デメリットのある武器しか使えないホロウレイダー 作:オムライスα
ホロウ内
灰色の空
崩れ落ちた建物。
ひび割れた道路。
そこには、この世界で幾度となく人々の日常を奪ってきた異空間特有の、不気味な静寂が広がっていた。
だが――その静寂を打ち破るように、激しい打撃音が響き渡る。
「はああああっ!!」
少年の拳が、目の前のエーテリアスの顔面へ叩き込まれた。
ドゴォッ!!
エーテリアスの巨体が吹き飛ぶ。地面を何度も跳ね、瓦礫へ激突した。
だが。
「……まだ来るのかよ」
少年は息を切らしながら、周囲を見回した。
少年の名は――トワ、現在ラマニアンホロウへ侵入しているホロウレイダーである。彼は今回、とある依頼を受けてホロウへやって来ていた。依頼内容は単純だった。ホロウ内に取り残された、とある探し物の回収。そしてトワは、すでにその目的物を無事に発見していた。
トワは片手に持った荷物を確認する、本来ならあとは帰るだけだった――そのはずだった。
トワは周囲を見渡す。視界のどこを見ても、エーテリアス。
一体、十体、五十体それどころか――。
「……なんでこんなにいるんだよ」
優に百体を超えていた。次から次へと、エーテリアスが湧き出てくる。トワは頬を引きつらせた。
「いくらなんでも多すぎだろ……」
一体が飛び掛かってくる。
「っと!」
トワは身体をひねり、紙一重でかわす。そのまま相手の腕を掴み。
「せいっ!」
背負い投げ。エーテリアスが地面へ叩きつけられる。続いて別の個体が襲い掛かってくる。
「甘い!」
拳、肘、膝、蹴り。トワは次々と格闘技を叩き込んでいく。
「わざわざ雲嶽山で門下生になってまで、術法を習ったっていうのに……!」
拳を叩き込む。
「結局、術法は全然使えなかったし……!」
蹴り飛ばす。
「でも、その代わり兄弟子や姉弟子たちに格闘技を叩き込まれてて本当によかった!」
「おらぁっ!」
ドゴォッ!!
もう一体を殴り飛ばす。
トワは幼い頃から雲嶽山に身を置き、術法を学んできた。しかし生まれつき術法との相性が悪いのか、あるいは別の理由があるのか術法だけは、どうしてもまともに使うことができなかった。その代わりとして、兄弟子や姉弟子たちから、徹底的に身体の使い方を叩き込まれた。
結果、術法こそ使えないものの、近接戦闘においてはかなりの技術を身につけることができた。そして、それは今のトワを何度も救ってきた。
「……でも」
トワは息を整える。周囲には、まだ大量のエーテリアス。
「こんなところであの武器なんて使えないからな」
トワは自分の拳だけで戦っていた。
「……来いよ」
トワは構える。
「まとめて相手してやる」
エーテリアスの群れが、一斉に押し寄せる。
「っ!」
トワは走った。拳を叩き込み、蹴りを入れ攻撃をかわし一体ずつ確実に数を減らしていく。
だが――多すぎる。一体倒したと思えば、二体が迫ってくる。二体倒せば、さらに三体。その数は減るどころか、増えているようにさえ見えた。
「くそっ……!」
トワは横から飛んできた攻撃を避ける。
だが、完全には避けきれなかった。
ザンッ!
頬が裂ける。
「っ……!」
血が流れる。それを拭う暇もない。
次の攻撃。
トワは身体を低くしてかわす。
その直後背後から別のエーテリアスが襲ってくる。
「しまっ――」
ガッ!
