デメリットのある武器しか使えないホロウレイダー 作:オムライスα
――朝。
トワはゆっくりと目を開けた。
「……ん……」
見慣れない天井。一瞬だけ、自分がどこにいるのか分からなかった。
だが。
「……そうか」
昨日の出来事を思い出す。ラマニアンホロウ。エーテリアスの大群。ロンギヌスの槍。
そして――雲嶽山。
「…………」
トワは身体を起こす。昨日に比べれば、かなり楽になっている。まだ身体の奥には鈍い痛みが残っているが、動けないほどではない。そんなトワの視界に机の上に置かれた一枚の紙が入った。
「手紙?」
トワは紙を手に取る。そこには、見慣れた筆跡で簡単な文章が書かれていた。
『トワへ。今日は福福と潘と私は用事で集まりがある。お前は昨日の傷があるので、今日は適当観で安静にしていろ。儀玄』
「…………」
トワは苦笑した。
「やっぱり……」
昨日のことを考えれば、おそらく師匠は自分のことについて報告しに行ったのだろう。ロンギヌスの槍とその代償。
それらを、雲嶽山の関係者やその他の者達へ伝えに行ったに違いない。
「……安静か」
トワは窓を見る。朝の日差しが差し込んでいる。
「でも……」
しばらく部屋にこもっていたせいか。
「ちょっと日光、浴びたいな」
トワは立ち上がった。そして部屋の外へ出る。適当観の中庭。朝の空気が気持ちいい。
「……んー」
トワは大きく背伸びをする。陽の光が身体を温める。
「やっぱり外はいいな」
その時だった。
「……ん?」
トワは頭上から聞こえてきた小さな鳴き声に気付いた。
「にゃー……」
顔を上げる。屋根の上、そこには一匹の猫がいた。猫は屋根の端で爪を立てながら必死にしがみついている。
「……おいおい」
トワが見上げる。
「何やってんだ?」
猫は懸命に爪を立てる。だが屋根の傾斜に耐えられない。
「にゃっ……!」
ズルッ。
「――!」
猫の身体が滑った。
「危ない!」
トワが叫んだその瞬間だった。
――ドクン。
トワの胸が鳴った。
次の瞬間。
ズバァッ!!
トワの身体から二つの何かが飛び出した。
二つの車輪。炎と風を纏った巨大な車輪がトワの左右へ飛び出す。同時にトワの髪が変化した。黒かった髪にオレンジと水色のメッシュが走る。
「……あっ」
トワは目を見開く。
その車輪をトワは知っていた。風火輪。八本目の武器である。
その瞬間。片方の車輪が大きく回転した。
ゴォォォォッ!!
強烈な風が吹き上がる。落下していた猫の身体が風に包まれた。
「にゃっ!?」
落下速度が一気に落ちる。ふわり。まるで羽毛のように猫の身体が宙に浮かぶ。
そしてもう一つの車輪が猫の真下へ滑り込んだ。
ポンッ。猫を乗せる。
そのまま車輪は空中を走るように移動しトワの目の前へ戻ってきた。
「……お前」
トワが手を伸ばす。車輪が静かに近づき猫を受け取る。
「よしよし」
トワは猫を腕に抱えた。
「怖かったな」
猫は小さく鳴いた。
「にゃ……」
トワがほっとする。すると二つの風火輪が嬉しそうにトワの周囲を回り始めた。
「……はは」
トワは苦笑する。
「相変わらず元気だな、お前」
風火輪は楽しそうにトワの周りを回る。
しかし腕の中の猫はどうにも様子がおかしい。
「……?」
猫が身体をよじる。
「どうした?」
猫は必死にトワの腕から抜け出そうとする。トワは気づいていなかったがトワの手はとても冷たくなっておりそれを猫が嫌がったのである。
「おい、暴れるなって」
だが猫はトワの腕から飛び降りると一目散に走っていった。
「……?」
トワは猫を目で追う。
「なんだ?」
猫が向かった先、そこには一人の少女が立っていた。栗色の髪、赤い瞳、そして大きな垂れた耳。
「…………」
少女は驚いたようにトワを見ている。トワも目を見開く。
「……瞬光先輩?」
葉瞬光。雲嶽山の弟子であり儀玄から見ても非常に優れた才能を持つ少女。
青溟剣の担い手として選ばれており、最近虚狩りになったとか。
そしてトワにとっては少し先を行く「先輩」だった。
「…………」
瞬光は猫を抱き上げる。そしてトワを見る。
視線がトワの周囲を浮かんでいる二つの車輪へ向く。
「……その」
瞬光が指差す。
「浮いてる二つの車輪みたいなの……何?」
「…………」
トワの顔が固まった。
「…………あ」
やってしまった。そう気付いた瞬間二つの風火輪がぴたりと止まる。
「…………」
風火輪も主人の置かれた状況を察したらしい。二つの車輪から淡い光が溢れ始めた。
「ちょっ」
トワが手を伸ばす。だが遅かった。風火輪は光の粒子へ変化しトワの身体へ吸い込まれていく。そして最後の光が消えた。
トワの髪もオレンジと水色からいつもの黒髪へ戻る。
「…………」
トワは目を閉じた。
「来る……」
瞬光が首を傾げる。
「来る?」
そして。
――ズンッ!!
