モアド開戦後、空爆から逃れるようにして地下へ避難したエイハブ一行。犠牲は多く、ラッキーも大熱を出し、悲観的な状況にあった。
 そんな中、ふと祈り場へ向かうとデュウと、眠るセイラの姿を見つける。
 エイハブはデュウへ語りかけるがーー。

※原作のネタバレを扱います。
※原作どおりですが、キャラクターの死を扱います。
※タイトルどおり、そのものズバリの展開です。
※こちらはpixivにも投稿しています。

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【⚠ 注意書き ⚠】

 こちらは『白鯨伝説』の二次創作です。

 原作どおりの展開ではありますが、
『キャラクターの死』(便宜上こう表現します)を扱います。
 また、タイトル通りの展開がそのものズバリであります。

 これを読んで『無理』と思われた方はブラウザバックしてください。



【設定のねつ造】
 キャラクターの設定を盛っています。
 このキャラ、こんな考え方するかな? と思われる方もいらっしゃるかもしれません。

 以上、『大丈夫!』という方のみスクロールしてお進みください。



⭐︎

 

 ラッキーが倒れた。

 兄シロー・トキサダの葬儀が終わったとたんに、パタリとその場に崩れ落ちた。

 大熱だった。こんな真冬に冷水へ浸かったせいだろうか。

 厳戒態勢の中でも無理を強いるワケにはいかない。ベッドで寝かせ、マリーとミカが看病している。

 ただし、いつでも避難できるようには身構えていた。

 まだ連邦の一斉攻撃は終わっていない。

 (そら)には『白鯨』も悠々と泳いでいる……。

 

 この絶望的な状況下で、エイハブたちは狭い一室で肩を突き合わせていた。時折、思い出したように席を立つが結局は皆の揃う場に戻ってくる。

 例によってエイハブもフラリと部屋を出た。

 杖をつく音がくぐもって聴こえる。

 

 ラッキーは、まだ休ませたほうがいい……これまで全力で頑張りすぎた。

 キングクーロンからコッチ、泣き言も言わず。見上げた根性の持ち主だ。

 女であることが惜しい。——こう言うとラッキーはいつも不満そうにするが、エイハブからしたら仕方のないことだ。

 

 エイハブは母を知らない。物心ついた時には教会の孤児院にいた。

 だから、帰る家のある子どもが母親に甘える姿がやたら記憶に残っている。

 時代遅れだと笑われようと、女性を見たら『帰る場所』だと思い浮かべてしまう。

 温かく、最後に行き着くところで待ってくれる存在。

 男ばかり命知らずの船に乗せるモンじゃない。

 それに、ラッキーは故郷のモアドという『帰る場所』を持つ子どもでもあるのだ。

 

 眼前に淡い光が見える。

 ほの赤いろうそくの灯り。

 覗き込むと、遺された人々が急ごしらえで整えた祈り場だ。

 祭壇にいくつか遺影が立てかけられており、ありあわせの花が備えられている。ラッキーの兄の写真もあった。

 その前で頭を垂れる人物がいる。その腕に、もう一人抱きかかえられていた。

 

 抱えているほうは栗色の髪を伸ばし、引き締まった体型をした男。

 腕にいるのは長く青い髪の女で、まるで眠っているよう。

 

 デュウとセイラ……。

 エイハブはデュウの隣まで行き、杖を支えにして腰を下ろす。

 

「何かお祈りかい?」

「セイラが目覚めますように、と」

 

 再会してからデュウはずっとこうだ。

 ピクリとも動かぬ女をひたすらに抱き締めている姿はハッキリ言って異様だった。

 仲間たちも同情しつつ少し怯えているように見えた。事情を知らぬレジスタンスの人々からしたら、なおさらだ。

 だがエイハブは、そんなデュウを理解しようと努めた——理解しがたくとも、ここで自分が諦めたらデュウは孤立する。

 だから今、ここに足を運んだ。

 

「デュウ。疲れてねえか?」

「別に」

「すこし話さないか」

「何を」

「……ここ。やっぱり人間、心の拠り所が欲しくなっちまうモンなのかね?」

 

 自分ひとりで話している気がするが、わずかでもデュウを現実へ引き戻したかった。

 

「亡くなった人を弔うってのもあるだろうがよ。それでも、わざわざ片づけて、機能するように整える。

ナンというか……強いんだか脆いんだか、人間はわからんモンだな」

 

 なあ、と呼びかける。

 デュウのすみれ色の瞳がこちらを見た。

 

「デュウ。神さまも頼まれてばっかじゃ疲れるだろ。すこし休ませてやれ」

 

