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その三名の黒人は、命からがらヴェロキラプトルの集団からの逃亡を図っていた。
三人は、腕にヴェロキラプトルの爪の一撃を食らった男を中央に二人で肩を貸すような体制で逃げており、その胸の内は今の理不尽な状況に対する恐怖と怒りで満ちていた。
「Why is it!! Why was it this!?」
「It's complete, in…… truth, what day !!」
「In the one by which I have just come to CHINO to meet in Japan……」
三人は無我夢中にヴェロキラプトルのいない方へと向かっていたが、やがて進行方向――展示場へと向かう道中に、麦わら帽子に袖なしのTシャツを身に纏った虫取り少年が立ち塞がる。
「Hey,……what is it, he?」
「Well! It's he! That black sphere is the target which was being talked about!」
「The one…… is filled with……, and is he a ringleader? When kills him, this, does the game which played end?」
自分達をこんな意味の分からない状況に送り込んだ、あの部屋の黒い球体が示していた“ターゲット”が、目の前にいる。
コイツを殺せば終わる。この絶望的な状況が終わる。助かる。生き延びることが出来る。
黒人達はそう思い込むことで自らを律し、三人でかっぺ星人を取り囲んだ。
「……お、おらのどこがなまってんだ……いってみろっつうの~」
何やら震えた声で、額に汗を滲ませながら支離滅裂な言葉を呟くかっぺ星人。
だが、三人の黒人には、その日本語は通じなかった。
もはや聞く耳など持たずに、微かに見出した希望に向かって、一心不乱に、ただ暴力を振るった。
殴り、蹴った。かっぺ星人は反撃を試みたが、黒人達は己の体格と三対一という数の利を生かして、一方的に殴り続けた。殴って、殴って、蹴って、殴り続けた。まるで、何かに取り憑かれたかのように。何かから逃げるように。
殺せ。殺せっ! 早く、早く殺せ!! 息の根を止めろ! 早く! 早く!! 早くっ!!
死ねっ! 殺せっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 殺せっ! 殺せっ! 死にたくないっ! 死にたくないっ! 殺されたくないっ! まだ死にたくないっ!
早くっ! 早くっ! こんな場所から! こんな地獄から! 早くっ!
早くっ! 解放してくれ!!
そんな祈りの篭った、そんな願いの篭った、怯えながら振るう現実逃避の暴力だった。
そして、かっぺ星人は、そんな希望を、あっさりと打ち砕く。
そんな都合のいい理論武装の理不尽な仕打ちを、当然のように許さない。
「キューーッ!! キューーーッ!!」
自らを痛めつける三人の地球人を指差し、怨嗟の念を込めて奇声を上げる。
文字通り、目の色を変えて。細めていた目を、カッと見開いて。
黒人達はその行為に戸惑って思わず暴力の手を止めると、そこに――
――二頭の恐竜の王が、更なる絶望と恐怖と共に出現した。
豪快にガラス片を撒き散らしながら登場したT・レックスは、真っ直ぐ自分達の元へと進撃し――
「「「NOOOOOOOOOOO!!!!!!!」」」
地獄の門を体現するかのように大きく開かれた咢で、彼らを上半身まるごと力強く食い千切った。
+++
現れて早々三人もの人間を殺戮した二頭のT・レックスが、こちらに向かって猛進するのを見て、和人は渚とあやせに向かって叫んだ。
「逃げろ!! 早く逃げろっ!!」
二人はこちらを見て頷くが、それでも周りにいるヴェロキラプトルに怯み動くことが出来ない。
(くそっ、どうする!? このままだと間違いなく全滅だ……ッ)
スーツを着ていない渚はもちろん、ヴェロキラプトルには勝てた東条、スーツを着ているとはいえ戦闘力は低いあやせも危ない。
そして和人自身も、T・レックスに勝てるかと言われれば、正直自信がない。
だが、一番不味いのは、ここで四人一遍に獲物になること。とにかく今は逃げることが最優先。
焦る気持ちを必死に抑える和人は、そこでここに来るときの一緒に転送されてきた、あのモノホイールバイクを見つける。
(――あれだッ!!)
