アカギ〜実力至上主義の教室に舞い降りた天才〜   作:GC

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第26話「網」

 6日目の朝、点呼の列に伊吹がいなかった。

 

 Cの列は、もう三人だった。

 

 ……減ったな。

 

 昨夜のうちに、また誰か降りたわけだ。

 

「赤木くん」

 

 堀北が、隣に来た。

 

「伊吹さんがいないわ」

 

「見りゃわかる」

 

「降りたのかしら」

 

「いや」

 

 俺は首を振った。

 

「降りたなら、今朝には全学年に知れ渡る。……あの女は違う」

 

「なら」

 

「動いてる」

 

 俺は言った。

 

「餌を撒いた翌朝に本人がいねえってのは、一番わかりやすい返事だ」

 

 堀北の顔が、少し強張った。

 

「……昨日の餌、効きすぎたんじゃないの」

 

「効いたのと、効きすぎたのは違う」

 

 俺は答えた。

 

「効きすぎたら、今頃うちのテントの前で騒ぎになってる。……なってねえ。まだ探してる」

 

 ……。

 

 Cの三人。あの女を入れれば、四人か。

 

 龍園を含めて、残っているのはそれだけだ。

 

 誰がリーダーかは、まだ確かめようがない。だが、あの人数まで削れば、誰がリーダーかを隠す意味がなくなる。

 

 残った奴が、そのままリーダーだ。

 

 詰めの匂いがしてきた。

 

 ……ただし、あの男に限って、それを堂々と晒すとは思えねえ。

 

 最後の最後まで、誰かに紛れているつもりでいるだろう。

 

 薄い人数の中で紛れる術を、あの男は必ず用意してくる。

 

 うちは210。Aは変わらず。Bも大きく動いていない。

 

 ……このまま並べば、当てる勝負でしか順位は動かない。

 

 数字は嘘をつかねえ。ただ、黙ってるだけだ。

 

 点呼が終わって、俺はテントの列を見て回った。

 

 平田の寝床の前で、足を止めた。

 

 荷物は、昨日と同じ位置にある。

 

 だが、テントの端の紐が、片方だけ結び直されていた。

 

 ……。

 

 誰かが、一度開けて、閉じたな。

 

 結び方が、平田のものと違う。平田は几帳面な結び方をする。これは、急いだ結び方だ。

 

「開けられてる」

 

 振り返らずに言うと、後ろに堀北の気配があった。

 

「……中は」

 

「見てねえ。見る必要もねえ」

 

 俺は言った。

 

「開けられて、何も盗られてねえ。それが答えだ」

 

「どういうこと」

 

「平田の鞄には、カードなんぞ最初から入ってねえ」

 

 俺は言った。

 

「入ってねえもんを探して、見つからなくて、そのまま出ていった。……それだけだ」

 

 堀北は、少し黙ってから頷いた。

 

「……無駄足を踏ませたのね」

 

「一晩分だ」

 

 俺は答えた。

 

「安いもんだ、とは言ったが、思ったより効いた」

 

「……なぜ、平田くんのところだったの」

 

 堀北が訊いた。

 

「あなたは、伊吹さんに私が雑だと教えた。私を探すはずじゃなかったの」

 

「そのつもりだった」

 

 俺は答えた。

 

「だが、あの女は昼間の騒ぎも見てる。鞄を漁らなかった二人のうち、あんたは他クラスにも近づきにくい。平田は違う。……仲裁に出てくる分、隙が多く見える」

 

「見えるだけで、実際は違う」

 

「そうだ」

 

 俺は頷いた。

 

「向こうは、見えた通りに動いた。それだけの話だ」

 

 堀北は、しばらく口を開かなかった。

 

「……危なかったわね。もし本当に、私のところへ来ていたら」

 

「来ても同じだ」

 

 俺は言った。

 

「カードは、あんたが自分でも忘れる場所に入れてる。探されて出てくるようなら、そもそも隠したことにならねえ」

 

 堀北は、それ以上何も言わなかった。

 

 

 

 

 

 昼前、砂浜の方から声が上がった。

 

「うわっ、なんだこれ!」

 

 池だった。

 

 駆け寄ると、テントの端に、黒い焦げ跡があった。

 

