【完結】アカギ〜実力至上主義の教室に舞い降りた天才〜   作:GC

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第19話「持ち点」

8月一日、俺たちは船に乗せられた。

 

乗り込んだ時点では、まだ誰も何も知らなかった。

 

「うわ、すげえ! プールあんじゃん!」

「飯食い放題だって! マジで?」

 

池と山内が、甲板を走り回っている。平田が「危ないよ」と追いかけ、堀北が呆れた顔で見ていた。

 

白い船だった。

 

部屋も、廊下も、食堂も、全部が新しく、全部が高そうだった。汚れが一つもない。

 

乗るだけで金は要らないという。飯も、風呂も、遊び場も、全部ただだ。

 

……なるほど。

 

どこかで見た形だ。

 

4月に、10万を配られた時と同じだ。

 

何も引き換えに求めず、ただ与える。

 

与えられた人間は、その日から少しずつ、それが当たり前だと思い始める。

 

……そして、当たり前になった頃に、勘定が来る。

 

「赤木ー! プール行こうぜ!」

 

須藤が呼んでいる。

 

「行かねえ」

 

「なんでだよ!」

 

「泳げねえ」

 

「教えてやるって!」

 

……。

 

この男は、そういう男だ。

 

俺は手すりから離れた。

 

「行かねえよ。それより、荷物を見てくる」

 

「荷物? まだ着いてもねえぞ」

 

説明しても、たぶん伝わらない。

 

初めての場所で、俺が最初にやることは決まっている。

 

出口と、水と、食い物の場所を確かめることだ。

 

……賭場の癖だ。

 

その三つを知らないまま座ると、何かあった時に動けない。

 

――もっとも。

 

船の上に、出口はない。

 

それを確かめて、俺は少しだけ面白くなった。

 

この船に乗った時点で、もう降りられないわけだ。

 

浮かれている連中は、そのことに気づいていない。

 

 

 

 

 

昼を過ぎた頃、船が止まった。

 

窓の外に、島が見えた。

 

緑と、砂と、岩。

 

建物は一つもない。

 

「上陸する。荷物を持って甲板へ」

 

放送が流れた。

 

連中は、まだ浮かれていた。

 

「島だって! バーベキューじゃね?」

「絶対そうだって。海だぜ海」

 

小型の船に移され、砂の上に降ろされた。

 

足元が沈む。

 

四つのクラスが、砂浜に並ばされた。

 

教師たちが立っている。茶柱の顔もあった。

 

俺は、辺りを見た。

 

船は、もう沖に出ていた。

 

……ほう。

 

置いていったか。

 

これで、砂の上にいる人間は、全員が同じ条件になった。

 

帰る手段のない人間ばかりを並べてから、話を始める。

 

――手順がいい。

 

「これより、特別試験の説明を行う」

 

声が響いた瞬間、砂浜の空気が変わった。

 

「え?」

「嘘だろ、旅行じゃねえの?」

 

あちこちから、素っ頓狂な声が上がる。

 

誰も彼も、心の底から驚いていた。

 

俺は、少し可笑しくなった。

 

半日、浮かれさせてから言う。

 

最初に楽しいものを見せておく。それから取り上げる。

 

最初から何もなければ、人はそれほど落胆しない。だが、一度手に入れたと思ったものを取り上げられると、人は本気で悔しがる。

 

同じ話でも、痛みがまるで違う。

 

……本当に、よく出来ている。

 

飽きさせねえための、いい仕込みだ。

 

 

 

 

 

説明が始まった。

 

一週間、この島で生活する。テントと最低限の道具は配られるが、水と食料は自分たちで買う。

 

各クラスに配られるのは、300ポイント。

 

これが、この試験だけで使える持ち点だ。

 

「なお、試験終了時に残っていたポイントは、そのままクラスポイントに加算される」

 

……。

 

俺は、姿勢を戻した。

 

残った分が、そのまま点になる。

 

つまり――

 

使わなければ使わないほど、勝ちに近づく。

 

周りの連中は、まだピンと来ていない顔だった。

 

当然だ。普通の勝負なら、金は使うためにある。使って何かを手に入れて、その何かで勝つ。

 

だがこれは違う。

 

この勝負では、金を使うこと自体が負けだ。

 

300点をそっくり抱えたまま一週間を凌いだクラスが、そのまま300点を持って帰る。

 

……なるほどな。

 

食わずに済ませることなら、俺は誰よりも慣れている。

 

「なあ、300ってどんくらいなんだ?」

 

池が、隣で小声を出した。

 

「40人で一週間だ」

 

「いや、だから多いのか少ないのか」

 

「食えば足りねえ。食わなきゃ余る」

 

「食わねえって選択肢あんの?」

 

「ある」

 

池は、冗談を聞いたような顔をした。

 

説明は、まだ続いた。

 

島の中には「スポット」と呼ばれる場所がある。占有すれば、そのクラスだけが使える。占有には専用のカードが要り、そのカードを使えるのは、各クラスが一人だけ決める「リーダー」だけだ。

 

一度占有するごとに、1ポイント入る。

 

占有は8時間で切れる。更新しなければ、権利は消える。

 

