃を発砲しようとし、引き金を引いた。

 

 

 しかし、発射されない。

 

 

 葉山は知らなかったが、この銃はただ引き金を引くだけでは発射しない。

 

 ちょっとしたコツが――正確には上下のトリガーを両方とも引く必要があるのだ。

 

 だが、葉山はそんなことは知らない。

 

 “殺す”為に、“自分の身を守る”為に、“撃ち殺すつもり”で引き金を引いたのだ。

 

 自分がさんざんしたくないと言った、殺し合い――いや、自身が殺されるつもりなど毛頭なかったので、単純な殺しを決行しようとしたのだ。

 

 だが、世界はそこまで葉山に都合が良くなかった。

 

 銃は葉山の想定した効果を生まず、結果としてねぎ星人父の怒りを増長させるだけだった。

 

「……えっ?なんでだ!?おかしいだろ!!さっきまであんなに」

 

 葉山はパニックに陥る。

 

 死の危機を本能が全力でアラートするが、葉山は必死にそれを否定する材料を探す。

 

「はは……そっか、時間差だ!確かそんなことを言っていた……だから、大丈夫だ!そうに決まってる!!」

 

 しかし、それは儚い幻想。

 

 先程、他の連中が使用していた時は、発射と共に近未来的な発射音と、青白い光が発せられた。

 だが、自身の射撃は、手応えのないカチンという悲しい音しか鳴らなかった。

 

 だから、自身の攻撃は失敗に終わっていて、いくら待とうとも、ネギ星人父の体は吹き飛ばない。

 

 そのことを、学年2位の成績を誇る優秀な葉山隼人の頭脳は割り出している。

 儚い希望を、残酷に叩き潰している。

 

「くそぉ……ちくしょう……」

 

 葉山隼人は、抵抗を、止めた。

 

 顔を俯かせ、涙を流し、理不尽な現実に呪詛を呟くことしかできない。

 

 

 

 ねぎ星人父は、右腕を大きく振りかぶって。

 

 

 

 突然現れた黒い流星に吹き飛ばされた。

 

 

「え?」

「グォォォオアアァァァァァアア!!!!」

 

 ネギ星人父の巨大な体躯は、その流星と縺れ合うように吹き飛び、数メートル先の地面にお互い叩きつけられた。

 

 そして、その黒い流星とは。

 

 

「ひ……き……が…や?」

 

 

 彼はゆっくりと立ち上がると、街灯の光の元に現れ、その腐った目で葉山を見つめた。

 

 

 

「何やってんだ、葉山?」

 

 

 

 彼は、ただの状況確認として問いかけたのかもしれない。

 

 だが、その言葉は今の葉山には冷たく響いた。

 

 




やはり葉山隼人は救うことはできない。

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