【完結】アカギ〜実力至上主義の教室に舞い降りた天才〜   作:GC

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第23話「溶出」

3日目の昼、俺は数字を数えていた。

 

平田が持っている購入用の一覧を、横から覗いただけだ。

 

クラスに一部だけ配られたものだ。買える物と値段が、全部そこに載っている。

 

平田は購入の記録を、その余白に書き足していた。

 

――一部きりか。

 

これを無くしたら、うちは何がいくらかもわからなくなる。

 

……ずいぶん、薄い紙で出来ている。

 

初日、12。

 

2日目、食料に12。石鹸に9。

 

合わせて33。

 

270から引いて、237。

 

占有は8時間ごとに1つ。初日の夕方から数えて、今朝までで6つ。

 

足して、243。

 

――減り方が変わった。

 

初日は12だった。2日目は21だ。

 

倍近い。

 

……もっとも。

 

うちの減りだけ数えても、意味はない。

 

残った分は、そのままクラスポイントになる。順位で配られるわけじゃない。うちが残した分は、そっくりうちのものだ。

 

……それでも、他所を数える理由がある。

 

うちは今、100しか持っていない。Aは千を超えている。

 

この差が縮まらなければ、いくら足しても意味がない。

 

俺は、朝の点呼で見た四つの列を思い浮かべた。

 

Aは、40人が揃っていた。欠けが一人もいない。

 

Bも揃っている。

 

Cは、10人を切っていた。

 

……妙な話だ。

 

人が減れば、その分だけ点も減る。一人30だ。

 

なのにCの連中は、誰一人慌てていない。

 

――減ることが、勘定に入ってるわけだ。

 

そこまではわかる。

 

わからないのは、Aだ。

 

あれだけの人数が、7日を過ごす。

 

水なら、昨日見つけた沢がある。あれは買わずに済む。

 

だが飯はどうする。

 

支給されるのはテントと最低限の道具だけだ。食い物は買うしかない。

 

……買っている様子がない。

 

昨日、あの岩場の前を通った。入り口も、外に立っている連中も見た。

 

荷物を運び込む姿は、なかった。

 

――どこかで引っかかるな。

 

俺は、そこまで考えて手を止めた。

 

まだ材料が足りない。

 

足りないまま形を決めるのが、一番高くつく。

 

昨日、平田は「最低限だけ」と言った。実際、石鹸は最低限だったのだろう。

 

だが問題はそこじゃねえ。

 

最低限かどうかを、これから毎日決め直すことになった。……そっちだ。

 

「なあ赤木」

 

須藤が寄ってきた。

 

「聞いたか。歯ブラシ買うって話」

 

……。

 

早いな。

 

「誰が言い出した」

 

「女子。……つっても、俺も欲しいけどな」

 

須藤が頭を掻いた。

 

「口ん中、ずっと気持ち悪ぃんだよ」

 

――そうだろうな。

 

石鹸が通ったからだ。

 

昨日まで、この教室には「飯以外は買わない」という線があった。誰も越えたことがないから、越えるには勇気が要った。

 

昨日、平田がその線を越えた。

 

越えた跡は、道になる。

 

二人目からは、勇気が要らない。

 

……この学校は、こういう作りになっている。

 

禁じない。値段をつけるだけだ。

 

値段がついているものは、買っていいものだと人は思う。

 

 

 

 

 

夕方、案の定その話が出た。

 

「歯ブラシと、あとタオルも……」

 

平田が控えを見ながら言った。

 

声が、昨日よりさらに硬い。

 

「合わせて15になるんだ。……今日の食料と入れて、27になる」

 

「27くらいいいじゃん」

 

池だった。

 

「まだ200以上あるんだろ?」

 

――出たな。

 

俺は、輪の外でそれを聞いていた。

 

まだ200以上ある。

 

この言い方が出た時点で、もう決まっている。

 

残りが多いことを理由に使い始めた人間は、残りが減っても同じ理由を使う。

 

まだ150ある。まだ100ある。

 

最後まで、その言葉は言える。

 

