デメリットのある武器しか使えないホロウレイダー 作:オムライスα
静寂。
先ほどまで、あれほど大量のエーテリアスが存在していたとは思えないほどホロウ内は静まり返っていた。
その場にいるのは、二人、トワと儀玄。
トワはロンギヌスの槍を握ったまま、儀玄を見ていた。
「…………」
どう話せばいい。トワは必死に考えていた。十回の輪廻転生。生まれ変わるたびに引き継いできた記憶。そして、自分の魂と共に存在する十本の武器。その中の一本であるロンギヌスの槍。
そんなものを、どう説明しろというのか。
「……まずは」
トワは手元の槍を見た。
「こいつをしまわないと、話にならないですね」
トワがゆっくりと手を開く。ロンギヌスの槍から手を離した。すると、槍は落ちなかった。
「……?」
宙に浮いている。まるで自らの意思でそこに存在しているかのように。ロンギヌスの槍は、ゆっくりとトワの周囲を回り始めた。一周、二周、三周。
しばらくトワの周囲を回ったあと――槍の輪郭が淡く輝き始める。
赤黒い光が粒子へ変わっていく。細かな光の欠片それらがトワの身体へ吸い込まれていく。
そして最後の一粒が消えた瞬間、ロンギヌスの槍は完全に姿を消した。
同時にトワの赤い髪が黒へ戻っていく。
「……これで」
トワは息を吐いた。だが次の瞬間。
「――っ」
身体が大きく揺れた。
「トワ?」
儀玄が反応する。トワの口元から赤い液体が溢れた。
「ごほっ……!」
血反吐。
「トワ!」
身体が前へ倒れる。
「……っ、ぐ……」
眩暈、視界が大きく揺れる。耳鳴りがする。全身から力が抜けていく。
槍をしまった瞬間、今まで無視されていた負荷が一気に押し寄せてきた。
身体の内側がまるで燃えているように痛む。
「……くそ……」
トワの膝から力が抜けるその身体を儀玄がすぐに支えた。
「おっと」
「……師匠……」
「無理はするな」
儀玄はトワの肩を支えながら、顔を覗き込む。
「話は一度、適当観に戻ってからだな」
「でも……」
「今のお前さんの状態で、ここで事情聴取するほど私は鬼じゃない」
「……すみません」
「謝るのは後だ」
儀玄はトワの身体を支える。
「歩けるか?」
「……たぶん」
「たぶんは禁止だ」
「……はい」
儀玄は小さく息を吐き、トワの肩へ腕を回した。
「……ありがとうございます」
こうして二人は肩を貸し、支え合いながらラマニアンホロウを抜けていった。
――――
適当観の出入口に着いた、その瞬間だった。
「お弟子ちゃん!」
橘福福が走り出した。
「大丈夫ですか!?」
「姉弟子……」
トワの姿を見るなり福福の表情が曇る。服はボロボロ、身体中に傷、顔色も悪い。
「ひどい怪我です……!」
「これくらい……」
「これくらいじゃありません!」
「……はい」
トワが大人しくなる。その横から潘引壺が医療箱を抱えて駆けてきた。
「とりあえず傷を診るぞ」
「ありがとうございます、潘さん」
「礼はいい。それより座れ」
「はい」
適当観の一角トワは椅子に座らされた。福福と潘が手際よく応急処置を始める。腕、脚、肩。
いくつもの傷に包帯が巻かれていく。
外側の傷、それ自体はロンギヌスの槍によってほとんど治っていた。だから病院へ行く必要があるほどの致命傷は残っていない。
だが身体の内側は違った。
トワは胸元へ手を当てる。鈍い痛み。呼吸するだけでも少し苦しい。ロンギヌスの槍、それは外傷を治すことができる、絶対に癒えない傷すら癒すことができる。しかしその代償として身体の内側が少しずつ朽ちていく。使用するほどにその負荷は大きくなる。
やがて応急処置が終わる。
「よし」
潘が包帯を整える。
「今日は絶対安静だ」
「はい」
それを見た福福が少しだけ安心した。
「よかった……」
だが儀玄は笑わなかった。
「トワ」
「……はい」
「奥の部屋に来い」
「……」
儀玄の声には逆らえないものがあった。
「話をするぞ」
――――
適当観の奥の部屋。そこには四人が座っていた。儀玄、橘福福、潘引壺、そしてトワ。
「…………」
重い空気、しばらく誰も喋らない。やがて儀玄が口を開いた。
「トワ」
「はい」
「お前さんが隠していること」
儀玄は腕を組む。
「全部、洗いざらい吐いてもらうぞ」
