比企谷八幡と黒い球体の部屋   作:副会長

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どうせお前は――俺達は、ロクな死に方なんて、出来っこないんだから

Side渚――とあるふくろうの像がある公園

 

 

 渚が目を開けると、そこは――地獄だった。

 地獄のような戦場ではなく、地獄という名の惨状だった。

 

「な……なに……これ……?」

 

 渚が転送されたのは、周りをビルに囲まれた公園のような場所だった。

 ふくろうの像が目印のその公園は、閉塞感で息が詰まりそうな都会の中で、ささやかな解放感を提供する場所だったのだろう――が。

 

 静か――あまりにも静か。

 

 はっきりとは分からないが、これだけ背の高いビルが乱立しているのならば、それなりに都会であることが察せられた。生活の気配はそこら中にあるのに――

 

――人の気配が、ない。

 

 死体の気配しか、しない。

 

 その公園には、ぐちゃぐちゃの物体が散乱していた。

 

 渚は思わず口を覆う。

 それは死体だった。

 

 人間の、死体だった。

 

 渚にとって、今回で三度目のガンツミッションだった。

 

 これまでに二体の星人を殺した。二種類の戦争を――戦場を経験した。

 一度目のミッションでは、人が殺されるのもたくさん見た。

 

 けど、だけど、だけれど。

 

 まだ戦争が始まったばかりなのに、こんな、こんなにも、初めから取り返しがつかなくなっている状態の戦場は――

 

「な、渚はん……」

「っ! た、平さん」

 

 渚はその声の方向に目を向ける。

 そこには、涙を流し、瞳を不安定に揺らしながら、覚束ない足取りでこちらに向かってくる、平がいた。

 

 渚はハッとし、嘔吐感と生理的嫌悪感を堪えながら、死体だらけの公園を見回す。

 

 居た。

 平の他にも死体の海にいきなり召喚され、恐怖で動けなくなり、立っていることすらいられなくなり、死んだように天を仰いでいる――漆黒のスーツの男。

 

 バンダナだ。

 彼もまた、この地獄に転送されていた。

 

 更に見回す。他には、他の人達は――

 

 自分が転送されたのはかなり後の方だった。彼等の他にも、自分よりも先に転送された人たちがいる筈――なのに。

 

「……いない」

 

 渚は表情を歪める。少なくともこれまで自分が経験した二つのミッションでは、時差はあっても、召喚ポイントは割と一か所に固められていたが……毎回、そういうわけではないのか?

 

 渚は分からないことが多すぎる現状によって莫大な不安に呑まれそうになるが、とにかく今は平とバンダナと合流することが大切だと、近寄ってくる平に手を挙げて、呆然と立ち尽くす、いや、座り尽くすバンダナに向かって声を掛けようと――

 

 

「み~つけた♡」

 

 

 公園の外から、そんな声が聞こえた。

 

「――え?」

 

 渚は即座に声の方向に顔を向ける。

 

 そこには、黒いホスト風のスーツを着崩し、この夜の闇の中でも不愉快に輝く下品な金色の長髪を靡かせる、首にはドクロのネックレスを身に着けた――人間の男がいた。

 

 渚は混乱する。

 

 人間だ。普通の、日常生活で見かける、何の変哲もない人間。

 

 

『アイツ等には俺達は見えないんだよ。俺達だけじゃなくて、星人の恐竜もな』

 

 

 初めてのミッションの時、八幡に言われた言葉を思い出す。

 

 そうだ。自分達は、普通の人には見えない筈。

 

 だが渚の足は、背の低い金髪ロン毛の笑みを受けて、無意識に一歩、後ずさる。

 

 グチャ、と、転がる死体のどこか、柔らかい何かを踏んでしまった。思わず表情が歪む。だが、それでも足を戻そうとは思えない。

 

 ……あれは、本当に普通の人間か?

 

 ……あれは――本当に、人間なのか?

 

「おい! 来たぞ野郎共! 待ちかねたお客さんだぁ!」

 

 そう言ってロン毛は、何処かに向かってそう吠えた。

 

「――ッ!!」

「な、なんやぁっ!?」

 

 すると、彼の後ろから――いや、渚達を取り囲むように、死体だらけの公園を取り囲むように、次々に、次から次へと、黒いスーツの人間達が姿を現す。

 

 彼等は一様に口元を、目元を歪ませ、凶悪な笑みを浮かべ、渚を、平を、バンダナを――漆黒のガンツスーツを纏った、黒い球体の部屋の住人達に向けて、殺意をぶつけてくる。

 

 楽しそうで、悦の篭った、紛れもない殺意を。

 

「……あ、あなたたちは――何、ですか?」

 

 何だ。何なんだ。

 

 こいつ等は――何者、なんだ?

 

 渚は目の前の、金髪ロン毛の背の低い男に向かって言う。

 

 ロン毛はくつくつと笑いを漏らしながら「何、ときたか」と呟いて、バッと両手を広げながら「答えは単純明快だ!」と叫び、天に向かって言い放つ。

 

 

「俺達は、お前等の敵だ!」

 

 

 その言葉と共に、黒いスーツの男達が、一斉に“変態”する。

 

 めきめきと、ごきごきと歪な音を立てて、綺麗な形で人間だったその身体を変形させて――正体を現す。

 

 擬態を解除し、本性を表す。

 

 渚は唾を飲み込む。それは、ごくりと、重々しく喉をへばりつくように食道を落下していく。

 冷や汗を流し、顔面を蒼白させる。唾を飲み込んだ筈なのに、口の中が一気に乾いていった。

 

 渚は、もう一歩、更に後ずさる。平は「嫌や……嫌や……」とぶるぶると顔を振り――

 

「もう嫌やぁぁああああああああああ!!!」

 

 公園の中央に向かって走り出した。

 だが、死体だらけの公園の、どこかの誰かのぬるぬるの臓物に足を滑らせて、また別の誰かの死体に向かって顔を突っ込むようにして転倒してしまう。

 

 滑り込んできた平の近くにはバンダナが座りこんでいた。

 平の転倒の音と衝撃によって、ようやく現実に帰還した彼の意識が、改めて捉えたのは――

 

 

――自分達を取り囲む、異形の怪物集団だった。

 

 

「――う」

 

 そんな彼等に向かって、金髪ロン毛の背の低い男は言う。

 

「さぁ、始めようぜ、狩人(ハンター)……お前達が餌の――」

 

 バンダナは、再び白目を向き、天を仰ぐ。

 ロン毛は、その表情を恍惚に歪め、同様に天を仰いだ。

 

「――狩りの時間だ!」

 

