4日目の朝の点呼で、俺はCの列だけを見ていた。
昨日より、また短い。
Aは変わらない。Bも変わらない。うちは39人のままだ。
伊吹はうちのテントで寝起きしているが、点呼はCの列に並ぶ。籍が動いたわけじゃない。
あの女を入れて、10人を切っている。
……。
一人降りれば30だ。
この3日で30人以上。掛ければ900を超える。
だがあそこは、とうに0だ。
0からは、引けない。
高円寺が降りた時、うちは30持っていかれた。うちに残高があったからだ。
――同じ規則で、値段が違う。
うちが佐倉一人を降ろせば30。あちらが10人降ろしても只だ。
……。
そして、昨日形を決めずに置いた一点が、まだ残っている。
Aが買っていない、という一点だ。
昨日はそこで止めた。材料が足りなかったからだ。
今朝、足りた。
Cは初日に、40人が一日では食い切れない量を買っている。
使い切ったはずの300が、あの陣地に残っていた分だけでは説明がつかない。
Aは買わない。Cは買いすぎている。
……繋がるな。
俺は、短くなったCの列を見た。
昼過ぎ、俺は南へ歩いた。
Cクラスの陣地は、一昨日より静かになっていた。
テントの数は変わらない。だが、人が三人しかいない。
その真ん中に、龍園が座っていた。
俺を見ると、笑った。
「クックック。……来ると思ってたぜ」
「そうかい」
「座れよ。茶は出ねえがな」
俺は、砂の上にあぐらをかいた。
周りの袋は、一昨日と同じ場所に転がっている。
……いや。
同じではない。
一昨日より、数が減っていた。
「一つ訊く」
俺は言った。
「あんたのところが初日に買った分、どこへ行った」
龍園の笑いが、少しだけ深くなった。
「ほう」
「一昨日ここを見た。開けた袋が転がって、水の容器が空になってた」
俺は、足元を指した。
「あれで300か」
「食ったんだろ」
「40人が一日で300分は食えねえ」
俺は言った。
「残った分がどこにも無え。捨てた跡もねえ。……なら、運び出したってことだ」
龍園は、答えなかった。
それから、こう言った。
「東だ」
――認めたか。
「Aクラスか」
「クックック。……そうだ」
……。
俺は、一昨日のことを思い出していた。
座っていた三人は、俺を追い払いもしなかった。
あの時は、隠すものが何もないからだと思った。
――違うな。
隠すものは、もうそこに無かった。
残骸だけ残して、中身は先に出してある。
……見せていいものだけ、置いてあったわけだ。
「気づくのが遅えな」
龍園が、喉の奥で笑った。
「あの日、てめえが嗅ぎ回ってるのは知ってた。……見て困るもんは、先に片してある」
あっさりしていた。
隠す気がない。
「なぜ話す」
「話しても損しねえからだ」
龍園は言った。
「てめえが今日それを知ろうが、明日知ろうが、もう変わらねえ。……手はもう打ち終わってる」
……。
なるほど。
この男は、隠すべき時と、隠さなくていい時を分けている。
「一つ、感心してることがある」
俺は言った。
「あんた、なぜ騒がなかった」
「あ?」
「使い方は派手だ。初日一日で、あれだけ買ってる」
俺は続けた。
「だが、浜で火を焚いて騒いだ奴は一人もいねえ。……全部やったのに、誰にも見せてねえ」
龍園の目が、少しだけ細くなった。
「言ってみろ。なぜやらなかったと思う」
「わからねえから訊いてる」
「嘘つけ」
龍園が笑った。
「てめえは、わかってて訊いてる。その顔だ」
……。
この男は、こういうところがある。
「……派手にやれば、2日目に全学年が知る」
俺は言った。
「Cは0だ、と」
「そうだ」
「知られたら、あんたが何を狙ってるかまで割れる」
俺は続けた。
「点を捨てた奴に残る手は一つしかねえ。他所のリーダーを当てることだ」
「……」
「そこまで読まれたら、三つのクラスが揃ってリーダーを厚く隠す。……隠れてるうちは、向こうの守りは四方に散る。バレた瞬間、全部あんたの方を向く」
俺は続けた。
「最終日にあんたが持ってる武器は、他所を当てる権利だけだ。それを、2日目に相手へ教えるのは――」
「――只で配るのと同じだ」
龍園が、俺の言葉を引き取った。
……。
俺は、そこで口を閉じた。
「クハハ!」
龍園が、喉を鳴らして笑った。
「その言い方、どっかで聞いたな」
……。
「六月だ」
龍園は言った。
「てめえが俺の教室に来た日だ。てめえは0だった。0だってことを、二週間隠してやがった」
俺は答えなかった。
「隠して、隠して、俺が一番欲しがった瞬間に出してきた。……取引だとよ。俺は喜んで買ったぜ。空っぽの穴をな」
