TS転生者「不死鳥は 再び墓地より 舞い戻る」 作:ししゃしょしぇい
シャークさんぶち転がし事件から一ヶ月くらい経った。
駅前広場なんて目立つ場所で彼を後攻ワンキルしたことで、無冠の女王(笑)とやらの伝説には更なる一ページが刻まれたらしい。
けれど、私の学園生活にこれといった変化はない。
札付きを破ったヒーローとして持て囃されることもない。
やっかみや嫌がらせを受けることもない。
基本的には、ただ遠巻きに眺められるだけ。
大体そんな感じである。
私は陰キャだ。
そして「コミュニケーション」とは、元来とてもコストが高い行為なのだ。
手札・フィールド・墓地をすべて裏側除外するくらいには高いと言っても過言ではない。
つまり、その…………仲のいい子が、いないのだ。
おかげで生徒の視線も、たぶん異物を見るそれに近い。
ぶっちゃけ気まずい。
でも、どうしたらいいかわからん。助けてくれ。
「……」
そんな私だけど今は外出中だったりする。
本日は日曜日。
向かった先は駅前広場。
「──ホープ剣・スラッシュ!」
物陰からこっそりと眺めていたデュエルは、まさに終局を迎えようとしていた。
対戦していたのは、遊馬先生とシャークさん。
親の顔よりも見た《ダブル・アップ・チャンス》発動、からの攻撃力5000の「ホープ」の一撃。決着。
勝者────九十九遊馬。
はい。そうです、原作がいよいよスタートしました。
ちゃんと二人がデュエルして、ナンバーズも出てきた。
私の存在による物語への影響がなかったことが証明されたのだ。
ガハハ勝ったな。風呂食ってくる。
いい気分だ。
「……見たいものは見れた。そろそろ頃合いかな」
野次馬が散り始めた。
この流れに乗って、私も無名の観客としてこの場を去るとしよう。
「……」
チラと、遊馬に視線を向ける。
虚空──たぶんアストラルがそこに浮いているんだろう──に向けてキレる彼の姿は、エビみたいな髪型をしている以外はまだふつうの少年にしか見えない。
ここから彼の伝説が始まると思うと、なんとも面映く感じ──いや、待て。シャークさんどこ行った?
「お前は、有明……」
げえっ!?
ぎぎぎ……と油のさしていない機械のようなぎこちなさで振り向く。
案の定、そこには神代凌牙(14)少年がいた。
表情は、何とも言えない。
怒り、情けなさ、屈辱、やるせなさ、失意……とてもごちゃごちゃしているように見える。
か、関わりたくね~……。
「………………神代くん」
やめっ、やめとけ私。マジで。
その場の雰囲気で会話のキャッチボールを始めてはいけない。
「……お前も、見てたんだな」
ほら見ろ、こんなキラーボールを捌かないといけなくなったじゃないか。バーカバーカ!
ど、どうする……?
「うん、見てたよ」 → 「見てんじゃねえよ」と八つ当たりされる。
「通りがかっただけだよ」 → 「見え見えの嘘ついてんじゃねえ」とキレられる。
えっ何これ詰んでるんですけど。
「……」
「……チッ」
舌打ち怖いよぉ……。
ごめんってば。なんて言えばいいかわからなかったんだよぉ……。
あー……えっと、そうだ。
「惜しかったね」
ねぎらいの言葉。
私が咄嗟にひねり出したにしては、とても無難オブ無難。
これでキレられるなら、もはやシャークさんのほうが悪いまである。
「それじゃ」
「……おい。待て。もっと他に──」
ひぃん。もう帰らせてよぉ……。
「……何か?」
「っ…………なんでも、ねえ」
何です、その間は。
絶対なんでもあるじゃないですかヤダー。
しかし、こういうのを聞き出す方法なんて私は当然知らない。
というか、どうせ藪蛇に決まっている。お口チャックだ。
彼は私を見逃すと言っているのだ。
なら、儲けたと思って乗っかるのが人生得というものだろう。
「またね、神代くん」
もちろん社交辞令である。君の居場所は遊馬先生なんだ。どう間違っても私じゃない。
私は逃げるようにその場を後にした。
*
翌日から、シャークさんは学校に来なくなった。
気にならないこともない。
だからといって、不安でもない。
ここは原作通りだ。
遊馬先生が何とかしてくれるはず。
そんなことよりも、考えるべきなのは私の身の振り方だ。
今のところ大筋への影響は出ていないけど、私の存在がシャークさんの中で意味を持ちはじめてしまっている。
これはよろしくない。
彼にとって拭い去りがたい「屈辱の記憶」のひとつとなるのは仕方がないにしても、それ以上の存在になってはならない。
では、どうするかというと、だ。
ナンバーズである。
あれに関わらないようにする。
