朝、坂木谷かれんは食パンをかじりながら登校していた。
門を曲がるとイケメンとぶつかり、舌打ちされる。
そんなテンプレートな出会いをした少年少女が心を通わせる――。
練習がてら少女漫画のテンプレ展開を文章で表現してみようとしたものです。
※こちらはpixivにも投稿しています。
真っ黄色のお日さまが、家々の屋根から顔を出しはじめている。
なんてうららかな朝。
あたしは汗だくで駆けていくところだった。
「げげっ、遅刻よ遅刻ぅ!」
坂木谷かれん、高校一年生。今朝もママに無理矢理くわえさせられたトースト片手に通学真っ最中!
ったく、どうして遠い学校まで毎朝毎朝……このときくらいよ。ばさばさ翻るセーラーのスカートと、自慢のポニテが恨めしいのはっ! よおし、そこの角を曲がったら猛ダッシュ。
いっちゃえ~!
って、きゃっ!
誰よぅ、ぶつかってきたのは。トースト落っことしちゃったじゃないの。
尻もちをついて、鼻をさすりつつ見上げた先には、背の高い男の子が立っている。おろしたての黒い学ランに白い肌が映えていた。顔立ちは、まあまあイケメンってとこ。
「もー、危ないじゃない!!」
手を振りあげて怒鳴ると、手を差し伸べられる。おっきくて指の長いキレーな手。
何も言わないからぶっきらぼうに見えるけど、案外いいヤツかも。その手を取って起きあがる。
ちょびっと、どきどきしちゃった、かな?
「あ、ありがと」
お礼を言ったら、露骨に顔をしかめられた。
「いってーな。気ィつけろ、このドジ」
チッと舌打ちまで打たれる。すると彼はあたしに背中を見せ、さっさと行ってしまった。陽の光に透ける薄茶の髪をさらさらなびかせて。
小さくなっていく背中を、あたしはぽかんと口を開けて見送るしかなかった。
何なの? あの態度……。
「あいつ、サイアク~!」
青空にあたしの叫びがこだました。
♢
「か~れんっ、また遅刻だね」
一限目を終えてから、親友のケーコに意地の悪い笑顔で肩を叩かれる。教室は次の移動科目の準備で慌ただしい。
そうなのだ。あたし、あれから約一〇分の遅刻。もう朝のホームルームが始まっていたから、上履き片手に足音をたてないよう、こっそり入っていったんだけど……バレた。結局、先生からたっぷりお説教を受けちゃった。
サイアク、サイアク。全部こいつのせいなんだからっ!
キッと前の席のヤツを睨む。忘れもしない、この薄茶の頭。
「ん? 桐原くんがどうかした?」
ケーコが無神経に言うもんだから、気づかれちゃった。目を向けられる。
こいつ、桐原聡さとしと言って、ウチのクラスの転校生だったみたいなの。教室にたどりついて、先生に絞られたあと自分の席につこうとしたら、一瞬凍りついたわ。目の前の景色がブルーに染まった。
ほんと、サイアク!
桐原はふうと溜息をついて席を立った。振り返りもしないのがむかつく。
「二度とあいつの名前をあたしの前で出さないで!」
ケーコに言うと、あたしもペンケースと教科書、ノートを持って立ち上がった。あいつとは別のドアに向かう。
「ああん。待ってよ、かれん」
慌てて追いかけてくるケーコ。早足をやめないのは、ちょっとした憂さ晴らしだもん。
♢
桐原ってば、ほんとサイアクなヤツだった。
放課後、靴箱で、あたしは肩を落としつつ上履きからローファーに履きかえていた。
あいつ、どう見ても性格悪いのに頭は抜群にいいの。どの授業でも先生にあてられたら即回答。おまけに体育の授業では、テニス部のエースを打ち負かしていた。
それだけなら周りの女子と同じようにキャーキャー言えるんだけどね。あたしは本性を知っているから。どんなときでも、あいつはこんなの当然、って顔をしていた。
思い出すだけでむかっ腹がたってくる。校門を通って、一人だけの帰り道へ。ケーコはカレシと教室で話し込んでいて、先に帰って、だとさ。愚痴を聞いてもらいたかったのに。
灰色の空。置き傘を持っていたから問題はないけど、朝はあんなに晴れていたのにな。これも桐原のせいかしら?
