5日目の朝、点呼で四つの列が並んだ。
Cの列は、また短くなっていた。
数えるまでもない。一目で、足りていない。
俺は、その列を見ながら考えていた。
……。
昨日は食料だけで済んだ。12。
219から引いて、207。占有で3つ足して、210。
残り2日で、どこまで削られるか。
Aは財布を開いていない。食わせているのはCだ。配られた分がほぼ丸ごと残って、占有が乗る。280前後か。
Bは湯を沸かすような真似をしている。その分は削れているが、それでも220は超える。
Cは0だ。
うちが210。
――追いつく手は、当てる方にしかない。
それはもう、昨日のうちに決めてある。
朝の分が終わる。
点呼は1日2回。次は夜の8時だ。
この5日、一度も欠けた奴はいない。
飯の列に並んでいると、前に小柄な背中が入った。
佐倉だった。
振り返らない。前を向いたまま、小さな声で言った。
「……昨日の夜、二回」
「時刻は」
「一回目は、みんなが寝てすぐです。……二回目は、わかりません。目が覚めたら、もういませんでした」
「戻ってきたのは見たか」
「明るくなる前でした」
――長えな。
一回目は短い。二回目は、朝までかかっている。
探し物をしている人間の動き方だ。
見つからなければ、範囲を広げる。広げれば、時間がかかる。
「わかった」
「……あの」
「なんだ」
「私、間違ってませんか」
佐倉の声が、少し揺れた。
「見てるだけで、何もできてなくて」
……。
この女は、まだわかっていない。
「今、あんたが言ったのは、二回と、朝までだ」
俺は言った。
「それだけで、伊吹が何をやってるかの見当がつく。……俺が3日歩き回っても、それは出てこねえ」
佐倉は、答えなかった。
だが、背中が少し起きた。
列が進んだ。
それきり、俺たちは何も話さなかった。
昼過ぎだった。
テントの列の方から、女の声が上がった。
「ちょっと、ないんだけど! マジでないじゃん!」
髪を明るくした女だった。名前は、確か軽井沢といった。
顔を赤くして、鞄の中身を砂の上にぶちまけている。
「うちの下着、どこ行ったのよ!」
……。
一瞬で、空気が変わった。
「え、待って。私のも一枚足りない気がする」
「うそ、こわい」
女子が固まっていく。
そして、その視線が、自然に一方へ向いた。
男子の側だ。
「おい、ふざけんなよ」
池が声を上げた。
「誰も取ってねえって!」
「じゃあ誰が取ったのよ」
「知らねえよ!」
平田が両手を上げて割って入った。
「落ち着こう。まず、荷物を確認して――」
「確認って、男子の荷物を調べるってこと?」
「そうじゃなくて」
……。
俺は、少し離れた場所からそれを見ていた。
止まらないな。
この手の話は、疑いが出た時点で終わっている。
やっていないと証明する方法がない。調べれば侮辱になり、調べなければ疑いが残る。
どちらに転んでも、割れる。
――上手い。
俺は、砂を踏んだ。
誰かが本当に下着を欲しがったわけじゃない。
欲しかったのは、この時間だ。
39人が一斉に、同じ方向を向かなくなる時間。
女子が次々と鞄を開けていく中で、俺は堀北を見ていた。
輪には入らず、テントの陰に立っている。
顔が、硬い。
「見たか」
「……見たわ」
「どう読んだ」
「男子が取ったとは思っていない」
堀北は、そう答えた。
「うちの男子に、そんな度胸はないわ」
「そうだな」
「なら、外から入った人間ということになる。……この島で、うちのテントに近づける他クラスの人間は」
「一人だ」
……。
言うまでもなかった。
「一つ、確かめる」
堀北が言った。
「他クラスへの略奪は、そのクラスが即失格。……そうよね」
「そうだ」
「なら、あの女を捕まえれば、Cは終わるわ」
――そこに行くか。
悪くない頭だ。
「三つ、駄目な理由がある」
俺は言った。
「一つ。証明できねえ。誰も見てねえし、物も出てこねえ」
「……」
「二つ。仮に証明できても、切られるのはあの女一人だ。Cから来た、とは言わずに済む。喧嘩して出てきた奴が魔が差した、で終わる」
堀北が、口を開きかけて閉じた。
「三つ目が一番でかい」
俺は言った。
「Cを飛ばして、うちに何が入る」
「……」
「あそこはもう0だ。飛ばしても、こっちの点は一つも増えねえ」
俺は続けた。
「うちが追いかけてるのはAだ。……Cを消しても、Aとの差は一つも縮まらねえ」
堀北は、返事をしなかった。
「……そうね」
「悪くない読みだった」
俺は言った。
「その手が使えるのは、追いかけてる相手がCの時だけだ」
「なぜ、下着なの」
堀北が言った。
「盗るなら、他にいくらでもあるでしょう。食料も、道具も」
「そこだ」
俺は言った。
「食料が消えりゃ、みんなで探す。道具が消えても同じだ。……全員が一つの方向を向く」
「……」
「下着は違う。消えた瞬間に、男と女が向かい合う。……同じ場所にいるのに、二つに割れる」
堀北の顔が、強張った。
