TS転生者「不死鳥は 再び墓地より 舞い戻る」 作:ししゃしょしぇい
「……きゅう」
「……」
目を回しながら倒れている光焔先輩を横目に、私はため息を吐いた。
デュエルは私の勝利だ。
蓋を開けてみれば、守りが《禁じられた聖槍》一枚だけの彼女を後攻ワンキルするだけの楽な作業だった。
ナンバーズで何かされることなく、ただのデュエルとして済ませることができた。
そこはいい。
でもなぁ……。
もう一度、ため息を吐いた。
今度のは一回目よりも、ずっと深く。
私は今、非常に困っている。
原因は私の指先のこのカード────《No.50 ブラック・コーン号》。
ナンバーズ、手に入れちゃったよ。どーすんのよ、これ。
いや、仕方なかったのだ。
デュエルが終わった直後、光焔先輩が急に苦しみだした。
ここは遊戯王世界だ。
状況から見て、どうせナンバーズが原因に決まってる。
それで、彼女のデュエルディスクの墓地から取り上げた。
そしたら案の定、症状が治まった。
「……」
ナンバーズとは関わりたくない、だとか色々方針を打ち立てた。でも、目の前で女の子が苦しんでるのを無視することもできなかった。
だから、こうして自分の手の中にナンバーズがあること自体については、………………まあいい。全然良くないが。
それよりも、気になることがある。
有明燦、ふつうにピンピンしてる問題。
いや、ふざけているわけではなくて。
というのも、原作におけるナンバーズというのは、異世界出身のそれ自体が危険なカード群だ。
特殊な対策でもしていない限り、基本的に所有する人間の心の闇を増幅し、操る。そういう性質を有している。
原作では、主人公のエースたる《No.39 希望皇ホープ》ですら鉄男を侵食しかけた描写がある。文句なしの呪物だ。
光焔先輩の様子からして、この「ブラック・コーン号」が典型的な呪物側ナンバーズなのは間違いない。
なら、なんで私は平気なんだ?
私が転生者だから?
ラー(神)を持っているから?
それとも、私には見えないけど、私のカードには精霊が宿っていて、守ってくれているから?
わからん。わからんが……非常に、マズい。
何であれ、あれだけ避けたかったナンバーズを、私は手に入れてしまった。
光焔先輩の手に戻せばまた苦しみだすかもしれない。
それはちょっと、気が進まない。だって、その、ダメじゃん、そういうのって。
こんな可愛い子がこれ以上不憫な目に遭うとか。
原作的に一番なのは、遊馬経由でアストラルに預かってもらうことだが、不用意に突っ込めば主人公勢と縁ができてしまう。
「おめーすっげーなぁ!」とか遊馬に言われ、なんやかんやで準レギュラー入りするルートが見える見える。それは私の望む平穏な生活とは程遠い。
かといって、このまま私が所有するのもめちゃくちゃヤバい。
ナンバーズのついでで魂を狩る
……捨てるか。
いや待て。
もしも私がナンバーズを放流したせいで誰かが被害に遭えば、それは私が原因と言えないこともない。
ニュースで「これ私のせいかも」なんて思える事件が取り上げられてたら夜眠れなくなっちゃうかもしれない。それは困る。
…………一旦、保留にしておくか。
難しいことは後で考えればいい。まだ時間はある。
「……光焔先輩、大丈夫?」
「あ、あぅ」
それよりも光焔先輩だ。放置しすぎた。
ナンバーズは回収したから平気だろうけど、万が一ということもある。介抱したほうがいい。
「ぁ、有明さん? ご、ごめんなさい。わたし、私」
「別にいいから。それより保健室に」
「あの、その。でも」
「
先輩の視線は虚空をさまよい、やがて戸惑い交じりに私を捉えた。
彼女の震える指先が、私の差し出した手にちょんと触れる。
私は逃がさないように握り返して、先輩が立ち上がるのを支えた。
「ありがとう、ございます……」
「どういたしまして」
うん、私は美少女を助けたのだ。
ひとまずは、これで一件落着ということにしておこう。
*
光焔先輩とのデュエルから一週間ほど経った。
今は放課後。私は校舎裏で壁に背中を預けていた。
携帯端末を立ち上げ、ネットにアクセスする。
カイトの時間停止に伴う物体の瞬間移動だとか、魂を狩られた人間特有の植物状態っぽい症状だとか……彼の仕業に該当しそうなそれっぽい検索ワードを片っ端から打ち込んで、ハートランドシティ内の情報を洗っていく。
今日もヒットはゼロ……カイトはまだ動いていない、か。
ふっと短く息を吐いた。
ブラック・コーン号は依然として所有したままだが、まだ大丈夫そうだ。
こいつの処理方法は現在も検討中である。
理想は「誰も傷つかない、私も嫌な気分にならない、原作イベントは勝手に消化される」の三拍子だが、そう都合よく全部叶うプランなど、一朝一夕で思いつくものじゃない。