和人はそれに向かって一直線に走り、途中振り向きながら東条に叫ぶ。
「二人を頼む!!」
東条は不敵に笑いながら答えた。
「おう、まかせろ――思いっきりやれ」
その言葉に口元を緩めることで答え、視線を前に戻して駆け抜ける。
そして、バイクの周りに群がっていた数体のヴェロキラプトルの間に体を捻じ込むようにしてバイクに飛び乗り、直感でアクセルを回す。
「――よし、行くかッ!!」
和人は一気にギアを上げて、その場でスピンをするようにして群がるヴェロキラプトルを吹き飛ばし、あやせと渚の周りを囲むヴェロキラプトルに向かって突っ込む。
「グルォォオオオ!!!!」
ヴェロキラプトル達は逃げ出すか、あるいは跳ね飛ばされ、あやせと渚の目の前にモノホイールバイクに乗った和人が現れる。
「「桐ケ谷さんッ!!」」
「二人とも急いであっちに逃げろッ! T・レックスは俺が向こうに引き付ける!!」
そう早口で伝えると、和人は再びスピンするように方向転換し、勢いよく飛び出して行った。
そのすぐ後に東条が渚とあやせの元に駆け付ける。
「大丈夫か、おまえら?」
「東条さん!」
「あ、あの、桐ケ谷さんは――」
「とりあえずアイツに任せようぜ。俺達よりもあのバイクみてーな奴の方が逃げられるだろう?」
「で、でも――」
「いいから行くぞ――ここで突っ立ってると、アイツが体張った意味がなくなるだろうが」
「――ッ!?」
「……そうです、ね」
渚とあやせは東条の鋭い言葉に、顔を俯かせながらも走り出す。
その時、和人は二頭のT・レックスが走ってくる通路の出口にいた。
二頭のT・レックスは、近づくたびにその存在感を増し、その巨躯が与える威圧感と、全身から放つ圧倒的な捕食者のオーラが、和人の心拍数をどんどんと上げていった。
その感覚は、あのSAO時代のフロアボスと対面した時の感覚に似ている。
体の奥底から湧き起る、原始的な、生物として当たり前の恐怖心。
命の危機を知らせる信号が脳内に鳴り響き、一刻も早く、目の前の強者から逃げ出せと当たり前の欲求を促す。
だが、和人は笑う。不敵に笑う。
自分は、俺は、そんな命の危機を、圧倒的強者との修羅場を、それこそ何十回と潜り抜けてきた男だと。
思い出せ。あの、七十四層での青い悪魔との決闘を。あれに比べれば、目の前の怪物など、ただのデカい
「さぁ来い、T・レックス!! お前らの相手は俺だ!!」
T・レックス達が目の前に迫った瞬間、和人は己を叱咤するように叫んだ。
「「ギャァオオオオオオオオオオオオオンッ!!!!!」」
それに呼応するように、野太い咆哮を轟かす二頭の恐竜王。
和人はそれを合図に機体をスピンさせ、あやせ達が逃げたのとは逆方向—―つい先程まで自分達がヴェロキラプトルと戦っていたあの階段の方向へと、強烈なスピードで飛び出した。
その挑発は無事和人の思惑通りに働き、二頭とも和人に向かって足を向けた。
和人は一度振り返ってそれを確認すると、そのままスピードを更に上げる。
「――ッ!!」
階段を一気に飛び越え、機体が宙に飛び出した。
その時――
「キューーッ!! キューーーッ!!」
再び、その奇声が響いた。
「――なにッ!?」
そして、二頭のT・レックスの内の一頭が、突然和人への関心を失ったかのように、その体の向きを変えた。
(ヤバいッ! そっちには渚達が――)
ダンッ! と地面に着地した和人は戻るべきかと考えたが、それでも一頭のT・レックスは変わらずに和人に向かって走って向かってくる。
「――くそッ!!」
和人は悔しそうに呻いた後、機体を前方に走らせた。
そのまま道路へと出て、当初の目論み通り一体だけでも遠ざける。
(……すまない、みんなッ! 何とか生き延びてくれ……ッ)
和人は自身に強烈な怒りを覚えながら、バイクのアクセルを更に回し、そのスピードを上げた。
+++
和人が階段に向かって飛び出した時、その奇声は再び響いた。
「キューーッ!! キューーーッ!!」