トワの背中に衝撃が走る。
「ぐっ……!」
吹き飛ばされ、地面を転がる。
「はぁ……はぁ……」
身体中が痛い。腕には裂傷。肩も切れている。足には打撲。服はところどころ破れている。
それでも立ち上がる。
「……まだだ」
トワは立つ、だが身体が重い。明らかに限界へ近づいている。エーテリアスの攻撃を避けるたびに、体力が削られていく。それでも敵の数は減らない。
「どうなってんだよ……」
百体以上。これほどの数が、一箇所に集まる理由がトワには分からなかった。
「こんなに大量に集まるなんて……普通じゃないだろ」
その瞬間。二体のエーテリアスが、左右から同時に飛び掛かった。
「――!」
トワは片方の攻撃を腕で受け止めようとする。
ガキィッ!!
「ぐあっ!!」
腕が切り裂かれた。血が噴き出す。
そしてもう一体の攻撃が。
ドゴッ!!
「がっ……!」
足へ直撃した。トワの身体が傾く。
「……っ」
立てない、足に力が入らなかった。
「しまっ……た……」
片膝をつく。腕から血が流れ落ちる。周囲からエーテリアスが迫ってくる。
一体、十体、数十体そのすべてがトワへ狙いを定めていた。
「……はは」
トワは乾いた笑いを漏らす。
「さすがに……これは無理か」
十回も死んできた。何度も戦った。何度も苦しんだ。何度も死を経験してきた。
だがこの十一回目の人生、こんなところで終わるとは。
「……親父……母さん……」
トワは小さく呟いた。次の瞬間、エーテリアスの群れが一斉に飛び掛かった。
――もう、駄目だ。
そう思ったその瞬間だった。
――ドクン。
トワの心臓が、大きく脈打った。
――ドクン
もう一度心臓が鳴る。
次の瞬間。
「――ッ!!」
トワの胸から何かが飛び出した。
ズブァッ!!
赤黒い光を纏った槍。それはトワの身体から勢いよく飛び出すと。空中で高速回転を始めた。
ドォン!!
槍が旋回する。一体。二体。十体。次々とエーテリアスを吹き飛ばしていく。
「ギャァァァァァッ!!」
「グオオオオッ!!」
巨大な槍はまるで意思を持つ生物のように空中を駆け回り。周囲のエーテリアスを次々と蹴散らしていく。
そして。最後の一体を吹き飛ばすと。槍は空中で静止した。
静かに、トワの目の前で浮かんでいる。
「…………」
トワは、その槍を見つめた。見覚えがある。忘れるはずがない。その形。その存在。魂の奥底にまで刻み込まれた記憶。
手を伸ばす。
「ロンギヌスの……槍……」
それは。トワが最初の人生で手に入れた神器。何千年。何万年経とうとも。輪廻転生を繰り返そうとも。
魂に刻まれ続けた武器、ロンギヌスの槍。
トワが柄を握る。
その瞬間。
ドクンッ!!
身体中を猛烈な力が駆け巡った。
「っ……!!」
髪が黒から赤へ変わる。
周囲の空気が震える。
力が溢れ出す。あまりにも膨大な力。それがトワの身体から衝撃波となって放たれる。
ズドォォォォン!!
周囲のエーテリアスがまるで木の葉のように吹き飛んだ。
「…………」
トワは自分の手を見る。そして握っているロンギヌスの槍を見る。トワは自分の負傷した腕を見る。
槍を腕へ向ける。すると傷口が淡く輝いた。
「……っ」
みるみるうちに傷が塞がっていく。裂けた皮膚が元へ戻る。血が止まる。筋肉が修復される。そして。足の傷も。
「…………」
完全に治癒した。トワは立ち上がる。
ロンギヌスの槍。その能力。
絶対に癒えない傷を与える力。
そして。
癒えない傷すら治療する力。
ただし。その力には、恐ろしい代償がある。使えば使うほどトワの痛覚は増幅され肉体は朽ち果てる。そして受けた傷はすべて、致命傷として身体へ刻まれる。その痛みから逃げることはできない。
トワはその代償を知っている。
「……相変わらず、嫌な代償だ」
トワは槍を構えた。視線の先。再び。エーテリアスの群れが押し寄せてくる。
「ここまで来たんだ」
槍を握り直す。
「――全部片付ける」
トワは地面を蹴った。一瞬で距離を詰める。
「せああああっ!!」
槍が閃く。一体、二体、三体、四体、エーテリアスが次々と吹き飛んでいく。
その戦い方は、先ほどまでの少年とは明らかに違っていた。動きに無駄がない。一撃一撃が正確。そして何より――速い。
まるで。長い年月を戦場で過ごしてきた兵士のような。
いや。それすらも超えている。
トワは槍を旋回させる。
「――終わりだ」
ロンギヌスの槍を握りしめ。大きく振りかぶる。
「っ……!」
そして、投げた。
ブォンッ!!
