比企谷八幡と黒い球体の部屋   作:副会長

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俺の部下を、舐めんじゃねぇ

Side陽乃&あやせ――とある路線の出口近くの吹き抜け空間

 

 

 その二人の狩人(ハンター)は、漆黒の髪を闇夜に靡かせながら、まるで踊るように戦場を舞った。

 

「ふっ!」

 

 陽乃は敵の大振りの攻撃を躱し、そのがら空きの胴体に槍を突き刺しながら、その個体を盾にするようにして前方の他の個体にYガンを発射する。

 

 光を纏う捕獲ネットが、暗闇を滑空しながら件の個体を捉えた。

 

「な、おま――」

 

 そして、その個体の隣にいた別の個体が、同胞の窮地に動揺し、一瞬視線がそちらを向いたその瞬間、既に盾から引き抜いていた漆黒の槍がその個体の頭部を貫く。

 

「――な」

「バイバイ」

 

 驚愕するYガンで捕えられた個体は、いつの間にか自身に接近していた陽乃に気付くことなく、もう一度Yガンで撃たれ、そのまま天に向かって転送される。

 

(……大体、片付いたかな?)

 

 辺りを見回すと、怪物達はその数を大幅に減らしていた。

 

 奴等は人間のような知性を持っていても、格別に頭が切れるわけでも、特別に集団としての戦闘訓練を受けていたわけではないらしい。

 いいとこチンピラやヤンキーの喧嘩集団といったところか。近くに居る敵に手当たり次第に殴りかかるといった単純な行動パターンだったので、陽乃にとっては対応に苦労しない敵だった。

 

 一体一体もそれほど群を抜いて強いわけではない。千手ミッションの時の終盤の仏像程だろうか。

 あの千手観音とは比べものにならない。この程度の敵ならば何十体集まろうが、雪ノ下陽乃の敵ではない。

 

 ふと、とある方向に目を向ける。自分と少し離れた場所――三体程の敵に囲まれているのは、新垣あやせ。

 

 陽乃とは、つい先程自己紹介を交わし合ったばかりの――おそらくは、比企谷八幡に並々ならぬ感情を抱き始めている少女。

 

 気に食わない――だけど、どこか憎めない。

 

 そして、“あの少女”と、少し面影が重なる少女。

 

 ……なんか、似てる。

 陽乃は、あの少女と言葉を交わす内に、そんな思いを抱き始めている。

 

 声や、黒髪だけじゃない。いや、むしろ、そこ以外は、二人は外見上はあまり似てはいない。

 

 けれど――どこか、重なる。

 

 愚直なくらい、愚かで真っ直ぐで、純粋なところ。

 

 我が強いところ。自分の考えを曲げず、それが正しいと思い込むところ。

 

 けれど、芯は少し脆くて、他人に依存しがちなところ。

 

 陽乃はあやせのそんな性質を、この短時間で直ぐに見破った。

 

 それは、多分、どこか〝雪乃”に――〝妹”に、似ていたから。

 

 けれど――やはり、異なる。

 新垣あやせは、雪ノ下雪乃とは、違う。

 

 決定的に、違う。

 

 決定的な、違いが、ある。

 

 それは――

 

「――あぁ、うっとうしい」

 

 低く、冷たい、呟きが聞こえた。

 

「……そろそろ、かな?」

 

 陽乃は目の前の怪物(ざこ)を斬り伏せながら、再び、その少女の方を向いた。

 

「あぁん? ガキが、テメェ、何かほざきや――がふぁッ!!??」

 

 あやせは俯いた顔を上げると、修羅のように目の前の怪物を睨み付けながら、大きく膝を曲げ、飛び上り、右膝で敵の顎を蹴り砕いた。

 

「――な!」

「こ、こい――」

 

 ギュイーン! と、着地と同時に左側の敵にXガンの攻撃を浴びせる。

 

 ギュイーン! ギュイーン! と続けざまに連射する。「て、てめ――」と撃たれた敵があやせに向かって手を伸ばすも、それが届く前に呆気なく破裂した。

 

「このアマ――ぐふぁっ!!」

 

 そして、残る一人が背を向けるあやせに飛び掛かろうとするも――後ろを向いたまま、あやせは、半歩横に移動し、鋭く足を上げて、その後頭部に踵を振り下ろした。

 

 ガンッッ!! と地面に叩きつけられる怪物。

 そのまま、あやせは顎を蹴り砕いた星人と共に、その個体にXガンの連射を浴びせ、確実に止めを刺す。

 

 バン!! と屍が破裂すると共に、吹き出した返り血を浴びるあやせ。

 

 だが、あやせは苦々しい表情でそれを拭うと――そのまま残存する標的に、殺意の篭った眼差しを振り撒いた。

 

「次は――誰です?」

 

 ゾっ!! と、一歩、怪物達は後ずさる。

 

(……やっぱり)

 

 陽乃は〝それ”を冷たい眼差しで見遣る。

 

 これが――雪ノ下雪乃と新垣あやせの違い。

 