 その瞬間、バンダナは絶叫した。

 

「わぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」

 

 その叫びが号砲となり――怪物達が、渚達に向かって一斉に襲い掛かる。

 

 渚は更に一歩、更に後ずさり――その金髪ロン毛の背の低い男を睨み付けた。

 

「――――っ!」

 

 何かを決意し、奥歯を噛み締め――足に力を入れる。

 

 膝を曲げ、溜めを作り、一気に駆け出す。

 

 夜の池袋の公園の街灯が、渚が腰のホルスターから引き抜いた――漆黒のナイフを輝かせる。

 

 それを、金髪のロン毛は歪んだ笑みを浮かべて醜悪に歓迎した。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 Side??? ――どこかのビルの屋上

 

 

 その光景を、池袋の戦場を一望できるビルの屋上から、その獣は眺めていた。

 

 いつの間にか着用していた漆黒のガンツスーツを、まるでペット煩悩な若奥様が愛犬に無理矢理着せるような形で身に纏っているその獣は、その愛くるしい姿から想像できない程に流暢に日本語を話し出した。

 

「…………全く、一体どのようなルートで、このミッションの情報を掴んだのだ?」

 

 その獣――ジャイアントパンダは、これまでずっと獣のように無口だったのが嘘のように、ペラペラと流暢な発音と渋い低音のボイスで言葉を紡ぎ出す。

 

 彼のその言葉に応えたのは、戦場を見下ろし続ける彼の背後にいつの間にか姿を現していた、黒髪の美男子だった。

 

「企業秘密とさせていただきましょう」

「……まぁ、貴様のやることに一々驚いていたらこの獣の身体でも保たんな。マッハ20で空を飛んだとしても納得してしまいそうだ、この『死神』め」

「ふふふ、流石の私でも、そこまでの怪物ではありませんよ」

 

 穏やかに笑うその『死神』は、ゆっくりとそのパンダの横に並び立つ。

 

「……何故、貴様がここにいる? ――いや、何故、貴様が此処に来た?」

「始めは貴方程の人物――いや、パンダが、ですか? ――が現場に駆り出されるということを聞いて、その戦士(キャラクター)に興味を持ったのですが――今は少し、興味の対象が変わりましてね」

「……ほう。そいつは、此処に居るのか?」

「ええ、案の定でした」

 

 そう言って『死神』は、一つの公園に注目する。

 

 そこでは、虫一匹殺せなさそうな小柄な少年が、その場の誰よりも鋭い殺気を撒き散らし、怪物達と殺し合いを演じている。

 

「……ほう」

「その様子では、私のお気に入りは貴方の(もの)とは異なるようですね」

「……正確に言えば、私の、ではないがね」

 

 そしてパンダは、そして『死神』は、目線を上げて池袋中を見渡し、この街の至る所で繰り広げられている戦争を、星人と人間が殺し合う戦場を見遣る。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 Side和人――とある駅の近くの大通り

 

 

 桐ケ谷和人が転送されたのは、駅からほど近くの大通りだった。

 

 近くには大きな書店やカラオケ店があって、和人はどこかで見たことがある場所だと既視感を覚えたが、それらよりも今は遥かに和人の目を奪うものが――光景が広がっていた。

 

「きゃぁぁぁあああああ!!!!」

「助けて!! 助けてぇぇええええええ!!!」

「うわぁぁぁあああああああ!!!!!」

 

 まるで大波のように和人に向かってくる人、人、人。

 正確には、和人に向かっているわけではなく、その先へ、少しでも遠くへ逃げようとしているのだろう。

 

 一体――何から?

 

「な、なんだこ――ッ!?」

 

 呆然と立ち尽くす和人の肩を吹き飛ばすように、大柄な男が息を切らせながらぶつかってきた。

 

 そして、ギロリと()()()()()()()()、吐き捨てる。

 

「ふざけんな!! ぼおと突っ立ってんじゃねぇ! 死にてぇのか!!」

 

 和人は目を見開いて驚愕し何も言えなかったが、男の方も和人にそれ以上構うことなく、そのまま走り去った――否、逃げ去った。

 

(……俺のことが、見えている?)

 

 和人は、ふらつきはしたものの、倒れ込みはしなかった。

 

 だが、人波に乗ってその場から走り去ることも出来ず、相も変わらずの棒立ちのまま立ち尽くし、気が付けば、人波の最後尾が和人の横を通過していて、周囲から人がいなくっていた。

 

 そして、そうなって、ようやく――それを目視することが出来た。

 

「――――ッッ!!!」

 

 大きな道の横幅いっぱいに集結した怪物達が、人間を追い立てるように行脚していた。

 

 恐らくは逃げきれずに怪物に捕まってしまった者達であろう人間の死体に、その鋭い牙で豪快に噛り付き、または道の外側に乱雑に投げ捨てながら、その怪物達は決して速度を速めることなく、ゆっくりと、人々の恐怖を掻き立て、煽り立てるような歩みで、和人がいる方向に進行してくる。

 

(……あれが、オニ星人……? 前回のミッション終わりと、今日の夕方に俺を――俺達を襲った、あの氷川とかいう金髪の男の仲間なのか……!?)

 

 だが、和人が知識として知っている奴等は、良くも悪くも人間のようだった。

 銃を使い、刀を使い、見た目も人間で言葉も日本語を話す、そんな奴等だった――そんな敵で、そんな星人だった。

 

 それなのに、今、和人の目の前にいる怪物達は――どこからどう見ても怪物だ。

 

 異形だ。異常だ。――化け物だ。

 

 和人はマップを見る。

 先程のゆびわ星人との戦いで、早々に二体の個体を屠った和人は、残り時間で他のメンバーを探しながら、色々とガンツ装備の機能を学習していた。

 

 そんな中で見つけたのが、このコントローラ。エリアを示すマップに、仲間と敵の居場所を示す赤と青の点、透明化機能、そして残り時間を示す――

 

「――?」

 

 和人は訝しんだ。残り時間を示す筈の画面は、何も表示しなかった。

 

 これも何かの異常かと思ったその時――怪物達の行進の中の誰かが叫んだ。

 

「おい! いたぞ! ハンターだ!」

「やっとお出ましかよ、ヒャハハ!!」

「待ちくたびれたぜぇ! やっと歯応えがある戦いが出来らぁ!」

「人間共は脆くって仕方がねぇ! カルシウム摂れってんだよ、カルシウム!」

 

 ギャハハハハハハハ!!!! と、声を揃えて、言葉を揃えて哄笑する怪物達。

 