「……堀北さんは、どう思う?」

 

平田が振った。

 

堀北は、少し離れた場所に立っていた。

 

堀北は、朝から一度もこの輪に入っていない。

 

入れば、目立つ。目立てば、名前を覚えられる。

 

「私は、反対よ」

 

だが、答えた。

 

「今日の27が、明日も明後日も出るのよ。4日で108。それだけあれば――」

 

「堀北さんはさ」

 

女子の一人が遮った。

 

「平気かもしれないけど、こっちは無理なんだって」

 

……。

 

空気が、変わった。

 

堀北が、口をつぐんだ。

 

――上手いことを言う。

 

中身は何も言っていない。だが、これで議論は終わった。

 

我慢の話に「あなたは平気でも」と言われたら、返す言葉がない。

 

返せば、平気だと認めることになる。

 

平気な人間の言うことは、聞かなくていい。

 

……よく出来た仕組みだ。

 

誰も嘘をついていない。誰も悪意を持っていない。

 

それでも、金は溶けていく。

 

「……わかった。買おう」

 

平田が言った。

 

堀北は、それきり何も言わなかった。

 

 

 

 

 

輪が崩れた時、俺は綾小路を探した。

 

波打ち際にいた。何をするでもなく、立っている。

 

俺は、その隣まで歩いた。

 

「一つ訊く」

 

「なんだ」

 

「あんた、この島で何回外へ出た」

 

綾小路は、海を見たまま答えた。

 

「一度だ」

 

「初日の夜だな」

 

「そうだ」

 

……。

 

俺が見たのは、その一回だ。

 

二回目があったかどうかは、確かめようがない。

 

――だが、まあいい。

 

嘘だとしても、この男は回数を盛らない側だ。

 

この男が毎晩林に通っていたなら、俺はむしろ安心していた。

 

手間をかける人間は、読める。かけた手間の分だけ、狙いが形になって出るからだ。

 

「一度で、何を掴んだ」

 

「掴んだとは言っていない」

 

「言ってねえな」

 

俺は認めた。

 

「だが、一度しか出てねえ男が、あの夜こう言った。……当てられる側は、当てる側より先に決まっている」

 

綾小路の目が、一度だけこちらへ動いた。

 

「あれは、当てる側の言い方だ」

 

俺は続けた。

 

「まだ何も掴んでねえ人間は、あんな言い方をしねえ」

 

沈黙があった。

 

波の音が、間に挟まった。

 

「……あの夜、洞窟の前を通った」

 

綾小路が、そう言った。

 

「Aクラスの拠点だ。中にスポットがある。……ちょうど、取り直しの刻限だった」

 

「見たのか」

 

「通りかかっただけだ」

 

――そういうことにしておくか。

 

「入り口の外に、二人いた」

 

綾小路は続けた。

 

「葛城と、もう一人。カードを通す機械は、入り口の脇にある。……通したのは、もう一人の方だ」

 

……。

 

俺は、少し考えた。

 

「その後、葛城はどうした」

 

「機械の前に、自分が通したような立ち位置で移った。……俺に気づいていた」

 

「――そりゃ、下手を打ったな」

 

俺は言った。

 

「葛城は慎重すぎる。俺と話した時も、占有していないことをわざわざ正直に言った。……消耗を避けたいという理屈でな」

 

「ああ」

 

「そういう男が、真夜中に、人目のないところでカードを通すか」

 

俺は続けた。

 

「通さねえよ。癖で用心する。……通した奴がいたなら、通した方が本物だ」

 

――いや。

 

俺は、そこで一つ引っかかった。

 

昨日、俺は葛城に「占有してるのか」と訊いた。スポットの話として訊いた。

 

あの男は「していない」と答えた。

 

だが今の話が本当なら、Aは初日の夜には既に取っている。

 

「……訂正だ」

 

俺は言った。

 

「葛城は正直じゃねえ。正直に見える言い方をしただけだ」

 

――なら、さっきの読みも吊り直しだ。

 

慎重だから通さない、ではない。

 