「…………」
儀玄が聞く。
「あの槍は何だ?」
トワは少し迷った。そしてゆっくりと口を開く。
「ロンギヌスの槍です」
「ロンギヌス……?」
トワは少しだけ目を伏せる。
「ロンギヌスの槍は僕の体と結びついています」
「普段は僕の体内で眠っていて、必要な時には武器自身の意思によって姿を現します」
「武器自身の意思……」
儀玄は目を細めた。やはり先ほど感じたものは間違いではなかった。
「あの槍には意思があるのか?」
「はい」
「そしてロンギヌスの槍には三つの大きな力があります」
「一つは――絶対に癒えない傷を与える力」
福福の顔から笑みが消える。
「もう一つは――癒えない傷すら治療する力です」
潘引壺も黙り込んだ。
「そして」
トワは続ける。
「持った者の力を増幅させます」
儀玄は黙り込んだ。そして。
「それで?」
「はい?」
「それだけか?」
トワは答えなかった。その沈黙が答えだった。
「……あるんだな」
「はい」
トワはゆっくりと口を開く。
「ロンギヌスの槍には、代償があります」
「どんな?」
「使えば使うほど」
トワは自分の胸へ手を当てる。
「僕の痛覚は増幅されます、そして肉体が内側から少しずつ朽ち果て、受けた傷はすべて、致命傷として身体に刻まれます」
福福が息を呑む。
「そんな……」
三人の顔が曇った。
「つまり」
潘が呟く。
「傷を治しても、身体の中は壊れていくのか」
「はい」
儀玄の表情が険しくなる。
「いつからだ」
「何がですか?」
「その槍を持っていたのは」
トワは即答した。
「生まれた時からです」
「…………」
儀玄の目が見開かれる。
「生まれた時から?」
「はい」
儀玄は続ける。
「その力を使ったのは、今回が初めてか?」
トワは首を横に振った。
「今回で三回目です」
「……三回」
「以前ホロウに行ったときに、二回使っています」
福福が驚いた。
「そんな……どうして」
福福はトワを見る。
「なんでホロウに入ったんですか?」
トワは答える。
「ホロウレイダーとして依頼を受けて生活費を稼いでいます」
「…………」
福福が言葉を失った。儀玄もしばらく黙っていた。
儀玄は静かに問いかける。
「お前さん、一人暮らしだと聞いていたが」
「…………」
「まさか」
トワは何も言えない。その沈黙を見た儀玄の眉間に皺が寄った。
「……なるほど」
しばらく沈黙、そして。
「なんで相談しなかった」
儀玄の声が部屋に響いた。
「……!」
トワが肩を震わせる。
「その力のことも、生活のことも言ってくれれば助けになれたはずだ」
トワは俯いた。
「……ごめんなさい」
それだけだった。儀玄は大きく息を吐く。
「まったく……」
そして少しだけ声を落とす。
「生活に困ってるなら」
「……?」
「適当観に住めばいい」
トワが顔を上げる。
「……え?」
「部屋なら余ってる」
トワは躊躇する。
「……いいんですか?」
その時潘が笑った。
「当たり前だろ!」
「潘さん……」
「部屋は余ってるし、飯のことも任せておけ」
胸を張る。
「……」
トワの目が少しだけ潤むそして。
「……じゃあ」
ゆっくり頭を下げた。
「お願いします!」
儀玄は少しだけ口元を緩めた。
「ああ、歓迎するよ」
「ありがとうございます!」
トワが笑う、その表情を見て福福も嬉しそうに笑った。
「よかったです!」
――だがその一方で儀玄は内心、必死だった。
(……青溟剣に匹敵する力)
(それほどの力と、これほど重い代償を持った武器を)
(私は今まで野放しにしていたのか)
あの戦い、ロンギヌスの槍が放った一撃。あれはただの門下生が出せる力ではない。いやそんな生易しいものではなかった。それにあれはおそらく全力ではない。
(なんとしても)
儀玄は決意する。
(雲嶽山でトワを囲い込み、できる限りあの力を使わせない)
「トワ」
「はい?」
「とりあえず今日は休め」
儀玄は立ち上がる。
「傷を癒すんだ」
「……はい!」
トワは元気よく答えた。
「福福、潘」
「はい!」
「任せろ!部屋は準備してある」
そして二人がトワのために用意した部屋へ移動しトワはしばらく部屋を見つめていた。
「ありがとうございます」
小さく笑う。
「おやすみなさい」