ゼアル世界だったら、これを守るだけで背景までフェードアウトできるだろう。
私は「妙に強かったゲストキャラ」のポジションを狙う。
大丈夫だ、あてはある。
ナンバーズには心の闇を増幅する、という設定がある。
実際にアニメ本編でも、ナンバーズ使いには傍目から見れば様子がおかしいヤツが多かった……と思う。
なんか強気で、なんか傲慢で自分勝手で、なんか加害的。
あとは、これは演出上の問題かもしれないが、彼らの身体のどこかには、アストラル文字の数字が刺青みたいに浮かび上がる。デコとか、肩とか、頬とか。
つまり、ナンバーズ使いは
回避可能なのだ。
それでも一応、「万が一」ということはある。
流れでナンバーズ使いとデュエルしないといけないシチュエーションが来るかもしれない。
だから、その時の対応方法も考えてみた。
…………まあ、ソッコー叩き潰すしかないよね、うん。
だって、ナンバーズは曰く付きのカードだ。
自我を持っていたり、所有者に恩恵や異能を授けたりする。
アニメには出なかっただけで、デュエルを「闇のゲーム」化させるのが混ざっていても、全然おかしくない。
そんなのを相手に日和っていたら命に関わる。
だから、ナンバーズは出される前にケリをつける。もし出されたらマッハで処理する。
そして、勝った後はすぐに退散だ。
ナンバーズの回収? するわけないだろ。元の所有者にそのまま管理してもらうのが一番だ。遊馬先生とか
私は平穏に暮らしたい。
だから、その場さえ凌げれば十分なのである。
それから一週間くらい経ったころだろうか。
私個人には火の粉が降りかかることなく過ぎていた日々に、変化が訪れた。
時は、平日の放課後。
「……」
困った。
机の物入れに、「
ご丁寧に読み仮名まで記されている。送り主は律儀な性格をしているのだろう。シャークさんではないな。
まあ、開封するだけならタダだ。読んでしまおう。
受けるかどうかは内容次第だけど。
ペリペリと糊を剥がして便箋を取り出してみる。
指と視線で文面をなぞった。
「これは……」
便箋を封筒にそっと戻し、私は小さく頷いた。
「見なかったことにしよう」
「い、今読みましたよね!? 読みましたよね!? なに戻そうとしてるんですか!」
うわ何か出てきた。
声をかけてきたのは、私と同じくらいの身長の茶髪の女の子だった。
長く伸びた前髪が目につく。少し陰のある地味子という印象を受ける。
しかし、美少女だ。「俺だけがあいつの良さを知っている」とか思われていそうである……私だけが知っていることにならないかな。正直かなりタイプだ。
さておき、彼女の制服の色は青。つまりは三年生、先輩らしい。
「どちら様で」
「……よ、よくぞ聞いてくれました。私の名前は、こ……
何を隠そう、最近この学園で噂になっている『覆面デュエリスト』の正体です……!」
ごめん初耳だ。
でも正直に答えたら傷つけちゃいそう。どうしよ。
返事に窮していると、彼女──光焔先輩はズビシッと指差してきた。
「あ、有明
「いきなりフルネーム呼び」
「あっ、違っ……その、今のはふつうに『さん』付けしただけです!」
知ってる。
この子ピュアなのかな。そんなところも
「じ、じゃなくてっ……! わ、私とのデュエル、です! 受けますよね……?!」
ふむ、さすがに誤魔化されてはくれないか。
私は封書をヒラヒラと揺らした。
送り主本人に読む瞬間を目撃された以上、「未読」ということにはできない。
わざわざ一学年下の私を見張っていたのは怖いけど、相手は推定、私とどっこいどっこいの陰キャ女子。
そんなにアウェーでもないと思う。
見たところ、ナンバーズ使いっぽくもない。
様子がおかしいと言えばおかしいけど、それも落ち着きがないというか、そそっかしいと言ってあげるべきな気がする。
どちらかというと、「野生の面白い人?」って感じ。
アストラル数字も、見当たらない。
手紙の文面がオラついていたので身構えちゃったが、たぶん、光焔先輩の中の果たし合いのイメージがそんな感じだっただけだろう。
これなら単にデュエルに興じるだけで済みそうだ。
「いいよ、先輩」
「……!」
これは決して安請け合いではない。
私はちゃんと安全確認した。
光焔先輩は私とデュエルしたい。
だから受諾した。彼女も私の返事を聞いて嬉しそうだ。
というか、私自身デュエルは好きだし。
ふつうのデュエルなら全然やりたい。
無冠の女王(笑)とかいう肩書のせいか、最近デュエル相手には困りがちだったのだ。
めいっぱい楽しもう。
「──あ、現れよ、
地獄から錨を上げ、恐れなき自由の大海原へ出航せよ!