 雪乃は、普段は苛烈で孤高。他者に対して厳しく攻撃的に振る舞うが、その内面は打たれ弱く、支えを求める。

 

 だがあやせは、普段は明るく心優しい。他者に対して礼節と尊敬を持って接する――が、その内面は――自分が価値を見出さないもの、自分の目的を邪魔するもの、認めないもの、許せないもの――つまり、敵。

 

 敵に対し、恐ろしく冷淡で、容赦なく――非情。

 

 どこまでも、どこまでも、どこまでも――攻撃的になれる。

 

 正反対の、二面性。

 

 内に秘めるものの違い。

 

 新垣あやせ。

 

 心優しく、純粋で、正義感が強く、自分の好きなものに対しては、どこまでも理想を――理想的を、求める少女。

 

 そんな彼女が、内に、心に、秘めるものは――

 

「………………」

 

 陽乃は、そんなあやせを細めた瞳で眺めた後、彼女に恐怖し動きを止めている怪物に向かって駆け出す。

 

(……まぁ、今は静観かなー。こういうタイプは、壊れる時は勝手に壊れるものだからねぇ。……それはもう、悲惨なくらい、盛大に)

 

 陽乃は冷めた瞳のまま、一体、また一体と串刺しにしていく。

 

 あやせも淡々と、敵の頸を蹴り砕き、Xガンで吹き飛ばしながら狩っていく。

 

 この後は、狩る側と狩られる側が入れ替わることは、終ぞなく。

 

 戦争ではなく、まさしく一方的な狩りとなった。

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 

 

 Side八幡――とある飲食店が立ち並ぶ裏通り

 

 

 こんなのは戦争じゃない。殺し合いでもなければ、戦いですらない。

 

 ただの、一方的な――狩りだ。

 

「いい加減、ちょこまかと逃げてんじゃねぇよ、獲物がぁッッ!!」

「――ッ!?」

 

 俺は無我夢中に、その扉が開いていた店舗に向かって飛び込む。

 

 が――その扉は背後の追跡者によって、ガシャァンッ!! と軽々と盛大に破壊され、回転寿司屋の店内に破片が降り注がれる。

 

「――チッ!!」

 

 俺はそのごたごたに紛れ、再び周波数を弄り、透明度を変化させる。

 こんなのは小細工の中の小細工だが、相手が一瞬訝しむ――それくらいの、その程度の、違和感のようなそれでも、作れる隙はほんの少しでも欲しい。

 

 案の定、奴は一瞬、俺を見失ったようで、盛大に舌打ちをしながら、片腕だけ変化させた怪物の右腕を大きく引き、吠える。

 

「……人間(ゴミ)がぁっ! そんなに一瞬の寿命が欲しいかッ!!」

 

 俺は入ってきたのとは別の出口――をスーツの力で壁をぶん殴って強引に作り出し、脱出する。

 

 その一瞬後に――その店舗は吹き飛んだ。

 

 黒金の、たった一発の拳によって。

 

「くっ――」

 

 俺は、その衝撃に背中を押されながら、とにかく物陰に身を隠す。

 

 黒金は、ゆっくりと砂塵を纏いながら、表情を険しく歪めながら、倒壊した店舗から姿を現す。

 

「……おい、いい加減ヘイト値はマックスだぜ、腐れハンター。……テメェ、やる気あんのか?」

 

 奴は低い迫力の篭った声で、そう呟く。……だが、見当違いの方向を向いているので、一応、姿を隠すことには成功したらしい。

 

 悪いな。お前にとっては相当苛立つ戦い方だろうが、俺にとっては正攻法なんだよ。

 

 ていうか、お前みたいな化け物と、真正面から真っ向勝負なんざ、出来るわけねぇだろ。夕方のあれは、相当な奇跡の集大成なんだ。一歩間違えたら死亡みたいな綱渡りを何回渡ったと思ってやがる。

 

 それでも――殺せなかったんだ。全く、届かなかったんだ。

 

 俺と黒金には、それくらいの歴然とした差が――戦力差が――戦闘力差が、明確に存在する。

 

 その上……あの腕だ。人間みたいな容姿とは、明らかに異なる形の――異形の右腕。

 

 この池袋のあちらこちらを跋扈する怪物達と同様の、化け物の右腕。……ってことは、おそらく……あいつも――黒金も、変身するんだろう。

 私はまだ二つ変身を残しています。その意味が、分かりますね? ってか。戦闘力は53万ですってか。冗談じゃねぇんだよ。ふざけんな、このフリーザ様め。俺はサイヤ人じゃねぇんだよ。あんな戦闘大好きドM集団じゃねぇんだ。死の淵から生還する度に強くなるみたいな便利機能(チート)は持ち合わせていませんごめんなさい。……いや、まさか実際に二回は変身したりしないよね? 一回だけだよね? なんかすっきりとしたフォルムになったりしないよね? ゴールデン黒金とか勘弁してよ。やだっ、名前的に金が二つもあってお洒落! 勘弁してくださいお願いします。

 

 ……はぁ。でも、実際の所、一回は変身したりするんだろうな。そんで変身したら戦闘力が跳ね上がったりするんだろうなぁ。はは、死にてー。これなんてバトル漫画?