まあ、それで検討に拘ってカイトの標的になったら元も子もない。
だから最悪、「ナンバーズなんて捨てればいいや」と思ってはいる。
命に比べれば、罪悪感にチクッと胸を刺されるほうがまだマシだ。
今こうして考えているのは、あくまでも「まだカイトが動いていない」という余裕があるからこそ。
いや、引け目を感じることもないか。
穏便な方法をぎりぎりまで探ろうと思っているぶん、私はとても善良な市民と言える。
今日も進捗を生めなかったが、まあいいだろう。
帰って夕飯の支度でもするか。
そう思って歩きだそうとしたとき──
「見つけたぞ、有明燦! よくも俺のダチを闇討ちしてくれたな!」
なんかいきなり男子生徒に絡まれた。
制服の色は青。三年生だ。
「……誰?」
「問答無用! お前にやられたダチの無念、俺様が晴らしてやるぜッ!」
「えぇ……?」
よくわからないがやる気満々のようだ。
まあ、リアルファイトではなくデュエルを所望なら私としても文句はそんなにない。
彼がそれで満足するのなら、相手してあげよう。
「先攻は俺様だ! ……ふっ、完璧な手札だッ! 覚悟しろ、有明!」
すごい自信だ。意外とできるのかも。
*
「ひっぐ、ぐっす……こ、これで勝ったと思うなよーッ!」
そんなことはなかった。
ふつうに弱かった。
バタバタと走り去る男子の背中を見送ってから、私はD・ゲイザーとデュエルディスクを鞄に仕舞った。
「……」
思えば、この一週間で急に
共通するのは、身に覚えのないことで私を責め立て、デュエルを挑んでくる男子生徒、という点。
記憶が正しければ、今ので5件目になる。
私の知らないところで、何か起きているのだろうか。
そう思ったとき、近くの草むらからガサリと音がした。
「誰?」
思わず声に出してから数秒後、小さな人影がそこから現れた。
「あなたは……」
「有明、さん」
現れたのは光焔先輩だった。
長い前髪の奥から、ひどく気まずそうな瞳が私を窺っている。
「一週間ぶりだね。どうかしたの、先輩」
そういえば私、当たり前のようにタメ口をきいちゃってるな。
小動物っぽい感じが自然とそうさせるんだろう。
まあ、本人はあまり気にしてなさそうだし、別にいいよね。
「ど、どうしても、有明さんにその……謝りたくって」
なんだこの子、まだナンバーズで私を襲ったことを負い目に感じていたのか。
悪いのはナンバーズとかいう呪物だ。
お互い無事だったのだから、それで話は終わりでいいのに。
「別にいい、と言った気がするけど」
「……いえ、それもあるんですけど……そうじゃ、ないんです」
「?」
それから彼女は肩をすぼめて、ぽつぽつと話してくれた。
まとめると、こんな感じだった。
彼女の気の弱さに付け込んだ一部の男子生徒から、先輩は長いこと憂さ晴らしのサンドバッグにされてきた(※デュエルで)。
しかし二週間前にナンバーズを拾った彼女は、不思議と気が大きくなって、覆面を被って報復行為に走るようになった(※デュエルで)。
──そして、その報復行為の中で、正体を私と勘違いされた。
「……なるほど、それで私を謎に『仲間の仇』呼ばわりする三年生がこの一週間で急に現れた……と」
「そう、です。ぜんぶ、私のせいなんです……」
ふーん。
「で?」
私がそう言うと、光焔先輩は目をパチクリとさせた。
「いや、『で?』って、なんかリアクション軽くないですか!? もっとこう──」
「……あの人たち、みんな先輩のせいだったんだー。どうしよー、すっごく困ったなー」
「ごっ、ごごごごめんなさい……」
「冗談だよ」
「あぅ……も、もう」
うーん、
まあ、本人は至って真剣。からかうのもかわいそうだ。
仕切り直しがてら、私は咳払いした。
「デュエルを挑まれただけだし、負かしたらみんな何もせずに帰って行ったし、本当に気にしてないよ」
彼らのせいで特に怪我したとかもない。
デュエル相手ができてよかったとさえ思っている。
光焔先輩が思い悩む必要なんて──
「でも、私は、デュエルを強制されなくなりました……私が、無冠の女王に守られてる……って」
彼女のその言葉で、得心がいった。
私に被せられた濡れ衣は、同時に先輩に恩恵を与えていたのだ。
その代わりに私が上級生の男子に絡まれ、彼女はそのおかげで逆に安全圏へ行けてしまった。
それが、後ろめたいと。
「まあ、結果的によかったんじゃない?」
「えっ」
「もう一回言うけど、私は困ってないし、先輩は彼らに絡まれなくなった。何か問題、ある?」
そうだ。私の答えは変わらない。
私が問題と見ていない以上、何の問題もない。
「……でも」
まだあるのか。
まあ乗りかかった船だし、相手は顔見知りの美少女。お悩み相談にも乗れるだけ乗ってあげようじゃないか。
「私、あのときに有明さんを怒らせちゃったのに……」
……?
