魔法学院を落第した俺、『遊び人』を経て『賢者』へと至る 作:匿名
『遊び人』だった俺の才能が、今は『賢者』になっていると発覚した。
その件で村中が大騒ぎになるかと思いきや、村の様子はいつも通り穏やかなまま。
よく考えれば、それもそうだ。村のみんなは『賢者』という言葉に馴染みがないのだ。
俺自身も同じだった。学院にいた時、『賢者』が途方もなく希少な才能だと知れ渡っていたのは事実だ。
しかし『賢者』というものが具体的に何が出来て、どれほどの価値があるのかは全く分からない。
『水魔法』だと何が出来るか分かりやすいし、『遊び人』さえ、賢者よりも分かりやすい。
唯一、目を丸くして大慌てしていた魔法使いのおじさんに聞いてみたものの……結局、おじさんも『賢者』についての詳しい有用性については知らなかった。
「いやまさか、本当に『賢者』の才能を持つ者が現れるなんて思いもしなかったからな……おとぎ話か何かだと思っていたよ。だが偉大なのは確かだ」
おじさんは頭を掻きながら、苦笑いしてそう言っていた。
とはいえ、魔獣を倒したあの時、自分の中から放たれた魔力がとんでもない規模だったことだけは肌で感じている。
あれ以来、俺は魔法を使うことにひどく慎重になっていた。薪に火をつけようとして魔力が暴走し、村ごと焼いたら取り返しがつかないからだ。
手のひらを見つめると、あの時の焼け付く熱さと、凄まじい閃光が脳裏をよぎる。
得体の知れない力が自分の中に眠っていると思うと、少しだけ怖かった。
『賢者』の才能が判明してから四日目、少しずつ魔力の制御に慣れ始めた頃だ。
魔力の制御、というが自分自身だけの魔力制御がどうやってもできず、仕方が無いので村一帯の魔素——魔法の元となる力——を吹き飛ばし、普段は魔法を使えないようにしている。
行商人を護衛していた魔法使いのおじさんに色々聞きたがったが、俺の才能判定をした後に行商人とともに村を出て行ったので何も聞けなかったのだ。
だがこれで村には俺以外に魔法を使う人間がいない。よって魔素制限をしたところで、誰にも迷惑を掛けることもない。
魔法を使う際は、この魔素制限をほんの少しだけ解除して魔法への供給することで、俺が村を焼き払う事もなく魔法を使えている。
そもそもこんな事をする必要があるのか分からないが、保険なのだ。
そうして今日も、いつものように畑へ出て
見ると、馬に乗った人物がものすごい勢いで村へ駆け込んでくる。
土煙を上げながら広場で馬を止めると、その人物は慌てて飛び降りた。
そして周囲をきょろきょろと見渡し、近くにいた村の大人を捕まえて声を張り上げる。
「ハァハァ……あの! ハァハァ……ここに……ハァハァ……け……ハァハァ……!」
よほど馬を飛ばしてきたのだろう。めちゃくちゃ息が切れている。
肩で大きく息をしていて、言葉がまともに繋がっていない。
「お嬢さん、ちょっと落ち着きなさいな」
「ハァハァハァハァ……」
村の大人が声をかけると、その女性はコクコクと何度も首を縦に振る。
少しの間そうしていると、ようやく激しい息の乱れが収まっていく。
「あの!!! 私は王の命令によって、この村の賢者様を探しに来た者です!!! ここに賢者様はおられますか!?!?」
突然の大音量の叫びが、のどかな村に響き渡った。
目の前にいた大人は、あまりの声の大きさに驚いてビクッと肩をすくめている。
王様の命令……
魔法使いのおじさんが言っていた事が現実になったのだ。まさか、本当に王都からの使者がやって来るなんて。
正直、誰も来ないかもなんて思っていた。
「おーい、グレイ! お客さんだぞー!」
俺の名を呼ばれ、持っていた
そこに立っていた使者は、長い茶色の髪を後ろで一つにまとめた女性で、着ている服は上質な布で作られており動きやすそうな装いをしている。年齢は俺より少し上くらいだろうか。
こんな若い年で王の使者を任されるなんて、きっと優秀な人なのだろう。俺は少し緊張しながら、彼女の前に進み出た。
「俺に何かご用でしょうか?」
「あなたが賢者様ですか?」
使者の女性が、鋭い目つきで真っ直ぐに俺を見る。
突き刺さる視線に、思わず後ずさりしそうになった。
「はい。たしかにそうですが」
「念のため、才能を確認させていただいても?」
「……わかりました」
疑われるものなのか、と思ったが疑われるのは当然だろうと思い直した。何せ賢者は希少なのだ。それこそ王がわざわざ使者を差し向けるほどに。
いつの間にか集まってきた村の人たちと一緒に、俺たちは村の共同施設へと移動した。
そこには才能を判定する透明な水晶が置かれている。
俺は、ゆっくりと水晶に両手を当てた。
水晶に文字が出るまで、もしここで『遊び人』と出たら違う意味で大変な事になるな、と思っていると文字が浮かんできた。
使者のお姉さんが身を乗り出し、両手で水晶を力強く掴みながらその文字を覗き込む。