槍が空気を切り裂く。次の瞬間。
――消えた。
目では追えない。エーテリアスの群れを一直線に貫いていく。
「ギィィィィィィッ!!」
「グアアアアアッ!!」
一体、十体、百体。
すべてを巻き込みながら進んでいく。そして。その進路上に存在していた建物さえも。
ドゴォォォォォン!!
貫いた。巨大な破壊音がホロウ内へ響き渡る。
そして――静寂。
先ほどまで大量に存在していたエーテリアスの気配が完全に消えた。
「…………」
トワは静かに立っていた。ロンギヌスの槍が戻ってくる。手の中へ。トワはそれを握り直す。
「……終わったか」
だがその瞬間。トワの顔から一筋の血が流れた。
「…………」
頬を伝う、そしてもう一筋両目から流れる赤い液体。
血の涙。
「……っ」
トワはそれを手で拭った。
「またか……」
視界が滲む。痛覚が以前より増している。ロンギヌスの槍を使うほど身体は壊れ。痛みは増していく。
だが。
トワは槍を手放さなかった。
――――
その頃――。
別の場所ラマニアンホロウ内部。
「……ほんとに、あの馬鹿弟子はどこに行ったんだか」
銀色の長い髪を揺らしながら、一人の女性が歩いていた。
新エリー都衛非地区術法道場「雲嶽山」その十三代目宗主、儀玄。
金色の切れ長の瞳を細めながら、彼女は周囲を見回した。
先ほど適当観に訪れた人からトワらしき者がラマニアンホロウに入って行くのを見たと言われ急いでホロウに入った。
「まったく……」
小さくため息。
「勝手にホロウに入るなんて、困った弟子だな」
トワが雲嶽山へ入門してから、まだそれほど長くはない。術法の才能は乏しい。格闘技も、門下生としてはまだまだ未熟。だからあの少年は放っておけない。
明るく。活発で。誰とでも気軽に話す。
だが、一人で全部抱え込もうとする。
そして妙に隠し事が多い。儀玄はそれを知っていた。
その時だった。儀玄が足を止める。遠くに何かが見える。
「……あれは」
人影、その周囲を取り囲む大量のエーテリアス。儀玄の目が細くなる。
「……トワ?」
遠くエーテリアスの群れの中心に、一人の少年が立っていた。
しかし儀玄はすぐに違和感に気づいた。
トワではある。間違いなく、あの少年だ。
だが――。
いつもの黒髪ではない、炎のような赤。
そしてその手には見覚えのない巨大な槍が握られていた。
「…………」
儀玄は言葉を失う。
ありえない、トワは武器を嫌っていた。
稽古の時ですら、刀や槍を持たせようとすれば露骨に嫌がった。
「武器は使わない」
それがトワの口癖だった。だから儀玄は、ずっと不思議に思っていた。なぜそこまで武器を避けるのか。何度聞いても、トワは笑って誤魔化すだけだった。
『昔から苦手なんです』
それが、いつもの答えだった。だが今のトワは違う。儀玄が目を細める。
「本当に、あのトワなのか……?」
トワが動く。槍を片手で振るった。
ズンッ!!
