時間は少し戻り、八幡が展示場内に足を踏み入れた頃。
俺は、比企谷八幡。十七歳。高三。ぼっち。童貞。ほっとけ。
そんな俺だが、まぁ今まで色々とおかしな体験をしてきたが――現在進行形でしている真っ最中だが――それでも言える、俺は普通の人間だ。自分で言うのもなんだが、性格やその他諸々に色々と問題はあると思う。が、それでも胸を張って言えるさ。俺は普通の人間だ。
物語の王子様のようなキラキライケメンでもなければ、世の中をひっくり返すような頭脳を持つわけでもない。どっかの大財閥の御曹司でもなければ、出生に運命的な巡り合わせがあるわけでもない。
どこにでもいて、ありふれた日々を過ごして、出来上がった人間だ。
確かに俺は色々とやらかして黒歴史を積み重ねてはきたけれど、別に俺は自分が特別なんて思わない。どこの学校にでも、どこのクラスにでも俺みたいなのは一人はいるもんだ。全国に一体いくつ学校があると思ってる? そんな数で毎年毎年俺みたいのが生まれるんだぜ? どこが特別だっていうんだ。……え? 俺みたいなのは中々いないって? ばっか言えよ、そんなわけねぇだろ。……え? いるよね?
と、とにかく俺は、漫画やアニメやラノベの主人公の様な特別な背景や設定を持たない、クラスメイトその①だ。……いや、①は無理だな。主人公とかにうぇ~いとか気軽に話しかけられないし、画面映んないし。そういうのは戸部だな。……クラスメイト①にすらなれないのかよ、俺。
……そんなクラスメイト①にすらなれない俺だが、そんな俺が今まさに、全国でもおそらくはほとんどの奴等がしたことのない経験をしている。長くなったな。さぁ、教えよう。俺は今――
――パンダ(♀)とデートしてます。
…………もう一度言おう。
パンダ(♀)とデートしてます。
いや、本当なんだって。なんか展示場の中に入ったらいたんだよ。ビビったよ。だって入口に恐竜博覧会のポスターが貼ってあって、ああそう言えば今の時期はそんなのをやってたな、なんてことを思いながら中に入ったら、いきなり目の前に恐竜じゃなくてパンダがいたんだから。思わず透明化解いちゃったよ。あれ? このドアがどこでもドアで上野の動物園に飛ばされたのかな? と思っちゃったじゃねぇか。……いや、あながち冗談じゃないから困る。あのガンツのレーザーって、ほぼどこでもドアみたいなもんだからな。
初めは混乱したが落ち着いてくると、あの時、廊下に出てきた黒髪少女が言っていたことを思い出した。
『……あの、ぱ、パンダが……』
あの時は何言ってんだコイツ? パニック拗らせちゃったのか? とか失礼なことを思っていたが、そうなるとコイツはあの部屋にいたのか?
……まさか、な。動物まで蒐集するなんてことはないと思うが、あのガンツならやりかねないとも思う。少なくとも上野から幕張まで脱走してきたって可能性よりは。
とりあえず、今回のミッションの星人を見つけるまで保留ということにした。別に襲ってくるわけでもなかったしな。野生のパンダってのは『熊猫』って書くくらい気性が荒く獰猛らしいが、この穏やかな様子だと俺が最初に思った通り、上野の動物園で飼われてるパンダなのかねぇ? ……いや、もしガンツに蒐集されたのなら、コイツ死んだのか。……うわぁ。
そんなことを考え、ちょっと切ない気分になりながらも、俺は展示場の中を進んだ。
展示場の中は、動物園というよりはどちらかというとサファリパークのようになっていた。恐竜が生きていた時代の自然をパノラマで再現し、そこに恐竜の原寸大の像を置いて展示する、という形なのだろう。中々面白そうだ。今度プライベートで改めて来ようかな? ……いや、やめておこう。ガンツミッションの二次被害は現実に反映されるから、明日から多分営業停止だ。……色んな人たちが泣くんだろうな。主に赤字的な意味で。なんかごめんなさい。俺悪くないけど。
……それに、さっきから嫌な予感がする。
確かに完成度の高い大自然だが――――肝心の恐竜の像が一体もない。
この建物の入口ホールのような所に全身骨格はあったが、これだけ見事なセットを作ったのだから、当然それっぽい等身大の像があるだろう。このセットに見合うサイズのものを作ったのなら、さすがに毎日倉庫に片付けるなんて手間がかかることはしないだろうし。もしそれで壊したりしたら大損害だ。
俺はそこで、あの千手のミッションを思い出す。
……おいおい嘘だろう。そんなわけないよな? さすがにそれはないよな? ……でもそういうのを裏切ってくるのがガンツミッションなんだよなぁ。