 紛れもない怪物なのに、人間のように言葉を当たり前のように話す化け物共。

 

「…………」

 

 和人は奴等を冷たく一瞥し、何も示さない画面から、マップ画面へと操作する。

 

 その画面が示す青い点は、奴等が正真正銘、今回の戦争(ミッション)標的(ターゲット)であることを示していた。

 

(………なら、やることは一つだ)

 

 和人は未だに下卑た笑い声を飛ばしてくる怪物達の大群と向き合い――背中に、手を伸ばす。

 

「………ん?」

 

 笑い声を止め、和人の挙動を不審に見遣る怪物達。

 

 そして和人は――大剣をそのまま両手で構え、その切っ先を怪物の集団に向けた。

 

「……ほう、兄ちゃん。これだけの人数を相手にやろうってのかい? 頑張るねぇ、若人」

「熱いねぇ~。カッコイイね~」

 

 ギャハハハハハハハ!!! と、再び声を揃えて嘲笑する怪物――オニ星人達。

 

 和人はそれを受けて――不敵に、笑ってみせた。

 

 光剣の鞘は右腰に吊るし、あの黒い宝剣は左腰の剣帯に吊るしてある。

 VRMMOのようにコマンド操作で虚空から出現させられるわけではない。いつでも自分と共にいる、その相棒の重みに、和人は思わず口元が緩むのを感じた。

 

 大剣を選択したのは、この場面ではこの剣の一振りの破壊力が最も有効と考えたから。

 

 恐怖はない――負ける気はしない。

 

 和人の意識が、剣に、そして目の前の敵に集中する。

 

 道の外――この横幅の広い道路の外側には、逃げ遅れ、怪物達が暴れ回ったことによって負傷し動けなくなった者達も、少なからず居た。

 

 彼等は、その漆黒の全身スーツを身に纏い、巨大な黒い大剣を構えて、あの怪物の軍勢と真っ向から相対している一人の少年を見つめている。

 

 和人も気づいていた。そして、何も考えないことに、決めた。

 

 少なくとも頭の爆弾は起動していない。ならば問題ないと判断することにした。

 

 そういったことは、全て後回しにすることにした。後で考えることにした。

 

 今は、ただ――目の前の敵を、斬るだけだ。

 

「来いよ……怪物……ッ!」

 

 獰猛な笑みを浮かべた和人のその言葉に対し、怪物の中の、おそらくはリーダー格の誰かが呟いた。

 

「……上等だ……人間ッ!」

 

 おぉぉぉおおおおおおおおおおお!!!!! という雄叫びと共に、怪物の軍勢が和人に向かって走り出した。

 

 うぉぉぉあああああああああああ!!!!! という雄叫びと共に、和人は怪物達に向かって一直線に駆け出した。

 

 そして――激突。

 

 戦争の幕開けだった。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 Side??? ――とある怪物の群集の後方

 

 

「う……うわ……うわぁ……」

 

 そんな戦争を、その男は後ろから見ていた。

 

 正確には、怪物の軍勢の後ろから。

 

 耳を塞いで、頭を振って、尻餅をついて、涙を浮かべながら。

 

 もう、何も考えたくない。分からない。分からない。分からない。

 

 男はふと、横を見る。周りを見る。

 あの軍勢程ではないが、そこでもやはり、怪物は人を襲っていた。

 

 逃げる人間。仕留める怪物。あちらで、こちらで、絶叫と、哄笑と、鮮血が噴き出す。

 

「おい、逃げんじゃねぇよ、テレビ屋さんよぉ」

「ひぃっ、ひぃいいいいいいいい!!!!」

「アンタ達をぶっ殺すのは最後だ。精々綺麗にこの光景を撮影してあげてくれよぉ。死に様ってのは、その命の最後の見せ場なんだからよ! ぎゃははは!!」

 

 男は限界だった。

 

 白目を剥いて、頭を、頬を、掻き毟る、掻き毟る、掻き毟る。

 爪の間に肉片が入り込み、血液がだらだらと流れ出しても、掻き毟る、掻き毟る、掻き毟る、掻き毟る。

 

「ぁぁ……ぁぁ……ぁぁああああああああああああああああ!!!!!!」

 

 男は走る。

 なんでだ。どうして一体こうなった。

 

 何もかもが上手くいかない人生だった。虐げられる人生だった。負けてばかりの人生だった。切り捨てられる人生だった。必要とされない人生だった。仲間外れの人生だった。いいことなんてなんにもない人生だった。

 

 だけど、だけど、だけど、だけど、だけど。

 

 どうしてこうなった。どうしてこんなことになったんだ。

 

 どうして、どうして、どうして、どうして、どうして。

 

「どうして!!! どうして!!!」

 

 男は叫ぶ。

 走って、走って、走って、叫ぶ。

 

 漆黒のガンツスーツがその願いを聞き届け、人間離れした脚力を提供するが、それでも何も変わらない。

 

 走っても、走っても、走って。

 逃げても、逃げても、逃げても、逃げても――何も変わらない。

 

 地獄で地獄が地獄な地獄を地獄。

 

 地獄地獄地獄地獄地獄地獄地獄地獄地獄地獄地獄地獄地獄地獄。

 

「誰かぁッ!!! 誰か誰か助けてぇぇええええええええええ!!!!!!」

 

 男は、叫ぶ。

 

 己の人生において、只一人。

 

 自分の心に入り込み、笑顔をくれた、かの人外の天使に。

 

 

「あやせたぁぁああああああああああああああああああああああああん!!!!」

 

 

 そのストーカーは叫ぶ。

 泣いて、喚いて、狂って、叫ぶ。

 

 

 地獄の中で、救いようもなく、救いを求めて。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 Side??? ――とある湿った道外れ

 

 

 そして、ここにも地獄の中で藻掻く男達がいた。

 

 ズボッ!!! と、どろりとした液体を垂れ流すスーツを貫かれたその男は、遅れるように口から黒ずんだ赤い血液を吐き出した。

 

「マコトォォォォォ!!!!!」

 

 遠からず同じ運命を辿ることになるであろう、同様に捕えられ、スーツの制御装置にその鋭すぎる爪が当てられている男が叫んだ。

 

 そして怪物は、凶悪な笑みを浮かべながら、ゆっくりとその指を件の制御装置に押し込んでいく。

 

「ははは……お前等の弱点は分かりやすいなぁ、ハンター……」

「ひっ、やめ、やめれ、やめろ、やめろ、やめろぉぉお!! 俺達はハンターとかじゃない! たすけ、たすけて、助けてくれ!! 助けてくれよ、リュウキ!!」

「フハハハハハハ! 死にそうなハンターはみんなそう言うんだよ!」

 