――拾えるわけだ。

 

減るばかりの試験に、一つだけ増える口がついている。だが増やせるのは一人だけで、そいつは8時間おきに歩かされる。

 

そして――

 

「試験最終日、各クラスには、他クラスのリーダーを指名する権利が与えられる」

 

砂浜が、ざわついた。

 

「的中させた場合、そのクラス一つにつき50ポイントを得る。ただし、外した場合は50ポイントを失う」

 

「そして、リーダーを言い当てられたクラスは、50ポイントを支払うことになる」

 

――そういうことか。

 

俺は、ようやく全体の形を掴んだ。

 

水も食料も、スポットも、全部飾りだ。

 

この試験の本体は、たった一つ。

 

誰が自分のクラスのリーダーかを、隠し通せるかどうか。

 

……人を当てる勝負か。

 

久しぶりだ。

 

この三ヶ月、俺がやってきたのは紙の相手ばかりだった。

 

人を当てるのは、俺の領分だ。

 

 

 

 

 

「最後に、禁止事項を伝える」

 

茶柱の声だった。

 

「腕時計を許可なく外した場合、ペナルティ。体調を崩して続行不能となった生徒が出た場合、マイナス30ポイント。環境を汚す行為はマイナス20。他クラスのスポットを無断で使えばマイナス50。点呼に不在なら一人につきマイナス5」

 

数字が並んでいく。

 

どれも、削られる話だ。

 

「そして――」

 

茶柱の声が、少し変わった。

 

「他クラスへの暴力行為、略奪行為、器物の破損。これらが確認された場合、その生徒の所属するクラスは、その時点で失格となる」

 

砂浜が、静まり返った。

 

「加えて、当該生徒のプライベートポイントは全額没収される」

 

……。

 

俺は、少し離れた場所に立っている須藤の背中を見た。

 

あの男の肩が、明らかに強張っていた。

 

――そりゃそうだ。

 

この学校は、これまで「殴った奴が退学」と言っていた。

 

今度は違う。

 

殴った奴だけじゃない。そいつのクラス全部が、その場で終わる。

 

……上手いことを考える。

 

一人の首に、40人分の重さを結びつけたわけだ。

 

これで、誰も殴れない。

 

殴れば、自分だけじゃなく、隣にいる連中まで全部道連れになる。

 

――そして。

 

俺は、砂浜の端に並んでいるCクラスの列を見た。

 

あの中に、あの男がいる。

 

顔は見えなかった。

 

だが、あの男が今、何を考えているかは、大体わかる。

 

殴れないという規則は、殴らない人間にとっては、何の制約でもない。

 

あの男は、最初から殴っていない。

 

――むしろ。

 

殴らせる側に回れば、この規則は武器になる。

 

誰か一人を怒らせて、手を出させれば、そのクラスは丸ごと消える。

 

……気づいてるだろうな、あの男は。

 

「以上だ。試験は――」

 

茶柱が、腕時計に目を落とした。

 

「――ただ今より開始する」

 

……ほう。

 

俺は、思わず口の端が動くのを抑えなかった。

 

考える時間をやらない。

 

説明を聞き終えた、その足で始まる。

 

――そうこなくてはな。

 

賭場でも同じだ。

 

卓につく前に、じっくり考えさせてくれる胴元はいない。

 

座った瞬間から、金は動き始める。

 

胸の奥が、少しだけ疼いた。悪い癖だ。

 

 

 

 

 

教師たちは、それきり何も言わずに散っていった。

 

どこかへ帰るわけではないらしい。この一週間、教師も同じ島にいるという。

 

砂浜に、40人が取り残された。

 

「……え?」

「ちょっと待って、今から? 今からって、何すんの?」

 

誰も動けなかった。

 

当たり前だ。

 

300点を渡されたが、何に使えば正解かは教えられていない。

 

地図も、水場も、何も知らない。

 

この状態で「始める」と言われても、始めようがない。

 

……いや。

 

違うな。

 

俺は、砂を踏んで一歩前に出た。

 

始めようがない、のではない。

 

始めなくていいのだ。

 

この勝負は、動かなければ点が減らない。

 

動いた分だけ、減っていく。

 

――何もしないことが、そのまま一番手なんだ。

 

こんな勝負は、初めてだ。

 

「赤木、お前なんで笑ってんだよ」

 

須藤が、怪訝な顔で言った。

 

「笑ってねえ」

 

「笑ってたって。今」

 

「……そうかい」

 

「なんかいいことあんのか、これ」

 

「ある」

 

「何が」

 

「座ってるだけで勝てる」

 

須藤は、意味が分からないという顔をしたまま、平田の方へ走っていった。

 

「ど、どうしよう、平田くん!」

 

誰かが叫んだ。

 

平田が両手を上げて、皆を落ち着かせようとしている。

 

「まず、荷物を確認しよう。それから――」

 

俺は、その輪から少し離れた場所に立っていた。

 

連中は、これから騒ぐ。騒いで、決めて、動く。

 

動けば、腹が減る。

 

腹が減れば、買う。

 

……そこまでは、もう見えている。

 

俺は、周りを見回した。

 

砂浜に立つ40人。

 