龍園は、砂を蹴った。
「あの時、気づいたんだよ。……無いってのも、売り物になる」
「……」
「無いことを早くバラす奴は、只で配ってるんだ。てめえに教わった」
――……。
俺は、すぐには答えなかった。
……そうか。
あの日、俺は自分の空を高く売った。
その手口を、目の前で見せた。
見せた相手が、この男だった。
「ひと月と少しで仕込んだのか」
「ひと月もいらねえよ」
龍園は言った。
「一晩考えりゃ十分だ。……使う場所を待ってただけだ」
……。
俺は、笑いたくなるのを抑えなかった。
久しぶりの感覚だった。
自分の打った手が、卓を一周して戻ってくる。
――悪くねえ。
悪くねえどころじゃない。
これがあるから、卓は面白い。
「一つ、確かめさせろ」
俺は言った。
「あんたはAに物を渡した。代わりに、何を貰った」
「さあな」
「言わねえか」
「そこは只じゃねえ」
龍園は笑った。
――そりゃそうだ。
俺は立ち上がった。
……いや。
訊いたところで、出さなかっただろう。
一昨日、俺は同じ問いの前に立った。
300を投げ捨てられる人間は、それより高いものを、どこか別の場所で受け取る約束をしている。
その読みは、まだ変えていない。
――この島では払われねえものだ。
物を渡した見返りが、この試験の中の点なら、勘定が合わない。当て合いで取れるのは、せいぜい150だ。
300を捨てて150では、足りない。
足りないのに捨てたなら、残りは島の外で受け取る。
……中身は、まだ見えない。
だが、一度きりの支払いなら、この男はもう現物で受け取っている。
見返りの現物が、この陣地に入った形跡はどこにもねえ。
――なら、これから払わせる気だ。
月が変わるたびに、少しずつ。
戻る道で、俺は数え直していた。
A。買っていないなら、配られた分がほぼ丸ごと残っている。そこにスポットの分が積み上がる。
B。快適にやっている分、削れているだろうが、それでも240前後はあるだろう。
C。0だ。
D。今朝で219。
……最下位だ。
いや、Cを除けば最下位だ。
うちが今どこにいるかは、これではっきりした。
――四つのうち、三番目。
あと3日で、この差は詰まらない。
買うのを止めても、Aは元から買っていない。追いつくには、向こうが減るのを待つしかない。
待って追いつく勝負ではない。
……なら。
残すだけでは足りない。
俺は歩きながら、指を折った。
Aは、綾小路が見た。名前は聞いていないが、顔はあいつが覚えている。
Cは、たぶん龍園だ。残りが10人を切っている。あと数日で全部降りれば、残った人間しかカードは通せない。……その時に確かめればいい。
Bは――
……まだだ。
Bだけが、まだ見えない。
あそこは守りに徹している。誰も余計なことをしていない。
だから、誰も尻尾を出していない。
Bを当てる方法を、俺はしばらく考えていた。
守りに徹しているクラスは、尻尾を出さない。
だが、出さないというのも一つの形だ。
……いや。
俺は、朝の列を思い出した。
四つの中で、あの列だけが緩んでいた。真ん中に立った女が何か言うたびに、周りが頷く。
――あれか。
いや、違うな。
目立つ人間をリーダーに置かない。それは平田で通った話だ。あちらも同じことを考える。
……なら、逆から入るか。
守りに徹しているということは、守る対象があるということだ。
守っているつもりの動きが、そのまま指し示す。
一昨日、俺がBの陣地に寄った時、真っ先に出てきたのも短い髪の女だった。
湯を分けようかと言ってきた、あの女だ。
――点呼で真ん中に立っていたのと、同じ女だな。
あの時は、演技ではないと読んだ。今もそう思う。
本気で人に物を分けようとする顔だった。
――だが。
本気で親切な人間を、外から人が来た時に最初へ出す。
置いた側は計算しているが、置かれた側はしていない。だから隙が出ない。
……よく出来てる。
そして、そういう置き方をするクラスは、一番隠したいものを一番奥に置く。
……もう一度、行くか。
俺は、そこまで考えて止めた。
行けば、こちらが探していることが伝わる。
伝われば、向こうは守りを厚くする。
――今日は、やめておくか。
最終日まで、あと3日ある。
急いで拾った札より、遅く拾った札の方が高いことがある。
テントに戻ると、櫛田が佐倉と話していた。
佐倉は、頷いているだけだった。
櫛田の方は、いつも通りに笑っている。
……。
俺は、それを少し離れた場所から見ていた。
櫛田には、五月から一つ引っかかっている。