 その黒いスーツを着た頬がこけたくすんだ金髪の男は、自分達のグループのリーダー格で、なんだかんだ言ってずっと自分達を引っ張ってきた男に向かって、ぷるぷると手を伸ばす。救いを求めた、その手を伸ばす。

 

 だが、リュウキは動けない。あの二人のように捕えられてはいないが、自分達は今、三百六十度を敵に――怪物に、囲まれている。

 

「……なんでだぁ……っ!」

 

 ……なんでだ。……どうしてこんなことになった。

 

「どうして俺等が、こんな目に遭わなくちゃいけねぇんだ!!!」

 

 リュウキは絶叫する。

 

 そして、また一人、仲間が貫かれる。

 耳を塞ぎたくなるような今わ際の絶叫を上げ、呆気なく無残に絶命する。

 

 その絶望を味わい尽くした後、周囲を囲む怪物達は、残った自分達三人の内の一人を新たに連行する。

 

 こうして、一人、一人、たっぷりと同胞なかまの苦しむ死に様を見せつけられて、最大限に恐怖を煽ってから、リュウキ達は死んでいった者達と同等以上の絶望を味わうことになる。

 

(……もう、いやだ……やめてくれ……いっそ…………いっそ……)

 

 

「殺してくれぇえええええええええええええ!!!!」

 

 

 恐怖に呑まれた、仲間の叫び。今日の昼まで、一緒に楽しく青春を謳歌していたはずの、同胞の魂の――死の叫び。

 

 ズボッ!! と、あっけない音が響く。

 

 

 そして、また、一人――殺された。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 Side由香――とある高速道路の高架下。

 

 

 60階通り近くの、首都高速の高架下。

 そこには盾を持った特殊装備の警察官達が続々と集結していた。

 

(……な、なんなの……なんであんなに警察の人が……)

 

 ここまではまだ怪物達の進行は及んでいないのか星人の姿は見えないが、駅方面から逃げ出してきた人達で溢れかえっていて、人口密度は凄まじいものがあった。

 

 そんな中にひっそりと転送されたガンツスーツを纏った中学一年生女子――湯河由香は、その面妖な格好で周りの人物からひそひそと注目を浴びており、周りの目が気になる――というより周りからの自分の評価を恐れている年頃である由香は、頬を赤く染め、深く項垂れて、両手で自分の姿を必死に隠した。

 

(こんなことなら、何か上に着てくるんだったッ!)

 

 前回のゆびわ星人戦の時は、結局あの部屋の住人と星人しかいなかった為、由香はじろじろと一般人に見られているというこの状況が、ガンツミッションとしてどれほど異常なことか気付くことが出来ない。

 

 それよりも不思議に思うことは、こんなおかしな恰好をしているのに、ひそひそと小声で内緒話をされるだけで、他に何もされないことである。

 

 今の時代、交通事故などの人の命に関わるような非常事態でも、119番するよりも先に写真撮影が開始されることも珍しくない。

 だが、今の由香は多少注目されてはいるものの、一向に好奇の視線を向けられたりはしない。

 

 なんというか、余裕がないというか、そんな場合ではないというか――そのような空気を感じる。

 中には大声で泣いている人達もいるし、警察官の人達も無線に向かって大声で怒鳴るといった焦燥の様子を見せている。

 

(……何か、起きているの?)

 

――何が、起きてるの?

 

 そんなことを考えていると、不意に人混みの向こうから、つんざくような悲鳴が轟いた。

 

 

「ひぃぃぃぃいいいい!!!! 来た!! 来たぁぁ!!! 化け物だぁぁぁあああああ!!!!」

 

 

 その叫びに、途端に人混み全体がパニックに陥る。

 

 警察官の人達も盾を持った者達が一斉に一列に並んで、その後ろに銃を持った人達で隊列を組み始めた。

 

「あ、ちょっ……いや……あッ!」

 

 元々警察官達の陣形が良く見えるくらい、人混みの最外端にいた由香。

 突然に人混みが大きく蠢いたことで、背中から押されるようにして倒れ込んでしまう。

 

 そして、ゆっくりと起き上がる時――見えた。

 

 自分の視界から見て、右側――高架下にいるのが、警察官達。

 盾部隊十名、銃部隊十名の、およそ二十名程だろうか。これが多いのか少ないのかは、由香には分からない。これからもっと大勢の応援が来るのかもしれないし、これが今回繰り出された警察官の最大人数なのかもしれない。

 

 だが、おそらくは足りないと思った。全然、足りてないって思った。

 

 だって、由香の視界左側――街側からやってきたのは、総勢三十人は、三十体は下らない――

 

 

――異形の怪物達だったのだから。

 

 

「――ヒっ!?」

 

 由香は足に力が入らず立ち上がれなかったものの、それでも必死に悲鳴は堪えた。両手で口元を押さえて、とにかく力づくでそれを抑え込んだ。

 

 ゆびわ星人は、大きかった。見上げても、なお足りない威容。それが怖かった。

 もちろん、あの黒い体も、手に持っていた巨大な鋭い斧も、靄がかった兜の中も不気味だったけれど、何よりも怖かったのは、その大きさ。その巨大さ。

 

 だからだろうか。怖かったけれど、恐ろしかったけれど――どこか、現実味がなかった。

 

 でも、向かってくるあの怪物達は――気持ち悪かった。

 

 化け物というのなら、まさしくこちらが、こちらの方が化け物だ。

 

 醜悪――その一言に尽きる。

 醜い、悪しきもの。あんなものが、良いものであるはずがない。

 

 最悪に――災厄に、決まっている。

 

 そんな存在が、そんな悍しい存在が、数十人一斉に、こちらに向かって歩いてくる。

 

「う、撃て、撃て、撃てぇぇぇえええええ!!!!」

 

 さすがの日本警察も、悍ましき化け物達に怯んだのか、数秒の間は固まっていたけれど、それでもやがて指揮官らしき人物が我を取り戻し、合図と共に一斉に発砲した。

 

 その発砲に合わせ、化け物達はそれまでゆったりだった歩みを一気に速め、一気呵成に突っ込んでいった。

 

 化け物vs日本警察。

 その行く末は、すぐに化け物達が警察官達を覆い尽くして分からなくなった。

 

 銃声が轟き、マズルフラッシュが煌めく。

 それでも、化け物達の苦悶の声よりも、警察官達の悲鳴の方が大きいように、由香は感じた。

 

 そして由香は思った。

 

――今のうちに、逃げなければ。

 