 紙の燃えかすが、風に散っている。

 

「マニュアルが……!」

 

 平田が駆けつけて、燃え残りを拾い上げた。

 

 半分以上、灰になっている。

 

「誰だよ、これ!」

 

 山内が叫んだ。

 

「うちにマッチなんて、誰も持ってねえだろ!」

 

 ……。

 

 俺は、燃えかすを見た。

 

 燃え方が、妙だ。

 

 端からじゃなく、真ん中から焼けている。

 

 ――風で煽られた跡じゃねえ。

 

 油か何かで、狙って火を点けた跡だ。

 

 真ん中というのは、ちょうど平田の書き込みが一番厚くなっていたあたりだった。

 

 ……それがどうした、という話でもある。値段表が燃えたことに変わりはない。書き込みのあたりが焼けようが、端が焼けようが、紙が灰になったことは同じだ。

 

 今は、そこまで深く気に留めなかった。

 

「平田」

 

 俺は言った。

 

「マニュアルは、いつも決まった場所に置いてたのか」

 

「え、……うん。僕のテントの、この辺に」

 

「今朝、伊吹がテントのなかに入った」

 

 俺は続けた。

 

「開けられたが、何も盗られてなかったようにみえた」

 

 平田の顔が、みるみる強張っていく。

 

「……まさか」

 

「昨夜、あの女はうちを探し回った。見つからなかった。そのまま朝になった」

 

 俺は言った。

 

「見つからなかったもんは、しょうがねえ。……ただ、うちが困るようにはできる。マニュアルを燃やせば、うちは値段表を失う。買い物のたびに、いちいち教師に訊く羽目になる」

 

 堀北が、口を挟んだ。

 

「目くらましも兼ねてるってことね」

 

「そうだ」

 

 俺は頷いた。

 

「騒ぎが大きいほど、昨夜あの女がどこにいたかなんて、誰も気にしなくなる」

 

 平田は、灰になった紙を握りしめていた。

 

「……こんなことまでするのか」

 

「するさ」

 

 俺は言った。

 

「あんたが思ってるより、この島は容赦がねえ」

 

 平田は、何も言い返せなかった。

 

 俺は、その場を離れた。

 

 少し歩いたところで、佐倉が立っているのに気づいた。

 

 燃えかすを、遠くから見ている。

 

「マニュアルの件、聞いたか」

 

 訊くと、首を振った。

 

「……いえ、私は。何も」

 

「そうか」

 

「あの、」

 

 佐倉が、少し言いよどんだ。

 

「また今夜も見張ればいいですか」

 

「いや」

 

 俺は言った。

 

「今夜はいい。あの女は、たぶん動かねえ」

 

「……どうしてですか」

 

「昨日、外れを引いた。今日は焼いた。2日続けて動いた奴は、3日目は休む」

 

 俺は答えた。

 

「休まなきゃ、頭が回らなくなる。……あんたも、今夜は寝ろ」

 

 佐倉は、少し驚いた顔をした。

 

「……いいんですか」

 

「命令じゃねえ。今夜は要らねえって話だ」

 

 佐倉は、小さく頷いた。

 

「……ありがとうございます」

 

「礼を言われる筋合いはねえ」

 

 俺は歩き出しながら言った。

 

「あんたの報告がなけりゃ、餌の効き目も測れなかった。……こっちが世話になってる」

 

「……あの」

 

 佐倉が、少し声を高くした。

 

「私、少しは役に立ってますか」

 

「訊くまでもねえだろ」

 

 俺は振り返らずに答えた。

 

「役に立たねえ人間には、頼み事なんぞしねえ」

 

 佐倉は、目を伏せた。

 

「……そう、ですよね」

 

 声が、少しだけ柔らかくなっていた。

 

「学校でも、そうやって数えてもらえたら、良かったんですけど」

 

 その言葉を、俺は聞き流さなかった。

 

「学校じゃ、誰にも数えられてねえのか」

 

 佐倉が、はっとした顔をした。

 

「……いえ、そんな。すみません、変なこと言って」

 

「変じゃねえ」

 

 俺は言った。

 

「数えられねえってのは、透明になってるってことだ。透明な人間は、狙われても気づかれねえ」

 

