6日目の朝、点呼の列に伊吹がいなかった。
Cの列は、もう三人だった。
……減ったな。
昨夜のうちに、また誰か降りたわけだ。
「赤木くん」
堀北が、隣に来た。
「伊吹さんがいないわ」
「見りゃわかる」
「降りたのかしら」
「いや」
俺は首を振った。
「降りたなら、今朝には全学年に知れ渡る。……あの女は違う」
「なら」
「動いてる」
俺は言った。
「餌を撒いた翌朝に本人がいねえってのは、一番わかりやすい返事だ」
堀北の顔が、少し強張った。
「……昨日の餌、効きすぎたんじゃないの」
「効いたのと、効きすぎたのは違う」
俺は答えた。
「効きすぎたら、今頃うちのテントの前で騒ぎになってる。……なってねえ。まだ探してる」
……。
Cの三人。あの女を入れれば、四人か。
龍園を含めて、残っているのはそれだけだ。
誰がリーダーかは、まだ確かめようがない。だが、あの人数まで削れば、誰がリーダーかを隠す意味がなくなる。
残った奴が、そのままリーダーだ。
……ただし、あの男に限って、それを堂々と晒すとは思えねえ。
最後の最後まで、誰かに紛れているつもりでいるだろう。
薄い人数の中で紛れる術を、あの男は必ず用意してくる。
うちは203。Aは変わらず。Bも大きく動いていない。
……このまま並べば、当てる勝負でしか順位は動かない。
点呼が終わって、俺はテントの列を見て回った。
平田の寝床の前で、足を止めた。
荷物は、昨日と同じ位置にある。
だが、テントの端の紐が、片方だけ結び直されていた。
……。
誰かが、一度開けて、閉じたな。
結び方が、平田のものと違う。平田は几帳面な結び方をする。これは、急いだ結び方だ。
「開けられてる」
振り返らずに言うと、後ろに堀北の気配があった。
「……中は」
「見てねえ。見る必要もねえ」
俺は言った。
「開けられて、何も盗られてねえ。それが答えだ」
「どういうこと」
「平田の鞄には、カードなんぞ最初から入ってねえ」
俺は言った。
「入ってねえもんを探して、見つからなくて、そのまま出ていった。……それだけだ」
堀北は、少し黙ってから頷いた。
「……無駄足を踏ませたのね」
「一晩分だ」
俺は答えた。
「安いもんだ、とは言ったが、思ったより効いた」
「……なぜ、平田くんのところだったの」
堀北が訊いた。
「あなたは、伊吹さんに私が雑だと教えた。私を探すはずじゃなかったの」
「そのつもりだった」
俺は答えた。
「だが、あの女は昼間の騒ぎも見てる。鞄を漁らなかった二人のうち、あんたは他クラスにも近づきにくい。平田は違う。……仲裁に出てくる分、隙が多く見える」
「見えるだけで、実際は違う」
「そうだ」
俺は頷いた。
「向こうは、見えた通りに動いた。それだけの話だ」
堀北は、しばらく口を開かなかった。
「……危なかったわね。もし本当に、私のところへ来ていたら」
「来ても同じだ」
俺は言った。
「カードは、あんたが自分でも忘れる場所に入れてる。探されて出てくるようなら、そもそも隠したことにならねえ」
堀北は、それ以上何も言わなかった。
昼前、砂浜の方から声が上がった。
「うわっ、なんだこれ!」
池だった。
駆け寄ると、テントの端に、黒い焦げ跡があった。
紙の燃えかすが、風に散っている。
「マニュアルが……!」
平田が駆けつけて、燃え残りを拾い上げた。
半分以上、灰になっている。
「誰だよ、これ!」
山内が叫んだ。
「うちにマッチなんて、誰も持ってねえだろ!」
……。
俺は、燃えかすを見た。
燃え方が、妙だ。
端からじゃなく、真ん中から焼けている。
――風で煽られた跡じゃねえ。
油か何かで、狙って火を点けた跡だ。
「平田」
俺は言った。
「マニュアルは、いつも決まった場所に置いてたのか」
「え、……うん。僕のテントの、この辺に」
「今朝、伊吹がテントのなかに入った」
俺は続けた。
「開けられたが、何も盗られてなかったようにみえた」
平田の顔が、みるみる強張っていく。
「……まさか」
「昨夜、あの女はうちを探し回った。見つからなかった。そのまま朝になった」
俺は言った。
「見つからなかったもんは、しょうがねえ。……ただ、うちが困るようにはできる。マニュアルを燃やせば、うちは値段表を失う。買い物のたびに、いちいち教師に訊く羽目になる」