「はい。おやすみなさい!」
「しっかり寝るんだぞ」
二人が部屋から出ていく。
トワは布団へ横になる。身体は重い。痛みもある。それでも、不思議と安心していた。
そして長い一日で疲れ切ったトワは深い眠りへ落ちていった。
――――
――夢の中。
そこは、何もない世界だった。上下もない、左右もない。ただ、果てのない暗闇が広がっている。
その暗闇の中に――十本の武器が浮かんでいた。
ロンギヌスの槍、天逆鉾、妖刀村雨丸、ミョルニル、トライデント、ケラウノス、天叢雲剣、風火輪、ヘラクレスの弓矢、そして――グングニル。
それぞれが、トワを取り囲むように浮かんでいる。
「…………」
トワは腕を組みながら、十本の武器を見渡した。するとロンギヌスの槍が静かに口を開いた。
『トワ』
「ん?」
『いいのか?』
「何が?」
『このままだと、お前はあの儀玄とかいう奴に雲嶽山へ囲い込まれるぞ』
「…………」
トワは黙った。ロンギヌスの言っていることは分かる。儀玄は間違いなく、自分を心配している。だからこそ。これからはできるだけ自分を危険から遠ざけようとするだろう。
ロンギヌスの槍や他の武器を使うこともおそらく許してはくれない。トワはため息を吐いた。ロンギヌスの槍が僅かに光る。
『なぜ話した?』
「話さなかったら、もっとまずかっただろ」
トワは頭を掻く。
「見られた以上、隠し通すのは無理だ」
その言葉を聞いて十本の武器が静かになる。トワは続ける。
「ああするしか、事態は収まらなかったんじゃないかな」
『そうか』
ロンギヌスの槍は短く答えた。だが次の瞬間。
『しかし』
その声に、僅かな呆れが混じる。
『それで幽閉生活が始まってみろ、退屈だぞ』
「…………」
トワは眉をひそめた。
「幽閉って決めつけるなよ」
『決めつけではない』
ロンギヌスの槍が淡々と告げる。トワにも、それは分かっていた。
師匠の目、あの戦闘の後。自分を見る目は師匠としての心配だけではなかった。あれはまるで――絶対に死なせない。そう決意している人間の目だった。
『おそらく明日には』
ロンギヌスの槍が続ける。
『「ホロウに入るな」「武器を使うな」』
「……それはありそう」
トワが遠い目をする、すると暗闇の中で、別の武器が声を上げた。
『ならば、なおさら外へ出るべき』
低く。短い声。天逆鉾だった。
『閉じ込められる前に出る』
「いや、何で脱走前提なんだよ」
『必要なら、全て壊せばいい』
「駄目だろ!」
天逆鉾は、それ以上何も言わなかった。
「…………」
トワは頭を抱える。すると今度は甲高く、激情のこもった声が響く。
『そもそも!』
『どうしてあの女にあんなに素直に従ったのよ!?』
妖刀村雨丸だった。
「……は?」
『「お願いします」って何!?』
「いや……」
『私たちがいるでしょう!?』
村雨丸の刀身が激しく震える。
『十人もいるのよ!?』
「武器を人数で数えるなよ……」
『あの女に「歓迎する」なんて言われて、嬉しそうに笑って!』
「……」
村雨丸の嫉妬は健在だった。
その横で豪快な声が響く。
『ガハハハハ!』
『まあ、いいじゃねえか!』
「ミョルニル……」
『儀玄って女が、お前を守ろうとしてるんだろ?』
「そうだけど」
『なら、しばらく甘えておけ!』
トワは目を丸くする。
『お前は昔から、一人で背負いすぎなんだよ!』
その言葉に。
トワは何も返せなかった。十回の人生、何度も一人で問題を抱えた。
誰かを守ろうとして。誰にも相談せず。そして。結果として多くのものを失った。
ミョルニルは続ける。
『たまには誰かに守られる側になってもいいだろ』
「…………」
トワは静かに目を伏せる。
「……そうかもな」
『おう!』
ミョルニルが満足そうに笑う。そこへ冷静な声が割り込む。
『ただし』
『過度な干渉は避けるべき』
「トライデントまで……」
『儀玄という人物は、お前を案じている。しかし、案じることと管理することは別だ』
「……確かに」
『お前には、お前自身の人生を選ぶ権利がある』
その言葉に。トワは黙り込む。これまで十回の人生を経験しているからこそ自分の人生を自分で選ぶということが、どれほど難しいことなのかトワは知っていた。
すると突然。
バチィッ!!