見られていると思えば、通したように見せる男だ。

 

綾小路が、こちらを見た。

 

「占有していないと言えば、こっちはそこを調べに行かない。……本当のことを一つ隠すのに、あれ以上安い嘘はねえ」

 

……そういう男か。

 

だとすれば、リーダーのふりも同じ作りだ。

 

嘘をつく人間ではなく、嘘だと思わせない人間だ。

 

――厄介さの種類が変わったな。

 

綾小路は、答えなかった。

 

否定もしなかった。

 

……。

 

俺は、そこで少し笑った。

 

「あんた、面白えな」

 

「何がだ」

 

「一度だ」

 

俺は言った。

 

「一度外へ出て、通りかかっただけ。それで一つ、顔が割れてる」

 

「偶然だ」

 

「そうだろうな」

 

俺は頷いた。

 

「だが、あんたの偶然は、他の奴が3日張り込んで拾うもんと同じ重さだ。……それが一番タチが悪い」

 

綾小路は、答えなかった。

 

この男は、いつもこうだ。

 

「こっちからも言っておく」

 

綾小路が言った。

 

「他のクラスも、同じことをやっている。……偶然を拾おうとしている奴が、他にもいるということだ」

 

「だろうな」

 

「なら、うちのリーダーも、そのうち同じ形で拾われる」

 

俺は答えなかった。

 

答える必要がなかった。

 

わかっていて、堀北に時刻を崩させている。

 

――だが。

 

この男が言ったということは、もう拾われかけているということだ。

 

……間に合うか。

 

俺は、そこで踵を返した。

 

 

 

 

 

その夜、堀北が林から戻ってきたのは、いつもより遅かった。

 

俺は、テントの外で待っていた。

 

「時刻を変えろと言ったな」

 

「変えたわ」

 

堀北の声は、疲れていた。

 

「今日は3度。全部、切れる前に前倒しで出たわ。……刻限ちょうどには行かない」

 

――それでいい。

 

8時間で切れる以上、それより遅らせれば権利が飛ぶ。

 

動かせるのは、どれだけ早く出るかだけだ。

 

毎回30分ずらせば、外から見ている人間には規則が見えない。

 

「眠っていないのは、私だけね」

 

「悪いな」

 

「あなたが謝るの」

 

堀北が、こちらを見た。

 

「珍しいこともあるものね」

 

「言葉が余っただけだ」

 

俺はそう答えた。

 

堀北は、少し黙ってから座り込んだ。

 

砂の上に、そのまま。

 

――疲れてるな。

 

堀北は、人前では絶対に座らない。

 

「……ねえ」

 

「なんだ」

 

「今日、私が何を言っても通らなかった」

 

「聞いてた」

 

「あなたなら、通せた?」

 

俺は、少し考えた。

 

「通せる」

 

「……どうやって」

 

「金の話をやめる」

 

堀北が、顔を上げた。

 

「人間はな、損得の話をされると、自分の得を守ろうとする」

 

俺は続けた。

 

「だが、勝ち負けの話をされると、話が変わる」

 

「……どういうこと」

 

「『買えば負ける』と言えばいい」

 

俺は言った。

 

「点が減るから駄目だ、じゃねえ。減らしたら他所に負ける、だ。……人は、損は受け入れるが、負けは嫌がる」

 

堀北が、しばらく黙っていた。

 

「……それ、同じことじゃないの」

 

「同じだ」

 

俺は答えた。

 

「だが、同じことを言っても通らねえ時に、言い方を変えると通る」

 

「……」

 

「あんたは正しいことを言った。正しいから通ると思っていた」

 

堀北は、砂を見ていた。

 

「……なぜ、あなたが言わないの」

 

「言ったら、俺の名前が残る」

 

「最終日ね」

 

「そうだ」

 

堀北は、飲み込みが早い。

 

「目立つ人間の名前ほど、最終日に呼ばれやすい。……今、うちで一番呼ばれやすいのは平田だ。あいつが全部を仕切ってるからな」

 

「それが狙いだったの」

 