そんなどんどん強くなる嫌な予感を押さえながら、俺は展示場内を、マップに表示されている点に向かって進む。
……ああ。そろそろツッコませてもらうぜ。……なんでだ。なんで――
「――なんでお前はついてくるんだよ……っ」
俺は思わず三歩後ろを歩く良妻的なパンダをじとっと睨みつける。……この振る舞いで俺はこのパンダを雌だと勝手に判断してるわけだ。別に股間を見て答え合わせするほどコイツの性別に興味ないからいいんだが。
つぶらな瞳で首を傾げる上野の動物園のアイドル。……くっ、負けねえ。俺は猫派なんだっ! 家で帰りを待ってくれているカマクラの為にも! 俺はパンダ派に鞍替えなんてしねぇからな! ……いや、熊猫って書くくらいだから、もはやパンダは猫の一種として見てもいいんじゃないか? それなら俺は猫派の面目を保ったまま、このパンダを愛で――
……何やってんだ俺は。
パンダ相手にメンチ切ってもしょうがないので、溜息を吐いて、俺はマップに目を戻す。
この展示場内にある点は、10体。
……結構な数だ。だが、殺せない数じゃない。
でも、今回のミッションのエリアはこの展示場だけじゃない。
俺はマップを拡大表示にすると――
「――!?」
そのマップに表示されている夥しい数の真っ赤な点に思わず絶句し――
――そこを狙い澄ましたかのように、頭上から恐竜に襲われた。
反射的だった。
脳を経由せずに第六感で危機を察してそのまま脊髄の伝達命令で腕を動かしたかのようだった。
迷いもせずに、敵の姿も確認せずに、振り向き様に。
俺は恐竜を殴り飛ばした。
ギャァウス!! という悲鳴と共に何かが吹き飛んでいく先に目を向けて、その時ようやく俺は敵の姿を確認した。
一言で言えば恐竜だった。具体的な種類を思い浮かべずに、漠然と恐竜とだけ思い描くときの、まさにそんな感じの恐竜だった。
モンハンでいえばラン○ス的な。確かジュラシック○ークにも出てたやつだ。
トカゲを何倍増しにも凶暴に凶悪にしたような頭部。
短い前足。しなやかな後ろ足。鋭い爪。長い尾。背中には少し羽毛が生えている。
小型、ではあるのだろう。恐竜の世界でいえば。だが、動物園で人間以外の動物の基準点を養っている
目線の高さは俺よりも高い。2m~3mと言ったところか。その爬虫類特有の細い目は、冷たく感情を感じさせない。こちらを獲物と捉えている、
それらを観察した所で、俺は奴が立ち上がってこないことに気づく。
訝しく思い、Xガンを構えながらゆっくりと近づくと――小型の恐竜は死んでいた。
……ガンツスーツの力でぶん殴ったとはいえ、パンチ一発で? だとしたら史上最弱だぞ? ……たまたま打ち所がよかったのか? 反射的な行動だったからよく覚えていないが、多分右胸を打ち抜いた。……また別の奴が現れたら狙ってみるか。
まぁいい。楽に倒せるのに越したことはない。……さっきマップを見た時うんざりしたが、敵は文字通り山程いるんだ。
展示場の外。あそこはあまりに赤点が集まり過ぎて、そこら一帯が真っ赤に染まっていた。何体いるのかも正確に把握できない。
……そして、その赤いエリアに何人もの青点が囲まれていた。正直、ほぼ確実に助からないだろう。
チラッと再びマップを見る。どんどん青い点が消えていく。死んでいく。殺されていく。おそらくは訳も分からぬままに。こんなのはただの虐殺だ。
だが、今から俺がそっちに行ってもどうにもならない。……どうにもならないんだ。
こっちにもまだ9体の星人がいる。あっちに行って何体いるか分からない星人の集団に突っ込むより、この9体を迅速に屠るのが先決だ。
幸い、赤いエリアの外側にいる青い点もいる。4人。……この4人は、目の前の虐殺の光景から逃げ出すだろう。そうすれば、もしかしたら助かるかもしれない。あの二人によってエリア外に出ることの危険性も理解しているだろうから、正しく逃げられるだろう。
……ん? なんか、俺の近くの赤点がまた消えた。あれ? なんでだ? 展示場の中にいる青点は俺だけの――と、思ったら、俺のすぐ背後にもう一つ青点があった。それは――
「――お前か」
見ると、そこには結構な怪我を負った、あのパンダが居た。……そっか。マップを見れば一発だったんだ。ずっと俺一人だと思い込んでた。ぼっち生活が板につきすぎてた。
その後ろを見ると、やはりぐったりとしたあの小型の恐竜が。……コイツ、あの恐竜に勝ったのか。パンダが。この
だが、致命傷はないようだけれど、かなりの傷を負っている。楽な戦いじゃなかったんだろう。コイツ生身だしな。てか、ガンツはコイツ用のスーツも用意してたのか?