 人が襲われているのに、正義の味方がピンチなのに、そんなことを真っ先に思ってしまったことに、現実というものを大人が思っている以上に理解している現代っ子とはいえど、まだ純粋な部分が死滅していなかった中学校入学したての由香の心は、思いの外ショックを受けていた。自分が凄く汚く、汚れていて、非道い人間のように思えて、少し涙が出た。これは恐怖によるものかもしれないけれど。

 

 それでも身体は正直だった。膝が笑っているけれど、全然力が入らないけれど、それでも必死に、必死にあの化け物達から遠ざかろうとした――が。

 

「どうしたの? お嬢ちゃん」

 

 そんな由香の頭上から、そのような声が聞こえた。

 

 由香は見上げる。

 

 その人は女性だった。なにかのパーティの帰りか、それともそういうお店に勤めているのだろうか、ひらひらのドレスを身に纏った煽情的な女性だった。あの部屋で見た新垣あやせや雪ノ下陽乃程ではないが、中々の美人。おそらくは二十代後半といったところか。

 

 由香はほっとし、笑みを漏らした。女性はしゃがみ込み「あらあらどうしたの、そんなに泣いちゃって。美人が台無しじゃない」と言って、由香の頬の涙を指で拭うようにしてその流れで――

 

――がしっ、と肩を掴んだ。

 

「………………え?」

「もしかして――」

 

 その女性は、表情を途端に醜く歪め――その吸血鬼のような牙を見せつけるように、口角を吊り上げながら、嗤って、言った。

 

「――恐ろしい化け物にでも、遭ったのかしら?」

 

 由香は、絶叫した。異形ではなくとも、容姿は人間のそれでも、由香にはその笑みが――化け物の笑みに見えた。

 

「きゃぁぁああああああああああああああああ!!!!!」

 

 叫び散らす由香を、その女は――女吸血鬼は片手で高々と持ち上げ、警察官達と戦う同胞達に向かって、力強く言い放った。

 

「いたわよ! ハンターだわ! 私達の敵! この宴の供物よ!」

 

 その言葉に、警察官達を蹂躙していた怪物達は歓喜の声を上げた。

 

 戦場の注目が、由香に集中する。

 化け物達はもちろん、体中を負傷している警察官達も、逃げ遅れて化け物に蹂躙されている一般人達も。

 

 由香は途轍もない恐怖に襲われ、何も考えられなくなる。失神しない自分が不思議だった。

 

 そして次の瞬間、女吸血鬼は由香を自分の元に引き寄せ、耳元で囁く。

 

「――じゃあね、可愛いハンターさん」

 

 そう言って、女吸血鬼は、高く、高く――由香を、化け物共が蠢くあの集団の中へと投擲した。

 

「……………………え?」

 

 瞬間、由香の中の音が消えて、叫ぶのも忘れて呆然とした。

 

 地上から、女吸血鬼の言葉が、どこか他人事のように聞こえてくる。

 

「早いもの勝ちよ!! その小さなハンターさんと遊んであげなさい!!」

「「「「うぉぉぉぉおおおおおおお!!!! しゃぁぁぁあああああああああ!!!!!」」」」

 

 化け物達の叫びが、由香には地獄へと(いざな)いにしか聞こえなかった。

 

 由香はそっと、下を見る。

 見渡す限りの魑魅魍魎。見るだけで眼球が潰れてしまいそうな化け物達が、頬を裂く不気味な笑いを浮かべて自分に向かって手を伸ばす。

 

(いやっ! いやっ!! いやッッッ!!)

 

 由香は、遂に泣き叫ぶ。

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああ!!!!!!」

 

 それでも、この超人スーツでも重力には敵わない。空までは飛べない。

 ゆっくりと最高点まで上がると、速度が一瞬零になり、やがてゆっくりと降下する他ない。

 

 由香は、天を仰ぎ――雲だらけの真っ暗な空に向かって叫んだ。

 

「助けるって言ったじゃない! この嘘つきぃぃぃいいいいい!!!!!」

 

 

 その瞬間、由香の叫びに応えるように――天から一筋の光が差し込んだ。

 

 

「――な」

 

 女吸血鬼が絶句する。

 

 だが、そんな焦りを嘲笑うかのように、その光は一人の人間を形づくっていく。

 

「あなた達! 新しいハンターよ!! 殺しなさい!!」

 

 その指示に合わせて、由香の落下地点で待ち構えていた化け物の幾体かが、新たにこの戦場へと送られてきた戦士(キャラクター)に向かって駆け出す。

 

 だが、それよりも早く、その男は完全に転送され、召喚され――真っ直ぐに、由香と目が合った。

 

 由香は涙を溢れさせ、その男に向かって両腕を伸ばす。

 

「――たすけて」

「任せろ」

 

 その男――東条英虎は、襲い掛かってきた一体の化け物の顔面を躊躇なく殴り飛ばす。

 

 ガシャァン!! と一瞬で通り沿いの建物の中に突っ込んだ。

 

「…………え?」

 

 女吸血鬼の呆然とした呟きを余所に、東条はその場でそのまま回転し、飛び込んできたもう一体の化け物の顔面を掴むと、回転を止めることなく振り回し――

 

「おらよっ!!」

 

 周りにいた他の数体の怪物を薙ぎ倒す武器として使用し、その後そのまま容赦なく投げ飛ばした。

 

「ぐぺっ!」

 

 その個体は女吸血鬼のすぐ傍の街灯に激突する。彼女はその個体を一瞥もすることなく、只々己の余興をぶち壊した乱入者を忌々しげに蔑視ていた。

 

 そして東条は、由香の落下地点に群がっていた数体の化け物に向かって突っ込んでいき――

 

「うぉ――ラァッ!!!」

 

 ゴォッッ!! と唸りを上げる一発の拳で、纏めて吹き飛ばした。

 

「……………」

「……………」

「……………」

 

 呆然とする。

 

 警察官の相手に残っていた化け物達も、その化け物に数十秒で壊滅寸前まで追い込まれていた警察官達も、周りで見ていた逃げ遅れた一般人達も。

 

「………………ッ」

 

 ぎりっ、と女吸血鬼は歯を食い縛って睨み付ける。

 

「……あ」

 

 そして、落ちてきた由香は、無事、東条の腕の中に収まった。

 

「よう、助けたぜ」

「……うん。知ってた」

 

 由香は、東条の言葉を受けて、生意気な言葉と共にはにかんだ。

 

 そして東条は由香を下ろす。由香は隠れるように東条の足にしがみついた。

 

「……さぁて」

 