堀北が、口を挟んだ。
「目くらましも兼ねてるってことね」
「そうだ」
俺は頷いた。
「騒ぎが大きいほど、昨夜あの女がどこにいたかなんて、誰も気にしなくなる」
平田は、灰になった紙を握りしめていた。
「……こんなことまでするのか」
「するさ」
俺は言った。
「あんたが思ってるより、この島は容赦がねえ」
平田は、何も言い返せなかった。
俺は、その場を離れた。
少し歩いたところで、佐倉が立っているのに気づいた。
燃えかすを、遠くから見ている。
「マニュアルの件、聞いたか」
訊くと、首を振った。
「……いえ、私は。何も」
「そうか」
「あの、」
佐倉が、少し言いよどんだ。
「また今夜も見張ればいいですか」
「いや」
俺は言った。
「今夜はいい。あの女は、たぶん動かねえ」
「……どうしてですか」
「昨日、外れを引いた。今日は焼いた。2日続けて動いた奴は、3日目は休む」
俺は答えた。
「休まなきゃ、頭が回らなくなる。……あんたも、今夜は寝ろ」
佐倉は、少し驚いた顔をした。
「……いいんですか」
「命令じゃねえ。今夜は要らねえって話だ」
佐倉は、小さく頷いた。
「……ありがとうございます」
「礼を言われる筋合いはねえ」
俺は歩き出しながら言った。
「あんたの報告がなけりゃ、餌の効き目も測れなかった。……こっちが世話になってる」
「……あの」
佐倉が、少し声を高くした。
「私、少しは役に立ってますか」
「訊くまでもねえだろ」
俺は振り返らずに答えた。
「役に立たねえ人間には、頼み事なんぞしねえ」
佐倉は、目を伏せた。
「……そう、ですよね」
声が、少しだけ柔らかくなっていた。
「学校でも、そうやって数えてもらえたら、良かったんですけど」
その言葉を、俺は聞き流さなかった。
「学校じゃ、誰にも数えられてねえのか」
佐倉が、はっとした顔をした。
「……いえ、そんな。すみません、変なこと言って」
「変じゃねえ」
俺は言った。
「数えられねえってのは、透明になってるってことだ。透明な人間は、狙われても気づかれねえ」
佐倉の顔から、表情が抜けた。
「……なんの、話ですか」
「別に」
俺は答えた。
「一般論だ」
佐倉は、それ以上何も訊かなかった。
だが、その顔は、島に来て初めて見る顔だった。
図星を突かれた人間の顔だ。
……。
この話は、ここで終わらせる。
今は、まだ材料が足りない。
佐倉は、それには答えなかった。
だが、俺が離れても、しばらくその場に立っていた。
……。
帰った日の夜が一番危ない、という読みは変わっていない。
あと1日。それを過ぎれば、船に乗る。船に乗れば、学校に戻る。
戻った日の夜まで、まだ間がある。
――間があるうちに、こっちの手も伸ばしておくか。
誰に、いつ、何を頼むかは、まだ決めていない。
決めていないが、放っておく気もなかった。
――さて。
マニュアルを失った。買い物のたびに教師に確認が要る。手間が増える。
だが、それだけだ。
命に関わる損失じゃねえ。
……この程度で済んだのは、むしろ幸運だった。
あの女が本当に探していたものは、まだうちの手の中にある。
夕方、俺は茶柱を捕まえた。
「マニュアルを失くした。買い物の値段がわからねえ」
「知っている」
茶柱は、燃えかすの報告をもう受けていたらしい。
「再発行はできるか」
「できる。……点を使う」
「いくらだ」
「10」
安くはないが、高くもない。
「出す」
俺は言った。
「今日のうちに頼む」
「……なぜ、そんなに急ぐ」
茶柱が訊いた。
「値段がわからねえまま買い物をする方が、よっぽど高くつく」
俺は答えた。
「10で済むうちに済ませる。……先に払うか後で払うかは、大抵先の方が安い」
茶柱は、俺の顔を見た。
「お前は、慌てないな」
「慌てる理由がねえ」
俺は答えた。
「燃えたのは紙だ。人間じゃねえ」
茶柱は、無言のまま手続きの紙を取り出した。
夜、俺は伊吹を探した。
いつもの波打ち際に、姿はなかった。
……昼間で、力尽きて寝てるか。
それとも、まだ探してるか。
どちらでもいい。
俺はテントに戻って、堀北に声をかけた。
「今日の分の勘定だ」