 佐倉の顔から、表情が抜けた。

 

「……なんの、話ですか」

 

「別に」

 

 俺は答えた。

 

「一般論だ」

 

 佐倉は、それ以上何も訊かなかった。

 

 だが、その顔は、島に来て初めて見る顔だった。

 

 図星を突かれた人間の顔だ。

 

 ……。

 

 この話は、ここで終わらせる。

 

 今は、まだ材料が足りない。

 

 佐倉は、それには答えなかった。

 

 だが、俺が離れても、しばらくその場に立っていた。

 

 ……。

 

 帰った日の夜が一番危ない、という読みは変わっていない。

 

 あと1日。それを過ぎれば、船に乗る。船に乗れば、学校に戻る。

 

 戻った日の夜まで、まだ間がある。

 

 ――間があるうちに、こっちの手も伸ばしておくか。

 

 誰に、いつ、何を頼むかは、まだ決めていない。

 

 決めていないが、放っておく気もなかった。

 

 ――さて。

 

 マニュアルを失った。買い物のたびに教師に確認が要る。手間が増える。

 

 だが、それだけだ。

 

 命に関わる損失じゃねえ。

 

 ……この程度で済んだのは、むしろ幸運だった。

 

 あの女が本当に探していたものは、まだうちの手の中にある。

 

 

 

 

 

 夕方、俺は茶柱を捕まえた。

 

「マニュアルを失くした。買い物の値段がわからねえ」

 

「知っている」

 

 茶柱は、燃えかすの報告をもう受けていたらしい。

 

「再発行はできるか」

 

「できる。……点を使う」

 

「いくらだ」

 

「10」

 

 安くはない

 

「10か、高くつくな、じゃあいらねえ」

 

 俺は答えた。

 

「点を払うほどのもんじゃねえ。今さら知らねえもんを買う気もねえ。……いつも頼んでるもんの値段くらい、もう頭に入ってる」

 

 茶柱の眉が、わずかに動いた。

 

「それで済むなら構わんが」

 

「済む」

 

 俺は言った。

 

「知らねえもんを買おうとするから、値段表が要るんだ。知ってるもんしか頼まねえなら、いらねえ」

 

 茶柱は、それ以上何も言わなかった。

 

 手元の記録用の紙に、何か一言だけ書き込んでから、踵を返した。教師の日課だろう。

 

 

 

 

 

 夜、俺は伊吹を探した。

 

 いつもの波打ち際に、姿はなかった。

 

 ……昼間で、力尽きて寝てるか。

 

 それとも、まだ探してるか。

 

 どちらでもいい。

 

 俺はテントに戻って、堀北に声をかけた。

 

「今日の分の勘定だ」

 

「……いいの、今」

 

「他にやることがねえ」

 

 俺は言った。

 

「占有は今日も3つ入ってる」

 

 堀北は、指を折りながら聞いていた。

 

「210に、占有で3つ足して、213」

 

「そうだ」

 

 俺は頷いた。

 

「明日、動きがなければ、そのまま最終日を迎える」

 

「動きがあると思う?」

 

「ある」

 

 俺は即答した。

 

「あの女は、今日の失敗を龍園に報告する。……報告を受けたあの男が、そのままにしとくとは思えねえ」

 

「次は、何をしてくると思うの」

 

「わからねえ」

 

 俺は正直に答えた。

 

「わからねえが、一つだけ言える」

 

「なに」

 

「今度は、燃やすだけじゃ済まねえ」

 

 堀北の顔が、硬くなった。

 

「……根拠は」

 

「昨日と今日で、あの女のやり口が変わった」

 

 俺は言った。

 

「昨日は探した。今日は燃やした。段階が上がってる。3日目に、また上がらねえ理由がねえ」

 

「……人ってことね」

 

「かもな」

 

 俺は言った。

 

「マニュアルを燃やしても、あの女の手には何も残らねえ。次にやるなら、手元に残るもんを狙ってくる」

 

「例えば」

 

「カードそのものか、それを持ってる人間か」

 

 堀北の顔から、色が引いた。

 

「……私を、直接」

 

「言っとくが、うちのクラスへの暴力は、Cが即失格になる」

 

