アカギ〜実力至上主義の教室に舞い降りた天才〜   作:GC

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第69話「起家」

言ってから、オレは坂柳の返事を待った。

 

返事は、思っていたより早く来た。

 

「異存はありません」

 

生徒会長の万年筆が、紙の上で一度だけ止まって、また動いた。

 

種目の欄に、二文字が書き込まれた。

 

 

 

 

 

赤木しげるは、普通ではない。

 

この男はこの現代で端末の触り方を知らなかった。知らないことを隠そうともしなかった。

 

言い回しの一つ一つが、オレの知っているどの世代の大人とも違う。ただ、どれも、口に馴染んだ人間の使い方をしている。

 

点が減る話をしている時だけ、あの男は楽しそうな顔をする。

 

一つずつなら、ただの癖だ。

 

全部を並べると、一つの形になる。

 

ありえないことが起きていることは理解している。

 

どういう経緯でここにいるのかは、知らない。知る必要も無い。

 

必要なのは、その男が本気で座る場所がどこか、ということだけだった。

 

この男が一番長く座ってきた卓は、あれしかないだろう。

 

そこで打たせなければ、オレは一度も本当の赤木と向き合わないまま、この学校を出ることになる。

 

オレはそれでも負けるとは思っていない。

 

 

 

 

 

四人で打つものには、四人分の席が要る。

 

席があるだけでは足りない。座る四人が、それぞれ失うものを持っていなければならない。

 

赤木は、自分に何も懸かっていない卓には座らない。

 

座ったとしても、本気では打たない。

 

だから、坂柳に卓を作らせた。

 

5月8日の件を渡して、赤木が降りられない場所を用意しろとだけ言った。

 

「お前なら、赤木を降りられない場所に置ける。それだけだ」

 

九月の初めに、オレは坂柳にそう言った。

 

「随分と、私を買ってくださるのですね」

 

「そうだ」

 

坂柳は、それで値段をつけた。

 

どう置くかは、訊かれなかった。訊かれても答えなかった。

 

坂柳は、自分で答えを探しに行って、自分で卓を組んだ。

 

組み方は、オレが考えていたものとほとんど変わらなかった。

 

坂柳は、堀北を選んだ。堀北の兄を懸けた。赤木には何も懸けない形にした。

 

何も懸けない形にすれば、赤木は自分で中身を入れる。

 

中身を入れる時、あの男は必ず取りに来る。取りに来る先は、卓を作った側だ。

 

それで四人になる。

 

赤木は、ここまで読むだろう。

 

読んだ上で、座るだろう。

 

そして、座るなら、堀北を何もできないまま卓に着かせたりはしないだろう。

 

 

 

 

 

「綾小路くんは打てるのですか」

 

坂柳が訊いた。

 

「基本は知っている」

 

「フフ、基本ねえ」

 

赤木が、机に手をついたまま笑った。

 

「役と点数は覚えている。打てると言っていい」

 

赤木は、それ以上何も言わなかった。

 

どこで覚えたかも、何回打ったかも、訊いてこなかった。

 

どこで覚えたかを説明する気は無い。説明すれば、坂柳以外にも、オレの来歴を一段深く知らせることになる。

 

赤木は、その一段を取りに来なかった。

 

「坂柳さんは」

 

堀北が訊いた。

 

「盤の上のものは、一通り。チェスも、将棋も、囲碁も。麻雀は、名前と大まかな仕組みだけです」

 

坂柳は、杖に手を置いたまま答えた。

 

「点数の勘定は、今夜覚えます。ふふっ、一晩あれば足ります」

 

「フフ、大した自信だ」

 

「事実を申し上げたまでです」

 

坂柳は、笑わなかった。

 

笑わずに、こちらを見た。

 

「綾小路くん。確認させてください」

 

「なんだ」

 

「あなたは、私を勝たせるつもりで組んでいますか」

 

部屋の空気が、少し動いた。

 

「二人で一つの点だ。お前が負ければオレも負ける」

 

「それは、答えになっていますか」

 

「なっている」

 

坂柳は、それで納得した顔をしなかった。

 

しなかったが、それ以上訊かなかった。

 

 

 

 

 

「取り決めを確認する」

 

生徒会長が言った。

 

「点はペアで一組。どちらかが零になった時点で終わる」

 

「二対二であれば、当然そうなります」

 

坂柳が応じた。

 

「ひとつ、足しとく」

 