 東条は首をゴキリと鳴らす。今や、この戦場の全ての視線を、その男は一身に受けていた。

 

 だが、微塵も臆することなく、気にすら留めない。傲慢なる圧倒的強者は、首をグルグル回しながら視線を巡らせ、見下ろすように不敵に言い放つ。

 

 

「オレとケンカする奴は、どいつだ?」

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 Side陽乃&あやせ――とある路線の出口近くの吹き抜け空間

 

 

 池袋駅南口。

 二人の女性の裸婦像がある空間の、とあるエスカレーター。

 

「…………」

「…………」

 

 それに乗り、ゆっくりと優雅に下っていく、漆黒の全身スーツを纏った二人の美女。

 

「にしても、わたし達を同じ場所に転送するとか、ガンツも空気読めないよねぇ~。いや、逆に読んでるのかな?」

「どうでもいいです。いずれにせよ、腹立たしいだけですから」

 

 陽乃とあやせはそんな風に、言葉の鉾を相手の急所を狙って殺意満点で、ある種穏やかに交わし合うが、それでもこの二人の周囲のみが平和なわけでは決してなかった。

 

 他の池袋各所と同様に、この場所も、紛れもない地獄の戦場だった。

 

「い、いやぁぁああああ!!! やだぁぁあああああ!!!」

「助け、たす、たすけ――ぎゃぁぁああああああ!!!」

「なに! なに!? もう、なんだっていうのよ、わけわかんないわよッ!! や、やめて、離してぇ!!」

 

 ゆっくりとエスカレーターで下りながら、下の地下鉄乗り場へと繋がるスペースで、化け物達が一般人達を追いかけ回しているのを、二人は観察しながら下っている。機械のペースに合わせながら、一切慌てることも、焦ることも――恐れることも、なく。

 

 あやせの方はどこか恐怖を堪えている様子もあるが、それでも必死に動揺を見せまいとしているのは、陽乃に対しての対抗心故か。

 

 陽乃はそんなあやせを少し微笑ましく感じながら、彼女に尋ねる。

 

「ねぇ、八幡の話だと、新垣ちゃんもその――オニ星人? っていうのと戦ったことがあるみたいだけど、あんな気持ち悪い怪物だったの?」

「……いえ、わたし達が夕方に戦ったのも、昨日のミッションの終わりに乱入してきたのも、見かけは普通の人間のようでした。……あんな……怪物では――」

 

 そう呟くあやせの目の前で、また一人、怪物に襲われる。

 その人間は殺される間際、陽乃とあやせと目が合い、必死にその手を伸ばすが――

 

「た、たすけ――」

 

 グチャ、と、潰される。怪物は既にこちらに気付いていて、まるで見せつけているかのような容赦ない虐殺だった。

 

 あやせはキュッと唇を噛み締めるも、動揺を決して表に出さず――陽乃に通用しているかは別だが――それとは異なる気付いたことを、自分よりも少し上の段にいる陽乃に尋ねる。

 

「……今のって……もしかして――」

「……見えてる、みたいだね。……敵だけじゃなくて、普通の一般の人まで、わたし達のことを……」

 

 陽乃は覚えている。

 

 あの千手観音のミッションの時、大仏と戦っている時にエリアに迷い込んだ一人の壮年の男。彼は、大仏の足が自身を踏み潰そうとした時でさえも、大仏にも、陽乃達にも気づく様子などまるでなかった。

 

「どういうことでしょうか……」

「……八幡の言ってたような、ガンツのイレギュラーって奴なんじゃないのかな? それより――お待ちかね、みたいだよ」

 

 既に一般人を狩り尽し終えたのか、ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべて、化け物達はエスカレーター出口に集結する。

 

「さっさと片付けちゃおうか。早く八幡と合流しなくちゃいけないしね」

 

 そう言って、陽乃はその漆黒の長槍を構える。

 文字通りの高みから見下ろし、化け物の集団に微塵も臆することなく、不敵に、凶悪に微笑んでみせる。

 

「………………雪ノ下さん、これだけは言っておきます」

 

 あやせはそんな陽乃を下から見上げ、その美しい顔立ちだからこそ恐ろしく映える形相で睨み付けながら、宣言する。

 

「――わたしは、比企谷さんの『本物』になることを、絶対に諦めません。……絶対に」

 

 陽乃はああ言っていたが、肝心の八幡が、あの時、ああ言っていた。

 

――俺の、『本物』になってください

 

 あの告白こそが、()()()()()()()()()、雪ノ下陽乃が比企谷八幡の『()()()()()()という――何よりの証拠。

 

 ならば、諦める道理など、ない。有り得ない。

 

 とても甘く、何よりも綺麗な――『本物』という繋がり。

 

 絶対に、逃すものか。絶対に、渡すものか。

 

 例え、今はこの女性の方が上に立っていようとも、前に立っていようとも、必ず押し退け、排除し、引きずり下ろす。

 

「その席は――わたしのものです」

 

 雪ノ下陽乃は、その宣言を威風堂々と受け止める。

 嘲笑うのではなく、不敵に笑う。やれるものなら、やってみろと――女王のように。

 

「やれるものなら、やってみなさい」

 

 酷薄に笑う――魔王のように。

 

 しばし眼差しを交わし合う二人。

 

 そのことに痺れを切らした、下で待つ化け物の一人が――

 

「テメェら、ナメてんの――」

 

 その先の言葉は、言えなかった。

 

 突如、雪ノ下陽乃と新垣あやせは、手すりに乗り上げ――それぞれ別方向に跳んだ。

 

 陽乃は右へ。あやせは左へ。

 

 それにより、エスカレーター出口付近に固まっていた化け物の集団は、左右から挟撃される憂き目に遭った。

 

「このや――」

 

 あやせのハイキックが、化け物の顎を抉り飛ばす。

 

「ふっ!」

 

 見上げるような体躯の化け物を、陽乃は槍を下から突き上げるようにして、的確に顎を貫いた。

 

「て、テメェら!! ()れ! ()れ!!」

 

 混乱に陥る化け物集団。一方的に狩る者側だった捕食者達が、漆黒の髪を靡かせる二人の美しい狩人(ハンター)によって狩られていく。

 

 殺す者と、殺される者が、目まぐるしく入れ替わる。

 

 これが戦場。これが戦争。

 

 地獄に相応しい殺し合いだった。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 Side八幡――とある飲食店が立ち並ぶ裏通り

 

 

 

 殺して、殺して、殺した。

 

 殺して、殺して、殺し回り、殺して、殺して、殺しまくった。

 

「ぐ、ぁあッ!!」

「まてや――がぁアァッ!?」

「ちょ、ちょっと待てよ……な……はは……ぐぁぁっ!!」

 