「――っ!!」
突然、トワの身体が大きく揺れた。
「熱い……っ!」
トワはその場で膝をついた。
「トワ!?」
そのまま地面に倒れ込む。
「大丈夫!?」
瞬光が慌てて駆け寄る。トワの身体に触れる。
「――っ!」
瞬光の顔が変わった。
「熱い……!」
まるで。高熱を出した人間の身体。いやそれ以上だ。
「大丈夫なの!?」
「……っ」
トワは息を荒くする。
「大……丈夫……」
「大丈夫に見えないよ!」
瞬光が心配そうにトワを見る。しかししばらくするとトワの身体を襲っていた熱は少しずつ下がっていった。
「……はぁ……」
呼吸が戻る。
「……もう、大丈夫」
「本当に?」
「うん」
トワは身体を起こしたが瞬光はまだ心配そうな顔をしている。
「本当の本当に大丈夫?」
「本当」
「……ならいいけど」
瞬光は納得しきれない表情だった。トワはそんな瞬光を見て少しだけ笑う。
「さっきの質問」
トワは立ち上がる。
「ここじゃなんだし」
空を見上げる。
「日向ぼっこしながら話そう」
「……日向ぼっこ?」
「うん」
トワは笑った。
「少しくらいのんびりしたっていいだろ」
瞬光は呆れたように息を吐く。
「分かった」
そして瞬光がトワを見る。
「その代わり、ちゃんと話してね」
「……はい」
二人は屋根の上へ上がった。並んで寝転ぶ。空は青い。太陽の光が暖かい。風が吹く。
「……気持ちいい」
トワが呟く。
「うん」
瞬光も空を見る。しばらく二人は無言だった。やがて瞬光が口を開いた。
「ねえ」
「ん?」
「師匠から聞いた話だと」
瞬光は横目でトワを見る。
「槍の話しかなかったんだけど」
「…………」
「さっきのあれ」
風火輪が浮かんでいた場所を見る。
「明らかに槍じゃないよね?」
トワは苦笑する。
「うん」
「やっぱり?」
「あれは風火輪」
トワは答えた。
「僕の中にある十本の武器のうちの一つだよ」
瞬光が目を見開く。
「十本!?」
「うん」
「そんなにあるの!?」
「そうだよ」
「…………」
瞬光の表情が固まる。
「まあ」
トワは苦笑しながら続ける。
「全部、代償があるけどね」
その言葉を聞いた瞬光の表情が曇った。
「……代償」
「うん」
トワは空を見る。そしてゆっくり説明する。
「僕の中にはロンギヌスの槍、天逆鉾、妖刀村雨丸、ミョルニル、トライデント、ケラウノス、天叢雲剣、風火輪、ヘラクレスの弓矢、そしてグングニル」
「この十本の武器が眠ってる」
瞬光は黙って聞いていた。
「風火輪は」
トワが続ける。
「風と炎を操れるし」
「陸でも海でも空でも、どこまでも車輪に乗って移動することができる」
瞬光は思わず感嘆の声を漏らす。
「す、すごいね!」
「まあ」
トワは苦笑する。
「便利ではあるよ、でも……」
瞬光の表情が曇る。
「代償があるんだよね」
「うん」
トワは答えた。
「風火輪は使うほど、体温と生命力を消費する」
「そして使用後失った熱が倍になって戻ってくる」
「だから」
トワは自分の身体を見る。
「さっきみたいな高熱が起きる」
「……」
「しかも激痛が伴う」
「嘘……」
瞬光の目が見開かれる。
「そんなの……」
「嘘じゃないよ」
トワは笑う。
「実際、見たでしょ?今回は一瞬しか使ってなかったから」
トワは自分の身体を軽く叩く。
「軽症で済んだ」
「…………」
瞬光はしばらく黙った。そして。
「……他にも」
「ん?」
「他の武器にも代償があるんでしょ?」
トワは頷く。
「あるよ」
「……全部教えて」
その声はいつもの柔らかなものではなかった。表情もどこか険しい。
トワは少し驚いたが。
「分かった」
頷く。
「風火輪は今教えたしロンギヌスは師匠から聞いてると思うから他の八本を説明するね」
「うん」
トワは空を見ながらゆっくりと話し始めた。
「まず――妖刀村雨丸」
瞬光は耳を傾ける。
「村雨丸を使うと剣豪並みの技と力を発揮できる」
「でも」
トワの表情が僅かに曇る。
「ある種の暴走状態になる」
「村雨丸自体は勝手に出てきて無理やり僕の身体を操る」
「……自分の意思で止められないの?」
「完全にはね」
「村雨丸が体を操る間は激痛が走る」
「それに僕が斬った相手の苦痛がそのまま僕に返ってくる」