「え!?」
「また!?」
渚とあやせはその奇声に戸惑うと、二頭のT・レックスの内、自分達に近い一頭が突然動きを止めたことに気付く。
そして、和人にそのヘイトを向けていたT・レックスが突然あやせ達の方に、その爬虫類特有の細く鋭い目を向けた。
「ひいゃッ!?」
「……ッ!」
「ちっ!」
あやせが小さく悲鳴を漏らし、渚も息を呑む。東条が舌打ちをして、二人に向かって怒鳴った。
「逃げるぞ! 走れ!」
東条達三人は、そのまま和人達とは逆方向の階段を降りる。
そこはバスやタクシーを利用する人達のためのロータリーとなっていて、隠れるスペースも多かった為か、数人の生き残りのメンバーがいた。
彼らは突然現れ、尋常じゃない様子の三人に呆気にとられていたが、更にその後ろから現れた、先程のヴェロキラプトルとは桁違いに強大なT・レックスの登場に、収まりかけていたパニックが再発する。
「ぅぁ、ぁぁぁあああああ!!! ああああああああ!!!」
「いや!! いやぁぁあああ!!!」
「お前らなんでこっちくんだよ!! 俺達まで道連れにすんなよ!!」
彼らからのその言葉に、叫びに、怒りに、渚とあやせは顔を俯かせる。
だが、東条はただ一人冷静で、
「こっちだ」
と、階段下のスペースに向かって二人の手を引く。
階段を駆け降りたT・レックスは、まず目の前の喚き声を上げる茶髪の少年をターゲットに据えた。
「ちょ、こっちくんなって!!! おい、お前ら助け—―」
その少年は渚達に向かって手を伸ばすが、渚とあやせが悲痛に表情を歪めた瞬間、T・レックスの巨大な咢に飲み込まれた。
「――ッ!!」
「――ぁ」
その茶髪の少年は、この世に足首から先だけ遺して、命を失う。
渚とあやせは呆然としていた。彼は、自分達がT・レックスをここに引き連れてきたせいで、死んだ。まるで、自分達が殺したかのようだった。間違いなく、自分達のせいで殺された。
顔を真っ青にして、先程までとはまた違う種類の恐怖に囚われる二人。
次に狙われたのは、茶髪の少年と同い年くらいの、高校生のお淑やかな少女だった。
「いやぁぁあああああああ!!! こないでぇええ!! たすけてぇぇえええええ!!!!」
少女は必死に逃げ惑う。だが、そのヒールの靴のせいか、勢いよく体を打ち付けるように転んでしまい、あっさりと追い詰められてしまう。
しかし、少女にとってはそんな痛みなどよりも、目の前に寄せられるそのT・レックスの巨大な頭部に対する恐怖こそが問題のようで、もはや悲鳴すら漏らさず、がたがたと体と膝を震わせ、がちがちと歯を鳴らしながら、必死にあやせ達に助けを求める。
潤んだ瞳で、じっと、あやせを見つめて、無言の叫びを送り続ける。
「や、やめ――ッ!」
思わず身を乗り出したあやせを、東条が力強く引き戻す。
どうしてと叫びそうになったあやせに、東条は淡々と言った。
「俺は桐ケ谷にお前達を任された。それに、お前が行っても何も出来ねぇ」
あやせはその言葉に、何も言い返せなかった。そして、唇を噛み締めながら顔を俯かせる。
その事に、明確に見捨てられたことに、その女性は絶望したかのように表情を失くし、その直後、表情を憤怒に染め上げ、忌々しげに言い残した。
「……この……人殺し――」
喰われた。一口だった。一呑みだった。
最後まで目を逸らせなかった渚は、その女性の最期の表情が目に焼き付いて離れなかった。
顔を俯かせていたあやせには、その怨嗟の念の篭った今わ際の遺言が、心に深く突き刺さった。
今も響く、人体を噛み砕き続ける音が、怖くて、恐ろしくてたまらない。
たまらずに、耳を塞ぐ。
「……おねがい……もう……やめて…………」
「キューーッ!! キューーーッ!!!」
それでも、絶望は止まらない。地獄は、終わらない。
再び聞こえた奇声にあやせはバッと顔を上げる。
見ると、T・レックスは再びその動きを止め、こちらにその冷酷な瞳を向けた。
「……そんな……どうして……」