一体のエーテリアスが吹き飛ぶ。続いて二体、三体、四体、一撃ごとに、エーテリアスの巨体が弾き飛ばされる。
その動きには迷いがない。足運び、身体の軸、重心移動、槍の軌道、すべてが完成されていた。儀玄は思わず黙り込む。
「…………」
トワの戦い方を知っている。門下生になったばかりの頃から見てきた。決して弱いわけではない。むしろ、年齢を考えれば身体能力は高い。
だが少なくともこんな戦い方ができるほどではなかった。
「……おかしい」
トワが槍を横薙ぎに振るう。エーテリアスの群れがまとめて薙ぎ払われる。
「強すぎる……」
それはまるで歴戦の戦士。長い年月を死線の中で生き抜いてきた者の動き。
いや、それ以上だった。
儀玄は数多くの強者を知っている。その中には。虚狩りと呼ばれる者たちもいる。そして今目の前で戦っている少年の姿がその虚狩りたちと重なって見えた。
普段のトワとは違う、まるで何かを知っているような目。何かを背負っているような目。
それを見た瞬間、儀玄は背筋に、わずかな寒気を覚えた。
トワが槍を構える。その周囲にはまだ大量のエーテリアスが残っている。
「――っ!!」
一斉に飛び掛かる、トワは逃げない。
槍を握る。そのまま前へ出た。
「――遅い」
一閃。
ザンッ!!
エーテリアスが切り裂かれる。さらに二閃、三閃。
「ギィィィィィッ!!」
次々と倒れていく。しかしエーテリアスは止まらない。
数十、数百、まだ残っている。
トワは槍を握りしめた。
そして静かにその槍を後ろへ引いた。
次の瞬間トワが――投げた。
ブォンッ!!
槍が飛翔する。
「…………」
儀玄は目を見開いた。
速い、あまりにも速い。視認できない。
空気が爆ぜる。
ドォォォォン!!
槍は音速を超えた。その衝撃波が周囲へ叩きつけられる。
「――!?」
エーテリアスが吹き飛ぶ。しかしそれだけではない。
槍は一直線に進んでいく。一体、十体、数十体、数百体。
すべてを貫きそのまま進路上の建物へ突っ込む。
ドゴォォォォォン!!
建物の壁を貫く。さらに奥へ。さらに、その向こうへ。
まるで何も存在していないかのように。
儀玄はただ黙って見つめていた。
やがて槍が旋回する。そして再びトワのもとへ戻っていく。
ズンッ。
トワの手の中へ収まった。そして静寂が訪れる。先ほどまで存在していた大量のエーテリアス。
その気配が完全に消えていた。
「…………」
誰も喋らない、ホロウの中に異様な静けさが戻ってくる。
トワがゆっくりと振り返る。
「…………」
その顔を見て儀玄の表情が固まった。
「……トワ」
赤い髪、赤く染まった瞳、そして頬を伝う赤い液体。
一筋、また一筋。両目から血の涙が流れていた。
トワはそれを手の甲で拭う。
「…………」
だが止まらない。儀玄は目を細める。
「トワ」
呼びかける。トワがこちらを見る。
「……師匠」
いつもの声。いつものトワ、そう聞こえた。
だが儀玄には分かった。何かが違う。
「……その槍」
儀玄の視線が、トワの手元へ移る。
巨大な槍。ただの武器ではない。儀玄には分かる。そこには。雲嶽山の歴代宗主たちへ受け継がれてきた特殊な刀剣――青溟剣。
あれと似た感覚を感じる。
「……それ」
儀玄が静かに問いかける。
「どこで手に入れた?」
「…………」
「……一体、何を隠してるの?」
トワは答えなかった。ただロンギヌスの槍を握ったまま儀玄を見つめていた。
文章の形の練習で書きました。
デメリットがある武器で戦っていきながら苦しんでその様子を周りが見て曇る小説みたいな―と思って書きました。