 タネさえ分かれば、大したことじゃない。

 周波数とやらを弄って透明化していて、それを修正して見えるようになるコンタクトを付けてるってんなら――またこちら側で再度、周波数を弄ればいい。

 

 周波数はコントローラのこのスティックで変えることが出来る。

 今まではこのゲージみたいなのを最大にして透明化していたが、奴等はそれに対応している。なら、最大とは言わず、四分の三くらいのゲージで透明化すれば、奴等にも通用するんじゃないかと思っていたが、案の定だった。

 

 この周波数の状態が、奴等の最大ゲージ対応のコンタクトによる視界でどのように見えているのかは分からないが、まるっきり効果がないってわけじゃないみたいだ。

 それでも、いつものように透明人間になれているわけではないだろうが――それでいい。認識しづら(みえにく)くなる。それで十分だ。

 

 俺が転送されたのは、この複雑に入り組んだサンライト通り近くの路地裏――何度かメイトに来た事があるから分かる。アキバのよりも少し広いからたまに来たくなるのよね。ブクロにはなりたけもあるし。少し遠いが。

 

 まぁ、そんな場所で、そんな戦場。しかも、今は夜。

 

 その条件下で、認識しづら(みえにく)くなった状態で、俺のステルスヒッキースキルを駆使すれば――

 

「ッ!? て、テメェ、どっから――」

 

 ギュイーン、という甲高い音と、青白い発光。完璧に入ったな。

 

――ここまで俺にとっての好条件が揃えば、“元”人間の怪物共なんざ、いくらでも狩れる。

 

 下手に奴等についての前知識があったからか、初めは怪物共が跋扈する池袋に転送されたことで戸惑ったが、マップを見てすぐに奴等が標的だと分かった。

 

 ……この怪物と黒金達は何か明確な違いがある品種のようなものなのか、それとも奴等がこの怪物に変身できるのか。または――してしまうのか。……この情報は、大志からは聞かされてなかったな。

 

 

『俺が、完全にあっち側に行ったら……お兄さんが、殺してくれないっすか?』

 

 

 ……これが、あっち側、なのか?

 

 バンッ!! と頭部を破裂させ、倒れ込む怪物。

 

 ……見た目はいくら怪物でも、所詮、人間上がりだ。どうしたって“目”で標的を追っちまう。だから比較的に御しやすく、苦戦もしなかったが……。

 

「……………」

 

 油断は禁物だ。

 

 こんな小細工は、確実に黒金には通用しない。そして、アイツは必ず、この戦場に――池袋にいる。

 

 ……それに、少し気になることも出来たしな。

 

 俺が殺したこの五体の怪物達――どれも一様に人間の姿から変わり果てた怪物だったが、一人として同じ形態のものはいなかった。

 

 それに――

 

「………………チッ」

 

 もし、この仮説が正しければ、吸血鬼共は――オニ星人共は、ただでさえとんでもない強敵だとは思ってはいたが、その予想以上に厄介極まりない難敵だ。

 

 紛れもなく、俺が出会った中で、史上最強の星人。

 

 ……これは早く、陽乃さんと合流した方がよさそうだな。

 

 俺はマップを起動する。今回は池袋駅を挟んで、東口側に四分の三、西口側に四分の一くらいの割合のエリアのようだ。……まぁ、だが――

 

「――この頭の爆弾が爆発するか、怪しいもんだけどな」

 

 さっきの戦い――路地裏とはいえ、俺と星人の戦いに居合わせちまう人間も何人かいた。

 そこら中に転がる人間の――一般人の死体。そして、居合わせた奴等は星人を見て、そして()()()()、一目散に逃げ出した。

 

 つまり俺等と星人の、一般人に対する周波数ステルスが機能していない。

 そして、どういうわけだが分からないが、制限時間まで設定されていない。

 

 これは……急な連戦でガンツの前準備が整わなかったということなのかとも思うことが出来るが――これだけ異常事態が重なれば、ガンツ自身の異常――もしくは思惑と考えた方が正しいのだろう。

 

 イレギュラー尽くしのミッションだ。だが、だからこそ――ここで、この戦争で、奴等を屠る。

 

 奴等を――奴を。

 

「…………」

 

 俺は、マップを仕舞う。

 

 そして、俺に近づく赤点の方向――背後に向かって、ゆっくりと振り向く。

 

「よお、縁があるな。運命感じちまうぜ、死ねよ、お前」

「相変わらずダサいグラサンしてるな。見飽きたんだよ、死んでくれよ、お前」

 

 全く、どんなエンカウント率だ。

 ボスキャラはボスキャラらしく、魔王の城とかで偉そうにふんぞり返っておけばいいものを。

 

 見上げるような長身に、革ジャン。逆さ帽子に、そして真っ黒な濃い色のサングラス。

 

「ふん、ご不評とあれば、外してやるさ。どうやら相変わらず狡こすい小細工をしているようだしな」

 

 俺の今のステルスは、不完全な周波数に敢えて設定してある。

 つまり、肉眼でみれば、俺は四分の三透明人間ってことだ。確かに見え辛いが、見えないわけじゃない。そして、こいつの五感ならば、それで十分なんだろう。そんな風に思考していた俺だったが――

 

「――ッ!」

 

 思わず息を呑んで、跳び下がって距離を取り、Xガンを奴に向けた。

 

 奴は、黒金は――隻眼だった。

 左目に縦一文字に裂傷を負っている。間違いなく、眼球を破壊されている深さの傷だ。

 

 だが、それだけなら恐怖を感じる程じゃない。これ以上に醜悪な怪物を、俺はついさっき殺しまくったばかりだ。

 

 しかし、奴の目は、無事な右目は――

 

「……おい、どうした? お前のリクエストに応じて、恥ずかしいのを堪えてコンプレックスの糸目を晒してやったんだぜ。感想の一つでも言ってくれてもいいんじゃねぇか?」

「……そうだな。いや、恥ずかしがることなんかない。素敵な目だよ」

 

 俺は、さぞかし下手糞な、引き攣った笑いを浮かべているんだろう。

 それでも俺は、不敵に言う。格好つけて、見栄を張る。

 

 だがこれは、紛れもなく、俺の本心だった。

 

「怪物らしい、悍しい目だ」

 

 奴は俺の言葉に対し、楽しげに笑みを浮かべる。

 

 自分で糸目だと言った、その目を――右目を――

 

――真っ赤な満月の如く不気味に赤いその目を、いっぱいに――目一杯に見開いて、凶悪に笑う。

 