「……よくやったな」
俺は、そういってパンダの頭を撫でると、そのまま姫抱きをする。当然、パンダは見た目通りの巨躯なので、体重も100キロ以上だろうが、ガンツスーツを着ていればこんなのは発砲スチロールと変わらない。
そして、そのままセットの草陰に下ろす。見つからなければ、上手くすれば、生き残れるだろう。
「ここで大人しくしてろ」
もう一度頭を撫でる。本当に大人しいな。こんな奴でも、殺されかければ恐竜を返り討ちにするんだから、まさに見かけによらない。パンダですらそうなんだから人間なんてもっと当て嵌まるだろう。まぁ、俺は見た目通り、っていうか見た通り目のまんまに性根も腐っているが。
こうしてパンダ相手にフラグを立て、本当に久しぶりに出来たパートナー(パンダ)に別れを告げながら、俺は次のターゲットを探しに行く。案外近い。この草陰の向こうだ。早めにパンダを避難させて正解だったな。
……にしても、今回のターゲットは恐竜か。やっぱりこの展示会の展示物が星人だったってオチか? 歴史ありそうな寺の仏像が星人だったりしたんだから、もう別に驚きやしないが、そうなってくると、俺みたいな素人はこう考えるんだが。
今回のボスって、やっぱり――
……いや、あんまり考えるのはよそう。その仏像の時だって、大仏をボスと考えて油断して、散々な目にあった。
星人を全部ぶっ殺す。そして、そん中のどれかがボス“だった”。それがベストだ。
そして、俺は一呼吸で息を整え、精神を集中する。
「――――よし」
そして、バッと草陰から姿を現し、マップの点の位置にいる“それ”にXショットガンを発射する。
それは――――トリケラトプスだった。
不意討ちを優先すべくそのまま速射したので、ロックオンはしていない。だが、確実にヒットすると思った。
が、トリケラトプスは避けた。
「――っ!?」
その巨体に見合わない機敏な動きだった。
くそっ。確かにサイはああ見えて時速50キロ近いスピードで走るっていうけど、実際目の当たりにすると、このサイズでこのスピードは脅威だ。
――なんてことを俺は、その巨体がまさしくトラックのごときスピードで自分に向かって突っ込んでくるのを前に、冷静に考えていた。
自分でも驚くくらい、心臓のビートがいつも通りだ。むしろいつもよりも落ち着いているまである。
これまで、色んな星人相手と戦って、何度も何度も死にかけて。
この半年間は大した敵はいなかったにしろ、たった一人で全部の星人を相手し、全て屠ってきた。
そんな経験が、そんなトラウマが、しっかり俺の血となり糧となってるってわけか。
頭脳が、肉体が、精神が、細胞が。
いざ星人を前にすると、戦いにおいてベストの状態になるように、覚え込まされている。刻み付けられている。
ったく、何処の神殺しだ俺は。これも一種の生存本能の賜物なのかね。人間やめてるような気がするが。
「――はっ」
俺はそう吐き捨てながら――――突進するトリケラトプスを受け止めた。
トリケラトプスの一番の武器である角――その中の一本、俺を容赦なく串刺しにしようとしたその鼻角を両手でガシッと掴む。
そして、その突進の勢いをいなすように、俺はトリケラトプスを投げ飛ばした。
思った以上に勢いが付き、凄まじい速さで吹き飛んで行った。……ちっ。身動きがとれない空中でXガンによる追撃をしようと思ったが。まぁ、それは贅沢過ぎか。
とにかく今は追い討ちだ。俺はとっさに放り投げたXショットガン拾い上げ、そのまま追う。
このままのペースで行けば、ここの9体はおそらく屠れるな。
……願わくば、外にウジャウジャといる星人たちが、みなあの小型の恐竜で、ルーキー達が少しでも数を減らしてくれれば――
「――――たっく、どの口がほざきやがる」
アイツ等を見捨てたのは他でもない俺なのに、そんな利益だけ期待するのは傲慢で業腹だ。
それに、スーツを着たのはたったの二人。内、一人は女子だ。普通、恐竜なんて見たら逃げるに決まってる。
