デメリットのある武器しか使えないホロウレイダー 作:オムライスα
――午後。
適当観の屋根の上。
トワと瞬光は、先ほどから並んで日向ぼっこをしていた。暖かな日差し、穏やかな風。先ほどまでの緊張が嘘のような、静かな時間だった。
「……眠くなってきた」
トワが呟く。
「分かる!」
瞬光も目を細める。
「こんなに暖かいと、寝ちゃいそう」
二人がそのまま寝転がっていた、その時だった。
「ごめんくださーい!」
下から声が聞こえてきた。
「……ん?」
トワが身体を起こす。
「誰か来たみたい」
瞬光も起き上がった。
「私が行こうか?」
「大丈夫だよ」
トワが立ち上がる。
「僕が行く」
「でも……」
瞬光は少し心配そうにトワを見る。
「本当に大丈夫?」
「大丈夫だって!」
トワは笑う。
「ここから入口までだよ」
「……分かった」
瞬光は渋々頷いた。
「じゃあ、お願い」
「はい」
トワは屋根から降りると、そのまま入口へ向かった。
――――
「お待たせしました」
入口へ着くとそこには一人の男が立っていた。トワは少し首を傾げる。
「どうしたんですか?」
「はい」
男は丁寧に頭を下げる。
「先程、あなた様宛てのお荷物が届きましたので、お知らせに参りました」
「荷物?」
トワは眉をひそめた。
「僕にですか?」
「はい」
「差出人は?」
「申し訳ありません」
男は困ったように笑う。
「お荷物に記載がなく、ひとまず倉庫の方で保管させていただいております」
そして。
「もしよろしければ、これから確認していただいても?」
「……荷物なんて頼んだかな?」
トワは首を傾げる。まったく心当たりがない。だが。
「まあ……」
わざわざ来てもらったのだ。時間をかけるのも申し訳ない。
「分かりました」
「ありがとうございます」
男が先に歩き出す。トワもその後ろについていく。
「……まあ、そこまでの距離でもないだろ」
トワは呟く。
「少しくらい適当観を離れても、事情が事情だし……瞬光も怒らないだろ」
そんな軽い気持ちだった。――最初は。
だが歩けば歩くほど周囲から人の気配が消えていった。
「……?」
トワは周囲を見回す。先ほどまであった建物も。人の姿も。次第に減っていく。
やがて。
「……ここ?」
目の前に広がったのは少し開けた、小さな広場だった。
「倉庫は?」
「もうすぐですよ」
男が笑う。
「……そうですか」
トワは内心で少し焦っていた。ここまで距離があるとは思わなかった。
「まあ……早く荷物を受け取って戻ればいいか」
男は笑顔だった。
「本当に、あと少しです」
「そうですか」
トワが頷く。その瞬間だった。
――気配。
「……」
トワの目が細くなった。後ろに誰かいる。足音、呼吸、そして何かが空気を切る音。
恐らく。首を絞めるつもりだ。男の態度、ここまでの道のり。ようやく全部が繋がった。
「……なるほど」
トワは小さく呟く。その直後背後の人物が一気に距離を詰めた。
「――!」
だが。
「遅い!」
トワが振り返ることなく後ろ蹴り。
ドゴッ!!
襲撃者の腹へ直撃。
「ぐっ!」
縄を持った男が吹き飛んだ。トワは振り返る。そして先ほど自分を案内していた男を見る。
「……これはどういうことですか?」
男の笑顔が消える。
「……はぁ」
小さくため息。
「大人しく縄で縛られてくれたら、どれほどよかったものか」
その言葉と同時に周囲から人影が現れた。一人、二人……十人ほど。
怪しげな服を纏った者もいればスーツ姿の者もいる。瞬く間にトワは完全に囲まれた。
「……」
トワは周囲を見る。
「やっぱりそういうことか」
すると案内役の男が一歩前へ出る。トワは周りの者の服装を見て思い出す。
「……讃頌会か」
トワの表情が変わった。聞いたことがある。いや正確には以前、師匠から聞かされた。
「確か……衛非地区でひと悶着起こした連中」
「よくご存じで」
男は薄く笑う。
「まあ、我々はその残党ですがね」
「残党……」
トワは周囲を見る。
「僕をどうするつもりで?」
「少し前」
男が言う。
「我々はラマニアンホロウで、あなたを拝見させていただきました」
トワの表情が険しくなる。
「……あの時か」
「ええ」
男は続ける。
「大人しくついてきてくれれば、痛い思いはしませんよ」
その言葉にトワはため息を吐いた。
「悪いな」
ゆっくり拳を握る。
「お前らのモルモットになる気は、一ミリもないんでね!」
「――捕らえろ!」
一斉に襲い掛かる。
「ちっ!」
トワも飛び込み拳を叩き込む。一人、二人、だが多勢に無勢。
「ぐっ!」
横から殴られる。
「――っ!」
蹴りが入る。
「がっ……!」
さらに背中、腹、肩、次々と攻撃が叩き込まれる。
「はぁ……っ!」
トワは必死に耐える。だがさすがに数が多い。
「くそ……!」
一人を倒しても。次の人間がすぐに迫る。そしてトワが一瞬怯んだ。
「今だ!」
男の拳がトワの顔面へ向かってくる。
――その瞬間。
「――っ!」
トワの胸から一本の刀が飛び出した。
ズバッ!!