赤木だった。

 

机に手をついたまま、まだ座っていない。

 

「味方から和了っても構わねえ」

 

坂柳の指が、止まった。

 

「……味方から」

 

「ああ」

 

「同じ財布を持っている二人の間で、点を移す意味はありません」

 

赤木は、答えなかった。

 

坂柳が、こちらを見た。説明を引き取れという顔だった。

 

オレは引き取らなかった。

 

「……構いません」

 

坂柳が言った。

 

「どのみち、同じ財布です。移しても減りません」

 

生徒会長が、書き込んだ。

 

「赤木くん」

 

堀北が言った。

 

「こうなることがわかっていたの?」

 

「フフ、さあな」

 

「答えるつもりはないのね」

 

堀北は、それ以上訊かなかった。

 

坂柳が、赤木の横顔を見ていた。

 

「細かい取り決めは」

 

坂柳が訊いた。

 

「積み棒、流れた時の扱い。そういうものです」

 

「普通でいいさ」

 

赤木が言った。

 

「普通、とは」

 

「今夜覚えるんだろ。覚えた通りでいいじゃねえか」

 

坂柳は、少しの間だけ赤木を見て、頷いた。

 

「もう一点、はっきりさせておく」

 

生徒会長は、顔を上げた。

 

「俺には、誰かを退学させる権限は無い。この紙に書いたことで、学校が動くわけでもない」

 

「では、負けた側の退学は」

 

坂柳が訊いた。

 

「自分で出せ。退学届は、本人が出せば受理される。誰にも止められない」

 

「自主退学、ということですね」

 

「そうだ。懸けたものの払いは、懸けた本人がやる。俺は、払われたかどうかを見届けるだけだ」

 

坂柳は、少しの間だけ黙った。

 

「……承知しました」

 

「綾小路」

 

「構いません」

 

「赤木」

 

「ああ」

 

「鈴音」

 

堀北は、兄の方を見ずに答えた。

 

「私が負けたら兄さんが背負い、兄さんが払うということですか」

 

「そうなる」

 

「……分かりました」

 

 

 

 

 

「卓と牌はあるの?」

 

堀北が訊いた。

 

「用意する」

 

生徒会長だった。

 

「寮の談話室に一式ある。館内の備品だ。生徒会の名前で借り出して、明日の朝までにこの部屋へ入れておく」

 

「借り出した記録が残りますが」

 

坂柳が言った。

 

「残す。何に使ったかも書く」

 

「……徹底していらっしゃいますね」

 

「記録に残らない場は、後で無かったことにされる」

 

生徒会長は、手帳を一枚破った。

 

破った紙を四つに裂いて、それぞれに一文字ずつ書いた。

 

東。南。西。北。

 

裂いた紙を伏せて、机の上で混ぜた。

 

「席は今決めておけ。明日、揉める時間は取らない」

 

赤木が先に一枚取った。

 

東。

 

堀北が二枚目を取った。

 

南。

 

オレが三枚目を取った。

 

西。

 

坂柳の手元に、北が残った。

 

東家が赤木。南家が堀北。西家がオレ。北家が坂柳。

 

「日時は、明日の午前十時。同じこの部屋だ。俺が立ち会う」

 

「見物人は入れんのかい」

 

赤木が訊いた。

 

「入れない。この部屋にいるのは、四人と俺だけだ」

 

「明日、ですか」

 

堀北が顔を上げた。

 

「不服か」

 

「……いいえ」

 

「一晩ある。足りないなら、今のうちに言っておけ」

 

「言いません」

 

堀北は、そう答えた。

 

それから、少しの間だけ黙った。

 

「一つ、言っておくわ」

 

坂柳に向けて言ったのではなかった。

 

オレに向けて言っていた。

 

「私は、打てるわ」

 

 

 

 

 

坂柳の指が、杖の上で止まった。

 

「……堀北さん」

 

「強くはないわ。それでも、座れる」

 

「いつから」

 

「体育祭が終わってから」

 

坂柳は、机の上の四枚の紙を見た。

 

見て、それから堀北を見た。

 

「今の話、なぜ今なさるのですか」

 

「どういう意味かしら」

 

「黙っていれば、私たちはあなたを打てない人として数えます。数えた分だけ、明日の私たちの手は甘くなる」

 

「ええ」

 

「それを捨てて、先に言った」

 

「言わないで座るのは、降りているのと同じでしょう」

 