 

――だが、死ぬ訳にはいかない、しな。……なら、律儀に変身シーンを待ったりする必要なんかない。むしろ積極的に邪魔してやる。俺にお約束は通用しねぇ。どやぁ。

 

 奴が今の所右腕だけしか変身してないのは、何かリミッター的なものがあるのか、それとも単純に出し渋っているだけか――どちらにせよ、チャンスでしかない。

 

 これまでのアイツの行動からして、あんまりヘイト値を上げすぎると、後先考えずにむしゃくしゃしたからやったみたいな思春期な理由で完全に変身して、ここら一帯を吹き飛ばしかねない。マックスとか言ってるが、後先考えずに大暴れしていないだけまだ奴の頭には血が上りきってはいない。まぁ、相当頭に来ているのは本当だろうが。

 

 だが、完全に頭を冷やされ、落ち着いて冷静に戦われたら――万全なコンディションで真っ向勝負に持ち込まれたら、俺に勝ち目はない。

 

 コントロールするんだ。戦況を――戦場を。奴の俺に対するヘイト値を。

 

 場は何も強者だけが――狩る側だけが支配するもんじゃない。

 

 追われる弱者も、狩られる側の獲物も、調子に乗って追いかけてくる肉食動物を、知らず知らずの内に崖際まで追い詰めることだって出来る。

 

「…………」

 

 夕方の戦いの時にはなかった、この小細工道具達。あのクローゼットから持ってきたアイテム類。――何も、奥の手があるのはアイツだけじゃない。

 

 やってやる――()ってやる。

 

 圧倒的な力を持つ、一方的に狩る側の強者。上から目線で弱者を見下す強者。

 そいつを、俺の支配する戦場に引っ張り込み――引きずり込み、引きずり下ろし、殺し合いの戦争に縺れ込ませてやる。

 

 焦るな。アイツはボスだ。

 制限時間もなくなったんだ。どれだけ時間をかけてもいい。

 

 コイツさえ、殺せば――

 

「――俺さえ殺せば、あとはどうとでもなる。……そう考えているな、ハンター」

 

 ピクリ、と、Xガンの引き金にかけていた指が動きかける――が、そこはさすがにガンツミッション歴の長いベテラン選手の俺、余裕で動揺を押し殺す。……嘘です、すげぇビビってました。なんだよアイツ、読心まで出来るの? ここにきて更にインテリキャラまで上乗せサクサクされたら絶望を通り越して引くわ、と思いながら、俺は声を押し殺し、黒金の言葉に耳を澄ます。

 

 ちらっと物陰から外を見たら、奴は相変わらず見当違いの方向を向いていて、だが、それでも俺が近くにいることは確信しているのか、顔を上げて、声を張り上げて、その強者の言葉を続けた。

 

「確かに、今回のこの事件を引き起こした吸血鬼は俺の配下達だ。――つまり、俺がリーダーで、俺が最強だ。お前らが言うボスって奴だ。そういう意味では、俺を殺せば、後はどうにかなるかもな」

 

 ペラペラと重要っぽい情報を提供してくれる黒金。

 

 まぁ、黒金をボスだと考えていた俺なので、そこには驚きはない。……だが、当てにならないと評判なガンツのサンプル画像が黒金だったので、ひょっとしたら黒金よりもヤバい隠しボスがいるんじゃねぇかと危惧はしていただけに、少しほっとした。……まぁ、黒金も把握していない隠しボスがいる可能性や、黒金が嘘を吐いている可能性も否定しきれないが、今はそこまで考えていてもしょうがないのは確かだ。……そういったことは、どっちにせよ黒金を殺してから考えるべきことだ。

 

 それよりも俺が気になったのは、“今回”、そして“黒金の配下”、という言葉。

 

 そこから、以前にも――今回ほど大規模ではないにしても――事件を、戦争を起こしたことがあるという前科や、そして黒金が従えていない別のグループの存在……そんなものを感じ取ってしまうのは、俺の性格が捻くれているからか?

 

 ……いや、桐ケ谷はあの氷川とかいう金髪に襲われていたといっていたし、夕方の事件の時に“篤グループ”の奴等に一泡吹かせられるとか言っていた奴もいた。……つまり、全ての吸血鬼がここに来ているわけではないということか?

 

 だが、それはあくまで今回に限れば――今後再び厄介事として降りかかってくる可能性は否めないが――それは朗報のはずだ。一つのグループのリーダー格――つまり、黒金と同等クラスの化け物は、今この戦場にいないということなんだから。

 

「だがな、俺は割と今回のこの戦争に賭けているんだ。全力全開で戦争(こと)に当たらせてもらっている。――ウチの組の、総力を挙げてって奴だ。……つまり、何が言いたいのかって言えばな――」

 

 そこで、黒金は、一際低く、恐ろしく――冷たい一言を告げた。

 

 

「俺の部下を、舐めんじゃねぇ」




美しき狩人たちは舞踊し、醜き狩人は蹂躙する。

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