「なっ!?」
鞘に納められたままの刀が凄まじい勢いで飛び出す。
そして。
ドゴッ!!
殴りかかろうとしていた男の顔面へ鞘ごと直撃。
「ぐあっ!!」
吹き飛ぶ。
「な――」
刀は止まらない。宙を飛び回る。右へ、左へ。背後へ、次々と襲撃者たちを鞘で殴り吹き飛ばしていく。
「ぐっ!」
「がっ!」
「うわぁっ!」
「何だ、あれは!?」
讃頌会の一人が叫ぶ。
「槍じゃない!?」
別の男が続ける。
「武器は複数あるのか!?」
トワはその刀を見つめていた。
「……お前」
忘れるはずがない。
「村雨丸……」
妖刀村雨丸。過去の人生で手に入れた三番目の武器。刀がトワの前で静止する、宙に浮いたまま。
まるで「掴め」とそう言っているかのように。
「……この状況で、お前かぁ」
トワは嫌そうな顔をする。だが背に腹は代えられない。
「……仕方ない」
トワは村雨丸の柄を握った。次の瞬間トワの髪が黒から藍色へ変化したそして周囲へ藍色の霧が広がり始める。
「な……なんだ!?」
瞬く間に広場は濃い霧に包まれた。温度も一気に下がっていく。
「寒っ……!」
「何だ、この霧は!?」
トワは刀を握る。
「…………」
だがその顔からいつもの表情が消えていく。
「……っ」
身体が勝手に動く感覚。腕が、脚が、自分の意思とは違う動きを始める。身体の主導権が少しずつ奪われていく。そして。
「――ッ!!」
激痛が走った。
「ぐあああああっ!!」
トワの叫び声が霧の中へ響き渡る。一人の男が警棒を振りかぶる。
トワの身体が低く沈み村雨丸を構える。
「――」
抜刀。その瞬間。
キィィィン!!
警棒が切断された。
「え……?」
しかも切断された警棒そのものが一瞬で凍りつく。
「うわっ!?」
男は慌てて警棒を手放した。しかし。
「――!」
トワはすでに背後へ回り込んでいた。
「なっ――」
峰打ち。
ゴッ!!
男が倒れる。
「ぐ……」
そのまま気絶した。だがトワの口から。
「――っ!!」
苦痛の叫びが漏れる。
「痛い……っ!!、ぐああああっ!!」
涙が溢れる。
「痛い……痛いっ……!」
それでも身体は止まらない。妖刀村雨丸。その力は剣豪並みの技と力を発揮し刀身から生み出される水滴。そして周囲に霧と寒気を呼び起こす力。
しかしその代償は自我を保つことが難しくなることに加え村雨丸自身が無理やりトワの身体を操る。そしてそのたびに激痛がトワを襲う。
さらに相手へ与えた苦痛がトワ自身へ返ってくる。
今回は斬ってはいない。だが峰打ちで叩き込んだ衝撃。その痛みすら倍になってトワの身体へ返ってきていた。
「ぐっ……あああああっ!!」
トワは泣きながら次の敵へ向かう。一人、武器を構えた。村雨丸の刀身から水滴が飛ぶ。
「――え?」
水滴が武器へ付着する。
パキパキパキッ!!
一瞬で凍結。
「うわっ!」
武器を捨てた男へ峰打ち。
ドゴッ!!
二人目、三人目、四人目。次々と武器だけを凍らせ、相手の攻撃をかわし峰打ちで意識を奪っていく。
「こ、この野郎!」
別の男が拳銃を抜き引き金を引く。
パンッ!!
銃弾が飛ぶ。トワの身体が動く。
「――!」
村雨丸が閃いた。
カキィン!!