あやせが双眸に涙を溢れさせる。
その時、渚がそれを見つけた。
「――あれだ。アイツが、僕達の場所を教えてるんだ」
渚が指を差す先には、あの半袖短パンの少年――かっぺ星人がいた。
「そ、それじゃあ、わたし達、逃げられないんですか……?」
あやせが、絶望の篭った声で零す。
渚も、悲痛に顔を歪めて――
「なら、先にアイツからぶっ倒せばいいんだな?」
「え?」
渚が顔を上げると、獰猛な笑みを浮かべながら、かっぺ星人を睨みつける東条がいた。
「アイツは任せろ。渚、この嬢ちゃんを守ってやれ」
東条はドスンッ! ドスンッ! と足音を響かせてT・レックスが向かって来ていることなどまるで構わずに、渚の頭に手を乗せる。
「大丈夫だ。お前なら出来るさ」
渚は呆然と東条を見上げた。
その目は、渚を優しく、真っ直ぐに見据えていた。
こんな目で自分を見てくれる人は、家にも、学校にも、どこにもいなかった。
会ってまだ一時間も経っていないけれど。色々なことがあり過ぎて、まだ碌にお互いのことを何も知らないけれど。
それでも、なぜか、この人の言葉は信頼できた。
信頼に、期待に、応えたいと思った。
この人が信じてくれた自分を信じて、この人が期待してくれた自分に期待したくなった。
渚はあやせと思わず目を見合わせる。
東条はそんな二人を見ると快活に笑い、階段裏から飛び出して、T・レックスに向かって走り出した。
「ちょっ!?」
「と、東条さん!?」
T・レックスは雄叫びを上げると、そのまま東条を食いちぎろうと首を伸ばす。
だが、東条はそれをすれすれで躱し、傍らに佇んでいたかっぺ星人を殴り飛ばした。
T・レックスはそのまま東条を追おうとしたが、途中で渚達に目を止める。
渚はふと東条に目を向けると、渚に向かってあの獰猛な力強い笑みを向けていた。
かっぺ星人は立ち上がりながらその体躯を膨れ上がらせ、あの巨漢の東条よりも一回り巨大になっており、東条はそれに向かい合う。
渚はその背中を見てぐっと息を呑むと、あやせの手を掴んで更に奥へと逃げた。
「あ、渚君!?」
「逃げましょう!! こっちなら、T・レックスも大きすぎて追いきれないはずです!」
かっぺ星人は、その両腕両脚を強靭に変貌させ、あの東条を上から見下ろして喚き散らすように吠える。
「おでのッ! どこがなばっでんだッ! いっでみろっづの!!」
対して東条は、その威容にまるで臆することなく、むしろその笑みを深める。
「ハハハっ。渚たちには悪いが、コイツは楽しいケンカが出来そうだ」
東条英虎は、決して悪人ではないが、断じて善人でもない。
あくまで彼にとっては、最も重要なのは――強者との、より楽しい
だからこそ、人が死に、血が流れ、自らも殺される恐れのあるこの残酷な戦場でさえ――そんな危険な戦場だからこそ、獣のように獰猛に、楽しそうに無邪気に笑うのだ。
命のやり取りの殺し合いを、楽しむことが出来るのだ。
飢えた虎は、首をゴギっと鳴らしながら、不敵に言い放つ。
「さぁて、喧嘩、しようぜ」
+++
その攻撃は、凄まじさという点から見れば、過去最強の攻撃だっただろう。
だが、俺の体はその攻撃を認識するよりも早く、回避行動に移っていた。
反射的に、自分でも気が付いたら身を限界まで屈めていた。
……不思議だ。自分でも引くくらいに落ち着いている。
コイツが千手程ではないにしても過去最強クラスの敵であることは言われるまでもなく理解出来ているのに、俺の心は、むしろ敵の強さを理解すればするほど落ち着き、目の前の敵をはっきりと認識することが出来る。
まるで、敵に合わせて自分の体の状態を、ベストへと、より強い状態へと近づけているように。
敵に合わせて自分を、造り変えているかのように。
子ブラキオは、ふるふるとその長い首を、まるで調子を確かめるかのように揺らす。
俺は腰を落として、そのじっとその様子を観察した。
「………………」
「……その……首……もらい受ける」