「半分はな」

 

俺は言った。

 

「もう半分は、あいつが本当に仕切ってるからだ」

 

堀北が、少しだけ笑った気配があった。

 

それから、立ち上がった。

 

「……そろそろ寝るわ」

 

「ああ」

 

堀北がテントに入るのを見届けてから、俺は振り返った。

 

10歩ほど離れたところに、伊吹が立っていた。

 

いつからいたのかは、わからない。

 

「……よう」

 

俺は言った。

 

「眠れねえのか」

 

「あんたたち、うるさいから」

 

伊吹は、そう答えた。

 

嘘だ。

 

声を落として話していた。10歩離れて聞こえる声量ではない。

 

――近くまで来ていたな。

 

途中で足を止めて、そこから見ていた。

 

何を話していたかは、たぶん聞こえていない。

 

だが、二人が夜中に話していたことは見られた。

 

……それで十分だ。

 

伊吹は、話の中身を知る必要がない。

 

誰と誰が、いつ、何度話しているか。それだけ数えていればいい。

 

俺は歩き出した。

 

伊吹の横を通る時に、足を止めた。

 

「一つ教えてやる」

 

「……何」

 

「うちのクラスで、俺と一番よく喋るのは須藤だ」

 

伊吹の眉が、片方だけ上がった。

 

「次が平田。その次が櫛田だな」

 

「……何の話」

 

「数えてるんだろ」

 

俺は言った。

 

「それだけ数えても、何も出ねえぞ。俺は誰とでも喋る」

 

嘘だった。

 

俺はほとんど誰とも喋らない。

 

だが、伊吹はまだ3日目だ。3日で39人の癖は覚えられない。

 

「……あんた、何なの」

 

「同じことを訊いていいか」

 

俺は答えた。

 

「あんた、何しに来た」

 

伊吹は答えなかった。

 

俺もそれ以上訊かなかった。

 

――上等だ。

 

伊吹は、これから俺の言った三人を見張る。

 

その分だけ、堀北を見る目が減る。

 

3日は稼げる。

 

……3日で足りるかどうかは、別の話だが。

 

 

 

 

 

テントの列に戻る途中、堀北とすれ違った。

 

「伊吹と何を話していたの」

 

「名前を三つ渡した」

 

「……渡した?」

 

「見張る先だ」

 

堀北の足が、止まった。

 

「なぜそんなことを」

 

「あの女が見る先が三つ増えりゃ、あんたを見る目が減る」

 

「私を」

 

「気づいてなかったのか」

 

堀北は、答えなかった。

 

気づいていて、口に出していなかっただけだ。

 

「……何日稼げるの」

 

「三日だ」

 

「三日で、何が変わるの」

 

「変わらねえかもしれん」

 

俺は歩き出した。

 

「三日あれば、変えるための手を一つ探せる。それだけだ」

 

「見つからなかったら」

 

「その時は、三日損した」

 

堀北が、短く息を吐いた。

 

「……あなた、いつもそう」

 

「どうもしてねえ」

 

「損をする前提で数えるのよ。普通は、勝つ前提で数えるわ」

 

「勝つ前提で数えた奴が、一番先に飛ぶ」

 

それきり、堀北は何も言わなかった。

 

 

 

 

 

夜が更けてから、俺は砂浜に出た。

 

佐倉は、いなかった。

 

昨日も、一昨日も出てきていた場所に、今日はいない。

 

俺は、テントの前に座った。

 

動く理由はまだない。だが、動けない理由もなかった。

 

波の音がする。

 

風は、昼より冷たい。

 

崩れかけた客は、卓から降ろす。それが一番安い。

 

だが、ここでは降ろせない。降ろした瞬間に30持っていかれる。

 

降ろせない客を、七日座らせておく方法は一つだ。

 

卓の上の何かを、あの女に持たせる。

 

自分のためには倒れられるが、預かったもののためには倒れられない。

 

――何を預ける。

 

月を見上げた。

 

まだ、思いつかなかった。

この物語に恋愛要素をいれるべきか

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