面舵いっぱい、《ブラック・コーン号》!」
チクショー、ちょっとフラグっぽかったなとは思ってたんだよ!
前髪でアストラル数字隠すのは反則でしょーが!
*
私──光焔ねねは、デュエルがあまり好きではありませんでした。
一番最初にそう思ったのは、もう何年も前のことです。
ただ、その場でできる限りの精一杯のプレイングを心掛けただけで、対戦相手の方が不機嫌になりました。
挑発、怒号、罵倒、威迫……。
全部が怖くて、とても身が竦んだのを覚えています。
続けるのが怖くなって、結局そのデュエルはサレンダーしました…………卑屈な笑みと、対戦相手を立てる言葉を添えて。
それがいけなかったのでしょう。
いつの間にやら、私は男子の憂さ晴らしの相手にされるようになっていました。決して逆らわない、ちょうどいい「サンドバッグ」として。
要は接待です。
嫌でしたが、デュエルで負ければ解放してもらえました。
私はそれで納得したことにしていたのです。
つい、最近までは。
そう、最近です。というか、一週間前です。
私に変化が訪れたのです。
────どうして、私だけ男子の顔色をこんなに窺わないといけないのか。
よくよく考えなくても、これってとてもおかしいことだったんです。
自分でも予想外なほどに、やる気が湧いてきました。
私は衝動に駆られて、日常的に私をいびっていた男子の一人に不意打ちでデュエルを仕掛けました。
そいつを倒したのを皮切りに別の男子を襲って倒して、また翌日に別の男子を倒して……その繰り返しです。
…………まあ、やっぱり色々と怖かったので、厚手の上着を羽織って、顔にはパン屋の紙袋を被った不審者フォームでの決闘でしたが。
『──お前もしかして、「無冠の女王」か?』
勘違いした三番目の標的がそう言いました。
その噂は、聞いたことがありました。
無冠の女王、二年の有明燦さん。
率直に言って、「ズルい子」だと思っていました。
私みたいに友だちがいなくて周りから浮いているのに、それでも認められている、その在り方が。
だから、白黒つけることにしたんです。
私と似て非なる彼女を倒せば、きっと、私は彼女を超えたことになる。
そうすれば、もう覆面だって要らない。
怖がっていたのは、私の思い込みだったと証明できる。他人の目を気にせずに生きることができるようになる。
そう思ったから。
「──わ、私の先攻です! ドロー!」
手札は、いい感じです。
「……私は、二枚の永続魔法《炎舞-「
「天璣」は発動時にレベル4以下の獣戦士族モンスター一体をデッキからサーチできるカードです。これで《炎王獣 バロン》を手札へ引き入れました。
そして、「天枢」がある限り、獣戦士族モンスター限定で私の通常召喚権を一回だけ増やせます。
これで、モンスターエクシーズの素材をフィールドに並べる準備は完了です。でも、相手はあの有明さん。次以降のターンの備えもしておきたいです。
「……さらに、フィールド魔法《炎王の孤島》を発動し、その第一の効果を、使用します!