「け、賢者……!?!! まさか本当に!?!!」
またしても、耳が痛くなるほどの大声が部屋中に響き渡る。
周囲にいた村人たちが、たまらず両耳を塞いだ。
だが次の瞬間、お姉さんが俺の前に立つと……なんと、
そしてお姉さんが頭を下げたまま、再び力強く叫ぶ。
「私は騎士団所属のベイリッタと申します! 此度は、賢者様の所在の確認と連絡事項のお伝えに参りました!」
そうして、使者のお姉さん——ベイリッタが凛とした表情で顔を上げ、俺を見つめた。
「して賢者様、念のため、もう一度お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「え? ああ、俺はグレイです」
「グレイ様、ですね。さっそくですが、一点だけすぐに連絡事項をお伝えさせていただきます」
「えっと……はい。まず、そこの椅子に座りましょうか?」
立ったままでは落ち着かない。
俺は近くにあった木製の椅子を勧め、自分も向かいに腰を下ろした。
周りでは、村の人たちが心配そうに俺たちをぐるりと囲んでいる。
しかしベイリッタは周囲の視線を全く気にする様子もなく、すぐに口を開いた。
「グレイ様。此度は賢者の才能の開花、おめでとうございます。賢者であらせられることは既に広く周知されており、これからグレイ様に起こる面倒な事を先んじて説明させていただきます」
「面倒な事? 俺に何か起きるんですか?」
「ええ。といっても、対処の仕方をお教えしますので、それをして頂ければ問題ございません。何せ、貴族や商家対策の話だけですので」
貴族や商家? いったい何の話だ。
だがその瞬間、学院の貴族たちの冷たい視線や暴言が思い出し、胃の奥が嫌な感じに締め付けられた。
学院には、そういった人間ばかりだったから。
俺が戸惑っていると、ベイリッタが真剣な顔つきで説明を続けた。
「これからグレイ様の身を受けようと、いくつもの貴族や商家たちがグレイ様の元に来るかもしれません。そこでは安易に身受けされず、グレイ様を護衛するための王家の騎士団が来るまで拒否し続けてください」
「んんと? それっていったい、どういう意味でしょうか?」
「グレイ様の『賢者』の才能を我が物とせんとしようとする
人間を便利な道具か何かとして見ている。いかにも貴族らしい身勝手な考え方だ。
「ええと、騎士団が来るまでベイリッタさんが俺の護衛をしてくれるという意味ですか?」
「いえ、私はすぐに戻り騎士団をこの村に先導してきます。道中、迂回する場所などがありまして、その方が早いのです。ですが小規模であれば騎士団よりも早く到着するものたちが居るはずです。ですので、充分にご注意を」
なるほど。使者であるベイリッタは一人で馬を飛ばしてきたから早かったが、大勢の騎士団が到着するまでには時間がかかる。
そして騎士団よりも早く、少人数で接触を図ってくる貴族たちがいるかもしれない、ということか。
詳しい事情は分からないが、ベイリッタが俺の身を案じてくれていることだけははっきりと伝わってきた。
「分かりました。どなたが来ても、身受けを拒否しましょう。……といって、そもそも身受けされる気なんて俺には無いですから」
どこかの貴族の持ち物になるなんて、絶対に御免だ。平民を見下し、才能がなければゴミに等しいと切り捨てる。
あんな嫌な奴らのために自分の人生を使う気は毛頭ない。
俺の力は、温かく迎えてくれたこの村のみんなのために使いたい。この恩を一生かけて返すのだと、俺は強く心に決めているのだ。
「ありがとうございます。グレイ様。では、私はすぐに戻りますので!」
俺の答えを聞いて安心したのか、ベイリッタは勢いよく立ち上がった。
そして来た時と同じように慌ただしく村を出て行く。休む間もなく走らされる馬が、少し気の毒に見えた。
すると、俺の服の裾をギュッと軽く引っ張られる感触があり、反射的に後ろへと振り返る。
そこには心配そうに眉を八の字にしたニーナがいた。
俺はニーナの方へと向き直り、心配そうなニーナを和らげるために軽く微笑んだ。
「大丈夫だよ、ニーナ。俺はどこにも行かないから」
「うん……」
これからも騒動が立て続けに起きれば、ニーナだけじゃなく皆も心配するだろう。
ここは俺が責任をもって対応しなければと、強く思った。
そして、翌日の昼下がり。
村の入り口に数台の馬車が現れた。
しかし、それはベイリッタが言っていた王都の騎士団ではない。
なぜ騎士団ではないと俺が分かったのか?
それは広場に止まった
その紋章は……あの魔法学院の紋章。
何事かと村の人々が集まってくる中、ガチャリと重々しい音を立てて馬車の扉が開く。
装飾が施された靴が地面に降り立ち、中から一人の人物が姿を現した。
神経質そうに眉間に
その馬車を降りた人物こそが……俺を追放した、あの学院長だった。