坂柳は、それ以上訊かなかった。

 

訊かずに、机の上を見ていた。

 

「綾小路くん」

 

坂柳が、こちらを向いた。

 

「あなたは、ご存じでしたか」

 

「予想はしていた」

 

「いつから」

 

「お前が堀北を選んだ時からだ」

 

坂柳の指が、杖の頭を一度だけ握り直した。

 

「……私が選んだ相手に、誰が何を教えるかまで」

 

「赤木なら、そうする」

 

坂柳は、しばらく何も言わなかった。

 

言わないまま、机の上の四枚の紙を指先で揃えた。

 

揃え終えてから、小さく息を吐いた。

 

オレは、堀北の顔を見ていた。

 

驚きは無かった。

 

種目も知らされていない人間が、自分からこれを選んで覚えてくることはない。

 

渡した人間がいる。

 

オレが読んだのと同じものを、読んだ人間が。

 

 

 

 

 

赤木は机から手を離して、扉の方へ歩いた。

 

歩きながら、一度だけ振り返った。

 

「綾小路」

 

「なんだ」

 

「フフ、ずいぶんと回りくどいやり方だったな」

 

「必要だった」

 

赤木は、それ以上何も言わなかった。

 

扉に手をかけて、出ていった。

 

堀北が、扉の方を見ていた。

 

それから、オレを見た。

 

何かを確かめるような目だった。

 

確かめきれずに、目が逸れた。

 

逸れたまま、堀北は鞄を持った。

 

持ってから、動かなかった。

 

「綾小路くん」

 

「なんだ」

 

「念の為、改めて確認するわ。坂柳さんに、5月8日のことを話したのは、あなたね」

 

生徒会長の手が、手帳の上で止まった。

 

坂柳は、何も言わなかった。

 

「ああ」

 

オレは答えた。

 

嘘をつく理由が無かった。つけば、明日の卓に余計なものが一つ乗る。

 

堀北は、しばらくオレを見ていた。

 

しばらく、何も言わなかった。

 

「……そう」

 

「言いたいことがあるなら、聞く」

 

「今は言わないわ」

 

堀北は、鞄を肩に掛けた。

 

「明日が終わってからにする。終わった時に、あなたがまだこの学校にいたら」

 

「いる」

 

堀北は、それには答えなかった。

 

堀北は、椅子をきちんと戻して、出ていった。

 

生徒会長は、手帳を閉じてから、オレの方を見た。

 

「綾小路」

 

「なんですか」

 

「お前は、何のために座る」

 

少し考えた。

 

考えて、一番短い答えを選んだ。

 

「見たいものがあります」

 

「それは、明日の卓で見えるのか」

 

「見えるでしょう」

 

生徒会長は、それ以上訊かなかった。

 

訊かない代わりに、手帳に何かを書き足した。

 

「明日の十時だ。遅れるな」

 

最後にそれだけ言って、出ていった。

 

 

 

 

 

坂柳が、最後まで残っていた。

 

杖に手を置いて、机の上の四枚の紙を見ている。

 

「綾小路くん」

 

「なんだ」

 

「あなたは、麻雀がお好きですか」

 

妙な質問だった。

 

「考えたことが無い」

 

「一度も」

 

「無い」

 

「そうですか」

 

坂柳は、紙を一枚ずつ重ねた。

 

「......私は、これから好きになるかもしれません」

 

「気が早いな」

 

「ええ」

 

重ねた紙を机の端に置いて、坂柳は立ち上がった。

 

「負ければ、明日で最後ですから。好きになる時間が、今夜しかありません」

 

扉の前で、坂柳は立ち止まった。

 

振り返らずに言った。

 

「綾小路くん。あなたは、最初からここまで見えていましたか」

 

「どこまでだ」

 

「今日、この部屋で起きたこと全部です」

 

オレは、答えなかった。

 

「……私も、あなたの盤の上にいたのですね」

 

「お前は、自分で座った」

 

「ええ」

 

坂柳は、杖を一度床についた。

 

「それだけは、確かです」

 

扉が閉まって、部屋にはオレだけが残った。

 

机の上に、ガイスターの盤が片付けられないまま置いてある。

 

端に、印の出た駒が四枚。

 

全部、赤木が取らせた方の駒だ。

 

オレは、その四枚を元の箱に戻した。

 

戻しても、今日この盤で起きたことは戻らない。

 

明日は、オレも卓に座る。

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