自分の手札・フィールドのモンスター1体を破壊し、デッキから『炎王』モンスター1体を手札に加えます。私はこの効果で手札の『バロン』を破壊し、《炎王獣 ヤクシャ》をデッキから手札に加えます!」
「バロン」は効果破壊され墓地へ送られた場合、次のスタンバイフェイズに「炎王」カードを一枚サーチする効果を持っています。
先攻2ターン目で圧を掛けるための布石ですね。
……では、打って出ますよ。
「『天枢』で得た権利を含む、合計二回分の通常召喚権を使い、私は《炎王獣 ヤクシャ》と《暗炎星-ユウシ》を召喚します!」
────────────────
《炎王獣 ヤクシャ》
星4 炎属性 獣戦士族
攻1800/守 200
────────────────
────────────────
《暗炎星-ユウシ》
星4 炎属性 獣戦士族
攻1600/守1200
────────────────
レベル4モンスターが場に二体。
途端に、脳裏で
────自分を呼べ。ナンバーズの力を使え……と。
まあ、たぶん幻聴なんでしょうけど、幻聴さんにいちいち言われるまでもありません。
この一週間の私は、この力のおかげで、勇気と勝利を掴み取ってきたんですから。
「私は、『ヤクシャ』と『ユウシ』をオーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを、構築!」
えっと、普段は口上なんてやりませんけど、願掛けも兼ねてやります!
「──あ、現れよ、No.50!
面舵いっぱい、《ブラック・コーン号》!」
他人に怯えることのない自由な世界へ。
その望みを託した夢の巨大船、《No.50 ブラック・コーン号》がその帆を広げました。
このカードは、同じシリーズカードと思しき「No.」モンスターでないと戦闘破壊できないという場持ちがいいモンスターです。
しかもそれだけじゃなくてオーバーレイユニットを使用する効果もとても強力で────
「私は《特異点の悪魔》の効果を発動」
とても、強力で…………?
……?
えっと、見間違いでしょうか。
ブラック・コーン号から、火の手が上がっています。
「相手がモンスターを特殊召喚したとき、手札から自身と魔法カード一枚をコストとして捨てて、そのモンスターを破壊する」
「……へ?」
え、効果破壊?
待って。待って。
ちょっ嘘。えっ?
「光焔先輩。チェーンはありますか」
て、手札には……《禁じられた聖槍》。
これはモンスター一体を魔法・罠の効果から守るカードです。
有明さんが手札から発動したのは、モンスター効果。
ブラック・コーン号を、守れません。
「チ、チェーン……ない、です」
「じゃあ、破壊で」
淡々とした言葉と同時にブラック・コーン号が爆発、あえなく撃沈しました。
……でも、デュエルモンスターズでは、墓地へ行ったからと言って終わりとは限りません。
「……っ、まだです! 私は、《死者蘇生》を発動! これで墓地の『ブラック・コーン号』を────」
「《D.D.クロウ》で除外」
「えっ」
「墓地から対象がいなくなったことで、《死者蘇生》は不発」
わ、私の先攻1ターン目なのに……なんですか、これ。
ううん、それ以上に……これで残った手札は、《禁じられた聖槍》だけ。
これで、どうすれば。
い、いえ。
まだ、終わっていない。
終わっていない、はずです。
そう思い、顔を上げた瞬間、彼女と目が合いました。
「わァ……あ……」
喉が引きつって、思わず変な声が漏れました。
カードに触れる指先が、動かせません。まるで石のようです。
原因は、私へ向けられた有明さんの目つきでした。
眉は顰められ、眼光は射殺すような鋭さを湛えています。
────怒っている。
本能的にそう思いました。
だって、いつもの何にも興味のなさそうな無表情と、今の有明さんの顔は、あまりにもかけ離れていたから。
全然、わかりません。
ここまでで何があった?
何がいけなかった?
何が彼女の逆鱗に触れた?
どれだ?
考えろ、考えろ……あ。
もしかして、私が
「……あの。まだ?」
「ぴゃっ!?」
そうでした。まだ私の先攻1ターン目です。
あとできることといえば、手札のこの《禁じられた聖槍》をどうするかだけ。
これ以上、待たせちゃいけない。
ターンを終わらせないと。
それに、今はとにかく、この視線から逃げたい。
「リ、リバースカードを一枚セットして、ターンエンド、です……」
*
──伏せが帰還札じゃありませんように伏せが帰還札じゃありませんように伏せが帰還札じゃありませんようにホントにマジでやめてくださいフリじゃないですマジでお願いします!
なお、本人の内心はこれである。