 ……おいおい、なんでコイツ化け物度が上がっちゃってんの? 本当に勘弁してくれよ。

 

「そうかそうか、誉めてくれてありがとよ」

「なぁに、本心だよ。言わせんな恥ずかしい」

 

 だが――やるしか……()るしか、ないか。

 

「さぁて、楽しいトークはこれくらいにして――そろそろ始めようか。そして終わりにしようぜ」

「……せっかちな奴だな。だが、まぁ――同感だ」

 

 俺はゆっくりとガンツソードを引き抜く。

 

 流石に心の準備は出来てないが、戦場にいる以上、覚悟はしてたさ。

 ……逆に考えれば、コイツが陽乃さんと合流する前に会えてよかったと言える。コイツとエンカウントしたのは、恐らくは俺が最初だろう。

 

 最初で、最後だろう。最後にする。今なら俺で、最後に出来る。

 

 なら、ここで決める。ここで――

 

 

「「――殺してやる。さっさと死ね、化け物が!!」」

 

 さあ、オニ退治を始めよう。

 

 生憎、俺は桃太郎みたいな勇者じゃなく――お前と同じ、“鬼”だけれど。

 

 お前には――俺には、それくらいの方が相応しいだろ。

 

 勇者(しゅじんこう)様の手を煩わせるまでもない。

 

 ここで死ね。ひっそりと、薄暗い路地裏で、嫌悪する同属(おれ)の手にかかりながら、無様に、不幸に死ね。

 

 

 どうせお前は――俺達は、ロクな死に方なんて、出来っこないんだから。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 Sideパンダ&『死神』――とあるどこかのビルの屋上

 

 

 そんな光景を、そんな戦場を、そんな戦争を。

 

 ジャイアントパンダと『死神』は、文字通りの高みから眺めている。

 

「……中々、素晴らしい光景ですね。まさか平和国日本で、これほど悍ましい戦争を見学することが出来るとは」

「…………」

 

『死神』の言葉に、パンダは何も答えない。

 だが、そんなことを、この『死神』は許してはくれない。

 

「後悔、しているんですか?」

 

『死神』は、戦場に向けていた視線を、まっすぐ横にいるパンダに向ける。

 

「あなたが大人しく、今日のミッションの標的(ターゲット)を始めからオニ星人にしていたら、少なくともここまでの取り返しのつかない事態にはならなかったでしょう。――あなたらしくないミスだ」

 

 そう、元々の予定では、今日のガンツミッションは、彼等――オニ星人のアジト周辺をエリアに設定し、始めからオニ星人を標的に行われる筈だった。

 

 当然といえば当然だ。ミッション終わりに唐突に乱入され、日中に戦士(キャラクター)を、自身の管理外で襲われた。

 

 そこまでされて、ガンツのオニ星人に対する脅威認定が、優先順位が上がらないわけがない。

 

 ガンツのミッションの標的は、通常――何か組織の“上”の恣意的な思惑がない限り――その黒い球体がランダムで、言うならば適当に設定する。

 

 だが、それでも、何事にも例外はあり、特別危険度の高い星人がいた場合、そして一般人に多数に目撃されて存在の隠蔽が難しくなった場合、その星人は優先的に標的にされ、排除される。

 

 ガンツにとって、何よりも優先されるのは情報の隠蔽だ。

 それ故に、それに応じて優先順位が決定づけられるのは当然と言える。

 

 そういう意味では、オニ星人のとった行動は、確実にアウトな行為だった。

 

 だが、それを直前になって変更し、大して脅威判定の高くないゆびわ星人へと変更したのは、このパンダによる独断の判断と、上司としての強権の発動だった。

 

 しかし、結果として、その判断は致命的なミスとなり――オニ星人は、黒金は、取り返しのつかない革命を起こした。

 

「……今の彼等では、オニ星人(やつら)には勝てない。……もはや、カタストロフィは目前なのだ。ここに来て、優秀な戦士(キャラクター)をこれ以上失う前には――」

「――その結果が、これですよ」

 

 地球を守る。

 

 それが、パンダの、そして彼が属する〝組織”の理念。

 その言葉の下に、世界中の人材が集結した、平和の為の世界組織だった筈だ。

 

 だが、目の前の、眼下に広がっているこの光景は――広がっているこの地獄は、明らかにその素晴らしく耳に優しい言葉とはかけ離れていた。

 

「それとも、これもあなたの計画の内ですか?」

 

『死神』は、尚も囁く。

 その心の中に入り込むように、鋭く、深く、切り込んでいく。

 

 優しい笑顔と、優しい言葉で、容赦なく切り込んでいく。

 

「結果として、今回の標的としてのオニ星人の戦力は、大幅に削ることが出来ました。最大派閥が丸ごととはいえ、吸血鬼組織としての幹部は一人――そして何より“始祖”と“懐刀”がいないのだから。ミッション難易度は大幅に下がったといっていいでしょう」

「…………」

「まぁ、それでも私の見込みでは、勝てる確率は良くて五分五分、といったところでしょうが」

 

 パンダは何も答えない。話さない。

 言葉を解さない獣のように。動物園の檻の中の愛玩動物のように。

 

 それでも『死神』は続ける。優しい笑顔と、優しい言葉で。

 

「そして、この地獄も、ある意味ではきっかけとすることが出来る。――あなたの言う通り、カタストロフィはもう目前なのですから。……ここのところ、二次被害もさすがに甚大になってきて、各国政府の揉み消しが限界に来ているようですし」

 

 と、死神は語り終えて、口を閉じた。

 

 パンダはやはり何も語らず、『死神』もそれ以上、言葉を投げ掛けることはなかった。

 

 言葉が返ってくることを諦めたのか、それとも無言のパンダから、何か答えを得ることが出来たのか。

 

「――まぁ、それも全て、ここで彼等が勝利すれば、の話です」

 

 だからこれは、返答を期待しない、ただの明確な会話の終了を示す結びの言葉だった。

 

「ここで彼等の獅子奮迅の健闘を願いながら見守るとしましょう」

「彼等は勝つ」

 

 故に、ここでパンダがこう口を開くのは、流石の『死神』も予想外だった。

 

「勝ってもらわねば困るのだ――地球の為にもな」

 

『死神』は、そんなパンダをしばし呆然と眺めながら――

 

「……そうですか」

 

 と、だけ返す。

 

 それ以上に切り込むのは無粋であると、『死神』は引き下がった。

 

 

 その声は、優しく、その笑顔は、優しかった。

 




戦争は、初心者であろうと玄人であろうと、誰に対しても平等に無慈悲である

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