「…………」
瞬光の顔が引きつる。
「次はミョルニル」
トワは続ける。
「圧倒的な破壊力を持っていて雷も使える」
「だけど使うたびに全身の神経へ激痛が走る」
「使用後はしばらく動けなくなる」
「……重いね」
「うん」
「トライデントは水を操って攻撃できるし海や川の中でも、かなり自由に動ける」
「でも使えば使うほど身体から水分が奪われる」
「……水分?」
「使いすぎると身体が乾燥して最悪の場合――ミイラみたいになる」
「…………」
瞬光の表情がさらに引きつった。
「天逆鉾はある程度の物質創造能力を持っていて創り出せるものには限界があるけどかなり便利」
「じゃあ――代償は?」
「使った分だけ」
トワは苦笑する。
「僕が眠る」
「……眠る?」
「昏睡状態になる」
瞬光の表情が強張る。
「どれくらい?」
「分からない」
「…………」
「起きられるかどうかもね」
「…………」
瞬光は言葉を失った。
「次」
トワは続ける。
「ケラウノスは雷をミョルニルよりも巧みに操れて戦闘能力も五感も大幅に強化される」
「そして最大火力なら世界を滅ぼせるかもしれない」
「…………え?」
瞬光が固まる。
「でも代わりに使用後は心臓に莫大な負荷がかかり、心臓が止まる危険がある」
「それと五感の機能が一定時間、著しく低下する」
「…………」
瞬光の顔から少しずつ血の気が引いていく。
「天叢雲剣」
トワの声が少し低くなる。
「圧倒的な身体強化、それに未来予知能力がある」
「未来が……見えるの?」
「そう」
「強力だね……」
「強力だよ」
トワは答える。
「でも未来を見ることは楽しいことばかりじゃない」
「…………」
「使えば使うほど未来を見たことによる根源的な恐怖が僕に残り精神がすり減っていく」
「そして最悪の場合精神が崩壊する」
瞬光は黙り込んだ。
「……次」
トワは言葉を続ける。
「ヘラクレスの弓矢」
「これはシンプルで強力な弓と猛毒が塗られた矢を使える」
「でも使えば使うほど僕の身体は猛毒に蝕まれていく」
「そして使いすぎれば」
トワは淡々と告げる。
「死ぬ」
「…………」
瞬光は完全に言葉を失っていた。そして最後、トワは静かに口を開く。
「グングニルは絶対に敵に勝てる」
瞬光が息を呑む。
「絶対に?」
「うん」
「どんな相手でも?」
「少なくとも僕の知る限りグングニルは勝利をもたらす」
だがトワはそこで言葉を止めた。
「代わりに必中の代償として、僕の寿命を大幅に削る」
「…………」
瞬光はもう何も言えなかった。
しばらく風だけが二人の間を通り抜ける。
「…………」
瞬光はゆっくりと起き上がった。その顔から完全に血の気が引いている。
まさかトワがここまでの物を抱えているとは思わなかったからだ。
しばらくして瞬光はふと別の疑問を口にする。
「じゃあさ」
「ん?」
「そんなに危ない武器を使わなくても普通の剣とか普通の武器を使えばいいんじゃない?」「…………」
トワは一瞬困った顔をした。
「あー……」
「何?」
「それが」
トワは頭を掻く。
「できないんだよね」
「どうして?」
「他の武器を持った瞬間」
「十本の武器が嫉妬する」
「…………え?」
瞬光が固まる。
「持った武器が破壊されるか」
「僕の心臓が十本の武器に貫かれるかだね」
瞬光は心の中で「その武器達嫉妬深すぎない!?」と思うのだった。
瞬光は空を見上げた、トワも空を見る。
「だけどね、どんな代償があったとしても僕はこの武器達に選ばれて勝手に使われて、それでも誰かの助けになれるなら僕はそれでいい」
青い空。暖かな日差し。静かな時間。けれど瞬光はもうトワを見る目を変えていた。
ただの新入り門下生ではない。ただの少し変わった少年でもない。
十本の異常な武器を抱え。それぞれの代償を背負いながら。それでも笑っている少年。
この子は優しいし我慢強い。
まるでちょっと前の自分を見ている気分だった。
「…………」
瞬光は目を閉じる。そして胸の内で思った。
武器達が出てこないようにする――この子を一人にしちゃいけない。
それは、かつて儀玄が自分に向けたものとどこか似た感情だった。
その時風が吹きトワの髪が揺れるのだった。