『……俺らは、これからどんな
「…………」
余計なことを考えるのはやめよう。思考を目の前の戦闘に集中しろ。
これはガンツのミッションだ。何が起こるかは、最後まで分からない。
俺は再び透明化を施して向かった。
+++
そして、現在に戻る。
……ああ、そうだね。何が起こるかは分からないって確かに言ったよ。言ったさ。言いましたともさ。でもね。だけどさ――
――吹っ飛ばしたトリケラトプスが、追いついたらマッチョマンになってました。
「こんなの予想出来るわけねぇだろっ!!」
「トリケラサンゴロロロロ アベノバシキダタローロロロ」
「うっせぇ!!」
コイツの新フォルムのあまりの衝撃に再び透明化を解除してしまった。アホか、俺は。
……まぁ、他にも理由はあるんだが。思いつきだから上手くいくかは置いておくとしよう。
俺は、筋肉の膨れ上がった腕から繰り出される拳を避けながら、Xショットガンを発射する。
猛攻を避けながら――数秒後。
パァン! と敵の皮膚が弾け、トリケラサンは咆哮を上げる。
「グロロロロロロ!!」
破壊は確かに小さい。だが、大仏ほど物ともしないわけじゃない。
確かにダメージはある。しかし、二本足になったことで俊敏性が増して、中々こちらの攻撃が当たらない。
「くそっ。面倒くさい」
こういう時、改めて思う。
もっと強い武器が欲しい。
初めの頃は、このXガンやXショットガンがとんでもない兵器に思えたものだけれど、今ではコイツ等のパワー不足に頭を悩ませられる日々だ。自分でもどうかしていると思う。
……真剣に検討しなくちゃな。これから先、アイツ等全員を生き返らせるなら、俺はこれから何回も100点を取り続けなくちゃならない。それこそ200点でも、300点でも、何度でもずっとずっとずっと。
その為には、今の装備では限界がある。それはつまり――
100点。
誰かを一人生き返らせる、人一人分の命。
それを使って、それを捨てて。
100点メニューの2番。
より強い武器の“購入”という選択肢の検討を。
「ボゲェ!! ゴラァ!!」
トリケラサンが荒々しい関西弁と共に、その巨体の威力をふんだんに乗せた踏みつけを振り下ろす。
だが俺は、あの千手ミッションの後に何度も何度もシミュレーションしてきた。コイツのように、デカく、Xガンが効きにくい敵――大仏のような敵を、どうやって打倒するか。
その答えの一つがこれだ。ついに試せる時が来た。
俺はガンツソードを取出し、“地面に”突きつける。
「伸びろッ!」
そしてガンツソードを伸ばし、奴の眼前の高さに到達する。
「グロッ!?」
奴の戸惑ったような呻き声を無視し、俺はXガンで二ヶ所をロックオンする。
そして、奴に攻撃される前にガンツソードを後方に向かって倒しながら、俺はトリガーを二回引いた。
「グローーーーーーッッッッ!!!」
奴の二つの瞳が破裂したことにより、トリケラサンは得意の関西弁を忘れ絶叫する。
「ゴォラァァァァァァァァァ!!!」
怒りが限界まで達したのか、それとも命の危機を感じ取ったのか、まるで鎧を着こむかのように、トリケラサンのマッチョな肉体が膨れ上がる。
それでも遅い。目を失ったことにより文字通り俺を見失ったのか、見当違いの方向に威嚇している。
隙だらけだ。
俺は伸ばしたままのガンツソードを振り回す。
結局いくら経験を積んでも、俺には陽乃さんのような華麗な剣捌きは身につかなかった。
それでも、これだけ隙が大きい巨体の首を刎ね飛ばすことくらいはできる。ただ大きく振るうだけだ。
「グロ――」
断末魔を上げることなく、関西弁を話す奇妙なトリケラトプスは絶命し。
その首を失った巨体からは、信じられないほど大量の鮮血を振り撒いた。
……ドラ○ンボールの丸パクリじゃないかって? 勝てばいいんだよ勝てば。
というわけで、一話丸々八幡回。
多重クロスにはなったけど、あくまでこの物語の主人公は八幡なので、これからもこういう話をちょくちょく作っていけたらいいな。