「……見張りが」
「そうだ」
俺は続けた。
「今、この陣地で誰が何をしているかを、誰も見ていない。全員が人の顔色を見てる」
――煙だ。
火を出したいわけじゃない。
煙を出せば、それだけで人は火を探しに走る。
「カードは」
「……持っているわ」
「どこに持ってる」
「……あなたに言われた通りよ。持っていることを、自分でも忘れる場所に」
「なら、いい」
俺は言った。
「だが、今夜は出る刻限を変えろ。今までで一番遅くだ」
「……なぜ」
「今日の騒ぎで、あんたは一度も慌てなかった」
俺は言った。
「他の女子は全員、鞄をひっくり返した。あんただけが、鞄に触らなかった」
堀北の顔から、色が引いた。
「……見られていた」
「見られてる前提で動け」
俺は言った。
「――いや、それだけじゃねえ」
俺は言い直した。
「煙は一枚目だ。二枚目がある」
「……二枚目」
「網だ。下着を一枚抜いて、誰が自分の荷物を心配しないかを見る」
「……そんなことのために」
「安いもんだ」
俺は答えた。
「向こうは、一枚も損してねえ」
堀北と別れて歩いていると、綾小路が林から出てきた。
二度目だ。
――増えたな。
初日の夜に一度。少なくとも、俺が見たのはそれきりだった。
その男が、騒ぎのある日に外へ出ている。
「見てきたのか」
俺は訊いた。
「散歩だ」
「その返事も、二度目だ」
綾小路は足を止めた。
「……うちの女子が騒いでいる」
「知ってる」
「あれで、この陣地から目が離れた」
「それも知ってる」
俺は言った。
「だから、あんたは出たんだろ」
綾小路は答えなかった。
――そういうことだ。
誰も見ていない時間は、こちらだけの時間じゃない。
同じ煙で、火を出した側とは別の人間も動ける。
「一つ訊く」
俺は言った。
「あんた、うちのリーダーが誰か知ってるか」
間があった。
風が、木を鳴らした。
「……答える義理はない」
「そうかい」
俺は頷いた。
――知らねえ、とは言わなかったな。
この男は嘘をつかない。都合が悪ければ、答えないだけだ。
知らないなら「何の話か、わからないな」で切って終わりだ。それがいつもの返しだった。
今日は、切らなかった。
……つまり、知ってる。
「なら、もう一つ」
俺は続けた。
「知ってたとして、あんたはそれをどうする」
「……」
「他所に売るか。それとも、自分で使うか」
綾小路が、こちらを見た。
目に、何も浮かんでいない。
「売る理由がない」
それだけ言って、歩き出した。
……なるほど。
売らない、とは言った。
使わない、とは言っていない。
――厄介だな。
伊吹はカードを探している。あれは外から来た手だ。防ぎ方はわかる。
だが、内側にもう一つ手がある。
しかもそっちは、こちらと同じ卓についている。
……敵じゃねえ。
あの男が動けば、たぶんうちの点は増える。
増えるが――
俺は歩きながら考えた。
増やし方を、こちらが選べなくなる。
夕方になっても、騒ぎは収まらなかった。
平田が何度も間に入って、そのたびに火が小さくなり、また燃え直した。
日が傾いてから、平田がもう一度全員を集めようとして、失敗した。
女子が半分しか来なかった。
「……今日は、やめておこう」
平田は、そう言うしかなかった。
顔が、この5日で一番疲れて見えた。
……平田は、ずっと一人で堤防になっている。
石鹸の時も、歯ブラシの時も、折れたのは平田だ。折れたと言えば聞こえは悪いが、あれは決めたということでもある。
誰も決めたがらないから、決める役を引き受けている。
――そういう人間から先に減っていく。
賭場でも同じだった。
場を仕切る人間は、自分の手より場の面倒を先に見る。だから、自分の手が崩れるのに一番遅く気づく。
……止めるか。
俺は少し考えて、やめた。
今、俺が平田に何か言えば、それを見ている人間がいる。
結局、その日は買い物の話が出なかった。
……皮肉なもんだ。
今日は、点が減っていない。
一日で27を使わずに済んだ。
だが、そんなものは何の得にもならない。
――代わりに、もっと高いものが動いた。
日が落ちる前に、俺は佐倉を探した。
テントの裏手にいた。膝を抱えて、騒ぎの方を見ている。
輪の中には入っていない。誰も呼びに行っていない。
……いつも通りだな。
この女は、盗られた側にも、疑われた側にも入っていない。
どちらにも数えられていない。
「飯は食ったか」
声をかけると、肩が跳ねた。
「あ、……はい」
「そうか」
俺は、それ以上は訊かない。
嘘かどうかは、顔を見ればわかる。
だが、追い詰めても意味がない。
「一つ言っておく」
俺は言った。
「今日みたいな日は、あんたが一番楽だ」
「……え?」
「全員が、他人を見てる。……あんたを見てる奴は、一人もいねえ」
佐倉が顔を上げた。
「それは、」
言いかけて、止まった。
「……そうですね」
小さな声だった。
――違うな。
今、この女は「そうですね」で流した。