その言葉の直後――まさしく俺の首があった高さを、真っ二つにするがごとき一閃が走った。
俺はそれを、頭頂部のアホ毛のみの被害で躱してみせた。
「――――な!」
その時の子ブラキオは、それまでの緩慢な口調を崩し、本気で驚いたように感じた。
まぁ俺も驚きだ。まさかここまで無駄なく避けられるとは。
だが、おかげで体勢をそれほど崩すことがなかったので、この一回の回避で子ブラキオの懐まで潜り込むことが出来た。
確かに、この攻撃は恐ろしい一撃だ。絶対に食らってはいけない一撃だ。
凄まじい速さ、そして、そのリーチ。優秀で、有効な攻撃だ。
だが、決して弱点がないわけではない。攻略手段がないわけでは決してない。
まず、その攻撃手段が、己の首だということ。
相手を定めるその頭を振るうのだから、一度攻撃体勢に入ると細かい修正が効かない。その攻撃の速さ故に大きなデメリットにはならなかったのかもしれないが、それは最小限の回避で躱せるということを意味する。
そして、もう一つは攻撃が終わった後、次の攻撃に移るまでに間があること。これも首を武器にすることで頭を振るうこととなり、対象をもう一度きちんと設定する為に、一度頭の動きを止める必要があるからだ。
そして、最後にして最大の弱点。
首を武器にする性質上、それが届かない場所がある――その巨体の懐だ。
「むぅ……」
呻っているが無駄だ。すでに俺は、透明化を自身に施し直してある。
確かに俺はお前に透明化を見破られたが、それは俺が声を発したから、だと俺は解釈した。それ故に、俺はお前が首を振るったその瞬間に透明化を再び発動した。そして懐に入ったことで、透明化が完全に施されるまでの時間は稼ぎ終えたんだ。
気配は感じることは出来るのかもしれないが、攻撃を当てる為には正しく場所を確定しなければならないだろう。そんな余裕は与えない。
Xガンを向ける。動きが速い首や頭、尾などは狙いにくいが、これだけ懐に入れればその巨大な胴体が狙い放題だ。
「――ッ!」
これは――
「ぬらぁ!」
ッ!? ちっ!
子ブラキオは体をねじるようにしてその尾を振り回した。さすがに自分の弱点くらいは把握しているか。
俺はその尾に反射的にXガンを発射して、それを躱す。
すると、空中に跳び上がると考えたのか、ノーステップで首の一撃を遮二無二に振るってきた。おそらくは始めから組み込まれていたのだろう。あまりに無駄がないコンボだ。故に、さっきの一撃で発したXガンの音と光の場所を考慮する間もなく、狙いが甘い。首を下げるだけで避けられる。そして、当然俺はその間に移動し、再び居場所を分からなくする。
そして、連続攻撃のどちらも外したとなると、取り得る行動として、考えられるのは二つ。
一つは、そのまま半分パニックとなった状態で、無茶苦茶に暴れ回る。だが、この子ブラキオはそれなりに知能が高い。ならば、おそらくもう一つの方――
――一旦、攻撃を中断し、俺の姿を捉えようとその動きを止める。
当たりだ。
子ブラキオが、再びその頭を一番高い場所へと戻し、動きを静止したその瞬間、俺はXガンを発射した。
その音と光で子ブラキオは、今度こそ俺の場所の当たりをつけたようだが、もう遅い。
その時、子ブラキオの尾が弾け飛んだ。
「ぬ、ぬお!」
そして、それによりバランスを崩したその隙に、俺は今度は首に一撃を与える。
こうなれば、もう俺の勝ちだ。
続いて、子ブラキオの頭が吹き飛んだ。
その隙に、俺は背後に回り込み、尾にもう一撃加え、もうそれを振るえないようにする。
そして、子ブラキオの首が吹き飛ぶ。その間に、俺は再び前に回り込み、首の根元にもう一撃。
これで、首と尾。子ブラキオの最大の武器である二つを、完全に破壊した。
そして、これだけ攻撃すれば――
バンッ! と、最後の破壊が完了し、その巨体は地面に倒れ込む。
「…………」
……やった、か? 一応、俺は透明化を解かずに警戒を続けるが、これだけXガンを浴びせれば――!?