 そう言うとデュウがセイラをぎゅうと抱きなおす。

 ウェーブがかった髪へ頬を埋め、目を伏せていた。

 人形がお人形を抱いている。

 エイハブは孤児院でままごとをしていた女の子たちをおぼろながら思い出した。大人しい男の子も混ざり、父親役だの赤ちゃん役だのやらされていたっけ……。

 

「セイラさん、きれいにしてやったのか?」

 

 ここに辿り着くまで空襲の中を駆け抜けてきた。

 土埃だのでだいぶ汚れただろうに、デュウの腕のセイラは肌に傷ひとつなく衣服にも乱れはない。

 デュウはセイラを抱き寄せ、

 

「……いつ目覚めてもいいように……」

 

 と呟く。

 その仕草からエイハブは彼の哀しみの根深さを感じた。

 だがデュウも会話をする気になったのか続けて話しかけてくる。

 

「先ほど、ここで亡くなった人を弔うのを見た」

「繰り返し、何度も何度も……世も末だ」

「みんな、送り出される前にキレイにされていた。血は拭き取られ……できるだけ元の姿に戻され……」

「少しでも生前のままにしてやりてェのさ」

「何のために?」

 

 デュウの瞳が祭壇に並んだ写真を追う。

 どれも微笑んでいるものが選ばれていた。

 

「人は二度と目覚めない。心臓が止まったら、朽ちていく。

外は誰か知れない墓ばかりで……最後には土に還すのに」

 

 デュウは心底ふしぎそうな顔をしていた。確かに、今この状況下でわざわざ時間をかけてキレイにしてやるのは手間だ。

 しかしエイハブにはそれだけやる理由が理解できる。

 わずかに口の端を持ち上げて答えてやった。

 

「……遺されたヤツらが、最後に記憶するため。じゃ、ダメかい?」

「……死者の都合ではなく?」

「生き残ったら、これからも生きなきゃなんねえ。だから最後にキチンとお別れして踏ん切りつけンのさ」

 

 わかったのかわからなかったのか、デュウは『そうか』とだけ寄こす。

 祭壇を見つめる横顔が、ろうそくの灯りを照り返してまばゆい。

 やっと漕ぎ着けた対話を終わらせまいとエイハブは再び話しかけた。

 

「死んだままの姿じゃ、ただ死んだって事実だけ先歩きしちまうだろ。

そのために身づくろいしてやるんだ。仏さんになる前、血や心の通っていた姿に近づけて……」

「心……」

 

 デュウがそれだけ口にし、ほんの少しうつむく。

 瞳が揺れていた。これまですっかり感情が抜け落ちた、能面のような顔だったので反対にエイハブは安堵する。

 出逢ったころは反応が薄かったが、ここ最近のデュウはずいぶんと表情豊かになってきていた。

 それが今や、前よりも塞ぎ込んで外界とほとんど接触を絶っている……。

 危うい状態だとエイハブは気がついていた。だから、デュウが自発的に話しはじめたのは良い兆候だ。

 根気強く返事を待つ。

 長い沈黙ののち、やっとデュウがポツポツと喋った。

 

「船長。あの、連れてきた二人。

そのうちの……オハラから言われたことがある」

 

 オハラというのは、ムラト——ジェイコブスの上官だった女だ。青白い細面で、針を思わせる鋭い雰囲気があった。

 二人一緒にレジスタンスの隠れ家から離れた場所にいる。

 彼らと一緒にいたというわりに顔を合わせようとしないので、何かあったのだとは予測していた。

 言いにくそうなデュウへ続きを促してやる。

 

「何だ?」

「『セイラには人格がない』と」

 

 エイハブは息を呑んだ。

 ずっとデュウはその言葉を胸の内に溜め込んでいたのだろう。

 すがるような目で見上げてきた。

 

「もちろん、おれはそんなことはないと信じている……だが彼女は機能停止したセイラを『ゴミ』とまで言った」

「そいつは……ヒドいな」

 

 いくらナンでも言い方があるだろう。

 ジェイコブスはなぜ連邦に歯向かってまであんな女に仕えているんだ……。しかも、咳ばかりして生先もそう長くなさそうだった。

 まったく、どいつもこいつも辛気くさい顔をしている。

 それで、よりによってデュウに心ない言葉を投げかけ、傷つけた。

 エイハブの肩へ頭をのせ、デュウが尋ねてくる。

 

「船長。セイラに人格がないなんてことは……ない、だろう?」

 