だが、その前の一瞬に、別のものが出かかっていた。
誰にも見られないことを、楽だと思っていない顔だ。
……。
俺は、そこで一つ気づいた。
この女が島で保っているのは、追ってくるものが届かないからだと思っていた。
それもあるだろう。
だが、それだけじゃない。
――ここには、38人いる。
学校では、佐倉は一人で部屋に帰る。
ここでは、隣のテントに誰かいる。
……戻れば、それが無くなる。
俺は、それ以上何も言わずに離れた。
最終日が一番危ない、と俺は読んでいた。
もう一つ足しておく。
――帰った日の、夜だ。
夜の8時の点呼も、いつも通りに終わった。
列が解けてから、俺は砂浜へ出た。
波打ち際の手前に、伊吹が座っていた。
一人で、海を見ている。
俺は、その隣に立った。
「よう」
「……何」
「騒がしいな、今日は」
伊吹は答えなかった。
「あんた、女子の側にいたか」
「さあ」
「そうかい」
俺は、そこで座った。
しばらく、二人とも黙っていた。
「一つ教えてやる」
俺は言った。
「うちで一番、鞄を身体から離さねえのは平田だ」
伊吹が、こちらを見た。
「……何が言いたいの」
「別に」
俺は言った。
「そっちが数えてるから、こっちも数えてやってるだけだ」
伊吹の目が、細くなった。
「……あんた、気持ち悪い」
「よく言われる」
伊吹は立ち上がって、テントの方へ歩いていった。
俺は、その背中を見送った。
――今のは、餌だ。
昼の騒ぎで、あの女は鞄を漁らなかった人間を見た。
うちで鞄に触らなかったのは、堀北だけじゃない。平田も触っていない。仲裁に入っていて、それどころじゃなかったからだ。
……向こうから見れば、同じに見える。
教室では、平田がリーダーということになっている。
その平田が、鞄を離さない。
――繋がるだろ。
――一晩だ。
それしか稼げない。
堀北は今夜も林へ出る。それは変わらない。
だが、出ている間に鞄を漁られる心配だけは、今夜は要らない。
俺は、月を見上げた。
あと2日。
煙は、もう上がっている。
テントに戻る前に、俺は茶柱を捕まえた。
篝火の届かない場所に立っていた。生徒の輪からは離れている。
「一つ訊く」
「なんだ」
「最終日、リーダーを当てるってのは、どうやる」
茶柱の目が、こちらへ動いた。
「……なぜ今訊く」
「当日に訊いたんじゃ遅えからだ」
少し間があって、この教師は答えた。
「用紙を配る。担任が各クラスへ持っていく。そこに、他クラスのリーダーだと思う名前を書け」
「書くのは誰だ」
「クラスで決めろ。一枚しか渡さん」
……ほう。
「わからなければ、書かなくてもいい」
茶柱は続けた。
「空欄で出せば、当たりも外れもない」
――なるほどな。
空欄が許されている。
「もう一つ」
俺は言った。
「他所がどこに何を書いたかは、後で知らされるのか」
「知らされない」
「順位と点だけか」
「そうだ」
……。
俺は、そこで少し黙った。
――厄介な作りだな。
当てられても、誰に当てられたかはわからない。
外しても、誰が外したかはわからない。
最終日に紙が集まって、次の瞬間には数字だけが残る。
……賭場なら、伏せ札のまま流すようなものだ。
誰が何を張ったかを、誰も確かめられない。
「赤木」
茶柱が言った。
「なぜ、そこまで訊く」
「書く側に回るからだ」
俺は答えた。
「書かねえ奴は減らねえ。だが、増えもしねえ。……うちは、増やさなきゃ届かねえ」
茶柱は、返事をしなかった。
それから、視線を海の方へ戻した。
「……好きにしろ」
俺は、その場を離れた。
――紙は一枚。
書くのは一人。
その一人を、誰にするか。
……そこも、まだ決まっていない。
……。
俺は、砂の上に寝転がった。
整理しておく。
外からは伊吹が来る。狙いはカードで、探し場所を今夜だけ間違える。
内からは綾小路が動く。狙いはわからないが、売る気はない。
この二つは、別々に見えて、同じ日に効く。
――最終日だ。
あの日に、四つのクラスが一斉に紙を出す。書く奴もいれば、空欄で出す奴もいる。
当てた奴が50取り、外した奴から50飛ぶ。当てられた側も50払う。
……そこまで、あと2日。
俺は目を閉じた。
賭場では、こういう2日が一番長い。
牌が配られてから、河に一枚目が落ちるまでの間だ。
何も起きていないのに、もう全部決まっている。
――決まっちゃいねえ。
俺は、そう思い直した。
決まっていると思った人間から、順に落ちていく。
この物語に恋愛要素をいれるべきか
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必要
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一切不用
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少しみたい