子ブラキオは、再び立ち上がろうとし、その足で巨体を持ち上げていた。
……凄い生命力だ。ここまでやって、まだ死なないなんて。……まぁ、再生する千手よりはマシ、か。
なら、やはりその千手のように核のような部分があるのか? 弱点というか。あの小型の恐竜が右胸に食らった拳一発で死んだように。
……なら、一番怪しいのは、あそこだよな。
子ブラキオは、豪快な一撃とばかりに二本の前足を高々と振り上げ、後ろ足のみで二本足で立ち上がるような体勢をとる。
「……許、さぬ……滅、せよッ!!」
ありがたいな。まさか、わざわざ“狙いやすくしてくれる”とは。
俺は、Xガンをその一点に向ける。
そのレントゲンの様な画面には、先程懐に潜り込んだ時に発見した、今もどくどくと激しく稼働する、恐竜と言えど、生物であるが故に、変わらず生命線で在り続ける――文字通りの、その心臓部に。
甲高い発射音と青白い閃光。俺は、ただゆっくりと三歩程下がる。
強烈な威力が篭っていたであろうその一撃は、俺の眼前に振り下ろされ、ただその風圧だけが届くだけで、俺の体のどこも破壊するに至らなかった。
そして、その轟音が収まった頃、ボコボコという音が聞こえ、子ブラキオの巨体がぐらりと傾き、そして堕ちた。
俺は一応念のため、倒れて剥き出しになった腹にXガンを突きつけて、三、四回程心臓を撃った。が、その度にボコボコと体内で何かが暴れるだけで、子ブラキオはうんともすんとも言わなかった。
どうやら死んだらしい。どうやら勝ったらしい。
……あ。聞きたいことを聞くのを忘れた。……それだけ戦いに夢中になってた、ってことか?集中できていたともとれるが……体が戦闘に適応し過ぎるのもアレだな。
まぁ、いいか。
+++
俺はふうと一息ついて、マップを確認する。
青い点は、あと七個。赤い点は、まだちらほらと結構な数だったが、それでも大分減っていた。
俺以外の生き残りは……パンダを除いたら五人か。……大分減ったな。いや、これはまだ五人も生き残っていると考えるべきか。
展示場がエリアのほぼ中央にあると考えると、西に一人、東に四人。東の四人は二人と一人と一人に分かれていて、うち二人の方が一つ赤い点に追われている。残る一人の片方は一つの赤点と向き合っているが、これは戦闘中か? もう一つの赤点は隠れているようだ。そして、西の一人は同様に一つの赤点に追われていて……かなり速い移動スピードだな。全力で走っているのか? だが、それにしても――
――いや、あまり外のことを悠長に考えるな。今は、この展示場内の星人を殲滅する方が先だ。
この展示場内の赤点は、後三個。隣のエリアに二個。これはトリケラサンとT・レックスだろう。一個減ったが、まだ戦っているらしい。
そして、もう一つの赤点は――あの奥のエリア。
……こうなると、おそらくは――
「……行くか」
俺は、その奥のエリアに向かって歩みを進める。
だが、ご丁寧にも向こうからこっちに来てくれるらしい。
ドスン、ドスンと、重々しい足音が聞こえてくる。
俺は透明化が施されているのを確認して、破壊されていないパノラマの林の中へと身を潜める。
Xショットガンを構えながら、ソイツが現れるのを待った。
そして、そいつは現れた。
開いてあった敷居の巨大な穴を、その大きな首を下げて、
デカかった。巨大だった。今回のミッションで色々な巨大な恐竜を見てきたけれど、その中の何よりも、これまで見た数々の星人と比べても、間違いなく最大に巨大だった。
体長はおそらく20mを超えているだろう。
そして、その体の大きさも然ることながら、最も目を引くのは、その体と見合わせればあまりにも小さな頭部を強調するかのように生えている、その巨大な刃だった。尖るような顎のそれと、それよりも長大な鋭い鎌のような刃が頭頂部に生えている。
ゾクリとした。身震いした。思わず乾いた笑みが漏れかけた。
ああ、凄い。やはりボスは、格が違う。一目見ただけで分かる。
あれがボスだ。あれが今回のミッションで一番強い個体だ。
親ブラキオ。
……やってやる。
勝って、殺して、稼いで――あの部屋に還る。
吐息が漏れないように気を配りながら、肺の中の空気を入れ替えるように、大きく深呼吸。
それだけで俺の体は、このミッションが始まって以来、最も落ち着いた最高のコンディションになった。
次回は和人の戦いがメインになるかな?