暗闇に雷光が走る。
『だったら外へ出ろ!』
『戦おうぜ、トワ!』
「……やっぱりお前はそうなるのか」
ケラウノスだった。
『せっかく十一回目の人生なんだ!』
雷が激しく弾ける。
『まだ見たことのない敵が山ほどいる!』
ケラウノスは楽しそうだった。すると凛とした声が響く。
『楽しむこと自体は悪ではない』
『だが、忘れてはならない』
刀身が静かに輝く、天叢雲剣だった。
『お前は、力に呑まれてはならない』
『代償を忘れるな』
トワの表情が僅かに曇る。
その時、風が吹いた。
『――ねえ!』
明るい声、風火輪だった。トワの周囲をぐるぐると回る。
『難しい話はもういいじゃん!』
「お前は本当に自由だな」
『だってさ!』
風火輪は楽しそうに笑う。
『新エリー都には、まだまだ面白いところがいっぱいあるんでしょ?』
「まあ……そうだな」
『だったら遊びに行こうよ!』
「この状況でか?」
ずっと黙っていた存在が、静かに口を開いた。
『…………』
ヘラクレスの弓矢だった。トワが振り返る。
「お前も何か言うのか?」
『……見ていた』
「何を?」
『お前が今日、儀玄に受け入れられた時』
トワは黙る。
『嬉しそうだった』
「…………」
『お前は、居場所を欲しがっている』
トワは目を逸らした。
「……そんなこと」
『否定する必要はない』
ヘラクレスの弓矢の声は静かだった。
『私たちは、十回分のお前を知っている』
「…………」
『だから分かる』
その言葉にトワは何も言えなくなった。
そして。
最後に。
圧倒的な存在感を放っていたグングニルが口を開く。
『――よい』
全員が静かになる。
『ならば、しばしこの地に身を置けばよい』
「グングニル?」
『儀玄とやらが、お前を守ろうというのならば』
その声には王のような威厳があった。
『利用すればよい』
「利用って……」
『お前は、これまでの人生で誰かに頼ることを知らなすぎた』
「…………」
『ならば今回は』
グングニルが静かに輝く。
『誰かに守られる人生を経験してみろ』
トワは十本の武器を見渡した。
皆、考え方は違う。口調も違う。性格も違う。だが共通している。
――トワを心配している。
それが少しだけ可笑しかった。
「……お前ら」
トワは苦笑する。
「本当に好き勝手言うよな」
『当然』
ロンギヌスの槍が答える。
『我らは、お前の魂と共にある』
天逆鉾が続く。
『死ぬまで』
村雨丸がさらに続く。
『死んでも』
ミョルニルが笑う。
『次の人生でも!』
トライデントが静かに続ける。
『その次も』
ケラウノスが高らかに。
『何度でも!』
天叢雲剣が。
『お前が望む限り』
風火輪が。
『ずーっと!』
ヘラクレスの弓矢が。
『見守る』
そしてグングニルが。
『我らは、お前を離さぬ』
トワは静かに目を閉じた。トワの周囲へ集まった。
そして――ロンギヌスの槍が優しく語りかける。
『この十一回目の人生だけは』
『今までとは違うものにしてみろ』
トワは目を開く暗闇の中、十本の武器が光っている。
「……ああ、そうしてみるよ」