俺が、知らせを寝かせていたと教室で明かした時、あの笑いが止まった。
驚いたんじゃない。
――驚かなかった。
待って高く売る、というやり方に、驚かなかった。
知っている人間の顔だった。
それ以来、俺は櫛田を「気をつける側」に入れている。
だが、それだけだ。
何もしていない。
……する必要がねえからだ。
危ねえ人間ってのは、危ねえうちは動かねえ。困ってねえからだ。
人が動くのは、動く理由ができた時だけだ。
櫛田には、まだ理由がない。
この教室で、櫛田が困っていることは何一つない。全員に好かれていて、誰にも疑われていない。
――今の櫛田は、勝ってる側だ。
勝ってる人間は、卓をひっくり返さない。
だから、見ているだけでいい。
……いずれ、櫛田が負ける日が来る。
その日に、あの顔がもう一度出る。
俺は、そこまで待てばいい。
「赤木くん」
櫛田が、こちらに気づいて手を振った。
「なに見てるの?」
「別に」
「ふふ。変なの」
櫛田は、そのまま歩いていった。
佐倉が、その場に残った。
……顔色は、一昨日見た時と変わらない。
悪くなってはいない。
だが、良くもなっていない。
あと3日。
――このままなら、保つ。
だが「このまま」でいてくれる保証がどこにもない。
俺は、砂を踏んで近づいた。
「一つ、頼みがある」
佐倉が、驚いた顔をした。
「わ、私に……ですか」
「ああ」
「で、でも私、何も……」
「できることだ」
俺は言った。
「伊吹を見ててくれ」
俺は、テントの端に座っている伊吹を顎で示した。
「……伊吹、さん?」
「そうだ」
「な、なんで」
「あんたが、一番向いてるからだ」
佐倉が、まばたきをした。
「俺が見てると、向こうも俺を見る。堀北も同じだ。……見張ってることが伝わる」
俺は続けた。
「だが、あんたが見てても、誰も何とも思わねえ」
「……それは」
佐倉の声が、少し落ちた。
「私が、目立たないから、ですよね」
「そうだ」
俺は、言い直さなかった。
慰めれば、そこで話が終わる。
「悪いことじゃねえ」
俺は言った。
「この島で、あいつに警戒されずに近くにいられるのは、あんただけだ。……それは、俺にも堀北にもできねえ」
佐倉は、下を向いたままだった。
「……何を、見ればいいんですか」
「何時に、どこへ行ったか。それだけでいい」
俺は言った。
「話しかけなくていい。近づかなくていい。目に入った分だけ、覚えといてくれ」
「覚える、だけ……」
「夜は来るな」
俺は言った。
「朝、飯の列で俺の前に並べ。並んでる間に一言だけ言えばいい」
「……夜は、駄目なんですか」
「夜に人と話すと、数えてる奴がいる」
佐倉は、また黙った。
それから、小さく頷いた。
「……やります」
「頼んだ」
俺は、それだけ言って離れた。
――さて。
これで、この女は倒れにくくなる。
昨夜、自分で考えた通りの形だ。
自分のためなら倒れられる。だが、誰かが待っている報告があると、朝が来るまで持ちこたえる。
……卑怯な手だ。
自分でもわかっている。
佐倉に必要なのは、たぶん役目じゃない。
後ろにいるものを消してやることだ。
だが、それは島の外にある。
俺には、まだ手が届かない。
――届くまで、倒れられちゃ困る。
それだけの話だ。
俺は、テントの陰に腰を下ろした。
振り返ると、佐倉はもう伊吹の方を見ていた。
背筋が、昨日より起きていた。
……。
俺は、今日わかったことを並べ直した。
Cは0だ。そこから減らない。当てれば取れる。
Aは買っていない。Cが食わせている。見返りは島の外にある。
Bは守りに徹していて、まだ尻尾を見せない。
うちは219。買い続ければ、最終日には200を切る。
――残すだけでは、届かない。
3日前まで、俺はこの試験を「使わなければ勝てる」勝負だと思っていた。
説明は、その通りだった。残った分がそのまま点になる。
だが、残せる量には天井がある。
うちがこれから一点も使わなくても、持ち帰れるのは200を少し超える程度だ。
その間にAは、最初から買っていない分だけ、そっくり持ち帰る。
――差は開く。
そういう卓で勝ちを拾うなら、道は一つしかない。
降りるのではなく、当てにいく。
50が3つ。当たれば150。
外せば、1つにつき50飛ぶ。
……分の悪い張り方だ。
もっとも、それは表向きの分だ。
全員が同じ規則の中にいて、同じ数字を見ている。それなのに、当てにいく人間はほとんどいない。
――怖いからだ。
外した時に減るのが、怖い。
だから、みんな残す方を選ぶ。
……そこに、隙がある。
俺は、砂を払って立ち上がった。
あと3日。