 問われて口をつぐんだ。

 実を言うと、エイハブにもわからない。

 確かにセイラは笑いもする。泣きもする。だが、話しているとどこかどうしようもないズレを感じたのも確かだった。

 初めて逢った時のことを思い返してみる。

 独立宣言の集会の場で、セイラは『ハリーを助けてほしい』とせがんできた。

 こちらが『ハリーとは誰だ』と尋ねても、『何故わからないのか』と涙するばかり。

 結局『デュウとも名乗っていた』と言ってくれたから事情が呑めたものの、新たな引っかかりを覚えた。

 それが顕著になったのは、『レディウィスカー』が沈んだ後しばらくして、やっとデュウと再会できた時だ。

 周囲が『デュウ』と呼びかけても頑なに『ハリー』と呼び続けていた。まるで修正の効かないプログラムのように。

 デュウもデュウで甘んじて受け入れているかのように見えた。

 二人でままごとでもしているのか? それとも……。

 エイハブには、アレが真っ当な恋人同士だとは思えなかった。

 

 そこに人格が——心があったか?

 

 ……もしあったとしても、それが純粋な愛情かどうか。

 そもそも、セイラに心があるならだ。

 

 一度くらい、目を見てデュウの名前を呼んでやってほしかった。

 

 ——だが、そのままデュウへ打ち明けることはできない。

 エイハブはデュウの視線を受け止めながら、噛み締めるように告げた。

 

「ーーデュウ。セイラさんは、会うなり俺に『ハリーを助けてくれ』と言ったんだ」

「おれが頼んだ。エイハブ船長は『友だちだから』と……」

「アンドロイドといっても、こんな細腕の(ひと)が身一つで来たんだ。並大抵の苦労じゃなかったろうさ」

「うん……」

「この人はお前のためにそれだけのことをした。充分じゃねえか」

 

 答えをはぐらかして卑怯だと思った。

 だがデュウは、口もとにかすかな笑みを浮かべている。

 こいつもずるい。最初から自分の中で答えを決めているのに、エイハブにも確認して安心しようとしている。

 お互いさまだ、と胸中でぼやく。

 デュウの柔らかい髪を肩で感じながら、今度はこちらが問いかけた。

 

「なあデュウ。お前、ラッキーの兄ちゃんの葬儀を途中で抜けたな。ナンでだ」

 

 デュウがわずかに身を震わせたのがわかった。

 指先をさまよわせ、セイラの青い髪をもてあそぶ。

 

「見ていて苦しかった……ラッキーもあんなに泣いて、かわいそうだった……」

「でも、人の死ってそうだろ」

「『ヒト』ならそうだよ」

 

 言外に別の意思が隠れている。

 エイハブはこれは手強いと悟った。

 それ以上、葬儀の話は持ち出さなかった。代わりにデュウを押しやり、立ち上がる。

 まだ帰るつもりはない。祈り場の前で様子を窺っていた市民へ声をかけた。

 

「白い布はないか」

 

 銃を持つ彼は訝しげに眉を寄せる。

 

「……何に使うんです?」

「すぐ返すよ」

「貴重な資材を、理由もなく貸せません」

 

 もっともだ。

 だがエイハブは引き下がらない。

 行き場をなくした手が宙を掴む。

 

「使い古したボロでもいいんだ。きれいじゃなくていい。

ただ形式だけさ。区切りをつけてやらねえと、アイツ、踏み出せないんだよ……」

 

 拳で壁をそっと打ちつけた。

 市民から後ずさりされる。彼は踵を返し、足早に離れていった。

 きっと恐れられたのだろう。それでもいい。

 やがて帰ってくると、彼は白いシーツをエイハブへ押しつけてまた去った。

 それを手にデュウの元へ戻る。

 

「何に使う?」

 

 尋ねられ、エイハブは言う。

 

「花嫁のヴェールさ」

「……何を考えているんだ」

「挙式するんだ」

「誰が?」

「お前とセイラさん」

 

 デュウは呆気にとられた様子で、まるですがりつくようにセイラの肩口へ顔を埋める。

 

「意味がわからない」

「お前こそ、周りからどう見られているか考えてみろよ」

 

 ここぞとばかりに言いつけると、ぐうの音も出ないようだった。

 うずくまっている隙にセイラの頭へシーツを被せる。上等なものを持ってきてくれたのか、橙の灯火を反射してきらめいていた。

 それを見下ろしながらデュウが瞬きする。濡れた瞳に明かりがゆらめき、頬にも火の色がさした。

 

「見よう見まねだが」

 

 軽く咳払いして牧師の言葉を思い出しながら口にする。

 

「新郎デュウ。あなたは病める時も健やかなる時も……共にある時も二人がはぐれた時も、新婦を愛すると誓いますか?」

 