「……いいの、今」
「他にやることがねえ」
俺は言った。
「マニュアルの再発行で10。占有は今日も3つ入ってる」
堀北は、指を折りながら聞いていた。
「210から、10引いて、200。占有で3つ足して、203」
「そうだ」
俺は頷いた。
「明日と明後日、動きがなければ、そのまま最終日を迎える」
「動きがあると思う?」
「ある」
俺は即答した。
「あの女は、今日の失敗を龍園に報告する。……報告を受けたあの男が、そのままにしとくとは思えねえ」
「次は、何をしてくると思うの」
「わからねえ」
俺は正直に答えた。
「わからねえが、一つだけ言える」
「なに」
「今度は、燃やすだけじゃ済まねえ」
堀北の顔が、硬くなった。
「……根拠は」
「昨日と今日で、あの女のやり口が変わった」
俺は言った。
「昨日は探した。今日は燃やした。段階が上がってる。3日目に、また上がらねえ理由がねえ」
「……人ってことね」
「かもな」
俺は言った。
「マニュアルを燃やしても、あの女の手には何も残らねえ。次にやるなら、手元に残るもんを狙ってくる」
「例えば」
「カードそのものか、それを持ってる人間か」
堀北の顔から、色が引いた。
「……私を、直接」
「言っとくが、うちのクラスへの暴力は、Cが即失格になる」
俺は続けた。
「あの男が承知でやらせるとは思えねえ。……あそこまで慎重にAと組んで、盤の外まで手を伸ばしてる男が、最後の最後で規則に引っかかるへまはしねえ」
「なら、安心していいの」
「いや」
俺は首を振った。
「承知でやらせなくても、起きることはある」
「どういうこと」
「あの女は、龍園に忠実な質じゃねえ。前に、やつのやり方に気に食わねえ顔をしてた」
俺は言った。
「命令された通りに動く女なら、2日連続で外れるような真似はしねえ。……あの女は、自分で判断して動いてる」
「なら」
「暴走する目がある」
俺は答えた。
「龍園の指示の外で、勝手に何かやらかす。……それが一番読めねえ」
「止められないの?」
「あの男が止められるかどうかは、あの男次第だ」
俺は言った。
「うちが止める手立てはねえ。ただ、備えることはできる」
「どう備えるの?」
「今夜は、カードを俺が預かる」
堀北の目が、大きくなった。
「……あなたが」
「登録上は、あんたのままだ。持ってる場所だけを変える」
俺は言った。
「あんたが襲われる目があるなら、カードは、あんたとは別のところに置いた方がいい」
俺は、月を見上げた。
「暴力は使えねえ。そこは規則が縛ってる。だが、規則の外にはいくらでも手がある」
最終日まで、あと1日。
俺は、静かに、頭の中で駒を並べ直していた。
テントに戻る途中、林の際に綾小路が立っていた。
三度目だ。
「今日は何を見てきた」
俺は訊いた。
「散歩だ」
「もう三度目のその返事、聞き飽きたな」
綾小路は、答えなかった。
「一つ言っておく」
俺は言った。
「あんたが動いた分だけ、うちの持ち点は増える。そう言った」
「言ったな」
「だが今日、うちは損した」
俺は続けた。
「あんたが動いて、うちが得をした形跡は、今のところ一つもねえ」
綾小路は、少しの間、こちらを見ていた。
「まだだ」
それだけ言って、寮の方――いや、テントの列の方へ歩いていった。
……まだ、か。
仕込みには時間がかかる、という意味だ。
この男の「まだ」を、俺はまだ疑う理由を持っていない。
持っていないことが、一番落ち着かない。
俺はテントに戻り、横になった。
あと1日。
目を閉じても、頭の中の駒は動き続けていた。
龍園。伊吹。綾小路。佐倉。それに、堀北。
五つの糸が、同じ最終日に向かって伸びている。
どれか一本を強く引けば、他の糸が動く。
……さて。
どこから、どう引くか。
この物語に恋愛要素をいれるべきか
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必要
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一切不用
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少しみたい