銃弾が真っ二つに切断された。
「な――」
次の瞬間。男の拳銃そのものが真っ二つになった。
「は……?」
呆然とする男、トワは一歩踏み込む。峰打ち。
ドゴッ!!
男が倒れた。また痛み。
「痛い……痛いっ!!」
トワは叫ぶ涙が止まらない。藍色の髪。冷たい霧。そして泣きながら襲撃者を次々と倒していく少年。異様な光景だった。
「はぁ……っ」
それでもトワ自身は必死だった。
(でも……!集中を切らしたら……)
(こいつは……人を斬る……!)
村雨丸の制御はあまりにも危うい。一瞬でも意識が乱れれば峰打ちでは済まない。
刀身が相手の肉体を断ち切ってしまう。
「――っ!!」
トワは必死に意識を保つ。叫びながら、泣きながら、それでも相手を殺さない。
「ぐああああっ!!」
痛い。とにかく痛い。涙が頬を流れる。その涙の一部が冷たい空気の中でほんの少しだけ凍っていた。
それでもトワは止まらない。そして。
「――これで……」
最後の一人を峰打ち。
ドゴッ!!
倒れた。
「……はぁ……っ」
トワは荒い息を吐く。十人、すべて倒した。
「……終わった……?」
トワはふらつきながら立っている。
だがその直後、背後で最初に荷物の話をしていた男がまだ立っていた。
そしてトワの背後から襲い掛かる。
「――!」
だが。その瞬間別の影が飛び込んだ。
「――このっ!!」
ドゴォッ!!
拳が男の顔面へ叩き込まれた。男が吹き飛び地面へ転がり。そのまま動かなくなる。
「……はぁ……!」
荒い呼吸。息を切らし。必死に走ってきた少女が。そこに立っていた。
トワは霞む視界でその姿を見る。
「……瞬光……先輩?」
葉瞬光。その顔は今まで見たことがないほど険しかった。怖い、トワはそう思った。
普段の優しそうな瞬光とはまるで別人のようだった。
――――
時は少し遡る。トワが適当観を出てからしばらく。
瞬光は屋根の上に一人で残っていた。
「…………」
最初はすぐ戻ってくると思っていた。入口までそう遠くない。少し話をしてすぐ戻ってくる。
そんな程度だと思っていただが時間が経つ。
「トワ……?」
瞬光は屋根から降りた。辺りを見回す。
「どこに行ったんだろう……」
入口、中庭、部屋、周囲。どこにもいない。
「…………」
嫌な予感。胸騒ぎがする。
「まさか……」
瞬光は首を振る。
「いや……そんなはず」
だがその時だった。山の方から藍色の霧が発生していた。
「……!」
瞬光の目が見開かれる。
「あれ……?」
ただの霧じゃない。異様に冷たい、そしてどこか覚えのある感覚。
「……トワ?」
瞬光は走り出した。霧の発生源へ。一歩また一歩。そして。
「……!」
遠くから声が聞こえた。
「――ア゛ア゛ア゛ア゛!!」
「……トワ!!」
瞬光の顔から血の気が引いた。心配、そんな言葉では足りない。
明らかにトワの身に危険が迫っている。
「……!」
瞬光は全力で走る。
「何で……!」
息が切れる。
「何で一人で行かせたの……!」
後悔。あの時自分が行けばよかった。止めればよかった。一人にさせちゃいけないって思ったのに一人にさせた自分が嫌になる。
「トワ!」
さらに走る。そして霧の向こうに広場が見えてきた。そこで瞬光は見た。
一人、また一人。次々と倒れていく人間。
その中心で。
「痛い……っ!」
「……ぐああああああっ!!」
叫び。涙。藍色の髪。そして刀を振るうトワ。
「…………」
瞬光は一瞬立ち止まった。
「……トワ」
瞬光は拳を握る。そして最後の一人が倒れる。
「終わった……?」
トワが振り返る。その背後から先ほどの男が再び襲い掛かった。
「――!」
瞬光の身体が動いた。一瞬で距離を詰める。
「この……!」
拳を振るう。
ドゴォッ!!
男が吹き飛ぶ。
そして瞬光はトワの前に立つ。
「…………」
荒い息。握り締めた拳。そして目の前にいる泣き続けるトワ。
瞬光は。静かに、けれど明らかに怒りを滲ませていた。
これで瞬光に四六時中離してもらえなくなるんだよね。
妖刀村雨丸の痛みは我慢強いトワが叫んで泣くぐらいの激痛です。
霧のくだりは元ネタの村雨丸を参考にしています。