 多少アレンジしたが、そこがキモだ。

 デュウも素直に受け入れている。

 

「誓います」

 

 凛とした響きだった。

 エイハブは視線をめぐらせ、眠るセイラに向ける。

 

「新婦セイラ。あなたは病める時も健やかなる時も、新郎を愛すると誓いますか?」

 

 当然ながら返事はない。

 デュウの目に翳りが見えた。

 物言わぬ新婦の代わりに、エイハブが口を開いた。

 

「結婚ってなァ、『これからずっと一緒にいる』という約束だ」

「……これも?」

「そうさ。でも、生きていたら離れることだってある。そのまま死に別れってのも、よくある話さ」

「……」

 

 デュウがじっと見つめてくる。

 視線を合わせ、話しつづけた。

 

「でも、夫婦は同じ墓に入るモンだ。ひとつの墓石に名前を刻んで、一緒に眠るんだ……そういう約束でもある。

『最期にはあなたのもとへ戻る』という……魂だけでも」

 

 それを聞いたデュウは静かにうなずく。次いでベルトへ視線を落とし、乾いた音を立てながら何かを引っ掴んだ。

 エイハブが見守っていると、すっかり変色した花びらを手のひらにのせている。

 

「ポワジーがドライフラワーになっていた」

 

 デュウはわずかばかり残っていた茎を折り曲げた。それに花弁を器用に飾りつけると、渋い色味の指環ができあがっている。

 

「式では、次に指環を交換するんだろう。セイラのぶんしか用意できないが……」

 

 デュウはセイラの白い手を持ち上げると、そっと指環をはめた。

 細い指に収まるソレに少し満足げに微笑む。

 見届けてからエイハブは締めくくりの言葉を口にした。

 

「では、誓いの口づけを……」

 

 デュウの腕がセイラを抱き上げる。

 頭が後ろに倒れるのを支え、唇を寄せた。

 壁に折り重なった影が焼きつく。ただ触れるだけのキス。

 それを見たエイハブは、二人がまだ『そこまでの仲』だったと察してしまう。

 同時に『そんな俗なことを考える牧師がいるものか』と自嘲した。

 

 

 シーツに包まれ、デュウが眠っている。

 相変わらずセイラは離さないままだが休んだだけマシだ。

 ……聞けば、セイラが機能停止してからこっち一睡もしていないと言う。アンドロイドゆえに死にはしないがエネルギーは確実に消耗されていた。

 寝ろ。

 エイハブに無理やりシーツを巻きつけられると、縮こまってまぶたを閉じた。

 デュウが眠っている間に、何人か祈り場に来た人もいる。皆、一度はこちらへ目配せするものの無視して用事を済ませていた。

 

 今は誰もいない。

 エイハブはデュウの寝顔をじっと眺めている。

 すうすうと寝息をたてており、ほとんど人間のようだ。実際は排気と呼ぶべきだが、それでも呼吸には違いない。

 まだデュウは動いている。

 生きている。

 ……もうすぐ活動を停止するとしても。今はまだ。

 

 タイムリミットは刻一刻と迫っていた。

 

 死者へ手向けられた花へ目をやる。どこからかき集めたか知らないが、どれも元気がなく、花屋ではまず並ばない類だ。

 それでも手を伸ばす。罰当たりだとはわかっていたが一輪だけ拝借した。

 

 ——生きているやつにくれてやってくれ。

 

 心で弁明しながらデュウがやったように折り曲げる。

 最後にこしらえたのは歳が十もいかないころだったか。それでも覚えており、形にはなった。

 宝石がわりの白い花が点々と咲いている。

 エイハブはデュウの手を取り、指環をはめてやった。

 

 これで、セイラとお揃いだ。

 目覚めた時、少しでも気休めになればいい。

 

 こんな、窒息しそうな状況で死を待つのはあまりに辛い。

 星の命運を握らされ、かといって自分の意思でどうすることもできず、残り少ない生をまっとうしようにも愛しい人は去っていく。

 

 デュウが何をしたと言うんだ。

 なぜ放っておいてやらない。

 

 デュウの唇のそばまで手を持っていくと、熱い吐息を吹きかけられた。

 いつか途絶える熱。

 それなのに、してやれることがほとんどない。

 

 それでも、生命の灯が消える時に人生が哀しいばかりだと思ってほしくない。

 デュウ。このままお前を逝かせたくはない。

 願っても、今この瞬間にどうすることもできなかった。

 

 ろうそくの火が一瞬、大きくゆれた。

 

   おわり

 


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