誰が先に音を上げるか。

 

池と山内は、口では真っ先に騒ぐ。だが、ああいうのは騒ぐだけだ。騒いでいるうちは、まだ余裕がある。

 

本当に危ないのは、騒がない奴だ。

 

――そこで、目が止まった。

 

輪の一番外に、女が一人立っている。

 

佐倉、といった。

 

俺は、この三ヶ月でその女と一言も喋っていない。向こうから喋りかけてきたこともない。

 

だから、はっきり言って何も知らない。

 

……だが。

 

さっきから、妙な立ち方をしていた。

 

周りは全員、平田の方を向いている。

 

あの女だけが、二呼吸ごとに、後ろを見ていた。

 

背中側には、海しかない。

 

――あれは。

 

賭場でも、たまにああいう客がいた。

 

卓についているくせに、牌を見ないで入り口ばかり見ている。

 

ああいうのは、決まって二つのうちどちらかだ。

 

誰かを待っているか。

 

誰かに追われているか。

 

待っている人間は、扉が開くと顔を上げる。

 

追われている人間は、扉が開くと、肩が落ちる。

 

……あの女は、後者だ。

 

しかも、ここには扉がない。

 

誰も追ってこられない島の上でまだ後ろを見るなら、それは癖になっているということだ。

 

癖になるまでには、時間がかかる。

 

……もっとも、それがどうしたという話でもある。

 

人には人の事情がある。俺には関わりがない。

 

――だが。

 

30点だ。

 

一人が続行不能になれば、300のうち30が消える。

 

一割だ。

 

……。

 

俺は、少しの間だけ、その背中を見ていた。

 

情でどうこうするつもりはない。

 

ただ、勘定が合わない。

 

崩れるとわかっている札を、そのまま抱えて一週間を張るのは、俺の流儀ではなかった。

 

――一週間ある。

 

俺は砂を踏んで、輪の方へ歩き出した。

 

 

 

 

 

輪に戻ると、話はもう別のところで揉めていた。

 

「リーダー、誰にすんだよ」

 

池が言った。

 

カードは、もう配られている。誰かが持たなければ、スポットは一つも取れない。

 

「平田でいいだろ」

「そうそう、平田くんしかいないって」

 

平田は、困った顔をしていた。

 

「僕でいいのかな。最終日に他のクラスから当てられたら、50失うんだ。目立つ人間がリーダーだと、当てられやすいと思う」

 

――ほう。

 

俺は、少しだけ平田を見直した。

 

この男は、人当たりがいいだけの男ではないらしい。

 

「じゃあ、目立たない奴にすればいいじゃん」

 

山内が言った。

 

「地味な奴。いるだろ、そういうの」

 

何人かが笑った。

 

――……。

 

俺は、輪の外を見た。

 

佐倉は、顔を伏せていた。

 

笑いが起きた時、その肩が、ほんの少し縮んだ。

 

……。

 

俺は、何も言わなかった。

 

言う筋合いがない。

 

「そういう決め方はやめよう」

 

平田が、静かに言った。

 

「押しつけになる。皆で話し合って決めたい」

 

――違うな。

 

俺は、砂の上に立ったまま思った。

 

話し合って決めれば、決まった瞬間に40人が知る。

 

40人が知っている秘密は、秘密ではない。

 

この試験は、四つのクラスが同じ島にいる。一週間、顔を合わせる。

 

その間、40人全員が、一つの名前を隠し続けなければならない。

 

……無理だ。

 

人間は、知っていることを隠せない。

 

隠せる人間もいるが、40人が全員そうであることは、まずない。

 

――もっとも。

 

それを今ここで言えば、俺が言ったということが40人に伝わる。

 

俺は口を開かなかった。

 

代わりに、輪の端に立っている堀北を見た。

 

目が合った。

 

あの女も、同じことを考えていた顔をしていた。

 

「フッ……」

 

その時、輪の外から声がした。

 

高円寺だった。

 

こいつは、上陸してから一度も列に加わっていなかった。

 

「悪いが、私は降りさせてもらうよ、平田ボーイ」

 

「は?」

 

池が、間の抜けた声を出した。

 

「どうにも体調が優れなくてね。この炎天下だ。私ほどの肉体でも、無理をすれば損なわれる。……美しくないだろう?」

 

高円寺は、前髪を払うようにして踵を返した。

 

誰も止められなかった。

 

平田が何か言いかけて、口を閉じた。

 

――……。

 

30点。

 

始まって一時間も経たないうちに、300のうち30が消えた。

 

270だ。

 

……。

 

俺は、遠ざかっていく背中を見ていた。

 

あれは、体調が悪いのではない。

 

悪いことにできる、と知っている顔だ。

 

規則の中に、一つだけ自分から降りられる穴がある。それを見つけて、迷わず使った。

 

……見上げたものだ。

 

あの男は、この一週間で一点も失わない。

 

自分の点数を、最初に確定させたわけだ。

 

――だが。

 

俺は、砂を踏み直した。

 

降りた人間に、勝ちはない。

 

久しぶりに、頭の中が静かに動いていた。

この物語に恋愛要素をいれるべきか

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