 俺は続けた。

 

「あの男が承知でやらせるとは思えねえ。……あそこまで慎重にAと組んで、盤の外まで手を伸ばしてる男が、最後の最後で規則に引っかかるへまはしねえ」

 

「なら、安心していいの」

 

「いや」

 

 俺は首を振った。

 

「承知でやらせなくても、起きることはある」

 

「どういうこと」

 

「あの女は、龍園に忠実な質じゃねえ。前に、やつのやり方に気に食わねえ顔をしてた」

 

 俺は言った。

 

「命令された通りに動く女なら、2日連続で外れるような真似はしねえ。……あの女は、自分で判断して動いてる」

 

「なら」

 

「暴走する目がある」

 

 俺は答えた。

 

「龍園の指示の外で、勝手に何かやらかす。……それが一番読めねえ」

 

「止められないの?」

 

「あの男が止められるかどうかは、あの男次第だ」

 

 俺は言った。

 

「うちが止める手立てはねえ。ただ、備えることはできる」

 

「どう備えるの?」

 

「今夜は、カードを俺が預かる」

 

 堀北の目が、大きくなった。

 

「……あなたが」

 

「登録上は、あんたのままだ。持ってる場所だけを変える」

 

 俺は言った。

 

「あんたが襲われる目があるなら、カードは、あんたとは別のところに置いた方がいい」

 

 俺は、月を見上げた。

 

「暴力は使えねえ。そこは規則が縛ってる。だが、規則の外にはいくらでも手がある」

 

 最終日まで、あと1日。

 

 俺は、静かに、頭の中で駒を並べ直していた。

 

 

 

 

 

 テントに戻る途中、林の際に綾小路が立っていた。

 

 三度目だ。

 

「今日は何を見てきた」

 

 俺は訊いた。

 

「散歩だ」

 

「もう三度目のその返事、聞き飽きたな」

 

 綾小路は、答えなかった。

 

「一つ言っておく」

 

 俺は言った。

 

「あんたが動いた分だけ、うちの持ち点は増える。そう言った」

 

「言ったな」

 

「だが今日、うちは損した」

 

 俺は続けた。

 

「あんたが動いて、うちが得をした形跡は、今のところ一つもねえ」

 

 綾小路は、少しの間、こちらを見ていた。

 

「まだだ」

 

 それだけ言って、寮の方――いや、テントの列の方へ歩いていった。

 

 ……まだ、か。

 

 仕込みには時間がかかる、という意味だ。

 

 この男の「まだ」を、俺はまだ疑う理由を持っていない。

 

 持っていないことが、一番落ち着かない。

 

 テントの前で、須藤が座り込んでいた。

 

「寝てねえのか」

 

「寝れっかよ。明日で最後だぞ」

 

「最後は明後日だ」

 

「似たようなもんだろ」

 

 須藤は膝を抱えたまま、砂を蹴った。

 

「なあ赤木。俺さ、正直まだよく分かってねえんだわ。この試験、何やったら勝ちなんだ」

 

「減らさなきゃ勝ちだ」

 

「それだけ?」

 

「それだけだ」

 

「じゃあ、俺なんもしてねえけど、役に立ってんのか」

 

 俺は、少し考えた。

 

「立ってる」

 

「嘘つけ」

 

「あんたが飯を食って寝てるだけで、30点が減ってねえ」

 

 須藤が、口を開けた。

 

「……そういう数え方すんの、お前だけだぞ」

 

「そうかい」

 

「でも、悪くねえわ、それ」

 

 須藤は立ち上がって、伸びをした。

 

「じゃ、俺は寝るわ。減らさねえために」

 

 テントに潜り込む音がした。

 

 あの男は、明日も同じだけ食って、同じだけ寝る。

 

 それで三十点が守られる。

 

 俺はテントに戻り、横になった。

 

 あと1日。

 

 目を閉じても、頭の中の駒は動き続けていた。

 

 龍園。伊吹。綾小路。佐倉。それに、堀北。

 

 五つの糸が、同じ最終日に向かって伸びている。

 

 どれか一本を強く引けば、他の糸が動く。

 

 ……さて。

 

 どこから、どう引くか。

この物語に恋愛要素をいれるべきか

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