とか考えていたら、ぽつぽつ雨が降ってくる。あたしってばツイてない。傘を開いて歩く。少しずつ雨が強まってきた。
土手を横切っていると、川が茶色になっていて、凄い勢いで流れていた。近づかないほうがいいな、と何となしに距離を取ったら、あるものが流れてきたんだ。
今にも沈みそうな、しなしなのダンボール箱。中には……生まれて間もない白い子猫! ちっちゃな声でにゃーにゃー助けを呼んでいるみたい。
助けなきゃ。でも、あたし泳げないし。一緒に溺れたら、って考えたら怖くて足がすくんじゃう。
そのあいだにダンボールがさらに水浸しになっていく。ど、どうしよう?!
おろおろしていると、激しい水音とともに誰かが川へ飛び込んでいった。驚くほど力強いクロールで近づき、一気にダンボールを掴む。途中、彼は、ぷはっと息継ぎをした。
あげた顔は……なかなかイケメン。桐原だ。彼はダンボールを胸に抱えながら、今度はバタ足で川岸まで泳いでいった。
泥まみれの芝生に手をついて這いあがってくる。あたしは急いでコンクリートの階段を下ると、彼へ駆け寄った。
「だ、大丈夫?」
気休めにもならないが傘をさしてやる。肩で息をしている桐原が、ダンボールに覆い被さりつつ見上げてきた。
「ンな訳ねーだろ。オレもこいつもずぶ濡れだよ。見りゃわかんだろうが」
口は悪いが、その手は白い子猫をしっかりと抱いている。
子猫は安心したのか、ごろごろとのどを鳴らした。
「うん、そうだね。ごめん」
とっさに謝ったら目を丸められる。
「へー。一日じゅう人のこと睨みつけていたにしちゃ、素直じゃん」
気づいていたか。うう、やっぱり嫌な口のききかたをするなぁ。
でも嫌なヤツ、じゃないんだ。きっと。
桐原が猫をダンボールに戻し、土手に転がっていた黒い傘まで近づくと拾い上げる。
「あー、折れちまってら。これじゃ使えねーな」
小脇に抱えて、あたしのほうを見てきた。苛立っているような顔。
「おまえさ、その猫、今日だけでもウチへ連れて帰ってくれねぇ?」
「へ? 何でよ」
いきなり言われて訊き返しちゃった。桐原は面倒くさそうに、おでこに張りついた前髪をよけている。
「これ以上冷えたら、猫がかわいそうだろ」
猫には優しいんだ。何だかフクザツな気分。
「いいよ。ママ、猫とか好きだし」
「悪ィな。じゃ、オレはこれで。ちゃんと世話してやってくれよ!」
桐原は片手をぶんと振って、朝と同じようにすぐさま去っていってしまう。それなのに不思議と腹は立たない。
傘を肩にかけ、お願いされた子猫をダンボールから抱き上げる。
ふわふわで、あったかくて、可愛い。
「よかったね。助けてもらって」
笑いかけると子猫はにゃーと鳴いて、あたしの手をちろちろ舐めた。そのくすぐったさにまた笑ってしまう。
帰ったら、濡れた毛を乾かして温かいミルクを飲ませよう。そして柔らかなタオルケットのうえで寝かせてあげるんだ。
明日、教室で桐原にそのことを伝える。そうしたら、あいつの仏頂面も少しは緩むかな。
そのために睨みつけるのはもうやめなきゃ。
せっかくサイアクなヤツじゃないってわかったんだから。
あたしは子猫をダンボールに入れ、落ちないように底を支えながらウチへ帰っていった。
川の物凄い音が遠のく。いつのまにか、あの恐怖はどこかにいっちゃったみたいだった。
桐原への自分勝手な苛立ちと一緒に、ね。
おしまい