「ごめん、何のこと?」
「わ、私がナンバーズを召喚したときの、ことです。あのときの有明さんの表情、すごく険しかったですっ」
ああ……伏せが帰還札じゃないのをお祈りしてたときの話ね。
光焔先輩にはそう見えてたんだ。
「あれは違うよ。怒ってたわけじゃない。あれは──……」
「あれは……?」
……あー。どう説明したものか。
ナンバーズって呪物みたいなカードで、元を辿るとアストラルの記憶や力がカードとして飛び散ったもので……などと知っていることをそのまま喋れば電波扱いされる気がする。
「光焔先輩が使ったカードが、とても危険なもの──ナンバーズだったから」
悩んだ末に、これならギリ通るだろうって感じの言葉を選んだ。
「危険って……ひょっとして、ナンバーズを拾ってから私の様子がおかしくなっていたことも、関係あるんですか……?」
う、うーん。ぐいぐい聞いてくるなぁ。
そんな切実そうな顔で見つめられたら、答えてあげたくなってしまう。
これが原作キャラ相手だったら「一体何者?」と目を付けられるリスクもあるんだろうけどね。
「……突拍子もないことだけど、笑わないで聞いてくれる?」
「何か、知ってるんですね。私、ぜったい笑わないです。聞かせてくれませんか」
唇を一度湿らせてから、私は口を開いた。
「……ナンバーズは、異世界のカードなんだ」
*
「──と、まあこんな感じかな」
途中何度かつっかえながらも、私は話した。
光焔先輩が置いてけぼりにならないように、ZEXAL世界の設定の根幹にはなるべく触れず、あくまでもナンバーズがどう危険なのか、という一点に絞って。
「えっと……つまり、ナンバーズとは『アストラル世界』という異世界の力を秘めたカードで、所有者の心の闇を増幅させ、操ることがある……と?」
「付け加えると、中には対戦相手へ実際のダメージを与えるモノまである」
IVがジャイアントキラーで等々力委員長を
「ダメージを実体化させる……私、そんなカードを……」
「お互い無傷で済んだし、気にしないでいい」
「そ、そういうわけには──」
ああ、もう。
気にするなって言ってるのに。えい。
「──わぷっ!? な、何ですか?」
彼女の頬を軽く突いてやった。
目を白黒させる先輩。
その顔を見て私はくすりと笑った。
「この話は、もうおしまい」
「え、ぁ……」
「わかった? 先輩?」
「ゃ……は、はい」
よし。これでこの間の件はチャラだ。
私は鞄を持ち直し、帰路に就く前に改めて先輩を見た。
「まだ何か、聞きたいことある?」
「……えっと、ブラック・コーン号は今どこに?」
「私が持ってるよ」
私が鞄をポンと叩くと、光焔先輩は小さな悲鳴を上げて後退りした。
そのリアクションは傷ついちゃうぞ。私だって好きで持ってるわけじゃないのに。
「……ナンバーズには、
「本来の、持ち主……」
「会おうと思えば会える。でも、接触が穏便に済む保証はない。それでちょっと困ってるんだよね。なんとかするけど」
まあ、しかし、先輩には関係のない話だ。
彼女はこの世界に生きるふつうの女の子である。異世界だとか闇のデュエルだとかに関わる必要なんてない。
「それじゃ、またね。先輩」
私は軽く会釈して、踵を返した。
数歩進んだところで──背後から、きゅっと手を握られた。
光焔先輩だ。少し表情が強張っている。
「……どうかしたの?」
「わ、私! 有明さんの力に、なりたいですっ」
「え」
「全然頼りないかも、しれないですけどっ。助けが必要なときはいつでも、言ってくださいっ! そ、それじゃっ……!」
こちらの返事も聞かずに、彼女はパタパタと走り去ってしまった。
……いったい急に、何だったんだろうか。
というか、「力になりたい」って言われてもなぁ。
巻き込みたくないんだけどなぁ。
「……?」
ん、手のひらに、変な感触が……。
どうやら、今の掴まれたタイミングで何か渡されてたようだ。
「これは……紙?」
そこに記されていたのは、光焔先輩の連絡先だった。
*
一方その頃……。
「──準備はいいか、オービタル7」
「カ、カシコマリ!」
その青年は、すでに動き出していた。
すべては──弟の命を救うため。
燦との邂逅の時は、近い。
オービタル7と一緒にいる男……いったい誰なんだ(すっとぼけ